見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第五章

 

 

 

 

 始業式の次の日。同室の誰よりも先に起きた弦は早々に身支度を整えたあと髪を髪紐で結い上げた。その藍色の結い紐は、実は贈り物だった。火醒の次期当主と側近からだ。早い誕生日プレゼントだそうで、明保能(あけぼの)家の次期当主に作らせた護りの呪いつきだと手紙には書いてあった。結界師の総本山を継ぐ人に何をさせているのか。確かあそこの次期当主は火醒のところと同い年だったはずだ。彼からも一筆祝いの言葉があった。ありがたく使わせてもらっている。お返しを考えておかなければ。

 

 鞄の中身を確認しているところで同室のリサ・ターピンが置きだしてきた。

「おはよう、ユヅル。やっぱり早いわね」

「おはよう。まだ遅れるような時間じゃないからゆっくり準備すると言い」

「そうするわ。パドマを起こしてあげてくれる?」

「わかった」

 

 三人のルームメイト最後の一人であるパドマ・パチルは一番起きるのが苦手だ。ほうっておけば簡単に遅刻してしまう。少々苦労しながら揺さぶり起こし、覚醒したと思ったら身なりを念入りに整え始める姿に弦もリサも苦笑した。

 

「ユヅルは眼鏡すること止めたのね」

「うん。必要がなくなったから。もともと目が悪いわけじゃないし」

「そっちのほうが断然いいわ! きっと男共が騒ぐわね」

 自分のことのようにはしゃぐパドマは「化粧もしましょう!」と言って来たので早々に退散した。もともと化粧は苦手だ。正式な会議ぐらいしかしていこうとは思わない。有事のさいは邪魔でしかないし、なによりすぐ崩れる。

 

 談話室に下りるとすでにテリーたちはいた。揃って広間へと朝食をとりにいく。

 それぞれ上級生から配られた時間割を見て一日の予定を決めた。

 必修科目のうち魔法薬学と薬草学だけは去年までと同じように二つの寮合同で、選択科目は全寮合同だ。初日の一限目は占い学か数占い学かマグル学である。弦はどれもとっていないので空き時間だ。次の闇の魔術に対する防衛術まで時間を潰さなければならない。さてどうしたものか。

 

 朝食後、すぐに三人は数占いの教室に行ってしまったので、弦は図書室にでも行って大学受験の勉強でもするかと目的地を決める。しかし廊下を曲がったところでルーピンに出会った。

「おや、君は列車のときの」

「おはようございます、ルーピン先生」

 穏やかに「おはよう」と返してくれるルーピンに弦はそういえば名乗っていないことを思い出す。

 

「私はユヅル・ミナヅキです。三年生でレイブンクローに所属しています」

「レインブンクローの三年生! なら私の初授業を受けてくれる生徒だね」

「そうでしたか」

 成程。つまりは自分の三年目の初授業はこの人がしてくれるというわけである。

 

「一限目の授業はいいのかい?」

「私はこの時間の選択授業をとっていませんから。今も図書室に行こうと思っていました」

「さすがレイブンクロー生だね。勉強熱心だ」

「ありがとうございます」

 だがホグワーツで役に立つ勉強ではない。

 

 そのままルーピンとは別れ、弦は図書室へと向かった。生徒が驚くほど少ない。弦同様、授業のない勉強好きがいる程度である。

 図書室の奥の方へ行ってひっそりこっそり勉強できるところを捜した。マグルの学問を堂々とやる気はない。スリザリン連中が面倒くさいのだから。彼らに弦が持ち込んだ日本語の参考書が読めるはずがないけれど。

 丁度いいところを見つけて、弦は参考書とノートを広げた。まずは数学だ。

 

 

 

 

 

 授業終わりの鐘が鳴る。それに合わせて勉強道具を片付けた。防衛術の教室に向かわなければ。防衛術の教室の近くでテリーたちと出会い、そのまま一緒に教室へ入る。

 北の塔の最上階で占い学を受けていた生徒が最後にやってくるかと思ったのに、彼らはすでにそこにいた。まだ先生は現れないし、なにより授業が始まるまで数分ある。

 

 テリーたちに数占いの授業がどういうものだったのか聞いていると、パドマとリサが弦の前の席に座った。パドマがひどく気落ちしているように見える。

「パドマ。なにかあった?」

「ユヅル……あのね、すごく言いにくいんだけど」

 心底気の毒ですという顔をしている。リサを見ればこちらは困り顔だ。

 

「さっきの占い学でお茶の葉の占いをやったの。そうしたら死神犬【グリム】が出たのよ。トレローニー先生がハリーに死の予兆があるっておっしゃったの」

「…………ええっと、それで?」

 正直、だからなんだ。弦の反応がお気に召さなかったのか、パドマは勢いのある口調で言った。

「だから! ハリーが近く死んでしまうかもしれないってこと!」

 

「たかだか占いだろ?」

 軽く受け止めたテリーにパドマは噛みつく。

「テリー! あなたもグレンジャーみたいなこと言うの?」

「グレンジャー?」

「ええ。彼女、トレローニー先生につっかかっていたかと思ったら、先生から占いの才能はないってきっぱり断言されていたわ」

 

 ふんと鼻をならすパドマ。何故か不可解ですという顔をする男三人。アンソニーに「ユヅル。ちょっとあとで話したいことがある」と耳打ちされ頷き返した。

「それで今日の授業はおしまい。先生は結果を撤回なさらなかったわ」

 リサの言葉に「きっとあたるわ」とパドマは身震いしている。

「……グリムねぇ」

 

「ユヅルまで占いを馬鹿にするの?」

「馬鹿にしてはいない。才能のある人がいるのも確かだし。ただ当たるも八卦、当たらぬも八卦だから。人間万事、塞翁が馬とも言うしね」

 なにが幸福でなにが不幸かなんてそのときの状況でころころ変わるものだ。

 

「それに死神犬なんて呼ばれてるけど、グリムについて説明できるの?」

「説明って……死を招く犬でしょう?」

「先生は墓場に憑りつく亡霊って言ってたかしら。出会ったら死んでしまうって聞いたことあるわ」

「正解だけど足りない」

 グリム。またの名をブラックドッグ。ヘルハウンド(Hellhound)とも、黒妖犬とも言う。

 

「ブラックドッグについては諸説あるんだ。ただ墓に憑りつくっていうのはきっと『ヨークシャーの墓守グリム』から来てるんだろうね。あそこらへんだと、新しい墓をつくったとき埋めた一人目の死人が天国には行かず墓守となる伝承があるんだ。だから新しい墓地をつくるときは黒い犬の死体を埋めて墓守にする。これがグリムだと言われている。墓を荒らす不届きものを追いかけ回す墓守犬(チャーチ・グリム)だ」

 教室が静かになったような気がしたが、嫌な空気ではなかったので弦は続けた。

 

「もう一つ。こっちはギリシャ神話だ。女神ヘカテーは再生と共に死を司る。その眷属は犬や狼で、ヘカテーは新月の女神とも呼ばれているから夜の常闇の黒色が眷属たちの色だとされているんだ。その眷属たちをブラックドッグという。彼らは死の先触れや死刑の執行者としての一面も持ってるね。見たら死ぬと言うのはここからきてるんだろう」

 こうして考えてみると、いろいろごちゃ混ぜである。

 

「さらにグリムを墓守犬とした場合、彼らは妖精に分類されるね」

「妖精?」

「そう。教会に住み着いて、夜になると現れる。けれどよほど陰鬱な嵐にならない限りは決して動こうとはしない。真夜中に鐘を打ち鳴らすとも言われているね。牧師が通夜のお勤めをしているとき、教会の窓に現れることもある。そのときの顔つきで弔っている死者が天国に行ったか地獄に行ったかわかるそうだ」

 

「嫌な妖精だな」

「人間に都合のいい妖精なんていないよ。彼らはおもしろがって興味を示してくれるけど、無条件に優しいわけではないから……あと関係ありそうな話はエジプトのアヌビス神かな」

「エジプト? かなり離れたな」

 

「まあね。でも墓守と言う点ではかの神は有名だよ。医学の神でもあるし。アヌビス神は王の墓であるピラミッドの中のミイラを守る神だ。そのことからミイラ作りの神とも言われている。その姿は頭部が犬またはジャッカルの半獣人。それか完全にジャッカルそのもの姿だったとされている。これは古代エジプトにおいて墓場の周囲を徘徊する犬またはジャッカルが死者を守っていたと考えられたためだ」

 この話を知った時、実際は死肉を漁っていたのだろうと弦は思った。

 

「まあ、すでに絶滅した動物だという説もあるけど、今回大切なのはその身体が黒色だということだね。これはミイラの防腐処理に使われるタールの色が黒色であることが関連しているそうだ。アヌビス神は冥狼神とも言って、冥界でオシリス王の補佐として罪人を裁いている。ラーの天秤に罪人の心臓を乗せて罪の重さを図る役だ。その様子は死者の書や墓の壁に描かれているね」

 

 またアヌビス神はエジプトの都市であるリコポリスの守護神とされている。他にも「聖地の主人」、「自らの山に居る者」、「ミイラを布で包む者」という異名を持っている。

「それで、そのアヌビスがグリムとどういう関係があるんだ?」

「君らはピラミッドといえば何を思い浮かべる?」

 

「でっかい墓」

「王の墓、かな」

「権力の象徴」

「……お墓と言うぐらいしかわからないわ」

「呪いかしら」

 

「パドマは知ってたか。そう、呪いだ。『ツタンカーメンの呪い』。まあ、これは当時のマスコミがオカルト的な話をおもしろおかしく丁稚上げたのが大半なんだけど。ピラミッドの発掘者が発掘後に死んでしまうことが昔あったから」

 

「死んだのか?」

「死んだよ。だいたい七十過ぎの御老人がね」

「それ寿命じゃん」

「まあ、そうだろうな。けれどここで気に留めるべきなのは『発掘者』ってところだ」

 

 そこでアンソニーがはっとする。

「まさか墓荒らしってこと?」

 

「その通り。現に彼らはピラミッドからミイラと一緒におさめられていた金銀財宝を持ち出しているんだから立派な墓荒らしだ。墓守のアヌビス神は黙って見てるわけにはいかなかっただろうね。ピラミッドに入ってきたものを呪ってもおかしなことじゃない。それがかの神の役目だから。ここでグリムに繋がるんだよ。死の呪いをかけるアヌビス神は黒い犬の頭を持っているんだから」

 

「成程。いろいろ混ざって死神犬の出来上がりというわけか」

 

「そういうこと。最後のアヌビス神の話を抜きにしても、墓守犬と女神ヘカテーの眷属の話があわさって死神犬が出来上がる。墓でグリムを見ると死ぬって言うのは、墓を荒らした者の末路だろう。あとはもう少しで死んでしまうような人達だろうね。死が近づくと見えなかったものが見えるようになることがあるから」

 

 実は見えるようになったと思ったら死んで幽体離脱していましたなんて話もあるくらいだ。死に近づけば人間の世界から離れ、より魔の世界に近くなる。

 

 

 

 

「ハリーのカップに出たって言う黒犬はグリムかもしれないし、そうじゃないかもしれない。決めつけるのは良くないよ。占いはあくまで未来への選択肢の一つだ。捉え方一つで景色は変わる。それにグリムだと見分ける方法は一つあるし」

「え、あるんだ」

 

「ある。グリムの目は赤いんだ。闇の中で妖しく光る赤い目はそうそう見間違えない。黒犬に会ってその目が赤色じゃなかったらそれはグリムではないね」

 それにしてもグリムだと断言して生徒に死を予言するなんて変な先生だ。その人なりの歓迎か洗礼の印だろうか。どちらにしろ、はた迷惑な話である。

 

「占い学って言うのは確かに占いのことを学ぶんだろうし、理論じゃない技術を鍛える場所だろう。それと同時に様々な見方ができるよう自分を鍛える場所だと私は思うよ。一つの未来が出来上がるには様々な事象が重なるから、一つでも違えばまったく違う未来になる。並行世界(パラレルワールド)ってやつだね。だから一つの物事に対して様々な方向から見る視野の広さが必要になってくる。不確かなものを扱うんだから、決めつけて視野を狭めることは避けたほうが良い。近すぎたら見えるものも見えないだろう?」

 

 適度な距離を保って全体を見ることが大切なのは占いだけじゃないはずだ。

 

「何よりリラックスして素直に受け止めることだ。怖がっていたら悪い所しか見えなくなるし、自信を持ちすぎて傲慢になっては良い所しか見えなくなる。良い所も悪い所もよく見て、しっかり考える。これは全てのことに通じている重要なことだと私は思うよ」

 

 そう締めくくると、教室の中に拍手が響いた。見ればいつ来たのかルーピンが壁に背を預けた態勢で手を叩いているではないか。

「素晴らしい話だったよ、ユヅル。まるで授業を聞いているようだった」

「……授業時間に入ったのに私語をしていてすみませんでした」

「ああ、いや、厭味のつもりじゃないよ。本当に勉強になる話だった。この後に私の授業をしなければならないなんてプレッシャーだな」

 

 生徒達から笑いがおきる。弦は一人だけ微妙な顔だ。出鼻をくじいてしまったことを謝ればいいのか、それとも自分の話を聞いていてくれたことを喜べばいいのか。

「今の話はとてもためになる話だった。レイブンクローに五点あげよう。さて、それでは私も授業を始めるとするよ。教科書は一度は読んでるかい? そうか、さすがレイブンクローだ。予習はばっちりというわけだね。今日やるのは―――」

 思わぬ加点にほっとしつつ、始まった授業に集中した。

 

 

 

 

 昼食の時間になって、広間で会ったハリーに先ほどの話をしたら、彼はささくれだっていた気持ちが落ち着いたらしい。家出した夜に黒い犬を見たそうだが、目は赤くなかったと言うのだからどこぞの徘徊していた犬だろう。

 

 ロンは信じきっている様子だったが、ハーマイオニーはトレローニー先生が気に入らないようだった。マクゴナガルも占い学については「魔法界において最も不確かな学問」と言ったそうだ。ちなみに彼女の話だと、トレローニーは毎年生徒の誰か一人に死の予言をプレゼントしているらしい。くだらん。

 

「やっぱり、おかしいなぁ」

「だよな」

「ああ」

 ハーマイオニーを見ながら三人がこそこそしているので、弦は「どうしたの」と顔を近づけた。

 

「さっき話があるって言ったでしょ。あれ、グレンジャーのことなんだ」

「あいつ、数占いの授業に出てたんだよ。ちゃんと発言もしてたし間違いない」

「なのに占い学にも出てる。いくら占い学が早く終わったとしても、数占いの授業に始めからいるなんて不可能だ」

「……」

 

 なんとも奇妙な話だ。だがここでハーマイオニーに尋ねても答えてはくれないだろう。ハリーやロンも知らないようだし。

「なんか理由があるはずだけど、触れない方向で」

「了解」

 理解が早くて助かる。

 

 午後の授業は魔法生物飼育学とルーン文字学だ。飼育学の方は野外活動だと言うことで「怪物的な怪物の本」を手に実地場へ案内してくれるハグリッドの後を追う。

 そこは放牧場のようだった。ハグリッドが教科書を開けと言うので弦はすぐに背表紙を撫でて大人しくした後、ページを開く。周りも同様だった。弦があの本屋で店員にした助言は店員から買った者にちゃんと伝わっているらしい。

 

 だがしかし、問題があるのは教科書だけじゃなかった。さすがハグリッド。しょっぱなからアクセル全開である。

「今日、お前さんらに会わせるのはヒッポグリフだ」

 なんてものをド素人に触れさせようとしているのか。

 ハグリッドがヒッポグリフを連れてくる前に、本の内容をざっと読み返す。マルフォイがハリーになにか言っているようだが少し距離が離れているので口出しはしなかった。

 

 ヒッポグリフ。身体の前半分が鷲、後ろ半分が馬。グリフォンと雌馬の間に生まれた生物とされ、グリフォンよりも気性は荒くない。騎乗することも可能。ただし非常に誇り高いため認めた者しか背にのせない。

 

 ふいに歓声が上がった。見れば放牧場の向こうからヒッポグリフの群れをつれたハグリッドが戻ってきている。ヒッポグリフは頑丈そうな皮の首輪を太い鎖で柵につなげられる。その色はさまざまだ。一等綺麗な灰色のヒッポグリフは雄々しく堂々としている。

 

「まんず、一番先にヒッポグリフについて知らなければなんねえことは、こいつらは誇り高い。すぐ怒るぞ、ヒッポグリフは。絶対に侮辱してはなんねぇ。そんなことしてみろ、それがおまえさんたちの最後の仕業になるかもしれねぇぞ」

 

 真面目に聞く生徒がいるなかで、不真面目はよく目立つ。マルフォイとその取り巻きがコソコソにやにやしていることに弦は眉間に皺をつくった。嫌な予感がする。

 ハグリッドの説明は続いた。

 

「かならず、ヒッポグリフのほうが先に動くのを待つんだぞ。それが礼儀ってもんだろう。な? こいつのそばまで歩いていく。そんでもってお辞儀する。そんで、待つんだ。こいつがお辞儀を返したら、触ってもいいっちゅうこった。もしお辞儀を返さなんだら、素早く離れろ。こいつの鉤爪は痛いからな」

 

 次にハグリッドは誰が一番先にやってみせるか生徒達を促したが誰も手をあげなかった。鎖に繋がれて嫌そうに首を動かしたり羽を広げたりしているヒッポグリフたちを前にして戸惑っているのだ。次に問いかけられて誰も行かなかったら行くと決めて成り行きを見守る。

 

 次の問いかけで手をあげたのはハリーだった。グリフィンドールのブラウンとパチルが何事かハリーに言っていたが、彼はそれを無視してハグリッドの傍に寄った。大方、占いことだろうがハリーはあれがすでにまやかしであることを知っている。

 

 ハリーにあてがわれたのはバックピークと言う名前のヒッポグリフだった。一番綺麗なやつだ。

 群れから離されたバックピークがハリーの正面に立つ。ハリーがバッグピークと目を合わせてゆっくりとお辞儀した。しかしバックピークはしない。ハグリッドが心配そうにハリーを下げようした時になってようやく、バックピークは前足を追ってお辞儀を返した。

 

「やったぞ、ハリー!」

 ハグリッドの喜びの声と生徒達に歓声が重なる。ハリーがバッグピークの嘴を撫でるさまに弦たちは拍手を贈った。

 そこで終わらないのがハグリッドだ。背に乗せてくれるからとハリーをけしかけてその背に乗らせる。しっかりつかまっていることを確認したら、バッグピークの尻を叩いて送り出した。

 

 ハリーを乗せたまま軽々と飛翔したバックピークは放牧場の真上を一周する。

「何あれ超楽しそう」

 テリーの呟きに頷きつつ、地上に戻るまでしっかり見守った。幸いにもハリーが振り落とされるようなことはなく、再びハリーは歓声に迎えられた。マルフォイとその取り巻きは今もさっきもひどくがっかりした様子だったが。

 

 ハリーのおかげで怖々としながらも生徒達は放牧場に入っていく。一頭ずつ解き放たれたヒッポグリフを前にして何人かのグループへ別れた。弦はテリーたちと一緒だ。

 栗色のヒッポグリフを前に弦がお辞儀をすれば、すぐにお辞儀を返してくれる。その嘴と首筋を撫でれば機嫌良さそうに鳴いてくれた。

 

 その後にテリーたちも挑戦し、全員一発合格だ。そのあとは怪物の本を開いて内容と実物を比べていることにした。

「やっぱり実物見てないとわからないことも多いな。魔法生物はとくに」

 マイケルはそう言いながら何やら書き込みをしている。くすぐったいのか怪物の本がふるふると震えて書き辛そうだ。

 

 弦は放牧場を見回して、そしてマイフォイたちがバックピークを前にお辞儀していることに気が付く。バックピークはお辞儀を返したが、なんとなくさきほどより嫌な予感が強くなった気がして怪物の本をベルトで閉じた。

「ユヅル?」

「ちょっと向こうに行ってくる」

 

 脚はそのままマルフォイたちのほうへ向かった。ハリーたちも近くにいる。そのハリーに見せつけるようにマルフォイが尊大な態度でバックピークの嘴を撫でた。近づくにつれて彼の言葉が聞こえてくる。たまらずに弦は走り出した。

 

「醜いデカブツの野獣君」

 その罵りと弦がマルフォイへ手の届く距離に来たのは同時だった。襟首を掴んで後ろに引き倒す。間一髪、バックピークの鉤爪はマルフォイに致命傷は与えなかったが、その片腕に一本の切り傷をつくった。深くはない。

 

 怒り狂ったバックピークを静めたのは先ほどまで弦の相手をしてくれていた栗色のヒッポグリフと革製の首輪を持ったハグリッドだ。

 マルフォイが痛みに悲鳴をあげた。

「死んじゃう!」

「運ぶの手伝って!」

 

 弦は駆け付けたテリーとマイケルにマルフォイを放牧場の外まで運んでもらい、鞄の中にいれていた救急セットで応急処置をした。杖先から出る水で傷口を綺麗にし、傷薬をかけて布をあてる。止血のために布の上から包帯できつく縛ればまた痛みに悲鳴をあげる。

「あいつ僕を殺そうとした!」

 わめくマルフォイに弦の何かが切れた。

 

「いい加減にしろっ!」

 

 その怒号は空気をびりびりと震わせていたと近くにいたテリーはあとに語る。

 

「言葉も常識も家柄も地位も通じない相手にあんたの何が通用すると思った!? 魔法生物は私達人間とは生き方が違うんだ! それを知識として教科書から学んで、教師を手本に実際に触れ合うのがこの授業の目的だろう! 最初から真面目に取り組まず学ぶ意欲のない君がこの授業を受けなければこんなことにはならなかったんだ! 学ぶ気がないなら授業を受けるな! お互いを傷つけずに共存することを学ぶ場所で、あんたみたいな馬鹿で考えなしに問題を起こされるのは迷惑だ!!」

 

 私はこいつに何回怒ればいいのだろうか。

 

 どうにも怒りが収まらなかったので、弦はそのまま授業を早退することにした。どうせこんな騒ぎになったら中断せざるを得ないだろう。

 そのあとマルフォイは医務室にいったらしいが、弦は「どうでもいい」と切り捨てた。

 

 

 

 

 


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