嘘だ、嘘だ、嘘だ……こんなのが現実の筈がない。
――を見下ろして、絶望する。
終わりは、まだまだ先にある。否応なく、いずれは訪れるものだけど、それは今じゃない。今なんかじゃない。
嘘だ、嘘だ、嘘だ……誰でも良い。誰か、嘘だと言ってくれ。
悪い夢だと、言ってくれ――
目の前には、何故か、人間サイズの大きな人形、等身大フィギュアが段ボールの中で体操座りをしていた。
落ち着け、落ち着くんだ、式見蛍。見間違いかもしれないだろ?
息を吸って、吐いて……心を落ち着かせてから、もう一度段ボールの中を見る。
夢でも幻でもなければ、当然見間違いでもなく、人間の形をしている大きな人形がそこにあった。長い髪を腰まで伸ばし、メイド服を身にまとった可愛らしいフィギュアだ。
「深螺さん、なんだってこんなものを家に……」
段ボールの表に付いていた伝票を眺めながら、僕は深い溜息を吐く。
それが届いたのは、日曜日である今日の午前中。黒い猫がトレードマークの宅配便によって送られてきた。送り主は、鈴音の姉、神無深螺――彼女が送ってきたのだから、普通の物ではなく、何となく曰く付きのものが送られてきたのであろうことは想像出来るが……
「日本人形とかならまだしも、等身大フィギュアだもんなぁ」
ある意味では今時っぽい気がしないでもないが。
こんな、『痛い度数』を考えれば満点に近いものを送られてきても困る。きっと、この世の99%以上の人間が、僕と同じ気持ちになるだろう。
不幸中の幸いは、ユウが在宅していなかった事だろうか。こんなものを見られた日には、ドン引きされるに決まってる。まあ、僕自身もドン引き中な訳だが。
「はぁ~」
再び重いため息を吐いて、どうしてこんな物を送ってきたのか、深螺さんに聞いてみるとしよう。
何となく本能で嫌な予感を感じながらも、電話をしなければ事態は変わらないという結論を出して、携帯電話を使って深螺さんに電話を掛ける。
これが先輩辺りが送り主だったら、『面白半分』で送ってきたに違いないと断言できる――なんて無意味な事を思いながら。
「もしもし、深螺さん」
「式見蛍、久しぶりです。あなたから電話が来ることは予測済みでした」
開口一番、さらりと意味不明な事を答える深螺さん。
ちょーとアンタ。予測済みとか、そういうレベルの話じゃない。
誰だって電話ぐらいするだろう。こんな類の物を一方的に送りつけられては。
「事前に連絡してくれれば、その方が助かったんですけど?」
その方が混乱することなく、非常に助かる。
ただ、事前に話をされていれば、送ってくる事に対し全力でNGを出した事は請け合いだが。
「式見蛍、あなたは馬鹿ですか? こちらから電話すれば、私が電話代を持たなくてはならないではないですか」
「神無家、ケチィィィィ!」
「失礼な人ですね。節約家と言ってもらいたいものです」
お金持ちの人ほど、ケチだと聞いたことがある。
神無家。
行ったことはないが、心霊の名門という事から、稼いでいそうなイメージが強い。
退魔師=GS美神。
安直ではあるが、金の亡者を連想させる。
当然か。強欲だからこそ、お金を手元に残せる……
と、いかんいかん、いきなり思考が脱線した。
「ところで、あの等身大フィギュアって何です?」
「ああ、あれですか。式見蛍、あなたは九十九神、というものはご存知ですか?」
「ええっと、長い年月、愛用していたものに魂が宿る奴ですよね?」
「その通りです。あのフィギュアの持ち主は、先日、家で亡くなったのですが……生前、あのフィギュアに愛情を持って接していたようで」
「愛情って?」
「近所の住民の情報によれば、名前を付けて、車に乗せて、一緒に買い物に出掛けたりと……その、私では考えられない世界ですが、不特定多数の住人から証言を得ていることから、虚偽ではなく、本当の情報だと思われます。つまり、人間と同様に扱っていたようで、自我が目覚めてしまった訳です」
そういう趣味を持った人が居る……のは知っていたけれど。
聞けば聞くほど、痛いよなぁ。
いや、ちょっと待て。
今一度、等身大フィギュアを見下ろし――
「つまりは、実体を伴った幽霊みたいなもん、という事ですか」
「彼女……と、あえて言いますが。私が懸命に言い聞かせた結果、持ち主が亡くなったという事までは理解してくれたのですが、持ち主は一人暮らしで身寄りもなく、彼女は処分されそうだったのです」
処分されれば良いじゃんと口に出して言いたかったが――なんだか人形の前で口にすると、後が怖い気がしたので止めておく。
「彼女は処分しに来た業者に徹底抗戦。数人の怪我人が出て、結果、神無家に依頼が来ました。かくして、現在の状況になっている訳です」
深螺さんの台詞に、僕は文句を言うしかない。
何故なら、『現在の状況』になっている説明になっていないのだから。
「ちょっと待って。なんでそんな物騒なものが我が家に来るという状況に……人に迷惑を掛けている時点で悪霊だし、そもそも神無家の管轄じゃないか」
非常に納得いかない。納得いかないが、深螺さんのこねる理屈は更に納得のいかないものだった。
「仕方ないではありませんか。神無家に等身大フィギュアは合わないんですから。色々と考えた結果、ひとまずは式見蛍のところに送るという結論で決まった訳です」
「投げ出したぁぁぁぁぁ! それって僕に押しつけたって事じゃないですか!」
「そうではありません。式見蛍、あなたは、その……幽霊であるユウと同居しているではありませんか。つまり……」
「つまり?」
僕が聞き返すと、深螺さんは……トンデモナイ理屈を言い切る。
「厄介者が一人増えるぐらい、どうって事はないと判断したのです」
「勝手に判断するなぁぁぁぁ!」
「こちらも等身大フィギュアの除霊するのは前例がなく……暫くの間はお願いします、式見蛍。愛情を持って接していれば大丈夫……ただし、愛情を注がないと、どうなるか分かりませんのでお気を付けて。彼女を伴って外にお出かけなどしていれば、彼女は機嫌を損なう事はないかと」
「世間体とかあるんだぞ。そんな事できるかぁぁぁぁっ!」
「式見蛍、あなたの御武運を祈っています。それでは」
「ちょっ!」
電話から聞こえてくるのは、無機質な効果音。一方的に電話を切られてしまったのだ。
「くっ、まだ話は終わってないのに……」
その後、何度も電話したけれど……深螺さんは一度も出てくれる事はなかった。
等身大フィギュアを見下ろし、これが普通の人形である事を、動かない事を切に願う。無理だろうけど……そう思った矢先――カッと目を見開いて、こちらを直視してくる等身大フィギュア。
「オハヨウゴザイマス」
どうやら、今までは寝ていただけ……いや、もしかすると、寝た振りをして話を聞いていたのかもしれないが。
ともかく、こんな紆余曲折の果てに、僕、式見蛍は等身大フィギュアとの――
「……おはよう、えと、僕は式見蛍って言うんだけど、君は何て言うの?」
「ワタクシノナマエハ、『マリア』デス」
奇妙な同居生活が始まるのであった。
マテリアルゴースト SS
『新たなる同居人!? 可愛いあいつは等身大フィギュア』
「ケイが、ケイが、でっかいお人形さんで遊んでるぅぅぅぅ!」
「遊ぶかぁぁぁぁぁ!」
その日の夕方――鈴音のところに遊びに行っていたユウが家に帰ってくると同時に、予想通りの言葉を吐いてくれた。
いや、まあ、そう言いたくなる気持ちも分からないではないけれど。
なんたって僕は、等身大フィギュアであるマリア本人の希望により、段ボールに入っていた他の服に着替えをさせている最中だったのだから。
ちなみに、彼女に着せようとしていたのは黒を基調としたゴスロリ。ヒラヒラした奴だ。しかも、その時のマリアは上半身裸。僕がその時手にしていたのはブラジャーだったりするもんだから……誰が見たって変態だ。僕だって陽慈がこんな事をやっている現場を目撃したら……無言で立ち去るのが同性としての優しさだろうか。
不幸中の幸いは、この情事といっても差し支えのない……ちょっと違う気もするけれど、現場を目撃したのが先輩ではなく、ユウで良かった。先輩だったら、一生からかわれるネタにされるだろう。間違いなく。
「彼女はだな……」
なんでこんな苦労をしないといけないんだろう。愚痴を内心で呟きながら、この、非常にややこしいことこの上ない状況の説明しようと試みて――
「変態のケイが、ケイが、お人形さんの事を、『彼女』とか呼んでるぅぅぅぅ! 大変だ、ケイが壊れちゃったよ。鈴音さんに相談しなきゃ!」
「それは待てぇぇぇぇ! いや、待ってくださいユウ様」
相談なんてされた日には、この世界から僕の居場所がなくなる気がする。
想像すると、死にてぇ……と、鬱になりかけた考えを撤去。
頑張って生きると決めたばかりだ。
先程の深螺さんとのやり取りを、懸命に説明した。命懸けで。
「という訳なんだ」
一通り説明し終えると、ユウは唸りながら首を傾げる。
「つまり、ケイが人形に遊ばれてるって事?」
「そのニュアンス、物凄く嫌なんですけどねぇ」
「冗談だよ。でも……凄いね。こんな大きな人形があるなんて」
ふと、名案が思い付く。
人形と言えば、フィギュアとか特殊なものを除けば、一般的に考えれば男の子の持ち物ではなく、女の子の持ち物なわけで。
居るじゃないか、目の前に。その条件に……条件なんて言う程大げさなものではないが、適任者が。
「ユウ、お前に任せた。男の子よりも女の子の方が、人形遊びは得意だろ?」
「普通のサイズの人形なら……否定はしないけど。このサイズになると力もいりそうだし、私だと無理だよ」
「くっ、一理あるな」
マネキンを相手にするようなものだから、ユウだと相手にするのは辛いのだろう。
なんて変な納得をして、一つ疑問を思いつく。
実体を伴った幽霊であるマリアなら、霊体物質化の範囲から離れても、ユウが触れるのだろうか? なんて――
思い立ったら吉日。早速実験開始。
実体化範囲から離れて、ユウを霊体にさせてからマリアに触らせてみる。
「おおお、ケイ、触れるみたいだね」
「そうか。なら、後のことは頼んだ」
「ちょっ、さっき、私無理って言ったじゃんっ! ケイも納得してたじゃんっ!」
「ど根性で何とかしてくれ。カエルだってシャツに張り付く世の中だ。成せば成る」
「張り付かないよっ! カエル、潰れて死んじゃうよっ!」
ちっ! 気づかれたか。
その通り。潰れて死んで、張り付くだけだ。
僕は生きたままくっつくなんて、一言も言ってない。
あくまでも漫画の話だ。
「フタリノテヲ、ワズラワセマセン。ワタシハ、ジリキデコウドウデキマス」
座っていたマリアが立ち上がり、歩きながら腕を振り回す。間接がボキボキと鳴った。
何時間も座り、立ち上がったときのような人間臭い動きである。
「へっ、そ、そうなんだ」
喋りはするが動かないと思っていたが、どうやらマリアは自動歩行……というか、動けることが出来るらしい。よくよく考えれば処分しに来た業者を自力で撃退している時点で、動けるのは分かっている情報だった。
あれ、そうなると……なんで自分で着替えなかったのだろう。
「マリア、君はどうして自分で着替えなかったんだ?」
「キガエサセルノハ、オトコノロマンダトマエノゴシュジンサマガ」
う、うーん、あんまり理解できない思考だ。
どちらかと言えば脱がせ……げふんげふん。
「ケイ、どうかしたの?」
「いや、なんでもアリマセン」
邪な考えを浮かべた自分に叱咤する。
「んんっ、ともかく、自力で行動できるなら、狭いかもしれないけれど室内なら自由に行動しても構わないから」
「ワカリマシタ、ケイサマ」
かくして、僕とユウ、マリアの二人と一体の同居生活の幕が開けた。
「深螺様、本当にあの男で大丈夫なのですか?」
銀髪の少女、その横に控えるのは神無家に仕える家政婦であり、同時に悪霊を退治する退魔師の卵、凛とした顔つきの少女であった。
彼女の言葉に深螺は応対する。
「式見蛍であれば、どうにかしてくれることでしょう」
「僭越ながら申し上げます。今回の件、あの男如きでは解決できないのではないかと」
「いいえ」
深螺は、夜空に浮かぶ月を見上げながら、答える。
「彼なら、大丈夫。きっと、何とかしてくれる」
「気がします……」
「え? ええっ! 気がするだけなんだっ! 勿体つけておきながら、気がするだけなんだっ!」
家政婦の鋭い突っ込みが、神無家に響き渡るのであった。
マリアが届いた日の翌日。
僕は憂いを吹き飛ばされ、感激することになる。
「ケイサマ、オハヨウゴザイマス」
「おはよう」
起きたとき、既に起きているフィギュアを見て、朝からどんな災難が舞い込んでくるか、僕の気分は憂鬱だった。
「あっ……」
すぐに気づく。室内に漂う美味しそうな匂い。
食卓の上に並ぶのは、ご飯にみそ汁、卵焼きと焼き鮭……ポピュラーなメニューだが、これぞ日本の朝、『THE 和食』である。
「ドウゾ」
マリアに勧められて箸を取り……躊躇する。
『見た目は美味しそうだけど、味は最悪』というパターンじゃないだろうか。ヒネクレタ思考だと自分でも思うが、横でのほほんとテレビを見ているユウを見て、この世には素材の味を台無しにし、加工し、三身合体させて、毒物を生み出せる存在も居る。
ある種の王道だろう。厄介な王道だが。
まあ、せっかく作ってくれたのだ。試しに食べてみようか。
ユウ以上の料理なんて、ないだろうし。
「頂きます」
手を合わして、卵焼きに箸を伸ばした。
恐る恐る口へと運び――
「美味い」
だし巻き卵は、絶妙な味だった。形も全く崩れておらず、店で売っているものにも負けていない。
卵焼きだけではなかった。焼き鮭の焼き加減も素晴らしく、みそ汁の味は格別だ。まさにお袋の味だった。
「ミソシルハ、ニボシ、カツオブシデダシヲトリマシタ」
「等身大フィギュア、すげえっ!」
「ケイサマ、ワタシノナマエハ、マリアデス」
「ん、そうだったな。マリア、ご苦労様」
「ソレホドノコトデハアリマセン」
控えめなところもポイントたかし。
唯一の難点は、言葉が片言なところぐらいだろうか。
その後も、怒濤の快進撃だった。
料理だけではなく、学校から帰宅して驚愕する。掃除に洗濯。果てはゲームの相手まで、何をやらしても完璧。一家に一台メイドロボ――そんなフレーズさえ浮かんでくる。
「最初はどうなるかと思ったけど、食っちゃね魔人のユウに比べると、役に立つなぁ」
現在、マリアは取り込んだ洗濯物をアイロン掛けしている最中だ。
「ケイ、もしかして、私、フィギュアに負けてるの?」
「ああ、無茶苦茶負けてるな」
無表情属性だと思えば、悪くない。
深螺さんと、やや被っているのが難点だが。
「食費は掛からないだろ、炊事洗濯はお手の物だろ、ゲームだってそこそこ上手くてユウより歯ごたえがあるし、良い事尽くめじゃないか」
「わ、私だってその気になれば、御飯ぐらい食べなくても……」
「良いのか?」
「うっ、この際、食費が掛かるのは仕方ないとして……」
「ユウは幽霊なんだから、別に食べなくても問題ないだろ?」
「ロボットのドラえも○だって、御飯食べてるんだよっ! なら、幽霊が御飯食べたって、問題なんてないよっ!」
確かに、そうかもしれないけれど。
「ドラえも○は、ユウと違って物凄く役に立つからなぁ……」
あれは役に立つ、という領域ではない。
でも、ドラえも○……あんなのが未来から来たら、のび○君は絶対に腑抜けになる気がするのはどうだろう。
そもそも勝手に未来を変えたりして、タイムパトロー○に捕まるんじゃないだろうか。規模こそ違うが、歴史改変をしようとした、『日本誕生』に出てきた未来人とやってることは同じだろうし。
勿論、子供向けのアニメに、冷静に突っ込むものじゃないのは分かっている。でも、根っからの突っ込み人間なのだから仕方ない。
「ユウ、そろそろアイテムを出す時が来たぞ」
「なんか期待されてるー! でも、アイテムなんて出せないよっ! アイテムを出すのは、どちらかと言えばケイの領域だよ」
「あー、それは確かに」
霊力で物体を作れるからなぁ。
「ユウにも、一つぐらい取り柄があったっけ?」
ちょっと意地悪な言い方をしてみた。
うー、なんて唸り悩むユウ。しばらくすると閃いたと言わんばかりに、威風堂々、言葉を口にした。
「そうだっ! 私、冷凍イクラが食べれるよっ!」
「食べ物関連は良いから、しかも、力説するところじゃないから……他には?」
「羽毛布団党万歳だね」
「僕の好きなものを褒めちぎって誤魔化す作戦?」
「はうっ、いきなりばれたっ!」
「ケイサマハ、ツッコミヤクデスネ」
「くっ、なんてこった。マリアには突っ込み機能も搭載されているとは……」
「私にはボケ機能があるよっ!」
「日常から突っ込みを入れないといけないのは、面倒だなぁ」
刻々と意味不明になっていく状況に戦慄を覚える。
いつもの事だが。
「うっ、ううっ、このままじゃケイに捨てらちゃうよっ!」
「昼メロ的展開だなっ! 昼メロ、見たことないけどさっ!」
「見たことないのに言うんだっ! 言っちゃうんだっ!」
平日の昼間なんて、普通は学校だ。昼メロみたいなドロドロしてそうなの、録画してまで見たいと思わないし。
「フフフフフフフフ」
僕とユウのやりとりを見て、マリアが無表情で笑う。
結構怖かったので、僕とユウは我に返った。
「早いけど、そろそろ寝るとするよ」
「あっ、うん」
「フフフフフフフ」
かくして、不吉な影を残しながら、月曜日は終わった。
「蛍、たまにはご飯でも作りに行ってあげようか」
火曜日の放課後。夕暮れの教室。
鈴音の言葉に、咄嗟に思いつくのはメイドロボ……もとい、等身大フィギュア、マリア。
見られても嬉しいものではないんで、咄嗟に嘘をつく。
「あー、昨日、カレー作ってさ。まだ、カレーが残ってるから。今回はいいよ」
「そっか。うん、また今度ね」
火曜日は平穏に過ぎ去った。
次の日。家に帰ろうと教室を出たところで、廊下でバッタリと先輩とエンカウントした。
「ふむ。たまには後輩の家でゲームでもして遊ぼう」
「先輩?」
「言葉を省略して、後輩で遊んでも構わない」
滅茶苦茶不吉な言葉だった。
「今日のところは気分じゃないんで、止めときません?」
マリアを一番見られたくない相手なので、やんわりと断ってみる。
「ほう、私の誘いを断るか。くっくっく……つまりは見られたくない物が後輩の家にあるという事だな」
なんでこの人はここまで勘が鋭いのだろう。
ここで動揺したら負けだ。
「なんで先輩の誘いを断っただけで、家に見られたくないものがあることになるんですかっ!」
「逆に問おう。ならば何故、額に汗を浮かべている? 心拍数も、やや高いようだな。動揺しないように必死に振舞っているが、顔に書いてあるぞ。見られたくないものがある、とな」
「あんた、人間ですかっ!」
「私は普通の人間だ」
相変わらず、超人的な人だ。
と、更に必殺技を使う。
「ただまあ……秘技、場面転換っ!」
先輩の一言で、気づけば僕と先輩は、見慣れたアパートの前に居た。
「テレポートしたっ! 原作とか無視して、先輩が超能力を使い出したっ!」
「ヤードラット星人に教わった。と言いたいところだが、漫画や小説では常套手段だ。ただ、描かれてないだけで、きちんと学校から帰宅しているからな」
「くっ!」
「ここまで来たんだ。後輩の家に寄らせてもらうぞ」
「すいみませんっ! 汚いんで、掃除させてもらえませんかっ!」
「ふむ」
僕が懇願すると、先輩は指を一本立てる。
「そうだな、一分だけ待ってやろう。優しい私に感謝だな」
「ありがとうございますっ!」
心にもないお礼を言い、部屋に入る。
一分しかない。されど、一分ある。
「ドウカシマシタカ?」
一通りの仕事をこなし、正座してテレビを見ている休憩中のマリア。
「マリア、かくかくしかじか、という訳で、隠れてくれると助かる」
安直な隠し場所でバレそうだが、押入れにでも隠れてもらおうとしたところで――
「ゴシュジンサマヲコマラセテハ、メイドシッカク。ヒギ、ブンレツ。ヨルニハモドリマス」
身体のパーツがバラバラになり、窓から外に飛んでいった。
元に戻るときには、ゲッターみたいな感じで元に戻るんだろうなぁ。
これで一安心だ。
「後輩よ、一分経ったぞ」
「先輩、どうぞ」
「うむ」
尊大な態度で我が家に入ってくる先輩。
その目は……見つけてしまう。メイド服、ゴスロリ、巫女服、魔女っ子……女物の着替え一式を。
あ、ああ、あああああぁぁぁぁぁ!
先輩は目を輝かせている。
「後輩よ、これは何だ?」
先輩が摘んで持ち上げたのは、マリアの衣服である。
しまったぁぁぁぁ!
マリア本人の事ばかり気になって、服のことまで頭が回らなかった。
「くっくっく、成る程。女装に目覚めてしまった後輩は、家の中でこっそりと女装を楽しんでいたわけだ」
「いや、えっと……」
「言い訳しなくてもいい。色々とあるな。メイドにゴスロリ、巫女服に……」
物凄い勘違いされたけど、等身大フィギュアと同居している事実に比べれば、マシかもしれない。
「うむ、やはりここは後輩で遊ぶべきだと、神のお告げ……などときな臭いものではなく、私の直感が告げた。式見蛍、着せ替え人形ごっこの始まりだ」
魔の水曜日。
かくして、先輩が満足するまで、僕は弄ばれる。
木曜日。家でゴロゴロとしていると、陽慈、来襲。
「昨日の奴、頼む」
「ソーラーエネルギー、ウテンノタメ、シヨウフカ」
「エコだっ!」
まあ、相手は先輩のような悪魔と違うので、
「悪い。今日は用事があって遊べないんだ」
「そうか。それじゃ仕方ねえな」
「今度、埋め合わせするから」
「分かった」
無事に追い返すことに成功。
……
「えっ、何。俺の出番、これだけ?」
真っ当な人間は、出番が少ない。それがマテゴクオリティ。
金曜日。
来訪者、なし。ユウとマリアの三人で過ごす。
「フフフフフフフ、ウフフフフフフフフ」
マリアの様子が、更に悪化中。
彼女との別れは、僕が想像するよりも早く訪れた。
それはマリアがやって来て、六日後の事。
そろそろ、外に連れ出してやらねばストレスが溜まるかもしれませんよ、そう不吉な言葉だけを伝えて一方的に電話を切る深螺さんの鬼のような手口に悩まされていた時。
訪れたのは、黒い靄を伴った影だった。
『マリア、僕のマリア』
部屋の天井、靄の中に浮かび上がる、人間の顔。全身から発せられる禍々しい邪気。
忘れもしない、力が目覚めてから初めて対峙した相手、『中に居る』を彷彿させるタイプの悪霊。
「ケイ、この人、悪霊だよ」
「ああ、そうだろうな」
等身大フィギュアであるマリアを一目見て、名前を言い当てる。その上、台詞でも『僕のマリア』なんて言っちゃってるんだから、マリアの生前の持ち主なのは間違いないだろう。
『マリア、僕が、誰だか、分かるかい?』
「ワカリマセン」
即答だった。
姿が違いすぎて、認識出来ないのだろう。
『ガガガ……』
「ガオガイガー?」
『ガビーーーーン!』
ユウのさりげない突っ込みをかわしつつ、ショックを受ける悪霊。
本人は真面目かもしれないけど、ガビーンなんて口に出す悪霊、始めて見た。
『オオオオオオオオオォォォォォ』
何もしていないのに、滅茶苦茶苦しんでいる。
『ナゼダァァァァァ! ナゼナンダァァァァァァァ!』
しばし苦悩した後、悪霊が僕とユウの存在に気づく。
『お前だ。お前が悪いっ!』
「ふへっ?」
『お前が、僕のマリアを奪ったんだ。僕のマリアをおかしくさせたんだ……』
「えっ?」
結果――矛先は僕の方に向けられた。
「くっ、ユウ、百万ボルトだっ!」
「そんなの撃てないよっ!」
「なら、十万ボルトだっ!」
「そっちも撃てないよっ! そもそも、私はピカチュウじゃないんだからっ!」
「ユウ、役に立たないなぁ……マリア、来い」
「ハイ、ケイサマ」
「マリア、あの黒い靄を倒すんだっ!」
「ワカリマシタ」
普通の等身大フィギュアであれば、手も足も出ないのだろうけれど……と言うか、そもそも動けないし。
九十九神のような存在であるマリアは特別で、先日、霊体状態のユウが触れる事が出来た事から僕の予測通り、素手で悪霊を殴っていた。
マリアの攻撃により、悪霊の靄は小さくなっていく――
『アアッ! マリア、イイッ、イイヨッ! モットブッテ!』
「ケイ、あの悪霊、弱体化してるみたいだけど……なんか、嬉しそうだよっ! 無茶苦茶怖いよっ!」
「凄い怖いな。ついでにマリアもノリノリで攻撃してるし」
「フハハハハハハ、ナケッ! ワメケッ!」
今まで暮らした一周間では見る事の出来ないマリアが、そこに居た。
ノリノリである。鞭はないけど、完全に女王様だった。素直に言うことを聞いていた分、鬱憤を晴らすかのように。
「あー、そう言えば、昨日深螺さんから持ち主の死因を聞いたんだっけ」
最初に聞いた時、持ち主が家で死んだと聞かされたけど、死因までは聞かされていなかったので、軽い気持ちで尋ねたんだけど。
SMらしい。過激なプレイに果てに、死んだというのが検察の見解だそうな。それが事実かどうかはさておき、仮に事実だとしたら悪霊になる気も分かる気がする。そんなんで死んでしまったら、死んでも死にきれないだろうし、邪な気持ちが一杯で即悪霊化しそうだった。
『マリア、ボクノマリア……ウアアーーーー』
かくして、マリアに嬲られて悪霊化した元持ち主は、喘ぎながら消滅するのであった。
「こんなんで終わって、良いのかな」
「さ、さあ?」
呆然とする僕たちをよそに、無表情のまま、マリアがこちら側に振り返る。
背後から忍び寄る寒気。無表情なのに、マリアから放たれている気は一種異様だった。
「タイショウノショウメツ、カクニン。ニンムカンリョウ」
事後報告をした後、言葉を続ける。
「ソウイエバケイサマガ、シニタガリダトイウハナシヲ、センジツトオリカカッタフユウレイカラキキマシタ。イッペンシンデミル?」
「遠慮させていただきます」
目の前には、先ほど消滅した悪霊よりも遙かに強敵が残っていた。
「マリア、さらば」
このままだと近い内に殴り殺されるかもしれない。
そう結論を出した僕は、神無家に送り返すことにした。
暴力的な本性のマリア相手では不可能だが、普段の従順なマリアをロープで縛り上げるのは簡単だった。
「タマニハシバラレルノモ、ワルクナイ」
「……」
クネクネと身体をくねらせるマリアを思い出し、ちょいとげんなり。
来たときのように箱詰めして、神無家宛の住所を記入。電話で集荷を頼み、家まで荷物を受け取りにきてくれた宅配業者に渡した。
「またのご利用、お待ちしております」
巨大なダンボールを持って、宅配業者は去っていく。
「ケイ、行っちゃったね」
「ああ、行ったな」
素手で悪霊を殴り殺す悪霊、マリア。
深螺さんなら上手くやってくれるに違いない。
芳しくない食事になるのは残念だが、命あっての物種だ。
「ユウ、美味しい料理が食べられなくなるのは残念だな」
「そうだね……あっ! 私が頑張って料理を作るよっ! 万事解決。これは名案だねぇ」
「いや……それは……ごめんなさい。謝るので作るのは止めてください」
「ケイが泣きながら謝ってるよっ! そこまで嫌なのっ!」
「マジで勘弁して下さい」
夕暮れの自室で、僕はユウに心の底から懇願するのであった。
「深螺様、式見蛍から何やら面妖なものが届いております」
かなりの大きさの段ボール箱。
伝票には、贈り物と書かれている。
「ふむ。女性に贈り物をするとは……式見蛍もなかなかに気配り上手ですね。これはポイントが高いです」
「深螺……様?」
耳をピクピクと動かし、赤面している深螺の姿に家政婦の女性は困惑する。家政婦の女性は、毅然な態度をとる深螺の姿しか見たことがなかったからだ。
「な、何でもありません。早速ですが、開けてみるとしましょう。お願いします」
「了解しました」
家政婦の少女は、ワレモノ注意……割れちゃったら、それでも良いけど、なんて中途半端な事が書かれている段ボールのガムテープをはがして、手際よく開ける。
「……」
二人が目にしたものは、十日ほど前に式見蛍に送りつけた等身大フィギュアが入っていた。
「深螺様、手紙も入っております」
元持ち主が悪霊化していて、襲ってきた事。
その悪霊をノリノリでマリア(等身大フィギュア)が素手で嬲り殺した事。
特に後者が事細かに書かれていた。
読み終えた深螺は懐から一枚の札を取り出し、言葉を紡ぐ。
「吸」
それは月のない夜に、背後から襲いかかるかの如く。
無防備な相手への、容赦ない攻撃であった。
等身大フィギュアの身体から溢れ出る黒い靄が、札に吸い込まれていく。
「浄化、おしまい」
「はやっ! 浄化、はやっ!」
突っ込みを入れる家政婦兼退魔師の卵である少女。
その突っ込みは実に的確なものであったと、現場を目撃した梅ポイパは神無家の中で語ったという。
「こ、こんなに早く済むのであれば、式見蛍に送る必要などなかったのでは?」
「式見蛍には、このような強制的な浄化ではなく、彼女を成仏させてくれる事を期待したのです」
「成る程。流石は深螺様、悪しき霊にも温情を持って接するとは……素晴らしき考えです」
深螺の言葉に酔いしれている家政婦の少女。
「まあ、式見蛍を少々困らせてみたかった一面もあるので、計画は成功……電話で狼狽える式見蛍、萌でした(ぼそり)」
「えっ!?」
深螺の小声で呟いた本音はお手伝いの耳にも届いたが、彼女は聞こえなかったことにした。
その方が、世の中的にグッドな為に。雇い主の機嫌を損なわない、それが労働者の処世術。
「式見蛍、役に立ちませんでしたね」
「たまには、こういう事もあるという事でしょう」
家政婦の淹れたお茶を飲む深螺。
神無家は、今日も平和だった。
「朝、朝だよ。朝ごはん食べて学校に行くよ」
「ん……おはよう、ユウ」
ねむてぇねむてぇと繰り返しながら、起きてみれば。
食卓の上には、アビスが、混沌が、世にも不思議な物体が占拠していた。
「えへん、頑張って朝ご飯作ったよ」
「僕は止めてくれとお願いしたはずだけど」
「うん。ケイ、泣いて嫌がってたけど、『嫌よ嫌よも好きのうち』って言葉もあるじゃん。だから、本当は作って欲しいんじゃないかって、判断したの」
「あるけどさ、その言葉を考えると、『嫌』も『好き』も、なんでもかんでも好きって判断できるよな?」
ストーカーの考え方じゃないだろうか。
「細かいことは気にしたら負けだよ。せっかく作ったんだし。ケイ、どうぞぉ」
ユウがおたまで紫色のスープ(原材料不明)を鍋から茶碗に入れる。
食べなくても分かる。ペルソナ4の合宿で出てきたカレーと同じ結末になると。
それでも……断る勇気が足りない僕は、食べるしかない。
「ぐはっ!」
一口食べて吹き出し、横へ倒れたのだけは、何となく覚えている。
「ケイ! ケーーーーイッ!」
ユウが僕を呼ぶ声が、北斗の拳に出てくるリンみたいだ、なんてどうでもいいことを思いながら、意識が遠のいていく。
式見家は、今日も平和ではなかったとさ。