見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第十章

 

 

 

 マダム・ポンフリーは一週間もハリーを医務室に入院させた。心ここにあらずのハリーはそれに従い、弦は毎日のように医務室でマダム・ポンフリーの仕事を手伝うことになった。主にハリーの精神的安寧のために。

 

 たくさんの見舞客と品はハリーの心を救い上げることはできなかった。それでも日にちが経つにつれて彼は呆然自失の状態から回復していった。

 弦はハグリッドの持って来た虫だらけの花束から虫を駆除したり、ジニーがもってきたお見舞いカードから四六時中キンキンと出る音を沈黙呪文で黙らせたりとしながらハリーの様子を見守った。

 

死神犬(グリム)を見た?」

「うん。競技場に居たんだ……」

 なんとハリーは、あの嵐の中でその黒い犬を見たらしい。

 

「目は赤かったのか?」

「遠すぎてわからなかった。でも本当、あれを見るたびに僕は命が危険にさらされてるみたいで」

「去年も一昨年も君の命は危険だっただろう」

「それはそうだけど!」

 どうやらハリーは吸魂鬼のことも心底まいっているようだった。誰もがあいつらを恐れるけれど、気絶するのは自分だけだと。

 

「あいつらが傍にくるたびに両親の死ぬ間際の声がする。母さんの叫び声が聞こえる気がするんだ。あのときもヴォルデモートに僕の命を懇願する声が聞こえた」

「…………」

 記憶の中の両親の声が死の間際の言葉だなんて、どんなに苦しいだろうか。弦はまだハリー以上に両親の記憶も祖母の記憶も持っている。楽しかったころの思い出も。

 

「クディッチの試合も初めて負けた……最悪だ……」

「……ハリー。勝負ごとに関しては、負けることは必要だ」

「ユヅル……」

「負けなければ自分の劣っているところが見えてこない。今回は君の運が悪かったこともあるけど、初めて負けを経験したんだ。次こそは勝ちたいと思うだろう?」

「でも、もうニンバスは……」

 

「物には魂が宿る。大切にされれば大切にされるだけ」

 唐突なその言葉に、ハリーは自虐よりも疑問の気持ちが強くなったようだ。

「私の国には『八百万信仰』と呼ばれる考え方があるんだ。かんたんにいえば、神様は数えきれないくらいたくさん存在しているってことだ」

 

「たくさん?」

「そう。自然に存在するあらゆるものには神が宿っている。そんな神々の中には『付喪神』と呼ばれる神様がいるんだ。物に宿る神様だ」

 人間に愛され大切にされた物は九十九年の時を経て付喪神となる。「付喪」とは「九十九」とも書くのだ。

 

「ハリーとニンバスの付き合いは二年だけど、その間、君はニンバスを大切にしてきた。その思いにいつもニンバスは答えてくれたはずだ」

「うん」

「だから今回そのニンバスが折れたのは、もしかしたら君のためかもしれない」

「僕のため?」

 

「君の成長した力にもう自分は相応しくないから、どうか君の実力に合った箒を選んでくれ、っていうね」

 弦の言葉にハリーはポカンと口を開けた。それを見て弦は微笑む。

「ものは考えようだよ。起こった出来事をどう受け止めるかは人それぞれだ。占い学のトレローニーみたいに極端に受け止める人もいれば、私みたいにいろいろ考えて、屁理屈をこねてまで良い方向に受け止めるやつもいる」

 

 ニンバスはもう壊れてしまった。それはもう戻らない。

「落ち込むなとは言わない。嘆くなとは言わない。でも、少し休んだんだ。次を見据えろ。うずくまって落ち込むだけじゃ、前には進めないからな。まず君がすることは、退院したらルーピンに突撃することだ」

「突撃って、あはは、なにそれ!」

 自分がルーピンの腹にでも突撃することを思い浮かべたのか、ハリーは声をあげて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 ハリーは退院したら弦の助言した通りルーピンに突撃もとい頼みにいったらしい。ルーピンはそれを受け入れて、来学期までに準備をすると言ったそうだ。それまで待ってほしいと。弦も直接協力を請われてそれを了承した。

 

 冬の休暇まで一カ月を切った。そんなとき、弦のもとに一通の手紙が舞い込む。それは月見里が地獄堂のおやじから預かったものだそうだ。

「金森竜也……」

 その名前を数回頭の中で繰り返し、夏休みに一度だけ会ったあの少年かと思い至る。

 彼の手紙は謝罪から始まっていた。

 

『水無月弦さんへ [改行] 突然の手紙を許してほしい。夏休みに一度会った金森竜也だ。今回、どうしても相談したいことがあって地獄堂のおやじさんにこの手紙を預けた。弟のてつしとその友達のことだ』

 金森てつしら三人は地獄堂のおやじを師として竜也にはわからないことを学んでいると言う。それの関係で、この秋一つの出会いがあった。

 

『彼女は西崎由宇という名前で、西崎夫妻の養女だった。俺のクラスに編入してきたその子は、辛い過去があって記憶がない以外には本当に明るい子だったんだ。』

 だがしかし、竜也にはその子がときどきそこにいないように見えたと言う。存在感が希薄と書かれていた。

 

『俺はそれが記憶という経験がないから、積み重ねてきた時間がないからそう見えたのだと思った。けど、実際は違ったんだ。彼女はてつしたちが学ぶ常人には理解できない世界の事件にかかわっていた』

 

 結果、西崎由宇は消えた。竜也とてつしたちの前で、藤門蒼龍という術師によってそのことは隠蔽され、西崎由宇は鬼籍に入った。そもそも藤門蒼龍は彼女のことを追って上院の町に来たらしい。

 

 藤門蒼龍と言えば亡き藤門龍雲の生涯唯一の弟子で、さらに言えば日本の中でも高位の術者だ。かなり危険な仕事もしていると聞く。ヨーロッパにも顔がきき、さらに現世ではなくあの世にも伝手を持つと言う。

 

 その人がかかわっていたとするなら、自身が犯した過ちか、それとも亡き師匠の尻ぬぐいか。今回は後者のようだった。

 

『西崎はすでに一度死んだのだと俺に言った。そう言って消えて行った。全てを思い出して受け入れて笑顔で消えた。てつしたちは全ての事情を知っていたようだ。』

 

 藤門龍雲は従術の一種である傀儡術の使い手だ。彼が操る人形は生きている人間と区別がつかないほどだと聞いている。

 西崎由宇はその傀儡術によって死んでいたところを繋ぎとめられたのか。けれどそれは禁術だ。世界の理を歪める、侵してはいけない領域。

 

『てつしたちによれば、西崎はすぐに西崎夫妻のところに生まれ変わってくるらしい。藤門さんという人がそう取り計らってくれたと聞いた』

 

 まあ、あの人ならできるだろう。

 

『ここからが本題になる。俺はてつしたちが関わる世界が危険なものだと知っている。だからこそ不安なんだ。本当に関わらせていいのか。止めなければならないんじゃないか。俺にはその判断がつかない。』

 

 竜也は言う。弟たちは人の死に関わることが多くなった。いつか、とんでもなく傷ついてしまうかもしれない。

 

『俺にはそちらの世界の事情はわからない。だからといっててつしたちに教えている地獄堂のおやじさんに聞くことはてつしたちのためにもできないし、藤門さんもそうだ。だから君に手紙を送った。返事がもらえるなら、俺がどうするべきか教えてくれないか。 [改行] 金森竜也』

 

 最後まで読んで、弦はふっと息を吐きだした。

 てつしたちは天啓型異能者だ。地獄堂のおやじという師を持って後天的に能力を目覚めさせた。もともと素質があったのだろう。その彼らを一般人で事情を知る竜也は心配している。

 頭の中で考えをまとめて、弦はペンをとった。

 

『金森竜也君へ [改行] 突然の手紙で驚いたけれど、迷惑ではないよ。君の弟のてつし君たちは、日本の術師という大きなくくりで私の後輩と言うことになる。彼らが正しい限り、私達がそれを切り捨てることはないと断言できる。』

 

『地獄堂のおやじ殿も藤門蒼龍殿も信頼に足る強い方達だ。特に前者は日本の中で最も強いと言われているから、てつし君たちを守る存在としてあの方より安全な人は今の日本にいないと思う。そこは安心していい。』

 

『ただ、てつし君たちが自らこちらの世界に来たのなら、君の言う危険な目というのはどうしてもあってしまう。そして時には命の危機にも遭うだろう。だけどそれはてつし君たち自身が選んだから起こることだ。それは誰のせいでもない、彼ら自身の問題になる。はっきり言って、一般人の君が物理的に助けられることではないだろう。』

 

『だから君がすべきことは、彼らを信じて待つことだと私は思うよ。彼らの帰る場所であること。これはとても大事なことだ。絶対に帰ろうと言う意思が時として彼らの命を繋げることになるはずだから。それに君のように理解のある人間が傍にいることは絶対に彼らの助けとなっている。気にしすぎて、逆に彼らを心配させないように。 [改行] 水無月弦』

 

『追伸 日本に術師は思ったよりもたくさんいる。そして私たちは同胞の死の危機を黙って見ているだけと言うことはない。君の弟たちはもう私たちの仲間だから、私たちのことも信用してくれるとありがたいかな』

 

 封筒にいれて蝋でとめる。印璽の型は水無月の家紋にした。片喰の紋がくっきりと蝋を形作って封をしてくれた。

 手紙と一緒に守りの御符を四枚ほど入れておいた。弦が作ったものだが祖母と同じ効力であるのは実験済みなので問題ないだろう。

 

 翌朝になって、弦は竜也の手紙を運んできた大鷹にそれを託した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休暇が始まる前日、ホグズミードへ行ける日がまたやってきた。弦はその日、ヒッポグリフの群れのところに来ていた。ここにバックピークはいない。問題をおこしたあの子は隔離されている。

 栗色のヒッポグリフがよってきた。挨拶をしてからその毛並を撫でる。この子は雌でシャタンという名前なのだそうだ。フランス語で栗色を意味する。

 

「お前もバックピークに会いたい?」

 同意する様に鳴くシャタンの羽毛に頬をつけながら、弦は静かに目を閉じた。温かい。

「お前、ユヅルか?」

「ハグリッド」

 大きな身体を揺らしながらハグリッドがやってきた。その手にはヒッポグリフたちの餌がある。

 

「お前さん、ホグズミードには行かねぇのか?」

「三年生の間は行かないことにしたんだ。私も餌をやらせてもらってもいい?」

「おお、いいぞ。お前さんはシャタンによく懐かれちょる」

 小動物の死体を彼らに与えていく。シャタンは一匹食べるたびに弦に催促した。脇の下に嘴をつっこんで頭を出すのだ。甘えた声にハグリッドが大笑いした。

 

 レグルスがシャタンと遊ぶさまを見ながら、弦はハグリッドと少し話をした。まだバックピークの処遇は決まらないらしい。だが彼は覚悟していると言う。マルフォイ氏が息子が傷つけられてかんかんなのだ。ダンブルドアはハグリッドを守ってくれるだろうが、元凶となったバックピークまではどうにもならない。

 

「俺ぁ嬉しかった。ユヅルがマルフォイのやつに怒鳴ってくれた。それを見ていたからシャタンもお前さんによく懐いているんだろう」

「……私は、ただマルフォイが許せなかっただけだ」

 全部が全部、バックピークのためじゃない。

 

「私はこれでも、国ではマルフォイ家みたいな名家とよばれる家の生まれなんだ。ううん、うちはマルフォイの家よりずっと歴史が深い旧家だ。一番古い記録は千二百年前のものだし」

 家の蔵に残っている家系図はひたすらまっすぐ弦の名前まで記録されている。分家を許さない一子相伝の家。その家系図を見るたびに、弦は歴史の重さをその肩に感じた。

 

「私は早い段階で家を継ぐことになって、そのぶん自分の行動に責任を持たなくてはいけなくなった。でもそれは、家柄が高ければ高いほどそうだと思う。私達みたいな人間は自分の行動がどれだけ周りに影響を与えるかしっかり理解して、自分の行動に責任を持たなくちゃいけない」

 

 けれどマルフォイはそんなこと考えてない。甘ったれで、自分勝手なお坊ちゃんだ。

「だから私はマルフォイを見てるとすごく苛つく」

 ハグリッドの大きな手が弦の頭を少々乱暴に撫でた。見ればにっこりと笑っている。

「ユヅルはユヅルのままでええ」

「うん」

 

「もう城に戻れ。これからもっと寒くなるぞ」

「わかった。またね、ハグリッド」

 翌日の休暇一日目、かすかな生徒を残してほとんどの者が帰省した。テリーたちも親からせっつかれて帰っていき、レイブンクローには弦しか残らなかった。

 

 その日の夕食でグリフィンドールにはハリーとロンとハーマイオニー、ハッフルパフの一年生が二人とスリザリンの五年生が一人残っていることがわかった。

 夕食のあと、弦はグリフィンドールの談話室に招かれた。誰もいないからと引っ張られたのだ。そこで喧嘩するクルックシャンクスとスキャバーズを見つけて飼い主の二人が騒ぐので、弦はそれぞれ二匹を籐の籠の中に捕まえた。

 

「ハーマイオニー。クルックシャンクスを部屋に置いておいで。しっかり扉をしめてくるといい」

「わかったわ」

 渋々部屋に持って行ってすぐに戻ってきたハーマイオニーは、スキャバーズの入った籠に猫避けの呪文をかけてやる弦を見て「あなたもクルックシャンクスが悪いって言うの?」と不貞腐れた。

 

「違うよ。鼠を追いかけるのは猫の本能だ」

「じゃあスキャバーズが悪いって言うのかよ!」

「なんでそうなる……動物の本能は人間がどうこう言ってどうなるわけでもない。こういうのは飼い主が気を付けるしかないんだよ。ハリーから言われなかったか? 私はスキャバーズを部屋に留めてゆっくり療養させてやれと言ったんだが」

「それは……」

 押し黙ったロンに弦は溜息をついた。ハーマイオニーと並んで座らせる。

 

「スキャバーズは弱ってる。だから外に出していてもクルックシャンクスから逃げれず捕まってしまう。そうしたらさらに弱って悪循環だ。だから部屋に留めてゆっくり休ませてやることが大切なんだよ。それがたとえ閉じ込めることになっても、まずは完全に回復させたほうが良い。自分で面倒がみれないようなら家に送ることも考えるべきだ。飼い主として責任をもつっていうのはそういうことだと思うよ」

 

「……うん」

 しゅんと項垂れたロンの背をハーマイオニーが慰めるように叩く。二人が喧嘩しないで済んだことにハリーはほっとしていた。

「そういえば弦は聞いた? ハグリッドのところに魔法省から手紙が来たんだ。マルフォイのお父さんの訴えでバッグピークが『危険生物処理委員会』で裁かれるんだ」

 

 危険生物処理委員会は魔法省魔法生物規制管理部動物課の中の委員会だ。魔法生物規制管理部は魔法生物を管理・保護を管轄し、学術的な調査研究も行っている。彼らは危険度と稀少性を考慮して生物を五段階に分類しており、ヒッポグリフでいえばXXX(レベル3に該当)だ。また魔法生物の一部にはここに許可をとらなければ飼育できないものもいる。

 

「ハグリッドは、あそこはひどいところだって言ってたわ」

 

「魔法生物規制管理部っていうのはその名の通り魔法生物に関して管理しているところだ。言い換えるなら人間と共存できるよう魔法生物の稀少性や危険度を分類してレベルをつけて公表している。そして動物課の危険生物処理委員会は人間に害をなした生物の処理をまかされているところだな。ハグリッドが三年生の初授業で選んだヒッポグリフは魔法省の分類で言えばレベル3だから不適切なんだ。そのこととマルフォイが怪我をしたというところ大きく取り上げられているんだろう」

 

 マルフォイの父親は大々的に被害者の保護者として訴えただろう。

「裁判までに私達、弁護のための材料を捜そうと思うの。ユヅルも手伝ってくれる?」

「かまわないよ」

 そこまで話したところで、ふいにハリーの表情に影が落ちた。そして数秒躊躇ったあとに意を決して口を開く。

 

「ユヅル。僕、昨日ホグズミードに行ったんだ」

 なんでも彼はウィーズリーズから「忍びの地図」と呼ばれる魔法道具をもらったらしく、それをつかってホグズミードまでの抜け道を使って城を抜け出したらしい。そして「三本の箒」というパブで、マクゴナガルとハグリッドと魔法大臣の話を聞いた。

 

 シリウス・ブラックはハリーの父であるジェームズ・ポッターの学生のころからの親友だった。そしてポッター家が隠れ住んでいる時、彼はその場所の秘密を守るための「秘密の守り人」だったのだ。

 「秘密の守り人」。それは「忠誠の術」を使用して秘密を封じられた生きた人間のことを表す言葉だ。この守り人が秘密を口にしない限り、秘密が外部に漏れることはない。守り人が死んだ場合でもその術は解けず、封じられた秘密は永遠に漏れないという。

 

 秘密の守り人だったブラックはあろうことかヴォルデモート卿にポッター家の居場所を漏らしてしまった。その結果、ポッター家は襲撃されハリーの両親は死んだ。

 しかしヴォルデモートは幼いハリーの前に倒れ、それを知ったブラックを追いつめたのは彼と同様にジェームズ・ポッターの親友だったピーター・ペティグリューだった。彼は落ちこぼれだったけれど勇敢にブラックに立ち向かい、そしてこの世に小指一本を残して死んだ。

 

 ブラックはアズカバンに投獄され、十二年後の今年に脱獄したのだ。

「ブラックは僕を殺しに来たんだ!」

 話しているうちにハリーはひどく興奮していった。

 

「あいつは父さんの親友だった! なのに裏切って、そのせいで母さんも死んだ! そしてもう一人の親友はその手で殺した! あいつのことを大臣はなんて言ったと思う? 僕の名付け親だって言ったんだ! 両親を殺した奴が僕の名付け親!? 冗談じゃない!!」

「シレンシオ」

 

 今にも爆発しそうな様子なので黙らせてみた。沈黙呪文のせいで声が出せなくなったハリーを接着呪文で座っているソファにくっつけ動けなくさせる。

「落ち着け。とりあえずお前がブラックを憎んでいることはよぉくわかった……わかったけどな」

 

 弦はすっと立ち上がった。その雰囲気ががらりと威圧的なものになる。思わずロンとハーマイオニーが「ヒッ」と喉をひきつらせ、真正面のハリーは顔を青ざめてさせている。

 

「抜け出したのは感心しないな、ハリー」

 

 血の底から響くような低い声にハリーの身体が振動する。ロンがかばうように言い募ったが、弦は一蹴した。

「黙れ。ハリーがどうしてホグズミードに行けないのかわかっているだろう。きっと許可証にサインがもらえていても、ハリーの外出許可は潰されたはずだ」

「そんなっ!」

 

「大人たちが必死になってハリーを守っているんだ。魔法省もホグワーツの教員もだ。ハリー。君が顔を知らない大人たちが必死になってブラックを捜して、君が狙われていると思っているから君を守っている。なのに君は自分の都合でそれを崩したんだ。今日、ブラックがホグズミードを襲撃していたらどうしていたんだ! 怪我していたのは君かもしれないし、君の周りにいた人間かもしれないんだぞ!」

 

 ぐっとハリーが唇を噛み締めた。そんなことはわかっていると言いたげな顔だった。しかし弦はそこで終えなかった。ハリーはわかっていない。

「ハリー。今から私は君には非常に耳が痛い話をする。だが話し終わるまでそこから解放するつもりはないからよく聞け。ロンとハーマイオニーもだ」

 じろりと二人を見れば二人はさっと居住まいを正した。

 

「どうして君が何一つ説明されずに、ホグワーツに閉じ込められていると思う。それは君が非力で無力な子供だからだ。君は大人たちにとって守るべき庇護対象で、失いたくない存在だからだ」

 だから魔法大臣は夏休みにハリーを家に帰さずに漏れ鍋に留めた。

 

「何も教えなかったのは君が自らブラックを捜すのを危惧したからだ。君に全てを教えたとして、今のように復讐心に支配されてブラックと対決したとしても簡単に殺される。魔法省はブラックが強いと考えている。十三歳の魔法使いの少年を簡単に殺せるくらいには強いと」

 そして魔法省のかかえる実行部隊だけでは足りないからアズカバンの吸魂鬼まで駆り出されているのだ。

 

「いいか。君は弱い。ブラックに比べてはるかに弱い。ブラックを追いかける大人たちに比べてはるかに弱い。未熟な未成年魔法使いなんだ。それがわかっているから大人たちは君を守っている。君のもつ安全は、大人たちが必死になって考えて努力して出来上がった守りの中にあるんだ。自分ばかりが大変な思いをしていると思うな。現状で君を守りつつ、一般の人達の安全を確保するために奔走している大人たちのほうがはるかに大変なんだ」

 

 彼らはブラックを捕まえるために組まれた編成で動いているだろう。しかしブラックと出会ってしまえば死ぬかもしれない。十二年前の闇の勢力全盛期のときのように。

 

「なんで君がホグズミードにいけないんだと思う。そこはホグワーツの敷地外で、ホグワーツの中よりかはブラックが侵入しやすいからだ。そして生徒以外の魔法使いや魔女たちがいてブラックが紛れやすいからだ。休日で浮かれている生徒達がいくその場所で、君がのこのこ出て行ってブラックの襲撃を受けたらどうなる? 危険は君だけじゃなく、他の生徒にもホグズミードに住む人達にも襲いかかるんだ。未熟な生徒達はすぐにパニックになるだろう。そのパニックが場をさらに混乱させてしまう。そういう危険性があるから君はホグズミードに行けないんだ。みんな君に意地悪をしたいわけじゃない」

 

 みんな、ハリーの安全を考えてそうしているのだ。

「なあ、ハリー。ルーピン先生がどうして君に吸魂鬼を追い払う魔法を教えてくれる気になったと思う。ブラックを追って君を守る手段の一つであった吸魂鬼が君の命を脅かしているからだ。このままだと君が危険だから自衛を身に着けさせようとしてくれている。でもそれは吸魂鬼から君を()()()守ってくれる手段であって、ブラックを倒すための手段じゃない」

 

 そこで弦は膝をついた。下からハリーを見上げる態勢をとる。

「私の父は警察だった」

「けいさつ?」

「魔法界で言う魔法慶察のことよ」

 首を傾げたロンにハーマイオニーがそう答えた。

 

「そう。父はその中でも人を傷つけたり殺したりした犯罪者を捕まえる仕事をしていた。優秀な人だった。優しい人だった。強い人だった。でも私が五歳の時に死んでしまった」

「っ!」

 

「殉職だった。犯人を追っているときに、その犯人に殺されたんだ。マグルの中で、父は強い部類だろう。でもそれでも死んだんだ。相手は一人だった。今もまだ刑務所に入っている」

 弦が強いと信じていた父はあの日死んでしまった。弦をずっと守ってくれた絶対的な存在はいなくなってしまった。

 

「あの頃の私は弱かった。無力で無知で、どうしようもないくらい弱かった。だから私はずっと守られていたんだ。今の君は、あのころの私とよく似ている」

 犯人を呪った。憎くて憎くて、でも殺しても父が帰ってくるわけじゃない。子供だった自分が、大人に勝てるわけでもなかった。

 

「ハリー。ブラックを憎むなとは言わない。きっと呪って殺してやりたいぐらいに憎いだろう。でも君はホグワーツにいるべきだ。守ってくれている大人たちの気持ちを無駄にするな。君の両親が君を生かしたなら、その命をみすみす投げ出すな」

 

 接着呪文はともかく、沈黙呪文は途中で効力が切れていた。それなのに最後まで黙っていたと言うことは、そういうことなのだろう。

 

 

 

 


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