太陽に掲げた手のひらは、キラキラと……
「その成仏、ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!」
「ふへっ?」
「チェストー!」
先輩の声が聞こえたかと思うと、後頭部に鋭い痛み――前のめりに倒れ、大地とキスを交わす。
何が起きたのか、理解なんて出来ない。凄まじい衝撃だった。
それでも、時間が経てば自分が蹴られたという事実は理解するわけで。
「痛いじゃないですかっ! 何をするんですか、先輩」
むくりと起きあがって、仁王立ちしている先輩に抗議する。
ゲームで言えばエンディング……しかも、最後の最後。
ここまできて……土壇場で、この状況はないんじゃないかと思う。
「やはり、納得いかん。ユウがいなくなった後、マテリアルゴーストの件があったとはいえ、鈴音とだけ付き合うなど不公平ではないかっ! 私が可哀想だと思わないのか?」
「いや、不公平とか言われても……」
「後輩は私の事が好きだった……そうだろ?」
「ええ、そうですけど……」
「ならば、何故、私とも付き合わない? ぴちぴちギャルである真儀瑠紗鳥、三年前よりも大人の魅力を持って、丁度食べ頃だぞ?」
「この日の事は決めてたし、さっき、感動的な別れをしたばっかりじゃないですかっ! なんで、サクッと逝かせてくれないんですかねぇ」
「愚問だな、後輩よ、人とは……突如として気が変わるものなのだぁぁぁぁ!」
「変わりすぎだぁぁぁぁ」
さっき、颯爽と別れて、格好いいとか思ったのに……全て台無しだ。
「仕方ないではないか。ユウが、普通の幽霊で、成仏したと仮定しよう。後輩も全てを終えて、成仏した。そういうパターンであれば十数年後、転生を経て再会するエンドが待っているかもしれない。だがな、後輩が成仏したところで、世界の意思に戻ったユウからしてみれば、後輩がいなくなるだけではないのか?」
「……いや、でも、そのぉ。ユウとも別れ、一応しましたし」
「ユウは居ない……つまり、そんなのは後輩の幻影に決まっているではないかっ!」
「あああああっ、もうっ!」
泥沼だ。なんか、泥沼にはまっている気分だ。
「マテリアルゴーストの中には、成仏しない道を選んだやつらも居たではないか。後輩よ、無理に消える必要はないのではないか?」
「僕は消えるって決めたんです。これ以上居たって、往生際が悪いだけのような気がするんですけど」
「往生際が悪いのはそんなにいけない事か? もしもここで後輩が成仏をやめて、みんなの元に戻っても、誰一人として文句は言わないと思うぞ。いや、歓迎してくれるだろうな」
「分かってますよ、そんなのは。でも、僕は死んでるんです」
死者がいつまでもこの世界に居て良いわけがない。
「死んでる程度、どうした? 今の後輩は、マテリアルゴーストは、霊力のない私の目にも見える。つまり、生きてるのと変わらん」
「そうかも……って」
「式見、まだ消えていなかったか」
先程別れたばかりの人物パート2、アリスまでやって来た。
「アリス……どうしたんだ?」
「式見が居なくなると、ボクにとって、つまらない世界になりそうな予感がしてな。成仏をやめてもらおうかと」
「引き留めるんですか、この状況で、ねぇ?」
「頑張れ、女王。その力で後輩を諦めさせろ」
先輩の言葉に、アリスは首を振る。
「別に、式見がどうしても消えたいというなら、構わない」
アリスは、話が分かる……
「その五分後、世界が消滅していても構わないならな」
奴なんかじゃ、勿論なかった。
「構うよ、そんなことしたらみんな死んじゃうよっ!」
「あ~、よお、蛍」
「陽慈まで……成仏をやめろって、僕に言いに来たのか?」
「オレは、最後に蛍の事を見送ろうと思ったんだが……一人は寂しいだろうと思ってな。ははは、蛍、もてもてだな」
僕の左右には、先輩とアリスの二人が居て、両手に花の状態だ。
「ボクは命ずる。存在していろ、式見。その方が楽しそうだ。これは王の命令だ。拒否権などない」
「今なら、巫女娘には成仏した事にしておいてやる。後輩よ、美女二人を手玉に取る、めくるめくる官能の世界にご案内だ」
「ふむ、深螺も一枚噛ませてやるのはどうだろうか?」
「それならば、魔女娘も仲間に入れてやらねばな」
ちなみに、魔女娘とはサリーの事だ。僕がサリーと呼んでいた事から、『そんな名前の魔女が出てくるアニメがあったな……雨森、否、お前の名前は、今後は魔女娘に決定だ』という凄い論法で決まってしまったのだ。
「……えっと……僕は今日、消えるのを決めて……」
「それはつまり、『今日消えさせなければ、成仏は諦める』という事だな」
「そんなことは言ってないですよ!」
「式見、どうしても消えたいというのなら、星川の屍を乗り越えていけ」
「なんでオレがっ!」
「何となくだ」
「何となくで殺害対象になるオレって一体……」
黄昏れている陽慈をよそに、僕はどさくさに紛れてその場を後に……しようとしたところで、先輩とアリスという、ある種最強タッグに敵うわけもなく――がっしりと肩を捕まえられる。
「後輩、せめて、もう一日だけ延長を、遅延料金を払っても構わないから」
「僕の扱い、借りてるビデオテープみたいになった!」
「一泊100円出すぞ」
「しかも、本気でビデオテープ並の値段だっ!」
「一年間だと、三万六千五百円。十年だと、三十六万五千円。百年だと三百六十五万円……か。後輩よ、一括で三百六十五万出すぞ」
「更に、一日だけ延長を申し込んだ割に、さりげに百年分の値段を払おうとしてるっ!」
こうなったら、成仏したもん勝ち……実際に僕が成仏したところで、本気でアリスが世界を壊すとは思え……やりそうな気がしないではないけれど、うん、そんなことはないに違いない。意を決して、成仏しよう。それが良い。
「蛍」
ぽんぽんと肩を叩いてくる陽慈。
「陽慈、どうかしたのか?」
「諦めろ。例え成仏しても、この二人が本気になれば、あの世からだって連れ戻されるぞ」
「……確かに、そんな気もするな」
かくして、土壇場で気が変わった二人の手によって、僕は成仏するのを諦めるのだった。
先輩、アリス、陽慈の三人で、ひとまず神無家、鈴音のところに帰る。
玄関は僕が出て行った時のまま、開いたままだった。鍵を閉める余裕すらなかったのだろう。家の中に入っていくと、鈴音は居間に居た。
「……」
声を掛けようとするが、言葉が出ない。
「蛍が、居なくなっちゃったよ……」
見たくない光景だった。戻ってこれば、その光景が展開される事など、容易に予測が出来ただろうに。
鈴音が泣いていた。その場で身を丸め、ただ、ひたすら泣く。泣きやまないのではないかと錯覚するぐらい、泣き続ける。
愛しい恋人である鈴音。その鈴音を流している原因は間違いなく自分であり、無茶苦茶罪悪感を感じた。
よし、いっちょ気軽に挨拶でもするか。
「ただいま、鈴音」
「……えっ……あれ? なんで……」
困惑する鈴音。帰ってくるなんて思ってもいなかっただろう。
「世界平和の為に、こうなった」
「なんだか知らないけど、蛍が戻って……」
鈴音の瞳に、炎が宿る。ジロリときつい目で、僕を見てくる鈴音。
「蛍っ! なんで真儀瑠先輩と、アリスさんと一緒なのっ!」
「あ~その……」
「私と後輩はらぶらぶなのだ」
「式見とボクも、あはーんな関係を望んでいる」
「へぇ、蛍、私ってものがありながら……」
沸々と肩を震わせる鈴音。やばい、滅茶苦茶怒ってる。
「これは、だなっ」
「後輩は黙ってろっ!」「式見は喋るなっ!」「蛍は黙っててっ!」
三人に気圧され、後ずさる僕。
「巫女娘、後輩を容易く諦めたお前に、後輩を任せておく事は出来ん」
「式見はもらうとするよ」
「何と言われようと、蛍は渡さないんだからっ!」
ユウ……僕は、もう少しだけここにいる事にするよ。
現実逃避の甲斐があったのか、ユウの姿が見える。
(あははは、なんか、ケイらしい気がするよ)
「良いのかなぁ、こんなんで」
(良いんじゃない?)
「そうだなぁ……もしもとなれば、帰宅部全員を看取る覚悟ぐらいしておいた方が良いのかな」
(ケイの好きなようにしたら良いんじゃないのかな?)
「そうだな」
半ばハーレムみたいな状況な気もするけど――なんて安心し掛けたところで――
「ぐがぎゃああああー!」
僕は自分でも不可解だと思うぐらい、奇声を上げた。
言葉では決着が付かなかったらしい三人が強硬手段に出たのだ。
右手を先輩に引っ張られ、左手をアリスに引っ張られ、右足まで鈴音に引っ張られ――
「なんで陽慈まで参加してるんだぁぁぁぁ!」
「……いや、何となく人数合わせで、オレも参加しようかと」
「そんな理由でかぁぁぁぁ!」
終いには左足は陽慈に引っ張られていた。
「最初に手を離した人間が、後輩の事を一番思っている人間だ」
「真儀瑠の手には騙されないぞ。手を離した瞬間に奪い去っていくのが目に見えている」
「蛍は私の何だから、三人とも、手を離してっ!」
「オレが手を離すと、均衡が崩れるんだよなぁ」
成仏するなと言われて、この状況下に陥っている訳だけど。
強制的に成仏させられかねない状況じゃないか、これって。
(ケイ、頑張って)
モテモテなのも考え物だと思いつつ、四肢を引っ張られて悶絶する身体。
ユウ、僕はもう、駄目かもしれない。
……成仏しようと思った事自体が、間違いだったのかなぁ。
かくして、僕、式見蛍は帰宅部のメンバー、先輩、鈴音、アヤ、アリス、深螺、陽慈、傘、サリー……彼女達ぷらす一を看取るまで、この世に止まる事になる。
そんなわけだから、帰宅部を中心にこれからも色々な事が起こりまくって、そりゃもう大変な目に遭うのだが……その話をするのは、また今度という事で。
「ぐがあああああっ! ギブギブ! 誰か……助けて」
今はただ、一刻も早く地獄から解放される事を切に願いつつ……僕を必要としてくれる人達の為に、ほんの少しだけ頑張ってみようと心に誓うのだった。
「アリス、ちぎれる、左手がちぎれるっ! 先輩も、右手をねじらないでっ」
「後輩よ、そろそろ分裂する時が来たぞ」
「それは名案だ。一人に一匹、式見蛍。争わないで済むな」
「蛍は人間……じゃなくてマテリアルゴーストだけど、そんな事出来ないわよ」
「オレ、なんで争いに加わってるんだろ?」
「……ぐふっ」
薄れ行く意識の中、僕、式見蛍はこのメンバーと一緒にいて、悪霊化しないでいられるかなぁ……
そんな難題が、新たに生まれるのだった。