機動戦史マヴラヴHardLuck   作:赤狼一号

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第七章 対峙

 

 

 

―――― 横浜ハイブF層 アプサラス開発基地

 

 地下基地の夜は、当然のことながら。昼間と対して変わらない。敵地の只中と言うこともあり基地から伸びるサーチライトが、閉ざされた天蓋と外壁から発せられる薄青い燐光に対抗するかのように薄闇を貫いていた。

 

 昼間と違うのは、当直のものを除いて就寝中だということだ。定時に巡回する歩哨の足音が遠ざかれば、あとは静寂に包まれる。そんな静寂の中を、硬く澄んだ音が響く。シャリン、シャリン、と刻まれるリズムは、黒いザンジバルの甲板上から響いていた。

 

 

 装甲板の上で対峙する二つの影。ノーマルスーツ用のヘルメットを被っているため顔は見えないが、特殊樹脂製のプロテクターをつけ、手には細身の長剣と短剣を携えている。長剣のもち手を覆う形状の曲線鍔(スウェプト・ヒルト)が、燐光を映して複雑な光を放つ。双方ともに長身で、片や細身だが引き締まった体つきだが、相対する方はがっしりとした体躯で、両者の性格の如く対照的であった。

 腰を落として構えた両者の剣先が薄ぼんやりと光る。動き始めたのは大柄な方からだった。緩やかに、円を画くように足を運ぶ。対する相手も逆方向へ踏み出し、追随するように動く剣が、相手が間合いに踏み込むのを牽制する。

 双方の動きが止まった。一瞬の静寂から、今度は痩身の方が仕掛けた。

その体躯に似合わぬ激しい打ち込みが、しなやかな腕から繰り出される。

相手の方も慣れた手つきで剣撃をさばくと、突き出した剣を絡めとり、強引に弾き飛ばす。

 手から飛んだ剣が銀の軌跡をかいて甲板に落ちる。ひときわ高く澄んだ音が、あたりに響き渡った。チャンスとばかりに、相手の長剣が踏み込んでくる。痩身の方がそれを短剣で逸らす。鋭く澄んだ音をかき鳴らしながら、鋼同士が火花を散らした。

 

「チッ」

 

 大柄な相手はヘルメットの舌打ちを洩らすと、今度は左の短剣を繰り出した。

 

「うかつだ」

 

 わずかにつぶやいた痩躯の男が、手の平でなでつけるように短剣の軌道を変え、そのまま相手の進路上に自分の短剣を構えた。

 

「畜生、なんてザマだ」

 

 自分から短剣に突っ込む格好になった相手は、短剣の剣先で胴当を削られ、それで勝敗は決した。

 互いに剣に口付けて礼をすると、負けた偉丈夫は悔しげに、ヘルメットを脱いだ。

 

「クソッ、参った!!」

 

 中から出てきた無骨な顔は上気して息を切らし、色の濃い金髪はぼさぼさになっている。男は、ずれた眼帯を治すと、剣とヘルメットを床において、自分も座り込んだ。

 

「しばらく見ないうちに、随分と猪突猛進になったな」

 

 隻眼の男、エルンスト・フォン・バウアー少佐がからかうような笑みを浮かべた。

 

「オデッサで、荒事も悪くないと学んだものでな」

 

 答えて、痩身の方もマスクを脱ぐ。アイスブルーの冷静な瞳に青色の髪、顔は僅かに上気して、幾分か落ち着いてふうを装ってはいるものの、やはり息が上がっている。

 

「つき合わせてすまなかったな」

 

 早くも落ち着いてきた息で、マ・クベは言った。

 

「まあ、良いさ。俺も久々に剣を振って面白かった」

 

 気味の悪い化け物の巣で無ければ、天蓋に瞬く燐光も、神秘的な光景に見えるものだ。いや、真実、神秘的な光景だ。だがそれは、どこか人を不安にさせるような美しさで、妖しいと言っても良い。

 

「しかし、マ・クベよぉ。今日はえらく激しかったじゃねぇか。なんかあったのか?」

 

 バウアーが、軽い調子で尋ねてくる。現在は二人だけなので、敬語は無い。二人で剣を合わせるのは、士官学校時代の習慣であった。もっとも、任地が分かれて以来の久しいものではあったが。互いに修羅場を潜って来ただけに、腕はさび付いていない。

 

「なに、連中の証言を整理していたら、少し気になる所があった。ただそれだけだ」

 

 汗のしたる髪をかき上げ、マ・クベは質問に答える。

 

「なんだ、そりゃ?」と怪訝そうな顔をするバウアーに、ため息交じりの笑みを向ける。

 

「大した事じゃない……」

 

 言われた相手は、得心のいかない顔をしながらも首をすくめた。

 

「……だが、今はいえないという事か?」

 

「…その通りだ」

 

「なら聞かんさ」

 

 隻眼の軍人は立ち上がると、「それじゃ、一風呂あびにいこう」と手を差し出した。その手を掴みながら、私自身、この仮説には色々と複雑なのだ、とマ・クベは心中で友に詫びた。

 

 

 

 

 着替えを終え、シャワールームを出ると、バウアーが待っていた。袋に入れた剣を杖のように突き、「遅いぞ」と笑う顔は、先ほどのことなど気にも留めていないと言わんばかりだ。

 

「貴様のそういうところは、本当に助かる……」

 

 小声で呟いて、マ・クベは僅かに顔を緩めた。

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 振り返ったバウアーが怪訝そうな顔をする。

 

「いいや」

 

「そうか……うむ、動いたら腹が減ってきたな…」

 

 言われて、マ・クベは今日の夕食すら食べていないことに気づいた。

 

「しかし、バウアー。この時間では艦のPXも閉まっているのではないか?」

 

 もう消灯時間は、とっくに過ぎている。バウアーは腕組みをしてしばらく考え込んでいると、ふっと顔を上げた。

 

「なら、基地の方に行こう。 当直兵の飯が残ってるはずだ」

 

 無論、ザンジバルにも当直兵がいないでは無いが、地上で艦の周辺を警備している為、糧食は基地で一括して調理しているのだ。

 二人は荷物をマ・クベの私室に放り込むと、艦の外へと向かった。

 

 

 

 人間の三大欲求は食う・寝る・ヤる(何をやるかは、分る人だけ分れば良い)の三つであることは言うまでも無いが、地下基地であるアプサラス開発基地は三つ目には大分苦労する。

 元の世界では地上に上がることが出来たが、この世界では地獄の方が近いような地の底だ。食うと寝るが満たされている事、そして皮肉なことに、すぐ近くに潜んでいるであろう敵の存在が、基地の士気を保っていた。

 中でも、唯一の娯楽と言っても過言ではない食堂は、士気維持のための最後の砦であり、その厨房では、日夜、最小限の糧食で以下に兵士達を満足させるかが、研究されていた。

 

「……と言うことでだ中村伍長」

 

 人気の無い厨房で、湯気の立つ皿を差し出しながら、男は切り出した。

 

「いや、わけが分らないです。佐藤軍そ「これを、食え」」

 

 有無を言わせぬ調子で、男は煮込みのようなものが入った皿を押し出す。恰幅のいいこの男とでは、貫禄が違いすぎる。凄まれれば、嫌といえないのはもやしの悲しさだ。

 

「そんなに嫌な顔をするなよ、中村伍長」

 

 顔を引きつらせる中村を、佐藤が猫なで声で、じりじりと追い詰める。

 

「お前が、一生懸命に作ったんだからなぁ」

 

 中村はガタガタ震えながら、必死であとずさる。

 

「なら、味の方は保証つきだな?」

 

 詰め寄る佐藤の言葉を、後ろから放たれたドラ声が遮った。

 

「そりゃぁ、勿論……」

 

 威勢よく振り返って、佐藤軍曹は硬直した。

後ろに立っていたのは隻眼の偉丈夫と、青い髪をした長身の男。

 

「!? バウアー少佐にマ・クベ中佐!! い、一体、どうして、こんな所へおいでに?」

 

言いながら、素早く敬礼をする。

 

「中村ぁ! 貴様、上官への敬礼はどうした!!」

 

 唖然としている中村伍長に、佐藤軍曹のケリが飛ぶ。罵詈雑言と軍曹の足に急き立てられ、中村も慌てて、敬礼した。

 

「失礼しました中佐殿! 少佐殿!」

 

 そんな、二人にバウアーは鷹揚に応じた。マ・クベの方もはなから気にも留めていない。

 

「気にするな、俺たちも急に声をかけたからな」

 

「…それはそうと」

 

バウアーの後ろから、すっと湯気の立つ皿を手に取ると、二人を横目に見た。

 

「先ほどから、これを食べる食べないで、問題になっていたようだが?」

 

「そう、なんでさ。こいつが作ったものですから、こいつに食べさせようと」

 

 マ・クベは皿を顔に近づけると、すんと匂いをかいだ。

ほんのり赤ワインの香りが鼻を通り抜け、温かい肉と野菜の匂いがあとを追う。

 

「…匂いは悪くないな」

 

 そう言うと、皿に突っ込んであったスプーンをとって一口、口に運んだ。トマトの酸味と肉の旨みが口に広がる。肉の旨みも良く溶け出しているようで、良く煮込まれている。

 

「「あっ……」」

 

 何故か、ものすごくまずい事をしたような顔をする二人に、マ・クベは怪訝な顔をする。

 

「……美味いぞ?」

 

 中々にあとを引く味で、どれもう一口と匙を伸ばすと、横からバウアーがかすめ取った。

 

「どれ、俺にも食わせろ」

 

 どうやら、匂いに耐えられなかったらしい。

中村と佐藤は呆気に取られた顔で、バウアーが煮込みを口に運ぶのを見つめている。

一口飲み込んで、隻眼の偉丈夫はにんまりと笑った。

 

「旨いな! 特に、この肉が、ナンダカ分らんが、癖がなくて実に美味い!!」

 

 ご機嫌に中村の背中をどやしつけると、一気に平らげて、アプサラス基地の連中はいつもこんなに美味いものを食っているのか、とのたまった。

 中村はゲホゲホ急き込みながら、首を左右に振っている。

 

「このボケ!!」

 

 はっと我に返った佐藤軍曹が、中村に強烈なキックを入れた。

軽い体が、厨房の床に吹っ飛ばされる。

 

「貴様が、ウスノロだから、中佐殿と少佐殿が食ってしまわれたじゃないか!!」

 

 そのまま、「ボケ!」「クズ!」と罵声を浴びせながら、ぼこすこ殴っている。中村の方は「ひぃぃぃぃ」と情けない悲鳴を上げながら、必死で床にうずくまる。

 いくらなんでも、行き過ぎな暴挙だが、お互い慣れているようにも見えるのは気のせいだろうか。

 

「軍曹! さっきから一体どうしたんだ!?」

 

 バウアーがとっさに二人の間に入る。

 

「軍曹、先ほどの料理はそこまで、卑下するほどのものではなかったぞ。現に私もバウアー少佐も、美味いと言っている」

 

 穏やかな声で、マ・クベが佐藤軍曹をたしなめる。

 

「申し訳ありません!!」

 

 佐藤がものすごい勢いで頭を下げる。ますます、怪訝そうな顔をするバウアーとマ・クベに、佐藤は「材料のあまりをお見せします」と厨房の奥へ引っ込んだ。

 しばらくして、佐藤が何かを抱えて出てきた。ドスンとそれを調理台の上に乗せる。

 

「こ、こいつは……」

 

「軍曹、一応聞くが、これはまさか……」

 

 その最近知り合った顔を見て、マ・クベとバウアーは揃って絶句した。象に似た、醜悪な面構え。特徴的な鼻のような腕は、根元から切られている。恐らくは輪切りにされて鍋の中だろう。

 

「……食料には限りがありますので」

 

 ちなみに大型の方は解体して合成タンパクの原料にする予定だったらしい。だが、合成タンパクの生成プラントとて増設するには資源も時間もかかる。だから、指し当たっての危機対策として、直接料理する術を探っていたのだ。

 硫黄臭いのと白くてぶよぶよした奴は、人を食っていたので食べる気がしなかったとか。

 

 実験台の中村伍長は不憫極まりない。理不尽にぼこすこにされた中村伍長は「いつか殺してやる」などと物騒きわまり無い言葉を口走っていた。

 

……何故だろう。とても慣れたやり取りに見える。

 

「とりあえず食料に関しては、余裕が出来た訳だな」

 

 満足げに腹をさすりながら、バウアーが呟いた。

 

「「は、ハイ?」」

 

 愕然とする二人の部下に、マ・クベは食料の確保を最優先に交渉する事を約束した。

 

 

 

 

 

 

――― 横浜ハイブ第5中央区画(旧アプサラス開発基地) 第三応接室

 

 

「気に入らない」

 

 それが、夕呼が男を初めて見たときの印象だった。一見すれば、見慣れない軍服を着た長身痩躯の男だ。しかし、細い体のラインは、服で隠れてはいるものの、引き締まった筋肉のそれである。

 何よりその目だ。アイスブルーの瞳は一欠けらの油断も恐れも無く、ただ、こちらを冷徹に見ている。

 一緒に着いて来た、まりもや霞から引き離され、夕呼は広くも無い応接室の中でその男の二人きりなのだ。もっとも、同じ階級で向こうも護衛を連れていないのだから文句は言えない。

 目の前の男が無言で座るよう促した。夕呼が席に着くと、男は淡々と喋りはじめた。

 

「自己紹介が遅れたようですな。私はマ・クベ中佐。本交渉の全権を委任された者であります」

 

 事務的な口調、冷徹な視線からは、何を考えているかなど、まるで読めない。霞と引き離された挙句に自分が一番苦手なタイプが交渉相手なのだ。

 

「私は国連軍の香月中佐です。同じく総司令から全権を委任されています」

 

 まあ、委任と言えば、言葉はいいが、真実は強引にもぎ取って来たのだ。

これはある種、賭けだった。この謎の技術力を持った勢力がどういうものであろうと、此処に居座っている以上、取り込むか排除せねば人類の興廃に関わる。

 そして、それを決めるこの交渉は余人には任せられない。間違いなくこの瞬間に、今後の人類の未来が賭かっていた、

 

「単刀直入に言いましょう。我々はこの世界の人間では在りません」

 

 だと言うのに、開口一番相手が繰り出した言葉に、夕呼は凍りついた。

 

「ふざけないでいただけるかしら」

 

 自分が顔を顰めて、不快感を表していると言うのに、当の相手は歯牙にもかけない様子だ。

一体、何を考えているのだろう。

 こちらの思惑など気にする風も無く、男は話を続けた。

 

「ふざけてなどおりませんよ。あなた方の中に敵地の只中に基地を作り、まったく別種のMS?あなた方は戦術機と言ってましたな、を開発する余裕がおありか?」

 

「そ、それは、確かに……」

 

 本当は自分を暗殺する為の、大仰な芝居なのかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。だが、それならばこんな回りくどいことをする必要があるだろうか。第一、これほどの技術力があるなら、自分達の力を誇示して話を進めたほうが早い。

 

 だが、もし、もし万が一、彼の言葉の通りであるなら、人類の前途に一筋の光が差すことになる。彼女自身、その可能性を考えられるだけの仮説は持っている。

 

しかし、それも、全ては彼らの今後の出方次第だった。ふっと、息を抜くようにマ・クベ中佐が笑った。

 

「唐突に、こんな話をされて、混乱されるのも無理はありません。到底信じられない話ですから」

 

 張り詰めていた空気が不意に和らぐ。なんだかいきなりはしごをはずされたようで、緩んでしまった夕呼の心の隙を相手は見逃さなかった。続く言葉で、一気に核心へ斬り込んできた。

 

「ですが、あなた方にも思い当たる節はあるはずだ……」

 

「どういう意味でしょう?」

 

「救出した機体や回収した機体から、色々と情報を得ています。ゲストの方々からも色々と興味深いお話を聞かせていただきました」

 

 一瞬、夕呼は相手の目がギラリと光ったように見えた。

 

「『G弾』という兵器に、覚えがおありのはずだ……」

 

「ええ、ありますわ。でもそれがなにか?」

 

 内心の動揺を表に出さぬように、夕呼はあえてそっけなく答えた。相手は落胆するでもなく、ただ、こちらの目を真っ直ぐに見ている。

 

 

「G弾・・正式名称を五次元効果爆弾。終わりと始まりの交わる空間に干渉すれば、何が起きてもおかしくは無い……」

 

 思わせぶりな言葉は、核心をおおむね捉えていた。知らず机の下で握った手の中は汗で濡れている。

 

「それでは、本気であなた方は別世界から来た人間だとおっしゃると?」

 

「少なくとも、我々は我々以外の国家機関、団体に関してあらゆる利害を持ちません…現時点では」

 

 変わらぬ表情で答える。こちらを見つめる眼差しは、まるで獲物を狙う蛇だ。「現時点では」と前おきした事の意味を察することが出来ないほど、夕呼もおろかではない。かすかに口元に浮かんだ笑みを見て、彼女は直感的に感じ取った。この男は、楽しんでいる。

 そう思えば、苛立たぬでもないが、それをあらわにしては向こうの思う壺だ。

 

「では、そういうことにしておきますわ。それで、あなた方は一体なんなのかしら」

 

「我々はジオン公国軍。ラグランジュ点に浮かぶコロニー群の国家です。地球と独立戦争を行っていたのですが、ここに」

 

 ラグランジュ点と聞いて、夕呼は顔を顰めた。だが、第5計画を匂わせようとしているにしては、言っていることが変だ。

 

「まるで、安いSFの設定ですわね」

 

 ばっさり切り捨てると、相手はふっと蔑むような笑みを浮かべた。

 

「我々からしても同意見ですな。地球外生命体に侵略され、滅び行く人類? ペーパーバックですら廃れた設定だ」

 

「なっ!?」

 

 怒鳴りかえしかけて、寸前で言葉を飲み込んだ。もし、自分がBETAのいない世界の人間なら、きっと同じ事を言う。

 まったく異なる技術大系作られたとしか思えない異形の戦術機。BETAの本拠地であり、人類の生存にもっとも適さない場所である「ハイヴ」に建設された基地。それら全てがその言葉を裏付けているように思える。というか他に説明しようが無い。

 いくら米軍のG弾投下などで混乱があったとはいえ、国連、帝国、米国、全ての軍の目を欺き、ハイヴを侵攻して基地を建設するなど不可能だ。そんな反則的なことができるなら人類はとっくにBETAをこの地球上から叩き出している。

 そんなこちらの心中を見透かしたように、マ・クベは話を続けた。

 

「我々の目的はこの世界での生存と、元の世界への帰還です。よって、我々はどの国の傘下に入る気もないし、入れる気もない。それは国連もまた同義だ。ただ物資の取引を望むのみ」

 

「傘下に入れるとは、強気に出ましたね。ですが、それをそのまま受け入れるほど我々にも余裕がありませんの」

 

 愛想笑いを浮かべながら、釘を刺す。いかに強大な戦力があろうと、物資を握っている以上、最終的にはこちらが優位に立てる。後はどれだけ譲歩を引き出すかだ。

 当然、こちらがこう出ることを予想していたのか、相手はさして慌てることも無く、薄い笑みを返した。

 

「先ほども言いましたが、そちらの事情は、当基地に滞在されていたスペシャルゲストの方々からおおむね聞いています。無論対価は支払います。我々の技術をそちらに格安で提供しましょう」

 

「スペシャルゲスト…なんとも洒落た言い方ですわね。捕虜ではなくて」

 

「双方の誤解から始まった出会いでも、大切にすべきだと思いますが。それに、我々はいささかの対価も要求しておりません。もし人類にこれ以上敵を増やしている余裕があるのであれば、残念ながら我々も身を守らざるをえません」

 

「それは、双方にとって、望ましくない結果になるでしょうね」

 

 だが、どんなに強力な兵器があろうと、戦いは所詮数なのだ。彼らに勝ちなど無いことは目に見えている。どれだけ強がろうと所詮相手は詰んでいるはずなのだ。であるはずなのに、目の前の男の不敵な笑みはなぜこうも不安を掻き立てるのだろう。

 

「時に我が基地のMS、いや、戦術機はご覧いただけましたか?」

 

「ええ、我が方では地の底に鬼が出たなどと大変驚かされましたわ…」

 

「あれらは全て核で動いております。死に華を咲かせるとしたら派手になるでしょうな」

 

 相手の言葉に、一瞬思考が止まった。

 

「……今、なんとおっしゃいましたか?」

 

「我々の『戦術機』は全て核動力で動いていると」

 

 男が顔に亀裂のような笑みを浮かべる。気づいていた、やはり気づいていたのだ。彼らがこの場所にいると言うこと自体が、自分たちにとって致命的であるということに…。

 

「それは恫喝ですの?」

 

 心中の同様を押し隠して、何とか言葉を紡ぎ出した。

 

「警告です。我々は敵に情けをかけるほど寛容にできておりませんので」

 

 勿論、圧倒的な戦力を投入して彼らをここに封じ込めることはできる。だが、今でさえ手に余る戦力を誇る彼らが核まであるとなればどうなるだろう。

 このハイヴ自体を吹き飛ばすことも可能だ。そんなことをされれば、オルタネイティブ4は間違いなく5へと移行される。それどころか、国連軍を突破して地上に出た彼らが無差別に自爆攻撃を行えば日本自体が壊滅しかねない。

 心臓はかつて無いほど高鳴り、汗に濡れた下着がなんとも気持ち悪い。だが、この交渉を一歩でも間違えれば人類は今日にも滅亡する。高鳴る心臓と内臓をえぐるような重圧の中で夕呼は思った。

 なんと、面白い。心臓の高鳴りは、高揚のなせるわざだ。薄刃の上を渡るような緊張感、これだから交渉というやつは辞められないのだ。嫌になる面倒ごとばかりではあるがそれを自身の脳髄の力で何とかするのはこの上ない快感だった。

 崖の淵に行くほど、脳が冷めていくのを感じながら、夕呼は満面の笑みを出した。

 

「それでそちらの条件は?」 

 

 つまるところ、狐と狐の化け比べだった。

 

「さしあたり、食料と医療品ですな。あとはこちらに」

 

 そう言って差し出されたリストに目を通す。弾薬や資材など、詳細にしたためられている。次の項には対価として、基地の建造に関しての全面的な協力。特に電力の確保はありがたい。他にも技術提携は勿論、有事の際の武力支援に関しても要請次第では応じる、とある。かなりの好条件だ。

 

「この最後の項の、我が方に対するあらゆる妨害・諜報活動に対しては、これを敵対行動と認識する。と言うのは、少々行き過ぎではありませんの?」

 

 彼らが遭遇した「スペシャルゲスト」の中にはA01だけでなく、国連に出向している米軍の兵士もいる。彼らの証言は、さぞ彼の国の注意を引くことだろう。

 

「門の鍵が硬くて文句を言うのは、そこへ忍び込もうとしている者だけです」

 

 そこまで言って、ふと思い出したように言葉を繋いだ。

 

「……人の心に鍵はかけられませんからな」

 

「!?」

 

 心臓を鷲づかみにされたようだった。どういうわけか知らないが、目の前の男は完全にこちらの手を見透かしているようだった。

 

「……マ・クベ中佐。一つ提案がありますわ」

 

「何ですかな?」

 

 最後のトリック(いかさま)を見破られた以上、残された手は一つしかない。

 

「そちらが帝国や、国連と交渉する場合の窓口を私が勤めたいのですが……」

 

 残したジョーカーを切るのみだ。

 

「!! ……これは、断るわけには行きませんな」

 

 思ったとおり、相手の冷静な顔が、一瞬、歪んだ。この基地は外部との交流無しには立ち行かない。その窓口を握ることは、彼らに首輪をかけるに等しい。彼らとて、いたずらに自分たちの存在を誇示したくは無いはずだ。

 

「では、交渉成立と言うことで」

 

「ええ」

 

 差し出された手は以外にも力強かった。

 その日、国連軍は甲22号標的こと、横浜ハイヴの制圧を全世界に発表した。なお、現地では、地下において一部の部隊が幽霊と遭遇したという噂がまことしやかに囁かれた。それらの報告は全て、戦地にありがちな一時的な精神錯乱によるものとして、処理された。

 

 

 

 

 

 





後書き
 剣術の描写がくどいのは仕様ですw すみません、なにせ八年もやってるとどうもこだわりがうるさいとことになりますから。
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