ぶらぶらと住宅街を、僕、式見蛍と星川陽慈の二人で歩いていた。
陽慈は最初――
「蛍の部屋でゲームでもしようぜ」
そう誘ってきたんだけど、僕は丁重に断った。今まで通りの日常。別に家でゲームをやっていても良かったんだけど、悩んだ末に僕が外に連れ出したのだ。話があると言って。
「それで、話って何なんだ?」
何処へ向かうわけでもなく、宛もなく、足の向くままに僕たちは歩く。
最終決戦前のデート。これが、本当の事を言い出せる唯一の機会だと感じていた。この機を逃したら最後、僕は陽慈を騙したまま過ごす事になるだろう。陽慈にとっては辛い事になるかもしれないが、嘘を付いたままでは終われない。僕なりのケジメを付けるつもりだった。
深呼吸した後、思い切って真実を陽慈に切り出す。
「陽慈、ケイコさんの正体は、女装姿の僕だったんだ」
陽慈の目を見て真剣に――告げた。
陽慈は笑った。乾いた笑いを浮かべていた。
「ははは……蛍、悪い冗談は止してくれよ。あの、可憐で美しいケイコさんが、蛍の訳がないだろ?」
「陽慈は、『ケイコ』という名前に、何も思わなかったか?」
「素敵な名前だと思ったが、それがどうしたんだ?」
安直すぎて、逆に分からないものなのだろうか。
いや、恋は盲目って言うし……でも、根本的に恋云々関係なく、肝心なところが抜けている陽慈だから、気付いていないだけのような気もした。
「蛍に、『コ』を足しただけなんだぞ?」
「い、言われてみれば……いや、偶然だ。ケイコさんが蛍の筈がないっ! 蛍がケイコさんだって言うんなら、証拠を見せてみろ」
「残念だけど、証拠はあるんだ」
僕は携帯電話を取り出して、陽慈がケイコさん宛に送ったメールを見せる。
ケイコさんに送った筈のメールの全てが、僕の携帯電話に届いていた。
陽慈は現実を認めたくないのだろう。陽慈は無駄な悪足掻きをする。
「蛍が、ケイコさんから携帯を借りてきたんじゃないのか? そうだ、そうに違いない」
「確かに、このメールを見ただけだと、そう言えるかもしれないね。ねえ、陽慈は僕が携帯の電話番号しか教えないの、変に思わなかった? そして、ケイコさんは逆に、メルアドしか教えなかった筈……分かるよね? 陽慈」
「……嘘だ」
陽慈は携帯電話を取り出して……僕に電話した。僕が手にしている、ケイコさんとやりとりしていた携帯電話が鳴る。
これは火を見るよりも明らかな、決定的な証拠だった。
陽慈の顔がひきつったかと思うと、その場に倒れ込む。
「俺は、俺は、またも男を好きになっていたのかぁぁぁぁぁぁ! しかも、同じ男をぉぉぉぉ」
滅茶苦茶、苦悩がかいま見えた。
ちょっと可哀想だ。いや、大分可哀想か。
絶叫する陽慈に、僕は優しく声を掛ける。
「陽慈が悪いんじゃない。美しすぎる僕に罪があるんだよ」
「と言うかさ、今回は蛍が女装していた事の方が悪いんじゃないのか?」
子供の頃の、勝手に勘違いした時と違って、今回は僕が悪い一面もある。
「確かに……でも、僕だって好きで女装してたわけじゃない。悪の権化は先輩なんだっ!」
先輩さえ居なければ、僕が女装する羽目になる事はなかっただろう。
次の瞬間、唐突に、辺りに声が響いた。
「ほう、男同士のデートに危険なものを感じて監視していれば、後輩が私の悪口を言っているではないか」
「うえっ?」
電信柱の影に隠れて……隠れきっていないけど、先輩が立っていた。
背後に炎が見える。とても、怒ってるんじゃないだろうか。
「せ、先輩、いつからそこに……」
「ずっと尾行していたのに気付かないとは……私の尾行のスキルもなかなかのものだという事だな」
恐るべき先輩は、いつの間にか盗賊のスキルを身につけていた。
開錠のスキルを持っていても、僕は驚かない。
「それより後輩よ、私は自分が悪の権化だとは思わなかったぞ」
「えっと、その事については言葉のアヤというか、篠倉アヤというか……」
いかん、頭が混乱して、自分で何を言っているのかよく分からない。
落ち着け、落ち着くんだ、式見蛍。ここで選択を間違うと、被害を受ける。
息を吸って、吐いて……
「全ては陽慈が悪いんだ」
ひとまず、全力で責任転嫁してみた。
僕の言葉に驚く陽慈。
「いきなり、俺、悪者にされた!」
「それだっ! 陽慈が僕を好きになった事が悪かったんだよ」
「今、あからさまに思い付いたようだったぞっ!」
「そこは些細な問題じゃないかな。先輩はどう思うんです?」
僕の言葉に、大仰に頷く先輩。
「同感だ。全ては星川が悪い」
「断言されたっ! 俺、一番悪くなさそうなのに断言されたっ!」
「実際に悪いかどうかは関係ない。私がシロといったらシロ。クロと言ったらクロ。シロでもクロに、クロでもシロになる。つまり、全ては私の気分次第なのだっ!」
「ひでぇっ!」
相変わらず、先輩はノリだけで生きていた。
「さて、陽慈が悪いという決まった以上、陽慈に罰を与えねばならんな」
そこまでいくと理不尽極まりないような気もするが、先輩の気分を害そうものなら、僕にまで被害が広がるのは目に見えている。
我が身が惜しいので……いや、既に死んでるけどさ。例え出て行ったとしても、先輩を止められる事なんて出来ないし、僕に出来る事は、陽慈の無事を祈る事ぐらいだろう。
「くっくっく、そうだ。一つ面白い罰が思い付いたぞ」
先輩の顔は、とびきりの悪戯を思い付いた子供のような顔だった。
うわぁ……何か、トンデモナイ事を思い付いたぞ、あの人は。
事実、無茶苦茶な理論を先輩は展開する。
「後輩の周りは女性ばかりだった……最終的には後輩ですら、性転換するという離れ業をやってのけた。すなわち、星川以外は女ばかりという事。ならば星川も女装ぐらいはしてもらわなければならない」
「真儀瑠、訳がわからな……ぐはっ!」
問答無用で陽慈をどつき倒した先輩は、鼻歌交じりで辺りを見回し、一件の店で視線を止めた。
「こんなところに、都合よく私が裏で支配している店が」
「さりげに凄い事を言い切ったよ、この人はっ!」
僕たちの前には、僕が女装する切っ掛けになったバイト先があった。先輩はご機嫌で、陽慈を引きずって中へと入っていく。
僕は逃げる事も、店に入る事も出来なかった。だからって先輩を無視して立ち去ってはならないと、本能が告げている。
店の前で待つ事三十分。
「後輩よ、完成したぞ」
先輩の手招きによって、店の奥に案内された僕は、そこで珍獣を見た。
「陽慈……」
目を、背ける事しかできない僕。先輩は大喜びだった。
「似合わない、似合わないぞ、星川っ!」
目の前には、ヨウコさん(勝手に命名)が居た。フリルの付いたゴスロリファッションをしている陽慈である。ゴスロリファッションでも危険だが、一番危機なのが髪型だ。そのまんまの短髪である。口に出すのがやばいぐらい……壊滅的に似合わない。ゴスロリファッションの対極に位置しているんじゃないだろうか。ウィッグを付けても陽慈には似合いそうにないが。
全てが違和感を醸し出す。横目で見る事すら、気の毒になる有様。
うつむいていた陽慈が……顔を上げて、吠える。
「くそっ、くそぉぉぉぉぉ! なんで俺がこんな目にぃぃぃぃ!」
涙を流しながら、部屋から走り去っていく陽慈。
陽慈の残した捨て台詞に、先輩は反応した。
「この世は、私を楽しませる為にあるという事だな」
先輩は最後まで、唯我独尊だった。
その後、デートの時間が終わるまで陽慈が戻ってくる事はなく、陽慈とのデートは、先輩の魔の手によって『陽慈、女装させられて逃亡』という意味不明な終わり方をした。
真実は、告げなかった方が先輩を刺激する事にならなくて良かったかもしれないと後悔しつつ、僕は陽慈の事を心配する。完璧な女装と違って、陽慈の女装は不完全だ。一目で星川陽慈が女装していると分かる女装なのである。
「陽慈、その恰好で知り合いに会わない事を祈ってるぞ」
陽慈の通う都麦学園で、女装男の噂が広まらない事を祈りつつ、僕は次のデートの相手、鈴音が指定した喫茶店へと向かうのだった。