マテリアルゴースト SS 置き場   作:相馬 刀

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先輩と後輩

 

「鯛は、『腐っても鯛』なんぞという言葉があるが、腐ったら生ゴミだと思わないか? 後輩よ」

「それには同意しますけど……一体、何が言いたいんですか、先輩」

 

 いつもの如く式見家に唐突に現れた先輩、真儀瑠紗鳥の意味不明度は今日も絶好調だった。

 

「うむ、実はだな……我が家の冷蔵庫の中に入っていた鯛が腐っていたのだ」

「先輩、そんなことをしていたら勿体ないお化けが出ますよ。お寺にある金の中に閉じこめられても知りませんからね」

 

 一昔前の宣伝だ。最近ではめっきり見なくなったような気がする。世の摂理を説いた、心に響く素晴らしいものだったのに。今では流行らないのだろうか。いつまでも同じ宣伝がやっていたら、それはそれで不思議だが。

 

「まあ、わざとやったわけではない。それに、食べ物なんて腐るときには腐るものだ」

「それはそうなんでしょうけれども……その腐った鯛、まさか持ってきたりしてませんよね?」

 

 恐ろしいことに先輩ならやりかねない。この人はそう言う人なのだ。

 手をぶらぶらせて、何も持っていない事をアピールする先輩。

 

「持ってくるわけがないだろう。きちんと処分したさ。ただ、腐ってしまった鯛に申し訳なくてな。こうして後輩との会話のネタにすることにしたわけだ」

「はぁ……」

 

 腐ってしまった上、更にネタにされるとは……とことん不憫な鯛である。

 先輩の家に買われてしまったのが運の尽き、という事か。

 

「さて、そんなわけで」

「そんなわけで?」

「今から本屋に向かうとしよう。後輩も行くぞ」

「話に脈絡がないですよねぇ! 全然」

「常に前後と脈絡のある会話をし続ける人間が居たら見てみたいものだ。五分前の会話が何だったのか。後輩は常に把握しているか?」

「それは確かに……なんて納得しませんよ。『そんなわけで』なんて接続詞みたいなの使ってたじゃないですかっ!」

 

 話は変わるが――なら、僕だって納得できるのだが。

 

「私も後輩を侮っていたようだな。後輩には、『突っ込み上手』の称号を与えよう」

「テイルズみたいになったっ! しかも、嬉しくないし、もらっても意味がなさそうだっ!」

「そんなことはないぞ、突っ込み上手」

「後輩からランクダウンしたっ! 僕の呼称、突っ込み上手になったっ!」

「何か問題でもあるのか? 突っ込み上手」

「問題ありまくりです。外でそんなふうに言われたら恥ずかしいので止めてください」

 事情を知らない人が聞くと、エッチが上手いみたいに勘違いされてしまいそうだ。

 

「羞恥プレイというやつだ。諦めるのだ」

 

 ニヤニヤに笑っている先輩。

 分かって口にしているのかもしれない。

 

「嫌です」

「どうしてもか?」

「どうしても」

 

 ここは引き下がってはならないところである。引き下がったりしたら最後、先輩が面白くないと思うまで永遠と言い続けてくる。無駄なことばかりに力を入れるある意味で恐ろしい人なのだ。

 

「そうか。ならば別の称号に変えればいいだろう」

「いや、他に称号なんて……」

 

 ない、そう口にしようとしたところで、先輩が人差し指を立て、僕の唇の上に置く。

 それ以上喋るな、そういう意味合いで置いたんだろうけれど、人差し指が唇に触れた瞬間、ドキドキとしたのは内緒だ。

 

「現在、突っ込み上手には、『女装のスペシャリスト』という名誉ある称号がある」

「名誉どころか、汚名しかないじゃないですか、それっ!」

「そうか。残念だが、他の称号は存在しない」

「先輩がいつも言い続けてきた『後輩』はどこに行ったんですかっ!」

「あー、どうやら三秒前に剥奪された模様だな」

「……さいですか」

「それで突っ込み上手よ。女装のスペシャリストの方がいいなら、そっちに改名してやるぞ」

 

 なんだかどっと疲れてきたけれど、このままではいつもの如く、一方的に先輩に弄ばれ続けてしまう。なんだかもの凄く尺に障るので、ここらで反撃させてもらうとしよう。

 

「先輩にはお返しに『呆け老人』という称号をプレゼントします」

 

 僕が突っ込み担当なら、先輩は呆け担当だろう。年上という事も考慮して、老人という嫌な感じがぷんぷんと付きまとう単語も付与しておく。

 

「ほほう、突っ込み上手も生意気な口を聞くようになったものだ。ふむ、こわれはいわゆる反抗期というやつか」

「反抗期とか関係なく、適切な仕返しではないかと」

「そうか。ああ……いかん。突っ込み上手の部屋にある本棚、その奥に隠れてあるエッチな本を、鈴音に教えてやりたくなってきた」

「な、なんで先輩がその事を知ってるんですかっ!」

「カマを掛けただけだ。後輩は策士だからな。本を隠すとしたら本の中に隠すと思ったわけだ」

 

 たまに鋭すぎて困った人である。

 渋々、了承するしかない。

 

「分かりました、本屋ぐらい付き合いますから、鈴音には黙っておいて下さい」

「後輩とのデート、堪能するとしよう」

「あー、そうですね。はいはい」

 

 投げやりで答えると、先輩がぶつぶつと文句を言う。

 

「最近、後輩の反応が冷たい。これが倦怠期というやつか」

「倦怠期も何も、付き合ってませんから」

「離婚届に印を押せ」

「結婚もしてませんから」

 

 ただ、こんなデタラメなやりとりも、僕と先輩との間ではいつものやりとりでしかなかった。

 

 

 

 欲しい漫画が発売するのは月末なので、まだ用はない筈だったんだけど……

 悲しきかな、インドア系の性。本屋に足を踏み入れてしまえば、欲しい本の一冊、二冊、出てくるわけで。

 僕の手には、二冊の漫画本が握られていた。

 週刊誌チャンプに連載されている漫画と、月刊誌マガデーに連載されている漫画の二つだ。

 二冊とも簡単に買えればいいのだが、主夫として式見家の家計を預かる以上、無駄遣いするわけにもいかず。

 

「週刊誌系の人気コミックは古本屋に出やすいからなぁ」

 

 読みたいランクで言えば週刊誌に連載されている漫画の方が上なのだが、出版部数の数が圧倒的に多いのだろう。早いときは二、三日で古本屋に出回る。

 その事を踏まえると、月刊誌に連載されている漫画を……いやいや。やっぱり自分で読みたい本を買うべきか?

 

「後輩、まだ迷っていたのか」

 

 先輩が僕の手から二冊の本をそっと引き抜く。

 

「仕方ない。漫画本の二冊ぐらい奢ってやるとしよう」

「いや、先輩に奢られるなんて恐ろしくて……なんか、オチとかありそうで」

 

 平穏に終わる筈がないと本能が危険を察知している。

 それぐらいなら、二冊とも買わない方が懸命だろう。

 

「後輩はそんなに不幸になって終わりたかったのか?」

「そんなことはありませんけど……不幸に何て成りたい人なんていないでしょうし」

「珍しく、後輩に奢ってやろうと思っただけだけなのに」

「明日は、雹が降るかなぁ」

 

 先輩らしくない行為に戦慄していると、先輩が冷たい目をした。

 

「後輩は失礼な奴だな。素直に礼も言えないのか?」

「ありがとうございます。先輩」

「ふんっ」

 

 素直にお礼を言うと、照れくさそうな顔をして、速足でレジへと歩いていく。

 実は先輩、こういう直球には弱いのだ。

 人をおちょくるのは好きなのに、自分はやられると弱いのである。

 

 

「今日はここで良いぞ」

 

 二人で僕のアパートまで戻って来ると、部屋の前で立ち止まる先輩。

 

「お茶ぐらい出しますよ」

「別に必要ない。ところで後輩よ。タダほど高いものはない、という言葉を知っているか?」

「えっ?」

 

 知っているけれど、それがどうしたのだろうか。

 

「後輩が何をお返ししてくれるか、楽しみに待つとしよう。ふははははは」

 

 不敵な笑いを浮かべて去っていく先輩。残されたのは、明らかに高く付くであろう二冊の本。

 

「ケイ、おかえり~……どうかしたの? ちょっと暗いけど」

「いや、なんかドッと疲れて」

 

 今日の日曜日は、先輩に振り回されっぱなしの日だったと思う、僕、式見蛍であった。

 

 

 

 ちなみに、休み明けの月曜日、つまりは翌日のことだが。

 

「後輩よ、あの時私が買ってやった本を貸すのだ」

 

 不吉なことを言っておいて、この仕打ち。

 貸すのは問題ないけれど。

 

「別に良いですけど、先輩も読みたかったんですか?」

「当たり前だ。私が読みたいと思ったから、恩着せがましく貸し一つで、後輩に買ってやったのだ」

「それなら、先輩自身が買えば良かったんじゃ?」

 

 そんな回りくどい事をしなくたって良いような気がする。

 

「ふっ、状況を考え、判断したまでのこと。私は手元に本が必要はないが、目を通したかった。後輩は買おうか迷っている。私自身が買ったとすれば、後輩は私に本を貸して欲しいと頼んだ来て、それで終わりだろう。それでは私の丸損ではないか。それぐらいなら後輩に買って恩を押し売りして、私は後に利息の付いた借りを返してもらい、その上で本は借りて読む。ふむ、我ながら惚れ惚れする程、完璧な計画ではないか」

 

 真儀瑠紗鳥。魔性の女。

 

「先輩と付き合う人が居るとすれば、その人は『尻敷かれマン』確定ですね」

「私の尻に敷かれるとすれば、その相手も光栄だろう」

「皮肉も通じませんか」

「安心しろ、私の尻の下は、後輩の為に取ってある。安心して踏まれに来るが良い」

「残念ながら、その手の趣味はありませんので」

「何を言うか、元自殺志願者……死にたがりなど、最高位のマゾだぞ」

「ああ、もうっ! どうして先輩はそこまでサドなんですかっ!」

「後輩は忘れてしまったか? 私はずるい女なのだよ。骨の髄までしゃぶらせてもらうからな。覚悟すると良い」

 

 結局、日曜日であろうと、月曜日であろうと、日にちに関係なく、先輩に振り回され続けるのだろう。

 

「お返しに買ってもらうのは、本、一冊で構わない。別に必要はないが、六法全書でも買ってもらおうかと思っている」

「嫌がらせでしょ、それ、絶対に嫌がらせでしょ?」

「ふはははははは」

 

 僕の未来は、暗雲で包まれている事は間違いなさそうだったけれど。

 こんな酷い仕打ちをされていても、楽しいと感じてしまうのだから、病気なのかもしれない。

 

 何処にでも居るような、先輩と後輩。

 同時に何処を探したって見つからない、先輩と後輩。

 

 それが僕、式見蛍と真儀瑠紗鳥の関係なのだ。

 

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