見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第八章

 

 

 

 午後になって寮に戻った。それぞれ部屋に戻った弦たちは、各々準備を整える。弦はいつもの鞄を肩にかけ、部屋を出た。自然なその恰好が一番の準備なのだ。

 談話室におりるとテリーたちがすでにいた。テリーが気が付いてそろりとこちらに近づき、そのまま談話室の入口へと近づく。二人の姿に気づく者はいない。テリーの案で市販の悪戯グッズの一つを使用しているためだった。姿を人に認識させ難くさせるそれは、目立つような行動をとらなければ姿を隠してくれる。ただ本当に子供のおもちゃなので大人の魔法使いはごまかせないというのが難点だった。子供同士にしか通用しないのだ。

 だから七年生と六年生が授業でいないこのときしか使えなかった。

 

「よし、抜けれたな」

「うん。行こう」

「おう」

 階段を駆け下り三階の女子トイレへと急ぐ。先行したのはテリーで、弦は左右後方に注意を向けた。足早に進み、目的のトイレへ辿り着く。

 

「よし、誰もいない。テリー、入ってきていいよ」

「えっ! それは駄目だろ!」

「大丈夫、大丈夫。ここで薬作ったからハリーもロンも入ってる。マートルいるから女生徒来ないし」

「え、えー……」

 そろりと入ってきたテリーはさすがに躊躇っている。成程、紳士だ。入り口の横に待機してもらっておいて、弦は「マートル」と問いかけた。

 

「あら、ユヅルじゃない。どうしたの?」

「君に会いに来たんだ。学校の現状があまりよくないから一人では来れなかった。彼がいることは見逃してくれると嬉しい」

「ふーん……まあ、いいわよ」

 マートルはテリーの顔をわざわざ正面にまで行ってまじまじと観察した後、弦の傍に寄り添うように浮かぶ。

 

「それで? 私に聞きたいことって?」

「君の死因を聞きたいんだ。君がどうやって、どのように死んだのかを、できるだけ詳しく」

 そう言った弦にマートルはまるで英雄譚を語るかのように腕を広げ跳びあがり、大きな声で答えた。

「いいわ! 教えてあげる。そのかわり、私のお願いも聞いてちょうだい」

「お願い? 叶えられることなら」

 

「簡単な事よ。その眼鏡、とってちょうだい」

「これ?」

「ええ。私、あなたの友達なのに一度もあなたの素顔を見たことないんだもの」

「……わかった。かまわないよ」

 眼鏡をとって手に持ったままマートルを見る。彼女は触れそうになるぐらい顔を近づけてきて、少しして満足したのか満面の笑みで離れた。

 

 そしてマートルはトイレを跳びまわりながら語った。自分がどうして死んだのか、何があったのか。

 マートルは虐められ、トイレに引きこもって泣いていたらしい。そこへ誰かが入ってきた。なにを言っているのかわからなかった。外国語のように思えたその声は確かに男子だった。それが嫌で嫌で仕方なくて、マートルは個室から飛び出した。そしてそのままそいつに出て行けと言おうとして。

 

「死んだの」

 

 突然の死だった。すうっと痛みもなく、マートルは死んだ。そして地縛霊のようにこのトイレに住み着くようになった。自分を虐めた男子生徒を呪いながら。

「顔はわからなかったわ。ただ黄色い大きな目玉が二つ、しっかりと見えたの」

「……黄色い目玉」

 犯人は男。傍には魔法生物。黄色い目玉。それを見た瞬間、マートルは死んだ。

 

「マートル。話してくれてありがとう。最後に一つ。その目玉はどこに見えた?」

「あそこよ」

 マートルが指さしたのは手洗い台のところだ。そこに歩み寄りぐるりと見回す。

「ユヅル?」

「蛇の意匠を捜して! 絶対にどこにある!」

 

 弦の中で一つ一つ事実が合わさり、纏められ一つの真実となっていく。

 

 眼鏡をケースにしまって乱暴に鞄につっこみ、端から手洗い台をじっくりとみる。反対側からテリーが探し始めた。

「サラザール・スリザリンはパーセルマウスだ。くそ、それにもっと注視するべきだった!」

「どういうことだ!?」

「秘密の部屋の怪物はスリザリンが操れるものだったってことだ。怪物は蛇なんだよ! それも目玉を見て死ぬなんてあの『バジリスク』しかいない!」

「はあ!?」

 

 バジリスク。毒蛇の王様。鶏の卵から生まれ、ヒキガエルの腹の下で孵化する。個体によっては巨大化し、何百年も生きながらえることもある。その牙の毒は多くの他生物にとって致命的だ。そしてバジリスクと視線を合わせたものは確実に死んでしまう。蜘蛛はバジリスクを嫌い、バジリスクは鶏の時の声のみ嫌う。

 

「犯人はバジリスクをいつでも動かせるように鶏を殺した。今回誰も死ななかったのは、誰も直接バジリスクの目を見てないからだ」

「ミセス・ノリスのときは水浸しの床にうつったバジリスクの目を見て、コリン・クリービーはカメラ越しに見たってことか」

「フレッチリーはニコラス卿ごしにみたし、ニコラス卿はもうゴーストだ。死ぬことはない。ハーマイオニーは怪物の正体に気付いて、それで鏡越しに確認した結果、石になったんだ。ペネロピーは廊下を曲がるときは鏡を見るようハーマイオニーに忠告されていたんだろう」

 

 だから誰も死ななかった。それが犯人の失敗なのか目的なのかはわからないけれど、次の被害者が出る前に見つけなければ。同じ事か続くとは限らないのだから。

「ハリーが聞いた声は壁の中からしていたはずだ。壁の中のパイプを通っていろいろな場所に出現していたんだから。誰にも見つからないはずだ」

 意匠を探し続けていると、校内放送が響き渡った。マクゴナガルの声だ。

「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください」

 テリーと顔を見合わせる。

 

「……誰かが、また襲われたのか?」

「……今までと対応が違う。なにかあったんだ」

 最悪の展開が頭に思い浮かぶけれど、それを振りはらって弦は手がかり探しを再開させた。テリーも倣い、そして少しして「あった!」と声を上げる。

 銅製の蛇口の側面に小さくひっかいたような蛇の意匠が彫られていた。

 

「ここが入り口……?」

 信じられないという顔をしているテリーは思わずと言ったふうに呟いた。

「女子トイレに入り口つくるか? 普通」

「つくったから狂った変人だったんじゃないの」

「ああ……」

 この何とも言えない気持ちをどう説明すればいいのだろうか。ただ一つ言えることは先人の性癖みたいなものを知りたくなかった。

 

 テリーと微妙な顔をしていると、ばたばたと廊下で足音がする。その音にはっとし、テリーと入り口を凝視すればあろうことか足音の持ち主たちはトイレに入ってきたのだ。

「えっ、ユヅル!?」

 ロンがそう声をあげ、弦の横にテリーを認めると「ここは女子トイレだぞ!」を言った。それにテリーは冷静な声色で「そりゃお前もだろ、ウィーズリー」と返す。

 ハリーとロンはなぜかロックハートを連れていた。ロンはずっと自分の壊れた杖をロックハートにつきつけており、無理やり連行してきたようだ。

 

「二人はどうしてここに?」

「ユヅルがマートルに用事があるって言ったから授業終わってすぐにここに来たんだよ。で、さっき『秘密の部屋』の入り口らしきもの見つけた」

「ホント!?」

「これでジニーを助けられる!」

 喜ぶ二人に弦とテリーは首を傾げた。

 

「ジニー? 彼女がどうかしたのか?」

「それが……」

 どうやら先ほどの放送はやはり誰かが襲われたためのものらしい。しかも今回は女生徒が一人連れ去られた。それがロンの妹のジニーなのだそうだ。

 二人は怪物の正体もマートルが五十年前の被害者だとも突き止め、さらにジニーを助けられると豪語しながらも逃げ出そうとしたロックハートをここまでつれてきたらしい。

 

「まあ……肉壁くらいにはなるか」

「ユヅル、心の声がダダ漏れだぞ」

「別に秘めてない」

 ロックハートの顔色は悪い。それを無感動に見た弦はついと視線を外して、蛇の意匠が施された蛇口を示した。

「ここに入り口があるのは間違いない。蛇の意匠が入ってるのはここだけだから」

「ハリー、何か言ってみろよ。何かを蛇語で」

 ロンの言葉にハリーは少し躊躇ったあと、「開け」と言った。しかしそれは人の言葉だ。手洗い台に変化は訪れない。

 

「……ハリー。その蛇口の蛇も、自分のことも蛇だと思ってやってみろ」

「え?」

「蛇になりきれ。君が話したいのは蛇の言葉だ。蛇に話しかけるようにしてみればいい」

「……わかった。やってみるよ」

 次にハリーが発した音はやはり言語とは言い難いものだった。シューシューというかすれた断続的な音の羅列が終わった後に洗面台に変化が現れた。一つだけ沈み込んだ手洗い台の向こうに太い大きなパイプが顔をだした。人ひとり簡単に飲み込めるほどの大きさのそれを覗き込んでも暗闇が広がるばかりだ。

 

「深いな」

 テリーがそれを覗き込んだ後、ハリーを見た。

「で、どうするんだ? この先に事件の首謀者とウィーズリーの妹がいるんだろ」

「もちろん、僕はここを降りていく」

「僕も行く! ジニーを助けないと」

 ハリーとロンの言葉に弦は一つ頷いて「私も行く」と言った。

 

「戦力は多い方がいいだろうから」

「俺も行くわ。ユヅルと行動するのが今日の決まりだしな」

 テリーはそう言って手首の糸を切った。パチンと弦の糸から結び目が一つ消える。

「さて、私はほとんど必要ないようですね」

 ロックハートが失敗作のような笑顔を浮かべながら退場しようとする。それをロンとハリーが杖をつきつけて押しとどめ、先に降りろと身体を押し出した。

 

「ねえ、君たち。それがいったい何の役に立つというんだね?」

「何って……なあ?」

 テリーが見せつけるように肩をすくめてみせた。その顔の意地の悪さと言ったら。ああ、これは面白がっているなと弦は肩の力を抜いた。彼のこういうところはとても尊敬している。

 しかし、ロックハートはまだごちゃごちゃとうるさい。その背を容赦なく足蹴にさせてもらった。悲鳴をあげてロックハートがパイプの中に落ちていく。

 

「さっさと行けよ、面倒くさい」

「……弦ってほんとロックハートが嫌いだよね」

「好きになる要素がない。先に行くぞ」

 ロックハートが何かに襲われた様子もないし、弦は躊躇いなく穴へと飛び込んだ。滑り台のようにパイプを滑り降り、どんどん下がっていく。三階の高さ以上に降りているだろうなあと呑気に考えていると出口にたどり着いた。

 

 そこはトンネルのようだった。大人が立ち上がっても十分なほど余裕のある高さのトンネルの床は湿っており歩くたびに水音を響かせる。杖先に光を灯したところでテリーが滑り降りてきた。

「箒に乗って急降下するよりドキドキした」

 はあーっと大きく息を吐き出したテリーは杖をロックハートにつきつけながら長い滑り台の出口から離れる。その直後、ハリーが降りてきて、最後にロンが降りてきた。

 

「学校の何キロもずーっと下の方に違いない」

「湖の下だよ、たぶん」

 暗闇の中で光を灯した杖をもつのは弦とハリーだけだ。ハリーが先行し、弦がしんがりを務めた。テリーとロンはロックハートの左右から彼に杖をつきつけて進んでいる。

 

「バジリスク出てきたら目をつぶるか」

「それが一番安全だな。どこかに目が映って石化するよりマシだろう」

「頭からぱくりといかれなけりゃあね」

「うええ、死因が蛇に丸飲みとか冗談じゃないよ」

 そろそろと足を進めていると、カーブにさしかかりそこを曲がった。ロンが何かに気が付く。

 

「あそこ、何かある」

 テリーが杖をロックハートから外して光を灯した。ハリーと共にそれがよく見えるように照らし出す。

「なんてこった」

 ロンの力ない声がトンネルに響き、ロックハートもすとんと腰を抜かしてしまう。それも仕方ないことだろう。杖の明かりが照らし出したのはてらてらとにぶく光る毒々しい緑色の蛇の抜け殻だったのだから。その長さはゆうに六メートルはあり、蛇の大きさを物語る。

 

「脱皮したってことはこれよりでかいってことだよな?」

 弦は最後尾から前に出た。抜け殻をまじまじと観察し、そして言う。

「固そうだ。直接的な攻撃はある程度防がれそうだな……」

 それなりに攻撃力のあるものを頭の中で手段を組み立てる。やはり爆撃が一番効きそうだ。

 蛇の抜け殻の衝撃に全員の意識はロックハートから外れていた。それを好機とばかりに、次の瞬間ロックハートはロンに飛び掛かった。ロンの体が横殴りに床にたたきつけられ、彼の杖がロックハートの手に渡る。

 

 弦は素早く警棒を左手に握り、倒れたロンの前に立った。テリーは反対側からロックハートに杖を向けている。

 ロックハートはハリーを正面に肩で息をしつつ、彼自慢のスマイルを浮かべていた。

「坊やたち、お遊びはこれでおしまいだ! 私はこの皮を少し学校に持って帰り、女の子を救うには遅すぎたとみんなに言おう。君たち四人はずたずたになった無残な死骸を見て、哀れにも気が狂ったと言おう。さあ、記憶に別れを告げるがいい!」

 

 ロックハートが他者の記憶を奪って功績を我が物にしてきたことは先ほど聞いたが、この状況でそれをするかと弦は盛大に舌打ちをした。杖から呪文が飛んだ瞬間になんとか無力化しなければとその一挙一動に集中する。

 スペロテープで折れないように補強された杖が振り上げられる。ロックハートの声がトンネル内に響き渡った。

 

「オブリビエイト!」

 

 忘却呪文は杖先から発射されることなく、杖の中で小型爆弾並みに爆発した。弦はとっさにハリーの体に体当たりをしてトンネルの奥へと押しやった。

 トンネルの天井が崩れる。瓦礫が降り注ぎ、耳を覆いたくなるような轟音を響かせて湿り気を帯びた地面に衝突した。あっというまに形成された岩の壁を前に弦とハリーは立ち上がる。

 

「ローン! ブート! 大丈夫か!?」

「大丈夫! 誰も瓦礫の下敷きにはなってないよ!」

 ハリーの叫びにロンの叫びが返ってくる。そのあとにテリーが続けた。

「こっちはウィーズリーの杖が駄目になって、ロックハートが気絶してる程度の被害だよ」

 鈍い音が聞こえ、それからすぐに何かが倒れるような音がする。

 

「俺は杖が無事だし、ウィーズリーとここで壁を崩す! お前ら先に行け!」

「……本当に大丈夫なんだな!?」

「おう!」

「わかった!」

 手首の糸を切る。これで二人の糸が切れたことがマイケルたちに伝わるだろう。あの二人が異常事態に気付いてくれれば上々。

 

「二人とも気を付けて!」

 ハリーは自分を奮い立たせるように声を張り上げると、弦を見た。それに一つ頷き返し、奥を見る。

「ユヅル」

「ん?」

「僕、帰ったらまた日本のお菓子食べたいな」

「わかった。取り寄せる」

「うん」

 

 足を踏み出す。トンネルは曲がりくねっており、現在位置があっというまにわからなくなった。ハリーはひどく緊張している様子で、弦は警棒をしまって杖を左手に持ち替えた。開いた右手でハリーの左手をとる。

「ユヅル?」

「なんとかなる。去年もなんとかなったし、な?」

「……うん。そうだね」

 

 ぎゅっと繋がれた手を握るハリーに弦は微笑んで、それからもう一つ曲がり角を曲がった。その先にはようやくトンネルの終わりである壁が見え、そこには二匹の蛇が絡み合うように施された彫刻があった。大粒のエメラルドがはめ込まれた目はきらきらとまるで生きているように輝いている。

 

 ハリーは立ち止まって一つ咳払いをすると、その口から再びかすれた音を発した。それ先ほどとまったく同じ音で、パーセルタングで「開け」という意味をもつ言葉なのだろうと予想する。

 絡み合っていた蛇がわかれ、一匹がするすると移動する。がちりと鍵の開くような音がして、閉ざされていた壁が二つに分かれて左右に消えていく。開かれたその先に、大きな部屋が現れ、弦たちは覚悟を決めて足を踏み出した。

 

 

 

 

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