「ケイ、お帰り~」
玄関で僕、式見蛍を出迎えてくれたのは同居人の浮遊霊ユウだった。
「ユウ、ただいま」
一人暮らししているときの、家に帰っても誰も出迎えてくれない虚無感。
自分自身で久しく口にすることのなかった『ただいま』という言葉に感動し、自分以外の住人が居るのは良いことだ、なんて感慨に耽っていると――
「ケイ、今からどうする? ご飯? お風呂? それとも、わ・た・し?」
「あ~」
ユウは戯れ言をほざく。
朝、学校に行く前にテレビを付けっぱなしで行った。
僕の身に備わっている霊体物質化能力。その範囲内であれば幽霊であるユウでも物に触る事は出来るのだが、僕が学校に行っている間は範囲外だから何も触れないわけで。ユウを楽しませてやろうと付けていったテレビ……昼ドラ辺りの影響を、モロに受けたのであろうことは推測が付いた。
嘆息して、ユウの精神が遠いところに逝っちゃってるかもしれないので、僕は必殺技を……必ず殺す事は出来る物騒な技じゃないけど、必殺技を使う。
「トリーシャチョップッ!」
角度45度が決め手の必殺技だ。効果は現実世界に精神を戻すことが出来る。
分かる人には分かる、マイナーなゲームのネタである。
右肩に打ち込んだ部分を押さえながら、ユウが抗議してくる。
「ううっ~、ケイにいぢめられたっ! どめすてぃっくばいおれんす、家庭内暴力だね、これは」
「色々と言いたいことはあるけれど……よし、順番に言っていこう」
突っ込みどころが満載過ぎて困る。
「まず、最初に三択が出てきたけど、ユウは僕が居なければ実体化出来ないんだから、ご飯は作れないし、お風呂に水を張ったりする事だって出来ない。つまり、三択の意味はないんだ」
僕が帰ってくる前に、準備が出来ていないのだから。
最後の私ってのも……、僕とユウはそんな関係じゃないんだから、ありえないし。
「正論だよ、ケイが正論で突っ込んでくるよ。ノリが悪いよっ!」
ユウの言葉を無視して僕は続ける。
「次に、家庭内暴力ではなく、今のは教育的指導だ。よって僕に非はない」
「ケ、ケイが変態だよ。本当はサドなのに……弁明してるよっ! あっ、でも、よく真儀瑠先輩にいじめられてるんだから、マゾなのかな?」
「失礼なことを言うんじゃないっ!」
ユウの奴……最近は妙な知識ばかり持って、全く困ったものだ。
「ユウ、お風呂」
「ふ、ふへ?」
「だから、最初の選択。一個選んだ」
真面目に考えて、料理というのは除外。ゲテモノ食いのチャレンジャーではないから。
「ケイのえっち。いきなりお風呂だなんて」
「冗談はいい加減にしてくれませんかねぇ。一緒に入るだなんて、口にした覚えはないし」
ユウを選んでも、どうせえっちと言う癖に。
「しょうがないなぁ。ここはケイの為に、頑張ってお風呂、入れちゃうよっ」
それは変哲もない、何気ない日常――今はその価値に気づいていないけれど、掛け替えのないものであろう事は推測が付く。後に振り返ってみれば、こんな下らない事をやったなぁ、なんて笑顔で話せたら幸せだろう。
月日は流れ、運命の日は訪れる。
ユウとの別れの日。
そう、僕はとても幸せだったんだ。
馬鹿馬鹿しい日常ばかり送っていたのは間違いないけれど。
それでも、僕達の中では尊い日々だった。
「ユウ」
「ど、どうかしたの? ケイ。泣いてるよ」
世界の意志と同化したユウ。
彼女の姿はもう、この世界のどこにもない。
「僕たち、馬鹿なことばかりやってたよなぁ」
「そう、だったね」
「羽毛布団と羊毛布団について、一晩中語り合ったり」
「あったねぇ。ビデオ屋でアニメを借りてきて、一日中見たりもしたよね?」
「ああ、あったなぁ、そんな事も」
あの日は二十四時間耐久レースとか、訳の分からない事を言い出すユウの相手が大変だった。
アニメを見ているだけで土日が潰れてしまったけれど、それでもユウが隣に居て、一緒に見られれば幸せだった。
「ケイ、困った事があると布団の中に閉じこもって、羽毛布団バリアーとかするし」
「まあ、男の子なら仕方ない」
ちょっと恥ずかしかったけれど、子供の頃なら誰もがやった事があると思う。
布団の中に閉じこもって、親などの攻撃を凌ぐのだ。鉄壁の防御力である。
中がとても暑いのが弱点だ。
――でも、楽しい時間は終わってしまった。
もう少し実りある生活していれば良かったと後悔する。
もっと楽しい生活を送れたんじゃないか。恋人みたいな日々を送る事だって出来たんじゃないか。
そんな事ばかりを思ってしまう。
「でも、ケイと出会えたこと、後悔してないよ」
「ああ、その点については同感だ。僕もユウと出会えたことに、後悔はないよ」
それだけは本心だ。
もう、形はない筈なのに……僕の目に見は見える。
泣いている、ユウの姿が、
「なんで、ユウは泣いてるんだよ」
「そういうケイだって、泣いてるよ」
これが最後の別れだと分かってしまったから。
想い出話に華を咲かせながら、僕たちの目から涙は止まらなかった。
でも、笑おう。最後だから、笑おう。
決めてたじゃないか。
『後に振り返ってみれば、こんな下らない事をやったなぁ、なんて笑顔で話せたら幸せだろう』
振り返って、話し合えた。
悲しいけれど、泣きたくなるけれど、最後が泣き顔じゃ締まらない。
だから――
「ユウ、今までありがとうユウと居られて、楽しかった」
作り笑いかもしれないけれど、僕は精一杯笑ったんだ――
大好きなユウが、泣きながら……僕に負けない笑顔を浮かべる。
「私もだよ、ありがとう。ケイ」
全てが終わった後、泣き顔を見られたくない僕は、早々に部屋に引きこもって、頭まで布団を被ろう。
先輩が強引に引っぺがしてきそうだけど、その時はこう言うつもりだ。
ユウとの楽しい日々を思い出しながら――
「羽毛布団バリアー」