―――― ジャブロー地下発電所
2・3人の連邦兵が神経質そうに施設の周りを歩いている。時折おこる爆発音に不安気な顔を向けながら、兵士たちは自分の役目を果たしていた。
巨大なジャブローの電力を配分するためのたとえここが破壊されても、予備の核融合炉が作動する仕組みになっている。その変電設備の下に、何か弁当箱ほどの
小さな箱が据え付けられているのに、兵士たちは誰一人、気づいていなかった。変電設備に対して専門的な知識を持った者であれば訝しげに思ったであろうが、
非常事態宣言が出ているため、そこにいるのは警備の兵たちばかりである。先のジャブロー襲撃で目にする顔ぶれもだいぶ変わった。その中に見慣れぬ顔があったところで、対して記憶には残らない。彼らのなかにそんな些細なことを観察する余裕など全くなかった。この襲撃を予測し得るものなど誰ひとりとしていなかったのだ。
だからその小さな箱は、静かに待っていた。正確に時を刻みながら、たったひとつの指命を果たす為に…。
「うるせぇっ! 敵が来てるのは分かってるんだ!!」
けたたましく鳴り響いている非常警報に苛立ちながら、男は自分の機体に乗り込んだ。MSを起動させるためにコンソールに起動用のパスコードを打ち込み、機体を動かすために必要な手順を消化していく。
(クソッ! なんでジオンが! 抜き打ちの演習!? 本当に攻めてきやがったのか?)
小隊の部下たちを呼び集め、MS隊の発信準備を整えている今ですら、半信半疑であった。なにもジャブロー襲撃の前例が無いわけではない。前に襲撃があったのもほんの数ヶ月前だ。
(それにしたって、なんでこのタイミングで)
オデッサでの反抗作戦から地上での戦いは連邦軍が優勢であったはずだ。ジオン公国軍は宇宙での決戦に向けて地上から撤退し始めていたはずである。
最前線ならいざ知らず連邦軍総本部のジャブローで文字通りの「大本営発表」を食わされるとは考えにくい。だが、腹立たしくも鳴り響く警報は一向に鳴り止む気配を見せない。
(出撃シークエンスは全て完了、緊急出動の抜き打ち訓練ならこれで終わりのはずだろ)
通信回線に管制塔からの通信が入る。
≪発信準備がととのい次第、各小隊は順次出撃してください。侵入した敵は少数とのことですが、十分気をつ……≫
入ってきた通信の内容は男の望んだものではなかった。地下の大空洞は、何かの爆発の反響であろう。絶え間なくゆれ続けている。ひときわ大きな
爆発が大きな煙が上がっているのは発電所の方向だった。
「何が起こった!」
《…………》
管制室からの応答がない。そうこうしている内にモニターのセンサー画面に赤い光点が現れる。
《…聞こえ…すかっ! 発電所をやられま…予備…きり…るまで、管制…きません》
どうやら歩兵部隊の通信兵が使う携行式の無線機を使っているらしい。他の場所でも通信が錯綜しているのもあってか、ノイズが多く混じっている。
(ああ、畜生! 本当に畜生っ!)
「小隊各機、他の小隊と連携して敵に当たれ!」
半ばやけくそ気味に叫ぶ。宇宙での反攻作戦のために、ほとんどのベテラン連中は宇宙へと借り出されている。第2陣として行くはずだった彼らは新兵がほとんどである。
《敵影、捉えました》
僚機から回されてきた映像を見て、男は絶句した。
「……馬鹿な一個小隊だけだと!?」
モニターに写っているのは4機のドムタイプ。身の丈と同じほどの巨大な「何か」を背負ったその機体はドム特有の滑るような平面機動で、自立防衛システムの
攻撃をかわしている。
(こんな連中と戦わなきゃいけないのかよ)
レーダーを見ると機動を終えた小隊が次々と集合し、一個中隊ほどの戦力が集まっている。にもかかわらず、彼らは動けなかった。強烈な不安感に胸倉を掴まれて僅か数秒の恭順は永遠のように感じられた。
≪うう、うわぁぁぁぁぁぁ≫
緊張に耐えられなくなった誰かが引き金を引く。それを皮切りに皆がめいめいに撃ち始めた。彼の小隊も、彼自身も気がつけば引き金を引いていた。コクピットまで伝わる90mmの射撃振動が恐怖と緊張を僅かに和らげる。典型的なトリガーハッピーである。
(当たらない! 当たらない! あたらないっ!!)
敵は思ったほど近くに来ては居なかったのだ。誰もが射撃音に釣られて打ち始めてしまったのだから、それはある意味当然の帰結だったのかもしれない。
(あいつら『避けても居ない』のにっ!!)
≪畜生! 何であたらねぇんだよ!≫
≪当たれぇっ! 当たれよ!≫
焦燥の篭った声が通信機から聞こえてくる。マッドブラックの強襲用黒色迷彩に彩られたその機体はまるで幽鬼の如くたたずんでいた。
(おかしい、射撃は大体自動補正が掛かっているはずなのになんで静止目標に当たらない)
苛立ちながら敵の姿を見た。まるで風に揺れる麦の穂のように僅かに揺らめきながら、全ての射撃を回避しているのだ。
(そんなことはありえない!)
ふと、彼はドムがホバー移動であることを思い出した。以下に広大であるとはいえジャブローは閉鎖空間である。煤塵の立ち上がりを防ぐために、
地面は一定の湿度が保たれている。
(陽炎! 空気密度を大幅に変化させることで、射撃計算を狂わせてたのか)
その上、混乱もあいまってめちゃくちゃに撃っているのだから、止まっていたほうがかえって当たらないのだ。
(それにしたって狂気の沙汰だ! 分かってたって弾幕の中を突っ立ってるなんて出来るもんじゃない。運が悪けりゃ流れ弾でお陀仏だぞ)
振動が止まって、ふと我に返る。マガジンの中の弾丸を撃ち尽くしていたらしい。機体がオートでマグチェンジが行っている。
「しまった!!」
叫んだ瞬間に敵の姿が大きく歪んだ。一気に距離をつめた彼らは手にしたバズーカを発射した。大口径のロケット砲弾が次々と足元で爆発する。
「ぐあっ」
爆発で体勢が崩れたところへドムタイプが一気に距離を詰めてきた。
(速いっ!!)
ノイズの走るカメラ越しに、男は迫り来る漆黒の影が背中から何かを抜き放つのを見た。
(あれは…剣?)
その刃は…あまりに大きく、灼熱の塊だった。それは剣と言うよりは大鉈であった。MSの巨躯に匹敵するほどの巨大な刃。脇に構えたそれが、まるで雑草を薙ぐように前衛のMSを刈り取った。
暴力的な運動エネルギーが、真っ二つになった機体をさらに吹き飛ばす。
≪ジョンソン! スタークっ! 畜生、誰でもいいから応答しろ!!≫
≪ありえねぇ……一個小隊を、一撃で…ぶった切りやがった!!≫
そこで、彼らはやっと理解した。自分たちも既にその射程距離にいることに。
≪くそぉぉぉぉぉぉっ!!≫
全員の心情を代表するようなめちゃくちゃな蛮声と共に、その場に居たGMが一斉にビームサーベルを抜いてその機体に切りかかった。眼にしたあまりにも衝撃的な光景によって、目の前の敵に眼を奪われてしまった。それが彼らの命取りであった。
側面から振るわれた灼熱の刃が麦穂のように連邦製MSを刈り取った。巨大な刃が巻き起こした恐るべき旋風は、一瞬にして哀れな犠牲者を血祭りに上げた。
「1個中隊が一瞬で…あれは、ヒートソードのぶっちがい? まさか、オデッサの斬込隊か!?」
それはオデッサ反抗作戦から帰ってきた将兵が必ず語る伝説。司令官マ・クベ中将に直率された精鋭部隊。最後は一機で一軍を足止めした恐るべき狂戦士の群れである
。
その一機が彼の方へ向かって突っ込んできた。とっさにマシンガンを捨てて、横薙ぎの一撃を垂直方向にバーニアを吹かして回避する。平面機動ではドムのそれには敵わないが、頭上は死角である。
武装をビームサーベルに切り替えた。逆手に持って串刺しにするのだ。ドムタイプが忌まわしい大鉈を担ぐ。だが、遅い。GMの両手がビームサーベルをつかみ、自由落下の勢いで串刺しにする。
全てがうまくいけば、そうなるはずであった。刹那、何かが機体の真横を通り抜ける。
(いやもっと近い)
そう思った瞬間にすさまじい衝撃がコクピットを揺るがした。内臓を掴んだ浮遊感の後、ものすごい勢いでシートに叩き付けられ男は気を失った。肩口と逆手に構えた手を断ち、そのまま肩口から先を根こそぎ奪って行ったのは、鈍重なはずの灼熱の刃であった。
男の機体を空中で叩き落とす事を可能にしたのが、先端に内蔵されたバーニアによる加速であることを知るのは、後に1年戦争と言われるこの戦争が終結した後のことであった。後に「野獣」の異名を取るヤザン・ゲーブル少尉の苦い記憶である。
肩口から真っ直ぐに叩き割ったGMが地面に叩きつけられるのを見ながら、フナサカ軍曹は回線を開いた。フナサカはこの小隊の最先任軍曹だった。志願制・臨時編成であるオデッサ斬込隊においては同一階級者の小隊も珍しくなかった。彼らはその中でも、新型機受領のために復帰が遅れてしまった者達であった。
本来ならば、新型機を受領して地上において、本隊と合流するはずであったが、マ・クベ率いる斬込中隊は地上において行方になってしまったがために、この作戦に投入されたのである。
「全機、ロッテ(ニ機連携)を崩すな。かき回せるだけかき回すぞ」
≪了解、しかし、ジャブロー全軍に対して我々4機ですか? ちょいと手間取りですよこいつは≫
従軍神父のクレンショー伍長が軽口を叩く。伍長はオデッサ時代で同じ部隊に居た男であり、フナサカの親友である。普段は穏やかで神父として、懺悔を聞いたり相談を受け付けたりしているが、ひとたび戦場に立てば、敵兵を神の御許に送るのも得意という恐ろしい男である。
「なんだ、不安か?」
からかうようにフナサカが言う。
≪まあ、相手にとって不足なしってとこですかね≫
と顔色一つ変えずに返すのだから、やはり只者ではない。
「威勢がいいのは結構だがな。俺たちは前座だ…」
刹那、鈍い衝撃が地下空洞を振るわせる。はまるで審判の日のラッパの如く、地価空洞に重々しく響いた衝撃を受けながら、フナサカは愉快そうに口の片端を持ち上げた。
「さあ、真打が降りてきたぞ!」
≪12時方向 4時 6時方向より敵影多数。囲まれましたね先任軍曹≫
小隊副官が冷静に状況を告げる。だが、そこに動揺を持つ者は一人たりとも居ない。彼らの脳裏には同じ光景が移っているのだろう。廃墟と化した
オデッサの街とそこに立たずむ一人の男。たった一人で連邦軍を食い止めた本物の英雄の背中を彼らはいつまでも脳に焼き付けていた。
「一つ、露払いと行こうじゃないか…」
明らかな狂相を浮かたべるフナサカの提案に、部下たちの返したいらえは、紛れもなき狂喜であった。
吹き付ける雨のように飛び交う曳光弾と、サーチライトの光によって、ジャブローの空は昼間のような有様であった。その濃密な
防衛火線の中をHLVが降り注ぐ光景は、黙示録が現実になったのかと思わせるものであった。この一戦こそが地球人類の命運を決する
ものである事を考えれば、それは審判の日であると言えなくはなかった。
対空用のレールガンに撃ち抜かれたHLVがよろめきながらMSを放出する。爆発に煽られながら2機のザクⅡが地面に降りたった。
隣に降着したHLVからグフが、その隣からはドムが、その頭上ではMSを搭載したままのHLVが紅蓮の炎に包まれながら爆散する。
「ざまぁ見やがれこのクソッタレ!!」
対空砲塔の中で、兵士たちが歓声を上げる。光速の30%という驚異的な速度まで加速された砲弾は、高速で落下するHLVといえども、
撃墜することができる。火器の主力がビームへと移行する中、主力になりきれなかった技術であるとはいえ、まだまだ十分に有効である
(あくまで軍事面での話で、宇宙空間における物資輸送やカタパルトなどには応用されている)。
「スペースノイドなんぞに生きて地球の土を踏ませるかよっ!」
砲台がまた一機のHLVに照準を合わせる。
「いただき」
兵士がほくそ笑み引き金をひく。しかし、発射されるはずの砲弾は発射されなかった。
「くそっ こんな時にトラブルかよ」
「どうなってるんだ! 無線で問い合わせろ」
「地下の本部と連絡が付きませんr!」
「なんだと!!」
「は、班長!」
「なんだ!!」
砲台の指揮をとっている士官が怒鳴り返した。ペリスコープを覗いていたその兵士は蒼白な顔で告げた。
「HLVが真上に…!!」
「……神よ」
願いとも灼熱の鉄塊に押しつぶされて、彼らには苦痛を感じる暇すら許されなかった。
HLVのハッチが解放され、巨大な足が大地を踏みしめる。オリーブグリーンの標準塗装に、特徴的な単眼がギョロリと周りを見渡す。頭部の角型アンテナは通信強化型の指揮官機であること示している。
「…まさに地獄だな」
指揮官用のザクⅡに乗ったユーリ・ケラーネ少将は顔をしかめた。地上に降りることが叶わなかったのは、軌道上で迎撃された分を入れれば全体の2割近くになる。正直言えばかなりの損害だ。ジャブローの驚異的な防空能力を思えば、少ないくらいだ。
だが今はにわか雨が止んだように、ぱったりと火線が止まっている。先行したフロッグメン部隊が役目を果たしてくれたのであろう。
次々と降着したHLVが味方を吐き出していく。彼を中心にして、味方が集結し始める。突入口を開けた部隊は敵地で孤立しているはずだ。
オデッサ撤退戦においてマ・クベ司令直属部隊として戦ったという連中だから、腕は確かだろうが、それでもたったの1個小隊である。それがある意味、懸念の一つでもあった。
『先行部隊による突入は成功、突入口のドック入口の開閉機構は完全に破壊されているようです』
「よし! 全部隊、突入開始! 先行部隊を死なせるんじゃねぇぞ!!」
胸の中でわずかに安堵するとケラーネは部下に号令を発した。欧州方面軍以来の部下たちが蛮声をもって答える。
士気は天を突かんばかりに燃え上がり、単眼を煌々とさせながらジオン公国軍MS部隊は雪崩を打って突入口を目指した。
―――ジャブロー防空司令部
凄まじい轟音と共に、防空司令部の中央管制室は暗闇に包まれた。
「一体何が起こっている!」
非常灯の赤い光の下で司令官が怒鳴り散らす。きっとこの赤い電灯が通常のものに戻っても、顔色の方は同じなのであろう。
「発電所が爆破されました!」
「なんだと!!」
「あと30秒後に予備に切り替わります!!」
「手動装填してでも撃たせろ!! 30秒も待ってたら対空砲は全て潰されるぞ!!」
防空司令部のモニターに、正面の軍港の様子が映る。主力艦艇は宇宙へと打ち上げられてしまったため、湾内には数隻の潜水艦と警備艇が
のこるのみである。その水面がいきなり盛り上がる。水中から発射されたミサイルが、防空司令部の周りを警備していたGMを吹き飛ばした。
「なんだと……」
曲線的な機体から水が滑り落ちる。水中から姿を現したその機体はギョロリとこちらの方を睨むと片腕を上げた。前腕部を被っていたカバーが
割れて、中から発射された大型ロケット弾が迫って来るのをその場にいる者達はただ見つめるしかなかった。
《目標の破壊に成功!》
「まだまだ仕事はおわっとらんぞアンディ」
僅かに興奮の色を見せたアンディの声を聴きながら、ハーディ・シュタイナー大尉はそれをたしなめた。
《大尉、敵MS部隊を確認。大隊いや、軽く見積もっても連隊規模はいますね》
「全機、可能な限り戦闘は避けろ! アンディとズゴック隊は引き続き施設の破壊を続行せよ。ゴック隊はオレに続けっ! かき回すぞ!!」
シュタイナーのズゴッグEを先頭に、ずんぐりとした水陸両用のMSがGMの集団に立ちふさがる。ゴッグは元々、強襲揚陸の際に橋頭堡を
確保するための機体であり重装甲と高火力は他の追随を許さぬ者がある。機動性と火力はハイゴッグに劣るもの、その驚異的な重装甲ゆえに
一部のベテランパイロットたちは機種転換せずに乗り続けている。そして、この作戦に投入された彼らこそ、その「一部のベテランパイロット」
達にほかならなかった。
《馬鹿な、この距離で90mmを弾くなんて―――》
《実弾じゃ無理だ。ビームか180mmを…うわ、くるなっ! ぎゃぁぁぁぁぁ》
巨大なクローによるすくい上げるような一撃が機体を引き裂く。片足を無くしたジムがバランスを崩して地面に倒れ込む。
《この! 喰らえ! ジオンのクソ野郎》
背後に回り込んだ別のGMがミサイルランチャーを至近距離から撃ち込む。
《ざまあ見やがれ……!》
硝煙がだんだんと晴れていく。その中に両手で顔をおおうように防御の姿勢をとったゴッグだった。
《……喰らえ、連邦のクソ野郎》
そのゴッグが両手を広げた瞬間に、腹部が煌々と輝いているのが見えた。次の瞬間放射状に照射されたメガ粒子の奔流がGMを焼きつくした。
負けじとシュタイナーも機体を動かす。シュタイナーの乗るズゴッグE型は実戦経験から、ズゴッグの強化改修を図った機体である。
対艦用大型誘導弾をユニット化して火力を増大させた事に加えて、装甲・機動性ともに強化されている。
水陸両用MSとは思えぬ俊敏な機動で間合いを詰め、右のクローでコクピットを貫く。そのまま敵の機体を盾にして小隊を組んでいた二機をビームカノンで蜂の巣にする。断続照射式にして速射性を上げたビームカノンは性質的にはビームマシンガンに近い(細かく言えばビームマシンガンの基礎となった技術が使用されている)。次世代機の一端であるハイゴッグやズゴッグEにはこの方式になっている。無論、出力を調整して通常のメガ粒子砲としての使用も可能である。
シュタイナーはコクピットを貫いたまま、最後の一機に振り向いた。
「修羅場が足りなかったな……」
照準カーソルが限界まで収束される。けたたましい電子音がメガ粒子砲のチャージが完了した事を告げた。赤熱したGMの背部装甲を
貫いて走った青白い閃光が背後にいたもう一機のGMのコクピットを貫いた。
――― 襲撃より12時間前 ジャブロー低層部 地底湖
しんと静まり返ったその湖にわずかな音が響く。天蓋の鍾乳石から水滴が落ちているのだ。かつては連邦軍総本部につながっていたその場所は、崩落によって道を閉ざされ湖底につながる地下水路のみがこの空間への入口となっている。
突如、水面にわずかな水泡がわいた。水面の水を押しのけるようにして何かが浮上してくる。通常のMSよりやや偏平なそのシルエットはジオンの水陸両用MSのものであった。水陸両用型MSゴッグの後継機であるハイゴッグである。
流線型の機体表面を水が流れ落ちる。ギラリと光った単眼がグルリと周囲を見回した。静かな湖畔に自身以外なにもいないことを確認すると、単眼の光が照明用の光に変わり背中の水中航行用の照明が鍾乳石だらけの天蓋を照らす。折りたたまれていた肩部アーマーがバクリと開き、先の丸まった手を杖のように突きながら湖畔へ這い上がる。そのMSがカヴァーに包まれた片手をあげると、真っ黒だった水の中に幾つもの眼が輝いた。
《カミンスキー中尉、アッガイ隊、全機上陸しました》
学徒兵上がりだという若い曹長の威勢のいい声が聞こえてくる。ミーシャはコクピット上部に吊るしたフラスクを軽く弾きながらニヤリと笑った。
「よし、アッガイは工作班を下ろせ。準備が完了次第アッグ隊は掘削を開始しろ」
次々とアッガイが腹部の装甲を展開し、内部に搭乗していた破壊工作班を降していく。両腕にドリルを付けた工作用MSアッグがレーザートーチとドリルアームを駆使して瓦礫を掘削していく。まもなく、特殊工作班を下し終えたアッガイ隊がそれに加わり、器用に瓦礫を運び出していく。特殊工作班が時折、酸素濃度や地質を確かめながら慎重に作業を進めていく。
《こんな大所帯の作戦は初めてだな》
ミーシャの隣に機体を寄せたガルシアがうっそりと呟く。
「気を抜くなよガルシア、隊長たちの方に火力を傾けてるんだ。旧式が多い分、分が悪い」
ミーシャとガルシアのハイゴッグを除けばズゴッグ1小隊とマッドアングラーに積まれてきたアッガイ1個中隊(途中、ポロロッカに巻き込まれて一機喪失)である。潜水艦用水路から侵入する予定のシュタイナー達にゴッグ3個小隊とズゴッグ3小隊が付いてるのだ。旧式のアッガイが多いだけに連邦のGMとやり合うのは心もとない。
それでもこちらにアッガイの比率を多くしたのはそのステルス性と兵員輸送能力ゆえである。
《黙って聞いてりゃ言ってくれるじゃねーか、おっさん》
先ほどの若い曹長が噛みついてくる。
《たしかにこいつは旧式だが、アル中のビヤ樽よりゃよっぽどましだぜ》
《ちょ、ちょっと、兄さんまずいよ!》
さらに若い声が威勢の良い方を静止する。なんとも珍しいことに兄弟で同じ部隊にいるらしい。
《上官相手にずいぶん威勢いいじゃねぇか》
ガルシアが威圧的に言う。
《申し訳ありません中尉どの! ほら、兄さんも謝って》
《やなこった。ベルデ、俺は間違ったことは言ってねぇぜ》
弟らしき方が必死にたしなめるが、兄の方は相当な意地っ張りらしい。
「くくくく、がっはははははは!」
ミーシャはこらえきれずに大笑いすると、上機嫌でフラスクを傾けた。
「威勢がいいじゃねぇか坊主、戦闘でもその調子なら頼りになるんだがな」
《抜かせっ、そっちこそMSまで千鳥足にするんじゃねぇぞ》
《兄さん!》
「がははは、気に入ったぜ坊主、名前はなんていうんだ?」
《ノルト、ノルト・キスノ曹長だ》
学徒兵なら、叩き上げで曹長になったのだろう。ならば威勢の良いのは口だけではあるまい。
《良いのかよ、ミーシャ》
「柄にも無く分別くせぇこと言うじゃねぇかガルシア…そういうのは、笑いを堪えきってから言うもんだぜ」
《…げ、聞こえてたのかよ》
ガルシアが焦ったように言う。
「カッパ(水陸両用MS乗り)は耳が良いんだよ。そうだろ坊主」
《坊主じゃねぇ! ノルトだつってんだろっ! おっさん!!》
《兄さんっ!!》
威勢のいい答えが気持ち良くて、ミーシャは再びフラスクを傾けた。
ふと、ガルシアのハイゴッグがアッガイの方へ振り向いた。機体をそちらに寄せる接触回線だ。
《……ベルデ、とか言ったな。お前》
「は、はいっ」
いきなり、しかもこわそうだと思っていた相手に話しかけられてベルデは跳び上がりそうになった。
《とんでもねぇ上を持つと苦労するな…》
「いえ、そういうわけでは…」
声にはわずかに同情のようなものが込められている気がした。
《まあ、良い。お前階級は伍長だったな》
《え、そうでありますが》
突然の質問に狼狽えながらベルデは答えた。すると、相手のガルシア軍曹の声が急に真剣なものになった。
《ベルデ、隊の中に俺より階級の低い奴はあんまりいない…》
「……は、はあ」
《威張れる相手が少なくなると困る。死ぬんじゃねぇぞ》
そっけなくどこか照れ隠しまじりに言われたその言葉が嬉しくて、ベルデは思いっきり笑顔を浮かべた。
「了解しました。ガルシア軍曹もご無事で」
《誰にいってんだよ。俺達は……サイクロプスだぜ》
そう言って、浅黒い精悍な顔立ちをしたガルシア軍曹が、モニターごしに笑った。総勢47機の水陸両用MS部隊が先遣を勤めたこの作戦は、後に旧世紀の歴史的故事になぞらえてこう呼ばれた「チュウシングラ」と……。
《カミンスキー中尉、そろそろ掘削が終わります》
「よし、人が通れるだけの穴を開けたら、壁一枚残しておけよ。俺たちの出番は、まだ先だ」
《了解…》
作業に当たっていたアッグが片腕を突き出す。レーザー硬化処理に加えて特殊コーティングをほどこされたドリルが最小の回転で慎重に穴を開ける。ミーシャはコクピットを開けると破壊工作班全員を整列させた。
黒づくめのスニーキングスーツに身を包んだ一個中隊が並びMSのパイロットたちもコクピットを開けて顔を出す。全員に嗜好品を許すと、ミーシャも自身のフラスクを掲げた。
「滅びゆく者達のために……」
あるものは同じようにフラスクを、そしてあるものはタバコに火をつけた。今生の別れを終えた兵士たちを送り出し、ミーシャはフラスクの口を締めた。
――― ジャブロー中央区各(コアブロック)
「地下停泊地に敵進行、潜水艦用の出入口から侵入されました」
「第4ブロックより敵機の侵入止まりません!」
「畜生、よりにもよってまたここかよっ!!」
指揮所のなかに悲鳴じみた喧騒と怨嗟の声が上がる。
「よりによって、レビル将軍が宇宙に上がっているときに…」
だからこそのタイミングであるとは、誰もがわかっていた。それ故に彼らはあたかも『偶発的な災厄』のように捉えたかったのである。
「第2MS中隊通信途絶!」
「第13戦車大隊全滅!」
「前回のように、工事区画に誘引出来んのか!!」
「逆に我が軍の部隊が釣りこまれて、孤立させられています」
「ジオンの指揮官は化け物か!!」
惨憺たる報告を寄せるオペレーター達に、連邦軍の高官はとうとう悲鳴を上げた。前回の襲撃とは打って変わってこちらの部隊がどんどんやられていっているのだ。
「敵軍は一路、コアブロックを目指しています」
「奴ら、ジャブローの構造を把握しているというのか!? しかし、どうやって…まさか、スパイが」
「どうやら、旗色はあまりよくなようだな」
ふいにかけられたのんきな言葉に一瞬怒鳴り返しかけたが、相手の顔を見て彼はぐっと言葉をこらえた。
「ゴップ大将閣下、脱出の準備をなさった方がよろしいかも知れませんよ」
言葉だてこそ慇懃であったが、抑えきれぬ軽蔑を込めて男は言った。しかし、ゴップ大将は咎めることなく、彼の顔を見返した。
「冗談でもそんなことはできんよ。いくら私が臆病者でも、私は大将だからね」
意外な返答に男は驚きながら、部屋から出ていく後ろ姿を呆然と見送った。部屋の外でゴップは冷めた目で後ろを振り返った。
「レビル(主戦)派の君たちにここ(ジャブロー)を任せていては、いつまでたっても終わらんじゃないか」
時折、爆発の衝撃に揺れる通路の中で、ゴップは一人つぶやいた。
「ニュータイプ(子供)を使いつぶす戦争に未来はない…お嫁さんでも探してやったほうがよっぽどいい。そうじゃないか、レビルよ」
つまらなそうにつぶやきながら、自身の執務室へと向かった。やがて訪れるであろう客人たちと、敗軍の将という汚名を待つために…。
ゴップの待つ客人達のなかで一番、近くに迫っていたのは彼らであろう。ミーシャに送り出された破壊工作部隊は順当に任務を果たしていた。敵の変電所を爆破。その時に今回の襲撃に合わせて脱出を計画してた前の工作班の隊員が合流したのである。
中央司令部の白い建物を目指して、黒づくめの男たちが走る。手に手に短機関銃を携え、心に必死の任務を秘めながら。彼らのことを連邦軍の兵士が先導している。正しくは連邦軍兵士の服を着た男である。
「全隊停止」
隊長らしき男が命令をだすと、男たちは息を乱さず。ピタリと止まった。
「しかし、よく生きてたな」
男は前を行く連邦軍兵士に声をかけた。
「ええ、正直、赤鼻隊長がやられた時はもう駄目かと思いました」
彼は前回のジャブロー突入に際してゲート開放を携わった特殊部隊の一人であった。潜入に使用したアッガイの撃墜によって帰る足を失った彼らは、なんとも大胆なことに、今日まで連邦軍兵士の一人として潜入し続けていたのである。
「これでやっと赤鼻隊長の仇がうてます」
そう言って彼は中央司令部の建物がある方を見た。
「ラムジ隊長、シュタイナー大尉の隊が橋頭堡の確保に成功しました。本隊も突入したようです」
部下の一人が報告する。
「中央ブロックの位置は伝えたのか?」
「制圧していた第4ブロックに潜入してた連中が、もう本隊に伝えています」
ラムジはヒゲを捻りながら、ニヤリと笑った。
「つまり、陽動は成功していると、そろそろミーシャ中尉も動くはずだな。我々の仕事をするぞ!」
2度ジャブローの土を踏んだこの男たちこそ、1年戦争最後の大舞台における影なる真打を務めることになるのであった。
―――ジャブロー造船区画
死を間近に感じるとき、恐怖を通りぬけた先に感じるのは、何とも言えない快感である。一度味わってしまえば、病み付きになる独特のものだ。
オデッサで散った戦友達はどんな気分で、「生の瞬間」を堪能したのだろう。そんな事を思いながら、コウ・フナサカ軍曹は操縦桿のトリガーを絞る。
彼の愛機がそれに答えて、手にした大型ヒートソードの先端に据えられたブースターを点火する。地面に擦れて火花を散らしながら加速された巨大な刃が、GMのサーベルにまともにぶち当たる。
高熱によってプラズマ化した粒子を帯びた刃が、ビームサーベルの偏向ミノフスキー粒子と干渉して反跳力場を作り出す。ブースターによる加速と機体重量の乗った一撃はサーベルを持った腕ごとGMをはじき飛ばした。
《貰った!!》
腰ダメにビームサーベルを構えたGMコマンドが、フナサカのドムの左後方から突っこんでくる。いかにブースターがあるといっても重厚なヒートソードでは間に合わない。
GMコマンドのパイロットが勝利を確信してほくそ笑んだ瞬間、ドムが彼の方へ振り返った。彼がみることの出来たのはそこまでだった。ドムとGMコマンドの
シルエットが交錯する。
GMコマンドの手にしていたサーベルは、ドムの脇を抜けていた。サーベルから光が消える。ガクリと力を失った機体が地面に崩れ落ちた。コクピットに横一文字の傷が走っている。突き出されたドムの左手にはヒートナイフが握られていた。
《次から次へと、わかってはいましたがキリがありませんな》
「当たり前だ。本隊へ向かう連中を足止めしているのだからな」
隣でクレンショー伍長の機体がコウの側面を守るように立ちふさがる。胸部の拡散ビームで目潰をくれた敵機のロッテを回り込みざまの一太刀で真っ二つにする。
驚異的なことに、たった4機の彼らは生き残っていた。1機も欠けること無く 幾多の敵機を残骸に変えながら、この戦場に彼らはたしかに生きていた。
《…センサーに感あり、敵増援大隊規模…少なくとも同規模の集団が3つ以上迫っています》
レーダー上に新たに現れた光点を見て、フナサカは僅かに舌打ちをした。本隊とは充分に距離がある。いかに精鋭の彼らと言えど、ここまでの激戦による疲労は相当なものがある。陽動の役目は十分に果たしていた。
フナサカは、僅かに押し黙ると、小隊の全機に向けて回線を開いた。
「全機に機密保持システムの使用を許可する」
《……》
《……そうこなくっちゃ、最後の死華を咲かせてやろうじゃないですか》
《例え、我ら死の影の谷を歩むとも災いを恐れじ, 汝我らと共に在ませばなり…》
クレンショ-伍長が聖書の一節を諳んじる。彼らの挽祷の文句にはふさわしいものであった。
「やれやれ、死に場所は決めていたんだがな」
そう、呟きながら、フナサカは先に地球へと降りた指揮官の事を思い出した。この地球の何処かに彼らはいるのだ。
オデッサの地で出会ったその男の下で戦ったときの充足感は、それまでに経験したことのないものだった。自分が他を補い、己が補われていくその感覚は、言葉にしがたい感覚であった。また再びその境地に至りたかったが、それはどうやら適いそうもない。レーダー上の光点は彼らをかこむように迫ってくる。
「さあ、連邦軍に教えてやろうじゃないか…」
フナサカはプラスチックカバーで封印を施されたスイッチに手をのばし…。
「我ら斬込隊というものを!!」
迷うことなく押し込んだ。背中合わせに円陣を組んだ4機のドム・グロウスバイル。その単眼が紅蓮に燃え上がる。
オデッサで炎とともに消えた一人の戦友が最期に使った手段。リミッターを解除した熱核融合炉が機体の総身に暴力的なまでのエネルギーを送り込む。青白い電光をほとばしらせながら、4機の戦鬼がその真髄を披露するのはまだこれからのことだった。
こちらも2話分を統合再編しております。