見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第五章

 

 

 

 

 次の日になって、弦はハリーに捕まった。まさしくこの表現が的確である。そばにはロンとハーマイオニーももちろんおり、弦に気が付いたハリーがトップスピードで彼女に突撃してきたのだ。お前は猪かなにかかと弦は言いたくなった。

「ユヅル! ちょっと聞いて!」

「……何かあったのか?」

 どうせ面倒なことだろう、そうだろう。嫌そうな弦にすでに慣れていたのかかまわずハリーは中庭のベンチまで彼女を引っ張った。それについていくほか二人。もういい、諦めた。とことん付き合ってやる。

 

 どうやらハリーが憤っているのはスリザリンに対してらしい。グリフィンフォールの連中はあいつらが大嫌いだなと再認識させられた。まあ、弦も好きか嫌いかで聞かれたら嫌いだし、関わるのが面倒そうなタイプばっかだなと失礼なことを常日頃感じているわけだが。

 クディッチの朝練をしている最中にスリザリンが割り込んできて、しかもその目的が新人シーカーの育成だったという。それがかのドラコ・マルフォイであり、彼の父がスリザリンチーム全員にニンバス社の最新箒<ニンバス2001>を寄贈したそうだ。

 

「うわ、きったねえ」

 思わずそうつぶやいた弦に「だよね!」とハリーもロンも頷いている。ただハーマイオニーだけは「言葉遣いが悪いわよ」と弦に怒っている。君は私の親か何かか。

 かまわず続きを促せば、ハーマイオニーが彼らに物申したのだそうだ。いわく「グリフィンドールはお金ではなく才能で選ばれている」と。スリザリンも顔負けの素晴らしい嫌味だ。

 

「そしたらマルフォイのやつ、ハーマイオニーに『穢れた血』だって言ったんだ!」

 ロンの言葉に弦は眉をひそめた。それは弦も一年のころにスリザリンの生徒から何度か言われたことがある。意味がわかったのは叔父に教えてもらったときだが、ひどい侮蔑の言葉だ。

 マルフォイにロンが呪いをかけようとしたが失敗し、自分に跳ね返った―――彼の杖は今ひどく壊れているから仕方ない―――のでナメクジを吐き出すのが止まらなくなりハグリットのもとに急いだという。それからそこで少し過ごして、城に戻りハリーとロンは罰則を受けたそうだ。

 

「『穢れた血』ねえ……」

 呆れたように弦が息を吐き出せば「ひどいだろ!」とロンは息巻く。

「私も去年何度か言われけど、くだらないな」

「言われたの!?」

 ハーマイオニーがなんてことと口を手で覆った。彼女は言われてひどく傷ついたらしい。だが弦はそうでもなかった。

 

「最初は意味がわからなかったが叔父に教えてもらって理解したよ。あれはくだらない差別用語なんだって。そもそも血がああだこうだとこっちはこだわっていないんだ。言われても痛くもかゆくもない」

「それは、まあ、そうだけど」

「相手にしない方がいい。私は自分の両親に誇りを持ってるし、なにより父の血が流れていることのほうが重要だ。こっちの純血の魔法族の血が流れていようがいまいが関係ないね」

 弦にとって血とは水無月の血だ。母の血による縁もあるが、なにより水無月の子として生まれたことに誇りを持っている。

 

「それに常々おもうんだが、スリザリンのやつらは親の権力つかって威張って楽しいのか? 自分で手に入れたものでもないのにあそこまで堂々とできるのは一種の才能だと思うけど」

 その言葉に三人はポカンとしたあと盛大に笑い声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 笑いが収まったハリーから聞いた話を思い出す。罰則の最中に彼は声を聴いたそうだ。それは「殺してやる」と言っていたそうで、気味の悪いものだったという。ハリーの面倒なことはまだ続いているようで、弦は今年もなにかしら巻き込まれるのだろうかと一人気落ちした。

 そんな気分のまま薬草学の温室へと行けば、すでにテリーたちは来ていた。そのまま混ぜてもらい時間になって授業が始まる。

 

 薬草学の授業ではレイブンクローはスリザリンと合同になる。グリフィンドールはハッフルパフとだ。二年になって温室での勉強が増えて弦は嬉しい限りだが、スリザリンをあまりよく思っていないテリーやマイケルなんかは合同授業はいまだに慣れないようである。アンソニーは害がなければ別に誰と一緒だろうがかまわないと言っていた。三人の中じゃ彼が一番強かだ。

 

 マンドレイクは順調に育っているようで、あれの植え替えのときはある意味阿鼻叫喚だったと思い返す。気絶する者はいなかったがみんな耳が痛そうだった。かくいう弦も痛かった。

 早々に課題を終わらせた弦はスプラウトに許可をもらってほかの植物の世話をする。普段の手伝いの一環だ。

「ユヅルは薬草学と魔法薬学の授業が一番楽しそうだな」

 すでに課題を終わらせていたマイケルが弦の作業を見学しつつそういう。彼には許可が下りなかったので見学のみだ。テリーもアンソニーも同様である。

 

「まあ、家柄かな。私は薬師の家の出だから」

「へえ、弦が薬草や薬に詳しかったのはそういうことか」

 作業を終えるころに授業も終わった。スプラウトに挨拶をして温室を出る。植物の育ち具合に上向きだった気分は、進路をふさいだマルフォイに再び下向きにされた。解せぬ。

「教師に媚びを売るのが得意なようだな、ミナヅキ」

「あれがそう見えたのならひねくれているな。可哀そうに」

 

 間髪いれずに辛辣な言葉を返した弦にマルフォイは動揺したようだ。背後でテリーたちが「あーあ」と笑いをかみ殺している気配がする。

「み、身なりもろくに整えられないくせに……!」

 苦し紛れにつぶやかれた言葉に弦があきれてものも言えない間に、マルフォイの頬がぶっ叩かれた。思わず驚いて手を追えば、そこに立っていたのはリサだ。いつも柔らかい眦をつりあがらせ、怒りで顔を赤くしている。

 

「ドラコ・マルフォイ! 女性に対しての礼儀も満足にできないなら純血だなんだと威張り散らすのをやめなさい!」

 

 リサってここまで怒れるんだな。呑気にそうつぶやいた弦に「ユヅルって本当にマイペースだよね」とアンソニーが苦笑した。それに片眉をあげつつ、リサに言う。

「リサ。何をそんなに怒っているんだ?」

「何をって……ユヅル、あなた馬鹿にされたのよ!?」

「気にしていない。よって君が怒る必要もない。そんな時間も無駄だ。寮に戻ろう」

 さっさと歩きだす弦に吠えたのはマルフォイだ。

 

「半純血のくせに、なんだその態度は!」

『……はあ。めんどくせぇなあ、おい』

 思わず日本語でぼやき、マルフォイに向き直る。

「血だなんだとこだわっているのはそっちだろう。私には関係ないし興味もない。心底くだらん。時間の無駄。そんなものなくたって私の優秀さとやらは成績で証明されている。文句があるなら首席になってから言うんだな、三席さん」

「うっわ、容赦ねー」

「口でユヅルに勝つのは不可能に近いからな……」

「二人ともいっつも言い負かされてるもんね」

 そういうアンソニーは口喧嘩などしたことない。穏やかなものだ。前者二人は諭すということで言い負かしている。

 

「そもそも君がそちらでいう純血であるのは君が勝ち取ったことじゃないだろう。君の両親がそうであるからそうなったというただの現象だ。自分で身に着けたものでも、ましてや君の両親が身に着けたものでもない。親が用意したものを当然のように受け入れて、あたかも自分で手に入れたと言わんばかりに見せびらかして楽しいのか? まったくもって理解ができん。理解したくもない」

 彼が何の努力もせずにここまで来たということはないだろう。現に成績は三席だ。それなりに頭は良く、それ相応の勉強を重ねているはずである。

 

 ただその根性が気に入らん。

「自分で手に入れて誇れるもの以外、私に見せびらかすな鬱陶しい」

 最後にそう言い捨てて、弦は今度こそ寮へと歩き出した。

 

 

 

「ユヅルってマルフォイのこと嫌いだったっけ」

「別に。好きだ嫌いだと断じるほど知らん。ただあの根性が気に入らない」

 すっぱりとそういう弦にアンソニーたちだけではなく、リサやパドマも納得したように頷いた。

「確かにユヅルってマルフォイと正反対よね。なんでも自分でできますって感じ」

 パドマの言葉にリサも「マルフォイは完全に親がいないと駄目だわ」と毒づく。男子三人は女子二人の意見に顔をひきつらせた。どこの世も女の評価と言うのは北極の寒さよりも厳しい。

「何でもはできないよ。ただできるように努力してきたし、これからもそうだ。母国にいたんじゃ学べないことをここに学びに来ているのに、ああいうふうに水をさされるのは我慢ならない。なんなんだアイツは」

 

 今回のことは普段の鬱憤が爆発したようなものだ。時間は限られているというのに、邪魔をされて失いたくはない。

「ま、スリザリンの連中に何かされたら言えよ」

「私が泣き寝入りすると思う?」

「まったく思わない」

 声をそろえて答えるんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その騒ぎが起きたとき、弦はホグワーツのハロウィーンは何かに呪われているんじゃないかと疑った。去年も今年も、てんでいいことがない。

 ハリーとロン、ハーマイオニーからゴーストの絶命日パーティーに誘われたのは十月の頭だった。首なしニック主催のそれにハリーが誘われ、興味を示したハーマイオニーがロンも巻き込んだらしい。彼女は弦にも声をかけたが、弦はそこまでニックと親しくないし興味もないのでお断りした。

 

 ゴーストのパーティーと聞いて思ったのは生者とは随分様変わりしているだろうということだけだった。彼らは食事もしないし、汚れなども自分たちが汚れないから気にしない。何でもかんでもすり抜けてしまう身体というのは人間だったころに気にしていたことすべてを素通りしてしまうらしかった。

 生者にとってはあまりよくないパーティーだろうとあたりをつけ、弦は参加を辞退したことに後悔はなかった。それを持ったのはどうやらハリーとロンで、彼らは大広間でのパーティーの準備が着々と進んでいることを目の当たりにして後悔し始めたようだ。だが約束は約束だとハーマイオニーは譲らない。

 

 あの三人が楽しむか楽しむまいかは行ってみないとわからないが、パーティーの料理とデザートをバスケットにつめて渡してやるかと厨房の妖精たちに頼んでおいた。はて、自分はここまで世話好きだっただろうか。

 ハロウィーンが終わりに近づいたところで弦は席を立った。あらかじめやることを教えていたテリーたちもついてきてくれる。

 

「骸骨舞踏団はすごかったなあ」

「確かに」

「ギターの絃とかで指の先の骨とんだりしたことないのかな」

「ありそう」

 くだらない話をしながら厨房にたどりつき、そこで例のバスケットを受け取った。あとはハリーたちにうまいこと会えばいい。バスケットは二つあり、マイケルとテリーが持ってくれた。紳士だ。

 

「どうするんだ?」

「人探しの呪文をこの前見つけた。それ使う」

 杖を取り出して呪文を唱える。杖の先から出た淡い光がふよふよと飛んでいく。それについていけば、玄関ホールに続く階段のところに彼らを見つけた。

 

「ユヅル!」

 ロンのあげた声にハリーとハーマイオニーもこちらを見る。

「どうしたの? パーティーは?」

「もうそろそろ終わりだろう。君らにこれ、渡そうと思って探してたんだ」

 ふよふよと飛んでいた光が霞のように溶けて消える。それを見届けたあと、マイケルとテリーが二つのバスケットを掲げて見せた。

 

「広間に出たご馳走とデザートの一部。幽霊のパーティーはろくな食べ物がないだろうと思って」

「わあ、いいの? ありがとう、ユヅル!」

「本当にろくな食べ物がなかったんだ……」

 ハリーとロンが諸手をあげて喜び、ハーマイオニーも困ったように笑った。どうやら予想はあたっていたようで安心する。

 

「骸骨舞踏団はどうだった?」

「彼らの骨が損傷するか損失した場合、再生するのかどうかが気になった」

「ユヅルってちょっとずれてるよね」

 僕らが聞きたいのはそういうことじゃないよ、とハリーは苦笑する。それに首を傾げた。他人と違うのは当たり前だろうに。

 

 不意に、ハリーがよろけ石壁に手をついた。その顔から徐々に血の気が引いていく。その顔のままぐるぐると周囲を見回し始めたハリーに全員が訝しげな顔をした。

 ハリーは言った。またあの声がすると。不気味で残忍なあの声が。

 少しの間混乱したように声がすると繰り返すハリーは、ばっと身を翻した。

 

「こっちだ」

 駆け足のハリーに真っ先に続いたのは弦だった。そのあとをテリーが追いかけ、一歩遅れてほかの面々が動き出す。

 ハリーの足取りに迷いはなかった。ただ立ち止っては耳をすませているので不可解な行動ではあった。

「誰かを殺すつもりだ!」

 不穏なその言葉を発したすぐあとにハリーは三階へと走る。その階をくまなく動き回るハリーに全員が振り回されつつもついて行った。そしてその結果、あまりにも不可解で不気味なものを見つけてしまう。

 

 その廊下には壁に赤い、まるで血で書かれたような文字がおどろおどろしい雰囲気を放っていた。床は水浸しで独特の音をたて、それが余計に暗く陰鬱な雰囲気をつくりだす。

 

 

   秘密の部屋は開かれたり

   継承者の敵よ、気をつけよ

 

 

 松明の炎によって照らされた文字は鈍く光っていた。

 その松明の腕木に何かがぶらさがっていた。

「なんだろう、下にぶら下がっているのは」

 ロンのつぶやきが嫌に響く。近づいて確かめようとするロンとハリー、そしてハーマイオニーを弦が手で制した。その横顔はいつになく厳しい。

 

「近づくな」

 発せられた声も固かった。

「ユヅル?」

「……ミセス・ノリスだ」

 驚愕に目を見開くのはテリーたちもだ。それがなにかをようやく理解し、全員の動きが鈍くなる。ロンが絞り出すように言った。

「ここを離れよう」

 

 しかしハリーはそれに戸惑いを返す。

「助けてあげるべきじゃないかな……」

「いいや、ここにいることを見られる方がまずい」

 間髪入れずにマイケルがそう断言し、アンソニーもそれに頷く。しかし弦は首を横に振った。

「もう手遅れだな」

「え?」

 遠くから生徒たちのざわめきが聞こえてきた。パーティーが終わったのだ。時間的になんら不思議はない。

 

 わっと廊下に生徒たちが溢れてくる。先頭にいた生徒が廊下の惨状に気が付き、そして少し離れた場所に固まる七人を見つけた。喧噪は静まり返り、違うざわめきがひそやかに広がり始める。

 その空気の中、声を上げた奴がいた。

「継承者の敵よ、気をつけよ! 次はお前の番だぞ、『穢れた血』め!」

 ドラコ・マルフォイだった。

 

「すっこんでろ、七光りの馬鹿野郎」

 抑える間もなく飛び出た罵倒の鋭さに、びくりと肩を跳ねあげたほか六人以外には弦の呟きは聞こえなかったようだ。しかしマルフォイは弦の発する不穏な気配に紅潮していた顔を若干青ざめさせていた。

 

 そのあとすぐに教師たちがきて、現場の第一発見者である七人は事情聴取されることになった。ハリーが一番に疑われたのは管理人フィルチの私怨だったが、怪しまれるのも仕方ないと弦は落ち着いていた。なにもやましいことなどないので堂々としていればいいのだ。

 ミセス・ノリスは石にされ、マンドレイクが育って魔法薬になるまでそのままであるとダンブルドアは言った。ちょこちょこでしゃばるロックハートがうざったかったし、ねちねちとしたスネイプも相変わらず面倒くさかった。

 

 無罪放免で解放された面々はそれぞれの寮に帰るために別れる。

「にしても、ポッターはトラブルひきよせる体質なんかな?」

「違いない。おかげで巻き込まれた」

 すっかり気分を持ち直したテリーとうんざりとした表情のマイケル。アンソニーは「今回はポッターのせいじゃないんじゃないかな?」と苦笑している。

 

「ユヅル? 怖い顔してんぞ」

「どうかした?」

「いや……『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ』……それにあのマルフォイの言葉……」

 マルフォイははっきりと「次はお前の番だぞ、『穢れた血』め!」と言った。

「秘密の部屋……継承者……穢れた血…………サラザール・スリザリンの『秘密の部屋』か……?」

「おーい、ユヅル。俺たちにもわかるように説明してくれよ」

「『秘密の部屋』なんてホグワーツにあるのか?」

「……まあ、ほぼ夢物語だけどね」

 

 寮への道はまだあるし、別にいいかと弦は語った。<ホグワーツの歴史>からの知識を引っ張り出す。

「ホグワーツの創始者は四人いた。ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、そしてサラザール・スリザリン。寮の名前は彼らからとられ、そして学校は始められた。最初こそ四人は力をあわせていたけれど、サラザール・スリザリンはやがてほか三人とぶつかるようになった。サラザール・スリザリンが魔法族の純血だけを学校で教育するべきだという主張したためとされている。ようは純血主義およびマグル排斥だな。その結果、サラザール・スリザリンはホグワーツを去ることになった」

 

「なんか、まんまスリザリンって感じの奴だな」

「史実っていうのはその時々によって変えられる。当時の権力者の都合の良いものに、な。そのことが事実だったかはわからない。ただサラザール・スリザリンは学校にあるものを残した。それが『秘密の部屋』だ。部屋の中にはサラザール・スリザリンが何らかの恐怖を閉じ込めたとされている。だいたい考えられているのは怪物だな。サラザール・スリザリンの真の継承者がいつかその部屋を開くまで、怪物は部屋の中で眠っているんだとさ」

「ということは、その真の継承者が現れたってことになるのか?」

 

「そうとも限らない」

「どういうことだ?」

 長い階段を上る。

「継承者そのものかもしれないし、継承者に操られたものかもしれない。はたまたただの真似事かもしれない。ただ言えるのは、」

 立ち止り、弦は言葉を切った。

 

「あの校長にもとけない魔法を使える、またはそんな魔法がかけられる怪物を従えられる人間が学校内に潜んでいるなら、これはとんでもなく危険だ」

 その人間が、マグル排斥を抱いているなら余計に。

「これから…………いや、なんでもない」

「ユヅル?」

「言葉にしたら現実になりそうだから止めとく。さっさと帰って寝よう」

 マグルーマル狩りが始まるかもだなんて、冗談でも言えっこなかった。

 

 伝承は事実をもとにつくられる。どこまでが本当でどこまでが嘘なのか。千年も時が経った今では、誰もわかりはしないだろう。たとえそれが、継承者だとしても。

 

 

 

 次の日からフィルチの目はつねに血走っていた。ミセス・ノリスが石にされた事件が学校中に広がる中、事件現場に何度も足を運び、その周囲をうろうろと見張り続けた。そして八つ当たりとばかりに理不尽な罰則を誰彼かまわず言い渡すようになった。ほとんどの場合、教師陣によって罰則はないものとされた。

「あ、ユヅル!」

 図書館でいつものように本を探していると、ハーマイオニーに声をかけられた。

 

「どうかしたのか?」

「ねえ、『ホグワーツの歴史』っていう本、持ってないかしら? ここの本、ぜーんぶ貸し出されてるの。二週間後まで予約でいっぱい。私のは家にあるし」

「ああ、『秘密の部屋』についてみんな調べてるのか」

 なるほど。うわさ好きなホグワーツ生ならそうなるだろう。

 

 ハーマイオニーは<秘密の部屋>がなんなのか、弦が知っていると判断したのだろう。説明してほしいとハリーとロンが課題に四苦八苦しているところまで引っ張っていった。

 そこで弦は昨晩、テリーたちにしたような話をした。

「確証がほしいなら、誰か教師に質問してみると言い」

「わかったわ」

「ユヅルって本当、なんでも知ってるんだね」

「なんでもは知らない。それにこの史実が事実かどうか、私は判断できないし」

「どういうこと? 本にあったことなんだろ?」

 ロンがわけがわからないという顔をするので、弦は浅くため息をついた。

 

「本に書いてあることが真実とは限らないよ。歴史は特にそう。私たちはもう生きている人がいない時代まで歴史を遡ろうと思ったら、その時代から残っているものからしか読み取れない。その時代の人が残した書記、遺跡の壁画、口で伝えられる伝承……それらがすべて真実を伝えているかどうかは判断できないよ。いくつもの事象を照らし合わせて一致したところから真実をくみ取るしかない。その当時の権力者によって都合よく変えられるって話も珍しくない」

 

「つまり……どういうこと?」

「サラザール・スリザリンが生きていた時代で何が起こったのかは、誰もわからないってこと。彼らの記述は少ないしね。残っている者もすべて一連の流れを記したものばかりだ。その内容まで詳しく書いてあるものはないだろう。私は歴史学者じゃないが、それでも今語られている歴史の全てが過去の真実の全てだとは思わないよ」

 

 

 

 

 

 <スリザリンの継承者>の噂が学校中に広まった。石化事件がその勢いに拍車をかけたらしい。あの場にいた七人の中で最も疑われているのはハリーらしかった。

 

「ホグワーツ生の頭の中はお花畑か」

 マイケルが辛辣な毒を吐く横で、テリーが爆笑している。アンソニーは全員分の紅茶を入れるのに真剣だ。弦は叔母が送ってくれた日本の和菓子を人数分用意していた。紅茶にあうと叔母が太鼓判を押した逸品だ。リサとパドマはリサの両親が送ってくれたハニデュークスのチョコレートを準備していた。

 

「ポッターが誰の脅威とされているか、みんな忘れたのか? 『例のあの人』こそスリザリンの継承者だろうに」

「だけどその人はこの学校にいないじゃないか。だからみんな去年あの人を打ち破ったポッターがそうだと思ったんじゃないかな。闇の魔法を打ち破るのは闇の魔法しかないって。ポッターはとばっちりだね」

 マイケルをなだめるようにアンソニーが穏やかな口調でそう言う。紅茶は全員分行きわたった。

 

「その話が本当なら、俺らにもとばっちりきそうじゃないか?」

「それがポッターにだけ向いているのが現状だよ。同寮のグレンジャーもウィーズリーもいたのにポッターだけが話に上がってる」

「あー……確かに花畑だな」

「だろう」

 マイケルが苛々したまま和菓子を口に入れた。味わうごとに表情が和らぎ「美味いな」とこぼす。テリーたちも同じように口にして笑顔になる。

 

「やっぱり日本のお菓子は美味しいわ。繊細な美味しさっていうのかしら」

「私、日本の食事はヘルシーだって聞いたんだけど、本当?」

「ものによる。だけど確かにこっちに比べればヘルシーかな。このチョコレートも美味しい」

「よかった。ユヅルってあんまり甘すぎるもの食べないじゃない? これ、ちょっと甘さ控えめなの」

 リサの気遣いにお礼を言う。

 

「さっきの話に戻るんだけど、私もポッターは継承者じゃないと思うわ。だって彼の性格はグリフィンドール生って感じだもの」

「そうね。私もパドマの意見に賛成。彼、間違ってもスリザリンではないわ」

 二人の意見にみんな頷く。確かに彼の性格はグリフィンドールにふさわしい。勇気があり、ときに無謀だ。

 

「ってことはやっぱりスリザリンの誰かか?」

「マルフォイ……は、ないな。絶対ない」

「それはありえないわ」

「坊ちゃんにできるわけないもの」

「……君達ってマルフォイに厳しいよね」

「だってマルフォイが私の友達を馬鹿にするんですもの」

「はーい、馬鹿にされた友達その一です」

「その二」

 パドマと二人で軽く手を上げる。パドマはマグルーマルということが、弦もやはりマグルの血が入っていることが彼の何かをくすぐるらしい。いい迷惑だ。

 

「ユヅルは誰が継承者だと思う?」

「誰もそうだとは思わない」

 弦はカップをソーサーに戻し、話を続けた。

「理由は主に二つだな。一つは生徒の誰かが継承者の場合、校長がそれを見逃しているはずがない。組分け帽子の存在もある。あれは対象の頭の中を覗くから、それを防ぐほど力を持っている生徒がいたら校長が目をつけているはずだ」

 あれはある意味、門番だ。ホグワーツに入る異物を拾い上げ、追いやるための。ただしそれは入学時点でのことなのでそこに限定される。入学後の思想の変化へは対応できない。

 

「もう一つはミセス・ノリスを石化させたのは人間じゃない。十中八九、魔法生物だろう。あの校長にも解けない魔法を習得するには七年間の就学では足りない。それに魔法生物が持つ魔法はどれも強力で複雑だ。彼らの場合は体質が起こす現象に近いからな。まず間違いなく、ミセス・ノリスは魔法生物と対峙して石化した」

 ゆっくりと考えれば自然とどういう相手なのかは見えてくる。教師陣は違う。古株はもちろんのこと、新しく入ってきたロックハートは論外だ。

「強力な魔法生物が操れるほどの力を持った生徒はいないだろうな。そうなれば考えられるのは『傀儡』だな」

 傀儡(くぐつ)傀儡(かいらい)とも読めるそれ。操り人形の糸の先が、犯人だろう。

 

「去年よりも厄介だ。被害が出てる。もし誰かを操って事件を起こした輩が次も企んでいるなら、マグルーマルが狙われる。相手はスリザリンの継承者を謳っているのだから」

 そして相手が敵視しているのがハリーならば、きっと彼は今年もすでに巻き込まれている。夏休みにきた妖精が忠告したことも流れに過ぎない。

「パドマは一人にならないほうがいい。私とテリーも注意が必要だろうな」

 

 今年のホグワーツは、間違いなく荒れる。

 

 

 

 


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