ダイアゴン横丁に行くには付添姿現しをしてもらうしかなく、レティシャがそうしてくれるわけはないので弦はコンラッドが送ってくれた梟通販のカタログで欲しい本を頼むことにした。
未成年の魔女および魔法使いは基本的に魔法は使えない。就学中の人達は学校外での魔法使用は禁止である。法律でそう定められ、一度目は警告、二度目は学校を退校処分となってしまう。それでも緊急時、つまり命の危機的状況下での防衛目的ならば無効とされる。杖を所持していない幼子が魔力を使うのは癇癪として扱われるようだ。
警告をされるのも嫌なので杖を持つことはしなかった。その代わりといってはなんだが読書と書き取り練習、魔法薬の練習に費やすことにした。
弦はもともと学校の友だちと休日に遊ぶことをしない。友達と呼べる友達はいないというのもあるが、家事をしなければならないという理由もある。大前提に弦のドライな性格ゆえというのもあるが。
毎日の買い物で外にでる以外は、弦は家に籠った。家事をし、(本人は勉強のつもりなど毛頭なかったが)予習をした。幸いにも弦は母の魔法薬の才能を受け継いでいたようで、本人もその学問が嫌いではなかった。弦は根っからの理系女子だったために理論的な考え方は好きだったのだ。
もちろん他の科目の教科書だって見たし、参考書程度にいくつかの本を読んだ。羊皮紙や羽ペンに慣れるために、さらにいえば英語の書き取りに慣れるための練習だってしたし、コンラッドとの手紙のやりとりも以前より頻繁にした(彼の家族からのも同封されていることが多かった)。
弦の唯一の不安要素は、自分が学校に行っている間のレティシャのことだ。自分がいなければご飯を食べることも身体を清潔にすることさえしなくなるだろう。それらすべて弦が促してさせていたのだから。
それはコンラッドとその妻のヴェネッサが請け負ってくれることになった。母は日本を離れたがらないから二人がこちらにきてくれるらしい。主にヴェネッサがここに滞在し、コンラッドはフランスと日本をいったりきたりの生活になるようだが、そこは水無月家とアクロイド家を繋ぐ「移動キー」を設置するとのことだ。
「移動キー」とはポータスと呼ばれる魔法を使った魔法道具の一種だ。それに触れ起動させれば(設定した条件をクリアすればよい)あらかじめ設定しておいた行先に行くことができる。それを応用した魔法道具を設定するとのことなので、自身で姿現しをするよりは随分楽になるそうだ。またそれを作っておけば弦もいつでもアクロイド家に来れると彼が言っていた。
ただしこの夏中に完成させるのはぎりぎりだということで(日本の水無月家と繋ぐのはイギリスとフランスそれぞれのアクロイド邸らしく、二つ用意しなければならないし移動キーを管理するところに手続きをしなければならないため時間がかかる)、弦はずっと家にいなければならなかった。
勉強の合間に贔屓にしている作家たちの小説を読んでいれば時間はすぐに経っていった。ちなみに弦は創作された物語を読むのが好きだ。推理ものや時代もの、純文学と呼ばれるものまで彼女の許容範囲は広い。学校から帰ってきたらシリーズで購入しているものの続きが販売されているはずだから、まとめて購入することを考えれば楽しみだった。
そういえばコンラッドが魔法界にもさまざまな小説があると言っていた。幼子が楽しむ童話もあるらしい。学校で時間に余裕があればそれを楽しみたいと弦は考えていた。
九月一日。キングズ・クロス駅にホグワーツ特急が停車する日である。前日に漏れ鍋に宿泊していた弦は一人で駅に辿り着いていた。昨日のうちに行き方はコンラッドに教わっている。
コンラッドとヴェネッサは息子のシアンの見送りのためにフランスにいる。彼も今日から学校が始まるのだ。結局シアンとはこの夏に一度も会えなかった。最後に会ったのは弦の父の三回忌だっただろうか。残念ながら七回忌の今年、父と祖母のそれに弦は出られない。コンラッドたちが請け負ってくれた。母は参加するだろうか。もしかしたら参加しないかもしれない。
弦は見えてきた九番線の四つの柱のうち九番線から三番目の柱に向かって進んだ。そこが“入口”らしい。
思いきっていくことが重要だと念押しされたために弦は走った。トランクの乗ったカートを滑らせ突っ込む。するりと柵を取りぬけ、弦はその目にホグワーツ特急の赤い車体を見て感嘆の息を漏らす。
蒸気機関車を初めて目にし、弦は先ほどまでの沈みかけた気持ちを持ち直した。別れを惜しむ人はいないのでさっさと列車に乗り込む。コンパートメントと呼ばれる対面式に座席が設置された小部屋の中の空っぽの場所を探しそこに入る。トランクの中から読んでいない文庫本小説を三冊ほどとりだした。
一昨日のうちに読みたかったシリーズを最新刊までまとめ買いし、トランクにいれていたのだ。母国語を見ると少しだけ安心するのはやはりここが異国だからだろうか。
さらにトランクの中から制服を取り出した。先に着替えておけば気兼ねなく読書ができる。窓と扉のカーテンをひき、着替えはじめる。ローブを着る前に腰と左の太腿にホルダーを装着した。腰につけた藍色のホルダーには杖が入れてあり、太腿につけた黒色のホルダーには警棒が入れられている。警棒を太腿のホルダーはスカートで隠れるためか気付かれないだろう。
警棒は父からもらったものだった。父は生前、弦が自分の身を守れるようにと護身術を身に着けさせた。女であることは力で不利なので、警棒などの得物を扱う術と合気道など相手の力を利用する技や、柔道など力をもちいらず相手を抑え込む技をたくさん教えてくれた。
父が死んでからは父の同僚や自衛隊に所属する知り合い父に頼まれていたと様々なことを教えてくれたりしたのだが、魔法学校で発揮する日がこないといい。
座席に身を預け小説を開く。江戸時代を舞台にしたそれは同心が主人公のそれは下町に起こる不可解な事件を始まりとして展開していく物語だった。このシリーズは最近話題になっているもので、同心が独身で変り者というのがみそだ。
一巻目の半分にさしかったところで列車が動き出した。気が付けば車内もだいぶ騒がしくなっている。
それにかまわず読書を続けた。読み終わったときちょうど昼時で用意していたサンドイッチと紅茶をトランクから出した。食べながら読書にふける。車内販売がきたから瓶詰飴を買った。中に入っている大玉の飴は舐めていると味が三回変わるらしい。
二巻目の三分の一あたりでコンパートメントの扉がノックされた。顔を上げたのと同時に扉が開かれる。
「ちょっといいかしら?」
開けたのは栗色のボリュームの多い癖のある髪をもった女の子だった。すでに制服に着替えている。後ろにはやはり制服に着替えたちょっとぽっちゃりとした少年が立っていた。少女は気の強そうだが、少年はオドオドと気弱そうだった。
「カエルを見なかった? ネビルのカエルが逃げたの」
「見ていない」
きっぱりとそういうと少女の気にさわったようだ。しかしそうと気付いていながら弦はネビルというらしい少年に声をかける。
「どんなカエル? 魔法生物なのか?」
「あ、う、うん……ばあちゃんが買ってくれたペットなんだ。ヒキガエル」
「ふーん……見かけたら教える。列車が発車していなくなったならいるだろ。それに乗客が降りたら点検があるはずだ。魔法生物は頭が良いし、自分で戻ってくるかもしれない。自分のペットならあまり不安になることもない」
弦の言葉にネビルは少しだけ元気が出たようで、ハーマイオニーもちょっと意外そうにこちらを見ていた。そんな二人に瓶詰飴を三つずつ渡すと二人は次のコンパートメントに行ってしまう。
やはりペットは買わなくてよかったと思っていることをあの二人は知らないはずだ。
小説を三冊ほど読み終える頃にホグワーツについた。トランクに全ての荷物を入れて外に出る。到着五分前のアナウンスで荷物は置いておけば寮に届けておくとあったので、名前札をよく見えるようにしておいた。
一年生は身の丈が二メートル以上ある大男に案内された。二年生以上は別ルートがあるらしい。
よく滑る整備されていない山道のような道を進み、それぞれ小舟にのせられ湖を渡る。見えてきた大きな城に目を奪われたり、葦のカーテンに頭を下げたりと忙しない一年生たちは、城の玄関につくと女性の教授に引き渡された。
女性はマクゴナガルというらしく、エメラルド色のローブとひっつめられた黒髪、三角帽子、そして厳格そうな顔。女性にしては背の高いのもあって、とても厳しそうな印象を受ける。
その先生は生徒達を中に招き入れると小部屋に通し、そこでこれから行われる儀式の説明を始めた。
組分けと呼ばれるそれはそれぞれがこれから卒業まで所属する寮を決めるらしい。寮は全てで四つあり、ホグワーツでの家はそこだと彼女は言った。善い行いは寮の得点となり、悪い行いは寮の減点を招く。学年末までに一番得点を稼いだ寮には寮杯が贈られるとのことだ。
準備ができるまで待機を言いつけたマクゴナガルは先に会場である大広間へと入ってしまう。そこに全校生徒がいるようで、ざわめきは壁を通過して小部屋まで聞こえてきていた。
待機していた一年生の中には組分けの方法を知らずに不安がる者とすでに知っているのか落ち着いている者、まったく関係ないと言う顔をしている者、さまざまだ。列車の中で言葉を交わした少女は呪文のおさらいをぶつぶつと繰り返しているし、ネビルという少年はさきほど見つかったカエルを抱いて真っ青な顔をしている。
弦は緊張などしておらず、入学したからにはいずれかの寮に入れるだろうと考えていた。レティシャはレイブンクローに所属していたそうだし、叔父はスリザリンだったそうだ。なんとなく自分はレイブンクローのような気がした。もしそこだったら、腰のホルダーの色を変えなくてもいいなと思った。
何人もの半透明のゴーストが壁をすりぬけ小部屋を通過し、大広間へと入って行った。ハッフルパフのゴーストと名乗った者は安心させるような温かい態度で新入生たちに話しかけた。
それからすぐにマクゴナガルが戻ってきた。一列に並ばされ、とうとう大広間へと入る。
入り口から奥に向かって四つの長いテーブルが伸びるように置かれていた。四つの寮それぞれのテーブルなのか、座っている人たちネクタイの色は面白いくらいに揃っていた。天井は魔法がかけられ外の天気をそのままうつしだしているようだったし、空中には何本ものキャンドルが浮かんでいた。テーブルの上には金色の食器がきらきらと光を反射ししながら並べられている。広間の奥には寮のテーブルとはちがい横に置かれた長テーブルがあった。中央に座るのはダンブルドア校長だろう。左右に教員が座り、新入生はそのテーブルの前に横一列に並ばされた。
マクゴナガルが一脚のスツールと古ぼけた帽子を持ってくる。新入生たちの真ん前にスツールを置き、その上に帽子を乗っけた。
黒の三角帽子はぴくぴくと動き、そして突然歌いだした。
私はきれいじゃないけれど 人は見かけによらぬもの
私をしのぐ賢い帽子 あるなら私は身を引こう
山高帽子は真っ黒だ シルクハットはすらりと高い
私はホグワーツ組み分け帽子 私は彼らの上を行く
君の頭に隠れたものを 組分け帽子はお見通し
かぶれば君に教えよう 君がいくべき寮の名を
グリフィンドールに行くならば 勇気ある者が住まう寮
勇猛果敢な騎士道で 他とは違うグリフィンドール
ハッフルパフに行くならば 君は正しく忠実で
忍耐強く真実で 苦労を苦労と思わない
古き賢きレイブンクロー 君に意欲があるならば
機知と学びの友人を ここで必ず得るだろう
スリザリンではもしかして 君はまことの友を得る
どんな手段を使っても 目的を遂げる狡猾さ
かぶってごらん! 恐れずに!
興奮せずに、お任せを!
君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)
だって私は考える帽子!
どうやら組分けの儀式を行うのはあの帽子らしい。歌い終わった帽子に盛大な拍手が送られる。弦も普通に両手を叩く。帽子は広間中にお辞儀した後、再び沈黙した。
マクゴナガルが巻かれた羊皮紙を取り出した。それを広げ、アルファベット順に名前を呼んでいく。弦の苗字は水無月なのでイニシャルは「M」だ。ということは中間あたりになる。
「ミナヅキ、ユヅル!」
半分ほど組分けされた頃に弦が呼ばれた。何の気負いもせず列から外れスツールに座る。頭に帽子が乗せられた。
「ふーむ……君はアクロイド家の血をひいているな?」
直接頭に響いてきた声に弦は少しだけ驚いた。寮の名前を叫んでいるだけのように見えたが、こうやって話しかけていたのだろう。妙に時間が長くかかっていた人もいたし、すぐに決まった人もいた。ちなみに弦のすぐ前にいた金髪の少年――マルフォイだったか。彼は触れるか触れないかというとても短い時間でスリザリンと叫ばれていた(本人もそれを当然のように振る舞っていた)。
帽子は少し唸った後に「レイブンクロー!」と声高に叫んだ。青いネクタイをした人達から拍手が起こり、帽子をとられた弦はスツールから降りてそのテーブルに向かった。空いている場所に座る。
残りの組分けも無事終わり(あの有名なハリー・ポッターのときだけはちょっと騒がしくなったけれど)、校長がわけのわからない言葉を短く言ったあとにテーブルの食器に食べ物が溢れた。量もある豪華なそのイギリス料理に新入生たちは歓声をあげ、上級生たちは我先にと手を出す。
弦はまず野菜からとサラダをとる。イギリス料理というのは世界の中でもまずいと言われるが、慣れてしまえば平気だろう。慣れるまでが問題なのだ。それにときどきは和食が食べたい。厨房のような場所があるならその場所を知りたいところだ。
おしゃべりをしながら物を食べるというのはかなり賑やかなことのようだった。家では一人で食事をとっているのとかわらないので話すこともなく、弦はただ無言で空腹を満たした。すると隣にいた黒髪の少年がこちらに目を向けた。同じ新入生だったはずだ。
「俺、テリー・ブート」
「……ユヅル・ミナヅキ」
「ユヅルでいいか? 俺もテリーでいいから」
「かまわない」
テリーは快活な少年で、弦が話さなくとも隣で勝手に話しているような人だった。弦も頷いたり短く返事をしたりしているから遠慮せずに話し続けている。
「ユヅルは東洋人だよな?」
「ん、まあ……でも片親がイギリス人なんだ」
「ハーフか! やっぱり親もホグワーツに?」
「母がそうだって聞いてる」
満腹になってきたころにテーブルの上から料理が消えた。代わりにさまざまなデザートが並ぶ。その中から弦はカットフルーツをもらった。爽やかな酸味がすっきりとして美味しい。
テリーの話はクディッチに移っていた。彼はクディッチが好きらしく、弦が知らない国ごとのチームの特徴などを熱く語った。幸いにも弦はクディッチのルールにおおまかに知っていたから相槌を打つことができた。
デザートがテーブルから消えたと思ったら、ダンブルドアが立ち上がった。注意事項をいくつか話す。禁じられた森は生徒が立ち入ってはいけない。四階の廊下の奥は立ち入り禁止。この二つが弦の頭に残る。
それからメロディが定められていない校歌を斉唱し(定められていないおかげで終わりはばらばらだった)、生徒達は就寝のために一斉に寮へと帰ることになった。一年生は五年の監督生に率いられる。
寮は隣接していないために廊下が四つの寮で渋滞するようなことはなかった。レイブンクローは四つの寮の中で一番高い場所にあるらしい。上へと伸びる螺旋階段を上ると鷲の形をしたブロンズ製のドアノッカーのついた扉があった。そのドアノッカーが出した問題に正解しなければ扉は開かないらしい。監督生がそれに答え扉が閉じぬように抑えると、新入生は談話室の中に次々と足を踏み入れた。
談話室はレイブンクローのカラーであり青色を基調としており、天井と床には星が装飾されまるで星図盤のようだった。部屋の角には大理石製の女性の像があった。あれがレイブンクロー寮を創ったロウェナ・レイブンクローだろう。
女子寮と男子寮、規則を説明した監督生は最後に「レイブンクロー生として誇りを持って授業に挑んでくれ」と締めくくり解散を言い渡した。
弦はテリーと別れるとすぐに女子寮の階段を上り自分の部屋を捜した。扉のネームプレートを見て判断する。どうやら自分は三人部屋らしい。中に入ると四つのベッドと勉強机、椅子、棚が置かれ、部屋の中央にはストーブがあった。やはり青が基調とされている。三人分の荷物の中から自分のトランクをとると、端のベッドをとった。こういうのは早い者勝ちだと思う。
トランクを開き、棚や勉強机に荷物を置くとさっさと制服を着替えた。就寝時に使っているラフな服は長そでの薄いTシャツに短パンだった。イギリスの夜は過ごしやすいみたいだ。その分冬は寒いのだろう。考えるだけで嫌になる。
薄手のカーディガンを羽織ってベッドの上で本を広げていれば、二人ほど部屋に入ってきた。ルームメイトだろう。確か自分以外のネームプレートには「P.Patil」「L.Turpin」となっていたから、彼女たちがパチルとターピンだろう。
どっちがどっちかはわからなかったが、黒髪のいかにもオシャレに気を使っていますという方は弦を見て眉をしかめた。自分が大衆受けするどころか遠巻きにされると言うのは自覚しているのでかまわない。
結局二人と話すことはなく、ベッド一つあけて二人は自分達の場所を決めた。
あとに黒髪のほうがパドマ・パチル。もう一方の金髪のほうがリサ・ターピンだと知った。
誤字報告がありましたので、四か所ほど誤字を訂正いたしました。
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。