成仏し、目が覚めてみれば、そこは和室だった。
僕、式見蛍は思いっきり悩む。
はて、死後の世界、あの世とやらは、こんなにも俗物的なものなのか。
しかも、タンスの上に置かれている招き猫に見覚えがあった。深螺の部屋に置かれているものとそっくりだ。
それだけではない。間取り、テレビの位置、果ては柱に付いている傷まで……否、『そっくりだ』程度では済まされない。
(一体、どういう事だろうか?)
ここは間違いなく、深螺の部屋だ。そう、断言出来る。
でも、ここに居る理由が分からない。
どうして成仏した筈の僕が、深螺の部屋に居るのだろうか?
もしかして、成仏できなかったのだろうかと悩んでいると、襖が開いて白髪の女性、部屋の主である神無深螺が姿を現した。
「蛍、目が覚めたみたいですね」
(深螺、この状況を教えてくれると助かるんだが?)
「分かりました。実は、プランαを実行しました」
(プランα?)
「ええ……計画、実行、全て私一人の……名付けて、『式見蛍独り占め大作戦』……大成功の結果です」
(……えっ? いや、どうしてそんな事を?)
「驚く事はないでしょう。蛍は、私の告白を受け入れて……三年前のあの日から、私達は婚約をかわしていたんですから」
(してない、してないって!)
「……蛍は、妹の鈴音とは付き合えても、私とは付き合えないというのですか」
(普通、付き合えないだろっ! 付き合ったら二股になっちゃうだろっ!)
「私は別に構いませんでしたが……」
(僕は構うよっ! ……そう言えば、さっきから違和感を感じてたんだけど、なんで僕は喋る事が出来ないんだ?)
「蛍は、うみにんの人形の中に入ってるのですよ」
(うみ、にん?)
「ラングリッサーシリーズに出てくる、超兄貴達の兵隊ですね」
(女神転生に出てくる奴で例えると、ポルターガイストみたいな奴かぁぁぁぁ!)
「さすがは蛍、よくぞご存知で」
(深螺がゲームを知っている方が驚きだよっ!)
「名作ですし……何より可愛いです、うみにん」
(全然可愛くないよっ! あいつら、微妙に怖いよっ!)
「すみませんでした、蛍。女装のスペシャリストであるあなたなら、リカちゃん人形の方が良かったですよね」
(そんな事、欠片も思ってないぃぃぃぃぃ!)
ちょっとだけ、アウターゾーンを思い出したのは内緒だ。
刑事と人形の話、あの組み合わせは好きだった。
(ふぅ……)
ここで、一息付く。
いかん、妙な流れに流された気がする。
(深螺、もう一度言うけどさ、詳しい状況を、順に教えてくれると助かる。確か、僕は成仏した筈だったんだけど?)
「危ういところでしたが、間に合いました。蛍が成仏しかけたところを、何とか『バインド』で魂を拘束」
(ちょっと待ったっ! バインドって、何?)
「バインドも知らないのですか。ただの、束縛系の魔法です」
(いきなり魔法とか、無茶苦茶な展開じゃないですかっ! ねぇ!)
「それ、超常現象の塊である幽霊の言う台詞ではないでしょう」
(いや、そうかもしれないけどぉ)
「神無家は、時空管理局と繋がりを持っているのですよ」
(話のスケールがでかくなったよ。でかくなり過ぎだよ。何、その名前だけで凄そうだって分かる組織は)
「宇宙規模の警察みたいな組織です。管理局から地球の管理を任されているのですよ、神無家は。魔法は、そこに勤めている人達に教わったのです」
(すげぇっ! 神無家、すげぇっ!)
「えっへん……と言うわけで、その後は蛍の魂をうみにんへ入れ、現在に至ります」
(つまり、今後は僕、うみにんの姿で生きるって事?)
「いいえ、そうではありません。時空管理局に提供された技術を利用して、実は、作っておきました」
(……正直に言うと、滅茶苦茶なんだか不安なんだが、何を作ったんだ)
「式見蛍の肉体よ、オープン」
深螺が立ち入り禁止の張り紙が付いた襖を開けると……そこはSFチックな部屋があって……
部屋の中央には、カプセルのような物が立てられており、その中には僕の身体が眠っている。
(シュールだっ!。無茶苦茶シュールだっ! 作ったって、僕の身体を作ったのかよっ!)
「ええ……蛍の魂の欠片を回収した後、余裕があったので蛍のアパートに出向き、髪の毛を回収。もしもの時に備えて、クローン培養技術を使い、身体を作っておきました」
(展開が訳分かんないよっ! どう反応すればいいか、分からなくなってきたよっ!)
「ついでに、真儀瑠や鈴音の肉体も作っておきました。蛍が望むなら、第二の人生は鈴音の肉体を使っても構いませんよ」
(構うよ、僕が構うよっ! と言うか、身体を作ったからって、クローン人間だって生きてるんだろ?)
「蛍……その点においては問題ありません。あれは、あくまでも水を入れる為のコップのように、用途は容器専用として作られたもの。生きてはいますが、心はありません。心おきなく、乗っ取っちゃってください」
(いや、悪霊みたいで嫌なんですけどねぇ)
「贅沢な……もしかして、うみにんの方が良いですか? それならそれで、構いませんが。第二の人生、うみにん。なかなか萌かもしれません」
(それは絶対にないからっ! しかも、全然萌じゃないから!)
「……うみにんの可愛さが分からないとは……蛍には困ったものです」
(そんなんで困った扱いされてたまるかぁぁぁぁぁぁ!)
「冗談はさておき、蛍。本当に肉体はいらないんですか? どうしてもいらないなら、保存しておくのにも莫大な費用を要するので、焼き殺しますが」
(……)
「黙ったりして、どうかしましたか?」
(いや、それはそれで、勿体ない気がしないでもないと思って……)
だけどさ、本当に、こんな簡単に生き返っちゃっても良いものなんだろうか?
「ええ、勿体ないです。億単位の金が掛かっているというのに……」
サラリと、物凄い事を言う深螺。
(お、億ぅぅぅぅぅ!)
「こんな技術、ちょっとやそっとの額で出来るわけがないでしょう」
(いや、そうかもしれないけど)
「億単位の金を無駄にしたくなければ、蛍が生き返れば良いじゃないですか」
(……生き返るとか言われても……世界にはさ、死にたくなくても死ななくちゃいけない人達が一杯居て……でも、誰もが死を受け入れてると思うんだ。それなのに僕だけ生き返っちゃってもどうかと思うんだけど)
「蛍、綺麗事です。良いではないですか、『主人公特権』で、ここまでお膳立てされて……ここで生き返らない方が、『生き返る事の出来る人物』として、贅沢ですよ」
(僕、割と良い事を言ったっぽいのに、主人公特権とか、ぶっちゃけられたっ!)
「我が儘を言うと、問答無用で鈴音の肉体にでも放り込みますよ?」
(それはそれで嫌だっ!)
「蛍、どうします? 選択肢は大きく分けて、四つ。式見蛍の肉体か、真儀瑠の豊満な身体か、鈴音のスレンダーボディか、それとも……」
(それとも?)
「うみにんのままで居るのか。このままだと、うみにんで確定ですが」
(またも、そのネタで引っ張りやがるんですかっ! ねぇっ! しかも選択肢、生き返るのしかないじゃないですかっ!)
「選択肢なんて、いつも理不尽な行動ばっかりです」
いや、ゲームだと他の選択肢はねえのかっ! と思うけれど、現実は無限の選択肢から選ぶことが出来る。
(深螺、本当に良いのかなぁ)
「ええ、蛍は遠慮なく生き返ってしまってください。蛍は、世界を救った英雄なんですから……」
(だけど……)
「お金の事を気にするなら、問題ありません。蛍が生き返ってから返してくれれば構いませんので……でも、返してもらえないと、神無家が破産します」
(ええええええっ!)
選択の余地が、なくなってしまったような気がする。
(成仏したら、まずい?)
「勿論。神無家の人間が、首を吊る事になるかもしれません。主に鈴音が死にそうですね。蛍の後を追って」
……なんか、無理矢理な感じがしないでもないけれど。
(分かったよ。生き返れば良いんだろ? 生き返れば)
「その通りです。さあ、生き返り、レッツゴー」
(軽っ! 深螺のノリ、軽っ!)
かくして、僕は生き返る事に決めるのだった。
「深螺、こんなんで、良いのかな?」
「いつまでもウジウジと、蛍はウジ虫ですか?」
「いや、そんな事はないけどさ」
「それならそれで、良いじゃないですか」
目下のところ僕は、ベッドの中で寝そべる日々を送っている。
生き返る事を決め、身体を乗っ取ったまでは良かったのだが、身体は万全じゃなくて……思うように動く事が出来なかったのだ。
現在、身体を調整中。
と言っても、内臓に欠陥があるとか、そんな大それたものじゃなくて……長い間保存されていた肉体だから、リハビリが必要だっただけの事。
そんな訳で、現在、リハビリを続ける日々を送りながら、普段は深螺から手厚い看護を受けている。
僕の中で深螺への好感度が急上昇だった。
深螺みたいな美少女に甲斐甲斐しく世話をされたら、普通の男であれば好きになってしまう。
「蛍、いつも通りに口を開いて」
「あ、あ~ん」
「どうぞ」
差し出されたスプーンの中に入っているおかゆを口にしながら、一方で僕は現状について悩み続ける。
簡単に平穏な日常に戻って来て、本当に良いのかって。
「ふふふ、これはこれで、悪くない日々というものですね」
ただ、そんな悩みも、深螺の嬉しそうな顔を見ると霧散していってしまう。
「蛍、それでは、もう一口行きますよ」
「あ、あ~ん」
僕自身も又、この微睡みのような日々を掛け替えのないものだと感じ始めていて。
「深螺」
「どうかしましたか? 蛍」
「まださ、当分の間迷惑掛けちゃうと思うけど、今後ともよろしくな」
「ええ、よろしくされるとしましょう」
こんなふうに、深螺と二人とまったりと過ごすのも悪くないな、などと思い始めているのだった。
「でも、深螺、鈴音に生き返ったのがばれたら、どうしようか?」
「その時は、姉妹エンドルートという事で……」
「ははは、そうなれるように、善処するよ」
鈴音の嫉妬深さを思い出しつつ――僕は乾いた笑い声を上げるのだった。