それは、異なる世界《パラレルワールド》の物語。
もしかしたら、ありえたかもしれない未来。もしかしたら、ありえたかもしれない可能性。否、ありえない未来であろうと含めよう。ありえない可能性であろうと、語るとしよう。
世界における分岐路なんて無数。無限の如く存在する。
たった一つの行動が、たった一つの言葉が、違う未来の扉を開く。
故に、ありえない可能性の物語など、塵に等しく。
全てはIFの物語。
全ては、起こりえた可能性の物語。
僕、式見蛍と浮遊霊のユウが同居して、今年で十年になる。
五年前、ユウと僕との関係は恋人に変化した。
「ユウ」
「ケイ、えへっへ~」
外でいちゃつく事はないけれど……部屋にいる時はバカップルだ。人目がないからとことんいちゃつける。
「ケイ、あーんして」
「あーん」
最初の頃は恥ずかしくて出来なかったが、人間、慣れるものだ。『あ-ん』ぐらい造作もない。
壊滅的だったユウの料理も、腕が上がったのか、僕の舌に耐性が出来たのか、今では何とか食べることが出来る。
「美味しい?」
「ああ、美味しい」
普通の味だ、なんて正直に答えようものなら、ユウがへそを曲げるのは目に見えている。
彼氏彼女の関係を円滑に進めていく為には、優しい嘘も必要なのだ。
霊体物質化能力と、ユウが何者だったのか。依然として分からない。たぶん、『分かる機会』は既に失われてしまっている気がする。
でも、そんなことは些細な問題でしかない。
能力の原因が何であろうと、僕は僕であり。
ユウが何者であろうと、ユウだと言うこと。
それだけ分かっていれば十分だった、
「ケイと出会ってから、十年経つんだよね」
「そうだな……十年、経ったんだよな」
振り返ってみればあっという間だったけれども、それでも色々とあったような気がする。
印象深いものは、先輩が人生を間違えて警察官になったり……こちら亀有派出所公園前、両津さん並に似合わないと思う。どちらも凄い人間なのは確かだけど。
予測不能、かなりデタラメに行動しているらしいが、先輩の動物的直感により多くの難事件を解決。大活躍している。ただし、その功績の一方で、面倒そうな事件だと迷宮に放り込んでいるらしい。
先輩は社会人になっても無茶苦茶な人だった。
そうそう、鈴音が本物の巫女さん……観念というか、深螺さんに巫女服を無理矢理着せられたのも記憶に残っている。嫌というか、もはや『巫女服を着ない』は鈴音にとってプライドの領域で、激しく抵抗した訳であるが。
それでも、深螺さんの力……腕力ではなく、霊力の方だけど、力には適わなかった訳で――
「鈴音。時代は萌なのです。巫女服を着ているのと着ていないのでは、売り上げが格段に違います」
「う、うううっ」
「さあ、行きますよ、巫女巫女ナース、鈴音」
「ナースはいらないからっ!」
紆余曲折を経て、今では立派な巫女さんだ。巫女服を着る巫女さんに、普通の巫女さんになってしまったのだ。
今までが、『巫女服を着ない時点で、それ、巫女さんじゃないから』なんて、冷静に考えれば思わないわけでもないが。
「鈴音には困ったものです。羞恥心に慣れてもらわねば、今後も萌え道を極められないというのに」
「姉さん、何をさせるつもりなの?」
「新境地、ぶるまー巫女」
「ううっ、誰か……主に蛍、私を助けて……」
深螺さんに振り回されて散々な目に……、何か嫌な気配を感じる。こう、霊力による重圧感が。
鈴音は深螺さんと共に幸せに暮らしております、まる。
……ん、重圧感も消えたようだし、正解だったようだ。
これで良し。たぶん、よしっ。
帰宅部後輩の日向曜。
生まれたときから難病を患い、今にも『奇跡って、起こらないから奇跡って言うんですよ』と言い出しそうだった彼女だが、医学では不可能な事でも霊力では可能だったらしく、無事に全快。近くのケーキ屋で働いている。その魂胆は見え見えで、売れ残ったケーキを大量に持ち帰っているのを何度か見かけたことがある。ちょっぴり太らないか心配ではあるが、楽しそうで何よりだった。
幼なじみの篠倉綾は、故郷である北の地に帰郷してしまった。風の噂では結婚したらしく、今では二児の母らしい。綾のことだ。『あははー』と笑いながらレモン飴を舐め、元気にやっている事だろう。
男友達の星川陽慈。彼は一流企業の証券会社に入社した……かと思いきや、退社。
トラックの運ちゃん、自動車の工場、フリーターなど、転々とした果てに、政治家。
今では国を動かしている。幼なじみとしては誉れ高い。
そして、僕とユウはと言うと……今でもアパートで同居していた。
僕は小説家になった。
ユウを見ることが出来る人は限られているから、極力、ユウの相手が出来るよう、なるべく室内でやれる仕事を目指した結果だ。僕の周りで起こった不思議な出来事。霊体物質化能力を、ユウを題材にした物語を書いてみて、それがヒット。
売り上げは多くはないけれど、何とか専業でやらしてもらっている。
編集さんが来た時にうっかりユウと話してしまい、ちょっと変な目で見られてしまったりした事もあったけれど、平穏な日々だ。
故郷に戻った綾を除いて、みんなとは今でもちょくちょくと集まって、馬鹿騒ぎしている。
大人になった今では、集まると言ってももっぱら飲み会で、仕事の愚痴の言い合いだったりする事が多いのだが。
近くの飲み屋に集まる僕達。
「後輩よ、私の酒が飲めないというのか」
「先輩のじゃなくても、飲めません。下戸なので」
「逮捕だ。後輩を公務執行妨害で逮捕する」
「ちょっ、先輩っ!」
鬼に金棒、それとも、キチガイに刃物だろうか。
危険人物に権力は持たせてはならないと実感するやりとりだった。
一人でちびちびとビールを飲んでいた陽慈の元に行く。陽慈はビールを飲みながらも、片手でスケジュール帳をチェックしていた。
「陽慈、仕事が忙しいのなら、無理して飲み会に参加しなくても……」
「忙しくても、友との集まる時間すら取れない男が、国を動かすことは出来ないからな」
スケジュール帳をしまい、微笑む陽慈。
陽慈の奴なら頑張れば、もしかすれば国の頂点に付けるんじゃないだろうかって思う。
ただ、今でもケイコさんの事を想い続けているらしい。僕のストーカーにならない事を切に願うばかりだ。
「式見蛍、美少女である私達を差し置いて、星川陽慈と会話に華を咲かせるとは……あなたはホモですか」
「うー、蛍の馬鹿ぁ」
「センパイセンパイセンパイ! ニャー君が言ってます。酒の飲めねえ奴は人間じゃないぜ、って」
深螺さんに鈴音に、後輩の日向耀。
僕は酒は飲めないけれど、皆が楽しそうで、この場に居るだけで僕の心もわくわくとして。
飲めないくせに、この仲間たちとの飲み会は決して嫌いじゃなかった。
ユウと一緒に居るのは好きだけれども、僕だってたまには、実家に帰郷したりする訳で。
一家団欒。
たまには家族で過ごすのも悪くなかった。
「それじゃあ」
空港まで見送りに来てくれた傘に手を振って、僕は北の地を後にする――
前に、傘に呼び止められた。
「兄さんは、今でもユウさんと付き合ってるの?」
「僕とユウは、愛し合っている。それがどうかしたのか?」
傘の顔は、真剣な表情だった。
「ユウさんの事は嫌いじゃない。ううん、私だって好きだと思う。でも……ユウさんは子供が出来ない。ううん、子供だけじゃなくて、結婚する事だって出来ない。結婚する以前に、他の人には見ることも出来ない。平凡な人生を、普通を望む兄さんには絶対合わないよ」
力説する傘。
その理論は間違っていない。
ユウには子供も出来ないし、結婚することも出来ない。傘の言うことはもっともだ。
その理論は間違っていない。でも、同時に間違っている。
「そんなに駄目かな?」
これが、僕とユウにとっては普通だから。
ユウが普通の女の子だったら……そう、思ったことがないと言えば、嘘になる。
この世には、身体的な理由で子供が産めない女性だっている。
子孫を残すのが人類の目的かもしれないけれど、それだけが幸せとは限らない。
全世界から無意識に恐れられ、僕は死にたがりだった。
そんな僕の隣にいてくれた。
ただ、それだけかの事なのに……
「幸せの定義は、人、それぞれだろ? 僕はユウと居られて幸せなんだ」
とても嬉しくて、尊いものだった。
だから、自分の選んだ道は間違っていないと、胸を張って言える。
傘が、いつの間にか掴んでいた服の裾を離してくれた。
「ごめん、兄さん」
僕はよしよしと傘の頭を撫でてやる。
「傘の前にも現れるさ。何を犠牲にしても、守りたいと思える人が」
世界と戦うとか、魔王が現れるなんて超常現象はゲームの中での話で、現実はこんなもの。
幽霊は超常現象ではなく、僕にとっては生活の一部みたいなもので。
僕とユウは、これからも一緒に居続けるだろう。
「ケイ、えっへっへ~、おかえりー。無事に帰ってこれたんだね」
「元帰宅部だぞ。家に帰るスペシャリストである以上、無事に帰るなんてミッション楽勝さ」
二日間しか家を空けていないのに、僕が帰ってくるとユウが飛びついてくる。
これからも二人で居続ける理由は至って簡単――
好きな人と、ユウと居られることさえ出来れば、十分に幸せだから。
「僕が死ぬまで……いや、死んだとしても一緒にいよう」
僕だけが死んで、幽霊であるユウを一人で残すなんて寂しすぎる。
僕の心中を察してくれたのか、愛らしいユウも笑顔で言い切ってくれた。
「勿論だよ。ケイが死んだとしても、絶対に離さないからっ!」
僕とユウの愛は、僕たちの愛は永遠に不滅なのだ。