注 このお話を執筆した時は、DLiteの発売当初、品薄の頃だったと思われます。
それを踏まえた上でお読み下さい。
少し前までは、親からの仕送りだけで生活するのにまるで問題がなかったのだが、最近では馬鹿食べする居候が増えたせいか食費が倍増してしまい、遊ぶお金……前ほどゲームなどに回せるお金が残らない。なんとかやりくりして、食べていくのが精一杯だった。
でも、僕、式見蛍は所詮は人の子で、神様なんかじゃない。人の子である以上、多少の物欲はある訳で……僕はどうしても欲しくなってしまった。
任天堂DSLiteを――
欲しくなるのも無理はない。ゲーマーなら誰であっても納得してくれると思う。
RPGの一二をを争うドラゴンクエス○の新作がDSで出ることが発表されてしまったから。
そんなの、後でソフトが出るい時と一緒に買えばいい?
確かに、そう思う人は大勢居るだろう。だからこそ、故に問題なのだ。大勢同じ考えをしている人が居ると言うことは、僕以外にも発売時期まで待とうとする人が居るかも知れない。只でさえ人気で品薄の任天堂DSだ。ドラクエが発売する頃には手に入りやすくなっている可能性がないわけでもないが、今の人気振りから考えると値下がりしている可能性は低く、安くなるわけでもないのに待っていたってしょうがない……うん、まあ、なんだ。言い訳みたいだけれども、というか、ぶっちゃけ言い訳なんだが、今月の生活費を下ろしにスーパーのキャッシュコーナーに出向いた帰り、普通にDSが売っているのを見つけてしまったのだ。
インドア派、引き籠もり寄りで元々DSに興味があり、その上お金まで手元にある。これはもはや、神様の悪戯の領域であった。
だが、値段は一万六千八百円。ほいほい使える額ではなく、使えば今月の食費は更に極貧になる。昔、愛読していたライトノベルの主人公の状態……塩スープがマジで食卓のメニューに並びかねない状況に発展するかもしれない。
売り場でDSを眺めながら迷うこと三分、僕は少しぐらい食費を削っても死にはしないよな? 安易な結論を出して、DSを手にとってレジに足を運び、財布の中身が軽くなったのだった。
「つまり、DSLiteを買ってきたのは、神様の悪戯なんだ」
「えっと、そんなこと言われても、それってケイが欲しかっただけじゃないかなと……しかも、ソフトまで一緒に買ってきてるし」
「ゲームの本体だけあっても遊べないから、ソフトが欲しくなるのは人として当然の真理だ」
「いや、そこで人としてとか語られても困るんだけどぉ」
同居人である幽霊のユウは困った顔をする。
「何だよ。ユウだって買ってきた時は楽しそうに、『わくわく』していた癖に。ユウにだってちゃんと遊ばせてやるぞ」
「あっ……うん。私も遊ばせてもらうよ。だから、ゲームを買うな、なんて言うつもりはないし……そもそもお金だって、ケイのものなんだから」
「それなら、問題ないじゃないか」
「でも、問題はあるんじゃないかな?」
ユウの視線は食卓の上に『でんっ』と置かれている鍋に注がれる。
中身は、試しに作ってみた塩スープだった。海水を温めたらこんな感じになるんじゃないだろうか? 僕としては、不味すぎて身体が受け付けない。
一口食べて、吹き出したぐらいだ――ユウも右に同じ。
「幾ら何でも、塩スープはゴメンだよ。あんなのが食卓に並ぶようになったらおしまいだよっ! 日本人として、最低限の生活レベルを下回ってるよっ! このままだと私達、浮浪者よりもレベルの低い食生活を送る事になるんじゃないかな」
「ユウ……全ては、稼ぎの悪い僕を許してくれ」
「ケイはそもそも働いてないよっ! あ、そうだ。お金がないならバイトすれば良いじゃん。これは名案だね。金田一耕○も吃驚だよ」
「金田一耕○の名前が、いきなり出てくるユウの思考の方が吃驚だけど……でも、バイトかぁ。確かに、散財してしまった現状を打破するには、それしかないか」
僕は意気込みを入れ、立ち上がろうとしたところで、気が付いた。
「ふと思ったんだが……今時のバイトって、日当で出してもらえるものなのか?」
「さすがはケイだね。そんなところに気付くなんて、名探偵コナ○も吃驚だよ」
「お前、実は適当に知っている探偵の名前を言ってるだけだろ?」
「その辺りは置いておいて……ケイ、もう一度考え直さないといけないね」
「いや、ちょっと待って。『日当』て言葉、最近、聞いた覚えがある気がするんだ……今、思い出すから」
本能の一部が思い出すのを拒絶しているような気がするが、僕は懸命に思い出そうと頭を回す。
最初に思い浮かんだのは、真儀瑠先輩の顔。どうして、『日当』という言葉で先輩の顔が思い浮かぶんだろうか?
次に浮かんだのは、可愛らしい女の子が、『鏡の中』に映っている姿だった。誰だろう、この、アイドルに負けないぐらい可愛い女の子…………
「あっ、思い出した」
真儀瑠先輩の顔を思い出したのは、当然だ。先輩がバイトを紹介してきたのだから。
で、鏡の中に映し出されている可愛い女の子は、女の子ではなくて、僕。
その二つが直結し、顔剥ぎ事件の最中、女装して呼び込みをしたあのバイトが、日当だった事を思い出す。
「ケイ、どんなバイトなの? なんだか、物凄く嫌そうな顔をしてるよ」
「……嫌な、事なんだよ」
「ケイ、嫌なことだって我慢しないと……このままだとジリ貧だよ。ケイが倒れちゃうよ。餓死だよ、餓死」
餓死かぁ……最近の若者の最先端、自殺志願者、死にたがりの僕だけど、餓死するのは嫌だな。
僕はやむなく、黙っていたいけど、思い出したバイトの内容を切り出す。
「ユウ、覚えているか? 僕が女装して、呼び込みの宣伝していたの」
「覚えてるよ。あの時のケイ、私よりも可愛いぐらいだったし。写真に残しておかなかったが、悔やまれるよねぇ」
「褒めてるようで、絶対に弄ばれてるだろ、僕っ!」
「その辺りは置いておいて……ケイは、女装するバイトが嫌だって事だよね?」
「勿論、それもあるけど、バイトを持ってきたのは先輩だから、僕が面接して手に入れた仕事じゃないから、普通だと日当なんて無理なんじゃないかなぁ、って思うんだよ」
胡散臭い塊みたいなあの人なら、どんなバイトだって日当にしてしまえるんじゃないだろうか。
「ケイ、それなら真儀瑠先輩に頼めば一発で解決するんじゃないかな?」
先輩に頼む……それはそれで、嫌な予感がするけれど、背に腹は代えられない。
「そうだな。ちょっと電話してみることにするよ」
「ふむ、事情は理解したぞ、後輩よ」
目の前には、先輩があぐらを掻いて座っている。
僕が先輩に電話して相談したいことがあると告げると、先輩は一言、『相談事? 水くさいな、電話越しにするようなものでもあるまい。今日は珍しく暇だから、後輩のところまで出向いてやろう』と一方的に告げられ、先輩がやってきた。
僕としては電話越しでも構わなかったけれど、顔を見ながら話しても困るような話でもなく、任天堂DSLiteを買って今月は食生活が厳しくなっており、バイトをしたいことを先輩に告げ――冒頭に戻る訳である。
「だがな、私がタダでバイトを紹介してやると思っているのか?」
ニヤリと笑う先輩。これ程までに『ニヤリ笑い』が合う人間も居ないんじゃないかと思うぐらい似合っている。
「どうすれば良いんですか?」
「ふっ、私に勝てばいい。勝負は――後輩が買ってきたDSLiteを使ってしようではないか」
一応、ゲーマーの端くれだ。ちょっとだけ熱くなってきている。
でも、対戦するような……まあ、『結果』で勝負するようなゲームかもしれないけれど。
僕が任天堂DSLiteと一緒に買ってきたのは、『大人の常識トレーニング』だった。
「後輩よ、私の常識力、見せてやろう」
非常識の塊みたいな人が、戯れ事を……と思ったけれど、流石にそれを口に出す程愚か者ではない僕。
「ケイ、勝たないと式見家は破滅だよ。ファイトだよっ!」
ユウの声援を受けながら、物凄く地味な戦いは始まるのであった。
さすがに非常識の女帝には負けなかった。僅差ではあったが、からくも勝利を僕は得たのだ。
「後輩よ。常識に囚われるなど、物事への偏見が強まるだけだ」
――負けた先輩の屁理屈が始まった。
「そもそも、だ。このゲームに出てくる問題の難易度『難しい』はおかしいだろう。常識とは、意味合い的には誰もが知っていて当たり前のことではないのか? 『難しい』――誰も分からないような事でも常識だと言うのか? このゲームは常識トレーニングなどと謳っておきながら、常識の定義に反しているのだよ」
先輩が暴走するのはいつものことだけど……よっぽど悔しいんだろうなぁ、僕に負けたのが。
言ってることが分からない訳でもないけど。
「くっ、これで勝ったと思うなよ、後輩っ!」
「いや、間違いなく勝ったと思うんですけどねぇ」
さすがに勝負まで有耶無耶にされる訳には行かない。
「仕方ない。先日のバイトを紹介してやろう。ただ、大丈夫な可能性は九割以上はあるが、断られる可能性がないわけではない。一度、確認を取ってみる」
電話でちょっとやりとりした先輩は、電話を切ると同時に『明日から、一週間行ってくれ。日当で支払ってもらえるようにも頼んでおいた』と、頼もしい事を言ってくれた。
だが、その後、『ハッピーエンドで終わると思うなよ、後輩よ』と、謎の一言残して帰っていったことに戦慄を覚えつつ……
「絶対に、後が怖いと思うよ」
「今、僕も同じ事を思ったところだ」
次の日を迎えるのである。
先日と同じ広場で、僕、式見蛍は女装をしながら呼び込みをやっていた。
呼び込みを始めた時は、前と違って横に綾が居ないことに不安を感じていたが、流石に前に一度やったことのあるバイトだけあって、形にはなっていたんじゃないかって思う。
悪魔が、先輩がやって来るまでは――
先輩は、カメラを持ってやってきた。
その上、僕に断りを入れる事もなく、いきなり『パシャッ』と先制攻撃を浴びせてきたのである。
「後輩よ。お前の素晴らしい姿、きちんと写真に撮っておいてやるからな」
どう考えても、昨日負けた腹いせだった。
「先輩、その写真、どうするつもりなんです?」
「ああ、この写真なら、陽慈の奴にでも売ってやろうと思っている。ふっ、後輩にバイトを紹介してやったのだ。私にも多少の役得はないとな」
「……」
ああ、世の中はやっぱり理不尽だ。
「綺麗だぞ、後輩。くくく、安心しろ。私も自分の時間を調整して、後輩のバイトする一週間、毎日写真を撮りに来てやるからな。存分に仕事に励むが良い」
「何、話し込んで居るんだ。きちんと仕事をしてくれ」
先輩と話をしていた僕は、たまたま見に来た店長に見つかって怒られ、バイト初日は踏んだり蹴ったりだった。
バイトの時間が終わり、着替える為に店に戻ろうとしたところで、先輩が『とんとん』と肩を叩いて、告げてきた。
「『ケイコさん』、明日が来るのも、楽しみだな」
僕は一週間、毎日が地獄になるのを覚悟し、勝負事では先輩に勝ってはならない教訓を――接待という大人の技を磨かねばと固く誓うのだった。