見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第十三章

 

 

 

 

 次の日になって、ハリーがかなり複雑な顔をして弦のもとへ突っ込んできた。その両手はハーマイオニーとロンに繋がれていて、無理やり連れてきたようだった。

 時間は朝食の時間で、弦はいつも通りテリーたちと座っていたのだ。

 

「ユヅル、聞いて! 僕の箒は戻ってきた!」

「うん、おめでとう」

「それとロンのスキャバーズが消えた!」

「は?」

 

 ファイアボルトは厳重な検査を終えたのか、良かった。そう思ったのもつかの間、ハリーはロンのペットが消えたことの詳細な説明を勢いよく話し始めた。

 スキャバーズは影も形もなく消え、代わりにロンのシーツは血で汚れ、床にオレンジ色の毛が落ちていたらしい。

 

「あのいかれた猫がスキャバーズをとうとう食べたんだ!」

 ロンが怒る横でハーマイオニーは明らかに落ち込んでいる。ハリーは昨日からずっとこの調子なんだと困っていた。

 弦は少し考えてから口を開いた。

 

「それ、クルックシャンクスのせいじゃないと思うけど」

「えっ!?」

 ばっと顔をあげたハーマイオニーの目はすでに涙で潤んでいた。それをハンカチでぬぐってやりながら、説明を続ける。

 

「猫の習性の問題だ。猫の狩りは血を流さない。あと、飼い猫は仕留めた獲物をかならず飼い主に見せる。以前、ハーマイオニーのところに何か獲物を持ってきて、見せびらかせてから食べたりしなかったか?」

「そういえば蜘蛛をとってきていたよね」

「うん……それはよく覚えてる」

 ロンが嫌そうに頷いた。蜘蛛嫌いは治らないようだ。

 

「だろう。もしクルックシャンクスがスキャバーズを食べているならハーマイオニーに見せに来たはずだ。それがないってことはクルックスシャンクスじゃないだろう。まあ、毛が落ちていたならロンたちの部屋に入ったのは間違いないだろうけど……そういえば、ロン。私が用意したスキャバーズ用の籠に猫避けの呪文かけ直したか?」

「あっ!?」

 これは忘れていたな。その額を強めにチョップする。

 

「自分の飼い主としての責任能力をまず考えろ。前にも言ったけど、猫が鼠を追いかけるのは本能だ。どうしようもないんだから飼い主同士が気を付けるしかない。一方的にハーマイオニーを責めるな」

「うん……ごめん、ハーマイオニー」

「いいえ、私こそクルックシャンクスのことちゃんと見てなくてごめんなさい」

 喧嘩両成敗になったところでハリーがほっと息を吐きだした。

 

「ユヅル、ありがとう。どうしていいかわからなかったんだ」

「まあ、たまには大喧嘩もいいんじゃないか。友達なんだし」

「そうそう。俺とマイケルなんかしょっちゅう言い合ってる」

「そうだな。四人で言いあうこともあるし」

「そのときは結構やかましいと思うよ」

 成り行きを見守っていたテリーたちがそう言うので、ハリーたちも合せて全員で笑った。

 

 クディッチの試合を明日に控えているからか、テリーもマイケルも頻繁にクディッチチームのメンバーに引っ張り込まれていた。

「なんでも、明日はチョウ・チャンのデヴュー戦なんだって」

 アンソニーが言うには、正シーカーの先輩が前の試合で負傷してまだ全快ではないらしい。その七年生の先輩の猛烈なプッシュで補欠だったチャンが出場するそうだ。

 

「明日勝てれば、グリフィンドールは首位争いから落ちるからチームの指揮は鰻登りだね」

「私はテリーとマイケルの“あれ”が試合で機能するかを視れればそれでいいや」

 ブラッジャーを打ちあうあの手法はグリフィンドールの人間ブラッジャーであるウィーズリーの双子にこそ使うべきだというデイビースの主張で温存してきたのだ。お披露目である。

 

「楽しみだね」

「うん」

 そして土曜日。からりとした晴の空と気持ちの良い気温。クディッチ日和だとテリーもマイケルも気合十分だ。

 応援席の最前列で弦とアンソニーはレイブンクローの応援旗を持ち開始を待つ。

 

 試合に出てきた選手の中で一番目立っていたのはハリーだ。その手にあるファイアボルトが理由で、今日になって駆け巡った「ハリ・ポッターの新しい箒はファイアボルトだ」という噂の裏付けとなった。

「ファイアボルトかあ。残念だけとシーカー勝負だとうちに勝ち目はないね。点をたくさんいれてもらわないと。相手のキーパー凄腕だけど」

 アンソニーはこれといって勝敗に興味がないようだ。弦と同様、テリーとマイケルのブラッジャー打ち合い作戦を楽しみにしているようだ。

 

 試合が始まった。レイブンクローは息の合ったコンビネーションでゴールを多く決めている。こちらはやはりレイブンクローに軍配があがったが、スニッチを狙うシーカー対決はやはりハリーが抜群の技術と最高の箒でリードしていた。チャンはなんとかついていけている。

「そろそろか」

「そうだね」

 

 ハリーがスニッチを見つけて急降下したところをテリーが阻んだあとすぐ、別のブラッジャーがジョージ・ウィーズリーからお見舞いされた。それを一回転で避けたテリーの顔があきらかに「やってやる」と言う表情である。その手の棍棒が箒の柄を叩く。それを見たマイケルも棍棒で箒の柄を叩いた。それが合図だ。

 二人がブラッジャーめがけて飛ぶ。そしてほぼ同時に棍棒で打った。お互いに向けて。

 

「おおっと、これはどういうことだ!?」

 解説のリー・ジョーダンがファイアボルトの宣伝を止めてレイブンクローのビーター二人の様子に注目する。

「レイブンクローのビーターがブラッジャーを打ちあっている! 今までこんなことをしたビーターがいたか!? グリフィンドールの選手混乱! チクショウ! やってくれたぜ!」

「ジョーダン! 解説は公平になさい!」

 

 マクゴナガルの叱責がとんだが解説者の勢いは衰えなかった。いつも通りだ。

「上手くいってるね」

「かなり練習してたからな」

 グリフィンドールの混乱の間にレイブンクローは次々と点を入れていく。

 

 しかしハリーが三度目のスニッチを見つけたところで試合は急展開となった。ハリーがスニッチに向けて猛スピードで飛ぶ。しかしそのハリーが片手で杖を持った。見れば、頭巾をかぶった三つの影が待ち受けている。

「あれ!」

「っ……いや、あれは……?」

 

 弦もすばやく杖を抜いたが、呪文を出す直前で手を止めた。なんとなく妙な気がする。その迷いの間にハリーが叫んだ。

「エクスペクト・パトローナム!」

 白銀色の影が杖から噴きだし、頭巾の集団に直撃した。ハリーはそれらを気にせずスニッチに一直線。そして金色のそれを掴み、高々と腕を空へ突き出した。

 

 審判のマダム・フーチが鳴らすホイッスルを弦もアンソニーもどこか呆然と聞いていた。その視線の先には崩れ去った頭巾の集団。その正体はスリザリンの生徒四人だった。スリザリンのクディッチチームキャプテンのマーカス・フリントに、ビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイル、そして知らない誰か。折り重なるように倒れている。

「……あいつらは馬鹿か」

 心底呆れた弦の呟きは負けたことで静まったレイブンクローの観客席によく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スリザリンが五十点減点されたことでレイブンクローチームが負けたことはあまり問題にはならなかった。ハリーがあと少しスニッチをとらずにいたら、チェイサーたちが稼いだ点でこちらが勝っていたという試合の様子も相まって、よく健闘したとみな口ぐちに選手たちをねぎらった。

 

 とくに奇天烈な作戦に打って出たマイケルとテリーは寮生に囲まれ、そこでうっかりこの作戦は弦のアイディアだと口を滑らせてしまったのだから、もう大変。弦も巻き込まれた。

 

「次こそは勝てる。とくにフリントの馬鹿ひきいるスリザリンチームには! ミス・ミナヅキには感謝してもしきれない!」

 デイビースがどさくさに紛れて弦の手をとるのでテリーとマイケルが蹴っ飛ばした。アンソニーなんかはとられた手をハンカチでぬぐっている。

 

「ユヅルに近づくな女タラシ!」

「悪影響だろう!」

「ユヅル、ちゃんと消毒しようね?」

「ゴールドスタイン! 俺はばい菌か何かか!?」

「あまり変わらないでしょう」

 

 次の日になって、ハリーのファイアボルト以上の驚きの噂がホグワーツ内を巡った。昨日の深夜、グリフィンドール寮にシリウス・ブラックが侵入したと言うのだ。襲われそうになったのはロンだという。そのことで朝からロンは話を聞きたがる生徒に囲まれた。

 

 いつもハリーばかり注目されているから、自分が注目されて嬉しそうなロンのことをハリーもハーマイオニーもつける薬はないとばかりに放っておいている。

「ポッターと間違えられたっていうのはないだろう」

 マイケルがぼそりとそう言い、弦たちもそれに同意した。

 

「今回はロンが狙われたんだ。何故?」

「ポッターの友だちだからっていうのはブラックが知ってるかどうかわからないし……」

「ペットは? 動物もどきかもしれないって考えただろ?」

「成程。スキャバーズとかいう鼠がペティグリューだったらそうなるな」

 

 だがスキャバーズはロンのところにはいない。ブラックが本当にあの鼠を狙っているのだとしたら、またくるだろう。ロンのところにはいないわけだが。

 

 ホグワーツでは警備がさらに強化された。フリットウィックはありとあらゆる教室の入り口にブラックの手配書を張って人相を生徒達に覚えさせようとしたし、フィルチはいつもあちこち駆けずり回って鼠しか通れないような小さな穴まで板で塞いだ。トロールの警備兵も配置され、廊下には彼らのズシンズシンという足音とブーブーという奇妙な声が響くことになった。

 

 先生たちもかなり神経をとがらせているようで、ただ廊下を歩くだけでも生徒達は緊張せねばならなかった。

 

 そんな中で、弦はテリーたちと図書室にいた。ハリーとロン、ハーマイオニーも混ざって課題を片付けているのである。片付いたものからバックビークの弁護のための資料探しだ。ハーマイオニーはたくさんの課題に追われていて、弦たちはそれを快くサポートした。

 

 そこへセオドールがマルフォイを引っ張ってやってきた。そのことにハリーたちは驚いて顔をしかめるが、弦たちは平然としている。そもそもセオドールにそれを頼んだのは弦だ。

 

 土曜日の試合、ハリーへの嫌がらせにマルフォイは加担していなかった。それどころかスリザリン生がファイアボルトのことでハリーにちょっかいをかけているのにマルフォイはそれをしていなかったのだ。最近、よく考え込んでいるとセオドールからも聞いていた。

 

 だから今日このときにマルフォイを呼び出したのだ。

「頭は冷えた?」

 弦の問いかけにマルフォイは「何のことだ」と堅い声で言った。

「バックビークは金曜日に裁判にかけられる。魔法省の『危険生物処理委員会』で、だ。父親から知らされているだろう」

 

 ぐっとマルフォイが唇を噛んだ。

「……知ってる。先週の水曜日にそう知らされた」

「そうか。おかげで弁護の資料探しを急がなくちゃいけなくなった。諦めるつもりは毛頭ないが、それでもかなり厳しい。九割方、有罪になるだろう。そうなればバックビークは処刑される。それが委員会のやり方だから」

 

 弦の言葉にハーマイオニーが俯いた。手で羊皮紙に皺がつくくらい力をこめて握っている。それをちらりと見て、弦はマルフォイに問いかけた。

「ドラコ・マルフォイ。君の思い通りになったか?」

「違う! 僕はこんなこと望んでなかった!」

 マルフォイが思わずといったふうに声をあげた。それでも大声をあげなかったのはここが図書室だからだろう。

 

 彼の言葉にハーマイオニーが「でもあなたのせいよ!」と言い返した。

「あなたがバックビークを侮辱しなかったらこんなことにはならなかったわ!」

「っ……そうだ。僕のせいだ」

 後悔の色しかないマルフォイの顔を見て、弦は言った。

 

「これで分かっただろう。自分の言葉一つが、行動一つがどれだけ周りに影響を与えるか。自分がどれだけの位置にいて、周りがどう扱ってくるのか。純血の名家に生まれたと言うことはそういうことだと本当に理解できていたのか? いなかっただろう」

 だが今回のことでわかったはずだ。自分の訴え一つで失われる命があるということを。

 

「裁判はもう止められないし、君の父親も止めてはくれないだろう。ダンブルドアに切り込むいい機会だろうから」

「ああ。父上はそのつもりだ。僕では止められない」

「なら弁護資料揃えるのを手伝え。やらないで後悔するより、やるだけやってから後悔する方がまだマシだ」

 マルフォイはしっかり頷いて、裁判記録を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 ハリーたちとはまだぎくしゃくとしているものの、マルフォイはしっかり取り組んでいた。その途中でハーマイオニーを「穢れた血」と侮辱したことも、さんざん弦につっかかったことも謝っている。二人がそれを快く受け入れたのでロンも何も言えないようだった。ちなみにセオドールはあっさりハリーたちも名前呼びしている。

 

 裁判の前に弁護のときの台本はハリーたちからハグリッドに渡された。結果は彼が持ち帰るかマルフォイの父が手紙をよこしてくれるまでわからない。

 その週の土曜日はホグズミードの日だった。今回も弦は城に残る。しかしロンはハリーを連れていくようだった。「忍びの地図」に載っている抜け道を使うようだ。ハーマイオニーは反対していたが、ロンとハリーはきかなかった。彼女はそのことに怒って、ホグズミードには一緒に行かないと決めたらしい。

 

 玄関でテリーたちを見送った弦を捕まえ、ついでになぜか残っていたマルフォイを捕まえて空き教室で盛大に愚痴ったのだ。

 巻き込まれたマルフォイは呆れた様子で弦のいれたハーブティーを飲んでいる。

「うまいな、これは」

「特製だから。精神安定の作用もあるけど、ハーマイオニーは落ち着いた?」

「おかげさまで。でもあの二人ったら本当に考えなしなんだから!」

 

 ぷりぷりと怒るハーマイオニーにマルフォイが言う。

「一度痛い目をみないとわからないだろう、こういうことは」

「マルフォイみたいに?」

「……悪かったな。馬鹿で」

「いやいや、学年三席が何をおっしゃる」

「お前たちは首席と次席だろう!」

「自分で言うのもなんだけど、変な組み合わせよね」

「確かに」

「まったくだ」

 

 しばらくそうしていると、こつこつと梟が窓を叩いていた。それを見たマルフォイが表情を硬くする。

「うちの梟だ」

 マルフォイ家の梟はその足にマルフォイの父親からの手紙を括りつけていた。その内容は「バックビークの敗訴」という内容だった。

「そんな……」

 ハーマオニーが顔を覆う。マルフォイは「……父上のせいだ」と言った。

 

「委員会を脅したんだ。マルフォイの名前を使えば言いなりにできる。くそっ……」

 怒りの拳が壁を打った。その音に驚いて梟は飛び去ってしまう。

「まだ控訴がある。とにかくさらに弁護材料を捜そう」

「僕は父上に嘆願の手紙を書く。これ以上、手出しはしてほしくない……あと」

 ハグリッドとバックビークに謝る。そう宣言したマルフォイにハーマイオニーは「付き添うわ」と言った。

 

「今日は無理だから、次の魔法生物飼育学のときに一緒に行くわ。きっとハリーもロンも来てくれる。ね、ユヅル」

「そうだな。テリーたちも手伝ってくれたし、みんなでハグリッドのところに行くか。セオドールも連れていこう」

 

 次の魔法生物飼育学で、宣言通りマルフォイは授業が終わるとハグリッドに謝った。そのことにハグリッドは大いに驚いたが、ハリーたちが弁護のための資料探しを手伝ってくれていたと訴えればそれを信じて謝罪を受け入れた。バックビークに会うことはかわなかったが、それでもマルフォイはこれでさらに父親への手紙を書けるだろう。セオドールの話だと、毎日手書きの文書を父親あてに送っているらしい。色よい返事はないようだが。

 

 季節はイースター休暇を迎えようとしていた。

 

 

 

 


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