機動戦史マヴラヴHardLuck   作:赤狼一号

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第十三章 予兆

――― 機動巡洋艦「ザンジバル」 マ・クベの私室

 

 地上での交渉から2週間、あちらの暦ではもう9月に入ったところである。地上はまだまだ暑い盛りであるが、生憎とこの地下深くにあっては、薄気味悪さで寒気がすることには事欠かないというのが日常である。

 件の交渉により、本格的に地上と交流せざるを得なくなったマ・クベ達は、技術供与の為の準備や研究に加え、月月火水木金金と言わんばかりの連日の演習で、恐ろしくせわしない日々を送っていた。

 

「銃身と機関部を多少改良すれば、120mm砲弾と35mm砲弾は問題なく使えるそうです。それと、対BETA用のシュミレーターデーターも香月大佐より届いたので、そちらの仮想演習も順次行っております。ただ、砲弾の中には東側諸国のメーカーのものあり、そちらに関しては交渉が……マ・クベ様?」

 

 副官のウラガン大尉が怪訝そうな顔で、書類を読むのを止めた。

 

「すまん、続けてくれ」

 

「大丈夫ですか?」

 

「……ああ」

 

「現在の弾薬関係に関しては、備蓄はありますが、決して多くはありません。後の進展に関しては、香月大佐のお手並み拝見といったところでしょう」

 

「ご苦労だった」

 

「マ・クベさ…「ウラガン」はっ!」

 

「滅び去った故郷を目の当たりにして、スミカはなにを考えたのだろうな?」

 

 唐突なマ・クベのつぶやきに、ウラガンは少し考え込んでいた。しばらくして、彼ははっきりとした口調で答えた。

 

「……わかりません。ただ、彼女は、自分で涙を止めてきました。我々が思っているより、あの少女はずっと強いのかもしれません」

 

「そうだな」

 

 最近は、とみにいろいろな事を考えすぎているらしい。マ・クベは半ば悪癖と化している己に性格に、心のうちで苦笑した。

 

「失礼いたします」

 

 誰かが、マ・クベの部屋の戸を叩く。マ・クベはウラガンに目配せをすると、静かに呟いた。

 

「……入れ」

 

 入ってきたのは癖のある金髪に少女のようなあどけなさを残した白人の女性。白薔薇中隊を率いるリディア。リトヴァク少佐である。

 

「中佐、斬込中隊との合同演習の件ですが……あら、ウラガン大尉。出直しましょうか?」

 

「構わん」

 

 横に立っていたウラガンに気づいて、リディア少佐がにこやかに微笑む。たださえ赤らんでいた顔を真っ赤にすると、ウラガンはぎこちなく敬礼をした。

ウラガンの敬礼に鮮やかな答礼を返すと、リディア少佐はマ・クベの方へ向き直った。

 

「今度は黒騎士中隊も交えて、対化け物用の訓練をしたいのですが、構いませんか?」

 

「ちょうど、その話をしていた所だ。了解した。バウアーの方には私が言っておくかね?」

 

 マ・クベがそう言うと、リディア少佐がいたずらっぽく笑った。

 

「その必要は在りませんわ中佐。少佐には、もう話してありますから」

 

「……了解した」

 

「では、失礼いたします」

 

 踵を打ち鳴らして颯爽と敬礼をすると、リディア少佐は部屋を後にした。

 

「…………ああいうタイプが好みかウラガン」

 

「え? ああ、あの、ええと、どういう意味でありますか!?」

 

 リディア少佐の後姿をぼうっと見つめていたウラガンが、ビクッと反応する。 

 

「確かに、彼女は美人だからな」

 

 しどろもどろになるウラガンに、マ・クベは意地悪く畳み掛ける。

 

「ああ、いや、しかし、自分などは到底……」

 

 うなだれるウラガンを見て、マ・クベは苦笑した。事務処理から斬り込みの随伴機までこなせるマルチタスクな副官。と言うのがマ・クベのウラガンに対する評価である。その上、仕官であるし真面目で実直、まあ悪くない物件だと思うのは、直属の上司としての贔屓目だろうか。

 

 さえないのは、顔だけなのだがな……。

 

 本人が聞けば、さらにうなだれる事間違いなしな感想を、マ・クベは口の中でかみ殺した。同時に何処か別の世界では、ただそれだけが生死を分ける重要な要素になっている気がして、言い知れぬ悪寒がマ・クベを襲った。

 

「……種、伝説、なぜ、この二つの単語は、こうも不安をかきたてるのか」

 

(※宇宙世紀の公用語が英語だからです)

 

 

 

 

 

 

 

――― 機動巡洋艦「ザンジバル」上部甲板

 

 青白く光る天蓋の下で、二つの影が交差した。鋼の打ち合う澄んだ音共に、薄闇の中で火花を散らす影は、マ・クベとバウアーのものだった。今回は互いに一振りの長剣のみで戦っている。

 マ・クベが踏み込めば、バウアーが巧みに引き、ひきつけたところを押し返す。腰に巻かれた上着が踊るように揺れる。言葉は発しないものの、テンポを増す打ちこみのリズムが、いよいよ持って白熱している事を示していた。

 

「ぬんっ!」

 

 バウアーの突きを交わして、反り返るようにマ・クベが背中を狙って、剣を突き入れる。

 

「迂闊だぜ」

 

 ヘルメット越しに、隻眼の男が呟くのが聞こえた。

刹那、何かに引っ張られ、マ・クベが体勢を崩す。いつの間に外したのか、腰に巻かれていた上着が、マ・クベの剣に絡み付いている。

 

「くっ!!」

 

 何とか踏みとどまった瞬間、マ・クベの鼻先で、バウアーの剣先がピタリと止まっていた。

 

「……わやくちゃ考えながら、戦うからだぜ」

 

「今回ばかりは返す言葉も無いな」

 

 マスクを外して礼をするバウアーに、マ・クベも同様の仕草を返した。

 

「しかし、この間の演習もそうだが、最近いやに気前良く勝ち星をくれるじゃないか」

 

「…………やけに突っかかるな」

 

「それで死ぬのは貴様の勝手だが、斬込隊の連中が気の毒だ」

 

「……すまん」

 

 バウアーは黙って、マ・クベの背中をどやしつけると、ヘルメットを甲板に置いた。

 

「で、うじうじと一体何を悩んでやがるんだ? スミカなら、まあ、時間は掛かるかと思うが落とせなくは……」

 

「何の話をしている!」

 

「冗談だ。本気にするなよ」

 

「まったく、貴様と話しているといつもこうだ」

 

 マ・クベは小さくため息をつきながら、バウアーの隣に腰を下ろした。

 

「……我々がこの世界へついた原因について考えていた」

 

「はぁっ? あのG弾とか言う兵器のせいじゃねぇのか?」

 

 バウアーが怪訝そうな顔で、マ・クベを見返す。マ・クベは黙って頷いた。

 

「だが、何故我々なのだ? 別に他のものでも良かったはずだ」

 

「マ・クベ。貴様、まさか、誰かが意図してここへ俺たちを呼んだとでも言うのか? まさか! そんなもん神様でもないと不可能だ!!」

 

「かもしれん。だが、我々には、あらゆる意味で、不可能は無い。違うか?」

 

 そう言うと、バウアーがぐっと押し黙った。構わずマ・クベは話を続けた。

 

「だが、そんな事は、すぐに結論をだせる問題ではない。問題はG弾と言う兵器、が我々を呼び寄せたという事実だ」

 

「……ああ? そりゃ確かにそんな兵器を簡単に使われちゃ…… 兵器? まさか!!」

 

 はっとしたように、バウアーが頭を上げた。

 

「まだ、可能性の段階だ。だが、ありえんことではない」

 

「いや、いくらなんでもそりゃ」

 

「バウアー、私に同じ事を二度言わせる気かね?」

 

「だが、なぁ……」

 

 隻眼の男は、両腕を組むと、うんうん、唸り始めた。

 

「うじうじ、悩む理由は理解できたか?」

 

 大真面目に悩んでいるバウアーが、こっけいに見えて、マ・クベは軽い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「…企業?」

 

 僅かに眉を顰め、香月裕子大佐は訝しげな顔をした。直接行き来するのが、面倒と言う香月大佐の要望で、最近はもっぱらホットライン(映像回線)でのやり取りだった。無論、開通の工事を行ったのはジオン側の面々である。画面の中の香月大佐に、マ・クベが静かに言った。

 

「いくら香月大佐が天才でも、なんとなくひらめきました、では通りますまい。それに、弾薬や物資を集める資金にも、どの道、出所が必要になる」

 

「そりゃ、まあ、確かにそうよねぇ」

 

 話の内容は、技術供与に関しての打ち合わせである。一蓮托生の契約もすませ、階級上の上官と言うこともあってか、香月大佐の口調は恐ろしく砕けたものになっていた。順応が早いというか、なんにでも割りきりが出来る女性なのだろう。それでいて、言葉の裏には、こちらをある程度まで表舞台に引きずり出そうという魂胆があるのだから、油断ならない。

 

「あまり、我々の存在が白日にされされるのは、双方にとって不利益かと思われますが」

 

「何も情報を与えなければ、人は好きに想像するわ。でも、最初に枷になる情報を与えておけば、それを制御できる」

 

 そう言う事でしょう? と目が言っている。挑戦的なまなざしを受けて、マ・クベは心中で苦笑した。どうも、この女傑には好敵手のように思われている節があるようだ。まあ、なんにせよ悪い申し出ではないはずだ。

 

「前向きに、検討しましょう」

 

「その言葉、日本では断るときに使うと聞きましたが………」

 

「あら、良く知ってるわね」

 

 香月大佐が、意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「……私は額面通りに受け取ることとしましょう」

 

 そっけなく言うと、香月大佐は気分を害した風も無く、ニヤリと笑ってみせた。

画面から香月大佐の姿が消えると、マ・クベはシートに深く腰掛けた。

 

「と言うわけなんですが、どういたしますか?」

 

 通信端末のサブモニターに向かって話しかける。相手はギニアス少将だ。実は秘匿回線で彼の執務室にもこの通話は繋がっていたのである。無論、ただ盗み聞かせていたわけではない。この世界において技術将校のトップであるギニアスに現状を把握しておいて貰う為だ。

 

《……問題はないだろう。しかし、中佐。パイパー大佐はお呼びしなくて、良かったのか?》

 

「そちらのノリス大佐と同じで、演習に追われていますので」

 

 そう、マ・クベが言うと、画面の中のギニアス少将が苦笑に近い微笑を浮かべた。

 

《貴公のところも同じか……ノリスたちには苦労を掛ける。無論、貴公にもな》

 

「我々は……皆、職責を果たしているにすぎません。ギニアス少将こそ、ご自愛ください。あまり寝ておられぬと聞きました」

 

 ギニアス少将が、唖然とした顔でマ・クベを見る。

 

《中佐に、そんな言葉を掛けられるとは、思わなかった》

 

「似合いませんかな?」

 

《いや、嬉しいな》

 

 そう言って、ギニアスがやわらかい笑顔を浮かべた。少し前まで儚さを感じていたその笑顔に、今では強さを感じる気がするから不思議だ。そのことを幾分か心地よく感じていることが、マ・クベにとっては何より驚くべき事だった。自分は一体、いつからここまで周りの人間に注意を払うようになったのだろうか。そんな、ことを考えながら、マ・クベは自然と笑みを返していた。

 

「ところで閣下、進捗をお聞かせていただいても」

 

 進捗とは、技術供与の準備に関してである。もともと、開発基地と言うこともあって技術畑に強い人間が集まっている事が幸いして、供与計画はギニアス主導で行われていた。

 

《勿論だ中佐。こちらのMSの火器に関しては超硬スチールの普及をまたねばならないのが現状だ。『戦術機』は機体重量が軽いうえに、フレーム強度も劣る。よって、改修無しでは使えん。砲弾に関しても、来てから出ないとなんとも言えんが、解析した技術を見るに、少しいじれば何とかなるというのが、火器担当者の意見だ》

 

「やはり、そのままと言うわけには行きませんか」

 

 マ・クベが相槌をうつと、ギニアス少将はだまって頷いた。

 

《話を続けよう。一応、あちらの技術を応用すれば、ミノフスキー物理学にたよらずに、MSらしきものをでっち上げるのは可能だろう。『戦術機』の技術は、成り立ちが似ているだけに応用できる部分が幾つかあった。特に繊維技術はこちらの技術をしのぐ物がある。出力系統に関しては、我々の常温超電導技術でエネルギーロスを抑える事で、核融合炉無しでもかなりの出力は確保できる。重量に関しては主要部のみ装甲を集中することで。機体強度をあまり犠牲にせずにすんだ》 

 

「ベースはザクⅠで、機動性と継戦能力は10分の1といったところですか?」

 

《いや、こちらの小型高出力なバッテリー技術とこの世界の繊維技術の抱き合わせが意外なほど上手くいったおかげで、そこまで悪くない。総合性能はオリジナルの6割といったところだろう》

 

「よくもそこまで……閣下とくつわを並べていられる現状を誇らしく思います」

 

 優れた技術力があったとは言え、よくもこの短期間でそこまでのものを仕上げたものだった。ギニアスは間違いなく本物の天才だと言えよう。いや、本人の強い信念がそうさせたのだろう。

 

《私の手柄ではないよ。私の下の技術君達や君たち特殊部隊の技術者諸君も力を貸してくれたおかげだ。特に特殊部隊の『データベース』は助かった》

 

 この場合のデーターベースとは、書籍やメモリなどに保存された情報の事ではない。特殊部隊の個々人の知識と経験である。特に整備班には、電気工学やマテリアル工学に長じている者たちがいるし、破壊工作部隊である黒騎士中隊や白薔薇中隊には船舶構造や大型建造物の構造に詳しい者もいる。「3人よらば、文殊の知恵」とは地上の連中が使っているという格言の一つだが、まさにその通りの結果が出たというわけである。

 

《それに、現在ノリスの部下たちにも試乗してもらっている……》

 

 そこまで言ってギニアスが急に顔をゆがめた。

 

「閣下?」

 

 苦しそうに胸を押さえ画面の前に崩れ落ちる。マ・クベはすぐさま医療ブロックに繋ごうとする。

 

《……待てっ!!》

 

画面の向こうからの声がそれを遮った。ギリギリと歯を食いしばりながら、薬を取り出して数錠噛み砕くように口に放り込む。傍らにあった水差しを掴むとじかに飲み下した。

 

《どうだ、中佐、騒ぐほどの、事じゃ、無い。……だろう?》

 

「ええ……問題は、ありません」

 

 荒い息をつきながら、浮かべたはかない微笑みが、何故だか、オデッサで死んだ部下のそれを思わせる。それがマ・クベをなんとも言えぬ気持ちにさせた。

 

《中佐、私は、もう長くない。知っているかもしれんが、私の病は…「存じております」》

 

 マ・クベが途中で遮る。ギニアスの笑みが苦笑に変わった。

 

《やはり、そうか。私の薬は、手に入らないかも知れないのだろう?》

 

「!?」

 

 確かに司令官の命綱を握る物資だけに、交渉が難航する可能性はある。特に宇宙放射線病という難病の薬はこの世界においても目を引くだろう。それを考えれば、結論を予測するなどたやすい事だ。だが、それが示すのはあまりにも残酷な結果だ。

 

《私とて、耳もあれば目もある。察する事くらいはできるさ。マ・クベ中佐。私が倒れたら、この基地とノリスのことを頼む》

 

「閣下、その発言は…」

 

《自分が何を言っているかは分っている。現状を考えればこれが一番いい方法なんだ》

 

 ギニアスの必死の願いを受けて、マ・クベ中佐は決然と言葉を発した。

 

「ギニアス少将殿、いかに上官であれ、それ以上の侮辱は止めていただきたい」

 

《なっ、中佐、一体何を……》

 

「閣下の薬を確保するのも、私の任務の一つです」

 

《しかし、その結果、こちらが不利な立場に立たされたら》

 

「そういう結果になったのなら、私の責任で在りますし、そこからどうするかについても、予定は立ててあります」

 

《どういう……ことだ?》

 

 平然と言ってのけるマ・クベを、ギニアス少将が怪訝そうな顔で見る。

マ・クベの冷静な顔に、亀裂のような笑みを走る。

 

「パイパー大佐殿の言葉を借りれば、我が大隊で殴り込みかけてでも、手に入れてご覧にいれます」

 

 当然のように、言ってのけるマ・クベに、ギニアスはしばし呆気に取られていたが、いきなり噴出すと、苦しそうに笑い転げた。

 

《そいつは良い、きっと派手に暴れるんだろう? ……君たちが言うと、本当に出来そうだから不思議だ》

 

「当然です。特殊部隊には、不可能はありません。ただ、求められる事の多くが限りなく不可能に近いだけです」

 

 笑いすぎて涙目になっているギニアスを気にも留めぬように、マ・クベがきっぱりと述べた。

 

《さっき、君は私と共にあって、誇らしいといってくれた……。だが、私にとっては君と共にあることのほうが誇らしい》

 

 ギニアスが画面の向こうで優雅な敬礼を見せる。マ・クベは即座にきっちりとした敬礼を返した。

 

 

 

 

―――― 国連太平洋方面第11軍 横浜基地下地研究区画

 

映像が消えて、何も映さなくなった通信モニターに向けて、一人の男が感慨深げに呟いた。

 

「まるで、劇薬のような男よ」

 

「……司令、それは作品が違いますわ」

 

 後ろから的確なツッコミを入れたのは、このオフィスの長である香月夕呼博士その人である。先ほどから、癖のある口調で話しているのは、国連軍横浜基地基地司令、パウル・ラダヴィノット准将だ。

 

「いやはや、懐かしい取り合わせもので、つい」

 

「司令、いい加減になさらないと、只でさえ少ない出番がなくなりますわよ」

 

 香月博士の冷ややかな一言で、ラダヴィノット准将がぐっ、と言葉に詰まる。

 

「しかし、にわかには、信じられん話だ」

 

「それでも、真実ですわ。こうしてお見せしたのも、無用な憶測を生まない為ですわ」

 

 有無を言わせぬ口調で、香月博士が言う。最初に話を聞かされたときは、博士にからかわれているのかと、思ったほどだ。だが、この目の前の人物は冗談を言う相手を選べないほど、愚かではない。むしろ世界有数の頭脳の持ち主であり、それは政治家としてという意味でも例外ではない。

 

「それで博士。この私に、一体何をさせるつもりなのかね?」

 

「何をしてもらう必要もありませんわ。ただ、黙認していただきたいだけです」

 

 意味ありげな口調で言う香月博士に、ラダヴィノット准将は苦笑を浮かべながら答えた。

 

「つまり、いつもと同じというわけかね?」

 

 そう言うと、博士が満足げな笑みで答えた。

 

「ええ、そういうわけですわ」

 

 

 

 

 地上へと戻るラダヴィノット准将をエレベーターまで見送り、執務室の中で一人になった夕呼はほっとため息をついた。これでなんとか下地は整った。

 正直なところを言えば、夕呼にとって欲しい技術はオルタネイティブ4の為の小型軽量の半導体技術などであり、その他の瑣末な技術は正直に言えばどうでも良かった。だが、それが交渉でのカードに使えるのであれば利用する。

 それが彼女のやり方だった。第一弾の超硬スチール合金はすでに試供品と共に帝国製鉄や阪神製鋼に送ってある。

 提供される技術のリストを見ながら、夕呼は楽しげに呟いた。

 

「材料、機械、半導体、建築、兵器の技術から戦闘技術までを提供する世界最強のコングロマリット(産業複合体)、オルタネイティブ4を推進する組織が裏で後押しする企業……考えただけでも寒気がするわ。まあ、嘘はついてないのよね」

 

 机の上に無造作に置かれた封筒には「ZEON INDUSTRY」の文字と共に、シンプルなロゴマークが書かれていた。翼を広げた三叉の剣のような、見方によっては弓につがえられた巨大な矢のようにも見える。ともあれ、不思議な力強さを感じるエムブレムだ。

 

「ジオン工業ね……洒落のつもりかしら」

 

 歪んだユーモアを発揮して、一人でほくそ笑むマ・クベを想像すると、なんだか、笑いがこみ上げてきた。彼らを引き入れたことが、吉と出るか、凶とでるか、それは彼女にも、まったく分らない。只一つ言える事は、決して敵に回してはいけないという事だ。

 

 

 

 シュッという僅かな擦過音と共に、薄暗い部屋の扉が開く。無造作に配置された幾つかの機械とその中央に鎮座するシリンダーが、不気味な燐光を放っている。夕呼が室内を軽く見回すと、目的のものは直ぐに見つかった。

 

「社、居眠り王子の具合はどう?」

 

 シリンダーの陰から突き出たウサギの耳のようなものが、ピクリと反応する。特注した国連軍の制服を着た少女が出てきた。

 

「いつもと…同じ、です。真っ暗で…何も、見えません」

 

「…………そう」

 

 シリンダーの中に浮かぶ脳髄は、ただ腐らないだけの抜け殻だった。満たされたLCLによって細胞が破壊されずに生きているだけで、如何なる反応も示さない。霞のリーディングを持ってしても、海馬体に残された過去の記憶を探れる程度だった。完全に時が止まってしまったかのように、いささかの変化もしない。まるで、眠り姫に出てくる茨の城のようだった。

 

「カガミ・スミカねえ、さながら白馬のお姫様かしら?」

 

 そう言って、夕呼が覗いた資料に添付された写真には、赤い髪の少女が写っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き

 これを書いていたときにガンダム戦記の3作目が発売しまして……イフリート・ナハト? 
 黒いイフリートで対センサーコーティング…その上マ・クベが所持してただと!?  
 なんという偶然w 笑いが止まらなかったのは懐かしい思い出です。
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