見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第六章

 

 

 少ししてハリーたちがやってきた。先に部屋の中にいた弦に三人は眼を丸くしたが、それでもどこかほっとしたように少しだけ肩の力を抜いた。

 ハープは賢者の石を狙っている奴が置いていったと見当をつけ(スネイプだと言ったのはスルーした)、ハリーはもう一度三人に行くかどうかを確認した。躊躇いもなく頷く三人をハリーは認め、三頭犬の傍にある床の仕掛け扉に近寄った。

 

 扉を開けるとどこまでも下に暗闇が広がっていた。それを覗き込んでごくりと喉を鳴らす三人の傍で、弦は不意に違和感を覚えた。

 

「……っ!」

 ハープの音色が止まっている。咄嗟に弦は口を開いた。

「“かごめ、かごめ”」

 ついて出たのは日本の童謡だった。歌いだした弦に三人はぎょっとしたがハープの音色が止まっていたことにようやく気付いて弦に礼を言った。

 

 歌っている弦を最後にして四人は下へと飛び降りた。

 飛び降りた先に会ったのは得体のしれない植物のようだった。それがクッションになったおかげでスプラッタな状況にはならなかったが、その植物が問題だった。

 それは「悪魔の罠」だったのだ。

 動けば動くほど締め付けてくるその植物についてハーマイオニーと弦は必死に頭を巡らせた。撃退する方法は必ずあるのだ。杖を握る手に力がこもる。

 

「……火だ!」

 閃いた弦にハーマイオニーもはっとする。ハリーとロンは早くしてと叫ぶ。

「そうだわ……それよ……でも薪がないわ!」

「気が変になったか! 君はそれでも魔女か!」

 今回ばかりはロンの言葉に同意するほかなかった。焦りよりも呆れが勝って弦は平静になれ、そのまま杖をかかげる。それに合わせてハーマイオニーも杖を振り上げた。

 

「インセンディオ!」

 

 二つの杖先から火が飛び出し植物にあたる。四人の身体を捕まえていたツルがするすると解けその下の床に落とされた。

 四人はほっと息を吐きだしながら先に進んだ。ロンがぐちぐちと何か言っていたが、誰も答えなかった。

 

 それからはもうあっという間だったと言うしかない。跳びまわる無数の羽の生えた鍵の中から次に続く扉の鍵を見つけ出し捕まえた。ハリーの箒技術がここで大いに発揮された。

 

 次にあったのは巨大なチェス盤だった。ここでロンの才能が発揮されたが、彼はここでリタイアとなった。勝つためにはそれしかなく、ロンは自ら犠牲になったのだ。

 気絶したロンに弦は自身のローブをかけた。ポケットの中の傷薬をその傍に置いて、残りの薬品はスカートのポケットと腰のホルダーにわけた。

 

 次の試練はトロールだったが、すでにそこは機能していなかった。トロールがその巨体を床に投げ出して気絶していたのだ。

 

 その次の部屋は炎に囲まれたまま謎解きをしなければならなかった。これはハーマイオニーと弦が二人で考え、先に進むための活路を見出した。しかし先には一人しかいけなかった。炎を抜けるための薬がどう見てもひとり分しかなかったからだ。ここは犯人が複数だった場合の対策も講じてあるのだと弦は思った。

 

 先にはハリーが進むことになり、ハーマイオニーは感極まったように抱き着いた。ハリーは彼女を安心させるように一言二言重ね、そして弦を見た。弦はその視線をしっかり見返して頷く。

 

「頑張れ」

「うん」

「終わったら好きな日本のお菓子、取り寄せるよ。八つ橋、気にいってたろう?」

「やった、そうこなくっちゃ」

 わざと気軽に送り出す弦にハリーは同じように軽く返した。

 

 この部屋から元の道を引き返す薬も一人分しかなく、先に戻ってロンの様子を見るのは弦が引き受けることにした。炎の中でハーマイオニーだけが置き去りになってしまうが、時間が経てば薬は元に戻るはずだと弦は二人に言った。でないと犯人が通った時点で先に進む薬はなくなっているはずだから。

 

 弦は戻るための薬を飲み、氷のように冷たくなった身体を動かして炎の中をつっきった。トロールはまだ寝ていたから速足に巨大チェスの間にもどろうとする。

 

 しかし背後で何かが動く気配がした。

 振り向き、絶望する。

 

「嘘だろ……!」

 

 最悪の展開すぎてそれしか言えない。

 

 トロールがその巨体を起き上がらせていた。のっそりと立ち上がったトロールは頭をふるような仕草をしたあと、弦を認めて大きな叫び声をあげた。

 

 咄嗟に杖と警棒を抜く。右手で持った杖の先をトロールにまっすぐにむけ、左手に掴んだ警棒を背中に隠す。もくろみ通りトロールは杖ばかりに意識が向いているようだ。警戒している。その様子に弦はさっとトロールの全身を観察した。

 外傷はない。何故トロールは気絶していたのか。杖を警戒している。魔法で一発KOされたのか。それほどまでに強力な魔法の使い手ならばハリー生存の確率は大幅に引き下げられるが、仕方ない。彼なら無事だろうと楽観視することにする。

 

 今は目の前の危機を切り抜けなければ。ハーマイオニーが戻ってきた時にパニックになってしまう。ハロウィーンのときのことは思い出したくもない恐怖だろう。

 トロールが棍棒をふりあげる。それを横にとびのけ、トロールの足元を爆破呪文で爆発させた。それは小規模なものだったがトロールの意識をさらうのには十分で、弦は即座に縄を杖からだし、縛り呪文をかけた。しかしトロールはそれを意図も容易く引きちぎってしまう。思わず舌打ちがこぼれた。

 

 トロールが気絶してから拘束しないと無駄らしいと思い直し、いったん警棒を腰のベルトにさし空いた片手で薬瓶を取り出した。弦が魔法を使える回数は少ない。まだまだ未熟な彼女が威力の強い魔法を連続で使うのは命とりだった。だからこそ数々の薬品を持参していたのだ。

 

 青色と緑色をした薬品がいれられている薬瓶をトロールの足元に投げつけた。瓶は二つとも割れ、中の薬品が零れだし混ざりあい、次の瞬間に爆発した。下からの衝撃にトロールはひっくり返る。

 余波を耐え忍んだ弦はすぐにトロールに向けて第二波を放った。目隠し呪文をとなえ、さらにその作用のある闇色の薬をトロールの顔面に投げつけた。魔法耐性があるトロールでも魔法と魔法薬のダブルパンチは効くらしい。

 

 狂ったように暴れだしたトロールの振り回す棍棒が体のすぐわきを過ぎてひやりと背筋が凍る。棍棒によって破壊された床や壁の破片が肌にかすかな傷をつけていったが、弦は意にもかえさなかった。トロールの一挙一動からは決して目が離せず、神経は最高潮に高ぶっていた。

 

 トロールの背後をとったあと、膝裏、腰、首裏と連続して警棒で攻撃した。最後に後頭部を殴っても気絶しないのだからそのタフさには脱帽する。

 唯一成功していた魔法力増幅薬を取り出し飲み干す。試験などで使ったら不正になるが、危機的状況ならかまわないだろう。魔法の威力が大きくなるそれを飲んだ実感を確かに覚えながら、弦は杖を振り上げ、叫んだ。

 

「ステューピファイ!」

 

 最もポピュラーで、最も効果的な呪文だ。他にも失神させる呪文や麻痺させる呪文はあるけれど、二つの効果をもつこの呪文は覚えていて損はないものだった。

 紅い閃光がトロールの喉にぶちあたり、その巨体が後ろに倒れた。ぴくりとも動かなくなるトロールをよくよく観察し、三分くらいたったころにようやく弦は肩の力を抜いた。

 

 もう一度縄を出して壁や床に縫い付けるようにして巨体を固定する。引きちぎれないように何度も何度もそれを繰り返し、トロール自体が縄の隙間に辛うじて見えるくらいにまでするとようやく安心できた。

 

 壁に背中を預けてずるずると座り込む。体力はすでに底をつき、気絶しているはずのロンのもとへ行く気力も根こそぎ奪われていた。というか魔法を使いすぎたようだ。疲労が全身を襲い、指を動かすのも億劫だった。

 

 今度からは試験管をひっかけられるようホルダーを改造しよう。試験管なら細いし、幾本もつけられるはず。今回のことで薬品も使いようによっては魔法と同じくらい攻撃に使えるとわかったのだ。使わない手はない。

 

 そこまで考えて急激に目の前が暗くなったような気がした。落ちていく意識を繋ぎとめようとして、失敗した。

 

 

 

 

 

 

 

 眼を覚ましたとき医務室のベッドの上で寝ていた。あの夜の出来事から半日ほど経っており、彼女の意識が戻ったことにマダム・ポンフリーは安堵していた。

 ハーマイオニーとロンは医務室で手当をうけたあと寮に返されたらしく、弦が目覚めたと知らされすぐに見舞いにかけつけた。

 

「ああ、ユヅル! あなたが無事で本当に良かった!」

 

 抱きしめられ泣き声でそう言われた。彼女は本当に心優しい少女である。

 一方でロンは感心しっぱなしだった。

 

「君って本当にすごいよ。トロールを一人で倒しちゃうなんて。ハロウィーンのときのやつよりも大きかったんだろう?」

「さすがに絶望したけどな」

 必死だったと言えば二人はしきりに頷いた。どうやってトロールを倒したのかと聞かれ、弦は魔法薬に頼ったと説明した。攻撃系の呪文は上手くいかず、それを薬で補ったのだと。

 

「魔法薬が得意な弦だからできることね」

「あ、そうだ。君が置いて行ってくれた傷薬よく効いたんだ。ありがとう」

「どういたしまして」

 それからすぐ二人はマダム・ポンフリーに追い出されてしまった。話しすぎたらしい。

 

 一つ向こうのベッドでハリーはこんこんと眠っていた。彼が目覚めたのはあの夜から三日後のことだ。その一日に前に医務室から去ることを許された弦は、テリーから大いに心配され(ハーマオニーとロンの二人がきてから面会謝絶にされていたため、彼は医務室の前でおい帰された)何があったのかとしつこく聞かれた。大方は噂となって知っているようだったけれど。

 

 別れてからのハリーの様子は知らなかったので、箇条書きのようにかいつまんで話して終了させた。テリーはくわしく聞きたがったが、五回目の質問を無視したところで諦めた。

 ハリーが目覚め、ハーマイオニーとロンの二人とお見舞いに行けば彼は自身のお見舞いの品の中から三人にお菓子をわけ、そして炎の先のことを話した。彼はダンブルドアと目覚めてすぐに話したらしくそれもつけくわえてくれた。

 

 炎の先に待っていたのはクィレルで、彼はみぞの鏡を前に万策尽きていた。賢者の石は鏡の中に隠されていたのだ。そこで奴は一年間のネタ晴らしを懇切丁寧にしてくれ、そしてスネイプが犯人ではないことを教えてくれたそうだ。

 クィレルの頭に寄生していたらしいヴォルデモートはハリーを使って石を取り出そうとしたが、ハリーは石を取り出しても渡さなかった。ヴォルデモートを強く強く拒絶し、そしてクィレルごと滅ぼす結果になった。

 

 のちのダンブルドアの話で、鏡から賢者の石を取り出すには「石が欲しい」と考えなければならず、「石を使いたい」クィレルたちが取り出せないように仕掛けられていたようだ。ハリーは石を守ろうと手に入れるつもりだっただけなので、ダンブルドアの仕掛けに見事合致したようである。またハリーが彼らを倒せたのは(クィレルはハリーに触れると皮膚がただれ最後には灰になったそうだ)、彼の母親の愛の魔法が彼を守っているからだという。それによってハリーは十年前も今回も守られた。

 

 賢者の石はニコラス・フラメルとダンブルドアの間で話し合われた結果壊された。残りの命の水がつきるまで、フラメル夫妻は生きるだろうが、そのあとは死ぬのだろう。

 ダンブルドアはそれを「次の大いなる冒険」と呼んだそうだ。的を射ている。

 

「ねぇ、ユヅル。君はダンブルドアの言葉がどういうことかわかる?」

「そうだな……『死』っていうのはそもそも今の『生』との決別だからな。生物なら誰にでも訪れるものだし、受け入れるべきものだ。それが世界のルールで、それがなければ生きる喜びも辛さも意味のないものになる。校長の言う事は正しいよ。フラメル夫妻は六百年っていう長い時間を生きぬき、やりたいことをやり遂げ、次の冒険に行くために『死』を迎えるだけだ。『死』の後なんて誰も知らない未知の領域だ。冒険だろうさ」

 

 それに六百年も生きてればこの世に飽きても仕方ない。

 弦の言葉に三人は笑った。

 

 それからハリーは彼の知らない間のことを三人に聞き、透明マントがダンブルドアからの贈り物であることや、スネイプがハリーの父と犬猿の仲であったことを教えてくれた。過去の怨恨を関係のないハリーにぶつけるなんて、どうしようもない大人である。スネイプはやはり魔法薬学しか尊敬できないと弦は再認識した。

 

 

 

 

 

 

 学年末のパーティーは大盛況だった。スリザリンカラーの広間よりもハリーとその仲間が起こしたことのほうがみな気になるらしく、ハリーたちは視線の的だった。もちろん弦も見られたが、気にしなかった。

 

 ダンブルドアが話し始めると意識はそちらに集中した。その口から飛び出る寮の順位は予想通りで、弦の属するレイブンクローは第二位だ。一位に呼ばれたスリザリンのテーブルから歓声があがり、しかしそれは続けられたダンブルドアの言葉に静まり返った。あの人は最近のことも勘定にいれなければならないと言ったのだ。つまりどこかの寮が加点されるということである。

 

 一つ咳払いをすると、ダンブルドアはまずロンの名前を読んだ。そのチェスの手腕をほめたたえ、五十点の加点がされる。ロンは遠目でもわかるくらい顔を真っ赤にした。

 広間はグリフィンドール生だけではなくハッフルパフやレイブンクローの者達の歓声に包まれた。天井の魔法を吹き飛ばしてしまうのではないのかという威力に弦は耳をふさぎたくなった。

 

 次に名前を呼ばれたのはハーマイオニーだ。その知識とそれを扱う手腕を褒められ、ロンと同じく五十点の加点がされた。ハーマイオニーは机に伏せた。うれし泣きだろう。

 

 さらにグリフィンドール生は狂喜した。百点ももらえたのだ。

 次にダンブルドアは弦の名前を呼んだ。

 

「ユヅル・ミナヅキ嬢……膨大な知識と卓越した推理力、そしてどんなときでも冷静さをかかない精神力と魔法の正確さ、魔法薬学の優秀さを称え、レイブンクローに五十点を与える」

 

 今度はレイブンクローが爆発した。弦はテリーに横から突撃されひっくりかえりそうになった。レイブンクローが首位に立った。

 しかし彼らは忘れない。まだ呼ばれていない名前がある。

 

 ハリーの名前が呼ばれた。その完璧な精神力と多大なる勇気を称えられ、六十点が与えられた。ハリーは喜んでいたがもう少し点が欲しそうだった。

 グリフィンドールとスリザリンが並び、かろうじてレイブンクローが勝っていた。今年の寮杯はレイブンクローかと思われた時、もう一人名前が呼ばれた。

 

 呼ばれたのはネビルだ。あとで聞いたことだが、ハリーたちは談話室を出る時ネビルに止められたらしい。それを強引に振り払ってあの廊下に来たそうだ。ネビルは味方に立ち向かったその勇気を称えられ、十点の加点がされた。

 

 グリフィンドールが首位に立った。ネビルは多くのグリフィンドール生に押しつぶされるように囲まれて見えなくなった。

 レイブンクローはさらに爆発しそうだったのを直前で沈下されたわけだが、誰も不満げではなかった。ハッフルパフと一緒にグリフィンドールを称え拍手を贈る。弦もそうした。

 

 ダンブルドアが杖を振った。広間はグリフィンドールカラーに染め変えられ、三つのテーブルから生徒達の帽子が投げあげられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学年末パーティーのあと弦は談話室でテリーに引き止められていた。ほかの寮生たちもちらちらと二人を気にする。

 そこへずんずんと近づいたのがマイケル・コーナーだった。その後ろにはアンソニー・ゴールドスタインもついてきている。

 

「なんだよ」

 テリーは少々喧嘩腰だ。マイケルはそのことに顔をしかめつつも、弦を見据えた。

「試験でどの教科も君が一番だと聞いた」

 

 そうなのだ。弦は今回、どの教科も満点以上を叩きだし学年主席となった。次席はハーマイオニーである。ちなみに三席はあのマルフォイだった。腐っても貴族。英才教育は万全らしい。

 

「五十点の加点も……はっきり言って僕は君を馬鹿にしていた。そのことは謝る」

 ああ、そうですか。弦の心に浮かんだのはその言葉だ。だが口にはしなかった。それよりも先にテリーがマイケルに噛みついたからだ。それで謝っているつもりかと。

 

 この一年、マイケルに睨まれ続け談話室を追われていた身としては謝られている気がしないのだが、まあ仕方ない。彼はそういう性格なのだろう。現にアンソニーは仕方ないと言いたげにマイケルを見ているし、マイケルはマイケルでテリーと言い合っている。彼ら三人は同室だった記憶していたのだけれど、もしかしていつものこうなのだろうか。

 

 そこへターピンとパチルがやってきた。二人は何か弦に言いたげだったが、それよりもマイケルとテリーの言い合いに気を取られてしまっていた。

 その間に弦は一人紅茶をすすっていた。カップから立ち上がる湯気が眼鏡のレンズを曇らせる。眼鏡はこういうとき不便だと、弦はそれを手に持ってハンカチを取り出しレンズを拭った。

 

「ユヅル! お前もなんか言えよ!」

「どーでもいい」

「おい!」

 心底どうでもよさそうな弦の声色にテリーの目がこちらに向いた。それを追うように他四人の目もこちらを向く。弦は眼鏡を手に持ったまま顔をあげた。五人の顔が驚愕に染まる。

 

「ユ、ユヅル……?」

「なに、幽霊見たみたいな顔して……あ、ゴーストは普通にいるんだった」

 日本じゃこういう言い回しするからなあ、と呑気に呟く弦に、パドマが真っ先に声をあげた。

 

「あなた眼鏡は!?」

「紅茶の湯気で曇った」

 吹き終わった眼鏡をまたかければ、五人はようやくいつもの弦だと混乱していた頭を落ち着けた。誰だって急に整いすぎた顔立ちを見せられれば驚く。

 

「ユヅル……あなた眼鏡かけないほうがいいわよ、絶対」

 パチルのその言葉に同じ女であるリサだけではなく、テリーたち男三人も深く頷く。その様子に弦は何を今さらといった態度だ。

 

「これ伊達だからかけてもかけなくても変わんない」

「じゃあ外しなさいよ! それかけてるから色々言われるのよ!」

「かけてるのはそれなりに理由がある。必要がなくなれば外すさ」

 

 きっぱりとそう言った弦にパチルは脱力した。テリーは弦らしいと苦笑いだが、他三人は弦の性格を知って驚き気味だ。

 

「……私、あなたに謝り来たのよ。外見で判断してごめんなさいって」

「慣れてるから別にいい。わかってやってる私も悪いしな」

「あなた、結構イイ性格してるのね」

「よく言われる」

 

 何がおかしかったのか、パチルは笑った。それから「パドマでいいわ」と言った。これから仲良くしましょ、とも。リサはその様子にほっとしたように「私もリサって呼んで」と言った。

 二人は先に部屋に戻っていると弦に手を振って寮の階段を上って行った。それを見送った弦はまたカップを手に取り口をつけた。

 

「良かったな」

「んー、まあ、いい結果だな」

 弦の様子にくすくすと笑ったのはずっと沈黙していたアンソニー・ゴールドスタインだった。

「ふふ、君っておもしろいね。僕もユヅルって呼んでいいかい? 是非とも名前で呼んでくれると嬉しい」

「わかった」

「ありがとう」

 

 アンソニーは柔らかく笑うと、隣にいたマイケル・コーナーを促した。

「マイケルもユヅルにちゃんと謝りなよ。変に意地張ってばっかなんだから」

「ぼ、僕は別に……」

「はいはい、もうわかったから」

 

 二人の様子にテリーは何かを察したようで、にやにやと意地の悪い顔をした。

「マイケル。お前って素直じゃないんだなあ」

「っ!」

「そうなんだよ。変にプライド高いし」

「なーるほど」

「くっ……悪かったよ! 僕もマイケルって呼んでいい。その代わりユヅルって呼ぶからな」

「どーぞー」

 

 また言い合いを始めるテリーとマイケル、そしてそれを見守っているアンソニーを放って弦は自室に戻ってベッドに潜った。

 すぐに眠り落ちた弦は、次の日、特急に乗ってロンドンの駅で叔父に迎えられたのだった。

 

 

 

 

 

 家に戻ってくると母は相変わらずこもって薬を作っていた。ヴェネッサによくよくお礼を言って見送り、弦はよしと気合を入れた。

 家中の点検次いでに掃除をし、食材を買いに外に出た。商店街の人たちは弦を覚えていてくれたので帰省を喜んでいろいろおまけしてくれた。

 

 うちに帰り夕飯を作り、母に食べさせ自分も食べる。片付け終わって入浴し、ようやく荷解きをした。完全に片付けを終えるころには日付を跨ごうとしていて、ベッドにもぐりこむ。久しぶりの我が家はとても安心した。

 

 

 

 





 見える世界が歪んでる
   -賢者の石-
     完結


「賢者の石」終了です。

これからどんどん長くなります(笑)
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