太陽に掲げた手のひらは、キラキラと……
「し、式見君っ!」
「ふへっ?」
背後から名前を呼ばれたので、僕、式見蛍は振り返る。
背後に立っていたのは、幼なじみの篠倉綾だった。
「ん、アヤじゃないか。どうかしたのか?」
「その、成仏するの、ちょっとだけ待ってくれないかな?」
「まあ、少しぐらいなら構わないけど、どうかしたのか?」
「ちょっと話があって」
僕の人生……生きてないのに、『人生』なんて書くのも変かもしれないけれど、適切な言葉が思い浮かばない。ともかく、人生における最後の最後を――少しぐらい、先延ばししたところで罰は当たるまい。
立ったまま喋るのはなんなので、僕とアヤは公園のベンチに腰掛けた。
「それで、話って何かな?」
「私、5巻で全然出番がないよね。マテゴで一番常識人に近いのに、普通の人なのに……式見君と一緒になれば、一番平和に暮らせそうなキャラなのに」
「う~ん、それは仕方ないんじゃないか?」
「どうして?」
「普通ってのは、一番印象に残らないんだからさ」
真儀瑠先輩が群衆の中に一人居たとしても、絶対に目立つだろう。あの人なら。
アヤなら逆に見つかりそうにない。ウォーリーを探せ、に出てくる登場人物としてピッタリのキャラなのかもしれないけど。
難易度アップは確実だ。
「あははー、式見君、それを言ったらおしまいだよっ!」
「いや、アヤにはレモン飴があったか」
忘れてはならない要素の一つだ。
「レモン飴は好きだけど……なんか、それしかないみたいだよ、私っ!」
「さすがにそこまでは言わないけど」
「あははー、だったら、他に何があるのかな?」
「そうだっ! アヤには、今のアヤ笑いだってあるじゃないか」
「全然フォローになってないよっ! 私、馬鹿にされてる? ねぇ?」
「馬鹿にしてるつもりはないんだが……でも、アヤ笑いってさ、なんか『怪しい笑い』を略した感じもしないか?」
「私、絶対に馬鹿にされてるよっ!」
「他にもアヤの良いところ、きっとあるから、ちょっと待って」
「あ……うん」
ベンチの隣で僕の事を見ているアヤ……そうだ。
「アヤの事、可愛いと思うぞ」
「……ほ、本当に?」
「うん、世間一般的には紛れもなく美少女だと――鈴音には数段劣るけどさ」
「惚気られた! 女の子の前で、他の女の子の話をするなんて最低だよ、式見君っ!」
「最低とか言われても……ねぇ。僕はこういうキャラだし」
「自分の事、こういうキャラとか言い切って良いの?」
「あ~、別に気にしないから。ところで、アヤの相談って、出番の事だけ?」
切実な相談だとは思うけれど……何となく、それだけじゃない気がする。
「そ、それだけじゃなくて……実は、し、式見君の事、好きだったのっ!」
「アヤが僕にめろめろなのは知ってたけど……」
もてる男は辛いよなぁ。
以前とは違って……いや、まあ、あれだけあからさまな好意を寄せられて、気付かないほど僕だって馬鹿じゃない。
どうやって断ろうか悩んでいると、アヤが予想を上回る方向に話を持って行く。
「女装していた時の式見君の事、忘れられなくて……」
「そっちかいっ!」
ううっ、今回は趣向を凝らして、違うところから攻め込まれた気がする。
「私、レズって訳じゃないと思うんだ。でも、今でもあの時の事を思い浮かべると、胸がときめくの」
「そんなんでときめかないでくれますかねぇ」
「式見君、お願いっ! 女装姿で私と付き合って!」
「嫌だ」
即答だった。
考える余地なんてない。ゴメンである。
「やっぱり、私じゃ駄目なんだね。ちょっと可愛いかもしれないけれど、レモン飴と、あははーだけじゃ、世の中渡っていけないよね」
難しそうなのは確かだった。
「このままだと……真儀瑠さんから買った、『ケイコさんの写真』を式見君の実家に送っちゃいそうな気がする」
「えっ?」
地元出身は、これだから怖い。
「ま、まさか……ア、アヤに脅迫される事態に陥るなんて……」
「こ、これぐらいしないと、式見君、競争率高いから、手に入れる事なんて不可能だし」
死にてぇ――久しぶりの、死にてぇ。
なんでこんな理不尽な脅迫を受けなければならないのだろうか。
アヤに声を掛けられた時、無視して成仏してしまえば良かったと痛感する。
「傘ちゃん辺りは喜ぶんじゃないかな? 式見君のご両親は、ショックで寝込んじゃうかな? あははー」
あははー……普段なら誤魔化し笑い程度しか聞こえないそれが、嫌に耳に触る。
狂気を孕んだ笑いにしか聞こえなかった。
「どうする? 式見君」
ポケットからレモン飴を取り出し、口元へ運ぶ。
栄養補給しているようだ。
「何も言わないと分からないよ。あははー」
尊厳な態度で周囲を見下す先輩やアリスとは違う、圧迫感。アヤの本性を垣間見ている気がする。
本能が警鐘を鳴らす――不味い、非常に不味い事態だ。
ひぐらしが鳴き出したりしないだろうな?
「し・き・み・君」
何か、言わないと不味い。
「もしもの話だけど、僕が断ったらどうなるんだ?」
「別に、私は困らないよ。困るのは式見君の家族だし。あははー」
「アヤは、そんな事する子じゃない……と思いたい」
「式見君……恋する乙女は、時として手段を選ばないものなんだよ」
「その理屈は分からない訳じゃないけど……そんな事をしたら、僕に嫌われるだけだぞ? それでも良いのか?」
「うっ!」
膠着するアヤだったが、しばらくすると頭を下げてきた。
「ごめんね……式見君」
「分かってくれれば良いんだ。悪いけど、僕はアヤの想いを受け止める事は出来ない。アヤだって、僕が消える覚悟を決めた事、知っているだろ? アヤのことを好きなまま、逝かせてくれると助かる」
「あははー」
アヤは笑った。笑って、一分ぐらいは笑い続けて――涙を流す。
「本当は、私だって笑顔で式見君の事、見送ってあげたかった。でも、土壇場で式見君に行かないで欲しいと思っちゃった。私の何かの我が儘で困らせちゃったよね」
「アヤ……よしよし」
出会って間もない頃は、男とか女とか意識してなくて――でも、言葉で慰めてあげる事が出来るほど、僕は器用じゃなかった。
小さな頃のように、アヤの頭を撫でる。それが僕に出来る、アヤへの最大の感謝の証。
「アヤ、僕もアヤの事、好きだった。小学生の頃に告白されてたら、アヤと付き合ってたと思う」
「式見君……お世辞でも嬉しいよ」
お世辞ではない。先輩と出会う前なら、気になっていたのは確かだった。
「それじゃあ、そろそろ……本当のお別れだ」
僕は立ち上がった。
この終わりを覆すつもりはない。
人には人なりに幸せがある。この終わり方は……万人には受け入れる事が出来ないかもしれない。
それでも……僕は満足している。
「式見君……」
アヤの顔が近づいてくる……切なげな表情を浮かべていた。
「ア、アヤ?」
それは、問答無用の行為。
こちらが何か言うよりも早く、唇を押しつけてくる。
キスはレモンの味がする……なんて、少女漫画で読んだ事があるけれど、その例え通り、アヤとのキスはレモンの味がした。
飴が原因なのは、間違いないだろうけれども。
唇が離れると同時に、アヤは頭を下げてきた。
「ごめん、最後に、式見君との思い出が欲しくて……」
「アヤ……」
どう、言葉を掛けて良いのか、分からない。
いや、僕に出来る事なんて、たかがしれている。
「ごめん」
勝手に逝く僕は、謝る事しかできないのだ。
アヤから離れて、再び公園の中心へ。
僕は腕を伸ばして、手を掲げた……までは良かったんだけど。
「あれ?」
手は、いつまで経っても透ける事はなかった。
「式見……君?」
怪訝な声を掛けてくるアヤ。
原因は分かっている。
満足している筈……だったのになぁ。
アヤとのキスで未練が出来てしまったせいか、どうにも成仏が上手くいかず……失敗に終わった。さっきまでは明確に、成仏するイメージが出来ていたんだけど。
「アヤのせいだからな、成仏出来なかったのは」
全く、こうなったらアヤに責任を取って貰うしかない。
「あははー、任せて」
涙を滲ませて喜ぶアヤ。
その笑顔にドキリとさせられる。僕はもしかして、浮気者なのかもしれない。
鈴音が好きなのに、愛しているのに、アヤの事まで好きになってしまうなんて。
全てを鈴音に打ち明けて、アヤと居よう。それが僕に出来る善意だ。
それでも、アヤといつまで一緒に居られるか分からないが。
「そう言えば、一つだけ聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
「何を?」
「僕とレモン飴、二つに一つしか選べないとしたら、アヤはどっちを選ぶ?」
しばらく首を傾げていたアヤだったが……
「レモン飴かなー……あれがないと、私、死んじゃうし」
アヤの特徴を表す大きな要素、アイデンティティーな気もするけど。
「死にてぇ、レモン飴に負ける式見蛍……無茶苦茶、死にてぇ」
もう、死んでるとか言う野暮な突っ込みは、なしだ。
「ごめん、やっぱり式見君の方が大事だから!」
「やっぱりって……そんな言い方されるなんて」
「あー、ごめんってばー!」
今しばらくは、この面白い幼なじみ、アヤのそばで馬鹿をやるとしますか。
それが僕、式見蛍の選んだ答えなのだから。
がくがくぶるぶる……
一番の大きな不安は一つ。
アヤの事を鈴音に告げた時、刺されたりしないだろうかという不安。
「どうかしたの? 式見君」
「いや、これから大変だと思って」
「あははー、そういう時は、笑って過ごそう。それが一番だよー。あははー」
アヤの忠告はありがたかったけど、笑って鈴音に別れを切り出したら、包丁で斬り殺されます。札で攻撃されるかもしれない。
前途多難なのは確かだった。
それでも――好きになった人の為に、アヤの為にいっちょ頑張ってみようと僕は思うのだった。