マテリアルゴースト SS 置き場   作:相馬 刀

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帰宅部の日常

 

 学校帰り、先輩、真儀瑠紗鳥が赤鼻のトナカイを、突如として歌い出した。

 一緒に住宅街を歩いていた僕、式見蛍は先輩の奇行に虚を突かれるが、いつもの事だと開き直り、真正面から突っ込みを入れてみる。

 

「クリスマスソングなんて、時期外れですよねぇ。どうかしたんですか?」

 

 今は春だ。桜が舞う季節であって、間違ってもクリスマスソングを歌うような季節ではない。

 僕の突っ込みを無視し、先輩は歌い続ける。

 今の先輩に何を言っても無駄だと理解した。何か目的があって、歌っているに違いない。

 別に、長い歌ではないし、終わるまで待てば良いだけの事。そう結論を出した僕は先輩が歌い終えるのを待つが……

 

「お前の鼻が、赤いのは……」

「あれ、先輩、歌詞が違いません?」

 

 きちんとした歌詞は覚えていないけれど、間違っているという事だけは分かる。

 先輩は僕の質問に答えず、その上、理由は定かではないが先輩は歌を止めていた。

 

 

 

「梅干しだからだよ」

 

 

 

 声色を変えて、言う。

 

 止めたのではなく、ただ、間を置いていただけで……

 ――無茶苦茶、可哀想なトナカイだった。

 

「さて、後輩よ、先程の質問に答えよう。突如として歌いたくなった。それだけの事だ」

「歌いたくなったのは良いんですけど……なんで、普通の歌じゃなくて替え歌だったんですか?」

「サンタのトナカイの鼻……想像の産物である事から、無論、実物など見たことはなく、絵で見た限りだが、梅干しにしか見えないことを思い出してな。替え歌を思い付き、歌いたくなったわけだ」

「先輩って……どうでも良いことには機転が利くんですよねぇ」

 

 僕の言葉に先輩は上半身を反らし、自信満々で応える。

 

「ふっ、どうでも良いことに一生懸命、それが真儀瑠紗鳥、私の信念なのだっ!」

「変なことで断言したよ、この人はっ!」

「ふむ……ところで、話は変わるが……」

「前振り、意味分かんないですよねぇ……こんちくしょうっ!」

「後輩よ、私は常々、謎に感じていたことがあるのだ。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、上杉謙信、武田信玄、毛利元就、今川義元、伊達政宗、服部半蔵……歴史上の人物は、どうしてどいつもこいつも……」

「どいつもこいつも?」

「四文字熟語みたいな名前をしてるのかということにっ!」

「さりげに、歴史上の偉人達に喧嘩売ってるーーー!」

 

 こんな無茶苦茶な理屈を展開するのは、世界中で先輩ぐらいしか居ないに違いない。

 

「むっ、後輩は思ったことがないか? 四文字の奴ばかりで、覚えるのが大変だと」

 

 確かに、先輩の言いたいことが分からない訳ではない。

 江戸時代の徳川シリーズなんて、初代から十五代まで、全て覚えている人なんて歴史マニアの人ぐらいしかいないだろうと思っている。

 

「独眼流政宗とか、五文字の人も居るでしょうがっ!」

 

 でも、さすがに歴史の偉人達に対して、四文字熟語などという言葉で一括りする度胸を僕は持ち合わせていなかった。 

 

「確かに、例外がないとは言わない。だが、あからさまに多いとは思わないか?」

「知り合いにだって、神無鈴音、神無深螺、星川陽慈……名字二文字、名前二文字って多いと思いますけどねぇ」

「それも否定しない。だが、特徴的な名前があっても良いと思うのだが……三田阿舞礼度(さんだあぶれいど)とか、そういう名前があっても良いと思わないか?」

「もしかしたら、居たのかもしれませんよ。ただ、有名にならなかっただけで」

 

 投げやりになって、先輩が満足しそうな言葉で応えてみる。

 

「後輩よ、そんな変な名前の人間が居るわけがないだろう」

「一つ前に自分で言った意見を全否定しちゃったよっ! この人はっ!」

「過去のことなど知ったことか。私、真儀瑠紗鳥の辞書には、未来という言葉しか乗っておらんっ!」

「そんな辞書役に立たねえっ!」

「はっはっは」

「先輩……僕は何て言えば良かったんですか?」

「ふむ……後輩がなんて言おうと、私はお前をからかうつもりだった。つまり、何を言っても無駄だったわけだ」

「正しい選択肢はないんですかっ!」

「世の中、理不尽に出来ているんだ。特に、主人公の行動は制限を掛けられている事が多い。諦めるのだな、後輩よ」

「本当に理不尽ですよねぇ、それっ!」

 

 ぜーはーぜーはと息を吐いて、呼吸を落ち着かせる。

 先輩とまともに付き合おうと思っていたら、精神がすり減ってしまう。この話題は疲れるので、ひとまず、強引だが話題を変えてみるとしよう。

 

「そう言えば、今日は何か用でもあるんですか?」

「別にないぞ。今は学校帰り……つまり、帰宅部の活動時間ではないか。それとも、後輩をからかう為にやってきた、などと本音を漏らして欲しかったか?」

「本音を漏らしてるじゃないですかっ!」

「はっはっは。気にするな、後輩」

 

 なんか、近頃の僕は、益々先輩の玩具になってきているような気がする。

 このままでは不味い。非常に不味い。

 将来の嫌なヴィジョンを想像する。大学に行っても、仕事をするようになっても、永遠に先輩に振り回される情けない僕の姿を。

 こうなったら一矢報いるしかないっ!

 でも、どうやったら唯我独尊である先輩を出し抜くことが出来るのだろうか?

 

 無理そうな気がした。

 すぐに諦めている時点で、未来のヴィジョンが確定してしまった気がする。

 

「後輩、なんだ、その敗北者の顔は? 何か悩みがあるのなら、ぱーふぇくとな私に相談すると良い」

「どんな難しい事情でも、先輩なら解決出来ます?」

「無論だ」

 

 先輩の言葉に、僕は光明を見いだす事が出来た。

 

「実は、とても困っている先輩がいるんです」

 

 僕は拳を握りしめて、力説する。

 御飯を奢れ攻撃、用もないのに僕を振り回してくる攻撃、女装してアルバイトしろ攻撃……etcetc。思い出せば出すほど、先輩と出会ってからの人生、不憫でしょうがない気がしてきた。

 三十分にも渡る力説の末、僕が語り終える……というか、まだまだネタはあったのだが、このぐらいでいいだろうと妥協して――妥協しなかったら、それこそ、半日は言い続ける事が出来る自信があったのだが、時間だってないし、疲れるのでこの辺で止めておいた。

 

「ほう、それは困った先輩だな。それで、後輩よ。お前はその先輩をどうして欲しいのだ?」

「その先輩の事、嫌いじゃないんですけど……もう少し節度ある行動を持って欲しいというか」

 

 出会った当初、猫かぶりしていた先輩を思い出す。あれはあれで気持ち悪いだけだったので戻って欲しい訳ではないが、今の先輩も手に負えない。

 どっちに転んでも困った人という、トンデモナイ人なのだ。

 

「分かった、任せておけ。『陽慈』の奴はこっぴどく懲らしめておいてやろう」

「ええっ!?」

 

 名前を言わなかったのだから、直球、ではなく若干遠回しだったのは分かってる。

 でも、先輩にとって身に覚えがある話ばかりの筈だから、先輩は自分の事だって絶対に分かっている筈なのに……

 

「惚けた顔をするな、冗談だ。後輩が私のことを言っているのは分かっていた。だがな、私がまともな人間だったら、面白くも欠片もあるまい? それでは、物語が成立しないのだっ!」

「また、変な理屈を捏ねだしたぁぁぁぁ!」

「第一、自殺志願者である後輩に『変人』などと言われたくないな」

「ひどっ! 僕の心をナイフで抉ってますよ、先輩」

「ナイフ程度で済むのなら、安いものだろ? 私の事を変人扱いすればどういう目に遭うか、思い知らせてやらなければならないのだ」

 

 負けるなっ! 帰宅部部員、式見蛍っ! ……などと、心中でモノローグ的に自分自身を応援してみる。

 そうだ。一つ名案。

 

「先輩、帰宅部って、退部出来るんですか?」

「ああ、出来るぞ。ただし、その暁には二度と学校から帰れなく……帰宅出来なくなるがな」

「それ、絶対に辞められないじゃないですかっ!」

 

 叫んでから、気付く。おかしい、ちょっと待てよ。

 

「先輩、その理論は変じゃないですか? 帰宅部じゃない文化部や運動部は、普通に帰ってるじゃないですか」

「ふっ……実は、現守学園に通う生徒全員が帰宅部なのだっ! 否、仕事を終えたサラリーマンや主婦、その他の学園の生徒達……世界中の家に帰る人間は、即ち全て帰宅部っ!」

「帰宅部凄すぎっ! 先輩、寮生活の人間だったらどうなるんです?」

「帰寮部……かな?」

「語呂悪っ! しかも、頼りなさげですよねぇ。ホームレスなら?」

「……帰宅出来ない部?」

「僕に問いかけても分かんないですけどねぇ」

 

 会話を交えて、否応なく思う。

 先輩を言い負かすなんて、誰であろうと不可能だ。

 支離滅裂な理屈――例えるなら、夢の中で正論を言ったところで、誰も相手にしてくれないのと同じようなものだろう。

 それぐらい、無駄な行為。

 ただ、一つだけ言える事があるとすれば、こんな変わった先輩の相手を出来るのなんて、僕ぐらいなものだろう。

 

「ふっ、後輩が学校から帰宅したくないというのなら、退部を許可してやるぞ、どうする、後輩」

 

 ニヤニヤと笑いながら、告げてくる先輩。

 僕が言う答えを分かっている顔だ。少々癪だが、僕はその答えを言う。

 

「これからも帰宅部で頑張りますよ、先輩」

「そうだ、それで良いのだ、後輩よ」

 

 

 私、神無鈴音とユウさんの二人は、蛍と真儀瑠先輩から十メートルほど離れた後ろで、二人のやりとりを伺っていた。

 

 普段は、前を歩いている二人と一緒に帰宅している。ただ、今日は二人に声を掛けようとしたところで、突如、真儀瑠先輩が歌い出し……声を掛ける機会を逃してしまったのだ。

 真儀瑠先輩が歌い出しのはクリスマスソング――途中から替え歌になり、その後、蛍と言い合いになり……現在は肩を並べ、談笑していた。

 

「ユウさん……どうしてか分かんないんだけど、蛍と真儀瑠先輩に声を掛けづらいよね」

「二人から、らぶらぶな感じがするよ!」

「いや、そんな感じはしないけど……でも、蛍も真儀瑠先輩も、なんだかとっても楽しそう」

「そうだねぇ」

 

 ユウさんは私の意見に同意してくれる。

 

「あれ?」

 

 先程まで仲良く談笑していたかと思えば、真儀瑠先輩が持っていた鞄が、蛍の後頭部にヒット――再び始まる言い争い。

 ただ、状況は蛍の方が分が悪そうだ。

 

「でも、どちらかといえば、ケイが一方的に真儀瑠先輩に振り回されているだけのようにも思えるけど……」

「だって、蛍だもん。振り回されるに決まってるよ」

 

 もはや体質と言っても過言じゃない。

 私とユウさんの二人で、言い合う二人を見て、微笑む。

 でも、そろそろ……

 

「鈴音さん、これ以上、真儀瑠先輩だけにケイを独占させておくのは駄目だよ。ケイが負けちゃうよ。加勢しようよ!」

「うん、そうだね」

 

 私達は、少し早足になって、二人に駆け寄る。

 いち早く私の存在に気付いた蛍が、こっちに逃げ出してきた。

 

「鈴音、助けてくれ! 真儀瑠先輩に襲われるっ!」

「後輩よ、人聞きの悪い事を言うのではない」

「ユウ、先輩を足止めしてくれ。先輩には見えない利点を活かす、絶好のチャンスだぞ」

「ごめんね、ケイ、さすがにそんな卑怯な事は出来ないよ」

「後輩よ、貴様はそんな卑怯な、ゲームで言えば裏技、否、改造するような邪道な行為を頼むとは、見損なったぞ」

 

 なんだかんだ言って、帰宅部の『輪』に入ってしまえば、楽しくて――

 

「蛍、楽しいね」

「まあ、つまらなくはないと思うぞ。大変だけどな」

 

 蛍はそっぽを向いて言う。

 でも、本音は楽しんでいるからこそ、ここに居るに違いない。本当に嫌だったら、蛍は逃げてしまうから。

 

「巫女娘よ、後輩をこちらに差し出せ。さもなくば巫女服を着る刑に処すぞ」

「巫女服は着ないし、蛍だって渡しませんよ、真儀瑠先輩」

 

 他の学校では、部活に入ってない人物を指す帰宅部だけど……

 現守高校にある帰宅部は、『帰宅を楽しく行う為に存在する部』なんじゃないだろうかって、近頃、私は思うのだ。

 

 

 

「ふむ、それならば連帯責任で、後日、後輩を巫女服の刑に処す事にしよう」

「先輩ぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 蛍が絶叫する。

 

 

 前言撤回――もしかすると、帰宅部は、蛍を苛める為だけに存在する部かも、なんて不謹慎な事を思う、私、神無鈴音でありました。

 

 ちょっぴり、蛍の巫女姿を想像して拳を握りしめたのはここだけの話という事で。

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