インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
ボーデヴィッヒ大佐と約定を交わしてから、早くも2週間が過ぎた。
その間も、俺はダラダラと部屋で過ごしたり、許可されている範囲で基地内を散策したりと適当に過ごしていた。
ラウラの件に関しては、相当難しい…ズカズカと心に土足で上がり込めば、それこそ拒絶されて手を打つことが出来なくなる。
かと言って『挫折』した原因を知らなければ改善してやることも出来ない…。
あのおっさんは、俺になんつー依頼をしてくれるんだかな…。
今日も今日とてやる事が無く、適当に基地内を散策していると、遠目からグラウンドでラウラ達が訓練しているのが見えてきた。
ランニングによる基礎体力向上訓練メニューをこなしているのか、グループごとに纏って訓練をこなしているのが分かる。
訓練場のフェンス脇に設置されているベンチに腰掛けて、煙草を取りだしながらその様子を見ていて一つ気が付いた事がある。
ラウラの班以外の連中は、ラウラの事を気にもかけていない様子なのだが、ラウラ班のメンバーは何処か気遣っているような節が見えるのだ。
…幼いながらに、その気遣いが屈辱に感じてしまってるんだろう。
軍人である、というプライドが余計にその気遣いを屈辱に感じてしまっている…と、言うう風に俺は受け取った。
「如何せん、不器用な娘っ子だぁなぁ…」
ゆっくりと煙を吐きだして、携帯灰皿に煙草の灰を落していく。
さて、どうしたものかな…と思案していると、俺の隣に誰かが腰掛けてくる。
ふわり、と女性特有の甘い香りがしてきて其方に視線だけ向けると、此処には居ないはずの人間が腰掛けていた。
「随分と暇そうにしているじゃないか?」
「そうでもねぇよ…親御さんに娘っ子押し付けられて困ってるところさ」
何処か俺を揶揄うような声色で話しかけてきた女性…織斑 千冬は相変わらず黒のスーツに身を包み、毅然とした態度で足を組んで俺の横顔を見つめている。
俺は少しばかり憮然としつつ、ラウラの訓練風景を見つめ続ける。
少しの休憩時間を挟んでいるのか、どの班も自由にしているがラウラだけ皆と少しだけ離れた位置で孤独に過ごしている。
「不器用な娘っ子みたいでなぁ…プライドばかりが先行して、どうにも上手く行ってねぇってよ」
「お前はカウンセラーが本職だったのか?」
「馬鹿言え、俺は何処まで行ってもただの悪魔さ」
「ほう…」
フィルターギリギリまで吸いきった煙草の吸殻を携帯灰皿に捨てながら、空に向かって煙を吐きだす。
晴天に漂う煙が、まるでラウラとの距離にかかった靄の様に風に流されていく。
「で、一夏はどうしたんだよ?」
「…こっちでISの訓練教官をする事になってな。一夏を友人と離れ離れにする訳にも行かずに置いてくることになった」
「おいおい…何時誘拐事件が起きるか分からねぇのにか?」
千冬は組んだ腕を強く握りしめ、硬く口を真一文字にする。
千冬とて、弟を一人にしたくないのは分かっている。
一人にしても平気なら、IS用のライフルで俺の頭を警告なしに撃ち込むなんて真似はしないだろう。
だが、そうせざるを得ないと言う事は…恐らくあの誘拐事件をリークしたのが、このドイツ国だったって事になるんだろう。
「分かってはいる…日本とて安全とは言い切れない国だからな。だが、契約の関係上は…」
「あぁ、言うな言うな…俺とて馬鹿じゃねぇし、下手に首は突っ込まないでやるさ」
「そうか…。時々、私は何の為に頑張っていたのか分からなくなってしまう…弟の為に頑張っていた筈なのに、とな」
「世の中の歯車に巻き込まれちまえば、そうなっちまうさ…」
二人で訓練風景を眺めながら、俺は千冬から零れた愚痴を聞いていく。
毅然と公私ともに真っ直ぐであろうとすればする程、社会と言うのは生きづらい世界になっていく。
自分一人で生きているなら、まだ生きやすいだろう。
だが、友が、家族がいたら…そう上手く行かなくなるものだ。
必ず、何処かで妥協が必要になってくる。
「ISに乗って戦っていれば、弟を…一夏をキチンと守ってやれると思っていたんだが…それも潮時なのかもしれないな」
「世界最強の看板背負っていた割には、随分と弱気な発言じゃねぇか」
「フッ…確かにな。大して関わっても居ないお前にこんな話をするなんて、どうかしている」
「別に聞くだけならタダみてぇなもんだから、構わねぇがな」
さて、もう一本煙草を吸おうか…と、思った所で千冬が立ち上がって此方を見下ろしてくる。
その顔は何処か怪訝そうな表情をしている。
…俺、何かやったっけか?
「ところで、だ…アモン、お前は暑くないのか?」
「夏だから、まぁ…暑いわな?」
「だったら、そのコートを脱げ!」
俺は季節を問わず、一張羅のコートを肌身離さず羽織っている。
もう、何百年単位で大切に着ているコートは、ところどころに補修の痕が残っていて、同じ色でも色合いが違っている場所がある。
だと言うのにも関わらず、新調せずに着ているのは単純に落ち着くからに他ならない。
いつも、このコートを着て旅を続けていたからこその愛着…半身に近いそれは、異常な執着と言っても過言では無いだろう。
「暑いけど、風通し良いからなぁ…脱いだところで大して変わらねぇよ」
「私が!暑苦しく感じるんだ!」
「…しょうがねぇなぁ…」
千冬は鬼の形相で俺を睨み付け、脱げとしつこく迫ってくる。
俺はあまりの剣幕に溜息をつきつつ、羽織っていたコートを脱いで丁寧に折り畳んでいく。
コートを羽織っていたにも関わらず、汗をかくことは無かったのでじっとりとした湿っぽさは感じられない。
他人からすれば異常だが、悪魔としては大した問題じゃない。
なんせ、人間では無いからな。
「まったく…ところでだ、一夏から耳がタコになるくらい聞かされていた事があるんだが…」
「あいつ、お前に何を吹き込んでんだ…?」
千冬の目がスッと細められ、何処かしら敵意が発せられる。
少しばかり面倒事になるような気がして、かかない筈の汗…正確には冷や汗がダラダラと流れ始める。
千冬はニタァっとした笑みを浮かべて、拳を鳴らす様にして解し始める。
「いや、なに…一夏曰く、私と同じくらい強いと言う話じゃないか」
「どうだかねぇ~…」
俺はソッポを向いて口笛を吹きながら、震える手で煙草を咥えてオイルライターを出そうとズボンのポケットの中に手を突っ込む。
千冬は変わらず笑みを浮かべたまま、俺を軽く指差す。
「アモン…煙草が逆さまになっているぞ…?」
「チッ…まさか、お前…手合わせしろなんて…」
「話が早くて助かる…なに、私も鬱憤を晴らす相手が欲しくてな?」
「サンドバックにするんじゃねーよ!バッティングセンターにでも行って来い!」
うっぷん晴らし目的で俺に喧嘩を売ってきた千冬に対して、俺は思わず怒鳴り声を上げて立ち上がってしまう。
この女、見た目に反してやたらと好戦的だったみたいだ。
御淑やかにしていれば、文句なしの美人だっていうのに…勿体ない等と思案していると、脳天に思い切りチョップが直撃する。
「ぐうぅうおぉぉぉ…」
「失礼な事を考えたな…貴様…?」
「なんで、分かったし…」
涙目で頭を抑えながらしゃがみ込んで、痛みから思わずうめき声を上げる。
ライフルで頭に弾丸撃ち込まれた時より痛いってどういう事なんだ!?
「勘だ。それよりも、サンドバックになってくれるんだろうな?」
「人の思考読むんじゃねぇよ!!くっそ!やってやらぁ!!」
「フフフ、丁度良い…挨拶がてら、あの訓練に混ぜてもらおうか」
先ほどの怒鳴り声が、ラウラ達にも聞こえてきたのか此方に無数の視線が向けられてきているのが分かる。
元とは言えブリュンヒルデ…名前も実力も知れ渡っているのか、ラウラとそう変わらない年齢の女子だけの部隊からは黄色い歓声が上がり、教導役の黒のショートヘアの女性が諌めるような声を上げる。
俺は深く溜息を吐きつつ、千冬の後に続いて教導役の人間の元へと向かう。
「キミが、訓練担当官か?」
「ハッ!クラリッサ・ハルフォーフ中尉であります。織斑 千冬殿に会えて光栄であります!」
クラリッサと呼ばれた女性は、千冬に敬礼をして良く通る声で挨拶をする。
その声色には若干の緊張も含まれている。
ISに関わっている人間からすれば、尊敬の対象である千冬と会話が出来る事自体が光栄なんだろうな…。
クラリッサは千冬の背後に居る俺に目を向けると、些か眉を顰める。
「織斑殿…一般人を此処に連れて来られては困るのですが…?」
「ボーデヴィッヒ大佐には許可をもらってある。この男は単身でテロリストを撃退した凄腕だ。私との組み手を見せる事で得るものもあるはずだが…」
「…わかりました。全員整列!」
あのおっさん、ちゃっかり根回しをしていたらしい。
千冬が俺に声をかけてきたのもこの状況に持ち込むためだったようだ。
大佐の許可があると聞くと、クラリッサ中尉はすぐに引き下がって訓練兵達を整列させ始める。
「皆はもう知っているだろうが、此方の女性は先代のブリュンヒルデである織斑 千冬殿だ。明日から私達の教官役を一年間務める事になっている」
「織斑 千冬だ。私の仕事は貴様達殻付きヒヨコを使えるヒヨコにする事だ。私の言う事には絶対従ってもらう!反論は許さん、いいな!?」
「「「「ハッ!!」」」」
…海軍も真っ青の訓練が展開されるんじゃねえかと危惧するほどの覇気が、部隊全体に叩き付けられる様に千冬から発せられる。
俺はそんな様子を折り畳んだコート片手に持って、眺めていると千冬が此方を見つめてくる。
「さて、訓練を担当するのは明日からだが…一つ、私は徹底したいことがある。私は、今の世情と言うものを嫌っている。女尊男卑等と言う思考は一切捨ててもらう」
「なっ…!?我々は男よりも優れていると言う理由で集められた精鋭です!ISすら使えない男に後れを取るなんてことは…!!」
「では、聞くが…もし、ISが使えない状況で男に囲まれた時、君ならばどうする?」
「そ、それは…」
訓練兵の中の一人が、千冬の言葉にプライドを傷つけられたのか、声を上げて反論しようとする。
だが、千冬の切り返しには言いよどみ、明確な答えを出せずにいられる。
女尊男卑…それはIS神話とも言えるISの戦闘力に裏打ちされた物に過ぎない。
いくらISが使えるからと言っても、手元にそのISが使えない限りは他の人間と変わりがない。
全員が全員そうとは言わないが、男と女とでは基本的な膂力と言うものに差が出てくる。
「もし、君が男をどうにかできると言うのなら、私の後ろに居るこの男と組み手をして打ち倒してみせろ」
「お、織斑殿…それは…」
「ハルフォーフ中尉…許可は取ってある。アモンも構わないな?」
「ガキをボコすのはちょっと…」
「ガキですって…!?」
千冬は許可を取ってあるの一言でクラリッサの発言を潰しているが、俺自身の許可は取れていないんだが…?
しかも、俺にけしかけてきやがるし、俺は俺で墓穴は掘るしで溜息を深く吐くしかない。
「男の癖に、私の事を子ども扱いして…!」
「あ~、はいはい、そう言うのは良いからな。ラウラ―、コート持っててくれね?」
「なんで私なんだ…」
「お目付け役だから」
「…」
俺はラウラを手招きしてコートを手渡ししつつ、ゴキゴキと首の骨を鳴らしてズカズカと前に出てきた少女と相対する。
年の頃は十代半ば…少女の垢抜けなさが残るまだまだケツの青いガキだ。
それも安い挑発に乗せられちまうほどの。
「手加減してやるから、武器でもなんでも持ってこい」
「馬鹿にして…ハルフォーフ教官、ナイフを貸してください」
「…怪我はさせるな、絶対に」
「
クラリッサは持っていたナイフを抜いて少女に渡す。
訓練用のそのナイフは刃が潰されていて刺さる事は無いが、それでも当たれば痛いものだ。
少女はそのナイフを逆手に構え、此方へとジリジリとすり足で間合いを測りながら距離を詰めてくる。
大して俺は、自然体…直情型では無かったようだが、それでも俺には遠く及ばないヒヨコ相手に本気になんてなれるわけがない。
弱い者イジメってのはつまらないからな。
「好きな様に振り回して来いよ…お嬢ちゃん?」
「っ…!!!」
少女は俺の誘いに乗って、思い切りのいい踏み込みから思い切りナイフを突き立ててくるが、俺はそれを涼しい顔で半身だけ身体をずらして避ける。
すぐさま持ち手を変えて最小限の軌道でナイフを振り抜いてくるが、何れもその場で体を上半身をずらす様に動くことで避けていく。
二分も経たない内に、少女は焦りからか振り方が段々と雑になってくる。
理由は明白…何故ならば…。
「一歩も退かない、だと?」
「ほぅ…」
クラリッサからは驚きの声が上がり、千冬からは感心したかのような声が上がる。
確かに、そこら辺の男相手だったら何とかなるくらいのナイフ捌きではある。
だが、次にどの様に振ってくるのか読める程度には実戦経験の薄い少女では、俺相手には荷が重い。
どの様に振ってくるのか分かるのであれば退かずに軌道からズレた位置に立っていれば良いだけなのだから。
いい加減終らせたくなった俺は、ナイフの振られた腕を持って足払いを行いつつ仰向けに倒し、頭の横を思い切り踏み抜く。
余りにも無造作に踏み抜いてきたものだから少女は小さく『ヒッ』と言う声を上げて、俺を見上げてくる。
「はい、俺の勝ち~」
「ぁ…くっ…」
すぐに足を退かした俺は、笑みを浮かべながら少女を起こしてやり、背中についた土埃を叩いて落としてやる。
「もうちっと、我慢強くならなきゃなぁ…筋は悪くねぇけど」
「……」
少女は憮然としながら、列に戻って顏を俯かせている。
絶対の自負があったからこそ、プライドが砕かれてしまったってところか…まぁ、その内自信を取り戻すだろうが。
千冬は、一回頷いて部隊を見渡す。
「この様に男だと卑下にしていると、足元を掬われると言う事をしっかりと認識する様に」
「「「「は、ハイッ!」」」」
「では、今のを踏まえて私とこの男の組み手を見てもらう。見る事もまた訓練へと繋がる…自身の糧とする様に」
そう言うなり千冬は皆と少し離れた位置まで歩き、此方へと向き直る。
鬱憤が溜まってるんだろうが…面倒な事に巻き込みやがって…。
この組手、最悪引き分けになる様に持っていく必要がある。
決して、俺が勝ってはいけない。
俺が勝ってしまったら、千冬の立場が無くなってしまうからな。
千冬は恐らくそんな周囲の目なんてどうでも良いのだろう…一夏が憧れを持って話す相手がどれだけ強いのかと言う事を知りたいだけだ。
ある意味で戦闘狂…欲求に忠実なんだろう。
「…さっきみたいに手加減してくれるなよ?」
「ったく…」
俺は千冬に対して拳を構えて、軽く足を開く。
所謂喧嘩殺法と呼ばれる我流の戦い方しかできない俺は、目の前で拳を構える千冬に対して些かの緊張感を持つ。
他の人間とも違う…絶対的な強さを感じずにはいられない。
強くある為に自己鍛錬を重ねてきたのだろう…女だてらとは言わない、此奴は間違いなく一級品の戦士だ。
千冬は俺の間合いにいきなり踏み込んできて、鞭のようにしなやかで鋭い回し蹴りを俺の体に叩き込んでくる。
俺は、素早く腕を曲げて回し蹴りを受け止めて、肘を跳ね上げて蹴りを弾き飛ばして
体勢を崩させる。
千冬は流れに逆らう事はせず、弾かれる方向に跳躍して間合いを取るが、遅い。
今度は俺が思い切り踏み込んで、脇腹目がけて強烈な――それでも手加減した――ボディブローを叩き込む。
「馬鹿力が!」
「あぁ、そうかい!!」
千冬は脇腹にボディブローが叩き込まれるより早く密着し、脇腹と腕で俺の腕を挟み込んで見上げる様にして俺を睨みつけてくる。
俺はニヤリと笑みを浮かべれば、千冬の頭に頭突きをかまして腕の拘束を解いて逃れようとするが、千冬は体勢を崩しながらも俺の衣服の襟元を思い切り掴んで引き寄せて鼻っ柱に右のストレートを思い切り叩き込んでくる。
あまりの衝撃に脳震盪を起こしたのか軽くよろめき、少しばかり後退する。
鼻の穴を上から片側だけ抑えて、詰まった鼻血を噴き出させて通りを良くする。
「良い拳じゃねぇか…効いたぜ、少しな」
「石頭め…こっちも効いた、少しな」
互いに拳を構えなおし、深く息を吸って吐きだす。
幾分か高揚しているのが分かる…ただの殴り合いをしてるだけだってのに、女相手に楽しくなるなんざ中々無い。
いや、馬鹿にしているわけじゃない…此奴は本当に強くて…
「…良い女ってのはこうでなくっちゃなぁ!」
「っ…ふざけた事を!」
俺と千冬はほぼ同時に踏み込み、一歩も退かずに壮絶な殴り合いを始める。
ボクシングなんてものじゃない、ただのストリートファイト染みたそれは、まるで童心に返ったかのように楽しく、互いに凄惨な笑みを浮かべている。
千冬の渾身のボディブローが鳩尾に叩き込まれれば、俺は思わず体をクの字に曲げる。
しかし、俺はすぐに体勢を整えて千冬の髪の毛を掴んで、膝蹴りを顔面に叩き込む。
膝蹴りを受けて仰け反った千冬は、仕返しとばかりに俺の腕を掴んで一本背負いの要領で地面に叩き付ける様にして投げ飛ばし、関節を締め上げる。
「ぐぅうう!」
「いいか!私でも油断すればこの有様だ!戦いに男も女も無い!肝に銘じておけ!!」
「「「「……は、ハイ!!!」」」」
一先ず、決着がついたと言う事にしたい俺は、抵抗を止めてそのまま千冬に締め上げられ続ける。
互いに体中を痣だらけにしているせいか、教導役のクラリッサまで完全に委縮しきってしまっている。
…明日から大丈夫なんかねぇ…こいつら…?
壮絶な殴り合いをしたその日の夜…俺はトランクの中から裁縫道具を取りだし、チクチクと裁縫に勤しんでいた。
夕食前にラウラに必要な材料を用意してもらってあるので、適当に裁ちばさみで切り出して、チクチクと縫うだけの作業だ。
ラウラは何か言いたそうにしていたが、やる事があるのかすぐに部屋を出て行ってしまって会話らしい会話は交わしていない。
人形制作と同時に衣装のデザインから制作までも自分でやっている都合上、こうした裁縫は得意だ。
黙々と縫っていると、扉がノックされる。
「鍵なら開いてるぞ~」
「アモン、今暇か?」
「まぁ、暇だわな…で、どうした?」
裁縫の手を止めると、顔に湿布やら絆創膏やらを貼り付けた千冬が部屋に入ってくる。
俺は一旦縫っていた物をトランクの中に入れて、千冬へと向き直る。
「いや、昼間の詫びだ…一人酒よりも二人酒の方が美味いからな」
「ったく、ボコした俺が言う言葉じゃねぇが、顔は大事にしとけよ?」
「ほうっておけ」
千冬は俺の対面まで椅子を引きずる様にして運び、どっかりと乱暴に座れば、ベッド脇の小さなテーブルにビールグラスと瓶ビールを置く。
まぁ、確かに一人で晩酌するよりかは二人の方が美味く感じる事もあるだろう。
俺はベッドに座りなおして瓶ビールを開封して、それぞれのグラスに注いでいく。
「じゃ、何に乾杯するかね?」
「何でもいいだろう?」
「だったら、俺たちの出会いに」
「軽口を言わなえれば、死ぬのか?」
千冬は俺の言葉に不満を漏らしつつも、クスリと笑ってビールの注がれたグラスを軽く掲げて打ち合わせる。
所謂黒ビールと呼ばれるそれを一気に飲み干し、深く息をつく。
酔わない身とは言え、疲れた体にアルコールと言うのは中々心地よい…。
「良い女口説く時くらいは、軽口叩いておかなきゃな」
「ふんっ…良く言う…」
「さて、どうだかね?…何か言いたいことがあったから、此処に来たんだろ?」
千冬の空いたグラスにビールを注ぎながら、真っ直ぐに千冬の顏を見つめる。
千冬は少しばかり憂鬱そうな…言うべきか言わざるべきか悩むような素振りを見せてくる。
何を言いたいのか…それくらいは察しがついている。
だが、分かっていて尚、本人から言われなければ請け負うつもりは無い。
千冬はグラスに注がれたビールを一気に飲み干し、テーブルに置けば深く頭を下げる。
「…お前に…アモンに一つ頼みたいことがある」
「…良いぜ、言ってみな?聞くだけならタダだ…請け負うかは別としてな」
ポケットから煙草を取りだして口に咥えれば、火を点けずに千冬を見つめる。
千冬は深く深呼吸をして、意識を切り替えて此方を真っ直ぐに見つめてくる。
「…私が日本に戻るまでの間、一夏の面倒を見てくれないか?」
「よくもまぁ…見ず知らずの男に頼めるわな」
「私の友人が見守っているだろうが、アイツは性格が壊滅的に酷くてな…何をしでかすか分からない。だが、お前ならばと思ってな」
千冬は、どこか縋るような目で俺の事を見つめてくる。
一人残してきた弟の事が心配で、どうにかしたい。
だが、生半可な奴では守れないかもしれない…そこで今日手合わせした俺に白羽の矢が立ったわけだ。
「…アモン、お前が手加減していたのは分かっている。やろうと思えば、あのまま続けることもできたんだろう?」
「どうだかねぇ…?よしんばそうだとして、俺が一夏に害意を持っていたらどうする?」
「それはないと断言できる」
千冬は俺の言葉に首を横に振り、笑みを浮かべる。
俺を信用できるとでも言いたげな目でだ。
そんなに面倒見が良い様に見られているのかねぇ…?
「害意があるなら、とうの昔に一夏にアクションを起こしている筈だ…あの誘拐事件の時にな。にも拘わらず何もせず、あまつさえ大佐の娘に目をかけている…お前はお人好しだよ、アモン」
「あ~…ったく…何でそれだけで信用するんかねぇ?」
「それにだ…私としても、家に縛ってあるとでも言えば色々と言い訳も立たせやすい」
言うまでも無く、この基地を出た後の俺の身元保証人は目の前の美人だ。
どっちにしろ、俺が断りにくい状況は出来上がってしまってるわけだ。
もうちょい性格が捻くれてたら、楽に生きられたのかもしれねぇけどなぁ…。
…こんな性格じゃ、断るに断れないっつーの。
「はいはい、降参だよド畜生…お前が帰ってきたら、すぐに旅に出るからな!」
「それで良い…ありがとう、アモン」
やけ酒だと言わんばかりに俺は瓶を手に取って、残りのビールを飲み干す。
千冬はそんな俺を見て、見惚れるくらいの綺麗な笑みを浮かべていた。
文字数気にしないで書いたら、やたらと長くなったんだぜ…