機動戦史マヴラヴHardLuck   作:赤狼一号

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外伝 オデッサの追憶 第二話 意地ゆえに

 ジオン公国軍オデッサ基地 地下要塞区画

 

 固い岩盤と特殊装甲に守られた格納庫へと帰還した英雄達を整備兵たちはあらんばかりの歓声をもって出迎えた。

 マ・クベは先ほどの戦闘の火照りを残したまま、その歓声を受けた。

 こうまで歓声を受けるのは連邦との和平交渉代表使節団として地球に赴いて以来である。

 思えばそれが全ての始まりでもあった。地球連邦との交渉、思えばキシリアの意思に反してあの時和平を締結することはかなったはずである。

 だが、それではこれから宇宙と地球で人類を二つに割る内戦と暗闘が繰り広げられ、至極面倒な世の中になったはずである。

 それよりも、文化や歴史というものに親しんできたマ・クベにとって、この戦いはまだ終わるべきではなかった。

 

 戦いは人類の時計を早め、技術を発展させ、文化的隆盛の礎となる。戦いも、それによる悲劇も、喜びも、憎しみ、全てが人類を成長させてきたのだ。

 そして、地球から旅立った人類は、スペースノイドとして自主独立し、人類の文明の後継となって始めて我々は真のスペースノイド(宇宙人類)になる。

 この戦いは地球と宇宙の独立戦争などというには収まらない。これまでいく星霜と続いてきた人類文化をめぐる継承戦争なのである。 

 だからこそ、マ・クベは戦争の継続を望んだ。人類は互いが嫌になるまで血を流して初めて融和することが出来るのだ。

 

 そして、この戦争の行く末を人類という種の末を見届けたいとすら思っているのではないかと、マ・クベは自信の内部を推察した。

 まるで神のごときおごり高ぶった視点だ。己もその喜劇を演じる端役の一人でありながら、まるで演出家のような顔をする。

 それをはき捨てようとする動きもまた、己の興味深い一面か。マ・クベは己の中で、すべてを外から見たいという想いと、当事者としてその場にあるものを見て、感じて、

翻弄されて、抗っていたい、そんな相反する欲求が渦巻くのを感じていた。

 自身とその部下たちを率いて、鉄火場に飛び込んだという経験がそういう思考を導いたかは定かではないが。

 もともと、人にやらせるを好まぬ気性であることは確かである。

 

「お、おかかえりなさいませ、中将閣下!!」

 

 いきなりの声が、マ・クベの思考を破る。コクピットのハッチを開くと出迎えるように若い整備兵が立っていた。どうやら緊張しているらしく、言葉が少々ぎこちない。

 

「閣下…?」

 

 何か不興を買ったと思ったのだろうか。若い青年が不安そうな顔で、マ・クベの顔を見る。

 

「閣下、ご無事で何よりです」

 

 そばに立っていたベテランらしい初老の整備兵が後を継ぐように言った。

 

「ご苦労」

 

 この老兵はきっと若者をかばおうとしているのだろう。かすかな笑みを浮かべながら、応じながら機体のシステムチェックを任せた。

 老人は若い可能性に期待し、それを守り育てようとする。それが摂理というものだ。そして若い可能性は己を芽吹かせ未来へと伸びていく。

 

 そんな、存外に俗っぽい考えなのやもしれぬ。この戦争に若人たちを引き込みながら、同時に彼らがこれを乗り越えて行くことをどこかで望んでいる自分に気づいて、

マ・クベは皮肉な笑みを浮かべた。

 

「いよいよもって、己を見出したというのか…まったく小ざかしい」

 

 かすかに自嘲の呟きをもらしながら、マ・クベはなんとなくすがすがしい気分であった。

 

「機体に関して、何か不具合などがありますでしょうか」

 

 初老の整備兵が丁寧な口調でいう。どこかなれない感じがするのは、高級将校が搭乗する機体を調整するなど珍しい経験だからであろう。

 当然である。そんな状況が何度もあってはジオンは終わりだ。

 

「すこぶるいい。だが、近接戦闘動作パターンを少し調整したい」

 

「了解しました」

 

「あ」

 

 なにやらメモを取っていた若い整備兵が持っていた書類を取り落とした。

 

「ふむ?」

 

 メモにヒートサーベルのぶっ違いとビームサーベルが重ねられた紋章のスケッチがある。

 

「え、えとあの、これは、その」

 

 若い整備兵があわててメモを拾い集める。初老の整備兵は黙って、その青年の頭に拳骨を食らわせると。

 

「失礼いたしました」

 

 と何事もなかったかのように、マ・クべに向き直った。

 

「問題ない。時に軍曹、少し余計な仕事を頼んでもかまわんかね」

 

 にや、と癖のある笑みを浮かべたマ・クベに初老の下士官は少しだけ驚いたような顔をした。

 

 

 

 しばらくして、マ・クベはウラガンに基地全体への回線を開くよう命じた。

 

「諸君、本当にご苦労だった。諸君らの献身は疑う余地のない事実であり、私は誇りに思うとともに、諸君らに重荷を背負わせた事を恥じねばならない。だが、戦いはまだ終わったわけではない。戦争はまだまだ続くだろう。そして、私の責務はできうる限り、ジオンの至宝たる諸君らを宇宙(そら)へと帰すことである。

明日は決戦である。諸君らすべてを見送るまで、私がこの地を離れることはないだろう。

 我々は連邦に教育を施さねばならない。われらジオン公国の戦争がいかなるものかということを……ジオン万歳」

 

 みなが声ひとつなく静まり返っている。

 

「じ、ジーク・ジオン」

 

 整備兵の誰かがつぶやいた。

ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! いつしかつぶやきは叫びに変わり、漣のように広がりながら、やがては爆発的な歓声となって基地全体を揺るがした。

その歓声は通信回線の記録にも残っており、後の歴史調査で当時のジオン兵の士気がいかに高かったかを裏付ける重要な証拠となった。

 

 なお当時の格納庫で写された写真には、オデッサ斬込隊の代名詞ともいえるヒートサーベルのぶっちがいに重ねられたビームサーベルの紋章が描かれたギャンが確認されており、

これがオデッサ基地司令官であったマ・クベ元中将(2階級特進し元帥)の愛機であったといわれている。

 

 

 

 

斬込隊の鬼気迫る活躍と、それにより士気を高めた防衛線の奮闘により、連邦軍は一時的に撤退した。その間に脱出部隊第一陣であるガウ部隊が基地を離脱。

 第一次降下部隊が制圧したバイコヌールと第四次降下部隊がいるアフリカへ向かった。

それによる戦力の低下は、連邦軍に再び攻撃の意思を持たせるには十分だった。

 洋上に展開した連邦軍艦隊は艦砲射撃を開始、合わせて連邦航空部隊の爆撃機が高高度から爆弾をばら撒いた。

 後に「鉄の嵐」と呼ばれる濃密な砲爆撃が、地上構造物の一切を瓦礫に変えた。

 ジオン制圧下にあっても毅然としてあり続けた古の街並みは皮肉にも連邦軍の攻撃によって、その長い歴史に幕を閉じたのだった。

 

基地の地下区画では、HLVによる宇宙への脱出準備が行われていた。

砲撃の震動で、天井からぱらぱらと埃が落ちてくる。地下の対爆壕内では整備班が必死で帰還した斬込隊各機の整備を続けている。整備といっても、次の戦闘が控えていたので大半は乗り換えた機体の調整作業だった。

メルダース達はその間に短い休息を取ると、ブリーフィングの為に再び格納庫へ集合した。

 

「諸君、ご苦労だった。ガウ部隊は無事に撤退した。次は宇宙への脱出作戦を支援する」

 

 機体の前に集まった男たちを前に、マ・クベ中将が淡々と話しはじめた。

 

「まもなく、連邦軍の準備砲火が止んだら、HLV部隊は一気に脱出を開始する。そのHLV部隊に対する地上からの攻撃を防ぐのが我々の役目だ。遠距離支援仕様の機体を優先的に叩け」

 

 話し始めは淡々と、しかし次第に静かな熱が言葉の隅々に表れる。その場の男たちはただ黙って、それを聞いていた。

 

「基地守備隊も戦闘には参加するが、彼らは順次脱出していく。彼らの全てを宇宙に上げるまで、我々はこれを支援する。諸君の奮闘を期待する、以上だ。ジーク・ジオン」

 

 ジーク・ジオンと口々に答えながら男たちは司令官に敬礼をした。

 

 目の前に死が迫っていると言う感覚は、メルダースにはなかった。ただ、任務を遂行できるか否かが気になる。

 いつから自分はこんなに腹の据わった兵士になったのだろう、そんなことを自嘲気味に思う。

 いや、死にたがっているのか。メルダースはこの手に触れることができそうなまでに近づいた死の感触に恐れを抱きながら、同時に強い魅力を感じていた。

 死が目前に迫るからこそ、極限の中に生を求める快感を見出しているのか。これではまるで娼婦の男あしらいではないか。

 己の感想に苦笑をこぼしながら、ふとイワモト曹長に目を向ければ、彼もまた同様の表情をしている。

 

「怖くないのか曹長?」

 

 そう、メルダースが尋ねたのは己の異常な本心を打ち明けるのが、はばかられるゆえだ。メルダースの言葉に曹長は黙って手を差し出した。

 出された手のひらを握ると、男の手はかすかに震えていた。

 

「死ぬのは怖いです。でも、同時に……自分を試して見たい……いえ、証明したいんです」

 

「証明?」

 

「俺とこいつがどこまでやれるのか……俺とこいつならやれるって事を」

 

 何が?とはあえて聞かなかった。それは言葉にするには複雑であったろうし、言葉にするまでもなくメルダースにはわかっていたからだ。

 何故だかメルダースには、曹長の言葉を否定することは出来なかった。同時に、斬込隊に志願した者たちは、大なり小なり同じような理由なのではないか、そう思った。

 ともすれば、彼らは皆、時代に背を向けた化石人間の集まりだった。いやきっと「隊長」のように言うならば、この場で「歴史」となることを選んだ者たちだ。

 

「曹長、ひとつだけ訂正させろ」

 

「なんです?」

 

「『俺が』どこまでやれるかじゃない。『俺達』がどこまでやれるかだ」

 

 曹長の手の震えがぴたりと止まった。一瞬、あっけに取られたような顔をして後、岩本曹長は子供のように笑った。

 

「はい」

 砲爆撃に揺らされながら、照明がわずかに明滅する。出撃時間を知らせるサイレンが断続的に鳴り響く。

 

「曹長、行こう」

 

イワモト曹長は黙ってうなづくと、自分の機体へ走った。メルダースには、その後姿が少し寂しげに見えた。

 

 

 

 

我が軍の容赦ない攻撃によって基地周辺施設は瓦礫に埋もれ、遺棄された兵器の残骸がそこかしこに見られた。

それは、さながら墓標のようだった。実際に砲撃に巻き込まれたものも少なくなかったことを考えれば、そこはまさに墓場だったのだろう。

だが、オデッサはまだ死んではいなかったのだ。

墓標の下で息を殺し、屈辱と恐怖に耐えながら、ただひたすらに復讐の念に燃えていた男たちがいた。

彼らこそオデッサ最強の精鋭部隊。「マ・クベの斬込隊」である。

敗北は沈黙を生み、敗れしものは語るを失う。

ならば、あの日敗北したのは一体どちらであったのだろうか。

ただひとつはっきりしていることは、我々は「彼ら」を語る言葉を持たないということだ。

 

「オデッサ~黙示録の日々~」より抜粋

 

 

 

 

 

 残骸の中に身を隠しメインジェネレーターを止めると、後方の部隊から、こちらの映像が送られて来た。時間がなかった割には、良く出来たほうだ。残骸の中に機体を隠蔽し、後方ではマゼラトップ砲を装備したザク部隊と戦車部隊が火力支援のために待機している。

斬込隊、一世一代の大舞台は全て整い、幕が開くのを待っていた。

 

予備電源の為に薄暗いコクピットの中で、マ・クベは先ほどの戦闘を振り返った。

 

一体なんだったのだ? あの妙な感覚は……。

 

斬込隊と言う体が、マ・クベという脳を頂いたようなそんな感覚。まさに「以心伝心」と言わんばかりの一体感だった。

驚くべき事に、先ほどの戦闘でマ・クベは一言も指示を出していなかった。斬込隊の面々が優秀であるとかそういう話ではない。

彼らは皆、マ・クベが出そうとした指示を先取りするように動いていたのだ。まるで、彼らが皆、マ・クベの心を読んでいるかのよう……と言うよりは、むしろマ・クベの心が皆に繋がったかのような、そんな感覚だった。

 

「まるで、NTではないか……」

 

 思わず呟いて、何を馬鹿な、と自嘲する。ガイアの言った言葉を一笑に付した自分がこんなことを言う資格など無い。

 

「下らん、アドレナリンの見せる妄想だ」

 

 マ・クベはそもそもNTと言うジオニズムに生物学的注釈をつけたような妄想が嫌いだった。文明は一朝一石の突然変異がもたらすものではない。長い時の中で築き上げてきたものから生み出されるのだ。「ローマは一日にして成らず」と言う言葉もある。文化もまたしかりである。

 そもそも、ジオニズムは宇宙移民に人々の革新を求めるが、人々が求めているのは、革新ではない。より住みやすい世界を求めているだけだ。そんな人々のかすかな願いが、積み重なって文化を創り、文明を生み出すのだ。

何かに行き詰ったなら、今まで歩いてきた道を振り返ればいい。それすらせずに、全てを忘れて新しくやり直そう、などと言うのは愚の骨頂だ。単なる逃避にすぎない。

マ・クベの思索を中断したのは、部下の機体からの映像回線だった。

 

 

《マ・クベ中将!》

 

「どうした?」

 

考え出すと止まらなくなるのは、悪い癖だな……。

 

神妙な顔つきの部下を見ながら、マ・クベは心のうちで自分に苦笑した。

男は言いにくそうにしていたが、意を決して話し始めた。

 

《あの…いや、その……》

 

 なにやら歯切れが悪い。

 

「……メルダース少尉。私に話したいことがあるのではないか?」

 

《へ? ちゅ、中将殿……》

 

 名前を呼ばれて、メルダース少尉が素っ頓狂な声を出す。

 

「どうした、まさか名前を間違っていたか?」

 

《いいえ、どうして自分の名を》

 

 名を覚えていたことが相当に意外だったらしい。まだ目を白黒させながら、唖然としたような顔をしている。

 

「私は指揮官だ。直属の部下の名くらい覚えている」

 

《……》

 

 メルダース少尉がはっとしたような顔をして、直ぐに敬礼した。

 

《マ・クベ中将! 中将の指揮下に名を連ねたことを誇りに思います!!》

 

 マ・クベは答礼を返すと、穏やかに答えた。

 

「私もだ少尉。それで、何を話そうというのだ。ともかく私は忙しい。あの公明なレビル将軍をたっぷり歓迎せねばならない……」

 

 にやりと口の端をゆがめながら、口調はどこか楽しげであった。

 こんな表情もできるのか、と驚きながら、メルダースは気を取り直した。

 

《閣下、先ほどの戦闘で自分たちは、その、妙な精神状態になりまして、その」

 

「具体的にいいたまえ」

 

 内容があらかた予測できたマ・クベの眉間にわずかに皺がよった。

 

「失礼しました! 連帯感であります。かつてない連帯感を感じていたのであります。閣下が命令を発していないにもかかわらず、自分やその部下たちも何の疑問も持たず行動しました。

 自分たちは閣下の意思に沿ったものであると確信を持っていたのです。自分たちは間違っているのでありましょうか。あの時感じた感覚は……」

 

少尉の声は明らかに戸惑っていた。無理もない戦場という極限状態で正気を保ち続けることの困難さは彼らが一番良く分かっていているのだ。

 まして今まで経験したこともないような、奇妙な感覚に支配されていたという事実は、彼らの不安をかきたてるには十分すぎる。

 

「…メルダース」

 

 穏やかな、それでいてはっきりとした声がメルダースの声をさえぎった。

 

「君たちが感じた感覚は、私も感じていた。確かに私は戦況を鑑み命令し、諸君らを動かした。私もうまく説明することはできないが、この現象によって我々は先の戦果を残したものと思う。

であるならば、我らはこれを恐れることはないのだろう。明言できなくて申し訳ないが、君が満足できる答えだったか?」

 

 神妙な顔つきで聞き入っていたメルダースが、どこかほっとしたような顔になった。

 

《ありがとうございます。自分たちは、閣下を信じて戦います》

 

「ありがとう。私も君たちの技量は信頼している」

 

 男たちはどこかぎこちなく、互いにはにかんだ。マ・クベはふとこの兵士が死んだときに、自分はどう思うのだろう。という疑問が唐突に脳裏に現れた。

 今までは、兵士はこまの一つであると思っていた。生来、人好きのする性格ではないために、恐れられることはあっても好かれることはないだろうと考えていた。

 仕官学校時代のただ独りの友人の顔が急に思い浮かんだ。彼ならその死を惜しみつつ、任務さらにまっとうしようとするだろう。

 マ・クベは生来、死というものを割り切れてしまう人間だった。だが、そのときの彼は単純に不快だろうと思った。

 メルダース少尉が仮に死んだとしてその責任は、指揮官である自分にある。己のミスが不快なのは当たり前といえば、当たり前だ。

 でも、何かがひっかかる。己の中にそれ以外の何かがあるような気がしたが、マ・クベはあえて思索を打ち切った。

 

「諸君、時間だ。これより作戦は第2段階に移行する」

 

 マ・クベの言葉が終わらないうちに、市外各所に設置されたスモークランチャーが一斉に作動する。蜘蛛の巣状に広がった煙幕がまるで雨のように降り注ぐ。

 同時に凄まじい地響きが瓦礫を振るわせた。地面が揺れているのだ。地中から何かが上がってくる振動を感じながら、マ・クベの心の中に一つの灯火がともった。

 

「それでは諸君。戦争の時間だ」

 

 地下要塞区画の発射口の偽装が吹き飛ぶ。薄もやとともに差し込んだ光の中を、深蒼の騎士達が一直線に駆け上がった。

 

 

 

 

突然の狙撃とそれに続く砲撃は連邦軍MS部隊を混乱に陥れるには十分な自体だった。

 射程の関係上最前線に配備された狙撃部隊はその位置を隠匿すらために、一般部隊とは隔離されている。

 しかし、基地からの熱源を撃墜すべく放った攻撃によって、その位置が露見している。

 

《何処から撃たれているんだ!!》

 

《隊長がやられたぁぁぁ!!》

 

《やられた脱出する! ぎゃぁぁぁぁっ!!!!》

 

《航空隊は何をやってる! さっさと敵の野砲陣地を潰して来い!!》

 

「落ち着け! 皆、落ち着くんだ!!」

 

 指揮を引き継いだスナイパー部隊の分隊長が必死になって叫ぶ。砲弾が雨のように降り注ぐ状態では、砲撃陣地の特定すら出来ない。逃げようにも、下手に動けば砲火に当たりかねないのだ。

 彼らの頭を越して、フライマンタ攻撃機隊が一直線に飛んでいく。しばらくして遥か遠方でいくつかの爆発音と共に砲撃が途絶える。対空砲火の曳光弾が点々と見える。ともかく砲撃は止まった。ここぞとばかりに分隊長は叫んだ。

 

「航空隊がやったぞ! 全機、隊形を整えろ!!」

 

無線でノイズ交じりの歓声が響き渡る。ノイズが徐々に舞して、通信は安定を欠いたままだ。

 

「何がおきてやがるんだ」

 

 小隊長の胸に不安が広がる。砲煙はいまだ晴れず、むしろ視界は悪くなる一方だ。

 派手に爆発した割には脱落した機体も少ない。ここに到って、その不自然さに気づいた。

 

《……をつけろ――くる》

 

砲弾は空中で爆発し、傘のように広がった煙幕が下りてくる。あたりは白煙に包まれ、50m先の味方部隊がかろうじて見える程度だ。

同時にレーダーにもやがかかり、通信機のノイズが酷くなる。

 

「ミノフスキー粒子を含んだ煙幕か、ジオンめ、姑息なマネを!」

 

《気を――らは――火と共に―――》

 

 不鮮明だった通信が完全に途絶えたのを聞いて、彼は忌々しげに吐き捨てた。

ふと目を凝らすと前方にぽつぽつと明かりが見える。目を凝らすと、空中に浮いたその明かりはだんだん増えていることに気づいた。それはまるで、生者を冥府へと誘う鬼火の群れ。

 ぞくり、と男の背中に冷たいものが走った。

 

「各自警戒を怠るな!!」

 

 あの通信は最後になんと言っていたのだろうか。かろうじて聞き取れた単語が、頭の中で瞬時につながっていく。

 

《気をつけろ。奴らは鬼火と共にやってくる》

 

 ふと煙の中に、いくつもの影が浮かび上がる。鬼火に見えたのは煌と光を放った単眼であった。

 

「まさか……」

 

 ゆっくりと時間が流れる。熱センサーが至近距離に近づいた識別不明の熱源を映し出した。

 けたたましいまでの接近警報を聞きながら、とっさに突き出した筒先が、突如延びた黒い刃にはじかれる。

 

「熱伝導を切ってたのか……」

 

 立ち込める煙の中から這い出た黒い切っ先が眼前に迫った瞬間に、彼の意識は途絶えた。

 

 

 

 

《こちらメルダース。標的を排除しました……》

 

 メルダースの操るグフがヒートソードに突き刺さった敵を足で押しのけた。

 いくら熱センサーの有効圏内が狭いといっても、さすがにヒートサーベルやビームサーベルの熱源は探知されやすい。

 ゆえにこその隠密行動であった。いくら合流してきた特殊部隊の協力があるとは言え、迅速に行動しなければならない。

 

「空に上がる味方を支援する。諸君、支援装備の敵機を最優先で潰せ」

 

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 やはり通信機のノイズが酷い。にも関わらず、統率に乱れはない。一個の機械のように正確に敵を屠っていく。

 

《…クベ中将…砲撃部隊…退いた…です》

 

 メルダース少尉からノイズだらけの通信が入る、。煙幕と通信妨害によって連邦軍部隊は混乱し、隊列は崩れている。懐に入ってしまえばこっちのものだ。

 マ・クベは前に出てきた護衛らしきガンダムもどきを斬り倒す。メルダース少尉とその僚機が後ろに控えていたジームスナイパーを血祭りに上げた。

 

「メルダース少尉にその相方も、いい腕をしているな」

 

 マ・クベは満足そうに呟いた。比喩ではなく己の手足のように動く部下達に、マ・クベはそれまでにない満足感を感じていた。

 

《隊長ッ!》

 

 熱センサー上に表示されていた味方のマーカーが一つ消える。

 

《こ、こい…は、ぐあああ…ぁぁぁ!!》

 

 突如、オープン回線に入った悲鳴。マ・クベはとっさに通信機へ怒鳴る。

 

「何があった!!」

 

 煙幕が晴れてくる、モニターに移ったのは白い機体。足元に倒れふすのはグフはコクピットを貫かれていた。

 

「レビルめ、やはり、出してきたか……」

 

 先行量産型のまがい物ではない。そこにいたのは連邦の白い悪魔と呼ばれたMS。「RX-78ガンダム」あまたのエースを屠ったジオンの仇敵である。

 マ・クベは迷った。ここは自分がガンダムの相手をすべきか、機体を考えればそれが一番適している。だが、そうなれば斬込隊の指揮を執るものが居なくなる。

 それに機体はどうあれ、腕の差は明白である。策と準備を練った上でなら、戦いようもあるというものだが、こういう状況ではマ・クベが不利だ。

 

《中将殿…こいつは俺が相手をします》

 

 うっそりと通信機からの声が響く。一機のグフがガンダムの前に立ちはだかった。

 その声に陽気な男の印象はない。低くおし殺すような声音の中には明確な戦意が見て取れた。

 

《イワモト曹長! グフでは無理だ!!》

 

 メルダース少尉が叫ぶ。

 

《だから、やらねばならんのです!!》

 

 そう叫ぶと、イワモトのグフがガンダムに突っ込んでいく。

トオル・イワモト曹長、先の戦いでメルダースとロッテを組んでいた男だ。オデッサ基地のエースの一人であり、変わり者と評判だった男だ。考えてる暇はない。

マ・クベは決断した。

 

「分った。ガンダムは貴様に任せる。メルダース!」

 

《はっ!》

 

「……曹長の邪魔をさせるな」

 

《はい!》

 

 マ・クベは部隊の位置を確かめた。迷っている間に数機が敵に包囲されている。このままでは押し潰されてしまう。

 

《貴様ら何をやっている!! 自分の仕事を忘れたか! 各機! 自分の隣の味方を何があっても守りぬけ!!》

 

 檄を飛ばしたのは、マ・クベの背中を守っていたウラガンだった。散りかけた斬込隊の機体がマ・クベの元へ結集する。二機がお互いを守りあい、ロッテがロッテを守り、シュバルムがシュバルムを守る。部隊は統制を取り戻し、再び殺戮機械となった蒼の巨人が群がるジムを嵐のように切り伏せた。

 

 

 

 

 

 白と蒼の機体が激しく打ち合う、悠長な鍔迫り合いなどない。互いの刃を交わしながら、流れるようにサーベルを打ち込んでいく。

 

「こいつ…やる」

 

 白いMSのコクピットの中で少年は驚嘆していた。「赤い彗星」「蒼い巨星」「黒い三連星」今まで戦ったどのエースたちとも違う。

 それでいて確かな強さがある。

 相手の機体はかつて戦った相手と同じものである。にもかかわらず、その動きは同じものではなかった。

 蒼い巨星は確かに強かった。しかし、何かがその強さを妨げているようでもあった。そう強いて言うなれば「しっくりきていない」感じがしたのだ。

 

 機体にあってるんだ…。以前ジムに乗ってからガンダムに戻ったときに感じたときと同じ感触。

 

「……もしあの時ラルさんが、僕にとってのガンダムのような機体に乗っていたら」

 

―― 僕はあなたに勝てたでしょうか。

 

 少年の呟きに答えるように、シールド側に回りこんだグフが強烈な体当たりをかました。

 衝撃でコクピットの中がシェイクされる。内蔵を掴まれて揺さぶられたような慣性の感触に吐き気を感じながら、それでも少年は操縦桿を握り締めた。

 コクピットにいながら、少年は確かに向き合っている相手の存在を感じていた。

 

 ただ数合打ち合っただけの顔も知らない相手である。にもかかわらず、少年は相手についてなにか確信めいたものがあった。相手は己の機体を理解しつくしていること。きっと自分と同じような機械好きであること。機体に対して自信と愛情を人一倍持っていること。出会い方が違えばきっといい友人になれたということ。

 そして、何より相手もそれを十分に理解したうえで、自分を打ち倒すこと決意していること。

 それは、きっとかつて同じ機体に乗って自分の前に立ちはだかった「あの人」が持っていたものと同種の物なのであろう。

 自分にそれがあるかどうかは分からない。だが、唯一つはっきりしていることがある。 

 

「それでも、僕は……」

 

 ビームサーベルとヒートサーベル、互いに抜きあった刃が灼熱の輝きを放つ。

 

「負けるわけには行かないんだああああっ!!!」

 

 白い悪魔の怒涛の反撃が始まるのは、まだまだこれからのことであった。

 

 

 

 まるで生身の人間同士が戦っているような、そう形容する以外に方法がない。それほどまでに激しい白兵戦が展開されていた。

 ともにロッテを組んで戦っていたから分かるが、曹長はそうとうな腕の持ち主である。

 

 あの蒼い巨星はグフでもってガンダムを圧倒したという。とすれば、今の曹長はあの往年のエースパイロットにも負けず劣らぬというわけだ。

 一説にはMSの黎明を築いたとも言われる男と…。さもありなん、目の前で繰り広げられている高度な攻防は余人にできかねることであろう。

 ともすれば、その一端を担っている白い悪魔とて、その異名が過分ではないことを示していた。

 まさに一進一退であり、これでは援護射撃も出来ない。それは敵も同じらしかった。数機の旧式が遠巻きにしている。向かい打ち合う両者を壁にしてこちらも手が出せない。

 

 グフの体当たりを受けて体勢を崩したガンダムが、頭部のバルカンを放つ。曹長が盾で受け止める。一瞬、視界を阻まれた刹那の瞬間に前進したガンダムが、今度はグフを盾ごと蹴り飛ばす。大きくのけぞったグフにシールドの一撃が叩き込まれる。

 体勢を崩しながら放たれたグフのヒートロッドにシールドを投げつけ防ぐ。ガンダムが踏み込む。至近距離から銃撃を浴びせようと突き出したグフの左腕を肩口から切り飛ばした。

 

《ぐあっ!!》

 

 バランスを失った機体が尻餅を突くように倒れる。

 

「曹長ぉ!!」

 

メルダースが駆け寄ろうとすると、その前に二機の旧式が立ちふさがる。その時、メルダースの中で何かが切れた。

 

「邪魔を、するなぁぁぁぁ!!」

 

 白熱した思考の中で、メルダースは冷静に相手を見ていた。ガンタンクの120mmの筒先がこちらに向けられた瞬間、機体を倒れこませ、バーニアに点火。内臓がふっと浮くような浮揚感を感じながら、一気に接近すると、ヒートロッドをタンクの砲身に引っ掛け、遠心力を利用してガンキャノンに強烈な回し蹴りを叩き込む。

 

《どわぁぁぁぁ》

 

 オープン回線に敵パイロットの悲鳴が入ってくる。まだ若い、子供の声だ。圧電アクチュエーターが作動し、タンクに電流が流れる。

 

《うわあああああっ!!》

 

《カイさん! ハヤト!!》

 

 あわてたような声が入る。こちらも若いが、恐らくガンダムのパイロットだろう。

 何故、子供が…。一瞬の戸惑った隙に、ガンダムがこちらへ向き直る。隙はそれだけで十分だった。

 

《よそ見してる暇があんのかぁ! ガンダムさんよぉぉぉぉ!!》

 

 倒れていたグフがヒートロッドを放つ。毒蛇のようにガンダムの腕に巻きつくと、それを思い切り引き寄せた。

 

《く、こいつ!!》

 

 体勢を崩しかけたガンダムが瞬時に反応し、逆側に引き返す。逆に地面を引きずられる曹長の機体、そのバーニアに火がともった。

 

《勝負だあぁッ!!!》

 

《くそぉぉぉぉぉぉっ!!》

 

 とっさにシールドを捨て、ガンダムが逆の腕でサーベルを抜く。二つの機体が交差する刹那、空中で機体を捻ったグフはガンダムの横なぎの一撃をよけ、そのまま相手の片足を斬り飛ばした。

 すれ違った機体が地面に突っ込む。捻りを入れる前にヒートロッドの拘束を解いたことで、一瞬ガンダムの体勢が崩れたのが勝敗を分けたであろう。

 

「曹長! イワモト曹長!!」

 

 メルダースは曹長のグフへ駆け寄り、接触回線で呼びかける。唖然としていた旧式の2機も、ガンダムのほうへかけよる。

 

「曹長、大丈夫か? しっかりしろ!」

 

《少尉、来てくれたんですか? 奴は…ガンダムは、どうなりました》

 

 メルダースが答えようとすると、彼らの周りを守るように十数機のグフが囲む。

 

《メルダース、イワモト曹長、大丈夫か!!》

 

 接触回線で問いかけてきたのはマ・クベ中将だった。

 

「イワモト曹長がやりました! ガンダムを、やりました!!」

 

 メルダースが興奮して叫ぶ。あちらも相当な激戦だったのだろう。ギャンとそれに付き従うグフ部隊は皆オイルまみれで、装甲の随所に傷がついている。

 

《ガンダムがやられた…》

 

《嘘だろ……?》

 

 連邦軍の動揺した声が回線に入ってくる。ジムとガンキャノンに抱えられて、後退するガンダムの映像を誰もが見ていた。連邦軍のMSがじりじりと後ずさる。

 

《良くやった曹長。私からジオン十字勲章を申請しておく》

 

 映像通信の中のマ・クベ中将が、珍しく笑みを見せ、その言葉を皮切りに斬込隊の皆が歓声を上げた。

 その瞬間のことであった。コクピットの中に凄まじい衝撃が走る。巨大な噴煙の柱が基地のほうから立ち昇ってくるのが見える。

 その柱の先に見える光はきっと基地から離脱したHLVだ。

 

《HLV部隊、撤退開始。連邦軍からの攻撃なし…作戦成功です》

 

 ウラガン中尉の感嘆に震える声が聞こえてくる。鼓膜がいかれそうになるほどの大歓声が、通信機ごしに響いた。

 

《それでは諸君、凱旋と行こう》

 

 司令官の言葉に従い。男達は粛々と隊列を組む。まるで、古の騎士たちが勝利を掲げて帰路に着くように。蒼い巨躯の足取りは、どこか軽いように感じられた。

 今この瞬間、きっと司令官殿はある確信を、理性の言葉で打ち据えているだろう。

 すなわち、時間稼ぎに過ぎないと、無様に逃げ出すための小細工がうまく言っただけだと…。

 だが、どうあれ作戦は成功し、我々は目的を果たした。つまり我々は勝利したのだとこの瞬間だけは、噛み締めておきたかった。

 

 

 

 

 どこか閑散としたオデッサ基地の格納庫。その一部のみが喧騒と明るい笑い声を残す最後の砦であった。ほとんどの部隊が欧州・アフリカ方面へと撤退し、基地には戦車隊の一部と別区画で友軍撤退を支援していた特殊部隊「闇夜のフェンリル隊」が合流していた。

 連邦軍を見事に撤退させ、今は祝勝会の真っ最中というわけだ。

 

「おい、マニング! おまえ古巣が火事になったからって、出もどってくることは無いだろ」

 

「うるさい、戻ってきただけありがたいと思え」

 

「おーい、誰かかくし芸とかねーのか」

 

「あの、それじゃあその、歌を……」

 

 

 

 軽口と笑い声が地下空洞にこだまする。地下基地の一角では、斬込隊の面々と戦車隊の連中がフェンリル隊のメンバーと共に饗宴の真っ最中だった。

 その饗宴の輪から離れてトオル・イワモト曹長は暗い天蓋見つめていた。今はなんとなく、喜ぶ気にはなれないのだ。決して後悔などしていない。

 だが、やはり騒ぐ気にはなれなかった。

 

「主役が何を呆けているんだ? イワモト曹長」

 

 ジョッキを片手にメルダース少尉が近づいてくる。人の輪のほうからは、歌が聞こえてくる。

 天蓋の高い空洞であることもあいまって、豊かな共鳴を持った音が耳に届いてくる。若い女の歌声だ。

 

「にぎやかなのは嫌いじゃないんですが、ちょっと苦手なんです。少尉こそ、フェンリル隊の綺麗どころとお近づきになるチャンスですよ」

 

 そう言うって、イワモトは歌を謡っている女のほうを目配せした。メルダース少尉は少し困ったように笑うと、眩しそうにそちらを見た。

 

「俺は、女はもういいよ」

 

 しまった、少尉の前で女の話題は禁句だ、そう思っても後の祭りで、言った言葉は飲み込めない。バツの悪い思いをしながらジョッキを傾ける。ビールの味はするもののアルコールは一切入ってない。

 言わば気分だけを味わうものだが、なんとなく味気なかった。

 

「リリー・マルレーンだな…」

 

「少尉?」

 

 メルダースが笑って、人の輪の方向を指差した。

 

「偉く昔の歌だよ。それにしてもフェンリルの少尉達は、なかなかいい声をしているな」

 

 そう言いながら、まるで音の流れに身をゆだねるように、メルダース少尉は目を瞑った。イワモトもつられて眼を瞑る。

 明るい、しかしなにか大人びた歌声が、不思議に心にしみた。

 

「戦地の兵隊が、故郷の女を懐かしむ歌さ。そりゃもう、化石みたいな歌だが…俺は好きでな」

 

 メルダースがポツリと呟いた。その視線はイワモトを超えて、天蓋のはるか先に注がれている。

 そうか、少尉のリリーは脱出したのか。思いの届かない女を、それでも守った男に何が残るのだろうか。

 

「少尉殿、ちょいと手洗いに行ってきます」

 

 そう言って、イワモトはその場から逃げ出した。少尉の気持ちは分かる。だからこそ、きっと独りになりたいはずだと、思った。

 

 気がつけば、格納庫まで来ていた。地面に横たわるのは無残な姿になった愛機。次の出撃までそんなに時間はない。新しい機体に乗り換えた方が早いので、そのまま遺棄されることになる。それは、何もイワモトの機体だけではない。機体に損耗した斬込隊の機体は全て乗り換えることになっている。何しろグフはあまっているのだから。

 イワモトは痛々しい愛機の姿に、何よりグフと言う機体が辿らざるをえなかった運命に、心が引き裂かれるようだった。

 

「俺だけ、生き残っちまったな……」

 

 足元に近寄って装甲をなでる。冷たい超硬スチール合金の感触が心地よい。

 

「でも、お前は凄いよ。何せあのガンダムをやったんだ……」

 

 明かりの落ちたコクピットに乗り込むと、化学繊維張りのシートの匂いが鼻をつく。こらえきれずに、涙がこぼれてくる。

すまない、と泣きすがって謝りたかった、自分のふがいなさを許してくれと言いたかった。だが、そんな甘ったれは愛機への侮辱だ。自分の罪悪感から逃れようとする方便でしかない。だから、イワモトは歯を食いしばった。それでも、摩擦であろうシートから帰ってくる温もりが、機体に包まれているように思えて、どうしようもなかった。

 こぼれだす嗚咽、愛機の胸の中に守られながら、トオル・イワモト曹長は泣いた。友を失ったように、恋人を無くした様に、男の涙が果てるまで、その装甲が開くことはなかった。

 

 

 

 しばらくして、コクピットを出ようとすると、何処からか話し声が聞こえてくる。よく耳をそばだててみると、マ・クベ中将と副官のウラガン少尉。

 そして特殊部隊の隊長だという少佐の姿があった。

 

「……明日の朝一番に出す最後のHLV部隊と共に、ザンジバルで斬込隊を脱出させる」

 

 その言葉を聞いて、イワモトは思わず叫びそうになった。必死で叫びをかみ殺すと、マ・クベ中将の言葉に耳を傾ける。マ・クベ中将は相変わらずとらえどころのない感じだったが、どこか穏やかだった。

 

「シュマイザー少佐、君の部隊には支援を頼みたい」

 

「は」

 

 簡潔な受け答えは軍人の見本のような男だった。だが、どこか声に硬さがあるのは高官の前だからではあるまい。

 階級に敬意は払えど、物怖じするような男には見えない。大方、時間稼ぎに付き合わされる自分の部下達の心配をしているのだろう。

 そんな反応を見て取ったのか、不快に取るでもなく、中将は簡潔な口調で言った。

 

「無論、脱出にはユーコン級を手配している」

 

 己を見透かされたと思ったのか、シュマイザー少佐は少しだけバツの悪い表情になった。

 

「ご配慮に感謝します」

 

「ウラガン、ザンジバルの指揮は君が取れ。艦橋要員にはそう通達しておく。

 

「司令は、マ・クベ司令はどうなさるおつもりですか!」

 

 ウラガン少尉が耐え切れなくなったように叫ぶ。マ・クベは黙って肩をすくめた。

 

「……あの壷をキシリア様に届けてくれ。あれはいいものだ」

 

「司令は此処で死ぬつもりですね」

 

 とがめるようなウラガンの言葉に、ふっと笑みを浮かべた。それは困ったような、それでいて不敵な雰囲気の、不思議な笑みだった。

 

「誰かが時間を稼がねばならん」

 

「…………」

 

「ああ、少佐。君が想像しているような高尚なものではないよ」

 

 そうだな…。そう言葉を切って、どこか呆れたようなそれでいて自嘲を含んだ調子でその先を続けた。

 

「くだらない感傷のようなものだ。どこまで行っても、故郷は故郷と言うことなのだろう。だからな…」

 

 だから、私はこの地に抱かれて散って行きたいのだろう。淡々とした、それでいてどこか苦いものを呑んでいるような、そんな口調であった。

 

「容れられなかった者の最後の意地という奴だ」

 

「どうしようもなく自己中心的な動機だろう? 少佐。私を軽蔑してくれていい。君にはその権利がある」

 

「閣下、閣下は職務を全うされようとしています。どういう意図があれ、定められた任務を全うするのが軍人です」

 

 それに、自分は結果を出す男を軽蔑したりはいたしません。

 

「しかし、なぜお一人で? 総力を持って徹底抗戦を挑んでも良かったはずです」

 

 それはともすれば挑発と取られても、おかしくない言動だった。少佐の物言いに、驚いたような顔をしながら、マ・クベはふっと息をついた

 

「私にも男としての面子があるのだよ」

 

 男の顔に浮かんだのは、先ほどまでとは違う不敵な笑み。その笑みをみて、シュマイザー少佐もにやりと笑い返した。

 

「ではよろしく頼む」

 

「了解しました」

 

 シュマイザー少佐の敬礼に、優雅な答礼で答え、マ・クベ中将はきびすを返した。

 

 後に取り残されたウラガン中尉が、途方にくれたようにマ・クベ中将の去った方向を見つめていた。

 

 

 




あとがき
 どうも、大変お待たせして申し訳ありません。気晴らしに書いていた信奈と双頭の鷲のクロスSSが意外と人気を博してしまったので、そちらに浮気しつつこつこつ書いてました。
 今回も大幅に加筆しました。特にガンダムとの戦闘シーンや祝勝会のシーンなどは結構変えたつもりです。
 この話に出てきたリリー・マルレーンや怒りの日など、今後はBGMの演出も入れつつやっていこうかと思いますので、まあつきやってやってください。
 さて、本編でリリー・マルレーンを歌っていたのはソフィとシャルロッテです。これは原曲がフランス人の詩人の詩に、ドイツ人の作曲が曲をつけているので、
 そんなネタを容れてみました。
 外伝を書き直しつつ、やはり本編もがんばって進めて行こうと思いますので、読者の皆様、応援よろしくお願いします!
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