差別だなんだと騒ぐ者達は、一番にそれを意識しているからこそそれを声高に問題視し、大げさに言う。
差別認識から抜け出せない者達は、一生そうやって他を差別し続けるのだろう。
第零章
八月の半ば、十一日から十七日の一週間、弦は生家を離れている。お盆の前後を含めたこの七日間は、弦にとって特別な日だった。
水無月家には<本家>と呼ばれる場所が存在する。山を三つも含める広大な敷地は水無月の故郷として、平安時代から存在していた。
旧家と言えば聞こえはいいが、残された財産は本家の土地の維持にとっておかないといけないし、その土地だって薬草のためのものだから手を入れることもしない。表の世界で事業をしているわけではないし、裏の世界でだって祖母が亡くなってからは彼女独自の繋がりも消え、開店休業状態だ。そもそもまだ祖母の作る薬の質には届いていないのだから、人様に渡せる商品などないのだが。
お盆の前後も含めた一週間、弦は本家で過ごしていた。これは祖母である
そもそも本家は便利が悪い。急激な発展をとげた日本で生活していくにあたって、ここまで不便な場所も少ないだろう。超がつくほどド田舎で、本家から五キロメートルほど離れたところにある人里は集落と呼んだほうがしっくりくるくらい小さく、過疎化が進んでいる。学校もない。昔はその村ともかすかな交流をもっていたらしいが、弦が生まれたときにはそれもなくなっていた。
この本家から出ることを決めたのは先々代だ。それ以来、それぞれの後継者によって住む場所は変えられている。だがこの本家の位置だけは変わらず、生活に必要な設備を加えただけで他は昔と変わらない姿形を残していた。
その本家に来ることは祖母が死んでからも弦は続けていた。維持管理は“手を貸してくれる者達”がいるし、ここには代々の薬師が残してきた貴重な資料が多く残っている。またそこから学んだ薬の調合方法がすでに実践できた。薬草は山にたくさんあるのだから。
山の中には水無月家の墓がある。一つだけの立派な暮石。その下にある遺骨部屋には水無月家の者の骨が治められていた。祖母のものも、父の
弦は青みがかった黒色の数珠を合唱した手にひっかけていた。数珠はまごうことなきサファイアという鉱物であり、宝石細工のように煌びやかではないが、弦が一生使うものとして彼女の祖母が用意してくれたものだった。
合掌を止めて弦は立ち上がった。ゆらゆらと細い煙をあげる線香をしばし見つめてから、供え物を片付ける。
昨日のうちにしたためた手紙にはこの一年の出来事が書き連ねてある。それを神前に供え、十六日の送り火のさいに共に燃やすのだ。祖母と父が死んだ翌年から毎年続けていることだった。
倒れないよう短く切った花とあと少しで燃えつきる線香だけを残して弦は墓の前に立った。心の中で「また来るね」と言ってから踵を返す。
さわさわと風に揺れてなる葉の音を聞きながら、木立の中をゆっくりと進んだ。
この土地の空気は、水無月の血によく馴染むのだった。
「そもそも本家は便利が悪い。」
この部分に誤字の報告がありました。
けれどもここはこの言い回しをあえて使っていますので、誤字ではありません。
誤字報告、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。