インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
苦手な人はお気を付けください。
「ね~ね~、アモン・ミュラー?」
「何で名前を知ってるのかとかどうでも良いがな…何で天災様が此処にいるんだよ!?」
「そりゃ、ずっと見張ってたからに決まってんじゃ~ん」
ボーデヴィッヒ大佐の計らいで基地を逃げる様に飛び出し、通りがかったトラックの荷台の中に潜り込んだまでは良いが、俺は何故か背後から天災にして天才の篠ノ之 束にハグと言う名の羽交い絞めを喰らっている。
顏こそまだ見えていないが、どことなく甘ったるい声に、やたらと背中に押し付けてくるデカい胸が無駄に印象に残る。
束は非常にご機嫌な様で、鼻歌交じりに俺のコートの中身を弄っている。
「見張ってたって…何時からだよ?」
「ん、ちーちゃんが雑魚をバッタバッタとなぎ倒してた時からかな?」
「…ちーちゃ…あぁ、千冬の事か。っつー事は…」
モンド・グロッソ会場内に居る頃から見ていたと言う事は、恐らく監視カメラの件はコイツの仕業か?
あそこまで手の込んだ誘拐犯が、監視カメラに細工しないのは可笑しな話だしな。
見張っていたと言う事は、俺が一夏に害を為そうとするか監視していたって事か…。
俺は深く溜息を吐いて、抱きしめている腕に触れて比較的優しく引きがそうとする。
女に無用な暴力振るうのは、男としての矜持が許さない…時と場合はあるけどな。
「ふっふ~ん、君はこの束さんに借りがあると言う事さ!さぁさぁ、この束さんの言う事を聞くんだよォッ!」
「だが、断る。俺が最も好むことは、自分が優位に立っていると思っている奴にNoと突き付けてやる事なんだぜ?」
「ん~?そんな事言っていいのかなぁ…?」
グッと力を込めて束の腕を引き剥がそうとするが、束の腕はピクリとも動かず、寧ろギリギリと俺の事を締め上げてくる。
骨を折るには程遠く、しかし普通の成人男性程度の筋力では到底引き剥がせそうにないこの腕は、明らかに人間の範疇を越えていると思える。
第一だ、此奴の腕はどう見ても一般的な女性程度の筋力しかないんだぞ!?
束はそんな俺の困惑を見透かしているかのように忍び笑いを漏らしてくる。
「クックック…天才は
「応、優しくしてやりゃつけ上がりやがって…折れたって知らねぇぞ!?」
束の腕を握りつぶすつもりで思い切り力を込め、今度こそ無理矢理腕を退かせば、束の体を荷台の床に押し倒して覆いかぶさり、その顔を間近に見つめる。
やや色素が抜けて紫がかった長い髪の毛は手入れをしていないのかところどころ傷んでいて、目元は眠たげにトロンとしていて隈まである。
まともな栄養と睡眠をとっていない証拠だな…やや細めの体型だと言うのにたわわに実った禁断の果実は、胸元が大きく開いたエプロンドレスの中で少しばかり窮屈そうに存在を主張している。
美人は美人だが…目が濁ってる辺り、結構ハードな人生を送っている様にも見えるな…。
「へぇ、この私を越える力か…君、人間?」
「お前の言葉を借りるなら、俺も天災ってやつなんでね。で、勝手に恩を押し付けて言う事聞けってのは勘弁してもらおうか…お嬢ちゃん?」
束の眠たげな目は僅かに鋭くなり、俺と言う存在を値踏みするかのように煌めく。
曰く、篠ノ之 束は物事に無関心である。
曰く、篠ノ之 束は興味がある事には強い関心を示す。
千冬がISの事を俺に語ってくれた時に、開発者である束の事に関して言ったのはこの二点だ。
基本的には他人や事象に無関心を決め込んでいるので、俺と言う存在には目も向けないだろうと千冬は言っていたが…結構な興味を惹かれているらしい。
束はニタァっとしたヤらしい笑みを浮かべて、鼻歌を上機嫌に歌っている。
メロディーは『旧支配者のキャロル』…あぁ、発狂してるから天才なのね…。
俺はゆっくりと束の上から退いて、荷台の壁に背中を預けて座り込む。
束は不思議そうに首を傾げながら、俺を見つめてくる。
「え~、抱かないの~?」
「抱くかよ…こう見えておカタい悪魔なんでね。好いてもいいなきゃ、見知ったばかりの女相手に勃つ訳ねぇだろ」
「え~…嘘くさ~…」
束は、スカートの中身が見えるのも構わずに――と言っても中身はドロワーズなんで色気もクソもなかったが――体を跳ね起こして四つん這いになり、肉食獣さながらの動きで此方へと這ってくる。
俺はそんな束を無視する様に懐から煙草を取りだし、火を点けて煙を吐きだす。
「天才だか天災だか知らねぇが、テメェ中心で世界が廻ってると思ってんじゃねぇよ。お前が興味惹かれる事にしか動かねぇ様に、俺は俺のやりたい事にしか動かねぇ」
「ISを造った私が、今の世界の中心なんだよ?私がなんでも思い通りに出来るに決まってるじゃん」
「だったら、なんでISは宇宙を飛んでねぇんだろうな?」
「……」
そもそもISは、大気圏外活動用に作られたパワードスーツだ…って言うのは千冬から聞いている。
だが、現在ISを一元管理している『IS委員会』は、宇宙開発の利用を禁止していて宇宙開発に関しては非常に消極的だ。
表向きの理由は宇宙を飛び交う放射線や、ISのエネルギー問題…更に活動拠点におっける各国の領有権主張などがあるが、俺はもっと別の理由があると睨んでいる。
例えば…ISコアを増産しないから、とかな。
「人間も神様も…悪魔でさえも世の中思い通りにできねぇのさ。できたら、今頃この地上は干上がっている」
「知ったような口を聞くね、自称悪魔」
「悪魔だからな、知ってる事は知ってるのさ」
例えば…世界が滅びゆく様とかな…。
何をやっても手をつけられず、傍観するしかないそれは…虚しいだけだ。
それが、自分の手で創り上げた物ならば尚更に。
いつの間にか、束はチェシャ猫の様な愉悦の笑みを浮かべて、俺の体に手を伸ばして撫でてくる。
「いいね、君は…私を特別扱いしないのもそうだけど」
「そりゃ、どうも…で、いつまで馴れ馴れしく撫でてんだテメェは」
「え~、減るもんじゃ無いし良いじゃん?で、話を戻すけど、束さんのお願い聞いてよ。お願い叶えてくれたら、いっくんの所まで送ってあげるからさ!」
束は俺の唇に指を這わせ、艶のある笑みを浮かべる。
どうあっても、俺を口説き落として利用しようって言う魂胆が見え隠れしているな。
一体何をさせる気なのか気にならないわけでは無いが、無用に騒ぎを起こす様な真似もしたいくはない。
送り出してくれた大佐や、保証人の千冬に迷惑がかかるからな。
「行くだけなら手立ては色々あっからな…っと、俺は一足先に降りるぜ~」
「あぁん!つれない~!!」
トラックが街中に入ったのを見れば、束の体をやんわりと押しのけてひらりと飛び降りる。
通りに降り立つと同時に、両肩にずっしりとした重さが加わるが気にしない。
気にしないったら気にしない…こんな所で突っ立っていられるか、俺は日本に行かせてもらう!!
「ね~先っちょ!先っちょだけだからさぁ~!」
「……」
「ちょっとだよ!?本当に!ちょーっと暴れてもらうだけで良いんだからさぁ!」
「………」
俺は背後でギャァギャァと喚くメルヒェンの住人を引きずりながら、往来を歩く。
通り過ぎる人間が訝しがる様な視線を送り、あまつさえ『痴話喧嘩か?』とまで囁き始める。
今、俺たちが話しているのは日本語なので、特に大きな問題にはなっていない…筈だ。
「束さんは目的を果たせる!アモン・ミュラーは無事に出国できる!ほら、win-win!!」
「あのな、何もしなくても今日中に出国できる手筈なんだよ…お前を手伝わなくてもな」
「ン~フフフ…それはどうかなぁ?」
束は往来であるにも関わらず、俺の肩の上に飛び乗ってエプロンドレスのスカートで頭を覆い隠す。
さっきも言ったが、ドロワーズなんで色気もクソもないが、匂いだけは良い…不摂生の癖に。
スカートの中で空間投影型モニターが展開され、とあるコンピュータウィルスが準備されている。
内容は…
「さて、こんな手段はとりたくなかったけど仕方あんめぇ~!束さんがポチっとなしたら、国中に指名手配されるような犯罪歴を捏造しちゃうんだゾ☆」
「応、テメェ!ふざけんなゴルァっ!!」
俺は束の両足を掴んで、バックドロップの要領で路面に叩きつけようとするが、束は両手で地面をついて激突を防ぎつつ、体をバネの様にして俺の体を持ち上げてハンドスプリングの要領で一回転。
回転する最中に捻りを加えられ、俺の体は背中から無様に路面に叩きつけられて、首を4の字固めの要領で締め上げられる。
「グェー…」
「フゥーハハハハー!これこそが束さんのオイコミ=ジツだぁ~!貴様はもう束さんの手下になるしかないんだよぉ~!」
「大佐と千冬に迷惑かけちまうだろうが!」
「そこら辺はちゃんとしてあげるさ、君が言う事を聞いてくれるならね?」
俺は自分の首を絞める束の足を手で叩き、ギブアップの意思を知らせる。
こうなってしまった以上、此奴の手伝いをせざるを得ない…面倒見てもらってる義理があるにも拘らず、大佐と千冬に迷惑をかけてしまうかもしれないが…そこは、束の言葉を信じるしかない。
俺が観念したことに満足げに頷いた束は、漸く拘束を解いて俺から離れる。
「いや~、アモン・ミュラー…君が強情でなければこんな手は使わなかったんだよ?」
「俺は、とっとと静かな旅に戻りたかったんだよ!バーカ!バーカ!!」
「フッ…勝者に対する罵声と言うのはこんなにも心地よく響くものなのだね…」
束は勝ち誇ったような顔で、立ち上がった俺の事を見上げてくる。
非常に満足そうな顔で腹立たしいが、負けは負け…一夏ん所まで送ってくれるって言うし、これは流れに身を任せるしかないか…。
「で、何しろって言うんだよ?」
「だから暴れてもらうだけだよ。暴れて暴れて暴れまくって、職員に避難してもらうの」
「職員?」
束はまるで恋人か何かの様に俺の腕に抱き付き、指を絡ませる様に握り込んで歩き始める。
有無を言わさぬその歩みに、逆らうのも無駄だと悟った俺は、大人しく歩き続けるしかない。
俺たちを観察する様に取り囲んでいた野次馬達は、痴話喧嘩が終わったのかとつまらなそうな顔で俺たちに道を譲り、立ち去っていく。
「そ、ドイツ軍の秘匿研究所…まぁ、行けば君も納得できるさ…アモン・ミュラー?」
束はニヤリと笑みを浮かべ、俺を逃がすまいと腕に力を込めた…。
ドイツ軍内部でもある階級以上の人間しか存在をしられていない、秘匿された機関が存在している。
それらは、軍とは独立した権限を持ちながらも表立って行動する事は無く、予算も国防費の内訳にある予備費…そこから来る資金と、その機関が立ち上げている製薬会社から流れてくる資金から捻出しているそうだ。
秘匿研究所で行われている研究内容に関しては、口で説明するよりも目で見た方が良い…そう、束に言い切られ、聞き出すことは叶わなかった。
そこまで言い切るほどの内容…で、あれば下種の極みを地で行ってるって事だろう。
時刻は深夜1時…月は雲に隠れ、山奥にある研究所は存在を秘匿する為か人工の洞窟内に建設されている。
俺と束は茂みの中から出入り口を確認している。
「別に、ついてこなくても良かったんじゃね?」
「え~、いいじゃん。こんないい女が傍に居るんだから、もっと喜んでもいいんだよん?」
「外見良くても性格がなぁ…」
「おっ、束さんに喧嘩売ってる?」
「漫才やってないでとっとと行くぞ~」
俺は念のためにと渡された道化の仮面を身に着け、深く溜息を吐く。
篠ノ之 束は確かに美人なんだが、間違いなくトラブルメイカー…しかも自分の愉悦に対して非常に真っ直ぐだ。
しかし、本心は絶対に明かさない。
興味がある対象の中でもある程度のカテゴライズはしているようで、少なくとも俺は、本心から来る言葉らしきものは聞いていない…聞いていたとしても、俺の身体能力目当てだと言わんばかりの事だけだ。
「ん~、それじゃこれを~こ~して~…」
束は空間投影型のスフィアキーボードを呼び出し、凄まじい速度でタイピングをしていく。
舌なめずりをして唇を湿らせ、チェシャ猫の様な笑みを浮かべれば深く息を吐きだす。
「そんでもって、こうじゃ!」
ッターン!と言う様な音が響きそうな勢いでキーボードのエンターキーを束が押すと、洞窟入り口に設置されている照明と警備用の赤外線センサーの動力が落ちる。
本来このような場所だと自家発電機があるはずだが、そこの供給も束はシステムをクラッキングして抑えた様だ。
今、夜闇に乗じてしまえば忍び込むなんて訳ない状況に陥り、彼方此方から怒号が響き渡る。
「行くか…」
「んっふっふ~…」
束は妖しい笑みを浮かべながらスタスタと歩き、俺もその後に続く。
大抵こう言った場所の警備と言うのは厳重なのだが、まず侵入者は来ない。
出入り口は一つしかなく、その出入り口も警備の人間が厳しく守っているからだ。
故に慢心、気の緩みが生じる…特に、長期にわたって侵入者が居なければ。
突如起きた停電は混乱をより一層に煽り、気の抜けていた警備員は慌てふためく。
そんな中、闇に紛れてどうどうと洞窟内に忍び込んだ俺たちは、俺が束を抱きかかえてからエレベーターシャフトから飛び降りて、地下へ地下へと下っていく。
「ここは全部で3つのエリアに分かれてる…中でも束さんたちが目指すのは最深部のラボエリア。到着と同時に電力を復旧させてシステムを掌握するから、アモン・ミュラーは此処にあるモノ全部壊してね?」
「よっぽど、お前の気に入らねぇもんがあるんだな…それは良いとして、いい加減フルネームで呼ぶんじゃねぇよ」
「はぁ?名前呼んであげてるんだから感謝してほしいもんだね!」
束は不遜な態度で俺の首に抱き付いたまま、唇を尖らせて反論する。
あくまでも自分が中心、お前が下僕みたいな態度に辟易としてしまうが、現状逆らうに逆らえないので諦めるしかない。
最下層部まであと少しと言うタイミングで、エレベーターを支えるケーブルに手を伸ばして思い切り握って徐々に落下速度を削り、緩やかな速度で降りていく。
俺は平気でも、束が着地の衝撃に耐えられるとは思えないからな…地上から300メートルも下がった場所へと飛び降りてるわけだし。
ワイヤーとの摩擦で掌の肉がこそげ落ち、焦げたような匂いと共に血が潤滑油となってワイヤーを滑らせていくが、無事減速に成功した俺は最下層で止まっていたエレベーターの天井に降り立つ。
「さて、と…んじゃぁ行きますかね」
「……」
「なんだよ?」
到着と同時にワイヤーを手放した瞬間、肉が灼けるような音と共に組織が急速に細胞分裂を起こして掌を元通りに戻す。
まるで、逆再生の早送りの様な光景は、暗闇の中で束には見えなかっただろうが、音で何が起きたのか察する事ができたのだろう。
「まっいいか~…お話は後でいくらでもできるしね!」
「する気ねぇけどなぁ…じゃ、先に降りるぜ」
エレベーターの天井に設えられた非常口の扉を開いて中に入り込み、懐から取り出した革手袋を手に嵌めて腕を一閃する。
指先から伸びた鋼糸は、鋼鉄製のエレベーターの扉をバターの様に切り裂き、俺はそれを蹴り飛ばして崩壊させる。
「あ、そうだ~…はいこれ、耳につけてね?」
「あん?あぁ、通信機ね…」
「事が終わったら、ここは爆破解体するからね!」
「あいよ~」
束は忘れてたと言わんばかりにエレベーターの室内に降り立ち、何とも可愛らしい兎型のインカムを投げつけてくる。
この際、俺の趣味とかどうでも良いから一つ言いたい…野郎にこんな可愛らしいものつけさすな。
束が電力を復旧させると同時に各エリアの隔壁が降りた様で、けたたましい警報が鳴り響く。
俺は左右に伸びる通路を見渡して、未だに研究員が飛び出してこない事に首を傾げつつ、『培養槽』と書かれた表記を頼りに走り出す。
随分と広大なラボエリアではあるが、まるでもぬけの殻の様になっていることが非常に不気味だ。
培養槽と書かれた巨大な鉄扉を鋼糸で細切れにし、派手な音と共に粉砕して中に入り込む。
その瞬間、薬品特有の刺激臭が広がり…一つの地獄を見た。
「…おいおい、マジか…」
人間と言うものは、欲の塊だ。
あれをしたい。
あれがほしい。
ああなりたい。
108つなんかじゃ足りないほどに欲望に際限は無い。
それは、悪い事ではない…俺もそれを許容している…だがな…。
俺の目の前に、無数のカプセルに人間だったモノが管に繋がれている光景が広がっている。
いずれも女性であることは分かる…首から上が無いが…。
どいつもこいつも妊婦の様に腹を大きくし、時折そのお腹が動いていることが分かる。
恐らく…恐らく、此処は…。
「おい…お前…こんなもんばっか潰してるのか…?」
『まぁね…産まれてしまった責任と、産んでしまった責任くらいは取らなきゃだし?』
「あぁ…そうかい…」
インカムを通して、束に声をかける。
その声色は恐ろしく冷たかったっだろう…憤慨を通り越して呆れてしまう。
この人間生産工場は、恐らく
俺の予想が正しければ、アルビノでもないのにも拘わらず、あの色をした髪の毛と瞳を持ったラウラは…。
「此処にいる奴ら、殺しちまうか」
『そうしたいのはヤマヤマなんだけどね…私はテロるならクリーンに行きたいし?此処で此奴ら殺しても仕方ないんだよ…イタチごっこすぎて』
「チッ…」
殺しても殺しても第二、第三の非人間が登場する。
だったら徹底的に施設に損害を与えて潰して、無駄になる事を悟らせるしかない…悟るかどうかは別として。
俺はやり場のない怒りをぶつける様に腕を薙ぎながら培養槽内を歩き、カプセルを丁寧に鋼糸で粉微塵にしていく。
せめて、産まれてしまう前に安らかに眠り続けられる様に祈りながら。
血と、薬品と、腐敗臭に吐き気を催しながら培養槽から出て、次のエリアへと向かう。
試験場と書かれた其処は、文字通りなんだろう…つまり、できた製品を弄繰り回す場所と言う事だ…。
苛立ちを鉄扉にぶつける様に幾度も足を叩きつけ、分厚い鉄扉を歪ませながら蹴り破ると無数の檻の中に一人だけ…ラウラにそっくりな少女がぼんやりとした顔で俺を見つめている。
その少女は、ラウラとは対照的に黒の眼球に金の瞳孔を持ち、全裸で諦めた様な顏をしている。
近づくにつれてオス特有の体液臭が広がり、俺は獣の様に鼻面に皺を寄せて苛立ちを隠すことができない。
「…今日の…試験はおわり、では?」
「出してやる…とっとと…はぁ…とっとと、逃げるぞ」
努めて…努めて優しい声色を意識して声をかけ、鉄格子を両手で掴んで思い切り歪ませて手を伸ばす。
少女は戸惑ったように、怯えた様に身体を竦ませ檻の隅に移動するが、何もしてこない事に不思議そうな顔をする。
「…みな、死ぬのですから…放っておいて…」
「死ぬなら、死ぬで…その命を使い切ってからにしろ。無駄に死ぬんじゃねぇ」
道化師の仮面を外し、改めて少女と向き直る。
能面の様だったかもしれないし、憎しみに満ちた顔だったかもしれない…それとも、情けえない泣き顔だったのかもしれない。
ともあれ、少女は恐る恐るではあるが俺の手を取り、俺はその手を優しく引いて檻から出してやり、コートを脱いで体を包んでやる。
深く深呼吸した後、少女を肩に担いで試験室内にある機材を探して悉くを鉄屑へと変えていく。
『こっちのノルマは終わったけど~?』
「…応」
『あれあれ~?堪えちゃったかな~?』
「その口閉じてろ、八つ当たりで縫い合わせちまうぞ」
『まぁ、いいや…それじゃ、私達は優雅に退散しようか』
インカムから聞こえてきた束の声は、最初こそ俺を揶揄う様な声色だったが…空気を読むことはできたらしい。
すぐに意識を切り替えて、先ほどのエレベーターシャフトで合流する旨を告げてくる。
俺は束の指示に従い、担いでいる少女を労る様に試験室を後にした。
「研究所は無事爆破、データも全て破壊したし、繋がってるネットワークはウィルス流して大混乱。ん~、上々上々~♪」
「あぁ、そうかい…で?」
「結論から言って、あの子生きられないよ?」
現在高度260キロ…所謂大気圏外を俺とあの少女…束を乗せた巨大ニンジン型ロケットが周回している。
…エレベーターシャフト内パンパンにこのロケットが出て来た時は驚いたもんだが、ISの制作者ならこれくらいはやるんだろうなと流す事にした…っつーか、一々突っ込んでたらキリがない。
優雅に退散ってなんだったんだろうな…?
窓の外に広がる地球の光景を眺めながら、束に話の続きを促させる。
「具体的には臓器がイっちゃってるんだよね…。熱した鉄棒とか色々突っ込まれてたみたいだし?」
「あ~、クソ…お前無視して皆殺しにしとけば良かった」
「今頃死んだ方がマシな目に合ってるんじゃないかなぁ~…クフフ」
束は俺から顔を背けて何やら呟いているが、詳しくは聞き取ることが出来なかった。
俺としては産まれた以上、その命を自分の為に使い切ってから死んでもらいたいと思っている。
あんな、地獄の中で生まれて、弄繰り回される為に存在していたなんてのは許される事じゃない…断じて。
「で、お前ならどうこう出来るんだろ、自称天才の天災さんよ」
「自称じゃないし?束さんは本当に天災ですしおすし?」
「応、それ聞いて安心したわ…じゃ、責任取ってもらおうかね~?」
「何さ…私は責任果たしたんだぜ~」
束は口笛を吹きながら俺から顔を背けている。
暗に面倒を見るつもりはない、と言っているつもりだが、そうは行かない。
なんてったって、言質を既にとってるんだからな。
「
「うぐ…!!」
「それとも自称天才は、責任取る事できねぇのかな?」
「ぐぬぬぬぬ…」
俺はしたり顔で諭す様に…半ば追い詰める様に束へと近寄り、壁に手をついて顏を間近に見つめる。
束は、悔しそうに顔を赤くして俺を睨みつけ唇を尖らせる。
「で、できるもん!責任とれるもん!」
「一気にガキ臭くなったな、おい…」
「でもね!あの子が本当に生きたいのかどうか決めてからだからね!?」
束は苦し紛れに条件を付けて、真正面から俺の目を見つめ返す。
俺はその視線から逃れる様に離れ、室内を漂いはじめる。
濁ってはいるがその目はあまりにも純粋で…希望を信じ続けている様に感じられたから…。
「それで構わねぇ…死にてぇならそれでも良いさ…無理して生かすのも酷だしな」
「随分と入れ込むじゃないか…まさか、ロリコ…」
「応、それ以上言ったら、お前の体に叩き込んでやってもいいんだぞ?」
「…はっ!貴重なDNAサンプルが取れるじゃないか!」
「マジにすんじゃねぇよ…」
いきなり脱ぎだした束から視線を逸らし、俺は再び窓から見える地球を眺める。
眠れ、地の底で…安らかに。
序章?まあだまだ続きますよ?(長い