日曜日を明日に控えた土曜日の夜。同居人である幽霊のユウと一緒に僕、式見蛍は『IQサプリ』を見ていた。
IQサプリ――クイズ番組の一種……だと思うけれど、普通のクイズ番組とは違う。どちらかといえば、謎々に近い感じといったところだろうか。
例えば、今日出てきたとある問題。一枚の紙に『4000』と数字が書かれていて、司会者は言う。これに線を引いて半分にせよ、と。
4000という数字に一本線を足したところで、どう足掻いたって半分にはなってはくれない。
僕もユウと二人で頭を悩ませ……ピンと来るとすぐに分かることもあるけれど、分からない時は本当に分からない。
答えはこうだった。司会者は4000と書かれている文字の下に『-2000=2000』と書いて……司会者は分からなかった人達に満面の笑みを浮かべて言う。問題そのままだと。
『これに線を引いて半分にせよ』→『これ二千を引いて半分にせよ』
番組を見慣れてくると、ある程度のパターンは『変換』が重要である事に気付く。漢字をひらがなに、カタカナに、もしくはローマ字に。記号にする時もある。今回は文字の変換だったけれども……僕達は分からなかった。でも、この番組の捻くれ具合が妙に好きだったりする。同時に、謎々である以上、『知識』が関係ない。勉強していれば答えられる物ではないというのもポイントだ。
ユウと二人でまったりと見る番組としては最適だった。
番組を見終えると同時に、電話が掛かってきた。携帯電話に表示された名前を見る……クラスメイトであり友人の、神無鈴音からの電話だった。
「こんばんは、何か用でもあるのか?」
「蛍っ! わ、私、見ちゃったよっ!」
何やら凄い物を見たらしい。電話の相手を確認もせず……まあ、携帯電話に掛けてるんだから、掛け間違えてなければ出てくるのは僕ぐらいなんだろうけれども……鈴音が第一声で言葉をまくし立ててくる。普段は大人しい鈴音にしては珍しい行為だ。
「ん、幽霊でも見たのか?」
「そんなのは日常茶飯事で見てるから。幽霊よりも凄いのを見ちゃったんだよ」
幽霊なんて日常茶飯事に見る――なんて一刀両断する高校生は、なかなか居ないんじゃないだろうか。いや、僕も見えるけどさ……なんてどうでも良いことを考えながら、鈴音に質問を入れてみる。
「幽霊よりも凄い物ってなんだ? 宇宙人でも来襲してきたのか?」
「ある意味では宇宙人よりも凄いよ」
幽霊よりも、宇宙人よりも凄い。鈴音のところには未来人、いや、猫型ロボットでもやって来たのだろうか。
僕が再び質問を投げ掛ける前に、鈴音は答えを教えてくる。
「真儀瑠先輩が男の人と一緒に歩いてたの!」
「なんだって!」
それは、僕の想像を絶するものだった。真儀瑠紗鳥――この世界に存在している『不条理の塊』みたいな人。
そんな彼女が、ごくごく普通の高校生がしているような……男と女が一緒に居るなんて言うデートを……いや、ちょっと待つんだ、式見蛍。鈴音の言う相手『男の人』が、子供や年寄りの可能性も否めない筈だ。勘違いして大騒ぎしては、馬鹿のする事だ。
「鈴音、先輩と歩いていたのが……その、相手が小さな子供だったり、年老いた老人だった……なんて事はないよな?」
念のために一応、確認してみる。
「子供や老人と一緒に居るのを見て、こんなに驚いていたら、私、変な人だよっ! 年は、私達よりちょっと上、大学生ぐらいだったと思うよ」
先輩は、『見た目』だけでいえば、美人の部類に入る。だから、恋人ぐらい居たっておかしくない……と言いたいところだが、おかしい。
真儀瑠紗鳥と、先輩と付き合う事の出来る人間が、この世に居る訳がない。
鈴音と言葉を交えて、相手の特徴を聞いてみる。
「筋肉ムキムキの凄い人だったよ」
「……」
あ~、うん。
僕は一つの結論に辿り着く。
その結論――
件の男の人は、普通じゃないだろう――って事だった。
二日後、先輩の命により、僕、式見蛍と鈴音は近所のマックに呼び出された。
「ケイ、面白そうだね。暇だから、私も付いてくかな」
学校からマックに向かう道中、暇を持て余しているユウと合流。三人パーティーとなって、マックに辿り着く。
僕と鈴音の二人はカウンターでテリヤキバーガーセットを頼み、先輩が座っている席へと向かった。先輩、真儀瑠紗鳥は見覚えのない筋肉ムキムキの青年と向かい合って座っている。一目で分かった。この人だろう。二日前、鈴音が大騒ぎして電話してきた、『先輩と一緒に歩いていた』と言う人は。
先輩は僕たちに気付き、労いの言葉を掛けてきた。
「ご苦労だったな、後輩、巫女娘」
「あの……先輩、そちらの方は何なんです?」
「彼か? 今回の会合のスペシャルゲスト、帰宅部のOBだ。普段はイースター島に住んでいるらしいが、ちょっと日本に戻ってくる用事があったらしくてな。たまたま再開して、良い機会だから後輩達に紹介しておこうと思ったわけだ」
「よろしく」
「真儀瑠先輩、あの……帰宅部にOBなんて居たんですか」
「居るに決まっているだろう。現守学園最大の部員数を誇る帰宅部だぞ。だがな、彼は並の部員ではない。我らが帰宅部の伝説に残る人物なのだよ」
「伝説?」
鈴音の言葉に頷いた先輩は、しみじみと語り出す。
「台風が来て、暴風警報が発動されると普通は休校になって生徒達は家に帰らされるだろう……だが、その日はあまりにも風が強くてな。危険だから、生徒達を帰宅させず、風が収まるまで学校で待機する事になったのだ。そんな中、彼は先生が呼び止めるのを振り切り、暴風が吹き荒れる中、帰宅部のプライドに掛けて帰宅を始めたのだ」
いや、もう、それはただの馬鹿というんじゃないだろうか。
「飛んできた瓦で頭を打って、病院に運ばれた。四針縫ったなぁ」
「しかも、無事じゃないじゃないですかっ!」
「男には、帰らなければならない時があるんだよ」
一体、何があったのだろう。両親が年老いていて、家でボロボロで心配になって帰った……
「学校で風が止むまで待機していたら、ポケットモンスターを見逃しちゃうからな……結果的には、見逃してしまったが。とても残念だったよ」
「アニメぐらいで大人げないですって、それっ!」
「ナイスな突っ込みだ」
「ケイっ! ポケモンを馬鹿にしたらいけないよっ! ポケモンを馬鹿にするのは、全国に居る子供を全て敵に回すようなものなんだからっ!」
「全ての子供って、流石にそれはないだろっ!」
大人しく話を聞いていたユウが僕に向かって激昂する。無論、ユウへの反論も忘れない。
「ん、誰に向かって突っ込みを入れているのだ?」
訝しげな表情で、僕の顔を覗き込んでくる。
あー……そうか。ユウは幽霊だから、普通の人には見えないんだっけ。
「えっと、ですねぇ」
しどろもどろになる僕。幾ら事実であろうと初対面の相手に、『実は僕、幽霊が見えるんです』などと言うつもりはない。変な人だと思われるに決まってる。先輩も説明しづらいに……
「大先輩……後輩は、幽霊が見える特異体質なんです」
いきなり事実を言いやがりましたよ、この人は。さすがは先輩だ。僕の予想をいつも裏切るだけのことはある。
「おおおお、そうなのか。それは素晴らしい……ニヤリ」
うわぁ……。口で『ニヤリ』とか言ってますよ。
その上、驚いているようでも、表情がてんで信じていない。言葉と表情がここまで食い違っている人も珍しいんじゃないだろうか。……やっぱし、先輩の同類だなぁ。
「同じ変人同士、仲良くしようじゃないか」
「そういうカテゴリで区切りされたくないんですけどねぇ!」
手を差し出してくるんだけど……握りたくない。握ったら最後、変人同盟への入会が決定する。
「互いに歩み寄るのが大切だと思うんだが……照れなくても良いのに。そういえば、自己紹介がまだだったな」
「そうでしたね。僕は式見蛍と言います」
「あっ、神無鈴音です」
「う~ん、名前で呼ばれるのは恥ずかしいんで……俺のことは、伝説のOBで構わないよ」
頭を掻きながら、青年は言う。名前よりも遙かに、『伝説のOB』の方が恥ずかしいと思うのは僕だけだろうか。
否、そもそも……
「そんな名前で呼ぶ方も恥ずかしいんですけど?」
「はっはっは。真儀瑠の後輩にしては、普通の反応をするじゃないかっ」
「大先輩、恐悦至極でございます」
ああっ、全く、本当にワケノワカラナイ人だ。
「おっと、自己紹介を終えたばかりで申し訳ないが、そろそろ南極に向かう時間だ。さらばだ、幽霊が見える振りをしている頭の痛い少年と、存在感の薄い少女よ」
「変な呼称はやめてくれませんかねぇ」
名前を教えたんだから、普通に名前で呼んでくれれば……この人、先輩の従兄弟だったりするんじゃないだろうか。この捻くれ具合は並大抵の人間に備わるものじゃない。
「えっと、私って、影、薄いのかな?」
「そんなことはないって」
この二人が濃すぎるだけなのだ。
「後輩、私は忙しい時間の合間をぬって、わざわざ会合に参加してくれた大先輩に敬意を表し、駅まで見送りに行ってくる。今日の会合はこれにて終了。各自、帰宅して良し。大変貴重な時間が過ごせて良かったな」
これの何処が貴重な時間だったのだろう……と思いつつも、先輩の一言により解散。
話すことに夢中で、手を付けていなかったテリヤキバーガーセットを食べ終え、僕たち三人は家に向かって歩き出す。
凄く思った。
僕の周りには、変人ばかり集まるんじゃないかなぁ……と。
「類は友を呼ぶ……か」
「わ、私は普通だもん。ただの巫女服を着ない巫女なだけだもん」
「私だって普通だよね、ケイ。ただの幽霊だし」
二人とも同じようなことでも考えていたのか、僕の意見に反論してくる。
「はぁ~」
世間では巫女さんや幽霊を、『普通』という領域で考えないんじゃないかなぁ……なんて思い、溜息を吐く。
「今日も僕の周りには、変な人達が集うのだった」
「変なモノローグ調の台詞で、話を締めちゃったよ。えっ、これで本当に終わりっ!」
「ちゃんちゃん……で、良いんだよね、蛍」
「ああ」
かくして、謎の帰宅部OBとの対面はこれにて終わる。
半月後、彼の事を思いだした僕は、先輩に何気なく尋ねてみた。
「大先輩? ああ、今はイスカンダ○に居るらしいぞ」
その後、僕たちが彼の姿を見ることは二度となかったとさ。
終わりにしとけ