「よし、今日は遊ぶぞ、蛍っ!」
制服姿で僕の家に来襲してきた陽慈……何でも、学校帰りに馬鹿騒ぎしたくなったらしい。
現守学園同様、陽慈の通っている都麦学園もテスト週間を終えたばかりだということを知っているから、その気持ちも分からなくはないけれど。
「陽慈、普通、そういうのってクラスメート達とやるもんじゃないのか?」
なんで、引き籠もり属性を持つ僕のところに来るかなぁ。
「まあ、気にするな」
僕、式見蛍の心中などお構いなしに、陽慈は鞄を部屋の隅に置くと、隣に腰を下ろしてくる。
「気にするな……って言われると、人間ってのは逆に気になるものなんだよね」
「世知辛い世の中なんだよ。俺、今月は色々と物入りで金がなくてな……。クラスメートの奴らにカラオケに誘われたんだが、金がないことを告げると、金のない奴は来るんじゃねえよ、って一蹴された訳だ」
「正論じゃないか、それ」
「俺も思う。だからカラオケは諦めて、お前のところにやってきた訳だ。なんか、新しいゲームでもないか?」
陽慈はゲームの入っているカゴをごそごそと漁り……取り出してきたのは、二週間ほど前に仕入れた『忌まわしき』レースゲーム。
「これなんか面白そうじゃないか、蛍、対戦しようぜ」
「……そのゲームは、僕が遊ぶゲームじゃないのさ……ふっふっふ」
僕は部屋の隅に移動して、体操座りをして、畳に『の』の字を指で書き出す。
「蛍が暗っ! いや、いつもの事だが……普段よりも1.5倍ぐらい、いきなり暗くなったな、どうかしたのか?」
「……わざわざ発売日に買いに行ったんだぞ。なのに……」
ユウのせいで倍増した食費を節約料理によって三分の一削り、真儀瑠先輩のおごれ攻撃に対しては背を向けて逃げ出し、鈴音と一緒に出掛けた時、ふらりと立ち寄った本屋で欲しい本があったのに我慢して……コツコツと捻出して、ようやくゲーム代を作り出した。
発売日前に、普段は面倒だからやらないけれど、確実に手に入れたいが為に予約して……当日だって、学校が終わると同時にゲーム屋に一直線。期待に胸を膨らませ、意気揚々と買ってきた。それなのに……。
「ケイ、一人でゲームやってないで、私の相手もしてよ。暇だよぉ……って、これ、対戦出来るみたいだね。ケイ、対戦しよ」
「分かった。ただ、対戦するからには、容赦しないからな」
前作もプレイしていて、ネットの記録と見比べても、僕の出しているタイムは遅いわけではなく……上位の人間に比べたらまだ甘いが、勝利を揺るがないもの、それこそ、十回やったとして、負けても一回か二回ぐらいだろう、何て思っていたのに――結果は無惨なものだった。
ユウに、ぼろくそに、一方的に負けまくった。僕のプレイにミスはない。ユウの叩き出すタイムが異常で、半日近く遊んで……一回も勝てなかったのだ。
挙げ句の果てに、
「ケイ、わざと負けて上げようか?」
などと言われる始末。
その後、一週間やり込んで、再び対戦。それでも尚負けて……結果、封印されることになったのだ。
これは後になって知る。
ユウが前作を、僕が寝ている真夜中にこっそりとやり込んでいた事を。
無職は最強なのだ。
「蛍? おーい、精神が異界に行ってるぞぉ」
「ん、悪い。ちょっとトラウマが出てな……悪いけど、そのゲームを遊びたいのなら、ユウとでもやってくれ」
「ユウさんと遊べ? そう言われても、ユウさん、居ないんじゃないのか?」
「ああ、その辺は大丈夫」
時計を一瞥して、僕は頷く。時計の針は、午後三時を指している。
「ただいま~、ケイ、おやつの時間だよ。お腹空いたよぉ~。これは何か食べなくちゃいけないね。餓死で死んじゃうよ」
噂すれば何とやら、同居人である件のユウが帰ってきた。
同居人……なんて言うと聞こえはいいけれど、言い換えれば一方的に僕に寄生しているユウ。
可愛らしい容姿の女の子……だが、天井をすり抜けて姿を現したのだから、無論、普通の筈もなく――幽霊だったりする彼女。
幽霊なのに、ゴハンはモリモリと食べてくれる非経済的な存在だったりするのは、僕の霊体物質化能力なるものが原因で、僕の二メートル範囲に居る幽霊は実体化出来る……すなわち、御飯を食べたり、ゲームで遊んだり、生前と同じように行動出来るようになる。ただ、普通の人に見えるようになるところまではいかないが。
って、やけに説明くさい心情だなぁ、これ。
「ユウさん、おやつの前に、このレースゲームで対戦しようぜ」
陽慈は手に持って、ユウに見せつける。
『リッチレーサー』――金持ちの青年が、車を改造して走り屋達と戦っていく本格カーバトルゲームを。
「えっと……あっ、陽慈さん、こんにちは。……でも、そのゲームは……」
チラリとこちらを見てくるユウ。
「あの、ケイをボコボコにしちゃって、家では封印されたゲームだから」
「成る程、ユウさんにボロボロに負けて、いじけてた訳か」
ユウとの同居生活もそれなりに日が経過している為、ユウの苦手なジャンルは百も承知。
今度、得意の『ぶよぶよ』で苛めてやるしかない――なんて低い志を胸に抱く。
「でも、蛍がゲームで負けるのも珍しいな。レースゲーム、苦手だったっけ?」
「特に得意な訳ではないけど、そこそこのレベルだと思う。でも、昔に比べると、熱中出来ないんだよね」
負け犬の遠吠えなのは分かっている。
「最近のレースゲームは凄いと思う。街並みなんて、見事に再現してさ。車の動きだって、物凄くリアルだったりして……でもさ」
これは、僕の持論に過ぎない。今の方が着実に、商品としてのレベルは上がっているのは確かだ。
「レースゲームだと、マリオカートが一番だと思う。アイテムがある時点でランダム要素が入っちゃうけど、逆にそこが良いと思うんだ。遅い人には良いアイテムが出て、早い人が相手でも抜かせる時がある。ゲームによってはハンデとか付けれるものもあるけどさ、そういうあからさまなハンデがあると、勝った時に虚しく感じて……。その点マリカーは、さりげなく、バランスが取れていると思わないか?」
「まーな」
「ゲームはSFC時代が一番楽しめたように思う。ロード時間もないし。昔は良かった……って無意識に美化しているだけかもしれないけれど」
SFCのマリカーを強く推すだなんて、我ながら年代がだいぶ違う。
でも、仕方ないじゃないか。学生の身では、出たばかりの新作やゲーム機をほいほいと買える訳じゃない。
いかに少ない元手で楽しめるか。そうなると必然的に、一昔前のゲームになってしまうのだ。
実家では妹の傘と、何百回と対戦したものである。
「まあ、その辺の理屈はさておき……蛍の敵は俺が取ってやる。ユウさん、覚悟するといいぜ。俺は一味違うからな」
「ふっふっふ、陽慈さん、覚悟してね」
結果は無残。
けちょんけちょんに負けまくる陽慈。
「ははは、今のは、5%の力だ。俺、やったことのないゲームだからなぁ」
一番最初に負けた時は、そう、言い訳をした。ちなみに、最初に五周した方が勝ちというルールで……陽慈とユウの差は、一周と散々たる結果。
二回目に負けた時も、30%とか言ってたっけ。
結局、一方的に負け続けた陽慈は背中に哀愁を漂わせ、逃げるように帰っていった。
「……犠牲者、二号か……」
二人の男を弄ぶなんて、ユウは魔性の女かもしれない。……容姿とかから考えれば、物凄く似合わないフレーズだけど。
「あれ? ケイ、陽慈さん、鞄を忘れてったみたいだよ」
ユウの言うとおり、部屋の隅には、陽慈が置いた鞄がそのまま放置されていた。
「全く、しょうがない奴だな」
出て行った時間を考えれば、まだ近くにいる筈だ。追いかけて、届けてやるとしようか。
僕は鞄を持って立ち上がろうとすると、留め金を止めていなかったのだろう。鞄の中身が畳の上にぶちまけられる。教科書、ノート、筆箱……最後に――
それを見て僕とユウは、顔を見合わせる。
「ケイ、凄いのが出てきたね」
「ああ、僕も同じ事を思ったところだ」
『恋のメモリーズダイアリー』
ダイアリーという言葉が付いていることから、日記であろうと事は分かる。無論、言葉通りであることが前提だが。
にしても、その前に付いている『恋のメモリーズ』……なんか、物凄く青臭いというか。ある意味、陽慈らしいというか。
ともかく――
「こういうのは、見なかったことにしてやるのが友情ってもんだよな」
陽慈の鞄に戻そうとする僕。その手をユウが止める。
「ケイ、普通の日記じゃないんだよ? 恋のメモリーズダイアリーだよっ! 物凄く気になるよ」
「まあ、確かに気になることは気になるけど……」
このタイトルを見て、全く気にならない奴が居たらどうかしていると思う。
「ケイ、忘れていった陽慈さんが悪いんだし、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、見ちゃおうよ」
「いや、幾ら何でもそれは不味いだろ」
僕がこんな恥ずかしいタイトルで日記を書いていて、それを陽慈の家に忘れていき、一方的に見られたら……死にてぇ、如きレベルではない。
いっそ、世界を滅ぼしたくなるんじゃないだろうか? 冗談抜きに。魔王化の道を歩むのは間違いない。
「手が滑ったぁぁぁ!」
ユウが突然、恋のメモリーズダイアリーを手に持って、放り投げた。
「今のは、誰が見たって放り投げたって言うだろっ!」
「式見家にて暴風警報が発動しました。うわ、風で日記がめくれるぅぅぅぅ!」
「えらく局地的な暴風警報だな、それ。しかも、あからさまに手でめくってただろっ!」
「自然災害だったら、仕方ないよねぇ」
「どう考えても、ユウがしでかしたようにしか見えなかったけどな」
他人の日記を見るなんて、最低の行為でしかないのは分かっている。
それでも……
「ケイも、一緒に見ちゃおうよ。黙ってれば、絶対に分かんないんだし……」
悪魔の囁きに負けて、ほんの少しだけ、たまたま開いているページが目に入っちゃう事ぐらいあるよな、と自分に言い聞かせつつ、日記を覗いてみる。
ユウが意図的に表紙だけめくっていたのだろう。一ページ目が開かれていた。
○月×日
ゴロゴロピカーン、雷に打たれたのではないか? そう思うほど、衝撃的な出会い。
これほどの出会いは、小学校五年の頃、初めて蛍を見た時以来……って、俺は何で男なんかと比較してるんだか。過去のことは置いておいて、素敵な女性の名前は、『ケイコ』さん。
俺の心にサンダーボルトをお見舞いしてくれた彼女と、俺の恋が始まった瞬間だった。
「一ページ目から、『ケイコ』さんの事が書かれてるね。愛されてるねぇ」
「それよりもさ、『彼女と、俺の恋が始まった瞬間』って、書かれてる方が問題じゃないか。陽慈の中では、ケイコさんと付き合うことが確定してるのか?」
「そう思い込んでるんじゃない?」
「勝手に決めないでくれると助かるんですけどねぇ……」
と、ここで嫌な予感が走った。
もしかして、もしかすると、いや……もしかしなくても……
僕はパラパラとページを飛ばして、日記を読んでいく。
○月△日
待っているだけじゃ、恋はやってこない。
愛しのケイコさんを探しに、俺は町へと旅立つ事に決めた。
待っていてくれ、ケイコさん。偶然の再会を、いや……運命の再開を果たそうっ!
○月□日
ケイコさんから初メールが着た。
ひゃっほう! 愛のメモリースティックは、お腹一杯。今回ばかりは、ケイコさんのメルアドを教えてくれた、紗鳥の奴に感謝してやるとするか。
×月○日
ケイコさんと、念願のデート。二人で一緒に遊園地へと行った。
俺は、今、死んでも悔いはないっ! ケイコさん、愛、LOVE、YOU!
予想通りだった。
ああ、なんて痛い日記なのだろう。見ているだけで、心が痛くなってくる。
日記の内容は、全て『ケイコさん』の事のみ綴られていた。
「ケイ、私、気付いたよ」
「何をだ?」
「私よりも、陽慈さんの方がケイコさんの事を、ケイの事を好きだって! 私、身を引くね」
「最近は女の子達に振り回されて、ちょっと苦手かもしれない。陽慈の奴はあまりにも良い奴だから、少しぐらい危ない道に入っても悪くないかなぁ、ぐらいには思うけど……付き合うなら、やっぱり女の子の方が良いぞ、僕としては」
「ケイ……そんなんじゃ、陽慈さんが可哀想だよっ! この、迸る愛を受け止めてあげないとっ!」
「僕がさ、本当に女の子だったら……そういうのもありかもしれないけど……全てがばれた時、陽慈はショック死するぞ」
真実を知る前に、思い切り振ってやるのが友情ってもんだろう。
「そんなの……結婚してもケイが隠し通すだけで済む問題だよっ!」
「男同士で結婚出来るかぁぁぁぁ!」
「愛があれば、大丈夫だよっ! 確か、外国では同性で結婚出来る場所があるって聞いたことがあるしっ!」
なんて、力説するユウ。
「そんなところに行ってたまるかぁぁぁ!」
などと、理不尽極まりない言い争いをしているところに……陽慈が出て行ってから、鍵を掛けるのを忘れていたのだろう。
「悪い、鞄を忘れるなんて俺も間抜け……なっ!」
ひょっこりと戻ってきた陽慈が固まった。僕とユウは座っていて、その真ん中には、『恋のメモリーズダイアリー』が置かれ、中のページが開かれている。
顔を見合わせる僕とユウ。心中では、やっちまったよ、状態。
「私、鈴音さんと遊ぶ約束をしてたんだった。ケイ、行ってきま~す」
「ちょ……ま」
霊体物質化範囲から離れたユウは、僕が呼び止めるよりも早く壁をすり抜けて、外へと逃げていった。
くっ、ユウの奴っ! 陽慈が我に返る前に、一人だけ逃げるなんて。
僕もこの場から消え去りたかったが……逃亡するタイミングを逃してしまった。
「見られたもんは仕方ないよな、忘れていった俺が悪いんだし」
「あはははは、そうだよな、陽慈が悪いもんなぁ」
僕は笑って誤魔化そうと試みるが……無論、成功なんてしなかった。
「なんて、納得すると思ったかーーー!」
まあ、結局のところ、いつものお約束。僕の毎日は、結局ドタバタな感じなのだ。
「蛍、お前を殺して、俺も死んでやるっ!」
「深螺さんの幽霊を退けて、生きようって決めたばかりなのに、死んでたまるかぁぁぁ!」
かくして、その日は陽慈にちょいと苛められ、逃げたユウへ八つ当たりを固く誓うのだった。
翌日、通学路にて、先輩が仁王立ちで待ちかまえていた。
「後輩よ。帰宅部のイベントが決定されたぞ。今度は、陽慈の日記を強奪してくるミッションだ」
「それ、帰宅部がやることじゃないでしょっ! しかも、なんで先輩が陽慈の日記の事なんて知ってるんですかっ!」
僕だって、昨日、陽慈が日記を付けていることを知ったばかりなのに……。
どこから最新情報を仕入れるんだろう、この人は。
「サッカー部が、文化祭の時、サッカーをやっているか? 野球部が、文化祭の時、野球をやっているか? そうではないだろう。サッカー部は焼きそばを焼き、野球部はたこ焼きを作る。これが習慣となっている。つまり、イベントとは全ての常識を覆してしまうものなのだ。陽慈の日記の事は、式見家に仕掛けてある盗聴器……おっと、今のは聞き流してくれ。神の啓示で知ったのだ」
何やら大変、不穏な単語が聞こえてきた。
これは後で、家探しするしかない。
「そのミッション、本気なんですか?」
「無論だ。そんな楽しそうな日記、私も見ないわけにはいかない。後輩よ。今すぐ都麦学園に行くぞっ!」
「学校があるんですけどねぇ」
「そんなものより、このミッションの方が大切だ。幸いにも、今から都麦学園に向かえば一時間目の時間に辿り着く。陽慈は体育の時間だから、教室には居ない。奪ってくれといわんばかりの絶好のチャンスだ」
熱く語る先輩を余所に、僕は嘆息して……陽慈は時間割まで把握されているのかと思いながら、僕は内心で呟いた。
平穏が恋しいなぁ――と。
「後輩よ、貴様に平穏などないっ! 帰宅部の笑いの為に、行くぞ、後輩!」
「相変わらず、人の心を読む離れ業は止めてくださいっ! 陽慈が常に持ち歩いているとも限らないし、そんなものの為にサボるなんて、嫌なんですけどねぇ」
なんて、抵抗を試みるが、成功するはずもなく。
「ないなら、次は星川が住んでいるアパートに乗り込むまでの事。さあ、まずは都麦学園にレッツゴーだ。スネー○並の潜入能力を見せる時が来たぞ、後輩よ」
理不尽な先輩に強制連行されて、僕達は都麦学園へと向かうのだった。
今日も、大変な一日が待っていそうだ。不幸体質な僕に、幸があらんことを。