マテリアルゴースト SS 置き場   作:相馬 刀

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グランドエンド

 世界の意志を説得し終えた僕、式見蛍を待っていたのは――世界に回帰する事を決めたユウだった。

 

〈ケイ、ありがとう〉

「こちらこそ、ありがとうな、ユウ」

 

 徐々に透けていくユウの身体――ユウが光になって、消え、ユウの背中に付いていた翼がバラバラになり、舞い散る羽。

 

 まだ、マテリアルゴーストの問題が残っているけれど、ひとまずは区切りがついたわけで。

 

「ただいま、みんな」

 

 負けるなんて誰もが思っていなかったのだろう。僕とユウの二人が戦っていた場所に少しでも近い場所、屋上にみんなは集まっていた。

 先輩、鈴音、傘、アヤ、深螺、陽慈、サリー。

 手を振って降りてくる僕を迎え入れてくれる。

 でも……

 

「蛍、その、ユウさん……は?」

 

 鈴音の言葉に、僕はどう答えるべきなのか、悩む。

 

 今までのユウはこの世にいない。でも、これからのユウは、何処にでも存在している。

 でも、その事を伝えるには、言葉で伝えるには難しかった。帰宅部のみんなからしてみれば……僕にとっても、ユウが消えてしまった事には代わりはないのだから。

 

「蛍、先程、彼女は弾けて消えた……つまり、ユウは、彼女は、戻ってこられなかったのですね」

「確かに、ユウはこの場に戻ってくる事は出来なかったかもしれない」

 

 その事実は認めるしかない。

 

「ただ、戻ってこようと思えば、戻ってくる事が出来たんだと思う。でも、今回の事は、ユウ自身が選んだ答えなんだ」

「そうか、ユウさんも色々と思うところがあったんだな」

「ああ、そうだと思う」

 

 静まる場――誰もがユウが消えるなんて、思っていなかったのだろう。

 

「今日は珍しく、私が牛丼屋でも振る舞ってやろう。感謝するが良い」

 

 場を少しでも明るくしようと、そう言う先輩。僕はそれに乗る。

 

「ははっ、先輩、自分で珍しく何て言ったら、価値が下がっちゃいますよ」

「むっ、失言だったな。ふむ、明日は雨確定か」

「先輩の無償で奢るなんて希少な事をしたら、今日にでももっと違うものが降ってきますって」

「失礼な奴だ、そんな事が起こるわけが――」

 

 

 

 

 ――起こった。

 

 

 

 

 

 僕たち帰宅部一同の目の前に、空から人が降ってきて――。

 その落ちてきた人物を見て、僕は、僕たちは否応なく驚かされる。

 

「えっと……ユウ?」

 

 空から落ちてきて、屋上の地面に激突したのは紛れもなく、どっから見てもユウだった。

 あっ……世界の意思から『霊体物質化能力』を返して貰ったから、物質化範囲が元々あった三メートルに戻ったに違いない。三メートルの範囲までは降りてきて、いきなり物質化され――降ってくる結果になったのだろう。何、考察してるんだ、僕は。

 

「本当に、ユウなのか?」

「あ……それは、うん。私はユウだよ」

「一体、何がどうなってるんだ?」

 

 世界に回帰する筈じゃあなかったのだろうか?

 

「あの……ケイ、感動的な別れをしたところ悪いんだけどぉ」

 

 ユウは気まずそうに、言う。

 

「世界の意思がさ、まだ問題が残ってるのに、勝手に回帰してくるなって……どうせ戻ってくるなら、全てを終わらせてから帰って来いって、怒られちゃった」

「はは……そうか」

 

 生きている以上……いや、僕は死んでるけどさ。

 どうしようもない別れだって、時にはあるわけで。

 一度は手放すと決めたけど……

 

「世界の意思も、やけにサービスが良いじゃないか」

 

 それでも、覚悟なんてものはそう何度も出来るものじゃない。

 

「私にはユウは見えないが、元気がなかった後輩が一気に元気になったな」

「あははー、式見君、良かったね」

 

 帰宅部のみんなが祝福してくれる中、僕は一歩前に出て、ユウとの距離を詰める。

 起きあがったユウも、僕の方にやって来た。

 

「えっと、そんなわけで、あの……また、ケイと、ううん、ケイ達と一緒に居ても良いかな?」

「聞かなくたって、答えなんて分かってるだろ?」

「あ……ケイ」

 

 僕はユウを抱き寄せて、その唇に自分の唇を押しつける。

 みんなの前だけど、不思議と恥ずかしくなかった。きっと僕は、ユウにメロメロなんだろう。

 

「ただし、今まで通りにはいかないと思うぞ。僕、死んじゃった事になってるからなぁ、アパートには戻れないし」

「あ、その事でしたら、私に任せてください」

「深螺?」

「神無家に不可能はありません」

 

 かくして、神無家の力により、僕は今まで使っていたアパートに戻る事が出来た。

 不幸中の幸いというか、通り魔によって殺された住人が暮らしていた部屋なんて、誰も入りたがる訳もなく――僕が借りていたアパートの一室は、まだ、誰にも借りられていなかったのだ。ただ、父さん達が引き払ったのだろう。室内の中には何もなくて……でも、物ぐらいまた、買い揃えれば良かった。

 

「こんな事なら、無限の霊力があった時に、プラチナでも作っておくべきだったかな」

 

 物質化する物の限度は、以前と同じ、三メートル以上離れると消滅してしまう。

 

「ケイったら、こうして、二人で戻って来れただけでも……あれ? 『誰か、居るよ』」

「えっ?」

 

 深螺の話では、確か、誰も入居していない筈だったのに……。

 犬のぬいぐるみを携えた少女は、僕に指を突きつけて、言う。

 

「センパイ、酷いじゃないですかっ! 私は成仏しようと思って、生と死の狭間まで行ったのに……いつまで待ってもセンパイがやって来てくれないから、こうして戻ってきたんですよっ!」

「人を殺しておいて、そんな台詞を吐くなぁ!」

「ううっ、これだと、恋人同士になったケイと二人でのらぶらぶ生活を送る事が出来ないよっ!」

「ユウさん、センパイは渡しません。犬のニャー君も言ってます。『センパイに似合うのは、薄幸の美少女、日向耀だよ』って!」

「自分で美少女なんて言ってるよ、ケイ、この子、図々しいよ」

「いや、お前、自分も同じ事を言っただろ?」

「あれ? そうだったっけ?」

 

 全く――

 

「耀には悪いと思うけどさ、耀は何処かに行ってくれると助かるんだが……」

 

 僕だって、恋人であるユウと、色々としたい、お盛んなお年頃なのだ。

 だけど、僕の台詞に――日向耀は泣き出した。

 

「うわああああん。だって、私、センパイのところしか行くところがないんです。真儀瑠先輩は気付いてくれそうにないし、鈴音先輩のところに行ったら、下手すると消されちゃうじゃないですかっ!」

「成る程、確かに一理あるな」

「だから、お願いします、センパイ。ここに居させてください。部屋の角でも構わないので」

「ケイ、押しに弱いよ! このままだと居着かれちゃうよ」

「いや、でも、耀だって困っているみたいだし」

「困ってます、物凄く困ってます」

「なら、仕方ないんじゃないか」

「ケイが押し負けたー!」

「センパイ、ありがとうございます。このご恩はいつの日か身体で……」

「返さなくて良いよ、ケイは、私の何だから」

「むっ、私が生と死の狭間に居る間に、センパイと仲が少し進展したからって……『独占欲が強すぎる彼女は、すぐに振られるぞ』と、ニャー君が言ってます」

「心の中を代弁してくれる、ニャー君って便利だよなぁ」

 

 色々とゴタゴタがあったが、最終的には式見家に同居人が一人増える事になり――

 元の平穏な日常――マテリアルゴーストの件が残っているけれど、日常に近づいていく。

 

「おはようございます」

「え……えええええええっ!」

 

 ただ、目下のところの問題は、僕と顔を合わせるたびに、周辺の住民達が驚く事だ。

 その度に僕は自己紹介をする。

 

「初めまして、水音鏡です」

 

 名前は無論、偽名だ。

 外見が一緒の上、名前まで式見蛍では流石に不味いというか、怪しすぎるので、女性になっていた時に名乗っていた名前から一文字取り、その名前を名乗っていた。

 

 ちなみに、転入した学校も現守学園で、しかも、クラスまで僕が在籍していたところなのだから……誰もが驚きまくってくれる訳で。

 

「式見君とは、従兄弟なんですよ」

 

 さすがに似すぎている為――ぶっちゃけ本人なのだから、そう誤魔化すしかなかった。

 授業が終わり、僕はいつも通り帰宅部のみんなと帰宅する。

 ふと、横に居る先輩が話を振ってきた。

 

「後輩よ。私は、危惧していたのだ。後輩は死んでいる。死者が、この世界に居るべきではないという理論だってあるだろう。だから、後輩が去っていくんじゃないかって、すぐにでもいなくなるんじゃないだろうかって、常々思っていたのだ」

「確かに、ここは生者の世界だから、死者が居るべきではないと思いますよ」

 

 でも、今の世界にはユウが居て、先輩が居て、鈴音が居て、アヤが居て、傘が居て、耀が居て、深螺が居て、サリーが居て、アリスが居て、陽慈まで居る。

 この世界以上に、僕が居るべき世界なんてあるのだろうか?

 

「後輩は、消える事を望んでいるという事か?」

「居なくならないといけないのは、世界のルールだと思ってます。ほら、幽霊が世界中に溢れかえったら、みんなが困るじゃないですか。だけど、マテリアルゴーストと唯一戦う事が出来る僕が一人で成仏しちゃったら、それはそれで、みんながもっと困るだけだから、その件を僕が片づけないといけませんし。力を渡したアリスですら見当が付かないほどマテリアルゴーストは居るんですから、そう簡単に逝く事は出来ないですよ」

 

 いつの日か、全てが終わる日が来ると思うけど、それはまだ、ずっと先の話なのだ。

 

「仕方ないだろう。与える時に一々数を数えていたわけではないのだ。ボクが悪い訳じゃない」

 

 いち早く――校門のところで合流したアリスは、文句を言う。

 

「アリスが悪い訳じゃないって」

「そうか。文句を言われたと思い、危うく式見を殺すところだったぞ」

「何でもない会話で、命の危機に脅かされてたんだ、僕っ!」

「ボクが居る限り、式見には、命の危険が付きまとうのだ」

「怖いよっ! アリスは女の子なんだから、もう少しぐらい優しくたって良いと思うぞ」

「……優しく、か。つまり、半殺しぐらいで済ませろという事か」

「それ、全然優しくないよっ!」

 

 世界の意思が消滅したあの日、いつの間にか消えていたアリスだったけど、最近姿を現して、まずは傘に謝って……

 

「煮るなり焼くなり、気の済むようにして欲しい」

「えっと、兄さん、どうすれば?」

「傘が許すなら、許して上げればいいんじゃないか?」

 

 有耶無耶の末、帰宅部の住人になったアリスだった。

 

「後輩よ、だが……マテリアルゴーストを倒しきらないと成仏出来ないなんて、そんなのはキリがないのではないか?」

「こんな、霊体物質化能力なんて、世界のバグを背負わされて……最初は恨みましたけど、でも、今は、この力を持って生まれてきた以上、この力を使って何か意味があるんじゃないかって思うんですよ」

「成る程な」

「先輩達が邪魔で、早く逝けと言うなら、考えない事もないですけど」

「馬鹿だな、私がそんな事を言うわけがないだろう」

 

 ふと、センパイが喉の奥を鳴らして笑う。

 

「それにしても、見物だな。後輩を見ると誰もが驚きまくってくれるのだから、見ている分には楽しくてしょうがない」

 

 学校やアパート以外にも、愛用していたスーパーなど――近隣の事件だからだろう。僕が殺された事は誰もが知っていて。

 僕の行き先の至る所で驚きまくられるのだから……当事者よりも先輩が大喜びだった。

 

「僕としては、そろそろ全く驚かない反応も欲しいんですけどねぇ」

「さすがに無理だろう。死んだと思っていた人間が目の前にやってきたら、後輩なら驚かないか?」

「そりゃまあ、驚きますけど」

「ならば、仕方あるまい」

 

 人生だって、物語だって、終わりはあるけれど。

 無理に終わりを望む必要なんて、ないと思う。

 

「式見君、こっちこっちー!」

「蛍、遅いぞ」

 

 手を振っているのは、他校の生徒であるアヤと、陽慈だ。

 その二人の背後には、軽く手を挙げてアピールする深螺とサリーの姿。

 上空からは――遅れそうになって急いでやってきたのだろう。ユウと耀、傘の姿があった。

 

 

 

 帰宅部一同が集まって――みんなで遊びに行くところなのだ。

 

 

 

「蛍、ウハウハですね」

「鏡花の姿になれば、ウハウハなのは星川さんのような気もしますけど」

「兄さん、大好きです」

「ケイは私のだよ、誰にもあげないんだから!」

 

 支離滅裂な会話――でも、それが帰宅部らしかった。

 少し後方に下がり、離れてみんなの様子を見ていた僕の元に、耀がやって来る。

 

「そう言えば、センパイは私に殺された事、本当に怒ってないんですか?」

「別に、大したことはない。僕は死んでる今でも、生きてた頃と大差ない生活を送ってるし……一番の問題は、成仏したと思ったら、成仏してないんだもんな、お前」

「『一人は寂しい』と、犬のニャー君が申しております」

「いや、でも……今は成仏しないでくれて良かったと思っているぞ。こうして、みんなで集まる事が出来てるんだからな」

 

 生者と死者なんて、関係ない。

 

「私は、センパイを殺した責任を取らないといけないんです。ニャー君も同じ事を言ってます」

 

 なんか、どっかで聞いた事があるような台詞だった。

 

「なら、出来るだけ一緒に居ろ。それで、楽しめば良いんだ」

「そうするとしますね」

「むっ、日向耀が抜け駆けをしているぞっ!」

「式見は、いずれはボクのものになる予定なんだ。奪う奴は内臓をぶちまけて殺す」

「あははー、式見君はモテモテですねぇ」

 

 誰一人、欠けてない日常は尊くて――僕や耀みたいに死んじゃった人も居るけれど、全部が全部、生前と同じまではいかないけれど……

 例えそれが泡沫の夢であろうとも――

 

「ケイ、楽しいね」

「ああ、そうだな」

 

 今はただ、この掛け替えのない時間を満喫しようと、僕は思うのだ。

 

 

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