見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第十一章

 

 

 すっかり落ち込んだハリーをつれてロンは男子寮に上って行った。残された弦はハーマイオニーに誘われてその日はグリフィンドール寮に泊まることにした。いつも持ち歩いている鞄の中には着替えも入っているから問題はない。

 

 ハーマイオニーの部屋ではクルックシャンクスが大人しくしていた。その頭を撫でる。

「ごめんね、閉じ込めて」

 そう言うと、クルックシャンクスはひとつ鳴いて尻尾を振った。彼女とレグルスが寄り添って眠り始めるので、弦は入浴の準備をする。

 

 お湯をバスタブに溜めながら、手持ちの薬草や木の実を調合して入浴剤をつくった。それに合うキャンドルも用意する。

「ユヅル、もういいかしら」

「いいよ」

 ハーマイオニーがひょっこりと顔を出して、浴室内の香りに顔を輝かせた。

 

「わあ、いい香りね」

「特性の入浴剤とアロマキャンドルだ。シャンプーとトリートメント、ボディソープも自家製だよ」

 それらは無添加で天然素材の人体に無害すぎる品物だ。効能もばっちり。大手化粧品会社の商品に負けないと自負している。

 

 せっかくだから二人で入りたいというハーマイオニーと一緒にまずは髪と身体を洗い、湯船につかった。ハーマイオニーはほうっとため息をつく。

「気持ちいいわ。ユヅルはすごいわね」

「ふふ。日本人のほとんどお風呂大好きだから。お風呂と食べ物へのこだわりはものすごいよ」

 

 色のついた湯をすくって肩にかける。その様子を見ていたハーマイオニーの顔の赤みが増す。

「それに、ユヅルすごく綺麗になったわ」

「ん? そうか?」

「ええ。きっと恋とかしたらもっと綺麗になるわね」

「恋ねぇ……」

 

 そう言われても、と思う。恋というものを弦はどこか忌避していた。あの母のことを思えば、どうにも苦手意識と言うか恐怖観念と言うものが消えないのだ。

「今のところその予定はないな。ハーマイオニーは?」

「えっ!?」

「ロンか」

「ちょっ!」

 

 ばしゃりと湯が波立つ。慌てるハーマイオニーに弦は声をあげて笑った。少しだけ拗ねたような彼女の顔が眩しくて目を細める。

「ロンはきっと気付かないだろうな」

「……そうね。きっと気付いてくれないわ」

 鈍感で子供っぽいんだからと口を尖らせるものだから、弦は「いつか気付くよ」とだけ言っておく。

 

「ハーマイオニー」

「なあに?」

「君、全部の授業を受けるのに魔法道具使ってるだろう」

 ぴたりとハーマイオニーが挙動をとめた。弦は平然と続ける。

「誰にも言わないよ。ただ気になっただけだ」

 

 ハーマイオニーが全科目履修するのは時間割的に無理だ。弦たちの学年で全科目履修するのはハーマイオニーだけ。彼女一人のために時間割は組まれていない。彼女以外のその他大勢に合せた結果、今の時間割となっているのだ。

 

 ならばどうやってハーマイオニーは履修しているのか。魔法しかあるまい。ただ時間を遡る魔法はハーマイオニーには使えないだろう。ならばそれを可能にする魔法道具を使っているはずだと弦は推理した。

 心当たりがあるのは逆転時計(タイム・ターナー)だ。あれは魔法省が管理しているが、特例として学校側がかけあって許可が下りれば使える。

 

「ユヅルにはかなわないわ」

「どーも。それにしても、大丈夫か?」

「え?」

道具(それ)使って平気かって聞いてる」

 時間を遡るのはかなり危険だ。過去の人間に未来からきていると知られるのもそうだし、過去の自分に会ってしまえば何が起こるかはわからない。

 

「全部の時間割を気にして周りに気付かれないようにするのは大変だったろう。それがまだ学年末まで続く。だから平気かと聞いた」

「……正直、少しだけ疲れているわ。でも自分で決めたことだもの。最後までやりたい」

 しっかりとそう言い切るハーマイオニーに弦も頷いた。

 

「声をかけてくれれば課題を手伝うくらいはできる。それに心を落ち着かせる作用のあるハーブを調合するよ。ハーブティーにしたり、臭いを楽しんだりして気持ちを落ち着けると良い。夜、枕元に置けばよく眠れるやつもつくる」

「ありがとう、ユヅル」

「うん」

 

 少しだけ泣いたハーマイオニーを見ないふりして、その涙が止まったころに湯船から出た。お互いに髪を乾かしあってから同じベッドで眠る。

 翌朝、ハーマイオニーはすっきりとした顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、弦は昨日言わなかったことをハリーに告げた。

「そういえばハリー」

「なに?」

「あの『忍びの地図』は持っていてもいいけど絶対落とすなよ」

「? うん」

 

「……あれがブラックの手に渡って、もし使い方がわかったらどうする。お前の居場所筒抜けだぞ」

「絶対落とさない!」

 ぶんぶんと首を上下に振るハリーと、顔を青ざめるロンとハーマイオニー。その様子に弦は苦笑した。

 

 その日はバックピークの裁判の弁護に使う資料集めとなった。弦は記憶している限りのあの日の会話を書きおこし、一連の流れの記録を作る。ハリーたちは図書室でありったけの本を借りてくると、談話室の暖炉の前でそれを広げて過去の裁判記録を調べ始めた。

 記録を作り終った弦もそれに加わった。何か関係のありそうなものを見つめるとみな声に出してその文章を読み上げた。

 

「これはどうかな……一七二二年の事件……あ、ヒッポグリフは有罪だった。うぅー、それで連中がどうしたか、気味悪いよ」

「これはいけるかもしれないわ。えーと、一二九六年、マンティコア、ほら頭は人間、胴はライオン、尾はサソリのあれ。これが誰かを傷つけたけど、マンティコアは放免になった」

 

「そりゃそうだ」

「え? ……あ、そうね、だめだわ。なぜ放たれたかというと、みんな怖がってそばによれなかったんですって」

「マンティコアは獰猛で気性が荒いから。それに尻尾はサソリよりもはるかに強力な猛毒だ。体もでかい」

 

 これといったものが見つからないまま、クリスマスとなった。その朝に弦はいつもどおりの時間に目を覚まし、まだ薄暗い部屋の明かりをつける。ベッドの足元にプレゼントが山をつくりだしていた。レグルスが興味深そうに鼻先を近づけている。

 

「……?」

 なんだか量が多い気がする。

 ともかく一つ一つ手にとり、それから仕分けた。知り合いとそうじゃないものにだ。知り合いのものはさらにこちらから送った人と送っていない人のもわける。

 

 叔父家族、テリーたち、ハリーたち、リサとパドマ、それからセオドールやハッフルパフの幾人かにはこちらから送っている。セドリックやチョウ、デイビースなど送っていない顔見知りもいたので、お返しにクッキーを包もうと決める。ウィーズリー夫人の手編みマフラーもあって驚いた。藍色のそれはとても暖かい。クッキー増量決定。

 

 問題は知り合いでもない人達からのプレゼントとカードだ。いちおう、全て中を見たが嫌がらせと言うことはなかった。はて、どうしたものか。

 部屋にいつのまにか届けられていた朝食を食べ、クリスマスカードのお返しのカードをつくり大鷲が羽ばたいて青い花が咲くようしかけを施した。プレゼントを送ってくれてくれた人には瓶詰飴クリスマスバージョンを送っておく。クリスマスカードつきだ。甘い物が苦手な人はもうしわけないが諦めてほしい。

 

 昼食の時間になって大広間に下りれば、広い大広間の中央にテーブルがおいてあった。普段使われる寮ごとの長いテーブルは端によせられている。先生と生徒の食器と椅子が人数分置かれていて、すでに弦以外はそろっているようだった。さきにフリットウィックに連絡して遅れることを言っておいてよかった。

 しかしなにやらもめているようだった。一人だけ女性が立っている。スパンコールをめいいっぱいつけた緑色のドレスがきらきらと輝いている。

 

「校長先生! あたくし、とても座れませんわ! あたくしがテーブルに着けば、十三人になってしまいます! こんな不吉な数はありませんわ! お忘れになってはいけません。十三人が食事をともにするとき、最初に席を立つ者が最初に死ぬのですわ!」

 

「シビル、その危険を冒しましょう。かまわずお座りなさい。七面鳥が冷えきってしまいますよ」

 マクゴナガルの言葉は苛々としていた。成程、彼女がシビル・トレローニーか。占い学教授の。これは確かに難儀な性格をしているようだと思ったところで、ハリーたちが弦に気が付いた。だから弦もこの空気に割って入ろうと決める。

 

「遅れて申し訳ありません。席はありますか?」

 弦の声に全員の視線が集まった。しかし臆することなくテーブルに近づく。

「おお、ミス・ミナヅキ。お待ちしていましたよ」

 フリットウィックの言葉にもう一度遅刻を詫びる。テーブルの席はもともと十三。トレローニーが来て十四となった。空いている席の内、ハーマイオニーの隣に躊躇いなく座る。

 

「まあ、あなた!」

 トレローニーが金切声をあげた。

「十三人目になりましたわ!」

 ハーマイオニーが苛々した様子でトレローニーを睨んだが、弦は平然と言葉を返した。

 

「ではトレローニー先生、あなたが十四人目となってください。そうすれば私が十三人目として不吉に見舞われることはないでしょう」

 あまりの衝撃だったのか、トレローニーはぴしりと固まった。その手をマクゴナガルがひいて椅子に座らせる。

「ありがとうございます、トレローニー教授」

 にっこりと笑ってお礼を言ってから、弦は自分の皿に料理をとった。

 

 食事中、トレローニーは幾度か弦に話しかけた。

「あなたは私の授業にはおりませんでしたわね?」

「ええ。占い学はとっていません。私にはその才能がありませんので」

「そ、そうなの」

 そうなんです。才能ないんです。占い結果をそのままそっくり信じると言う才能が。

 

 ルーピンは病気のためいないとのとことで、満月のせいかと弦はちょっとだけ気の毒になった。いくら薬で変身を抑えられるからと言って全てが上手くいくわけではない。体調はすこぶる悪いだろうし、気だって立っているだろう。

「ユヅル、どうして遅れたの?」

 ハーマイオニーの向こうにいたハリーが弦に問いかける。そのさらに向こうにいたロンもこちらを見ていた。

 

「クリスマスプレゼントのお返しの準備が予想以上に手間取ったんだ」

「そうだったんだ」

「何故か顔もわからない人達からのものが多くて」

 どうしてだろうかという弦の言葉にハーマイオニーがくすくすと笑った。

「ユヅル、モテるわね」

「顔も知らない相手に? 面倒臭いな」

「あなたらしいわ」

 

 トレローニーはいつのまにか調子を取り戻していろいろ不吉なことを言ったがみんな相手にはしなかった(ルーピンが水晶玉を見て逃げたのは満月を思い出すからだろう)。ダンブルドアは自ら一年生に声をかけてその顔を真っ赤にさせていた。

 

 一番最初に席を立ったのはロンとハリーだった。それをハーマイオニーがとどめて、デザートまでしっかり食べ終わった弦もつれて広間の端につれていく。よせられていた長椅子に並んで座った。

「あのね。ハリーに『炎の雷(ファイアボルト)』が贈られたの」

「『炎の雷』…………ああ、テリーとマイケルが話してたやつか。現存する箒の中で最高峰ってやつ」

「そう、それ!」

「誰から贈られてきたかわからないんだ。ハーマイオニーが心配してて」

 

 大げさだとロンは言う。ハーマイオニーはそんなことないと顔をしかめた。ハリーは半分といったところか。ロンのように喜びもあるけれど、ハーマイオニーの疑う気持ちもわかる。

「確かに匿名にしてはプレゼントが高価すぎるな」

「でしょう? やっぱり先生に言うべきだわ」

「そのほうがいい。何も問題がなかったら先生達も返してくれるさ。とくにマクゴナガル先生はクディッチに関してはかなり熱心だから、つぎの試合までには必ず」

 

 ロンは最後まで不満そうだったが、それでもハリーが決心すれば文句は言わなかった。二人は箒をとってくると駆け出していく。その間にハーマイオニーと弦はマクゴナガルにことのしだいを説明した。

 彼女はハリーたちが持って来たファイアボルトに一瞬だけ目を輝かせたが、それをすぐにひっこめて慎重な手で箒を受け取った。

 

「確かに預かりました。しっかり調べて、問題がなければお返ししましょう……ポッター。正しい判断でした」

 最後の言葉は穏やかなほほ笑みと共にハリーに贈られ、ハリーも嬉しげに「はい、先生」と返した。

 広間を出たところで、弦がハリーの背中を叩く。

 

「ほら。君は守られているだろ」

「うん」

 マクゴナガルの微笑みの理由をくみ取ったハリーは、袖で両目をこすったかと思うと三人に向けて元気よく言った。

「バックピークの弁護がんばろう!」

 

 

 

 

 





 二か所、誤字訂正しました。
 失礼しました。 
 報告ありがとうございました。

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