見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

17 / 34
第十章

 

 

 

 部屋を出てきた道を辿る。この道を通ったのが随分昔のことのように思えて弦は内心溜息をついた。その顔にはいつもどおりの分厚い眼鏡がのっている。第三の目を開眼させたのはいいものの、見えすぎているのだ。体の中で力が活性化しすぎて落ち着かない。十分な休息をとるまで元には戻らないだろう。ガラス一枚はさむだけで見えようが違うから無いよりマシだ。

 ハリーはバジリスクを倒した剣を組分け帽子から取り出したらしい。助けを強く願えば出て来たそうだ。

 

「それ、グリフィンドールの剣なんじゃないか?」

「グリフィンドールの剣?」

「真のグリフィンドール生と認められた者はゴドリック・グリフィンドールの剣を組分け帽子から取り出すことができるらしい。ほら、ここにゴドリック・グリフィンドールの名が刻まれてる」

「本当だ……」

 嬉しげに破顔するハリーを見て、弦は何かふっきれたかなとほほ笑んだ。手を繋いでいるジニーはまだめそめそと泣いているけれど、しっかり歩けているところを見れば体は心配するほどではないらしい。

 

 崩れたところまで戻ると、岩壁にはしっかりと穴が空いていた。その向こうにロンとテリーが見え、ハリーと共に足を速める。

「ロン!」

「ハリー! 無事でよかった!」

「うん! ほら、ジニーも無事だよ!」

 ロンは一度ジニーを抱きしめると怪我をしていないか、無事でよかったと声をかける。それにジニーがさらに泣けばわたわたと慌て始めた。それを見てハリーは笑っている。

 

「お疲れ」

「そっちもね」

 疲れた様に歩み寄ってくるテリーが片手を上げるので同じように片手をあげてハイタッチをかわす。

「下手にさわってさらに崩れたら目も当てられないから、結構大変だったんだぜ」

「うん、ありがとう……ロックハートは?」

「ああ、あれ? あそこで夢見心地だよ」

 

 どうやらロックハートは壊れた杖で忘却呪文を使ったために逆噴射が起きて自分に呪文が返ってしまったらしい。自分が誰で、ここはどこで、そして弦たちが誰なのかまったくわからなくなってしまっているようで、こちらを見て軽い調子で「やあ、変わったところだね。ここに住んでるの?」と聞いてきた。

 アホが本当に阿呆になった。弦は深々と重たい息を吐きだし、病院行きだと喜べばいいのか呆れればいいのかわからない。疲れが増した気がした。

 

「ともかく、上に上がろうか。どうする?」

「フォークスに頼んでみるか? 不死鳥はとんでもなく力持ちだ」

 弦の言葉にフォークスがみんなの前でぱたぱたと羽を動かす。不死鳥と聞いてロンもテリーも驚いていたが、全てを説明するにはここはふさわしくなかった。さっさと上に上がってしまおうと全員で手を繋いだ。一本の縄のようになり、ハリーがフォークスの足を掴んで一気に引っ張り上げられる。

 

 軽々と自分達を運ぶフォークスはぐんぐんパイプの中を上っていき、あっというまに三階の女子トイレに辿り着いてしまった。全員が無事にトイレの床に足をつけるころには入り口はもとの洗面台が並ぶトイレの一角に戻っていた。

「生きてるの」

 マートルが残念そうにハリーと、そして弦を見る。

 

「そんなにがっかりした声を出さなくてもいいじゃないか」

 ハリーは真顔でそう言い、弦は無言でマートルから視線を外した。

「あぁ……わたし、ちょうど考えてたの。もしあんたたちが死んだら、わたしのトイレに一緒に住んでもらったらうれしいって」

「勘弁してくれ……」

 思わずもれた言葉は存外疲れを滲ませていて、テリーが気遣うように弦の肩を叩いた。

 

「さて、怒られに行くか」

 気を取り直して言った言葉にハリーは苦笑し、ロンとテリーはうへぇと顔を歪めた。ジニーは相変わらずめそめそと泣いていたし、ロックハートは物珍しげにきょろきょろしていた。

 

 

 

 

 

 その部屋にはダンブルドアの他にマクゴナガルとウィーズリー夫妻がいた。

「ジニー!」

 夫妻はジニーを抱きしめ、その無事を喜んで涙を流した。

 フォークスが暖炉の傍にいたダンブルドアの元へと飛んでいき、その肩にとまる。その顔はにっこりと笑顔を浮かべており、その反対側に立っていたマクゴナガルは何度か深呼吸をして落ち着こうとしているらしかった。

 

 全員を代表してハリーがことの顛末を語った後、直前までは別行動だった弦も全て話した。二人の考えが同じ結論に辿り着いたことや同じ日に行動を起こしたことは幸運だったと思い知らされる。

 続きはハリーが引き継ぎ、部屋に辿り着き、その中で犯人と怪物に対峙し戦い、その結果生き残って戻ってきたことをハリーは全てつとめて正確に語った。その後に補足するようにいくつか弦が言葉を付け加える。

 そこでようやくダンブルドアが口を開いた。

 

「わしが一番興味があるのは、ヴォルデモート卿が、どうやってジニーに魔法をかけたかということじゃ。わしの個人的情報によれば、ヴォルデモートは、現在アルバニアの森に隠れているらしいが」

 その言葉にウィーズリー氏が「な、何ですって?」と声をあげる。

「『例のあの人』が? ジニーに、ま、魔法をかけたと? でも、ジニーはそんな……ジニーはこれまでそんな……それともほんとうに?」

 困惑が広がるその場でハリーは日記を指さし、それはリドルが書いたものだと証言した。十六歳のそのときに書き、それでジニーを操っていたと。弦もしっかりと頷く。

 

「見事じゃ」

 ダンブルドアは静かな賛辞のあと「たしかに、彼はホグワーツ始まって以来、最高の秀才だったと言えるじゃろう」と続けた。そしてウィーズリー一家のほうに向きなおる。

 

「ヴォルデモート卿が、かつてトム・リドルと呼ばれていたことを知る者は、ほとんどいない。わし自身、五十年前、ホグワーツでトムを教えた。卒業後、トムは消えてしまった……遠くへ。そしてあちこちへ旅をした。……闇の魔術にどっぷりと沈み込み、魔法界でもっとも好ましからざる者たちと交わり、危険な変身を何度も経て、ヴォルデモート卿として再び姿を現した時には、昔の面影はまったくなかった。あの聡明でハンサムな男の子、かつてここで首席だった子を、ヴォルデモートと結びつける者は、ほとんどいなかった」

 

 ダンブルドアの言葉を聞いて弦の中でトム・リドルという少年が一人でいる様がつくりだされた。ヴォルデモート卿という存在が世に伝わるたびに、その少年は薄くなっていく。それはきっと奴にとって喜ばしいことだったはずだ。だが、弦にはとても可哀そうなことに思えた。生まれ持った姿を憎み、授かった名を憎み、過去さえ切り捨て、トム・リドルという少年はヴォルデモートとなった。歪で、どうしようもなく醜い存在へと成り果てた。

 

 ヴォルデモートが人を殺すたびにその魂は穢れていく。穢れは破滅を生み、ハリーの母がそれを速めた。なにもハリーの母の思いだけが奴の力を砕いたわけではない。積み重なった愚行も関係しているだろう。

 ジニーが泣きながら日記のことを白状している。そのことにウィーズリー氏が彼女を叱りつけた。

「パパはおまえに、何にも教えてなかったというのかい? パパはいつも言ってただろう? 脳みそがどこにあるか見えないのに、独りで勝手に考えることができるものは信用しちゃいけないって、教えただろう? どうして日記をパパやママに見せなかったの? そんな妖しげなものは、闇の魔術が詰まっていることははっきりしているのに!」

 

 知らなかったとしゃくりあげるジニーの言葉を、ダンブルドアが切った。きっぱりとしたその口調は多分な優しさをふくんでいる。

「ミス・ウィーズリーはすぐに医務室に行きなさい」

 過酷な試練だった彼女の処罰はない。ジニーが騙されたのは仕方のないことだ。もっと年上の、それこそ大人だってヴォルデモートに騙されたのだから。

「安静にして、それに、熱い湯気の出るようなココアをマグカップ一杯飲むがよい。わしはいつもそれで元気が出る」

 

 マダム・ポンフリーはマンドレイクの薬を石化した生徒に飲ませたところらしい。それを聞いて弦は軽く手をあげつつ言った。

「あの、校長先生。私も医務室に向かってもいいですか?」

「ああ、もちろん。ミス・ミナヅキはマンドレイクの育成に随分尽力してくれた。結果が気になるじゃろう。じゃが、君もしっかりと休養するように」

「はい」

 ほら、行こう。弦がそう促せばジニーはそろそろとついてきた。その手が弦の片手をぎゅうっと握る。好きにさせて医務室へと向かった。

 

 

 

 医務室でマダム・ポンフリーに迎えられた弦は無茶をしてと彼女に怒られ、ジニーは温かい飲み物を手渡された。大人しくしていろという言葉を聞き流してマンドレイクの薬や、石化が解けた生徒を見て効果を確認する弦にマダム・ポンフリーは呆れていた。

 目を覚ましたハーマイオニーはことの顛末を弦から聞き、あとから医務室にきたロンやハリーを褒め称えた。その三人を見つつ、弦は自分が去った後のことをテリーに聞く。

 

 どうやらダンブルドアは弦たち四人に『ホグワーツ特別功労賞』を与え、一人二百点の加点をしてくれるらしい。

「今年も二位だな」

「ま、いいんじゃないの。誰も死ななかったんだし」

「だな」

 その夜はそのまま大広間で宴会となった。パジャマ姿のままおりてきた生徒は無事に戻った生徒に喜び(一部はなんとも微妙な顔をしていた。どの寮の生徒かは言うまでもないだろう)、騒動を解決した四人を生徒達は囲んだ。

 

 弦はテリーと共にマイケルとアンソニーに迎えられた。二人は制服姿で、ずっと談話室で待ってくれていたようだ。それぞれ結び目をひとつのこした糸を手首から外して二人の無事を喜んでくれた。

 寮杯は二年連続でグリフィンドールとなり、学年末の試験は撤廃された。ふくろう試験といもり試験は事情が事情のために日を改め夏休みに入ってから行われるらしい。

 終業日まで防衛術の授業がなくなったりという変化はあるものの、学校生活は穏やかなものだった。マルフォイの父は理事を辞めさせられたそうで、その理由と言うのもあの日記をジニーの私物に紛れ込ませたのは彼だと言うのだ。あの家はまだ闇の勢力だと言う事だろう。

 そのマルフォイ家からそこのやしき僕妖精であったドビーは解放された。ハリーがそうするよう仕組んだらしいのだ。なんだかんだと優しい妖精だったのだから、自由になれて幸せだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツ特急がキングズ・クロス駅につく。出迎えてくれた叔父に弦は痛いほど強く抱きしめられた。

「ユヅル、君が無事で本当に良かった。去年といい、今年といい、心臓が止まるかと思ったよ」

「ごめんなさい、叔父さん」

「なにがあったか、聞かせてくれるかい?」

「はい、もちろん」

 そのままアクロイド邸に連れて行かれ、叔母と従兄のシアンも交えて全てを語り終える頃には夕方になっていた。夕食もごちそうになって姿現しで日本に連れて帰って貰えば、約一年ぶりの我が家だ。

 

 ただいまと言っても返答の声はなく、弦はやっぱりかと肩をすくめるだけで自分の部屋に荷物を運び入れた。そして着替えてベッドに沈む。

 眼鏡を外して久しぶりの天井を見上げれば、視界の端で星空が見えた。そのまま目を閉じ、ゆっくりと微睡につかる。

 

『弦。可愛い水無月の子。そなたが無事に帰ってきてくれてよかった。あまり無茶をしないでおくれ』

 

 優しい声が聞こえる。

 

『そなたは大事な子。ずっとずっと心配していたよ。近いうちにその顔を見せに来ておくれ』

 

 

 

「はい……水樹(みずき)様」

 

 

 

 そう呟いたあと、弦は完全に意識を手放した。その額をなにかが優しく撫でた気がして、自然と頬が緩んだ。

 

 

 

 






 見える世界が歪んでる
―秘密の部屋―
      完結


次はもっと長いです(笑)


アドバイスをいただいたので、分けずに1つにまとめました。
ありがとうございました。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。