見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第十六章

 

 

 

 

 それから吸魂鬼に襲われる前にと全員で城に戻る。ブラックだけは用心してハリーの透明マントをかぶった。スネイプは全ての真相を知れたからかブラックを睨むだけだった。減点しなかったのは今回の真実がスネイプにとってもかなり重たいものだったということだろう。

 

 空模様は弦が雨を呼んだために悪く、分厚い雨雲が月だけではなく空全体を覆っていた。弦が「あ、やりすぎた」と言った瞬間に土砂降りとなってしまったのだ。別に悪気があったわけじゃない(濡れないよう魔法で防御した)。

 

 全員で校長室に赴き、そこで弦が籠からペティグリューを解放した。すぐに捕縛されたペティグリューは駆け付けた闇払いによってアズカバンへ護送された。そのときしっかりと鼠の動物もどきあることを言ってあったので、護送中に逃亡を図ることはかなわなかったようだ。

 

 シリウス・ブラックが冤罪だったことはその場にいた大臣も認め、諸々の面倒なことは残っているが彼が自由の身になるのも近いだろう。ブラックが動物もどきであることは黙秘されたが、ダンブルドアにだけは全ての真相が明かされた。

 

 そのときちゃっかりヒッポグリフ譲渡のことも弦はとりつけたので、さっそく叔父に手紙を送った。ハグリッドにもダンブルドアから全ての詳細が語られるだろう。

 弦たち生徒はロンの怪我のこともあって医務室に連れて行かれた。そしてそこで一夜を明かしたのだ。

 

 次の日になって先生から知らされたのだろう。マイケルとアンソニー、そしてセオドールとマルフォイが医務室にやってきた。他の生徒はホグズミードに行っていて城に残っているのはわずからしい。

 朝刊でブラックが実は冤罪であることが発表されたと彼らは教えてくれた。だから昨日のことを全て包み隠さず話したのだ。

 

 ただ一つ残念だったことがある。スネイプがスリザリン生にルーピンが狼人間であることを話してしまったことだ。それによって彼は自ら辞任した。ハリーに忍びの地図を渡してくれたと言う。学校を出たらブラックと共に暮らすそうだ。十二年の歳月の穴を埋めるように彼らは過ごすのだろうなと思った。

 

 ルーピンと、それからその後ダンブルドアと話したその日の夕方、ハリーたちは湖の傍にいた。弦たちレイブンクロー組もマルフォイとセオドールのスリザリン組も一緒である。

 ハリーはそこで、試験の日のトレローニーの様子を聞かせてくれた。

 

「そのとき、トレローニー先生はなんだか普通じゃなかった。しわがれた声で言ったんだ。ええっと……」

 細部までは思い出せないと言うので、弦は一つの魔法道具をハリーに渡した。記憶を写してくれるメモ帳である。悪戯グッズだとテリーたちがホグズミードのお土産に買ってきてくれたものだ。一週間以内の記憶なら鮮明に記してくれるらしい。

 

 メモ帳に記されていたのはこうだ。

『闇の帝王は、友もなく孤独に、朋輩に打ち棄てられて横たわっている。その召使いは十二年間鎖につながれていた。今夜、真夜中になる前、その召使いは自由の身となり、ご主人様の下に馳せ参ずるであろう。闇の帝王は、召使いの手を借り、再び立ち上がるであろう。以前よりさらに偉大に、より恐ろしく。今夜だ……真夜中前……召使いが……そのご主人様の……もとに……馳せ参ずるであろう……』

 

 このことをダンブルドアは「トレローニー先生の本当の予言」と言ったそうだ。これが二つ目だと。

「『召使い』はペティグリューのことだな。動物もどきのままの状態から戻れなかったから『十二年間鎖につながれていた』だ。あのときペティグリューを捕まえなかったら、その予言があたったことになる」

「でも、トレローニー先生だよ?」

 

 ロンの言葉にハーマイオニーがうんうんと頷いた。他も同意しているような雰囲気なので、弦はしょうがないと言っていなかったことを告げる。

「ずっと言っていなかったけど……トレローニー先生は物凄い降霊体質だぞ」

 

 降霊術。霊をその身に降し、占いによる信託を授かる者である。ネクロマンシーという言葉の本来の意味はこっちだ。それが現代になって死者を甦らせる死霊術を表す言葉となっている。日本で言えば「こっくりさん」も降霊術の一種だ。

 

「霊を降ろしやすい体質の人っているんだよ。トレローニー先生は占いの腕はまあまあだけど、降霊術に関してはその体質のおかげで一級品のはずだ。本人に自覚はないようだけど。あの人を初めて見たときは驚いた。日本でもあそこまでの人ってなかなか見かけないから」

 

 その手の家系の人でもなかなか見ないくらい、かなりすごい体質だったのだ。本当に驚いた。そしてその素質には一目置いている。その素質には。

 

「確かトレローニー先生の祖先ってすごい予言者がいたんだろう。きっとその祖先を降ろしてるんだろうな。二度目ってことは過去になにか予言を残していて、それは当たったんだろう。今回の予言も当たったらすこぶる面倒くさいな」

 だって闇の帝王が復活って。しかもさらに強力に。面倒くさいことこの上ない。

 

 弦のあまりの物言いに顔をひきつらせたハリーたちは絶対に予言の通りになりませんようにとそれぞれ口にした。特にハリーと必ず闇側に巻き込まれるマルフォイは心底そう願っているようだ。

 

「あと、ダンブルアは僕とペティグリューの間に縁が結ばれたって言ってた。もし、予言通りペティグリューが逃げ出したなら、僕は闇の帝王のもとに借りのある者を腹心として送り込んだんだって」

 

「だろうな。縁っていうのは、特に魔法使いとか魔女とかそういう力を持つ人間にとってはすごく重要なものだ。ペティグリューは今回、君の判断でブラックに殺されることなくアズカバン送りにされた。それは言い換えれば、君が命を救ったことになる。ペティグリューの運命を変えた君は大きな借りが奴にあるんだ。その借りを持ったまま、のうのうと自分の下に来たペティグリューを闇の帝王が歓迎するとは思わない。ペティグリューがそれに思い至っているかどうかは知らないけど」

 

 ともかくそうしてできた縁は決して途切れない。

「一種の呪いだな。『命を助けられた』ということは必ず奴の中に残っている。それがいつか、奴の足枷になるだろう。ハリーにとっては良い方に転ぶさ」

「だといいけど……やっぱり嫌だなあ」

「良縁も悪縁も、全部ひっくるめて縁だ。諦めろ」

 

 言い切った弦にハリーは渋々納得したようだ。そんなハリーの気分を変えるように、弦は「幸せか?」と問いかけた。

「え?」

「いいから答えろ。幸せか?」

 少し黙った後、ハリーは「幸せ、かな」と答えた。それに一つ満足してから弦は杖を出した。

 

「ハリー、杖を出せ。同時に守護霊の呪文だ」

「ええっ」

「ほら、すぐに。テリー、十秒カウント」

「任せろ。十、九、八」

「わああ、待って待って」

 慌てて杖を引っ張り出したハリーと同時に杖を構える。

 

「三、二、一―――零!」

「エクスペクト・パトローナム!」

 二人の杖先から銀色の光が溢れた。弦のもとからは大虎がいつものように飛び出す。

 そしてハリーの杖からは力強い雄鹿が飛び出した。立派な角に、しなやかな身体。その四肢でしっかりとハリーの目の前に立っている。

 

 虎と鹿は自由に宙を駆け回った。その様子に全員が見入った。

 ハリーの守護霊がハリーの父親と同じ姿であることはこのときは誰も知らなかった。

 

 彼は母の愛だけでなく、父の愛にもしっかりと守られていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学期の最終日に試験結果が発表された。弦は必須科目だけで言えば例年通り首席で、さらに言えばすべて満点以上の点数を叩きだしていた。次席がハーマイオニー、三席がマルフォイだった。当然、選択科目をいれればぶっちぎりの一位はハーマイオニーだ。

 

 寮杯は三年連続グリフィンドールが獲得した。クィディッチの成績が存分に影響したらしい。レイブンクローはまた二位だった。

 ハーマイオニーはマグル学も止めてしまった。全科目履修と言うのは本当に大変だったようだ。逆転時計も返したと弦だけこっそり教えてくれた。来年から彼女はもっと楽に、それでもしっかりと勉強に打ち込むだろう。

 

 ハリーは夏休みの半分をダーズリー家、もう半分をブラックやルーピン先生と過ごすそうだ。ハリーの親権は未だダーズリー家にあり、ダンブルドアが完全にそこから切り離すことはできないとブラックを説得したらしい。ハリーは半分だけでも必ずダーズリー家を出られることを喜んでいた。

 

 弦はただひとり、それはハリーの中の母親の愛が関係しているのではないかと思った。彼の母親が自分の命と引き換えに施した愛の魔法が、彼女の親族という血縁者の存在で強く保たれているのではないか、と。だからハリーはあのマグルの家に預けられたのだろう。確証はなかったからハリーには告げていない。ただ、ダンブルドアはこのことを知っているような気がした。

 

 ロンは足の怪我もすっかり治り、怪我をさせたお詫びにブラックから豆梟が贈られた。小さなその梟はとても元気でまだ若いそうだ。新しいペットにロンはおおいに喜んだ。

 

 テリーは親に見つからないようアルバムに写真を戻さなければならないと言っていた。そしてさらに、夏休みにクィディッチワールドカップがあることを教えてくれた。絶対に身に行くのだと息巻いている。

 

 マイケルはブラック関連の心配事がなくなると、数占い学の試験中に知った自分の運命を気にしているようだった。なんでも「運命の出会い」を予感させるようなことだったらしい。とうとうマイケルにも春か。三人で見守ることにした。

 

 アンソニーは伸ばしているというゆるふわの髪を結ぶようになった。なんでも家のスタイルらしい。そんな彼は「ユヅルくらい伸ばさなくちゃいけないのかなぁ」と苦笑した。ちなみに弦の今の長さは腰を過ぎたところだ。

 

 セオドールは家に戻ったらまた弦の話を母にするという。それから叔父から弦に送られてきた手紙に隠されていた彼女宛の手紙を届けてくれると言うのだ。しばらくはセオドールが送ってくる手紙には彼の母親の手紙が隠されるだろう。それを弦が叔父に渡すのだ。

 

 マルフォイは家に帰ったらきっと父に小言をいろいろ言われると言っていた。けれどももう気にしないと。何かあれば母親はわかってくれるから、彼女と一緒にアクロイド家に逃げ込むそうだ。父親のいないところで母親と根気よく話し合うと決心していた。

 

 弦はまた、叔父にことの顛末を全て話すことになるだろう。バックピークのことも含めて。別にかまわなかった。きっと叔父は受け入れてくれるし、見事推理してみせた弦を父の斎のようだと褒めてくれるかもしれない。

 

 ホグワーツ特急はいつものように走っていた。今度は吸魂鬼たちが止めることはない。いつもの速さで線路の上を駆け抜け、そしてやがてキングズ・クロス駅に辿り着いた。

 テリーたちと別れて迎えに来てくれた叔父に姿現しでアクロイド邸へと連れて行かれた。そこで一夜明かした後に日本に戻る。

 

 レグルスには活躍してもらったからとしっかり休んでもらい、この一年のことを守り神の水樹様に伝えた。弦の記憶から全てくみ取った神様はただただ弦を労い、そしてその無事を大いに喜んだ。

 

 季節は廻って、気が付けば母が死んでから一年が経過しようとしていた。

 

 

 

 

 

 






 見える世界が歪んでる
  -アズカバンの囚人-
     完結


とりあえずまとめ投稿終了です。
次回作はまだ執筆中で、すでに今回より長い……。

ここまでお読みくださり、大変うれしく思います。
また、次の機会に。
ありがとうございました。


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