見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第六章

 

 

 

 

「……ここ、女子トイレなんだけど?」

「それ、パーシーにも言われたよ」

 ハーマイオニーに三階の女子トイレに呼ばれたと思ったら、ハリーとロンがいた。

 

「ここは嘆きのマートルがいるからほぼ誰も来ないけどな」

「知ってるなら言うなよ」

「悪かった。で? 何の用だ?」

 どうやら三人はマルフォイが怪しいと思っているらしい。

 

「ユヅルはどう思う?」

「マルフォイはない」

 こんなこと、前にもあったなあと思いながらテリーたちと話したことを三人に話す。だがあくまで自分の考えというところは念をおした。

 

「それにしてもポリジュース薬か……なるほど、興味深いな」

「でしょう? ユヅルならそういうと思ったわ。それでね、その作り方が載ってる『最も強力な薬』っていう本、読んだことない?」

「ないな。魔法薬学の本はうちに一通りそろっているけど母が管理している。私は触れない。叔父にも危険なものは禁止されていたし」

 弦の返答にハーマイオニーは少しがっかりしたようだ。期待に応えられずに申し訳ない。

 

「あとは禁書の棚ね」

「教師のサインを頼むならロックハートにしとけ」

「なんで?」

 うげっという顔をしたロンとハリーに弦はことも何気に答えた。

「ハーマイオニーが頑張って誉めれば簡単にとれると思うから」

 二人が納得し、ハーマイオニーがちょっとだけむっとしつつも嬉しそうな顔をしたのは言うまでもない。

 

 

 

 弦はマートルと雑談しながら三人を待っていた。どうやら本を借りられたそうなので、さっそく調合の準備に入るらしい。まずは材料集めだろう。調合の手助けの対価として弦は本を読むことを要求した。又貸しは規則違反だが、こんな機会はめったにない。興味があるレシピは写すつもりだった。

 やってきた三人はマートルと難なく会話している弦に驚いたが、弦はかまわずハーマイオニーに本を要求した。あっさりと手渡されたそれのページをめくり、ポリジュース薬のレシピを見る。

 

「……作るのに一か月か。十分だな。問題は材料か」

「ええ、そうなの。『二角獣の角の粉末』とか難しいのよ」

「スネイプの研究室ならあるだろうが、バレたらことだぞ。ハリーとロンは問題起こしたら退学なんだろう? 薬をつくることも十分それに抵触するし……よし、材料はこっちでなんとかする」

「本当!?」

「ああ。ただし私は材料集めと調合にしか手を貸さないぞ。たぶん、叔父になにをしようとしているか見破られるだろうからそこまでしか手を貸せない」

 怒るとすごく怖いのだ、あの人は。

 

「大丈夫よ。ユヅルがいれば失敗なんてことはならないから十分だわ」

「よし。二日後にまたここで」

 頷き返す三人に背を向け、弦は頭を巡らせた。日本の“伝手”を使えば材料は難なく揃うだろう。問題はやはり叔父だ。先手をうって事情を説明すれば納得してくれるかもしれない。

「……」

 絶対に次に顔を合わせたら怒られるだろう。そのときのことを考えて弦は深くため息を吐いた。

 

 

 

 日本に手紙を出したのは翌日の土曜日だ。あて先は叔父ともう一つ。今日の夜か明日の朝には材料が届くだろう。

 今日はクディッチの日だ。グリフィンドール対スリザリン。テリーとマイケルは敵情視察、アンソニーはその付き添いで試合観戦に行くと言っていた。リサとパドマもいくそうだ。弦はマダム・ポンフリーからの要請で医務室待機となった。

 

 早朝に温室で薬草の世話を手伝い、朝食を食べて医務室に向かった。マダム・ポンフリーへ弦を推薦したのはスプラウトだ。薬草の扱いと魔法薬の知識の広さがその理由だった。成績も問題ないし、適任だと後押ししたのはフリットウィックとマクゴナガルだ。その結果、弦は医務室の手伝いもするようになった。マダム・ポンフリーは優秀な癒者だ。学ぶべきことがたくさんあって楽しい。

 

「ミス・ミナヅキ。ベッドの準備はできましたか?」

「はい」

「ええ、ばっちりです……まったく、あんな野蛮で危ないスポーツ、校長はなぜ廃止なさらないのかしら」

 彼女は怪我人が増えることを嫌がるので(医療に携わる者としては至極当然)毎回、愚痴をこぼしているそうだ。

 

「特に今日は荒れそうですし、布と包帯をもう少し出しておきますね」

「お願いします」

 しばらくはいもり試験やふくろう試験でノイローゼ気味になった上級生ばかりだった。みんな根を詰めすぎだろう。当たり前のように眠り薬を処方されていく光景は怖かった。いや、日本の企業戦士もこんな感じかもしれない。

 試合が終わったのか選手が運び込まれてきた。その中で最も重症だったのがハリーだ。

 

「まっすぐ私のところへ来るべきでした!」

 マダム・ポンフリーが怒る横で、弦は興味深そうにハリーの“骨の無くなった腕”を見た。だらりと垂れさがった腕はぐにゃぐにゃとしていて軟体動物のようだった。

「なるほど、筋肉がつながってるから血管とかがちぎれてないのか。あ、下手に動かさないほうがいいんじゃないか? 支える骨がなくなってるから最悪ちぎれるぞ」

「嘘っ!?」

「さあな。こんな症状、初めて見る。にしてもあの野郎、ろくなことしないな」

 骨を無くしたのはロックハートだという。骨折したところを治そうとしてそうなったらしい。でしゃばりで能力がないとか最悪すぎる。

 

「で、でもユヅル、誰にだって失敗はあるわ」

 ハーマイオニーはそう擁護するが、ロンはその横でそんなことないと首を振る。

「ハーマイオニー。医療行為はプロがやるべきだ。なによりホグワーツ(ここ)にはマダム・ポーフリーがいるんだから、骨折だったならなにより先にここにつれてくるべきだし、教師ならそう判断するべきだった。今回は骨が無くなっただけで済んだけど、もし無くなったのがハリーの心臓だったら? 脳だったら? 他の臓器だったら? 取り返しがつかないだろう。マグルの世界だって医療行為は免許のあるプロがやるんだ。ロックハートの行為は押さえつけてでも止めるべきだった」

 

 弦の言葉にハーマイオニーは落ち込んだし、ハリーもロンもそして傍で話を聞いていたグリフィンドールのクディッチメンバーも顔を青くした。誰もあのろくでなしのとんでも医療行為もどきをあまり重く受け止めていなかったらしい。

「ミス・ミナヅキ。あっちにいるスリザリンの選手たちの手当をしてください。一番怪我がひどいのはミスター・マルフォイなので彼から」

「わかりました」

 骨を再生する薬をとってきたマダム・ポンフリーにそう声をかけられ、弦は頷いた。指示通りスリザリンの選手が固まっているところへ行く。

 

 マルフォイは確かに痛みに呻いていたが、弦を見ればぐっと眉を寄せた。

「なんでお前が……!」

「マダム・ポンフリーの臨時助手だよ」

 傍に置かれたカルテを見て、それから傷薬と包帯を用意する。右腕を一番ひどく打ったらしい。あとは背中だ。背中のほうは痛み止めを飲むぐらいでいいだろう。右腕は骨にひびが入っているようだ。これも薬でどうにでもなる。

 

「な、なにをする気だ?」

「手当」

「嫌だ! お前、絶対まともな手当てしないだろう!」

「馬鹿か。医療行為でそんなことするわけがない」

「信じられるか! マダム・ポンフリーに変われ!」

「……仕方ないな」

 弦は深くため息を吐いた後、声をあげた。

 

「マダム・ポンフリー! ミスター・マルフォイは自分がこうなったのは全部自分の練習が足りなかったからだから痛み止めはいらないそうですよー」

「なぁっ!?」

「いやあ、実に謙虚ダナー!」

「悪かった! 僕が悪かったから手当を任せる!」

「あ゛? 『お願いします』だろ、怪我人」

「お、お願いします」

「よろしい」

 笑いをこらえて肩を震わせているハリーたちにぐっと親指をたてたあと手当にうつる。

 

 腕を水をふくませた清潔な布でふき、傷薬を塗った後、布を当て手早く包帯を巻いていく。ピンで包帯がとけないようにすれば終了だ。

「あとはマダム・ポンフリーが出してくれる薬を飲めば完治だ」

「……」

 マルフォイがぽそぽそと何か呟く。

「なに?」

「あ、ありがとうと言ったんだ!」

「あー、はいはい。どういたしまして」

 

 他にも擦り傷をこさえた選手がいたので手当をし、今日の手伝いは終了だ。

「ミス・ミナヅキ。もう結構ですよ。ありがとうございました」

「いえ。勉強になりました。失礼します」

 最後まで残っていて追い出されたハーマイオニーとロンの二人と共に医務室を出る。

 

 その二人からハリーがあんな怪我をしたのはブラッジャーのせいだと聞く。ハリーばかりを追いかけていたらしい。何かに操られていたようだ。

 ハリーを直接狙うよう魔法をかけたブラッジャー。これまでとは手口が違う。継承者とやらではないだろう。何か別の思惑が動いている。それも、ハリーをなんとか大人しくさせたいという思惑が。それがハリーを死なせたいのか、それとも危険だからホグワーツから遠ざけたいのか、どちらだろうか。前者なら敵、後者ならハリーが会ったというドビーという妖精の仕業かもしれない。

 

 情報が少ない。判断がつかない。こういうときはすべてをリセットするのがいい。

 調合中の鍋の中身を決まった回数、決まった向きに混ぜる。調合は順調だった。

 魔法薬というのは本当に面白い。決まった材料は決まった大きさに切り、決まった順でいれ、そのつど決まった回数と決まった向きに混ぜる。すべて決まり事。それはまるで魔法式を書いているようで、ゆっくりと魔法をくみ上げていくようだった。だから好きなのだ。だから楽しい。

 

 誰も使わないからと個室に少々細工して並んだ個室を三つほどつなげた。真ん中の個室の両脇の壁を扉のように開けるようにしたのだ。その絡繰りにハリーたちは弦の本気の度合いを見た気がして戦慄した。マートルも呆れていたが、気に入ったようだ。調合が終わっても残しておくよう言われた。

 完治したらしいハリーが弦たちに合流した。そこでブラッジャーがドビーの仕業と聞き、弦は内心やっぱりと納得する。拒絶したならドビーがこれ以上何かをすることはないだろう。

 

 問題なのは二番目の被害者が出たことだ。グリフィンドールのコリン・クリービーがミセス・ノリスのように石にされた。とうとう生徒が被害にあったのだ。

 ロンはマルフォイを疑い続けており、彼の父であるルシウス・マルフォイが過去にここの生徒であったころ<秘密の部屋>を開いたのだと断じたようだ。そしてマルフォイが部屋の解除方法を教えられたのだと。ポリジュース薬を作る理由がまた強まった。

 

 弦はともかく薬を成功させるだけなのでそこは考えない。そもそもマルフォイではないと考えているし。ただなんか一枚噛んでいそうだなとは思う。お抱えの屋敷しもべ妖精がいそうなお貴族様ではあるし、ドビーがマルフォイ家の妖精と言う場合もあるだろう。深読みし過ぎだろうか。

 

 

 

 掲示板に<決闘クラブ>をするという予告が張り出された。

「へえ、決闘クラブか。我らが寮監の出番か?」

 テリーの言葉をマイケルは否定した。

「いや、違うだろう。それなら僕たちに何かほのめかしていてもおかしくないし、別の教師じゃないか?」

「決闘チャンピオンだったっていうフリットウィック先生以外の先生かあ。どの先生だろう。マクゴナガル先生とか?」

 

「ユヅルはどう思う?」

「嫌な予感がするからパス」

「そうは行かないぜ。こそこそしてんのは知ってんだ。今回は俺たちに付き合ってもらうぞ」

「そうそう。ついでに最近なにしてるのか教えてね」

 テリーとアンソニーに両脇を固められる。解せぬ。

 

「……私は魔法薬の調合を手伝ってるだけだ」

「うんうん。報酬になにをもらったのかな?」

「……禁書の棚にある本を読ませてくれるって」

「へえ、おもしろかった?」

「それはものすごく」

「テリー。聞くべきところはそこじゃない。あとユヅル。そこだけ即答するな」

 

 マイケルの呆れたため息にテリーと二人で肩をすくめた。アンソニーはそれを見て笑い、それから弦の背を押す。

「さあ、決闘クラブに参加してみようよ。楽しいかもしれないし」

「嫌な予感しかしない」

「そのときは、そのとき」

 にっこりと笑ったアンソニーに弦は溜息をついて諦めた。

 

 大広間はいつもとその装いを変えていた。片方の壁に沿って作られた金色の舞台を見て弦はくるりと体の向きを変える。しかし両脇にいたマイケルとテリーに腕をとられてそのまま引きずられることになった。

「寮に帰る」

「駄目」

 声をそろえて笑う三人に恨めし気な視線を送っていると、その視界の端にハリーたち三人を見つけた。向こうもこちらに気付き寄ってくる。

 

「どうしたの?」

 当然の疑問にアンソニーがにこにこと答える。

「ユヅルが来たくないって言うから」

「嫌な予感がする。とくにその舞台とかからビシバシと」

「放っておいたら勝手に帰るからこうやって捕まえてるんだ」

 大人しくしたらマイケルは腕を離してくれ、テリーはゆるく腕をからませたままだ。それに舌打ちを漏らせば、マイケルが「淑女らしくしろ」と苦言をくれる。余計なお世話だ。するときはしてるって。今する必要が感じられないだけで。

 

「ま、いーじゃんいーじゃん。俺ら仲良しだからなー」

 そう言ってテリーがけらけらと笑うので、弦もマイケルも肩をすくめた。アンソニーもくすくすと笑っている。

 そろそろ始めるだろうと舞台に身体を向ける。

「いったい誰が教えるのかしら?」

 ハーマイオニーの言葉にアンソニーが「うちの寮監ではなさそうだよ」と答える。

 

「あら、そうなの? フリットウィック先生は若い頃、決闘チャンピオンだって聞いたんだけど」

「そうらしいな。だがレイブンクロー生に今日のことをほのめかしたりしてないんだ。上級生も誰も噂してなかった」

「だから違う先生だって話になったんだ。ユヅルは嫌な予感がするって来たがらないし」

「こんなときにお祭り騒ぎを起こそうとする先生にはあいにく一人しか思いつかない。この趣味の悪い舞台を見れば嫌でもわかる」

「ああ……」

 ハーマイオニーの顔は輝くが、男子の顔はげんなりとしたものになった。ここまで違いが顕著だと笑えてくるな、と無表情の下で思った。

 

 舞台にロックハートがあがった。その後ろになんでかスネイプを連れて。前のロックハートの輝き具合に比例する様に暗さに磨きがかかっている。その顔もいつにもまして凶悪だ。

「後ろの人は予想外だわ」

「同感」

「どうやって引っ張り出したんだろうね?」

「……公衆の面前でぶっとばせるからじゃない?」

「それだ」

 テリーたちがうんうんと頷けばハリーとロンが顔をひきつらせた。ハーマイオニーには聞こえていなかったのかきらきらとした目でロックハートを見ている。幻想とは打ち砕かないのが優しさだがこの幻想は打ち砕いてしまいたい。主に心の平安のために。

 

 ロックハートはなんの面白味もない演説を披露した後、スネイプと模範演技をすると宣言した。この時点でスネイプは怒髪天だ。

「ロックハートが動けなくって医務室送りにチョコレート一箱」

 ぽつりと呟いたテリーが思いつきの賭け事が始めた。

「僕は気絶で女生徒の悲鳴にクッキー一缶」

「僕は大広間の壁にめり込むに虹色飴を一瓶かな」

「顔を激しく損傷すればいいにきび団子三箱」

 次回のお茶会は良いものが揃いそうだ。今日の夜にでも叔父に頼んでおこう。

 

 こういう賭け事は初めてではない。娯楽の一環だ。暗黙のルールとして金はかけない。今のところ食べ物しか賭けられたことはないが、そのうち別のものが賭けられるようになるかもしれない。

 ロンが相打ちになればいいと囁いたことも知らず、ロックハートは朗々と話を続けている。

 ロックハートとスネイプが礼をして杖を構えた。お辞儀の仕方に性格と気分が現れている。この二人わかりやすいな。

 

「三つ数えて、最初の術をかけます。もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありません」

「僕にはそうは思えないけど」

 ハリーの呟きに同意したところでロックハートがカウントを始めた。零になった時、スネイプの声が鋭く大広間の空気を割く。杖の先から放たれた武装解除呪文はロックハートにぶちあたり、その身体を壁にまで押しやった。

 

 無様に大の字になって床に転がるロックハートにファンの女生徒の悲鳴とそれ以外の歓声が降りかかる。

 ロックハートは気丈にも立ち上がると全然平気ですという様子で模範演技は十分だと言った。スネイプは物足りない様子で殺気だっているが見ないことにしたらしい。

「続いてたら賭けになったのになあ」

「次のお茶会のお菓子が決まっただけでいいじゃない」

「どっちにしろ無様な結果だな」

「帰っていい?」

「駄目」

 なんで声を揃えるんだ。

 

 生徒同士で組んで実戦形式でやることになった。自分達で組めるのかと思えばスネイプがわざわざこちらに近づいてきて指示をとばしている。どう考えてもハリーのとばっちりだ。

 マイケルとアンソニーが組まされ、テリーはレイブンクローの上級生と、ロンは同寮のフィネガンと組まされた。ハリーはマルフォイと、ハーマイオニーと弦はスリザリンの女生徒と組まされる。弦の相手はパンジー・パーキンソンだ。ハーマイオニーがいつしかパグ犬のような顔と称していたが、確かにこちらをぎんと睨みつけている姿はそっくりである。睨まれるような覚えは、結構あった。顔を見て思い出したこともある。

 

 ロックハートの合図で大広間のあちこちでみんな向かい合う。パーキンソンと向かい合ったとこで隣り合ったのはセドリックだった。

「やあ」

「どうも」

「参加してたんだね」

「友達に無理やり……始まりますね」

「お互い、頑張ろうね」

「ソウデスネ」

 正々堂々やる気なんて相手にはなさそうですが。

 

 カウントが始まる。細長く鋭い印象を受ける杖をパーキンソンに定める。

 カウントの途中でパーキンソンが呪文を唱えた。身体をずらしてそれを避け、パーキンソンに武装解除呪文をあてた。弾かれた杖は弦の手に納まった。

 そこで終わっていれば良かったのだが、パーキンソンはこちらにつかみかかってきた。武装解除に成功したセドリックとは逆隣でハーマイオニーも掴みかかられている。ハッフルパフのスリザリンの性格の差は比べるまでもないようだ。

 

 せまってきた手を避けて腕を掴み床に転がす。そのまま掴んだ腕に腕拉十字固を決めた。遠慮のないそれにパーキンソンが悲鳴をあげる。

「無様だねえ」

「離しなさいよ!」

「やなこった。一年の頃に『穢れた血』だと言われたことは今年になってよく思い出すんだ。ありがたくもない記憶のお礼だと思って存分に味え、能無し」

 無感動にそう言いつつ技を決めていると大広間にスネイプの呪文解除の声が響き渡り、弦は技をかけるのを止めた。立ち上がって埃をはらい、転がっているパーキンソンの上に彼女の杖を投げ捨てる。

 

 周りを見れば広間の中はなかなかに酷い状況だったようだ。魔法の影響でのびている者や座り込んでいる者続出である。あーあ、こりゃ失敗だろう。

「だ、大丈夫かい?」

 セドリックのひきつった声に弦はもちろんと頷いた。

「ユヅル、ちょっとは気晴らしになったみたいだな」

 見ていたのかにやにや笑うテリーに弦は微笑しハイタッチしてお互いの成功を喜ぶ。テリーも武装解除を成功させたようだ。

 

「アンソニーとマイケルは周りがすごすぎて見学になったみたいだぜ」

「これは仕方ない。あのろくでなし、欠片の役にも立たないじゃないか」

 教師止めればいいのに。うんざりと吐き捨てる弦にテリーは声を出して笑い、手をひいてマイケルたちのところへと向かう。弦はセドリックに軽く会釈して大人しくついていった。

 

 さすがにこれだけ被害が出るのはまずかったらしい。ロックハートは生徒達に声をかけつつ壇上に上がった。一組選んで模擬戦をさせるようだ。たしかに一組だけなら収集をつけられるだろう。スネイプが。

 選ばれたのはハリーとマルフォイだった。最初はネビルとハッフルパフの生徒だったが、スネイプがネビルにいちゃもんをつけてこの二人にさせたのだ。明らかに公衆の面前でハリーに恥をかかせる腹積りだ。相変わらず性根がひん曲がっている。

 

「どう見る?」

 マイケルの言葉にアンソニーもテルーもこちらを見た。だから弦は正直な感想を言う。

「五分五分。マルフォイは基本的に成績は良いし、頭の回転も悪くない。性格がそれを大いに邪魔しているだけで。一方でハリーは防衛術の素質がある。本人も防衛術自体は好んでるから呪文の扱いは長けているほうだと思うよ。戦術の問題かな」

 だがここで普通にどちらかが勝ちました負けましたと終わらないのがハリー・ポッターとその取り巻く環境である。

 

 模擬戦は呪文の応酬にはならなかった。マルフォイが初撃で蛇を呼び出す魔法を使い、舞台上に蛇が現れたのだ。ドスンと質量のある音を響かせた蛇に舞台に近くよっていた生徒達がさーっと離れる。

 スネイプが悠々と一歩踏み出したが、そこでしゃしゃり出てきたのがロックハートだ。杖を振り上げなにかの魔法を放つが、それは蛇を一度跳ね上げさせただけで追い払うことにはならなかった。それどころか蛇は興奮し、敵意を振りまき威嚇を始める始末である。

 

「つっかえねー」

 弦は低く低く呟き人混みをかき分け前へと進んだ。テリーがついてくるが、マイケルとアンソニーはその場で待機のようだ。

 ポケットを漁っている間に蛇はハッフルパフの生徒に狙いを定めたらしい。一番近くにいたのが仇になったようだ。

 

 ふとハリーが動いた。その口から断続的なかすれた音が漏れる。それが恐怖によるものなのか、はたまた蛇を威嚇しているだけのものなのかは判別がつかなかった。ただ弦にはそれが明確な言語であるように思えたし、ハリーの漏らしたそれを聞いて蛇は威嚇をぱたりと止めた。その姿はいっそ従順でさえある。

「いったい、何を悪ふざけをしてるんだ?」

 ハッフルパフの生徒がハリーにむかってそう言った。どうやら怒っているようである。ハリーはその態度にひどく驚いた様子で、そのことから彼が行った行動は彼の善意なのだろうと推測できた。なにをしたのかはまったく分からないが。

 

 ようやく人垣を超えられた弦は迷いのない足取りで蛇に近づいた。まだなにか喚こうとしていたハッフルパフ生の前に出てポケットの中から一本の試験管を取り出す。栓を外し、うっすらと青い液体を蛇の頭にぶっかけた。

「ユヅル!?」

 ハリーが驚いたように声をあげるが、弦は気にした様子もなく蛇を見ている。

「何かかけたの!?」

「ただの眠り薬だ。ほら、もう寝てる」

 即効性の薬だ。よく効いているのだろう、弦が抱えても起きる気配はない。

 

「森に放してくる。ここじゃあ、寝心地も悪いだろう」

「ぼ、僕も行く」

「勝手にしろ。先生方、今夜はこれで失礼します」

 軽く会釈した弦にならってテリーも頭を軽く下げる。ハリーはそんなことをしなかったが、すたすたと歩き出す二人についてきた。いつのまにか広間の扉付近にいたアンソニーとマイケルも共に広間を出る。少し遅れてハーマイオニーとロンもついてきた。

 

 広間から完全に遠のいたところでロンが言った。

「君はパーセルマウスなんだ。どうして僕達に話してくれなかったの?」

「僕がなんだって?」

「パーセルマウスだよ! 君は蛇と話ができるんだ!」

 ハリーが「そうだよ」と頷いた。けれど今回が二度目の出来事で、一度目は動物園で大蛇と話したらしい。

 

 蛇と話せると言う事態を重く受け止めているのはハリーと弦以外のみんなのようだ。ハーマイオニーはマグルーマルだけれど本で読んでパーセルマウスがどんな存在なのかよく知っているようだ。

 ハリーは心底不思議そうに問いかけた。蛇と話せるのがどうしてそんなにおかしいのだろう。ここにはそんなことできる者はいくらでもいるだろうに。

 

 しかしそれをロンは否定した。そんな能力を持っている人はこの学校にはいない、と。それを持っていることは非常にまずいことだと。

 ハリーが何を言ったのか、彼と蛇しか分からない。彼が話したのは蛇語(パーセルタング)だ。奇妙なあの音はおよそ言語とは思えなかった。規則性がありそうだと思ったのは弦くらいだろうか。

 なにがなんだか本当に理解していない様子のハリーにマイケルがじれたのか、口を開いた。腕の中の蛇はまだ寝ている。

 

「サラザール・スリザリンがパーセルマウスだったという話はとても有名なんだ。スリザリンのシンボルが蛇にされたのはそれが由来だったともされている」

「つまり、みんな君のことをサラザール・スリザリンの子孫だって考えちゃうわけ」

 アンソニーの言葉にハリーは「だけど、僕は違う」と否定する。しかしそれは証明しにくいことだとハーマイオニーが左右に頭を振った。千年前の人と血が繋がっているかどうかなんて、証明しようがない。ハリーだという可能性も十分にありえるのだから。

 

「ま、ポッター家は純血の家系だからなあ。スリザリン家系との婚姻もあるし、一概に違うとは言えないんじゃないか? というか純血の家はどこも親戚みたいなもんなんだから、全員創始者の子孫じゃん」

「その理屈で行くと魔法族の血が混ざっている奴はみんなそうだろうが」

「そりゃそーだ」

 テリーとマイケルの言葉にハリーはちょっとだけ嬉しそうにしたし、ロンは「スリザリンの血かぁ」としかめっ面だ。ハーマイオニーだけはマグルーマルなので関係ありませんという顔をしている。

 

 城の外に出た。そこで蛇がちょうどよく起きたので放してやる。蛇は何事かシューシューと鳴いた後、するすると森のほうへ消えていった。

「ユヅルにありがとう、って」

 ハリーがそう訳してくれるので、弦はひとつ頷いて踵を返す。

「……ユヅルは僕がパーセルマウスでも何も言わないんだね」

「別に。蛇と話せた人の中に悪さをする奴がいたってだけだろう。全体を見ればきっとそう言う人のほうが少数だ。それにさっきみたいに蛇にお礼を言われたとしても、私はそれがわからないからハリーが訳してくれて嬉しかった」

 弦の言葉にハリーはようやく笑った。はにかむようなそれに弦も少しだけ口角を上げる。

 

「それに動物と話せるなんていかにも魔法使いらしいじゃないか。これでアマゾンにいっても毒蛇に襲われない」

「そもそもアマゾンなんて行かないよ……」

「でも確かに動物と話せるって便利だよなー。俺、梟と話したい」

「……僕は犬がいい。家にいるんだ」

「僕は猫かなあ。ユヅルは?」

「別に分からなくていい」

「どうして?」

「魔法薬の材料に使いにくくなる」

「ああ……」

 爽やかに挨拶してきた蛇を材料になんて、とても使いにくいじゃないか。

 

 

 

 


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