セドリックから厨房の場所を教えてもらった弦の機嫌は良かった。そのままを保てればよかったのだが、そうは問屋がおろさない。
ハリーが挑んだグリフィンドール対ハッフルパフ戦をいつものようにテリーにひっぱられて見に行った。そこでセドリックがハッフルパフのシーカーだと初めて知ったのだ。どちらを応援するわけでもなく成り行きを見守っていると、やはりスネイプはグリフィンドールに不利な審判をした。あのマクゴナガル先生だって我慢するように身体を震わせていたくらいだ。
そんな試合はすぐに終わった。ハリーが最短記録でスニッチを掴んだからだ。呆気にとられた会場は次の瞬間に爆発したような歓声をあげ、ライバルのセドリックは心底感心していたようだった。それでも悔しいそうではあった。
弦の機嫌が落ちたのはこの後だ。ハリーが試合後にスネイプとクィレルの会話を聞いたと言う。二人は禁じられた森の中で脅し脅されの状況だったようで、もちろんこの場合脅していたのはスネイプだ。
二人の会話からハリーたちは自分達の推理(弦も含められた)が正解だと言うことを確信したらしい。三人は今度こそスネイプが犯人だと断定した。状況をきく限りはスネイプが大変怪しいので弦も反論はしなかった。納得など毛頭してないが。
三人がクィレルをひそかに応援している間に日はたち、進級のかかった試験が十週間後にせまっていた。先生たちは山のように宿題をだし、ハーマイオニーは予定表を作って燃え上がっていた。
復活祭と呼ばれるイースター前後の休暇はほぼ宿題に追われた生徒が多く、テリーも面倒くさそうに片付けていた。休暇の半ばで全ての宿題を終えた弦は彼を手伝いつつさまざまな本を引っ張り出して読書に励んだ。
ハリーたちがこれ以上賢者の石に関わるのなら、とてつもなく面倒くさい状況になりそうだった。ハロウィーンのときのようにトロールと戦闘なんてことになった日には、次こそ死んでしまうと弦は役立ちそうな呪文からそうじゃない呪文まで知識を漁った。
縛り呪文や縄を出す呪文、失神呪文に麻痺呪文、武装解除呪文などなど役立ちそうな呪文の中でも特に目を引いたのが守護霊の呪文だった。自信の守護霊を呼び出すその呪文は主に吸魂鬼(ディメンター)と呼ばれる魔法生物に有効なのだそうだ。吸魂鬼は魔法界の牢獄<アズカバン>の監修をしている生物で、人間にとっては悪しかならない「魔」そのものだ。さすれば守護霊の呪文は魔を祓うためのものだろう。
しかし守護霊の呪文はとても難しいようで、五年時にある普通魔法レベル試験(略してO.W.L)以上であり、その威力は三つの段階にわかれているようだった。初め杖先から出る霞が盾の形をとり、それが有体、つまり自身の守護霊の形に変化する段階に持っていくまでがすでに高度だと記述され、さらにその上に守護霊に伝言を預け届けさせることができると書いてあった。ぜひとも覚えたい。
けれど今の段階では弦は覚えられないだろうとそれは諦めた。先に初歩的な呪文から順々に覚えていくしかないだろう。来年こそはと心に決めて呪文集をめくる。
杖から縄を出したり、それで物を縛ったりという呪文は上手くできるようになったが、失神呪文や麻痺呪文、武装解除呪文は相手がいなければ練習にならなかった。動物を捕まえて試すと言う少々倫理にかけたやり方は実行したくなかったので杖先から呪文が出て、それが目標物に問題なくあたるかという練習をした。命中率は徐々にあがっていった。
そういう秘密特訓はすべて一人で行っていた。比較的一人で行動する弦が少しの間姿を消しても誰も疑問に思わなかった。
そうして二週間ぐらいたつと、弦はハリーたちの様子がどこかおかしいことに気付いていた。しかし彼らが弦に言ってこないのならと放っておいた。巻き込まれないならいいやという思いがあったことは認める。
しかしとうとう巻き込まれた。どうやらハグリッドが自身の森小屋でドラゴンを秘密裏に飼っているらしいのだ。聞いてすぐに弦は顔を手で覆った。そして叫びたいのを我慢した押し殺した声で「馬鹿か!」と唸った。
「ドラゴンの飼育は法律で禁止されているんだろう」
「そう言っても聞かないんだよ」
三人はひどく疲れていた。ばれたらハグリッドは間違いなくクビになるからだ。ドラゴンはあと数週間もすれば小屋と同じかそれ以上に大きくなってしまうとロンは言った。「あの阿呆……」と弦は心底呆れてしまった。
ともかくなんとかしようとハリーたちはロンのお兄さんの一人にドラゴンキーパーがいるからとその人に連絡したらしい。返事待ちだという。懸命な判断だと弦は思った。
ここ最近は頻繁にハグリットの小屋を出入りしている三人に加え、弦までそこに加われば疑われる原因になると弦はハグリッドのもとを訪ねなかった。ドラゴンを見たいとは思ったけれど、ハグリッドがクビになるのは忍びない。彼がどんな人なのかはハリーたちからよく聞かされていたのだ。
だから弦はハグリッドの説得にしつこくダンブルドアの名前を出すことを勧めた。ダンブルドアに心酔している彼ならその名前に反応すると考えたのだ。三人はそれに納得し、次からの説得に必ずダンブルドアの名前を出した。ハグリッドがとうとう陥落したと言う報告を聞いたのはアドバイスをして一週間後のことだ。その頃になるとロンの兄であるチャーリーからの返事も来た。彼は快くドラゴンを引き受けてくれると言う。
今回の件は弦はノータッチを決め込み、弦は勉強に専念していますという体を崩さなかった。マルフォイがなにやらこそこそと嗅ぎまわっていると思ったからだ。それはその通りだった。
ハリーたちはドラゴンをちゃんとルーマニアのチャーリーのもとに送れたようだが、その代償は大きかった。ハリーとハーマイオニー、そしてネビルの三人は深夜徘徊として一人五十点減点されてしまったのだ。ネビルはハリーたちにマルフォイが企んでいることを教えようとしたようだが同じく深夜徘徊とされ、さらに現行犯にしようとしたマルフォイも同様に深夜徘徊と扱われ減点されたようだ。四人には罰則が与えられる。
グリフィンドールが一晩で百五十点も失ったことは学校中を駆け巡り、そしてそれはハリーとその馬鹿な友達がしでかした大失敗としてかなり非難されることになった。スリザリンも五十点失っていたが、誰もがハリーたちの失点に目を奪われ気にしなかった。マルフォイが有力な貴族であることもその要因だろうと思う。でないとマルフォイがスリザリンでいつものように過ごせるはずがない。
ハリーとハーマイオニーはすっかり落ち込んでいた。ロンはそんな二人にいつも付き添っていたし、ネビルはもう失敗しないように神経を張り巡らせているようだった。
いつも加点するハーマイオニーが何もしなくなれば一年生での加点は主に弦だけとなった。ハリーとハーマイオニーのあまりの落ち込み具合に弦はどう声をかけようかと迷ったが、ロンが助けを求めるかのようにこちらを見るので行動を起こすほかなかった。ちなみにロンはドラゴンに負わされた指の怪我で医務室に居たので無関係となっている。
図書室の隅で大人しく勉強する三人に弦は加わった。変わらず彼女が話しかけ勉強を教えてくれることにハリーとハーマイオニーは心底救われていたようだ。ハリーは同じクディッチチームからも冷たい対応をとられているとロンに聞いた。
弦だって彼らと仲良くすることは同寮で一番仲のいいテリーにさえも良い顔はされなかったがかまわなかった(そうしていれば彼は諦め弦の好きなようにしろと言った)。
「ひどいもんだな」
弦の言葉にハリーもハーマイオニーも顔を俯けた。
「イギリスがここまで薄情な国だとは知らなかった」
続けられた言葉に二人はさっと顔をあげた。その顔が驚きに染まっているのを見て弦は首を傾げる。
「だってそうだろう? なんで責めてばかりなんだ。励ますならまだしも。私たちはまだ一年生だぞ。年上の余裕とやらを見せる絶好のチャンスだろうに。それにうちの寮もそうだが、グリフィンドール以外の寮も君達を責めるのはおかしい。寮杯獲得のチャンスだと燃え上がってもいいだろうに」
弦の言い分に二人は今度こそ口をあんぐりと開けた。ロンまでもそうするので弦は顔をしかめる。別に変なことは言ってないのに。
「二人とも責任を感じているなら点を稼げ。ハリーはクディッチで、ハーマイオニーは授業で加点されるだろう」
大人しく頷く二人に弦は頷きかえす。それを見ていたロンは弦に問いかけた。
「いいのかい? 君の寮だって寮杯獲得のチャンスなんだろう?」
「興味ない。そもそも私はこの学校の蹴落としあおう精神が気に入らないんだ。それが競い合う精神に変わらない限りはレースに出る気さえないね」
はん、と鼻をならす弦に三人は「ユヅルらしい」と声を揃えた。
ハリーたちの処罰は禁じられた森で行われたそうだ。ハグリッドの手伝いをしたと聞いた。
最近、禁じられた森ではユニコーンが襲われているそうで、傷ついたユニコーンを探したと彼らは言った。そこでハリーは怪しげな何者かに襲われ(その者はユニコーンの血をすすっていた)、ケンタウルスに助けられたそうだ。
何者かはヴォルデモートで間違いないとハリーはひどく興奮した様子で言い切った。賢者の石を手に入れるまであいつはそれで命を繋いでいるという意見に弦も納得した。
さて、そうしているうちに試験になった。弦は焦ることもなく全科目の試験を終えた。さすがに叡智のレイブンクローだとしても試験はぐったりするものならしく、一年生でけろりとしているのは弦だけだった。ハーマイオニーは自分で答え合わせをしている間は百面相だった。
弦は外に飛び出して行ったテリーを見送りハリーたちを捜した。特にハリーの顔は一目見ておこうと考えていたのだ。ヴォルデモートがいつ襲ってくるか戦々恐々していた彼は試験に集中しようとも全ての神経をそちらにむけることはできなかったようだから。
三人は湖の木陰にいた。弦に気付くと三人が三人とも手を振ってくれる。
「やあ、ユヅル」
「どーも。ぐったりしてるな」
「そりゃ試験があったからね」
ロンは疲れるよとため息を吐き、その横でハーマイオニーは弦と答え合わせしたくてうずうずしていた。しかし彼女が口を開く前にハリーが言葉を紡ぐ。
「弦はぴんぴんしてるね」
「まあな」
弦も草の上に座った。ハーマイオニーは答えあわせを諦めたようでうずうずすることはなかった。
「ねえ、ユヅル。ハリーの傷が痛むんですって。何か思い当たることはないかしら?」
「傷が?」
ハリーが頷いた。確かに少々顔色が悪い気がする。
「今まで傷が痛んだことは?」
「何度かあるよ。でもこんなに長い間痛むのは初めてなんだ。きっと警告だよ」
「だから言っただろう? ダンブルドアがこの学校にいる限り大丈夫だって」
「そうよ」
「でも…」
ハリーは納得していない様子で唸る。それを見て弦は彼の中で無意識のうちに何かがひっかかっているのかもしれないと思った。
「……額の痛みはその傷をつけた奴に反応しているのかもしれないな。魔法によってつけられた傷なら一種の呪いだ。そうであっても何もおかしくはない」
「そうかなあ」
「『例のあの人』とやらは強力な魔法使いだったんだろう。十年以上も持続する呪いが使えても不思議じゃないさ」
弦の言葉にようやくロンもハーマイオニーも顔を青くした。あの人が復活せずとも、その残した傷跡はいたるところに残っているのだ。
「問題はハリーが何にひっかかっているか、だな。ハロウィーン、クディッチ、クリスマス……あとはハグリッドのドラゴン、か?」
「ドラゴン……そう、そうだよ! ハグリッドだ!」
急に立ち上がったハリーに他の三人は眼を丸くした。速足にどこかへ向かうハリーに慌ててついていく。
「ハリー、どこに行くんだい?」
「ハグリットだよ。今、気付いたことがあるんだ。すぐハグリッドに会いに行かなくちゃ」
「どうして?」
「おかしいと思わないか?」
ハリーは息をきらすのもかまわず続けた。
「ハグリッドはドラゴンが欲しくてたまらなかった。でも、見ず知らずの人間が、たまたまドラゴンの卵をポケットに入れて現れるかい?」
「ちょっと待て!」
弦がたまらずに声をあげた。
「どういうことだ? ハグリッドは卵をどうやって手に入れたって?」
彼らは一様に「あっ」と顔をしかめた。ドラゴンの卵に気をとられすぎて、ハグリッドがどうやってそれを入手したのかと言うことを省いて彼女に説明していたのだ。ハリーはあのときにそのままそっくりハグリッドから聞いた話を伝えていればその場で弦が気付いていたはずだと後悔した。
「ハグリッドは賭けで卵を手に入れたって言ってた」
ロンの言葉に弦は「底なしの阿呆だ」と毒づいた。
「法律で禁止されているならそんなほいほい卵を持ち歩いているやつがいるわけない! ハグリッドのやつ、何かしでかしてるぞ!」
弦の言葉を三人は否定できなかった。三人もそう思い至ったところなのだから。
ハグリッドは小屋の外でオカリナを吹いていた。弦は直接的な面識はないので少し離れたところで様子を伺うことにした。
しばらくして三人が慌てて戻ってきて、城に戻ろうと言う。
「ハグリッドってば、あの三頭犬の宥め方を漏らしてたんだ!」
弦はとうとう言葉を失った。三人はそのまま城に戻ってマクゴナガルあたりに話をするという。弦は寮が違う自分は行かない方がいいと言って一人自寮に戻ることにした。
頭の中で考えを駆け巡らせる。きっと先生たちは三人の話を聞かないだろう。ダンブルドアだって校長だから学校外に仕事に行く日があるはず。賢者の石はその日にきっと盗まれる。門番の三頭犬がなだめられてしまえば入り口は鍵が開けられているのと同じだ。
ハリーはきっと賢者の石を守ろうとするはずだ。彼がそういう性格だと言うことを弦はよくよくわかっていた。ハーマイオニーやロンはきっとハリーと共に行く。そこで三人に勝手にしろと言うことが弦はできないだろうとわかっていた。
だからその日の夕食の間に忍んで渡された紙切れに「今夜、石を手に入れる」と書かれているのを見て弦は腹をくくった。
寮の自室に戻り、ローブのポケットに役立ちそうな傷薬やもろもろの薬の瓶をいれた。鞄は重荷になるかもしれないと持っていかない。二つのホルダーにそれぞれ杖と警棒が入っていることを確認し、ベッドのカーテンをひく。彼女が早く寝て早く起きることを同室の二人は知っているから問題はなかった。
就寝時間の二時間も前に寮を出て立ち入り禁止の廊下の近くの空き教室に潜んだ。見回りにでている監督生が通るたびに息を潜め、人の気配がなくなったころにそっと教室を出て立ち入り禁止の廊下に近づく。
そっと奥に続く扉を押し開ければ、中で三つの顔を持つ大きな黒い犬が寝ていた。ケルベロスと呼ばれるその魔法生物を初めて見て弦は図鑑とたがわぬその姿に目を丸くした。
犬の傍にはハープが置かれ、魔法がかけられているのか独りでに曲を奏でていた。弦は扉の横の壁に背中をあずけ、眠る三頭犬を観察した。大きな頭は弦の頭などくわえられそうなほど大きい。ハグリッドはこれを手懐けたのかと感心する。魔法生物において彼は人並み外れた才能があるらしい。それが大衆にとってためになるかというとそうでもないけれど。