機動戦史マヴラヴHardLuck   作:赤狼一号

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第八章 約束

 

―――― 国連軍横浜基地地下区画建設現場 ――――

 

「うつくし~あせを~かこ~♪」

 

 地下空洞に、防塵マスクでくぐもった歌声が広がる。黒いタンクトップにカーキのニッカーボッカーの男たちが、鶴嘴やら空圧式リベッターなどを片手にトンテンカンカン工事に勤しんでいた。

 アプサラス基地工兵大隊の面々である。ヘルメットには建設の実行部隊であることを示す4文字の「KANJI」が書かれている。

 地下空洞と言っても、東京ドームなど比にならないほどの広大な空間である。本来ならば粉塵など問題にならないはずである。にも拘らず、全員が防塵マスクを着用しているのは、傍らで作業するMSの為に他ならなかった。

 

《隊長、4番と5番の溶接、完了しました!!》

 

「ご苦労。次は第2ブロックへの増援に向かえ!」

 

 作業を終えて、戻ってきた黒いザク改をすぐさま、別の場所に派遣する。着々と進みつつある工事の現場をバウアーは満足そうに見回した。

 特殊部隊であるバウアーたちが、工事の支援任務に回されたのは工兵部隊の機材だけでは限界があるし、第600軌道降下猟兵大隊の基幹戦力である黒騎士中隊は特殊工作用に工兵技能も習得している。

 基地警備のMS部隊が目下のところ再編中であるというのも、大きな理由だ。基地建造への協力は物資の見返りである。

 

「む?」

 

 バウアーのアクトザクに外部からの通信が入る。

 

《工事の様子はどうですの?》

 

 通信用のウィンドウに現れたのは、紫色の髪をした妙齢の女性だった。目元の鋭さが性格のきつそうな印象を受けるが、まったく持ってそれを裏切らない相手である。

 

「おおむね順調ですな」

 

 おおらかな口調で返すと、それは何よりですわ、と相手はにっこり笑った。

気は強そうだが、良い女だな、バウアーは心の中で呟いた。好色な性質では無いが、朴念仁と言うわけでもない。

 

《聞いたと所によりますと、あなた方は特殊部隊のようですね》

 

「まあ、我々は皆工兵技能を持っていますし、それに万が一、敵と遭遇した場合も対処が可能ですから」

 

 敬語なのは、相手が一応、上の階級である為だ。

 

《それにしても、あなた方の協力が得られたおかげで、基地の建設の方も上手くいきそうですわ》

 

「我々の方も、物資を都合していただいたおかげで、食料や薬に困ることもなくなりました。そういえば、地上の仕上がりも順調のようですな」

 

《ええ、それでは、あまり長々と話しては、お邪魔になるでしょうから》

 

「では、失礼します」

 

 通信が切れると、バウアーはシートに沈み込んで、大きくため息をついた。

 

「まったく、マ・クベも厄介な相手を押し付けてくれるもんだ」

 

 相手の裏を読む「会話」と言う奴は、疲れるのだ。特殊部隊の一因である以上、「政治」がわからないわけではない。戦場で敵と見えれば、大胆にして狡猾な戦術家となるバウアーも、「政治」がらみのやり取りと言う奴は、あまりお近づきになりたい類のものではない。

 

「だが、あのくらいなら、マ・クベと対等に遣り合えそうだな」

 

 一人呟いて、思わず笑った。あの性格に難のありまくる友人と釣り合う女など、そうはいない。

 

《ああ、そう言えば一つ聞きたいことがあるのですが……えっと、どうかなさいました?》

 

 突然、通信モニターに移った顔が、怪訝な表情を浮かべる。通信画面に、飛びのくような格好をしている姿が映れば、それも仕方の無いことである。

 

「あ、いいや、何でも……」

 

 一つしかない目を思いっきり、逸らしながら答えるバウアー。香月中佐がいぶかる様な視線を向ける。

 

《まあ、いいですわ。それより少佐。どうして作業員のヘルメットに漢字を?》

 

 言われて、バウアーは自分のヘルメットにも書かいてある「安全第一」の4文字を確かめる。

 

「カンジ? ああ、お国の象形文字ですか。マ・クベ中佐から教わりました。ジャパンでは建築関係者の識別表記として使うとか」

 

 一瞬、香月中佐の顔が引きつる。これは、まずい事を言ったかと、バウアーは心の中で舌を打つ。

 バウアーが緊張して、相手の返答を待っていると、以外にも帰ってきたのは笑顔だった。

 

《良くご存知ですわね。その通りですわ》

 

 顔は笑顔だが、肩が小刻みに揺れている。笑い方も、何処と無く不自然だった。この手の兆候を見逃すほど、バウアーは愚鈍ではなかった

 まったくとんだ道化役だな、心の中でマ・クベに恨み言を言いながら、バウアーは精一杯の愛想笑いを浮かべた。

 

「それでは、引き続き、宜しくお願いしますわ」

 

 そう残して香月中佐は通信を切った。今頃、腹を抱えて大笑いしているころだろう。それでいい、見たところマ・クベと同じにおいのする御仁だ。マ・クベの奴が散々警戒させただろうから、どこかでそれを緩める必要がある。いやまったく似合いの二人といっても過言ではない。間違いなく夫婦喧嘩は犬が逃げ出すだろう。

 通信回線が完全に遮断されたことを確認してバウアーは大きくため息をついた。ふと、先ほどの自分の想像がもし実現したら、これほど恐ろしいことは無いことに気づいて、にわか背筋の寒くなるバウアーだった。

 

 

 

 

 

―――― 国連軍太平洋方面軍第11軍仮設駐屯地 ――――

 

「…………」

 

 明かりの消えた通信モニターを見ながら、夕呼は黙って肩を震わせていた。

 

「……香月博士?」

 

 頭にウサギの耳のようなものをつけた色白の少女が、心配そうに夕呼の顔を覗き込む。

 

「くっくっくっくっ、ぷあっはははははははははは!!!」

 

「博士?」

 

 突然、腹を抱えて爆笑しだした夕呼に、ウサギ耳の少女がおびえた様に後ずさる。

 

「確かに、工事関係者は皆つけてるけど、安全第一が識別表記って……何、識別すんのよ!!」

 

 なおも苦しそうに笑い転げる夕呼を、色白の少女がきょとんとした顔で見つめていた。

 

「ところで、社。さっきの話、本当なの?」

 

「え、あ、はい。…本当です」

 

 いきなり、立ち直った夕呼に狼狽しながら、社霞はこくりと頷いた

 

「まさか、彼らの中にもESP能力者が居たなんて……」

 

「あの人たちは……私たちのように、遺伝子を改良したわけでもありません」

 

 それこそが、まさに彼らが別の未来から来たと言う一つの証拠でもあった。宇宙に進出した人類と、地球に残った人類の間で勃発した戦争。僅か半年で人類の総人口の半分を殺した戦い。

 会談の場で相対した男が語ったのは、絵空事としか思えぬような歴史だった。BETAの居ない夢のような世界。変わりに宇宙に旅立った人類が地球の人類に牙を剥くと言う、悪夢のようなシナリオ。

 

『BETA……あの化け物どもに殺された人類はどれほどですか、20億? 30億? 我々はもっと殺しましたよ。地球人も宇宙人も区別なく……』

 

 狂気すら浮かべることなく、ただ、淡々と語った男は地球侵攻軍の長だったと言う。思い出せば今でも背筋が寒くなる。社にリーディングで確認させるまでも無く、男の言葉は真実に思えた。彼らこそ、「彼らの世界」におけるBETA(宇宙からの侵略者)だったのだ。

 

「社、あのマ・クベって男の心は覗いちゃ駄目よ」

 

「……覗こうとしたら、逆にコンタクトを取ってきました」

 

「なんですって!?」

 

 思わず、すっとんきょうな声を上げた夕呼に、霞のウサ耳がビクッと震える。

 

「ああ、悪かったわね。続けなさい」

 

「戦に憑かれた男の心など見ないほうが言い、と言われました。君の上官には釘を刺しておく、とも……」

 

「!? ……それで、あんなこと言ったわけね」

 

「何か言われたんですか?」

 

 夕呼はバツの悪そうな顔になると、ふっと視線を逸らした。

 

「……単なる皮肉よ」

 

 つくづく、不思議な連中だった。人間の敵は所詮、人間だと言わんばかりでありながら、人類にとっての希望でもある。矛盾する面を持ち合わせた存在。だが、ある意味でそれはこの世界の何よりも人間らしいように思えた。

 人間ならばむしろ好都合。宇宙人だろうが、地獄の悪鬼だろうが、利用できるものは何でも利用するしかないのだ。

 そこまでの覚悟が無くては、あの悪魔よりも狡猾な男とは付き合えない。

 

「そこまで、ひどくありません。……あの人は、優しい人です」

 

「社、あんた、男の趣味悪いわよ」

 

 真っ赤になる霞を見ながら、ニヤニヤ笑う夕呼を見て、霞が小さく呟いた。

 

「二人とも…同じです。とても、厳しくて、優しい人」

 

『貴方は人に最良の死に場所を与えてくれる人です』

 

『まるで、死神だな……私は』

 

 かすかに覗き見たのは、男の憂鬱だった。悲しみを背負いながら、それすら冷徹に見据えて、立ち上がる。

 とどのつまり、二人は似たもの同士だった。

 

 

 

 

 

 

―――― 横浜ハイヴF層 中枢区画

 

 

 うす青く光る床と、そびえ立つ光る柱の他は暗闇が塗り込まれている。生のかけらも感じられないその場所に男たちは立っていた。

 居並ぶ機体は黒色迷彩に塗装され、ただ、単眼の灯だけが鬼火のようにせわしなく揺れる。

 マ・クベ率いる斬込中隊は、再びこの場所へと訪れた。今回は彼らを導く「声」は無い。圧し掛かる静寂を、MSの足音だけが破っていた。

 

 先行するイフリートの肩に、ギャンがその手を伸ばす。接触回線が繋がったことを確認すると、マ・クベは通信モニターを見据えた。

 

「メルダース。敵影はどうか?」

 

《今のところ敵影は見当たりません。作戦ポイントまで、あと800程です》

 

 敵と言う中には勿論、「国連」の連中のことも入っている。休戦状態であるとは言え、いつ破れるか知れないのだ。油断は出来ない。

 

緊張に反してマ・クベの部隊は、敵どころかネズミ一匹見かけなかった(そもそも、この場所にネズミが居るかどうかは、別としてだ)。人気が無いのは地下区画の引渡しが終わっていないからだろう。

そうこうしている間に、目的地についた。

 暗闇の中に薄く光る柱、その上方には人間の脳髄が詰まったシリンダーがある。シリンダーの中の脳髄?シロガネ・タケルが、今回の目標だった。

斬込隊、各機が素早く柱の周りに円陣を組む。

円陣の中、マ・クベのギャンがシリンダーに近寄る。

 

「それでは、始める」

 

 マ・クベは簡潔に言い放って、コクピットを空けると、シリンダーに直接手を当てた。最初の接触から数週間が経過している。思ったとおり、反応は無かった。

 

「何か、分るかと思ったのだがな……」

 

 やはり、彼は力尽きたのだろうか、マ・クベはシリンダーを見ながら思った。「シロガネ・タケル」次元の果てから助けを呼び続けた存在。彼らが、この世界に訪れた鍵を握る者だ。少なくとも、マ・クベはそう考えていた。だが、それも死んでしまったのなら意味が無い。早くも、元の世界への帰還は暗礁に乗り上げた形となった。

 

「背に腹は、代えられんか……」

 

 一息、ため息をつくと、シリンダーに手を当てたまま、マ・クベは目を瞑った。シリンダーに浮かぶ脳髄に意識を集中する。アクティブな干渉能力を利用した脳髄へのハッキング。自分の異能を認めるのは癪だが、他に方法は無い。

 うす青く光るシリンダーが、さらに輝きを増したその瞬間、マ・クベの意識の中に大量の情報が飛び込んできた。否、マ・クベの意識が、大量の情報の中へと、飛び込んだ。

 「シロガネ・タケル」の脳を経由して入った情報の海は、気を抜けば飲み込まれてしまいそうになるほどのおびただしい情報が無造作にプールされていた。標本の固体情報から、吐き気を催す実験映像など多伎に渡った。

 ただ、それらは何の意思も感じられない情報の塊だった。このまま、命令を下せば操れてしまいそうなほど、それらには何の主体性も感じられなかった。

そうそれはまるで人の乗ってないMSのような、どこか空洞的な感触しかなかった。

 

『なんだ……?』

 

 ふと、何か違和感を覚える。大量の情報の先に何かが潜んでいるような気がした。

 

『…システムニ異常、解析セヨ』

 

 唐突に、そして強烈に響いた意思の声に、マ・クベの心が全力で警鐘を鳴らす。

逃げるまもなく、大量の情報の奔流に押し流される。

 流れ込む大量の情報、マ・クベは引き換えに、己の情報が引き出されているような感覚に陥った。子供時代、青年期、士官学校、走馬灯のように記憶が巡って行く。

 だが、今のマ・クベにとって何が己の情報かも定かではなくなりつつあった。

 

『……こんなところで…私は消えるのか』

 

『…スミカヲ…タスケテ、クダサイ……』

 

 遠のきつつある意識の中に、悲痛な願いが蘇る。そして、その叫びは、同じように自分に悲痛を見せた一人の男の願いすらも呼び起こした。

 

「・・・・・・メルダース少尉殿と斬込隊の連中をよろしくお願いします」

 

 そう言って、朗らかに微笑った男。マ・クベはまだ、交わした約束を守り切っては居なかった。

 

『舐めるなっ!!』

 

 消えかけた心に、意思の炎が燃え盛る。

 意志の力を振り絞って、迫り来る情報の奔流を跳ね除ける。相手をかく乱すべく、働いてないシステムにマ・クベはいくつかの命令を下した。

 

『……システムニバグ発生、修正』

 

 情報の奔流が弱まる。その隙にマ・クベは己の体を意識した。

 

「!!」

 

 シリンダーから勢い良く手を離す。反動で体が後ろに倒れ込む。

 一瞬の浮遊感からマ・クベを抱きとめたのはギャンのシートだった。

 

《隊長! マ・クベ隊長!! ご無事ですか!?》

 

 通信機からメルダースが必死で叫んでいる。マ・クベは回線をつなぐと、冷静に答えた。

 

「メルダースか? 大丈夫だ。心配を掛けたな」

 

《良かった。さっきから様子がおかしかったので》

 

 危なかった、思い出して、マ・クベの背に冷たいものが流れた。もしあの「声」が無かったら、自分はこのシリンダーに浮かぶ脳髄のように、ただ生きているだけの抜け殻になっていたかもしれない。初めて対峙した「意思」の存在はあまりにも強大だった。

 

 完全に、こちらの負けだったな……。

 

 マ・クベが苦い敗北感をかみ締めていると、メルダースの機体から再び通信が入る。

 

《隊長! 隣のシリンダーを見てください!!》

 

 メインモニターに、メルダース機から送信された映像が映る。ズームアップされた脳髄が映っていた。

 

「復元、しているのか?」

 

 あまりに衝撃的な映像に、マ・クベは思わず唖然とした声を洩らした。

 モニターに映し出された脳髄には、他と異なる部分があった。正確には、異なるものへと変化しつつあった。

脳髄だけだったそれから、神経系が走り出す。

合わせて骨格と臓器が筋繊維に包まれていく。

 

《一体、何がおこってるんだ?》

 

 部下たちが、ざわざわと騒ぎ出す中、マ・クベは黙ってその光景を見つめていた。

生の見えぬ光る柱の中に、唯一つ少女が浮かんでいた。

マ・クベは黙ってギャンを発進させる。闇を切り裂くバーニアの炎が、光の柱の中央部分まで行くと、その場でホバリングし始めた。

ギャンのマニュピュレーターが、優しく少女をつかみ出した。宝物を抱えるようにそっと地上に降りると、コクピットを開放する。

水のような液体に濡れた赤い髪が、マニピュレーターに広がっている。

胸がユックリと上下しているところを見ると、息はあるようだ。駆け寄って、少女に上着を掛けると、ユックリと抱き起こした。

 

「ううん……」

 

少女の目が、薄く開く。マ・クベは穏やかな声音で、少女に問いかけた。

 

「キミ、ナマエは?」

 

 多少、発音に不安のある日本語だが、意味は伝わったらしい。少女は焦点の定まらぬ目でこちらを見返した。

 

「かがみ……鑑、純夏」

 

それだけ言うと、少女はまた目を閉じた。大丈夫、息はしているところを見ると、眠っているだけなのだろう。抱き上げてコクピットに乗せた。

 

「……帰還するぞ」

 

《了解》

 

 男たちは来たときと同じように、ひっそりと引き上げた。説明が無いのは、必要が無いからだと言うことを、男たちは理解していた。

 

 

 

 

 

 

『エラー発生、生体標本再構築指令。指令ログナシ。存在ハエラーノ解析ヲ続行スル』

 

遠くカシュガルの地下深くで、「意思」は地上の全てのハイヴの命令系統を再構築した。それは奇しくも、「人類」と「BETA」の初のコミュニケーションだった。

 

 

 

 







 
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