マテリアルゴースト SS 置き場   作:相馬 刀

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最後の日常

 

 アパートに戻ってきた僕、式見蛍は、鞄を置くと同時にユウに向かって熱弁を振るう。

 

「今日、学校でシャーペンのフタがなくなった事に気付いて、探している最中、僕は思ったんだ。『THE シャーペンのフタ』とか、もしかすれば売れるんじゃないかって」

「ケイ、いきなり何! 超訳分かんないよ!」

「売り文句は、『地球に優しい』……シャーペンってさ、フタがなくなるだけでかなり不便になるんだよ。消しゴムの部分を押せば芯は出てくるけどさ。消しゴムの部分って柔らかいじゃないか。押すには適してなくてな。そういう状態になったシャーペンって、結局、ゴミ箱行きだったりして……そんな、ゴミ箱行きのシャーペン達を救済するのが目的なんだ」

「ようやく、ケイの言いたい事が理解できたけど……シャーペンぐらい買えば良いんじゃないの? ケイの大好きな百円均一でも売ってるものなんだし」

「確かに、そうかもしれない。でも、シャーペンのフタがなくなるだけで、棄てられてしまうシャーペンの数は、年間一万本とも、一千万本とも言われてるんだ」

「その数字は何処から……しかも、単位が違いすぎだよっ! 無駄に、物凄く幅が広いよっ!」

「さらに、消しゴムがなくなる確率を視野に入れると『THE シャーペンの消しゴム』も捨てがたいと思わないか? あいつらのなくなる確率も、結構高いし」

「需要あるの? ねぇ、それ、本当に需要あると思うの?」

「謳い文句は、『愛用のシャーペンを救え』とか……意外に、祖父などの形見の可能性もあるかもしれないし」

「シャーペンが低価格化して普及したのが、1980年代ってWikiに書かれてるから、祖父の形見って可能性は低いと思うんだけど」

「転んでも只では起きない男、式見蛍。……ユウの言葉の暴力に負けて、死にてぇ」

「そんなんで死にたくなっちゃうのっ!?」

「ふぅ……今日も、爽やかな夕方だな」

「爽やかな夕方って、今ひとつ訳分かんないよ」

 

 一通りユウをからかい終えた僕は、喉が乾いたので冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで一気飲み。

 飲み終えた後、『ぷは~』とわざわざ口にして、コップを飯台の上に置く。

 

「この一杯の為に、僕は生きている」

「いきなり親父臭くなったよっ! ケイから、ちょっぴり中年の香りが漂ってくるよっ!」

「と言うわけで、スーパーに買い物に出掛けよう。狙うのは半額お総菜だ」

「前振りが訳分かんないよ。分かんない事だらけだよっ!」

「宇宙人や幽霊、世の中なんて、人類にとってすれば分からないことだらけさ」

「さりげなく、私、宇宙人と同列扱いされてるっ!?」

「ユウ、細かいことを気にしたら負けだ。僕は、こういう男だから」

「ケイの事、たまに、全然理解できなくなるよ」

「さて、ユウは買い物に付いてくるか?」

「あっ、うん。行こうかな」

「話は戻るけど、『THE 何々』って、プレステ2のスペシャル2000円シリーズみたいに思えて、ネーミングセンスに欠けると思うんだ。ユウはどう思う?」

「ケイ、その、スーパーに買い物に行くんじゃなかったの?」

「話は更に戻って……おはよう、ユウ」

「戻りすぎっ! 朝まで戻ったのっ!」

「ああ、しかも、昨日の朝だ」

「えええええっ! って、私、もしかして、からかわれてる? ケイに言いように弄ばれてる!?」

「制服から着替えるのも面倒だな……ユウ、早速買い物に行くぞ。実りある会話をして時間を潰したから、スーパーに辿り着くと同時に値引きを始める時間帯になったぞ」

「買い物に行く前から、私、どっと疲れたよ」

 

 僕はユウを伴って、アパートを出る。目指すは近所のスーパー。徒歩五分。

 時間は有限だ。無限にあるものではない。

 移動している最中を有効に使えたら、どれほど素晴らしいことか。

 

「ユウ、お腹空いたなぁ」

「うん、お腹空いたね」

「空きすぎて、僕の脳味噌は踊り出すかもしれない」 

「ケイの脳味噌、凄いねぇ」

「ユウ、さらりと受け流すとは、なかなかやるじゃないか」

「ふっ、私、浮遊霊ユウだってレベルアップするんだから」

「そうなのか。僕のボケに突っ込んでくれないユウなんて、ユウじゃないな。相方、解消する頃合いかな」

「いつの間に私は相方にっ!? しかも、私は突っ込み担当なの! ……あっ」

 

 僕のボケを受け流せなかった事に、軽いショックを受けているユウを慰めてやる。

 

「突っ込みを入れてくれてこそ、ユウだ。アイデンティティー復活だな」

「もう、どうでも良くなって来たよ」

 

 てな感じにユウをからかっていると、スーパーに辿り着いた。

 買い物カゴを持ち、いざ、尋常に勝負――お総菜コーナーに向かう僕とユウ。

 

 いつも見えるから、僕には見えるから、たまに忘れる事もあるけれど、覚えている時は覚えている。

 ユウは他人には見えないんだって。

 今日は覚えていたので、先程までと違って会話などせず……総菜コーナーに辿り着く。総菜コーナーのおばちゃんが、丁度、半額シールを持って店の裏から姿を現した。

 

 群がるおばちゃん軍団。僕とユウは離れて、目当てのお総菜の前で陣取る。

 

 次々と張られていくシール。目当のハンバーグ弁当、並びにポテトサラダをゲットした僕は、ユウの方に視線を向けた。

 ユウの奴、『ジャンボエビフライ』を狙うとは……やるな。

 このお総菜屋一番の人気メニューだ。この時間帯まで残っていることは希である。

 ユウの周りに居るおばちゃん達が、半ば殺気立っているのが分かる。

 半額シールを手にしたおばちゃんの手が、ジャンボエビフライへと伸びて……すかさずユウがゲットした。

 

「ケイ、エビフライ、確保したよ」

 

 よくやった、ユウ――そう、掛けてやりたい言葉を飲み込む。

 

「……」

 

 硬直する一同を余所に、ユウはエビフライを僕の買い物カゴの中に入れた。僕は早足でレジへと向かう。

 

 あんまり、やっちゃいけない事だと思う。思うけど、式見家の財政は圧迫されていて……定価でお総菜を買える余裕なんてないから。

 たまには、ユウにも活躍して貰わねばならないのだ。

 例え、他の人達から見れば、エビフライが宙を飛び、僕の買い物カゴの中へとダイブしたようにしか見えなかったとしても。

 

 レジを終えた僕は、スーパーの袋にお総菜達を詰め、スーパーを後にする。

 で、帰り道。僕は真剣な表情で、ユウに語りかける。

 

「ユウ、総菜コーナーで思ったことがあるんだ」

「ん、何て思ったの?」

「ユウの姿は、他の人から見えないじゃないか。だから、僕のカゴの中にエビフライが飛んでるようにしか見えないだろ?」

「だねぇ」

「その時にさ、『おおっ、今日のエビフライは活きが良いな』って、言おうか真剣に迷ったんだ」

「ケイ、言わなくて正解だったと思うよ」

「そうか。まあ、美味しく頂こうな」

「うんっ」

 

 夕日を背に受けながら、僕とユウは歩く。

 それは、僕とユウにとっての何気ない日常。ただ、スーパーに行って買い物してきただけのこと。

 

 それが、掛け替えのないぐらい大切なものだということに、気付いてなくて。

 日常が瓦解するなんて、僕は思ってなくて。

 

 それでも、無意識に、足音を立てずに忍び寄ってくる死神の足音を、僕は感じ取っていたのかもしれない。

 

「ユウ、いつかは終わっちゃうと思う。でも、この日常が、しばらくの間は続くと良いな」

「……そう、だね」

 

 ユウと二人で、笑い合いながら、アパートを目指す。

 

 

 

 これは、日向耀と出会う――、一週間前の、僕、式見蛍が、最後にユウと二人で買い物に出掛けた時の物語。

 

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