「三秒ルール! 三秒ルール!」
俺の三秒は非常に長いのである。
■変化
俺たちの遊び相手にグレゴリー・ゴイルが増えた。俺と同じくらいガタイのいいやつで、挟まれるドラコは余計にチビに見える。俺たちは三人で行動することが多くなった。
グレゴリーは、明らかに親から入れ知恵されているようなおべっかで、度々ドラコの家柄を褒めた。おい、こいつめちゃくちゃ素直なんだから、そんなこと言ったら真に受けちまうだろうが。
それに便乗するように、周りの大人達まで、ドラコをヨイショすることが増える。だからやめろよ! やめろって!
そんな俺の想い虚しく、ドラコは褒めに褒められ、そのうち自分は特別なんだと思い始め、自尊心ばかりを高めていった。
あーあ。ドラコが可愛くなくなっていく。あの気が弱くて、純粋の塊みたいだったドラコはどこに。
そうしてドラコが、自分の家柄を鼻にかけるようになってからというもの、他人をを見下すような、馬鹿にするような言動が増えた。
調子乗ってんのかお前。あのドラコがと思うと俺は苛々するのが止められなかった。
自分ち大好きなのはいいけども、他をおとしだすと小物臭がするんだよな。他を下げて相対的にしか上になれないんだもの。そういうのは、気に入らない。
それを伝える語彙が俺にはなくて、「小物」とだけ言葉を吐けば、ドラコは怒ってしまったけれど。
その勢いのまま、ドラコが父親へと告げ口してしまったものだから、さあ困った。そのことはすぐにドラコの父親から親父に伝わって、俺はどやされる羽目になった。それどころか今回の件では、親父までがドラコの父親に嫌味を言われたようで。親父の機嫌は、それはもう、すこぶる悪かった。子供の喧嘩に親が出てくるとか、ドラコの父親もわかってねーな、なんて俺は思っていた。
お前のせいだと、尚も親父は大声で怒鳴る。いーじゃん別に、俺間違ってると思わねーもん。
そうしてツンケンした態度をとっていたら、親父に胸ぐらを捕まれた。そのまま殴りかかろうと振りかぶられた拳に、それでも、俺は親父を睨むのをやめなかった。暫くその姿勢のまま互いに睨みあった後、親父は苦い顔して頭上まであげた拳をおろした。
「お前は、なんてできの悪い息子だろう」
そう言って、俺から手を離した親父は、疲れ切った声で「理解してくれ」と呟いた。こんな親父は、初めて見た。
親父は、懇々と俺に説き始めた。 ――マルフォイ家に逆らうな、マルフォイ家にはつき従わなきゃならない。そうすることで、自分たちは暮らしていけている。
「人付き合いも、仕事の収入も、クラッブ家という家の評価にさえも、マルフォイ家が絡まぬことなどない。マルフォイ家がうちに与えている“恩恵”は大きく、私達はそれを享受して、いや、それに依存している」
「でぃぺんでんと」
「そう、依存だ。それが嫌なら、今の生活を捨てるしかない」
捨てられないから、それしか方法がないのだと親父は言った。
「お前も、もう分別のつかぬ子供ではない。歳は言い訳にならない。いくらお前が馬鹿でも、許されない」
親父が我が家を大事にしていることはよく知っている。家の長い歴史は、鼻にかけたら鼻が折れるくらいに重い。そんな重い歴史を背負っていることも知っている。
そう、知っていた。歴代当主の名から親戚連中の家系図、それに家であった大きな出来事すべて、馬鹿みたいに繰り返し書かされて、夢に出てきてうなされるくらいに覚えさせられたんだ。知らないわけがない。親父は、それを捨てられないんだ。
こんなものにこだわって、馬鹿なんじゃないかと思う人間だっているだろうけれど、価値なんてないと思う奴もいるだろうけど。実際、こんな家に価値なんて、俺には見出せないけれど。一人が生まれてから死ぬまでよりも、はるかに長い時間を、そのときそれぞれの人間が受け継いできたものを、そして今、親父が必死に守ろうとしているものを、否定なんてできるだろうか。
俺には、できなかった。
ああ。思い出すのはドラコとの初対面時。親父の、「仲良くしろ」というのは、友達になれという意味ではなかったのだ。
最初から彼は「マルフォイさんちの息子」で、俺は「クラッブさんちの息子」だった。ただ、それだけ。そう、それだけの話だ。
■残滓
家同士の関係を理解したことで、俺が知ったこと。
――親父は悪の魔法使いに与した人殺しで、犯罪者だった。
それなのに親父は罪にも問われず、のうのうと生きている。
ああそれも、マルフォイ家の“恩恵”があってのことなんだろう。
ドラコは、急に俺がおとなしく付き従うようになって、はじめは少し驚いていたけれど、すぐに慣れたらしい。その理由を尋ねてくることさえなかった。
それどころか、「ようやく立場が理解できたか」なんて言われて、俺は思わず笑ってしまった。だって、その通りだったから。
尤もそれは、「自分こそが上で、マルフォイ家は素晴らしい」といった意味であって、決して、「家の存続を望むなら逆らうな」なんて、そんな常に喉元に杖を突きつけるような物騒な脅しの意味じゃない。
他人の言動を真にうけて、裏も探らぬドラコの単純なところは、良くも悪くも変わっていない。そのことに、可愛いドラコの残滓をみては、少しホッとした自分がいて、そんな自分が馬鹿みたいだった。
そうして、いつの間にか。俺たちが名前でなく、家名で呼び合うのが自然になった頃。
ホグワーツ魔法魔術学校への、入学案内状が届いた。
>>>>原作突入
【3巻】
■ボガード
「あれは誰だったんだい?」
大阪のおばちゃんです、とも言えないので、先生の問いには曖昧に笑ってごまかした。あの人の善意に漬け込んで骨までしゃぶりつくそうというがめつさは、恐怖の極みだ。
しかしまあ、リディクラス、これって恐怖を笑い飛ばす呪文なんだな。
■幽霊
子供かよと思いながらも――いや、実際俺らは子供なんだけど――布かぶって吸魂鬼の真似して、ポッターの奴をおどかすことになった。ちゃちなお化け屋敷の幽霊でもしてるみたいだなとか思ってたら、ポッターの杖からマジもんの幽霊が出てきた。守護霊って、守護なんて文字は付いていても霊だよな。
■バックビーク
「怪我! ドラコが、怪我!」
あの膝をすりむいただけで重病人扱いされるドラコが!
……後から思うに、あの時の俺は軽いパニックに陥っていた。
なんでこんな怪我をした、どうしてハグリッドの言いつけを守らなかった、いろいろ言いたいことはあったけれど、出てくるのはドラコを罵る言葉ばかりだった。
「クラッブ、お前、罵る言葉だけは無駄に語彙があるんだな!?」
「貴方たち! 病室では静かに!!」
マダム・ポンフリーに叱られて、俺たちは声のボリュームを落とした。
「寝てなくていいのか?」
「腕の怪我で、どうしてベッドを使うんだ。病人とは違うんだぞ」
いつぞに膝擦りむいただけでベッドインしてたお前がそれ言っちゃう? ああでも、膝の擦り傷で重病人扱いなんだから、案外もう治っていて腕を包帯で吊っているのかもしれない。
と、ドラコが急にくすくすと笑い出した。…どうしちゃったのお前。
「久しぶりに、名前を呼ばれたと思って」
途端、バツの悪さに、俺はドラコから顔を逸らした。あれは、心の声が漏れたのだ。いつもは、ちゃんと気を付けているのに。
「罵られたのも。そんな口を叩かれるのは久しぶりで、少し懐かしかったんだ」
そう言ってドラコが苦笑するので、俺もちょっぴり懐かしい気持ちになって、感傷に浸ってみたりなんかして。あの頃に戻れるのなら、何度だって時間を巻き戻すのにと思った。
【4巻】
■闇の印
禿げたな、親父。お袋は白髪が生えた。なんというか、日々憔悴していってる。そんな感じ。闇の印が上がってから、ずっとだ。折角の休暇なのに、家はずっとどんよりとした空気で、辛気臭くて仕方がない。早く学校に行きたい。
■復活
『我が君』が、そう、「例のあの人」が復活したと、親父は言った。自分は『死喰い人』として再び活動するのだと、クラッブ家の力を総動員して、「例のあの人」に尽くすのだと。あほかと思った。
「『例のあの人』が悪の魔法使いだってことは、ホグワーツに入学する前のガキだって知ってることだぜ」
「ならば死ね。あのお方に従属しないクラッブ家の者に、居場所はない」
親父のマジ顔に、これは本気だと、殺す覚悟を見て舌打ちする。ちくしょう、ちくしょう。
「命が惜しければ、『彼ら』の前で生意気な態度はとるな」
ちくしょう。
【5巻】
■
誰かに従属することでしか、親父の守りたいものは守れないんだろう。そんなもののために、守ってるんじゃないだろう。家なんて、クソ食らえで、それでも真剣にそれを守ろうとしている親父は、痛ましかった。
■
親父が捕まった。アズカバーン!
やっぱ、どっか抜けてるっていうか、ダメなんだよなあ、親父。ぶち込んで嬉々としてる、英雄気取りのグリフィンドールの坊ちゃんどもを殴り倒してぇ。
【6巻】
■死喰い人のこどもたち
「アダムとイヴが知恵の実を食べたから、彼らは神の怒りを買って、人という種は罪を負った」
「『創世記』か」
「罪人の子は、罪に問われるのかしら」
小さく首を傾げて、彼女は笑った。
「私達、『同じ穴の狢』ね」
「それを言うなら『同じ塒の蛇』だろう」
「ふふ、そうね。私達は『蛇』だわ」
その賢さ故に、神の嘘を知りイヴに告げ、神に呪われた生き物。
「……しかし貴方、よくそんな言葉を詰めておけるだけの脳味噌があったわね」
暇があればそんな悪口紛いの軽口を叩く。そんな蛇流の挨拶が、俺は嫌いではない。
【7巻】
多分なんやかんやあった。ドラコの根っこの部分、本当は気の弱いところや、根が素直なところは変わってなかった。ただ余計なものが増えていただけで。
■ドラコが一人で悩んでいる
早く、早く、この手を掴んで。そんな感じに助けの手はいつでも差し伸べられるようにしていて、待ちに待った「助けて」がきた、そんなシーン。
「助けてくれ、ビンセント」
「お前は、やっと俺の名を呼んだな」
俺は口笛を鳴らし、手にしていた羊皮紙を丸める。それから、いつぞのトンネルよろしく腕を通して、指先だけをチロチロ動かした。
「仲直りの握手は、いかが?」
そうして、俺たちはまた、指先だけの握手をした。
ここまで読んでくれてありがとね。