見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第十四章

 

 

 イースター休暇ではたくさんの宿題が出された。その中でもハーマイオニーの量はすさまじく、見かねた弦はそれを手伝った。

 幸いだったのは彼女が占い学を止めたことだろうか。休暇前にトレローニーと一悶着をおこしてしまったらしい。本人はせいせいしているので良かったとする。

 

 このとき課題の合間でバックピークの控訴準備を目一杯できたのは弦とロンとテリー、マイケル、アンソニー、そしてセオドールだった。ハーマイオニーは大量の課題、ハリーとマルフォイはクディッチの練習にそれぞれ追われていた。特にハリーとマルフォイは試合が近いのでかなり練習して疲れているようだった。クディッチも残るはグリフィンドールとスリザリンの試合のみ。この勝敗が優勝を決めるのだ。

 

 問題だったのはそれぞれが互いの寮に嫌がらせを受けている事だろうか。ハリーはロンが、マルフォイはセオドールが注意を配っていたので怪我はないようだった。それでも集まったときはぐったりとした様子で机に突っ伏している。

 

「マルフォイ……スリザリン(きみら)どうなってるの……」

グリフィンドール(おまえたち)だってすごいぞ……」

 テリーとマイケルが二人の肩を叩いて慰めるのを弦たちは苦笑いで見つめたのだった。

 

 そしてグリフィンドール対スリザリンの試合当日。天候に問題はなかった。せっかくだからと弦も観戦に行くことにした。

 会場は今までにないくらいの盛り上がりを見せ、ほとんどの生徒が見に来ているようだった。

 試合はスリザリンの反則が多く、その中でただただスニッチだけを捜しているマルフォイが浮いて見えるほどだった。ハリーとマルフォイが会場中を飛び回るたびに観客はその様子に目を凝らした。

 

 結局勝ったのはグリフィンドールで、スニッチをとったハリーにマルフォイが悔しげに、それでも仕方ないというふうにどこか晴れ晴れとした顔をしているのが印象的だった。そんなマルフォイにハリーも握手を求めて空中で両シーカーが握手してお互いの健闘をたたえ合うと言う光景に弦たち以外は驚いているようだった。

 

 ピッチがグリフィンドールの色に染まる。グリフィンドール生がなだれ込んで選手たちを持ち上げ、ダンブルドアが自らキャプテンのオリバー・ウッドに優勝杯を渡した。レイブンクローとハッフルパフから拍手が送られ、スリザリンも形式的に拍手する。

 

 それから一週間はグリフィンドールは喜びに満ち溢れているようだった。しかしその気分も六月に入れば途端に引き締まる。学年末の試験が近づいているからだ。とくに五年生と七年生は O.W.L(ふくろう)試験と N.E.W.T(いもり)試験のためピリピリし始めた。

 

 そして同様にハーマイオニーもかなりとげとげし始めた。だから弦は鎮静と安眠の作用のあるハーブを調合し、におい袋にしてハーマイオニーにあげた。枕元に置いておけばよく眠れるからと。

 

 バックピークの控訴裁判の日は決まったが、それまで誰もハグリッドのもとへは行けそうになかった。警備はいっさい緩んでいないからだ。裁判の日は死刑執行人も一緒に来ると言うことですでに判決を決めているのだとハーマイオニーは憤慨していた。マルフォイはとうとう父親から最終宣告が来たらしく、裁判の結果は裁判官次第だと言った。

 

 試験が始まり、生徒達は朝から夜までそれのことで頭がいっぱいになった。弦は同じ寮の者だけではなくハッフルパフの同輩たちに追いかけ回されて勉強を請われることもあった。

 変身術ではティーポットを立派な陸亀に変え、呪文学ではマイケルとお互いに元気の出る呪文をかけあった。呪文学の後にはマグル学と数占い学があったようだが弦はとっていない。一日目はそれで終わった。

 

 魔法生物飼育学は全ての試験の中で一番楽だと誰もが思った。レタス食い虫(フローバーワーム)のお世話という名の放っておけばいいだけだったからだ。ハグリッドは心ここにあらずのようだった。魔法薬学では弦が完璧に混乱薬をつくった同じテーブルで、ハッフルパフのハンナ・アボットが自分の魔法薬と弦のものを見比べて半泣きになった。彼女は魔法薬が苦手なのだ。弦は試験が終わってすぐにそれを慰め、その日の夜にある天文学に意識を切り替えさせた。

 

 水曜日の朝は魔法史だ。ただひたすら記憶した歴史の知識をもとに問題を解いていく。午後の薬草学では温室の中であった。終わる頃にはその日の日差しが強すぎたため首裏を日焼けにひりひりさせる生徒が多かった。弦はあらかじめ日焼け止めを塗っていたためそうでもなかった。その日の試験は古代ルーン文字学を最後に終わった。

 

 木曜日の闇の魔術に対する防衛術の試験が全科目の試験の中で一番人気があっただろう。障害物競争だったのだ。野外に設置された水魔(グリンデロー)の入った深いプールを渡り、赤帽子(レッドキャップ)があちこちに潜んでいる穴だらけの場所を横切り、おいでおいで妖精(ヒンキーパンク)が道を迷わせようとしてくる沼地を抜け、最後に最近捕まったまね妖怪(ボガート)が閉じ込められている大きなトランクに入り込んで戦うというものだった。このクリアタイムを競うのである。

 

 弦は水魔を麻痺呪文(ストューピファイ)で退け、赤帽子はプロテゴを応用して出てくる端から穴に押し戻した。おいでおいで妖精は彼らよりも強い光を杖から出すことでその鬼火の効力を弱めた。

 「おいでおいで妖精(ピンキーパンク)」は旅人を迷わせて沼地に誘い込み、沼に沈めてしまう妖精である。またの名を「ウィルオウィスプ」。「ウィル・オー・ザ・ウィプス」とも言う。彼らは鬼火の妖精だ。そのため 「愚者火(イグニス・ファトゥス)」とも呼ばれ、世界に様ざまな別名がある。

 

 その正体は生前罪を犯し昇天できずに現世を彷徨う魂や洗礼を受けずに死んだ子供の魂、よりどころを求めて彷徨っている死者の魂、ゴブリン達や妖精の変身した姿などと散々な言われようである。

 実際はとある伝承に残っているままだ。一掴みの藁のウィリアム。転じて松明持ちのウィリアム。つまりはウィル・オー・ザ・ウィプス。死後の世界に向かわず現世を彷徨い続けるウィルという名前の男の魂なのだ。

 

 伝承によれば、生前は極悪人だったウィルは遺恨によって殺され、冥府で地獄へ行けと言われる。しかしそこで言葉巧みに自分を裁いた者を説得し、再び現世に生まれ変わった。けれどもウィルは第二の人生でも悪行三昧で再び死んだあとで冥府にて裁くことはできないと言われる。天国にも地獄にも言えず煉獄の中を漂うウィルを哀れに思った悪魔が地獄の劫火から轟々と燃える石炭を一つだけウィルに明かりとして与えた。これがのちに恐れられる鬼火の正体である。

 

 おいでおいで妖精は「鬼火のように幽かで儚げな一本足の生き物」と言われているが、これは実は間違いだ。石炭を入れたランタンの長い柄が一本足に見えるだけなのである。ウィル自身はすでに妖精へと転じたためかとても小さく、その姿は頭から足先まで覆うローブによって隠されていた。その小さな身体はランタンの柄の中腹にくっつくようにしてしがみついている。そのまま撥ねるように動くので、一本足ではねているようにみえるわけだ。暗闇の中で儚く武器に揺らめく鬼火を見ればそちらにばかり気を取られてしまい、正確に妖精の姿を確認できないのは無理もない。

 

 その鬼火をつくりだしている石炭は冥府のものだ。燃え尽きることはなく、ウィル・オー・ザ・ウィプスが一番大事にしている。温かく消えない炎は時として旅人の命を救うこともあるそうだが、たいていは沼地で沈む。

 ようは鬼火の光に惑わされなければいいので、弦はそれが霞むくらいの光を生みだした。予想通り鬼火は霞み、誘惑の効力は薄まったのだ。

 

 まね妖怪が潜むトランクに入ると、まね妖怪はやはりあの不気味な姿へと変わった。三種類のお面とひきずるほど長い漆黒の布。リディクラスと唱えてその姿を花柄の愉快なものへと変えてやれば恐怖はない。

 トランクを脱出した後、ルーピンは弦のクリアタイムの速さを褒めた。ハリーと同列一番だと言う。

 

 最後の試験は占い学だったが、弦たちはとっていなかったので防衛術の楽しい試験の後の清々しい気持ちのまま一足さきに解放された。

 

 その日の夕食で、弦たちはハーマイオニーがさりげなくよこした手紙でバックピークの処刑が決まったと書かれていた。ハリーたちは三人で夕食後、ハグリッドのもとを訪ねると言う。弦はすぐさまセオドールに頼んでマルフォイに夕食を早めに切り上げさせた。二手に分かれてホグワーツの厨房に集まる。

 そこで弦は簡単な軽食をつくりながら計画を練った。

 

「ハリーたちがハグリッドのところへ行く。処刑が決まったからバックピークは必ず殺されるだろう。だからその前にバックピークを逃がす」

 こんなこともあろうかと準備をしていたのだ。

 

「私とテリーがまずバックピークを連れ出す。だからマイケルとアンソニーはヒッポグリフの放牧場でシャタンを捜しておいて。魔法薬でこげ茶色に染めたバックピークを彼女にまかせる。マルフォイとセオドールはその間、裁判官たちを見張っていてほしいだ」

 軽食を籠にいれて鞄の中に収め、行動を開始する。

 

 弦がテリーとマルフォイ、セオドールと共にハグリッドの小屋のすぐ傍に繋がれているバックピークのもとへ行ったとき、裁判官と処刑人、そして一緒に来ていた魔法大臣はハグリッドの小屋の中にいた。ハグリッドだけではなくダンブルドアも一緒だ。

 

 杭に繋がれた鎖を慎重に外し、餌でバックピークを誘導する。マルフォイとセオドールはここに残って処刑人たちの見張りだ。彼らが城に戻ったら放牧場に来る手はずになっている。

 放牧場に向かう道すがらでバックピークの毛に魔法薬をつけた。そこからあっというまに焦げ茶色に染まったバックピークはまるで別のヒッポグリフのようだ。

 

 アンソニーとマイケルはシャタンをしっかり確保していてくれたらしい。二匹のヒッポグリフが身を寄せ合って落ち着くと、全員が一気に脱力した。しばらくしてマルフォイとセオドールがやってくる。

「いなくなったことで騒ぎになったけど、逃げたのなら仕方ないからって大臣たちは城に戻った」

「ヒッポグリフは翼があるからな。空に逃げたと思い込んでいるようだ。ここにいればしばらくはばれない」

 

 二人の言葉に弦も頷く。

「叔父に頼んでこの二匹を引き取ってもらうよ。私の国でヒッポグリフを面倒見てくれるのに丁度いい人がいる」

 こうなることを見越して、染色薬と引受人を捜しておいて良かった。

「いったん、城に戻ろう」

 

 三手にわかれて別々の入り口から城に戻る。そこで弦とテリーはスネイプが何かを手に持ってルーピンの部屋に入っていくところを見た。なんとなく身を隠す。

「例の薬か?」

「たぶんね……あれ?」

 

 勢いよくスネイプが部屋から飛び出した。その手には何もない。扉を閉めるのも忘れて駆けていくスネイプに二人で首を傾げた。

「なんだ?」

「さあ……ルーピン先生が部屋にいなかったのかもしれない」

 

 空いた扉から部屋を覗くとそこには誰もいなかった。試験に使われた魔法生物がいる。机の上には煙をあげるゴブレットが置きっぱなしで、そのそばには見たことのある地図が広げられていた。

「地図?」

 テリーが首を傾げる横で、ざっと全体を見る。ハリーたちの名前が地図のどこにもない。スネイプの名前が走っていた。その向かう先を指で辿って、暴れ柳のところをルーピンがくぐったところを見つける。そこから先、彼の名前は見えなくなった。

 

「テリー、来て!」

 すぐさま弦はゴブレットの中身を瓶に移し変えるとすぐさま駆けだした。テリーが慌てて追いかけてくる。

「何だ!?」

「ちょっと事態が悪い方向にいってるかも!」

 

 走りながら守護霊を呼び出し、アンソニーたちに伝言を任せる。このまま寮に戻るはずだったのに、弦もテリーも戻らなければ同寮の二人は何かあったと思うだろう。

『緊急事態発生。戻らないからあとは任せた』

 この伝言でなんとかしてくれることを祈るばかりだ。

 

 校庭にでて暴れ柳に向かう。影からレグルスが飛び出した。暴れ柳が暴れるのでそれを上手いぐらいに潜り抜け、何かを察して根元のこぶの上に乗る。ぴたりと暴れ柳が止まった。

「レグルス、良くやった!」

「すげぇ。暴れ柳ってこれやれば大人しくなるのか」

 

 二人が根元の穴に滑り込めばレグルスはそれを追ってきた。穴の先はどこかに繋がっているようで地下洞窟が続いている。

「この先って方角的に叫びの屋敷か」

 ホグズミードの外れにある屋敷は誰も住んでいないのに夜な夜な叫び声が聞こえるという噂があるそうだ。だから「叫びの屋敷」と呼ばれ、呪われていると怖がられている。

「うん。さっきの地図はホグワーツ校内にいる人間全ての居場所を知ることができるものなんだ。確かハリーがルーピンに没収されたって言ってた」

 

 ロンと二人でホグズミードに出かけた日に、ハリーが抜け道を使って帰ったところをスネイプに見つかったらしい。そこで持ち物を検査され、忍びの地図は怪しい品として没収された。それから専門分野ということでルーピンにわたったらしい。ハリーは彼に地図を隠し持ち、ホグズミードに言ったことをこっぴどく叱られたと言う。

 

「その地図、もとは誰のものなんだ?」

「さあ。つくり手は知らない。ウィーズリーの双子がフィルチの没収品から盗み出したらしいよ」

「あの双子の悪戯が成功するわけだ」

 道はやはり叫びの屋敷に繋がっていた。二階から話し声が聞こえる。弦とテリーはお互いに杖を持った。

 

 魔法で二人と一匹の発する音(足音や衣擦れ、息遣いなど)が消し、そろりそろりと二階へ向かう。話の内容が聞こえてきた。スネイプの声だ。

「吾輩が人狼を引きずっていこう。吸魂鬼がこいつにキスしてくれるかもしれん」

 次いでばたばたという足音がする。

 

「どけ、ポッター。おまえはもう十分規則を破っているんだぞ。吾輩がここにきてお前の命を救っていなかったら、」

「ルーピン先生が僕を殺す機会は、この一年に何百回もあったはずだ」

 スネイプの声を遮ってハリーの声がする。弦たちはタイミングを慎重に推し量った。

「僕は先生に、何度も吸魂鬼防衛術の訓練をしてもらった。もし先生がブラックの手先だったら、そういうときに僕も一緒にいた弦も殺してしまわなかったのは何故なんだ?」

 

 レグルスに指示をだし、部屋の入口近くにいるスネイプの背後に飛び出せるよう構えさせた。

「人狼がどんな考え方をするか、吾輩に推し量れとでも言うのか」

 音を消していた魔法を解く。弦たちは一歩踏み出した。

 

 

 

 






 誤字報告がありましたので、訂正しました。
 失礼しました。
 報告、ありがとうございました。

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