見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第二章

 

 

 

 

 夏休みに入った三人の少年は、その日も時代劇に出てきそうなおんぼろの木造建てに来ていた。「極楽堂」と言う名前の薬屋は、店主のおやじが妖怪じみていて、その飼い猫のガラコも人間が笑っているように「ヒヒヒヒヒヒ」と不気味に鳴く。入り口の横のガラスケースに入った人体模型や、薄暗い店内の左右に備え付けられた棚に並ぶ不気味な品がより一層恐怖を煽り、そこはもっぱら「地獄堂」と呼ばれていた。

 

 金森てつし、新島良次、椎名裕介はおやじが座る店の奥のさらに奥にある和室で、おのおの好きな恰好で本を読んでいた。

 ちょっと前まで、三人は行動力のある悪ガキだった。「町内イタズラ大王三人悪」なんて呼ばれては町中を跳びまわって色々なことをしていた。

 

 小学生から五百円を巻き上げた高校生を火のついた2B弾と臭い牛糞でこらしためたその日に、三人は桜の木の下から女の白骨死体を掘り上げた。そのときにこの世には科学でも言葉でも説明しつくせないほどの不思議な力があるのだということを知り、そして今ではそれぞれその不思議な力が使える。まだまだ半人前どころか三人で一人前のできだけれど、それでも三人は毎日お腹一杯ご飯を食べて、遊んで笑って、地獄堂へ来てはおやじが持っている本を読み漁り知識を深めているのだ。

 

 白骨死体以外にも、三人はいくつかの不思議な出来事にあった。そのたびに振り回されて、成長してきた。おやじはいつも笑うばかりだが、三人にとっては最高の師だ。だからと言って、馬鹿にされて笑われるのは我慢ならないが。

 

 ガラリと店の戸が開いた。クーラーもないのに涼しい店内にむあっとした外の暑さが入ってくる。幸いにもお客はすぐに戸をしめてくれ、入り込んできた暑さは霧散して部屋はもとの涼しい空間に戻った。

 誰だろうとてつしは顔をあげた。椎名も、良次ことリョーチンも同じように本から顔をあげる。

 次の瞬間、三人はこれでもかというほどの美人に目を見開くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の尋ね人は弦でも知っている人だ。

 

 曰く、日本で最も強い術師。

 曰く、東洋の術師の祖。

 曰く、すでに人間ではない。

 曰く、全能ではないが万能である。

 

 その人を現す噂は数多くあるが、ここ最近は大きく動くことをしなかった人なので若衆の中で知っている人たちは少ない。その中に弦が入っているのは祖母に聞いたことがあるからだ。

 

 祖母はその人に敬意を持てと言った。そして同時に決して油断してはならないとも言った。あの人は長く生きているからこそ、多くのものが見えてしまう。多くことをわかってしまう。正しく生きていれば敵に回るような人ではないけれど、気安く接していい人でもない。

 我らはあの人と対等でなければならないのだから。

 

 言葉が耳の裏で反響しているようだ。それに緊張が増して一つ息を吐きだす。それから目の前の木戸を引いた。

「ごめんください」

 声をかけつつ戸を閉める。

 目的の人物は店の奥にいた。左右の棚に並ぶ不気味な品と現代的な品に違和感を抱きながら奥へと進む。

 

「来たか」

 鋭い眼がこちらを見て、尖った歯の並ぶ口がそう言った。それに一つ頭を下げる。

「水無月弦と言います。まずは返答と招待の礼を」

 そう告げてから、返品するべき本を三冊と返答に同封されていた依頼の薬を渡す。

「祖母が借り受けていたものと依頼の品です」

「確かに受け取った」

 返品の遅れと招待の対価と依頼されたものはお眼鏡に適ったようだ。

 

 弦が訪れたこの店の名は「極楽堂」。しかしその景観と店内の様子、そして店主と飼い猫の不気味さから「地獄堂」と呼ばれていると聞いている。店主である彼の名は知らない。ただみんな「おやじ」と呼ぶ。ちなみに飼い猫は「ガラコ」だそうだ。

 

「水無月の後継者か。ひひひ、すでに噂になっている」

「存じています。力の足りぬうちからお恥ずかしいことですが……」

 きらりと光るおやじの目に弦は一度口を閉じた。それからまた開く。

「ですがそこまで作れるようになりました」

「品物としては合格だろうよ……しかしこれでは対価に足りん」

「わかっています。お約束どおり、向こう五年はおやじ殿の言う薬を納めるつもりです」

「ならばよい」

 

 無事に終わったと心の中で安堵し、そしておやじのさらに奥にいる三人の少年に目を向ける。今の今までじっとこちらを凝視していた六つの目は合っても逸らされることはなかった。

 おやじの弟子か何かだろうかとあたりをつけつつ彼らに会釈し、それから再びおやじに向き直った。

「私はこれで失礼します」

「三日後に同じ薬を同じだけ頼む」

「……」

 

 早速か、このおやじ。

 

 口には出さない。けれどもきっとばれている。かまうものか。その不遜ささえもばれているのか「ひひひひひ」という笑い声が大きくなった。不気味である。

 何も言わずお辞儀だけして弦は店を後にした。成程、油断ならない相手だ。

 

 

 

 

 

 三日後の夕方、弦は薬を持って地獄堂のおやじのもとへ向かっていた。蒸し暑いが気にはならない。フードの中におさまっているレグルスはきょろきょろとあたりを物珍しげに見ていた。この間は影の中で大人しくさせていたから、それもあいまってはしゃいでいるようだ。

 

「あっ、この間の!」

 そう声をかけられたのは商店街だった。前に住んでいたところには無かったから弦自身も表の商店街を意識したのは初めてだ。裏の街の商店街とは違って、普通のものが並んでいる。当たり前か。

 

 「あげてんか」という看板をかかげているお店の前にその三人はいた。昨日見たおやじのところの弟子(かもしれない)だろう。傍に弦と同い年くらいの少年も合わせて今日は四人のようだ。

 何も挨拶なしはさすがに失礼だろうか、と足を止める。

「こんにちは」

「こんにちは」

 元気よく返したのは半分、もう半分は静かながらもきちんとしたものが返された。

 

「知り合いか?」

 弦と同い年くらいの少年の言葉に、三人の中で一番活発そうな少年が応える。

「この前、地獄堂で会ったんだよ。えーと、確か……」

「水無月弦さん、だよね」

 うろ覚えだったのか頭をひねる活発そうな少年と少しだけ気弱そうな少年とは反対に、はっきりと覚えていたのは利発そうな少年だった。彼の言葉に頷く。

 

「この間は名乗りもせずに失礼だった。水無月弦です」

「俺は金森てつし!」

「俺は新島良次」

「俺は椎名雄介」

「俺は金森竜也。てつしの兄貴なんだ」

 なるほど、兄弟か。どちらかというと椎名裕介と兄弟っぽいけど、見比べてみれば細部がちょこちょこ似ている。あと人を惹きつけそうな雰囲気とか。

 

「今日もおやじに用なのか?」

「そう。それじゃあ……レグ?」

 フードの中に大人しくしていたレグルスが肩より前に身を乗り出した。しきりに鼻をひくひくと動かしている。

「そいつ、もしかして『あげてんか』のコロッケが気になるんじゃない?」

 裕介の言葉に弦は店を見た。見た目にも美味しそうなコロッケを始め、揚げ物が各種揃っているようだ。

 

 だがしかし、弦は悩んだ。

 レグルスは基本的に人間が食べる食べ物は何を食べても問題はない。そもそも食事からの栄養補給を必要としていないからだ。食べなくてもお腹は空かないし、食べても満腹にはならない。そんなレグルスに弦は少し自分の食事をわけるだけだった。

 

 ならば今回もそうすればいいという話なのだが、ところがどっこい。弦はこういうお店の惣菜と呼ばれるものを食べたことがなかった。レストランや定食屋などの料理を出す店での食事経験はあるけれど、惣菜を見はしても買ったことはなかったのだ。外食より圧倒的に自分で作ることが多い弦にとって惣菜はまさに未知の領域だ。

 

 無言で考え込む弦を見かねたのか、竜也が言う。

「『あげてんか』のコロッケは美味いから、買ってみたらどうだ?」

「……惣菜を買ったことがないから、よく分からない。これ、一つでも買えるの?」

「買えるよ」

「じゃあ、一つ買ってみる」

 

 コロッケを一つだけ買い、半分をレグルスにわけた。ぺろりと食べ終えたレグルスは満足したのか、お礼を言うようにすりよってくる。いったん地面に降ろしていたレグルスをまたフードの中に戻し、弦もコロッケを一口かじった。

 

「……美味しい」

「だろ?」

 笑う四人に弦はかすかな笑みを返し、残りを手早く食べ終えた。包み紙をいじりながら、改めてお礼を言う。

「美味しいもの、教えてくれてありがとう」

 正方形の包み紙が折鶴へと変わる。それはコロッケの油など吸わなかったように白く綺麗なものだった。てつしの手に置かれたそれは一度ぱたぱたと翼を動かしたかと思うと、自ら身体を折り畳んだ。

 

「お礼にあげる。一度だけあなたたちの怪我や病を代わりに受けてくれるから。好きに使って」

 また縁があったら、そのときはよろしく。

 おやじの仕事も今年はこれで仕舞だろう。会うとなったら来年の夏だ。少しは成長しているだろうと思いつつ、弦は微笑んだ。この国の術師は、まだ滅びるには至らないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 面倒なことに、異能協会は年に何度か会議の場を設ける。顔合わせと言うのが主な目的なので、そう時間がかかるわけではない。話す内容も予測される「災厄」のことや、表の政治の動きのことだから決して実のない話と言うわけでもない。

 それでも曲者が集うので話一つも油断ならないから面倒なのだ。正式な場だからそれなりの恰好をしなければならないし。

 

 水紋が描かれた着物を身に着ける。越後上布(えちごじょうふ)だったかと祖母に教えられた知識をひっぱりだしつつ、てきぱきと着付けていった。着物や装飾品の勉強もある程度しておかないといけないだろう。憂鬱だ。そもそもお洒落への興味がないのだから身も入らない。必要な教養なのだからしなければいけないとわかっている。どうしたものか。

 ここ数年で伸びた髪を結い上げ簪を選ぶ。木槿(むくげ)の花が控えめにあしらわれているものがちょうどいいだろう。

 

「レグルス、お前は影の中に。出てきては駄目だよ」

 くうんと不満げに鳴くのでひとしきり頭を撫でてなだめる。あの場にこの子犬をつれていくのは酷だろう。

 髪を上げたことで見えるようになった両耳。そのどちらにも耳飾り(ピアス)が揺れた。右は水無月の家紋である片喰をかたどった銀色のもの。左はレグルスとの契約印が刻まれた滴型の青いもの。どちらもここ数日で見慣れたものになった。

 

 レグルスのことはすでに寮監であるフリットウィック教授に連絡してあった。ホグワーツのペットで許可されているのは基本的に梟と猫、そしてカエルだ。それ以外は持ち込み不可。ならば許可をとってしまえと直接寮監に手紙を送った。幸いにも二年連続で首席をとっていれば信用はあるようですんなり許可は下りた。レグルスがただの犬ではなく契約した契約獣であることは一切合切話していないが、まあ大丈夫だろう。バレなければ。

 

 ゲートを通って協会本部にたどり着けば、弦と同じようにそれなりの恰好をした者たちが一様に「白の間」に向かっている。それに続いていれば、会議のためか「白の間」はいつも以上に慌ただしかった。

「水無月さん!」

 上から声がかかる。顔をあげれば円盤の一つから男性が一人、身を乗り出していた。弦の担当である月見里(やまなし)達太(たつた)だ。

 

 月見里は軽い身のこなしで円盤から飛び降りると、弦の前にふわりと着地した。

「会議の時間が一時間、遅れることになりました」

「遅れる?」

「ええ。詳細は応接室を一つ押さえてますから、そこで。こちらです」

 彼の後について「金の間」に入り、いくつもある部屋の一つに案内される。対面するソファを進められ、二人掛けのほうに座れば、反対にある一人用が二つ並んでいる方へ月見里は座った。自分が座らないほうに持っていた資料を置く。

 

 月見里という男の容貌に特筆すべきところはない。さりげなく周囲に溶け込める地味なそれは、他人に警戒されない雰囲気を持っていた。悪く言えば目立たない。良く言えば誰とでも不思議なく打ち解ける。それこそが月見里の最大の武器だと言えるだろう。

 彼は異能のコントロール能力が非常に高い。さらにいえば隠遁術や隠密術などが得意な超特化型の異能者だ。この国に汎用型の異能者などいないが、その特化能力は頭一つ抜きんでているのがこの男なのだと弦も理解している。

 

 誰にも悟らせない動きが得意な彼は、気が付けばいるし気が付けばいない。まさに神出鬼没。それゆえに情報収集が得意だ。彼ほど優秀な情報屋を弦は知らない。祖母から引き継いで担当してもらえてありがたいとこちらが頭を下げたいくらいなのだから。

 ちなみに年齢不詳。本人はまだまだ若輩だと言っている。外見年齢は信用ならないのでたとえ彼が二十代後半の見た目をしていても判別できない。独身であることは間違いないようだ(彼女ができないと泣きそうな顔で言っていたことがある)。

 

「それで、どうして遅れるようなことに?」

「ええと、その……水無月さんが今回の会議に参加するということが広まったみたいで。思わぬところから参加者が……」

「…………」

 二の句が継げないというのはこういうことか。

 

「もともと水無月さんが跡を継がれたというのは広まっていましたから。最近は先代と交流のあった方々のところを回っていたでしょう? あれが裏付けとなったようで」

「……つまり私が後継ぎとして方々に挨拶して回っている、と」

「そういうことです」

 いや、遺品整理の延長だったんだけど。

 

 二人してため息をつく。なぜこうなった。

「まあ、ご老人方の物見遊山とでも言いましょうか」

「はた迷惑な」

「そんなはっきり」

 苦笑いする月見里は、資料の中から数枚の書類を弦に渡した。

 

「今回の議題です。十月に“災厄”の討伐が決定しました。つきましては二枚目が薬の依頼になります。規模が大きくなりそうなので、必要な薬の量も多くなっています。学校のことは承知していますが、始まるまでに用意できますか?」

 二枚目の納品リストをざっと見る。確かに量は多い。

「……問題ないと思います。ただカシギ草とユグラの実が用意できるかどうか。あれは冬にとれるものですから。温室で栽培したものは質が落ちますし」

「材料はいつもどおりこちらが……けど、本当に大丈夫ですか? 学友たちと約束事もあるでしょうに」

 

 月見里の気遣いに弦は微笑む。この人はこういうところの気遣いもできるのだから、本当にいい担当である。水無月の当主であるのと同様に、弦を子供として扱うのだから。

「大丈夫です。それぐらいの余裕は持てますし、なにより向こうも私が気軽に会えないくらい遠い異国の出身であることを知ってますから。お気遣いありがとうございます」

 こういう人たちがいるから、弦はこの国が好きなのだ。

 

 

 

 会議がきっかり一時間遅れで始まった。政治に関しては問題はあるが早急に片付けなければいけないことはない。日本は総理大臣が変わり過ぎたと思うのだ。任期ぐらいまっとうできる環境でないと駄目だろうに。

 

 さらっと流されたあとにはやはり「災厄」の話になる。十月に予定される大規模討伐戦の場所や、編成、作戦などのおおまかなものが話され、いくつかの家から適度な意見が出た。それを議論している間、参加できない弦は始終だんまりだ。学校にいないときに討伐戦があれば弦だって後方支援として医療部隊に組み込まれるだろう。だが十月はイギリスだ。

 

 二時間で終わった会議の間、弦は一つも発言しなかった。何も弦だけではないし、発言しないことは悪いことではない。弦が口をはさむような内容にならなかったことが素晴らしいのだ。なるほど、会議はこういうふうに進むのかと勉強になった。

 

「水無月の」

 そう声をかけられたのは、弦が席を立った直後のことだった。

 男の老人がこちらに近づいてくる。それに続くのは中年ほどの男一人と、まだ年若い青年二人だ。老人の来ている着物の胸元に刺繍された家紋を見て、弦はそれが誰であるかを理解する。すぐに一礼した。

 

火醒(ひざめ)の方とお見受けします。何か御用でしょうか」

「いかにも。なに、蓬殿の孫が大きゅうなったと思ってな。いやはや、時が経つのはあっという間じゃのう」

 しゃんと背筋を伸ばしている火醒の御当主はまだまだ現役のようだ。武の家「猛き焔(たけきほむら)」らしいと言えばらしい。

 

「英国の魔法学校とやらに通っておるのじゃろう? 不自由しておらんかの?」

「お気遣い、痛み入ります。叔父もおりますので、不自由はありません」

「ほうかの。ならばよい。励みなさい。さまざまな知識はこれからの歩みの妨げにはならんじゃろう」

「はい、しかと」

「うむ」

 

 満足したのか、一つ頷いて去っていく老人を見送る。青年二人がふいにこちらを振り向いた。片方はひらひらと手を振って笑いかけてくる。もう一方はただじっと弦を見つめていた。それに一礼を返し、弦も帰るために動き出す。

 

 あの青年二人は、きっといつか顔を合わせた火醒の後継者とその側近だろう。本家生まれの後継者と、分家出身にもかかわらず本家の者と遜色ない強い力を持って生まれた側近。どちらも弦同様、成長していた。悪い性格ではないのは知っているが、“あの”火醒の家の者だ。厄介な人たちだという印象は変わらなかった。

 

「……まあ、これも縁か」

 燃やされることがないよう、気を付けねば。

 

 

 

 

 

 


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