機動戦史マヴラヴHardLuck   作:赤狼一号

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「オデッサ」

 それは始まりの地
 戦い、傷つき、苦悩し、それでも命はてるまで己を貫いた男の終焉の地。
 そしてそこからもう一人の男の戦いは始ったのだ。
 ここに記すのは数々の証言を元に編纂した。
 我々の懐かしくも痛ましい。
 思いでの数々である。

 宇宙世紀0079 オデッサ鉱山基地

 地球連邦軍による大規模反抗に対し、我々、ジオン公国軍将兵は当時中将であったマ・クベ総司令の指揮の元、一心不乱の防衛戦を続けていた。
 だが、数々の戦略も圧倒的物量の前にはむなしく潰え(その上、木馬と白い悪魔まで来ていたらしい)、オデッサ陥落は時間の問題となっていた。
マ・クベ総司令は欧州方面軍に対しキャリフォルニアベースへの撤退を下命。
 オデッサ基地の将兵も宇宙に退かせるべく、後退戦を宣言した。

――― かくして、オデッサのいちばん長い一日が始まったのである。



「オデッサのいちばん長い日」より抜粋


外伝 オデッサの追憶 第一話 斬込隊

 

 

 ジオン公国軍オデッサ基地地下司令部

 

隣に座っている曹長が尻の収まりが悪いようにしきりに座りなおしているのを見て、ヴェルナー・メルダース少尉は笑みがこぼれそうになるのを抑えた。普段佐官以上の人間しか使わない最上級の作戦会議室のソファーとあっては居心地の悪いのもひとしおである。

 時おり感じる部屋全体が小さく揺れるのは地上の市街地を攻撃する連邦軍が絶え間なく砲弾を打ち込んでくるせいであろう。まったく贅沢に弾が撃てるのはうらやましい。

 会議室に集められたのはメルダースを含めて20名程のパイロット達だった。

 どいつも見た顔、聞いた名の凄腕ぞろいであり、白兵戦技量に優れた筋金入りのグフ乗り(グフライダー)達である。

 

 ここに集められた理由はみなが理解しているだろう。後退戦に際して殿を務めるため、この場に集められたのだ。

 全員が志願者のみであり、士気は低くない。まして総司令官が直に率いるという噂まである。嫌がおうにも心が沸き立つものだ。

 ここで総司令であるマ・クベ中将閣下の説明をしておこうと思う。やたらと地球文化に詳いらしく、ジオンきっての地球通だと言われていた。

 地球の「TUBO」といわれる多目的保存容器を収集しているらしい。この一風変わり者と評判な中将殿はいつでも沈着冷静であり、ありていに言って何を考えているか分からない人物でもある。

 キシリア閣下の愛人であるという噂が立ったときなど「きっと入れるときも出すときも眉一つ動かさないだろう」「そりゃ、怖くて動かないんだろう」などと口さがない者達が言っていたが、彼らが処罰されたような話は聞かない。

 それになんと言うか他人の後光に頼るような人物には見えない。というか実は地球を手中に収めるべく暗躍する秘密結社の首魁であるとか、士官学校時代に外壁清掃(コロニー外での決闘の隠語)」で何人もの同期や先輩を「事故死」させているなど突拍子もないものも多く、その実がどんな人物なのかは誰も知らないのではないかと思う。

 かく言うメルダースにとっても、「中将殿」ともなれば雲の上の人物であり、その人格などおぼろげな想像しかない。

 

そんなことを考えていると、会議室の扉が開き誰かが中に入ってくる。

 皆の視線が一気にそちらに向く。入ってきたのは基地司令副官のウラガン中尉だった。

 中尉は唐突かつ無遠慮な視線の集中射を受け、僅かに入るのをためらった。だが気まずさを押し隠そうとするように表情を引き締め、歩を進めた。

 

そして、その後から痩身の男が入ってきた瞬間、無遠慮な視線は戸惑いとざわめきに変わった。

 紫がかったクセのある髪。まるで定規でも入れているかのようにピシリと伸びた背筋は、もとよりの長身をさらに大きく見せていた。

 何より特徴的なのはその目であろう。アイスブルーの瞳は生来のものであろうが、怜悧な光を備えたその目の奥の思考を伺い知ることは不可能にすら思える。同時に恐ろしい神算鬼謀を宿していのだという確信めいた印象を人に与えるのだ。

 その視線がこちらに向けられたとき、まるでそこだけ気温が下がっていくかのような冷ややかな緊張感が会場全体を包んだ。

 

 基地司令にして地球侵攻軍の総司令官 ――― マ・クベ中将その人である。

 

 中将は皆を一瞥して壇上に上がると、短く息を吐いた。

 彼が話す、皆でそう察した瞬間にどよめきは消えさった。皆、息を殺し耳をそばだて、まるで一字一句聞き逃さぬように言葉を待った。

 そうさせるだけの何かをそのとき、彼はもっていたのだ。

 

「時間が無いので、簡潔に言おう。諸君にはこれから負け戦の尻拭いをしてもらう」

 

落ち着いた調子ではあるが良く通る声で淡々と話す。

 まさに簡潔そのものでり、その場の全員が言葉を反芻しながらも中将の顔を注視していた。

 旧世紀の中世における「貴族」を思わせる優雅な雰囲気からはおおよそかけ離れた、はすっぱさな物言いで現状を表現した中将に皆があっけにとられていた。

 無論、それこそまさに集められた全員が察知している「今ここにいる理由」であるが、ここまで率直に言われるとは予想していなかっただろう。

 

肝の太い人だなと、メルダースは素直に感心した。つくろっているのかは定かではないが、いささかも取り乱していないのは頼もしい。

 むしろ副官のウラガン中尉が心配そうにである。だが、それとて額面どおりに受け取ることは出来ない。

 一見いかにも小心そうであるが、その目は油断なくこちらの反応をうかがっているのだ。

 

(この二人はどちらも只者ではないな…)

 

 それがメルダースの二人に対する素直な感想であった。周囲の者たちもおおむね同じような感想を持ったのか、じっとマ・クベの次の言葉を待っている。

 

「諸君、残念ながらオデッサでの勝敗は決した。しかし、戦争はこの一戦で終わりではない。

我々はここで殿として戦い。一人でも多くの同胞を宇宙へと帰すのだ」

 

 浪々とした声が会議室に響く。アイスブルーの瞳が、まるで一人一人の心底をも見透かすように動いていた。

 

「志願者達の中から諸君らを選抜したのは、君達に文字通りの一騎当千を期待するが故である」

 

 まるで対面して問いかけられているような錯覚の中で、メルダースは心の中に響きわたる声に、ただ耳を澄ませた。

 

「敵の数はあまりにも多く、味方の数はあまりにも少ない」

 

 そこで一度、言葉を切る。

 その先を聞こうと皆が身を乗り出した瞬間、マ・クベ中将はことさらにはっきりとした声で宣言した。

 

「撤退する味方を援護するため、我々は現在侵攻している連邦軍に対し白兵斬り込みをかける」

 

再びざわめきが起きた。我々? まるで総司令官どのがこの絶望的な闘いに参ずるような物言いではないか。

 言葉の意味を解しかねたのか、または早合点して落胆したくないのか、皆が今言われた言葉を反芻するように怪訝な顔で考え込み始めた。

 そんな中、隣の男がニヤリと笑ったのにメルダースは気づいた。先ほど尻のすわりを気にしていた曹長だ。

 周りに気づかれないよう、小声で男に話しかける。

 

「何が可笑しいんだ? 曹長」

 

「あ、少尉殿。失礼しました。基地司令殿の言い草が気に入りまして」

 

困ったように笑ったのは東洋系の男だった。東洋人独特の童顔で歳は分らないが、小柄で鋼のように引き締った体つきをしておりMS乗りには理想的な体形(何しろ、コクピットと言う奴は狭い)である。

 東洋人独特の小さな目には無邪気な好奇心と自信が満ち溢れているように見えた。

 

「本気だと思うか?」

 

メルダースは茶化すように問いかけると、男から帰ってきたのはやはり自信に満ちた答えだった。

 

「目を見りゃ分かります。司令官閣下は俺達を直率するつもりです。そして、此処で死ぬつもりだ」

 

そう言うと、曹長は前をむいた。メルダースもそれに習う。基地司令の目が何を写しているのかは分らなかった。ただ、その通りのよい声だけは耳に残った。

 

「我々? 司令も出撃されるのですか?」

 

誰かが言った。居並ぶ男たちの殆どが、疑念と期待の入り混じった目で司令を見ている。

 マ・クベ中将はジオンきっての地球通であり、この戦争の和平条約の交渉に赴いた人物であるが猛将という類の将官ではない。むしろそれとは対極のイメージがある。果たして口だけの訓示であるのか否か。

 皆、中将が命を捧げるに値する人間か見極めたいようだった。いや願わくば命をかけるに値する人物であってほしいという僅かな期待がその視線には込められていた。

 

「当然だ。さっき『我々』と言ったろう?」

 

 我らの気持ちを知ってか知らずか、口の片端をゆがめて笑みまで見せて、中将閣下は当然のごとくのたまわれた。

 

 これが、この瞬間こそが後に幾多の戦場を共にする「マ・クベ斬込隊」結成の瞬間であった。

 怒号にも似た歓声が当たりに響き渡り回りの男たちはいっせいに中将に向かって敬礼を送った。

 メルダースもそれに習う。横目で先ほどの曹長を見ると、言ったとおりでしょう、と言わんばかりに片目を瞑って見せた。

 その人懐っこい態度にメルダースは思わず苦笑しながら、解散の号令がかかったらまず名前を聞いてみようと思った。そして解散の号令がかかったのは、その直ぐ後だった。

 

数時間後 ジオン公国軍オデッサ基地 地下要塞MS格納庫

 出撃を控えた格納庫内にはMSの装備品や弾薬が並びスコアボードを持った整備兵たちが、螺子の一本の締まり具合にいたるまで入念なチェックを施していく。

 殿部隊であるという話は聞いているのだろう。整備兵たちはコクピットに塵一粒すら血眼になって掃除してくれている。 

 そんな中、熱心に自分の機体を見つめている男の姿が目に入った。

 

「やあ曹長、調子は?」

 

 そう問いかけると、イワモト曹長は少し驚いたような顔をして、すぐに我に返って敬礼をした。

 

「そんなに、かしこまるなよ。これから死線を共にするんだ。気楽に行こう」

 

 メルダースの申し出に、曹長は二マリと笑った。腕白なガキ大将を思わせる笑みである。

 だがしかし、この笑みに騙されてはならない。『トオル・イワモト曹長』はオデッサでも1・2を争うほどに近接戦闘に長けた猛者だという。

 文字通りの『愛機』といえるほど己の乗機に異様な愛情を寄せる。特にグフに乗り換えてからの戦績は輪をかけており、筋金入りのグフ狂いだが軍人としては非常に優秀であるというのが彼の元の上司の評価だった。

 なぜ、それをメルダースが知っているかといえば、先ほどの会合の後名前を聞いて少し話した結果興味をもったからである。

 しかもこの臨時編成部隊の小隊の部下としてイワモト曹長の名前があったのを知ったときは、マ・クベ司令が何かを画策しているのかと思ったほどだ。

 

 もっとも、総司令官閣下はこんな末端の兵士に謀略をたくらむ余裕などあるまい。なにせ、これから連邦軍相手に大博打を張ろうというのだから。

 精鋭部隊における強襲作戦での敵戦線を混乱させる。はっきりいって決死隊である。

 だが、わきあがる恐怖を傍らにもっと強く胸に満ちるこの高鳴りは何だろう。

 そう己に問いかける反面、メルダースはその高まりの正体を本当は分かっていた。それは隠し切れぬ己の性によるものだと…。

 そして、それゆえに同族のにおいには敏感だった。

 

「そう言えば曹長、何で志願したんだ?」

 

 よりによって会話の糸口にこの話題を選ぶかとメルダースは内心で己を罵倒した。

 イワモト曹長はいたずらが見つかった坊主のように恥ずかしげに笑いながら、吸い込まれるように自分の愛機へと近づき、その装甲を撫でた。

 

「自分は、こいつじゃなきゃだめなんですよ」

 

 そう答えた曹長の目は真剣そのものだった。「MS-07グフ」ザクを地上用に改良し、ジェネレーターのパワーを向上し、装甲・フレーム構造の改良を持って、軽量化と全体の性能を底上げした傑作機である。

 軽量化と装甲強化を同時に成し遂げ圧倒的パワーと専用武装によって連邦の新型MSにも引けを取らない性能であるといわれるが、白兵戦闘に偏りすぎた性能のためにどうにも操縦性がピーキーに過ぎるという意見もある。

 だが、最新鋭の「MS-09ドム」と並んで前線のあこがれの的であることに変わりはない。

 しかし、彼がグフを見る目は役に立つ道具に対するそれとはなにか違うように見えた。無論、それも含まれて入るが、もっとかけがえのないものに対しての思慕のように見えるのは穿ち過ぎだろうか。

 

 オデッサが陥落すれば主戦場は宇宙へと移る。脱出艇の数には限りがあるし、他の戦線から集ってきた部隊も考えれば宇宙で使えないMSを積んでいる余裕などない。

 陸戦用MSであるグフは地上撤退の際は投棄せざるをえない。基地司令がグフのパイロットから志願者を募ったのもそういうことだろう。

 曹長はそのことを一体どう考えているんだろうか、メルダースの中でそんな疑問がわきあがった。

 

「少尉こそ、なんで残ったんですか?」

 

 不意を打たれてメルダースは一瞬、ドキッとした。とはいえ会話中に思考に沈むほうが悪いのだ。しかし正直言って、あまり答えたくない質問でもある。

 曹長の理由より、よっぽどしょうもない理由だからだ。

 ありていに言えば斬込隊の志願者を募っていると聞いて、いの一番に志願した理由は半ば自棄だった。

 とはいえ、自分から聞いた手前、答えないわけにも行かず、なるたけ平静を装って彼は答えた。

 

「部下の一人に、少し要領の悪い新兵がいてな。詰まらんことで叱責を受けたり、殴られて泣きべそかいたこともあった」

 

 そういいながらメルダースはその新兵の顔を思い出した。学徒上がりかと思うほど若いというよりは幼い印象で、屈託なく良く笑う奴だった。

 

「そりゃ、少尉殿も大変でしたね」

 

そう言いながらイワモト曹長が意味ありげな目でメルダースを見る。なんだか、見透かされたように感じて、その笑みが少し人の悪いものになったように見えた。

 

「だが、可愛い部下だ。それに言われたことはしっかりこなす奴だった。律儀にな、それに救われたたこともある」

 

 ごまかすようにメルダースはそう言い切ると、イワモト曹長の反応を見た。

 予想どうり人の悪い顔になっていた曹長がにやりと笑う。

 

「その新兵、女ですね」

 

 そう囁いた。

 

「…!? そんなに顔に出てたか?」

 

メルダースは観念したように、ため息をつくと、イワモト曹長はニヤニヤしながら首を横に振った。

 

「ただのカマかけですよ少尉殿」

 

「畜生! やりやがったな」

 

 わざと大げさに悔しがるようなふりをして曹長の肩をどやしつける。曹長はニヤニヤ笑いをやめて、少しだけ真面目な顔になった。

 

「男が自分の命をかけて守りたいと思うのは、大抵は女子供か自分自身てのが相場だ。でもそれが普通です。夢やら大儀やらの為だけに本気で命を張れる人間は、そうは居ません。

それにそういう奴はよっぽどさびしい人間か、なにかごまかしている人間だとオレは思います」

 

 イワモト曹長は、まるで自分自身に問いかけるように言った。言葉の中にイワモト曹長の葛藤が垣間見えて、メルダースはしばらくかける言葉を捜した。

 

「まあまあ少尉殿、自分みたいに報われないものに思いを馳せるよりはマシですよ」

 

 メルダースが言葉を見つけるより先に、曹長がおどけたように言った。

 その言葉がメルダースの心には複雑に響いた、それはある意味ではもうふさがりかけた傷だった。

 だが同時に、メルダースは目の前の男と何かを分かち合いたい気分だった。だから、彼は素直な気持ちでこう打ち明けた。

 

「彼女には婚約者が居てな。戦争が終わったら結婚するつもりらしい。報われないのは、俺も一緒だ」

 

「………すみません」

 

 曹長は途端にばつの悪そうな顔になった。

 

「いいさ。もう気にしてない。俺にもこいつがいるしな」

 

 そう言って、メルダースはタラップに足をかけた。

 機体点検をしていた整備員から出撃の許可が出る。メルダースがコクピットに乗り込もうとすると、曹長に呼び止められた。

 

「少尉殿ぉっ! それでも惚れちまうのはっ、男の性ですかねぇっ!」

 

振り返ると、曹長は恥ずかしそうに笑っていた。本当にガキみたいに笑う奴だな、とメルダースは知らずに笑みをこぼしていた。

 

「そのとおりだっ! まったく度し難いっ!!」

 

 そう怒鳴り返すと、曹長が顔を引き締めて、敬礼をしてきた。

 メルダースもそれに答える。

 

「後武運を…っ!」

 

 そう言って自分の機体のほうへ走り去る曹長の背を見ながら、メルダースは不思議とすっきりとした気分になっていた。

 

「……貴様もな」

 

 そう呟いてコクビットのハッチを閉める。一瞬視界がやみに閉ざされる。ジェネレーターの駆動音が機体全体に響き渡り、計器が次々と立ち上がっていく。

 システムチェックを手早く済ませ、機体はいつでも動ける状態だ。

 

《諸君…この戦いに我々の勝利はない》

 

 通信機から、マ・クベ中将の声が響く。いささかの気負いもなく、無感情だが、その声は良く通った。

 

《しかし、同時に勝者なき戦として歴史には刻まれるだろう。…ジオンのMSがいかに圧倒的であるか、奴らに教育してやろう》

 

 淡々とした声が、まるで決定事項を告げていくかのような声が、不思議と心に染み渡る。

 

 冷静な声音であるはずなのに、それがつむぐ言葉は心の奥底にあるものを不思議に駆り立てる。

 それはマッチから移された小さな火が、燃え広がって大火となる様子に似ていた。

 

《……それでは諸君、戦争の時間だ》

 

 心は燃え盛らんばかりであるにもかかわらず、頭は凍りついたように冷静だった。

 これまでにない異様な興奮を感じながら、メルダースの機体はまず一歩を踏み出した。

 

オデッサ防衛線B36エリア 第265戦車中隊

 

 

「畜生! 見渡す限り敵だらけだ! こちらオデッサ基地第265戦車中隊! 増援はまだか!!」

 

 マゼラアタックの戦車長が、稜線越しに広がる光景に悪態をつく。大隊司令部からノイズ交じりで返答が来る。

 

《第265戦車中隊、後退を許可する》

 

「後退? 背中を向けりゃ撃たれるのに、どうやって帰れってんだ!!」

 

 通信機に怒鳴り返しながら、稜線を超えようとした61式戦車を狙撃する。地面に跳ね、車体下部から入った砲弾が、61式の連装砲塔を空高く吹き飛ばす。

 

「やった! ざまぁ見やがれ!!」

 

 ペリスコープを覗いていた砲手が歓声を上げた。自動装填装置が忙しく薬室内に砲弾と装薬を押し込む。

 

「一両潰したくらいで、油断するな!!」

 

 戦車長が喝を入れた瞬間、周囲に巨大な土煙がいくつもあがる。MSの大口径機関砲の弾着だ。稜線が崩れ、崩れた土の間から、あふれんばかりのジムが押し寄せてくるのが見えた。

 

「こうなりゃ、一かばちかだ! 後退するぞ!! こちら第265戦車中隊、後退する……クソ、返事くらいしやがれ!!」

 

 操縦手がギアをバックに入れた。175mm砲を前に向けたまま、全速力で離脱を図る。通信機が砂嵐のような雑音を吐き出し始める。

 

「通信妨害か!? こんな時に!!」

 

戦車長が忌々しげに通信機を睨む。直ぐに顔を上げ、押し寄せる連邦軍を見た。見えるはずの地平線は絶望的なほどの敵軍勢で埋まっていた。

 

《…こちら第14偵察航空隊 畜生! 本部!! 敵部隊進攻中、ものすごい数だ! 土が三分で敵が七分! 繰り返す土が三分で…くそ、後ろにつかれたっ!!》

 

 

 一瞬回復した通信機が、不穏な内容をこぼして途絶えた。一瞬戦車の中は静寂に包まれた。機関音も雷鳴のごとき砲爆撃の音も全て後方におき去ってしまったかのような、錯覚。

 全てが遠のいていくような不可思議な感覚にとらわれながら、戦車長は迫りくる白い巨人をただ呆然と見詰めていた。白亜の意識の中で、彼は漠然と逃れられぬ死が目の前にいるのだと悟った。

 刹那、ぴたりと白い軍勢が動きを止めた。まるで見えない壁でもあるかのように連邦のmsはそれより先に足を進めては来なかった。

 ふと、戦車長は後方より吹きつける何かを感じた。

 

「風…?」

 

 戦車長が後ろを振り返ったその瞬間。何かが、巨大な質量を持った何かが戦車の横をすり抜けていった。

 

「っ!?」

 

 それが地響きを伴いながら大地に踏みしだくのを見て、彼はその何かが巨大な足であることに気づいた。

 巨大な足が次々と戦車の間を通り抜けていく。

 一歩、また一歩とその足が地面を踏みしめるたびに、目の前の白い巨人達がたじろぎ、後ずさる。

 

「MS…増援? 一体どこの!?」

 

 見上げるようにそびえたつのは、蒼い巨兵の広い背中であった。辺りに吹き出でる熱気は、携えた刃から放射されるものばかりではない。

 肩も触れ合わんばかりの隊伍を組み、盾を連ねたMSの一団がじりじりと前へ出る。

 

(こいつらただ者じゃない)

 

 瞬間的に彼は悟った。数的に劣勢であるにもかかわらず、この一隊は敵軍に無形の圧力をかけている。そう、それは正しく『圧力』であった。

 まるで電動のこぎりに素手で触ることを強いられているがごとき、たじろぎが敵を拘束していた。

 その意思の有無にかかわらず、自己を容易に欠損させうる機能をもつものに手を触れたいと誰が思うであろうか。

 不気味なまでの虚無感と連帯感により構成された存在感が、その領域に踏み込むことをためらわせているのだ。

 

 その先頭を行くのは、まるで中世の甲冑を思わせる特異な機体。円形の盾を携え、もう片方の手に握る刃は荷電粒子特有の放電光を放っている。

 

「何だ……あの新型。 まさかマ・クベ司令が直接率いているのか!?」

 

 基地司令の機体として白兵戦特化型のMSが納入されてきたことは、オデッサ基地でも少なからず話題になっていた。

 

《第265戦車隊…この場は我々に任せ、速やかに後退せよ》

 

 無線機から涼やかな声が流れる。この期に及んで戦車長は確信した。ひとまずは死に時でなかったということを。

 ならば遠慮なく引くばかりである。ギアを後退に入れさせ生き残った車両に引くよう命令を出す。

 

「増援、感謝する。どうぞご無事でっ!」

 

 戦車長は振り返りざまに叫びながら、その鋼鉄の背中を目に焼き付けた。蒼い騎士たちは、まるで集った民衆を前にする王者のごとく堂々とそこに対峙していた。

 

 

 

 

 

 味方の最後の戦車が遠ざかっていく。これでこの場の味方は周りの機体のみと言うことだ。

 奇妙な膠着が辺りを支配する中、ヨアヒム・メルダースはしっかりと眼の前の敵を見据えた。

 目の前に建つのは白い壁である。否、盾を壁のごとく連ねた敵の群れだ。

 

「はっ、数えるのも嫌になるぜ」

 

 あきれるような調子で彼はつぶやいた。モニターに移るのは、敵機ばかりである。味方の影などかけられも見えない。

 …当然である。彼らは、殿となるために来たのだから。メルダースを支配しているのは迷いではなかった。

 魅惑的な死と言う存在との間で綱渡りをするのだ。なんと心が躍ることか。この量の敵を前にして、彼は「無理だ」とは思わなかった。

 妙に平静な心中に在りながら、胸の奥からなにやらざわざわと湧き上がってくる。

 戦って戦って、命の尽きる最後の瞬間まで戦い続けるのだ、そう心の奥底で叫ぶものがいる。

 なぜか可能なような気がした。「多勢(敵)」と「無勢(味方)」はかりにかければなぜか、無勢の方へ天秤が傾く確信があるのはアドレナリンのなせる業か。

 そう思いながら、僚機のほうを横目で見やった。もちろんmsの中にあってはその表情など伺い知ることは出来ない。

 にもかかわらずメルダースは、その男の存在をしっかりと感じ取っていた。

 トオル・イワモト曹長……腹を減らした猟犬のように、その鎖がとかれる瞬間を今か今かと待ちわびていることだろう。

 分厚い装甲を隔てても鼓動が聞こえるような気さえする。

 あの男が傍らにあるのがなぜかはっきりと分かった。

 そして、きっと相手もそう感じているだろうことも、なぜか奇妙な確信がもてたのだ。

 今自分が何処にいるのか、そして周りにいる味方、目の前の敵、しなければならない任務。なぜかそれらのことが手に取るようにわかるのだ。

 傍らにある死を感じながら、その恐怖とも狂喜ともつかない感情に灼かれる感触を楽しんでいる。

 ギリギリの瞬間にその腕を交わしながら、それでもその懐へと迫っていく。この場にいるものは皆、そんな度し難い性癖を抱えた同志達なのだ。

 だが、生きる死ぬかなど結局は運だ。どちらに転ぶかなど、さいころを投げてみなければ分からない。 

 

「だから、死ぬんじゃないぞイワモト」

 

 そうつぶやいて、メルダースは再び度し難い衝動に身を任せた。

 

 

 

 

 

 それは奇妙な均衡であった。絵に書いたような多勢に無勢が対峙する両軍は、決して動こうとはしなかった。

 まるで何かとてつもない罠があることを警戒するように、それはある意味では間違いではなかった。マ・クベは古代中国の戦術家の応用をしたに過ぎない。

 相手を疑心暗鬼にさせるなど謀略の基礎だ。殿とはいかに敵の足を止めるかである。

 

 そしてそれは、着々と進行しつつあった。マ・クベを先頭とし、肩が触れ合うほどに盾を連ねた密集隊形。

 敵軍もそれにつられるように隊形を密集させ、こちらを押しつぶせるように層を厚く半包囲の隊形に持っていけるように三つに分ける。

 中央の部隊にて敵を拘束して、左右から挟撃、なかなか悪くない半包囲殲滅戦である。

 じりじりと距離を詰める中央集団そして両翼も包囲の為に移動する。

 まちに待った瞬間がついに訪れた。

 

「抜刀」

 

 通信機に向かって短く言う。マ・クベは自らも愛機にビームサーベルを抜かせた。

 手に手に携えられたヒートサーベルが、うっすらと赤い光を帯びる。

 MSの装甲をもたやすく断ち割る凶器が、ゆっくりと灼熱の輝きをその刃に広げていく。

 

 それを合図にして、ついに眼前の敵部隊が雪崩れをうって押し寄せてきた。そして、眼前には僅かな段差である。

 

《今っ!!》

 

 通信機から副官であるウラガンの声が響く。

 ギャンを囲むように前に出たグフの一隊が間髪いれずにヒートロッドを放つ。

 いっせいに放たれたヒートロッドが敵の前衛の足を絡めとる。

 次々に転倒する敵前衛に向かって後ろを走っていた機体がそのまま突っ込む。

 つまずいた機体に別の機体が後ろからつまずき、倒れこんだ機体が別の機体にぶつかるという連鎖が、まるでドミノのように広がっていく。

 密集した隊形があだになったのだ。舞い上がった土煙によって徐々に視界が閉ざされていく。

 ……機は熟した。

 

「吶喊っ!!」

 

 先頭を行くは円形盾を持った騎士甲冑のごとき機体。

 手に手に灼熱の刃を携えて、単眼の戦士達がその後につき従う。

 行く手を阻む全てを血河屍山に引きずりこんで、辺獄への道を斬り開くのだ。

「死」の懐へと飛び込むのに、彼らは躊躇しなかった。

 

 

 

 中央部隊の後衛で指揮を執っていた連邦軍の大隊長は事の成り行きに唖然とするしかなかった。

 未確認であるが、敵の最新鋭機を捕獲できるチャンスだったのだ。しかも、投降するかのように立ちすくんでいるという。

 ふってわいた出世のチャンスである。これを逃すわけには行かない。

 分かりやすい包囲を仕掛けて威圧するはずがこの惨状である。

 土煙で視界が利かない熱センサーも敵味方の反応が入り混じってひどい状態である。

 いくらIFFがあっても判別できなければ意味がない。

 

「畜生、あわてすぎだぞばかものどもめ」

 

 ふと目の前の土煙に何かがひかる。

 

「…なんだ!?」

 

 カメラを高感度モードにしようとした瞬間、土煙の中から何かがが飛び出してくる。

 蒼い、深い蒼で塗装された装甲は…連邦の機体にはありえぬもの。

 

「な、nぎゃぁぁぁっ!」

 

 恐ろしい光に一瞬目を焼かれ目の前が真っ暗になる。一瞬失明したのかと思ったが、すぐにアラートの表示が視界の端に移る。

 

「……くそっ、見にくい。カメラが……壊れたのか?」

 

 ゴツリと装甲越しに何かを当てられる音が響いた。サブカメラが立ち上がる。

 

 写ったのは…まるで中世の騎士を思わせる……奇妙な機体。

 

 その機体が押し当てているのは――幸運にもそれが何かを理解する前に彼の命は消滅した。

 

 

 土煙から出るやいなや眼の前の機体の首を掻っ切ってカメラをつぶし、そのまま肩を抱くようにコクピットに一撃する。

 まるで剣の達人を見ているかのような滑らかさだ。

 真実そうなのであろう。夜に行われるウラガン中尉との剣の訓練はもっぱら司令に男色の気があると思わせる噂で語られていた。

 所詮。噂は噂である。時に手斧と剣に変わり、時に盾と長剣に変わり、はては両手剣など信じられない話ばかりなので気にも留めなかった。

 司令官閣下の男色の有無は脇に置くとしても、剣の訓練が本物であることは間違いなかった。

 

「まったく、図りがたい人だ」

 

 誰に言うでもなく、感心した様子でメルダース中尉はつぶやいた。

 

「まあいい」

 

「頼りになるに越したことはないからなっ!」

 

 言いながら足元のジムにヒートサーベル突きたてる。

 カメラに蹴りを入れ、コクピットを踏みつけ、次々と目標を無力化していくけながら隊長機に合流する。

 

「司令、直援は…《いらん。敵は多いのだ。私などにかまっている暇はあるまい》」

 

 マ・ベの簡潔な答えにささやかな驚きを覚えつつ、なぜかメルダースにはその答えが返ってくるのが分かるような気がしていた。

 すでに集結した機体がギャンの前に再び盾の壁を築く。

 さて、これほどの連携訓練など果たしてやったことがあったろうか、メルダースの中にたわいない疑問が浮かんでくる。

 今はほかに気にすべきことがあるのだと、彼は自分でも驚くほどあっさりその疑問を流した。

 

 

 

 

 

 何だろう、この高揚は? そう自問するのは、その感覚がMSに乗ったときに覚える何時ものそれとは僅かに異なるからである。

 いつもと同じ胸の奥から湧き上がる闘争心と共に、うすもやの様に己を包む連帯感は何なのであろうか。自身の体だけではなく、機体全体に果ては戦域すら飲み込もうとするこの感覚は覚えがある。何処となく質は違うが。ここ最近感じ続けている感覚でもあった。あのレビル強襲作戦のおり一瞬、戦場でまみえた機体。

 「連邦の白い悪魔」奴に出会ったときの感覚と何処となくにてる。

 もっとも奴とは少し距離もあった上に奴さんが恐ろしい勢いで味方の旧式機を追っかけていたので、交戦することはなかった。

 安心半分、少し残念におもったものだ。

 そのときはもっと落ち着かない感じがしたが、今は逆だ味方が何処にいるかも敵が何処にいるかも、機体をすかしてなんとなく分かる。

 そんな奇妙な感覚を感じながら、イワモトはレーダーには目もくれず、眼の前の敵に取り掛かった。

 

 蒼い騎士がおもむろに手にしたヒートロッドを前面にいたジムに叩きつける。展開したクローアンカーが頭部に直撃し、スーパースチール合金製の爪がジムの頭部をギリギリと食い込んでいく。その間にも流れているメインジェネレーターからのエネルギーパルスを直接変換した高圧電流が、カメラと頭部のCPUを破壊していく。

 バギリッと硬質な音が辺りに響いたかと思うと、電流を受けて痙攣していた機体が湯気を立てながら崩れ落ちた。

 アンカーを解除してヒートロッドを頭上で振り回すとサーカスの猛獣使いのようにすばやく振り下ろした。

 雷鳴のような音共に加速された先端が、ジムの頭部を次々と叩き潰す。

 すかさずヒートサーベルをかつぐ様に構えた僚機が懐に飛び込み。そのまま腰のひねりも加えて刀身を押し当てるように斬り下した。

 一撃で刀身は胸の半ばまで達し、ジムの機体が糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。すぐにコクピットブロックに足をかけ、ヒートサーベルを引き抜く。

 

 その僚機を狙って2機のマシンガンを撃ってくる。たちまち回りにいた2機のグフが壁を作り、それを防いだ。

 そして2機の横合いから飛んできたヒートロッドがマシンガンを絡め取る。そのまま盾を構えてタックルしてきたのはウラガン少尉の機体だ。

 なぜか分からないがはっきり分かる。よろめいた敵機が自分の僚機を巻き込んで盛大にすっころぶ。がその期を逃さず少尉がヒートサーベルをつきたてる。

 刀身を前後に動かしながら、もう一機のコクピットを盾の先端で探ると、左手の指先あたりが同時に光る。

 ドガアンッ と巨大な鐘を同時に叩いたような音が響く。それっきり敵機はぴくりとも動かない。 

 

 75mmを至近距離から5発動時に撃ち込まれたのだ。イワモトはコクピットのほうを確認する気にはならなかった。

 感心なことに、ウラガン少尉の一連の動きには、ほぼ無駄がなかった。

 堅実にして正確。実に手ごわいが、可愛げのない戦い方だ。こんな戦い方はむしろ、総司令官殿のほうが似合う気がする。

 先ほどちらりと見た限りでは以外に大胆な戦いがお好きなようだが…。じっくり拝見したいところだが、そんな余裕はない。

 何せこの乱戦状態の混乱が収まる前に奴らを全員始末しなければならないのだ。

 そう考えながら、イワモトはひたすらに愛機を駆る。

 

 まるで収穫機が麦穂を刈り取るかのように、

 袈裟懸けに、

 から竹割に、

 抜き胴にして、

 斬って斬って戦場を駆けずり回る。

 

 無機物の手足が、刈り取られた首が、断ち割られた胴体が、無数の手足が散乱する戦場は、さながらに地獄絵図の様相であった。

 気がつけば4機のジムに周りを囲まれていた。

 

 絶体絶命である。であるのになぜか心は落ち着いていた。まるで最初からの予定であったかのように、いや、真実そうであったような気さえしてくるから不思議だ。

 どの機体もビームサーベルを抜いている。おそらくフレンドリーショットを恐れてであろう。

 前方の2機がヘッドバルカンを撃つ。豆鉄砲であるが至近距離でのバルカンは文字通りの目潰しだ。

 それを盾で受けて、完全に視界がふさがった瞬間にジムのが機体ごと飛び込んでくる。盾ごと串刺しにするつもりか、ご丁寧に側面の2機も背後に回ろうとしている。

 

 イワモトは機体のオートバランサーを解除した。サーベルを後ろに回し、盾を前面に押し出しす。オートバランサーを切った機体は制御を失って前のめりに倒れこむ。

 その瞬間、イワモトはバーニアに点火すると地面をこするような低軌道で機体が僅かに滑空する。

 突っ込んできたジムと交差するその瞬間、盾を跳ね上げ、サーベルを持つ手をさばく。そしてその勢いで機体をひねり、斜め上方へ切り上げた。

 ブレードにしっかりとした手応えを感じながら、斜め後ろ上空へとすり抜けた。降下しながら5連装フィンガーバルカンを撃ちまくる。

 ランドセルからから頭部にかけてを蜂の巣にされて、残りの1機が崩れ落ちた。

 

 バランサーを起動してスライディングするように機体を地面に突っ込ませ、猛烈な土砂を巻き曲げながら、巨大な質量が着地した。

 衝撃がコクピットをシェイカーのようにかき回すなか、イワモトは必死で機体を建て直す。

 後方に回ろうとした2機が迫ってくるのが見える。

 

「なめるなっ!!」

 

 足を狙ってヒートロッドを振るが、ジャンプでよけられてしまう。頭上を取った1機がそのまま串刺しにしようとビームサーベルを逆手に持ち替える。

 刹那、にやりとイワモトの顔に笑みが浮かんだ。的をはずしたヒートロッドを勢いのままに頭上で一回転させ、逆手に持ち替えたジムの足を絡め取った。

 

「ザクとは違ぇんだよぉぉっ!!」

 

 そのまま腰をひねって空中にいるもう一機に力任せに叩きつける。

 もつれ合うように地面に叩きつけられた2機のジムはそのまま動かなくなった。

 片足が外れているのだから動かしたくても動かせまい。

 

 とどめに高圧電流を流して、誤作動でもだえるように動くのを見ながらヒートロッドに異常がないことを確かめた。

 先ほどからうるさいほどに心臓がなっている。それ以上に心の奥底からあふれるのは戦闘の狂熱だ。

 

「これだから、こいつ(グフ)に跨るのはやめられねぇ」

 

 何かに酔ったような浮ついた気分でイワモトはつぶやいた。そろそろ機体も温まってきただろう。

 本番はまだまだこれからなのだ。

 

 

 

 緒戦の混乱から立ち直った我々は徐々に小部隊ごとに統率を取り戻していた。そして遅まきながら、反抗を始めようというころには、敵味方入り乱れての完全な乱戦状態に持ち込まれていた。戦車部隊は血相変えて逃げ出したが、逃げ遅れた者達の通信からは絶望のみが聞こえてくる。そしてMS部隊は数的に優位であってなお、恐れているこの現況を作り出した元凶であるジオンの「斬込隊」を…。

 我々は彼らがMS部隊を突破し、本陣へと特攻をかけるものと予測していた。しかし、彼らにとってはその日は戦争の始まりに過ぎなかった

 芸術的ともいえる戦術と部隊連携を披露した指揮官である「マ・クベ」の名を聞くたびに、我々は幼き日にクローゼットに潜む化け物に震えていたころを思い出す。

 そう、私達はまるで幼い子供のように何も出来ず、ただ仲間がレーダー上から消えていくのを見ているしかなかった。

                                                          

                                                       元大型陸戦艇「バターン」 オペレーターへのインタビュー

 

 

 

 打ち寄せる波のように…。それは寄せては反し、寄せては反し、岩壁に砕けて消える波のように。

 永劫ともいえる軍勢を屠り続けながら、それでも心に絶望はなかった。

 

 これで何機目だ……? ショルダータックルでジムを吹き飛ばしなら、メルダースは思った。

倒しても、倒しても、沸いてくる敵。それを不思議なほどの冷静さで斬り伏せている。斬込隊のほかの連中もそんな具合らしい。

 一言もしゃべらずただひたすらに、己の責務を果たしているようだった。

 

 志願者で構成された腕利きの集まりとはいえ、いくらなんでも異様過ぎる……。

 

 そう思いながらも、メルダースのグフは、すくい上げるようにジムの片足を切り飛ばした。

 

「キリがないな……」

 

《少尉!!》

 

通信機からの声で、はっとモニターを見る。横合いから、ビームサーベルを振り上げたジムが迫る。

 

 

「畜生!!」

 

悪態をついた瞬間、全身から煙を噴出してジムが倒れた。倒れた右足を良く見ればヒートロッドが毒蛇のようにからみついている。

 

「イワモト曹長か!」

 

《間に合わないかと思いましたよ》

 

 通信機から快活な声が響く。映像通信の中のイワモト曹長はまるで水を得た魚だった。

 

《しかし、少尉殿を初め、オデッサのグフパイロットはこんなに腕利き揃いだったんですね》

 

イワモト曹長が関心したように言う。

 

「いや、俺も自分で信じられないくらい落ち着いている。びっくりするほど周りが良く見えるんだ。なんだか妙な感覚だ」

 

《司令の鉄面皮が移りましたかね?》

 

曹長は冗談めかして言っているが、メルダースにはあながち冗談ではないように思えた。

敵の位置、味方の状況がなぜか頭に浮かんでくるのだ。まるで巨大な粉砕機のように、斬込隊は敵機を飲み込み続けていた。

 

「そういえば、司令もなかなかの腕だったな」

  言いながら、メルダースはヒートロッドで陸戦型ジムを引き倒す。

 

《ありゃ、腕もありますが、機体との相性が抜群に良いんです》

 

 そのジムにヒートサーベルを突き立てながら、曹長が答えた。

 

「そんなもんかな?」

 

 メルダースが足元に群れる61式を機関砲で掃射する。戦車の宿命というやつで上面装甲の薄い61式に、斜め上から撃ちおろされるのは75mmである。

たとえ半分の口径でも致命的だ。

 上面装甲に瞬時に大穴が開き、砲塔が吹き飛んだ。

 

《そんなもんです……》

 

曹長のグフが後ろからの60mmバルカンをシールドで遮り、そのまま蹴り倒す。倒れたジムの胸部をヒートサーベルで切り裂いた。

 

気づけば連邦軍部隊は撤退していた。周りは破壊された戦車とジムの残骸で埋め尽くされていた。斬込隊の機体がきょろきょろと敵を探しているのが、妙に滑稽だ。

 

「どうやら終わったらしいな」

 

《ですね》

 

曹長のグフが傍らに立つ。機体の装甲は、返り跳んだオイルで、ほとんど黒く染まっている。

 

まるで惨劇のあとだ……。

 

「いや、実際、惨劇だな。それにしても曹長、酷い有様だな」

 

《少尉殿だって、斑になってますよ》

 

通信機越しにイワモト曹長の笑い声が聞こえる。信じられないことだが、どうやら勝ったらしい。メルダースはふっと息を吐いて、シートに沈み込んだ。

 

《諸君、ご苦労だった。補給に戻るぞ》

 

戦いに勝ったというのに、マ・クベ中将の声は冷静そのものだった。だが、小さな声で「やはり、ギャンは良い機体だ」と呟くのをメルダースは聞き逃さなかった。

 

《少尉殿、やはりグフは良い機体ですね》

 

 イワモト曹長が無邪気に言う。「そうだな」と答えて回線を切った。手に残った感触に、不意に笑みがこぼれて来る。敵機を切り伏せた時の感触、白兵戦独特のギリギリの緊張感、全てがたまらなく心地よい。

 はっとして、メルダースは思いを寄せていた部下の顔を思い浮かべた。君のせいじゃなかったよ、と心の奥底で呟く。不意に気づいてしまったのだ、自分が本当に求めていたものに……。

不意にこみ上げてきた感情に、彼は狂ったように笑い転げた。笑っているはずなのに、涙が出そうになる。

耐え切れなくなって、メルダースはイワモト曹長に回線をつないだ。

 

「なあ、曹長。俺たちは狂ってるのかな?」

 

メルダースの声に何かを察したのか、曹長が穏やかな声で答えた。

 

《戦場で、何がまともかを尋ねるのは無駄なことです》

 

「そうだな……」

 

メルダースが通信を切ろうとすると、ですが、と曹長が続けた。

 

《大事なのは突きつけられた現実の中で、どうしたいかだと思います》

 

「そうか……ありがとう、曹長」

 

《いいえ、少尉》

 

 少しだけ、メルダースの胸に溜まったものが、下りたような気がした。

 

 




あとがき
軍人さん紹介

「岩本 徹三」
トオル・イワモト曹長の元ネタで最強の零戦パイロットと呼ばれた日本海軍航空隊のエースパイロットです。写真を見ると結構良い男だったんでちょっとびっくりしました。「テツゾウ」だと語呂が悪いかなぁ、と思い考えた結果「徹三→とおるさん→トオル」とまあ下らない洒落で名前を決めましたw
 このオデッサ編の主人公で本編でも彼にまつわる話が若干出てきます。

 オデッサで何があったのかを指し示すオデッサ編。これが事実上の第0話だったりします。
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