機動戦史マヴラヴHardLuck   作:赤狼一号

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第十一章 苦悩

 

 

 

「本当に、ハイヴの中なんだ……」

 

 ザンジバルの上部甲板から辺りの景色を見回しながら、純夏は呆然と呟いた。幾つかの施設が増設され、幾分か広くなった基地の周りを囲む不気味な燐光。淡く光る大地は、ともすれば押しつぶされてしまいそうになるほど、威圧的な印象を純夏に与えていた。

 その光を押し返すように、基地から発せられる人口の光は、この地下深い異郷にあって生きる人々そのもののようだった。

 それでも、しっかりと足を支えていなければ、へたり込んでしまいそうになるほど光る床は強烈な不安感を純夏に与えていた。BETAに連行され、地下深くに連れ込まれた記憶は純夏の心にしっかりと傷跡を残していた。気づけば、彼女の手は傍らに立つマ・クベの袖をしっかり握っていた。

 その手を振り払う事も無く、マ・クベはなんでもないように言った。

 

「この光景を見て、気づいたかも知れないが、我々はこの世界の人間ではない」

 

 予想どうり唖然を通り越して、なんとも形容しがたい顔になった少女を見て、マ・クベは傍らに立つ親友を軽く睨んだ。発端は目の前の少女の「外が見たい」と言う至極まっとうな要望だったにせよ。ここまで決定的な電撃戦を行わざるを得なくなったのは、「外といっても見えるのは岩ばかりだ」と言うバウアーのありがたい一言ゆえだった。

 

 

 

 

 純夏の病室に来たマ・クベを出迎えたのは、部屋の主である少女のはにかむ様な笑顔と、バウアーのからかう様なニヤニヤ笑いだった。部屋の隅に居たリトヴァク少佐が軽く微笑んで、首をかしげる。

紳士的な態度のバウアーを無視して、マ・クベは純夏に話しかけた。

 

「ああ、どこか悪いところは無いかね?」

 

「たまに皆さん遊びに来てくれますが、寝てばかりで、太っちゃいそうです」

 

 恥ずかしげに顔を赤らめながら、少女が軽く毛布で顔を隠す。

 

「そうかね。それは何よりだ。検査の結果、細菌・その他のウィルスに対して、全て陰性だった」

 

 言葉を切って、マ・クベは無表情な顔を少し緩めた。

 

「おめでとう。……君は健康体だ」

 

「へへぇ、ありがとうございます。これで外に出れますね」

 

 笑いながら言った純夏の言葉に、一瞬、場の空気が凍りついた。

今まで黙っていたリトヴァク少佐が、上目遣いに赤い髪の少女を見る。

 

「純夏ちゃんは、ここに居るの嫌?」

 

 言われて、純夏かが慌てて首を振る。

 

「そんな事全然無いです。私、命を助けてもらったんだし、ごめんなさい!」

 

「冗談よ、気にする事ないわ」

 

 と鮮やかに軌道を逸らしたリトヴァク少佐の手並みに、感心しつつ、こういうことは女性にはかなわんな、とマ・クベはベッドの横の壁に寄りかかっていたバウアーに呟いた。

それには答えず、何かを考え込むような仕草をしていた隻眼の男は、突然、大声をだした。

 

「まあ、気にするな。どうせ、外といっても見えるのは岩ばかりだ」

 

「え? どういうことですか」

 

 純夏が怪訝そうな顔をする。いきなりの事に、マ・クベは唖然として、友人を見た。口調とは裏腹に厳しい光をはらんだ目が、マ・クベを見返す。

 

『拙い!!』

 

 そう思って、マ・クベはリトヴァク少佐の方を見た。同意のまなざしと共に、女性軍人が素早く翻訳装置のスイッチを切る。

 しかし、ここにいたって二人は忘れていた。目の前の隻眼の男が、目の前の男は、目的のために予備の一つや二つ用意する狡猾さを持ち合わせていることを……。つまるところ、それが今回の敗因だった。

 

「ココは、オマえらでイウトコロのハイヴのドマンナカ、ダカラナ」

 

 男の日本語は片言ではあったが、意味を理解過ぎるには十分に明朗快活である。まるで宇宙空間に放り出された水の如く、場の空気が凍りついた。

 

「……外を、…………外を見せてください」

 

 半ば茫然とした顔で、すがるように言う純夏に、マ・クベは黙って頷くしかなかった。部屋の隅に居たリディアは、頭に手をかざして宙を仰いでいる。諸悪の根源である大男は悠々とした顔つきで、事の推移を見守っていた。視線に気づいたバウアーの顔が、急に引き締まる。

 鋭い光を放つ目が言っていた。「意外とは思うまい、膳立ては整えた」と……。

 

 純夏を連れて部屋を出るとき、マ・クベはいつになく苛立ちを感じていた。このまま、彼女に外を見せれば、より簡単に話は進むだろう。有効な手段とは言え、出来れば、とりたくなかった手段である。しかし、何よりマ・クベを苛立たせたのは、バウアーがあえて汚れ役を買って出た事実だった。

あまりの事に事態を把握しきれぬ少女を連れて、マ・クベはザンジバルの上甲板へと向かった。

 

 

 

 

 上甲板から病室に戻ったマ・クベ達。純夏が茫然としながらベッドに腰をかける。言われた事を反芻している少女が少し心配になって、マ・クベは穏やかに話しかけた。

 

「大丈夫かね?」

 

「あ、はい」

 

「急な事で、かなり混乱していると思う。正直、突拍子もない話だが……我々は、この世界の人間ではない」

 

「あの、そっちは別に……」

 

「……何?」

 

 うかがうような顔でバウアーの方を見ながら、純夏が言いにくそうに答えた。

 

「……ニュースで見た軍人さんと服が全然違うし、同時翻訳の機械とか、バウアーさんに貰った本で薄々は……」

 

 そう言って純夏が枕の下から「AG☆GAI」と書かれた写真集を取り出した。表紙を飾っているのは、少女のようにぺたりと座り込んだ水陸両用MSアッガイであろう。妙に可愛らしく見えるのは何故だろう。横から表紙を見たリトヴァク少佐が「あら、可愛い」と小声で洩らす。

 マ・クベは小刻みに拳を震わせながら、トリックスターな友人を睨んだ。

 

「バウアー……後で、話が在るんだが?」

 

 自分でも驚くほど低い声でマ・クベが言う。いい加減、この友人も物には限度があることを知るべきだ。というよりよくもまあこれほど悪ふざけが好きな性格になったものだ。本当に戦闘の時とは別人のように思える。

 

「ま、マ・クベ。まあ、落ち着け。そんなに血圧上げると、体に良くないぞ」

 

 絶対零度の視線でバウアーをねめつけながら、マ・クベがじりじりと詰め寄る

 

「心配していてくれて嬉しいが、ご覧の通り私は冷静だ」

 

「むしろ、その冷静さが怖いのだ……リトヴァク少佐! 我々は日本語を教えてくれたサトーとナカムラに礼を言いに行かねばならんな!!」

 

「ふえっ? はっ、はあ」

 

 突然、手をつかまれたリトヴァク少佐が、間の抜けた声を出す。うろたえるリディアの手を強引につかんだまま、バウアーは入り口へ脱兎のごとく駆け出した。

 

「待たんか、貴様!」

 

 我に返ったマ・クベが、珍しく裏返った声を上げたときには、時すでに遅く、二人は扉の向こうへ消えた後だった。 

 あわただしい二人の退出を見守って、後に残された純夏はじっとマ・クベの方を見た。

 

「あの、マ・クベさん」

 

 すがる様な視線の意味を理解して、マ・クベは僅かにため息をついた。

 

「全てが始まったのは、宇宙世紀0079 11月20日」

 

そこで言葉を切って、少し考え込むと、それより前かもしれんな、と独り言のように呟いた。

 

「ともかく、私にとって全てが始まったのは、間違いなくその日だった…………」

 

 あくまで淡々と、マ・クベは話した。地球とコロニーの戦争、時空を越えて助けを呼び続けた声そして怪異との遭遇。そこから、捕らわれた少女を助け出すまでの話は、長くもあり、短くも感じる話だった。それまでにあった事を全て話して聞かせた。ただ、一つおぞましい捕らわれの記憶を除いて…。

 

「大丈夫かね?」

 

 気丈に聞いてはいたが、やはりショックが大きいのだろう。純夏は真っ青な顔をしていた。

 

「辛いことを話したと思うが…」

 

 うつむく純夏に向かって、マ・クベが声をかける。

 

「…どうして、ですか?」

 

 遮るように、純夏が言った。

 

「こんな世界に、いきなり連れてこられて! どうして、その事を責めないんですか?」

 

 顔を上げた純夏が、泣いているのに気づいて、マ・クベはギョッとした。やはり、なれてないせいもあるのだろう。マ・クベは女の涙と言う奴が苦手だった(一番、親密にお付き合いした女性が、多分に涙とは縁のないお方だったからだ)。

 

「き、君を責めても、仕方あるまい」

 

「でも、マ・クベさんたちは……BETAなんて化け物の居ない世界に住んでいたのに!!」

 

純夏が「BETA」と言う単語を言う際に見せたすさまじい憎悪に、マ・クベは一瞬気おされた。確かな記憶は無いと言え、おぞましい体験は確実に心の深部に傷跡を残しているのだろう。だが、そんな動揺を相手に悟らせるほど、マ・クベは素直な男ではなかった。

 冷静な態度を崩すことなく、マ・クベは諭すように言った。

 

「人間同士の殺し合いが化け物との殺し合いに変わっただけだ。やっていることに大差はない」

 

 淡々と答える言葉の裏で、マ・クベは地球で行った数々の激戦を思い出していた。そうした言葉に感情的な彩りは無く、ただ事実の説得力だけがある。純夏が、ぐっと言葉に詰まる。

 

「だって……マ・クベさん達が来たのは、タケルちゃんが呼んだから! あたしを助ける為にタケルちゃんが…………」

 

 そこから先は言葉にはならなかった。湧き上がる感情の奔流に押し負けて、純夏はぼろぼろと涙をこぼした。小さくため息をついて、男は優しく少女の肩を抱いた。

 

「純夏、君は人と言うものを過信している。人は小さく、はかないものだ。一人の人間に、それほど大きなことが出来るわけじゃない」

 

 だからこそ、人は組織という群れを作るのだ。すっと純夏の頭を抱いて、マ・クベは幼子をあやすように穏やかに言った。

 

「だから、君が負い目を感じる必要は無いんだ」

 

「う、ううう、わぁぁぁぁぁぁぁぁん」

 

 その一言が感情の堤を切ったようで、純夏はマ・クベにすがり付いて、大声で泣き出した。なんとも悔しい事に、おせっかいな親友の助言は非常に有効だった。

 

 

 

 

 

 

 時計の上では夜が明けた翌日、基地の入り近くに明るい青で塗装された「戦術機」の一団がぎこちなく佇んでいた。今日の交渉相手が直々に遣わしてくれた迎えである。

 隊長らしき女性士官がその足元で、こちらを待っている。鳶色の髪をした中々魅力的な女性であるが、惜しむらく表情が硬い。それもこれも、使者を送り出す側の、閲兵式の如き様相が原因だった。戦車隊と歩兵部隊が整列し、第600軌道降下猟兵大隊の黒備えのMS部隊と、基地防衛隊のMS部隊が花道を作る。花道の中央に立つのは、送り出す側の代表であるギニアス少将と外交使節団のメンバーである。

 マ・クベを筆頭に、補佐のウラガン大尉、警護役のシモ・ヘイへ少尉の他、新顔の秘書官が同行する。緊張した表情で直立する女性秘書官は、まだ幼さの残る顔立ちで、女性と言うよりは、少女と言っても差し支えないくらいだ。

 

「それでは中佐。宜しく頼む」

 

 ギニアス少将の敬礼に合わせて、背後の軍団が一斉に敬礼をする。踵を揃える音が、地下空間にこだまする。同時に放たれた、鋼の巨人達からの緩やかな敬礼が、威圧感を倍増させた。

 軍団を背に振り返ったマ・クベは、穏やかな口調で迎えの「戦術機」のパイロット達に話しかけた。

 

「お待たせしました。参りましょう」

 

「はっ、はいっ!!。こ、国連太平洋方面第十一軍 伊隅みちる大尉であります! ご案内させていただきます」

 

 女性士官がシャチホコばった敬礼をして自分の機体に向かう。どこかで見た顔だと思えば、確かスペシャルゲストを引き取りの来た部隊だ。

 マ・クベたちはジープに乗り込むと、彼女らを先導にして連絡用の道路を進む。基地がある空洞以外は既に引渡しが終わっており、演習場として非整備区画が残っている基地の周辺と違い、他の地下区画は国連軍基地として整備されている。

 しばらくして、広大な空間を利用した地下格納庫に出る。マ・クベは車から降りて辺りを見回した。一個中隊規模のMS部隊が乗っているのにまだ余裕がある。なんにせよ、ココの事は覚えておかねばならない。もっと大勢で来る時があるかもしれないのだ。

 

「緊張するかね?」

 

「え? あ、はい」

 

 ふと車の方に視線を移したマ・クベは、秘書官に話しかけた。そう、緊張する事はない、と穏やかに言うと、運転席のほうを見る。

 

「ヘイへ少尉、彼女を頼んだぞ」

 

 運転席に座っているヘイヘ少尉は、ニコリと笑って肩にかけた短機関銃を叩く。顔を合わせる事はなかったが、彼もオデッサの撤退戦に参加しており、そういう意味ではリディアよりは付き合いは長い。同じオデッサの戦場を経験したからだろうか。なぜか彼を見るとあの地で散ったイワモト曹長を思い出す。

 マ・クベの中の何かが「彼はイワモト曹長と同種の人間だ」と断言していた。

 

「ウラガン。相手は手ごわいぞ。キシリア様と同じくらいにはな」

 

「……それは、嫌な相手ですね」

 

 ウラガンが苦笑いで肩をすくめる。何処と無く余裕があるように見えるのは、きっと緊張している秘書官が居るからだろう。

 

「こちらへどうぞ」

 

 声をかけてきたのは、先ほどの女性だった。機体から下りたのは彼女だけで、他の連中は乗ったままだ。どうやら、あまり顔を見せたくないらしい。

 そのまま、広いエレベーターに乗せられ、閉ざされた空間ではしばし無言の時間が続いた。

 再びエレベーターの扉が開く。立っていたのは、なんとも見知った顔だった。

 

「!?」

 

「なっ!?」

 

「ふむ……」

 

「……ここからは、私が案内します」

 

 そう言って、深々とお辞儀をしたのは、ウサギの耳のような髪飾りをつけた小さな少女だった。

 

 

 

――― 横浜基地 地下19階 

 

 まだ内装工事は完了していないのか、仮設証明で照らされた廊下をマ・クベたちは歩いていた。道案内をするのは、あの記念すべき初の会談で一緒に来ていたNTの少女だ。相変わらず、独特の服装をしている。

秘書官とウラガン大尉が彼女を見て、とても驚いていた。それも、当然といえば当然と言える。マ・クベ自身、初めて見たときは少なからず驚いたものだ。彼女の能力も含めて……。

 

「ヤシロ、カスミ・ヤシロだったかね?」

 

「!? ……はい」

 

 声をかけられて驚いたように少女が振り返った。ここで驚くあたり、どうやら心は読んでいないらしい。

 

「今日は……心は、読んでません」

 

 同じ事を口に出す辺り、ほぼ間違いはあるまい。覗うようにこちらを見る少女、不安そうな目はまるで、追い詰められたウサギだ。決まりが悪いのを顔に出さず、マ・クベは答えた。

 

「……それは失礼した」

 

 自分でも驚くほど穏やかな声だった。あの少女の影響かもしれんな、と心の中で呟いた。霞が呆気にとられたような、キョトンとした顔でこちらを見ている。

 

「どうもお久しぶりですわねマ・クベ中佐」

 

「こちらこそ、再会できて光栄です」

 

 声をかけて来たのは、これまた久しぶりの好敵手だった。紫の髪はいつ見ても特徴的だ。どうでも良いが、この時代の日本にしては、カラフルに過ぎる気がするのは気のせいだろうか。香月中佐はニッコリと笑みを浮かべた。

 

「横浜基地へようこそ。異邦人(エイリアン)の皆さん」

 

 その挑戦的な笑みを受けて、男は鉄面皮の裏で心が高ぶっていくのを感じた。ウラガン曰く、返した笑みは、さながら毒蛇のようだったそうだ。

 

 

 

 

「……あ、あのいつもこうなんですか?」

 

「まあ、大抵は……」

 

 豹変した上官の様子に一歩も二歩も引きながら、秘書官が小声で尋ねる。横に立っていたウラガン大尉が、何かを諦めたような笑みで答えた。

 

「ウラガン、地上の空気でも吸って来たらどうかね?」

 

 マ・クベがウラガン大尉と秘書官、ヘイヘ少尉に目を向ける。

 

「香月中佐。構いませんか?」

 

「ええ、もちろん。社、案内して差し上げなさい」

 

 ここからは、余人の介入を許さない話だ。秘書官もウラガンも実際のところ相手の過度な優位感を与えない為の一つのブラフだ。見れば、香月中佐も同感らしい。闘士と冷徹な計算に満ちた目がそう言っている。

 

「商談は、やはり一対一でと言うのが基本ですからな」

 

 薄笑いを浮かべてのけん制は、挨拶のようなものだ。

 

「ええ、まったく同感ですわ」

 

 互いに目に見えぬ剣を抜き放ち、決闘の場へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――― フォートフラッグ 第501戦術機甲大隊「レイザーバック」駐屯地 

 

 

 

「……気に入らんな」

 

 そう呟いたのは第101空挺師団第501戦術機甲大隊隊長のジャン・ブライス少佐である。茶色がかった黒髪にがっしりとした体躯、身長180cmを超える偉丈夫で、口と顎に蓄えた髭は彼を年齢以上に年かさに見せていた。カナダ出身のアメリカ軍人は、ラングレーからの客人が出て行ったドアを睨みつけると、塩でもまいとけ、と叫んだ。

 

「聞こえますよ隊長」

 

 なだめるように言ったのは黒人の中年男である。衛士にしては恰幅の良い体格をして、背はブライスよりも少し低い。リック・ガードナー中尉は人のよさそうな笑みを浮かべながら、何処から取り出したのか、塩のビンをドアに向かって投げようとした。

 

「おい中尉! 本当にまく奴があるか。今じゃ、塩だって手に入らん国もあるんだぞ」

 

 慌ててブライス少佐が副官を止める。

 

「なら、迂闊な命令は慎んでください少佐」

 

 さらりと言われて、ブライスが言葉に詰まる。周りの部下たちはいつものやり取りなので、気にもとめていない。

 そもそもの不機嫌の原因は何かと言うと、TVをつければうるさい位に喧伝している明星作戦の時のことである。軌道降下でハイヴに突入したブライスの部隊、ガードナー率いるブラボー中隊の新米が、フレンドリー・ファイアをやらかしてしまったのが、けちのつきはじめだった。

 誤射した相手に蹴散らされるわ、ブラボーを助けに行った他の中隊も返り討ちにされて、皆仲良く捕虜にされるわ、尋問されるわと、大変な目にあったのである(待遇は良かったが)。

 ここでまは、自業自得なので仕方ないといえばそれまでだ。ところが、解放されて帰ってみれば参謀本部からは、そんな事実は無いの一点張りで、危うく狂人(戦争神経症)扱いで、陸軍病院に叩き込まれそうになったのである。

 だというのに、今更になって、嫌みったらしくスーツを着込んだラングレーからのお客さん(CIA)に、その時のことを根掘り葉掘り聞かれたら、誰だっていい気はしないものだ。

 

「というか、俺はああいう典型的な『アメリカ野郎』は大嫌いなんだ」

 

「誰に言ってんですか少佐。あなただってアメリカ人でしょうが」

 

 ガードナー中尉が呆れ顔で突っ込む。

 

「俺の親父はカナダ人だから半分だけだ」

 

「まったく、何で少佐はそう顔に似合わず子供っぽいんですか?」

 

「顔は関係ないだろう。人は見かけによらんのだ」

 

 自信たっぷりに言うブライスに、中尉が大きなため息をつく。

 

「純粋なアメリカ人(ネイティブアメリカン)なんて、あなた方のご先祖様(白人)が、み~んな、ぶっ殺しちまってますよ。国籍持ってりゃ、それで十分です」

 

「お、お前だって、人のよさそうな顔して、シビアな事言うじゃないか……」

 

「少佐、顔は関係ないんですよ」

 

 前後の言葉だけで、顔の印象など変わってしまうから奇妙なものだ。先ほどと同じ顔しているはずなのに、中尉の笑いは、この上なく人の悪いものに見える。

 

「しかし、少佐。ラングレーからのお客さん。今更何を聞きに来たんですかね」

 

 若い女性の少尉が興味深げに言った。ブライスは真面目な顔になって答えた。

 

「多分、横浜がらみだな。あそこで出合った鬼……もしかしたら噂に聞く幽霊戦術機かもしれん」

 

「ああ、あの所属不明の謎の戦術機部隊ですか? それって中東だかどっかのほら話だった筈ですよ」

 

 大真面目な顔で言うブライスに、ガードナーがまたため息をつく。

 

「何だと? ほら話かどうか、貴様が確かめたわけでもあるまい」

 

「また、そういう屁理屈を」

 

 中尉が呆れて肩をすくめる。先ほどの少尉がブライス少佐に尋ねた。

 

「そう言えば、横浜にもそんな部隊があるって噂がありますけど、少佐達が向こうに居たころは、何か聞いて「少尉!」……」

 

 厳しい声で、ガードナーが言葉を遮った。はっとした様な顔をして、少尉はすぐに詫びた。

 

「申し訳ありません。少佐」

 

「いや、いいさ」

 

 鷹揚に答えてはいるものの、ブライスの声はどこか沈んでいた。

 

「少佐、あの時の事は……」

 

「大丈夫だ中尉。星条旗の夢を見られなくても、人は生きていける」

 

 そう言って笑みを作るものの、胸中に空いた悔恨の穴は容易に塞がるものではなかった。エリック・ガードナー中尉を含めた第501戦術機甲大隊の基幹メンバーは「引き上げ組」元在日米軍の衛士達ばかりだった。

 ブライスが机の上にあった大隊のエンブレムが画かれたカップを見る。背中の毛を逆立たせ、闘志をみなぎらせた猪が、とがめる様に彼を睨んでいた。

 

「分ってるさ。……もう、逃げんよ」

 

 呟いて、男は元気いっぱい声を張り上げた。

 

「何を暗い顔をしている! この根性無しの臆病子豚ども(ファッキン・ベイブス)!! 腐れBETA共を思うさまぶっ殺して、ラングレーの腐れ頭を下げさせたんだ。今日は俺のおごりで祝杯だ!」

 

「お願いですから、外で同じ事を言わないでくださいね少佐」

 

 気まぐれな指揮官に苦笑しつつ、いの一番に上着をつかんだのはガードナー中尉だった。

 

 

 

 

 

――― 国連横浜基地地下19階 ―――

 

 交渉は夕呼のオフィスで行われていた。前回は向こうの手の内だったが、今度はこちらのホームだ。相手の方はそれをおくびにも出さず、淡々と要求を告げていく。

 

「医療品の及び食料の搬入は了解しました。それと武器弾薬についてはこの通りです」

 

 渡されたリストを見て、夕呼は少し眉をひそめた。

 

「武器商人でも始めるつもりかしら? 欧州のメーカーに注文しなければならないものも幾つかありましてよ」

 

「我々の世界でも共通のメーカーが、この世界にもたいてい存在するのはむしろ救いです。それにそちらの世界の炸装薬の技術もこれで向上するはずですが?」

 

 

「こちらが提供する技術は、皆、貴方の傘下で開発したものにすればよろしい。大方、BETAに対抗する為の何らかの研究でも行っているのでしょう」

 

 こともなげに言われて、夕呼は心臓が縮み上がるような感覚に襲われた。

 

「良く、お分かりですわね」

 

「お忘れですかな。地下の研究の研究ブロックを建造したのは我々ですぞ」

 

 そう言われれば、確かにそうだ。警戒しすぎた自分がおかしくなってふと笑いがこみ上げてきた。一瞬、心でも読まれたかと思ったが、少なくとも霞は、直接的な接触が無い限り、出来ないと言っていた。

 

「心でも、読まれたのかと思いましたわ」

 

 手袋をした相手の手を見ながら、夕呼はわざとらしく言った。

 

「いいえ、残念ながら私にはそこまでの力はありません」

 

 サラリと嫌味で返されて、ムッとした夕呼は鼻を鳴らして視線を逸らした。

 

「ところでマ・クベ中佐。今朝方、私のところに奇妙な問い合わせがありましたわ。何でも横浜にいる幽霊に自国の将兵が捕虜にされた、至急説明を求めるとね」

 

 夕呼は相手の反応を見ながら、言葉を進めた。相変わらずの鉄面皮だが、額に一筋皺が出来たのを、彼女は見逃さなかった。

 

「それは、なんとも奇妙な話ですな」

 

「ええ、でも、本当にしつこくて、たまらなかったものですから。本当の事を話してあげる事にしましたの」

 

「それは、興味深い話ですな」

 

 男は笑った、まるで獣が牙を剥くように……。戦いを決意した狼は唸って威嚇などしない。ただ、牙を剥いて喉笛に喰らいつくのだ。

 

(……ここからが正念場ね)

 

 相手の反応に確かな満足を覚えながら、脳内で言葉を吟味する。剃刀の上で踊りまわるような感覚を憶えながら、夕呼はニッコリと妖艶な笑みを返した。

 

 

 

 

 気の弱いものなら卒倒してしまいかねないほどに張り詰めた空気の中、香月中佐は泰然とした態度を崩さなかった。対するマ・クベの方は鉄面皮を貫いてはいるものの、突然の攻撃に内心の動揺は簡単には収まらない。

 

「オルタネイティブ4の秘匿部隊に対しての誤射は故意によるものか否か、と怒鳴り返してやったら目を白黒させていましたわ」

 

 挑戦的な笑みを浮かべながら、マ・クベを見る。その挑戦には取り合わず、マ・クベは相手の言葉の裏を探った。

 

「それは、また、結構な方便を思いついたものですな」

 

 彼が、その真意に思い至ったのと同時に、香月中佐がニヤリと笑った。

 

「……別に、方便にする必要はありませんわ」

 

「我々に、あなたの下につけと?」

 

 マ・クベの声音がだんだんと剣呑なものになる。

 

「勘違いなさらないでいただきたいわ。ただ、あなた方ほどの力を遊ばせておく余裕は私たちにはありませんの」

 

「他人の力だという事をお忘れなく」

 

 はねつけるように言って釘を刺す。こうなれば、悪あがきだけでもしなければならない。

 

「それはもちろん。先だっての契約にも技術供与に関しては可能な限り便宜を払うと書いてありましたわ。なんなら、実用試験部隊と言う名目でもよろしいのよ。なんにせよ、対価は保証いたしますわ」

 

 ただし、何処で「試験」するかは相手の思惑次第と言う事だ。内心で舌打ちをしながら、マ・クベは必死で平静を装った。

 

「つまり、我々に傭兵をやれと、おっしゃる」

 

 この提案自体は、マ・クベ自身も考えていた事だった。技術をどういう形で渡すのかも、どれほど魅力的かアピールする場も、どの道必要になるのだ。だが、こちらの提案を通すのと、相手の提案に乗るのとでは意味が違ってくる。完全に先手を打たれ形になっていた。

 

「外人部隊でも、軍属でも、民間軍事会社でも、名目は何でも構いませんわ。ただ、雇い主を変えていただきたくはないと言う事です」

 

 つまりは一蓮托生を強制されているに他ならなかった。マ・クベとて相手を見くびらないではなかったが、こうまで素早い決断をしてくるとは予想していなかった。

 

「では、武器弾薬の補給はしっかりとお願いしなければいけませんな。それと、我々は安くはありませんぞ。我々自身の対価も、裏切りの対価も……。それをお忘れなく」

 

 不遜な態度で好敵手を見返す。ならば、高く売りつけてやるまでである。

 

「勿論ですわ。交渉は信用が第一ですから」

 

 そう言って、香月中佐は一枚の紙と階級章を差し出した。

 

「国連軍中佐の階級ですわ。今のところ貴方をお迎えするのはこれで精一杯ですの」

 

 本来ならば、傭兵に階級は無い。軍属は軍人ではないのので、戦傷や戦死に対する手当ても保障されない。また、階級がつくということは正規軍に対し指揮権が発生するという事でもある(技術士官などは将校相当官となるので、指揮権が無い)。桁違いどころではない厚遇である。

 

「!? だが貴方は中佐のはずだ」

 

「ああ、面倒だったもので、つい付け忘れていましたわ」

 

そう言って、香月中佐は白衣のポケットから新しい階級章を取り出した。前のものを剥ぎ取って、新しいものに付け替える。

 

「もうしおくれました。国連軍大佐の香月夕呼です。ようこそ国連軍へ、マ・クベ中佐」

 

 ニッコリと笑いながら、香月大佐が右手を差し出してきた。今回は完全に完敗だと、マ・クベも認めざるをえなかった。彼女が一蓮托生を狙ってきたのは、ジオンの軍団では無い。そこに大きな影響力を持つマ・クベ個人だったのだ。

 

「ジオン公国突撃機動軍マ・クベ中佐、ありがたく拝命いたします」

 

 差し出された手を取った。それはすなわち交渉成立の証でもあった。後に「横浜の夫婦狐」と恐れられる、最強のエレメントが誕生した瞬間である。




 とりあえず米軍側もチラッと出してみました。この人たちはこの人たちで本土決戦時に苦い思い出があったりします。それはいずれやりたいと思いますが。
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