巨大な、あまりにも巨大な刃が虚空に唸りをあげる。それはまさに白熱の暴風であった。先端部のスラスターで加速された巨大な刃が不用意に近づいたGMの足を刈り取る。空いた手から飛んだヒートナイフは迷うことなくコクピットを貫いた。
ジオン公国軍のMS4機は獅子奮迅という言葉すら足りないくらいの激戦を繰り広げていた。単眼が宿す紅蓮の光はまさに狂熱そのものである。
過負荷運転状態のジェネレーターから繰り出される凄まじいエネルギーパルスが、即座に機体を駆け巡り、手にした熱伝導兵器を限界まで加熱する。その凄まじい
一撃は、受ければマニュピレーターごと吹き飛ばされるほどの威力がある。
機密保持システム…本来はジェネレーターをあえて暴走させて(核融合反応は非常に不安定である為に鎮静化しやすい)核爆弾化することで高級指揮官の機体に残っている機密データを破棄する事を目的とした自爆装置である。
リミッターを解除されることで生まれる超出力は戦闘能力を爆発的に向上させる反面、機体にかかる負担も倍増するために長時間の使用は出来ない。
当然のことながらジェネレーターが臨界出力を超えた場合、核融合の過剰反応で自爆してしまうため、その特性から「バーサークシステム」の異名をもつ文字通り最後の手段であった。
刀折れ、矢尽き、命尽き果てるその瞬間まで、彼らは戦うのだ。すべては戦士としての矜持と「斬込隊」という尊厳のために。
一機が自分の僚機を守り、ロッテ(二機編隊)がロッテを守る。その単純なルールを混沌と混乱の飛び交う戦場で徹頭徹尾、彼らは遂行した。僚機を狙っていたらしいGMを切り捨てる。
後部警戒レーダーが至近距離に敵機がいる事を警告するが、フナサカはあえて無視した。前方の機体へと踏み込み、真正面から叩き割る。後部の反応が消える。
《…隣人のために、罪を犯すを許したまえ》
レシーバーから見知った声が聞こえてくる。そちらへカメラを向けると、クレンショー伍長のドム・グロウスバイルがヒートナイフを引き抜いてる姿が見えた。
「…助かった」
《お互い様ですよ》
短い受け答えにわずかな笑みを浮かべながら、メインパネルの下の方に残りの可動時間を確認すると、もう30秒をきっている。
古来より伝わる精神書「ハガクレ」は決闘・私闘においては相討ちを最良としている。相討ちであるなら、本懐は果たされ、その後に禍根を残さないというわけだ。
相手と斬り合う時、相手の間合いに入らねば成らず、それを恐れては一撃を加えることは出来ない。死を恐れている暇などない「相手に殺されても、相手を殺す」覚悟で「相手に殺される前に、相手を殺す」のだ。そうして、彼らは自分の身内や主君、そして男としての尊厳を守ってきたのだろう。
初めてその話を聞いたとき、彼は歴史的誇張によって作られた与太話だと思った。だが今は、彼らの気持ちがなんとなく理解できる。男には時に命よりも重い何かがあるのだ。そしてそんな生き方は破滅的な満足感をもたらすのだ。
巨大なヒートソードの先端に据えられた強力なスラスターを使用した変速的な平面機動は機動性に優れたドムをさらに複雑怪奇な機動へと走らせる。片手を繋いだフナサカとクレンショーのドム・グロウスバイルが風車のように回転した。外側の手に持った灼熱の刃が文字通り死の旋風を巻き起こす。
巻き込まれたGMの上半身が空中へと舞い上がり、重力に従って地面にめり込んだ。
残った下半身が力なく崩れ落ちるのを見て、包囲していた連邦のMSが一斉にたじろいだ。
その隙に背中合わせに円陣を組んだフナサカ達は巨大な刃を構えた。拮抗である。だがこのまま時が立てばどの道彼らの勝ちだここを一掃すれば、作戦も進めやすくなることだろう。
刹那、彼らを包囲していたGMの一機が何かに足を取られて躓いた。
同時に足元の地面が盛り上がり、勢いよく飛び出した影が、腕のドリルを叩き込んだ。胸部装甲板が凄まじい火花を散らし、コクピットえぐられたGMがそのまま地面に押し倒される。
「味方…サイクロプス隊か!? 全機システム緊急停止!! 味方を巻き込むぞ」
IFFを確認したフナサカが叫ぶ。
『了解!!』
紅蓮に燃えていた単眼が色を失い。関節各部から煙を吹きながら、4機のドム・グロウスバイルが膝をついた。彼らをかこむように展開したのは、地下からアッグに先導されてきた水陸両用MSの一隊であった。
残り1秒の所でカウンターが止まっている。今更ながらヒヤリするものがフナサカの背筋を走った。突然、うるさいほどに打ち鳴らされているのは、自分の心臓だと言う事に気づいて、フナサカはにわかに薄笑いを浮かべた。
ああ、そうだ。俺はまだ生きている。己の確かな「生」を感じるこの瞬間こそが、彼を戦いの中に繋ぎ止める最たるものであった。
地の底から出現したMS部隊は一瞬の混乱に呑まれた敵機に、容赦なく襲いかかっていた。
ステルス性を考慮した曲線的なボディが、素早く地表へと躍り出る。アッガイは旧式であるが地上での近接格闘性能はザクにも弾けを取らない。
素早く懐に踏み込んだアッガイがクローを使って、GMの手からマシンガンを跳ね飛ばす。巨大な頭に仕込まれた110mm機関砲が至近距離で火を吹いた。
上半身を蜂の巣にされたGMを押しのけて、出てきたGMコマンドがサーベルを振り上げる。
『うおおぉぉぉぉっ!!』
アッガイのパイロットは咆哮を上げながら、ビームサーベルを握った手をアッガイのクローで受け止める。その手を横にいなして態勢を崩すと、逆のクローで頭部をもぎ取った。盲目状態に置かれたGMコマンドは、そのまま後ろに倒れ込んだ。
『よくやった小僧! 後は任せろ。行くぞガルシア!』
『おおよ』
地面にあいた穴から何かがとびだしてきた。背中合わせに飛び出してきたそれは折りたたんで板肩部アーマーを展開すると単眼を光らせた。
空中に飛び出したハイゴッグがブースターを切り離すと、ミサイルランチャーと腹部の120mm機関砲、そして両腕のビームカノンを斉射した。
突然の奇襲に浮き足立った連邦軍MS部隊に逃れる術はなかった。
『ノルトだっつってんだろおっさん!!』
『兄さん! よそ見してると危ないよ』
先ほどのアッガイを狙っていたGMを別のアッガイが殴り飛ばす。
『そうだぜ小僧、一人前扱いしてほしきゃ最後まで気を抜くもんじゃないぜ』
着地したハイゴッグが、地面に倒れたGMに向かってクローを打ち込んだ。そのまま振り向きざまにビームカノンで、背後にいたGMのコクピットを撃ち抜く。
「永らえたか……」
通信機越しの喧騒に耳をかたむけながら、フナサカはシートに深く身を沈めた。窮屈なコクピットの天蓋を見上げながら、男はにわかに遠のいた死を見つめていた。
『まあ、そういう日もありますよ軍曹。どのみち死の谷の影を歩くには不足の無い時代です』
「そうだな…」
クレンショーの楽天的な声に頬をゆるめながら、フナサカは軽くうなずいた。
「……なるほどな。アレが噂のラストリーコンか」
コクピットのモニターに映る特異な形状のドムを見ながら、ハーディ・シュタイナー大尉はため息に似たつぶやきを漏らした。彼らの原隊である
第600軌道降下猟兵大隊の斬込中隊は、この地球で消息を断っているのだ。
その凄絶に尽きる戦いぶりから「オデッサの死霊」と仇名された男たちの最後の生き残りである。
「遠からずヴァルハラで会う事になる、そう考えているのだとしたらあまりにも哀しすぎる。……そう思わんか、バウアー」
自分もその身を案じている戦友の顔を思い出しながら、シュタイナーは戦闘記録の映像ファイルを切った。気を取り直して、ミーシャに向けて通信回線を開く。
「ご苦労だったなミーシャ。俺たちの方は終わった。合流しろ」
『了解しました隊長。しかし、すまじい連中ですね。俺たちがついた頃には半分片づけてましたよ』
「なら、帰りは楽をしてもらわんとな。陸戦隊を回収した後に撤収するぞ。後は本隊の方に任せる」
――― ジャブロー中央区画
MSの傾向する大口径火砲による砲撃が絶え間なく地面を揺らす。両軍ともにMSは大方敵のMSを狙っているのだろうが、その流れ弾ですら地を這う歩兵にとっては脅威である。たえまない砲撃が地面にクレーターを作る。MS同士の銃撃戦はまさに野砲連隊同士の砲撃戦に等しいのだ。
「この中を突っ切るのか、なんとも悲しくなるぐらいの地獄だな」
電子双眼鏡によって拡大された景色はまさに地獄絵図であった。流れ弾に当たった連邦軍歩兵が高々と吹き飛ばされる様は、我が身の明日かもしれないのだ。
「ですが隊長、本隊が到着するまでに片をつけなけりゃ話になりませんよ」
部下の一人が冷静な口調で言う。
「わかっとる。ぼやいてみただけだ」
そう言ってラムジは連邦軍のアサルトライフルを担ぎ直した。エアスクーターとジープに分乗した隊員たちは、全員連邦軍の制服を着ている。変電所で奪取したものだ。
「さあ、行くぞ!!」
ラムジはジープのアクセルを思いっきり踏み込んだ。ガクガクと振動がカラダを揺らす。砲弾の風切り音が耐える事なく聞こえてくる。稜線に隠れながら慎重にハンドルをきる。突然、すぐ後ろを走っていたジープがいきなり吹き飛ばされる。側面にいたエアスクーターも何台か巻き込まれた。
「なんだっ!!」
「隊長! 前方、ザクです!!」
オリーブグリーンの巨体が単眼を光らせながら立ちふさがる。
「もう、こんなところまで…腹を決めろっ! 突っ込むぞぉぉぉぉ!!」
目の前のザクがマシンガンを構える。アクセルを思い切り踏み込むと。ラムジのジープは一直線にザクに向かった。ザクのマシンガンが火を吹く。120mmという一昔前の戦車砲並みの砲弾の爆風に煽られて、ジープがひっくり返りそうになる。
「味方に殺されてたまるか、くそっ!」
すばやく単従陣になった車列が、ザクの股の間をくぐり抜ける。ザクから何かが発射される。それを見た瞬間、全身が総毛だった。
「S-マインです!!」
後部の部下が悲鳴をあげながら車載機関銃を撃ちまくる。何発かの機銃弾が空中のSマインをいくつか無力化するが、残りは起爆高度まで落ちようとしている。
「クソッタレぇぇぇぇっ!!!」
ラムジは思い切りアクセルを踏み込んだ。爆発音と共に大量のベアリング弾がふり降り注ぐ。危うい所で、全ての車両が効果範囲を逃れた。どうやら相手はタイミングを逸していたらしい。
「追いかけてくる気です」
バックミラーにザクが振り返るのが映る。
「手柄が欲しいならMSを狙えってのにクソッタレめ」
ラムジは舌打ちしながら毒づいた。120mmの銃口がじりじりと持ち上がる。
「ここまで来て、味方にやられるのかよっ!」
「目を開け! 口を開くな! 俺達はまだ生きとるっ!!」
悲鳴をあげる部下を叱り飛ばしながら、実を言えば言葉の大半は自分に向けたものであった。冷たい汗が背中をひた走る。それでもラムジはアクセルから足を離さなかった。諦めるのは、死んだあとでも十分出来る。次の瞬間、砲弾の風切り音が頭上を掠めた。一瞬、撃ってきたかと思ったが先ほどと音が違う。
「隊長! ザクが!!」
一瞬バックミラーに目をやると、砲撃でよろめくザクの姿が目に入る。前方の稜線の影に何かが光る。
「61式か……!?」
61式戦車の一個小隊がどうやら救援に駆けつけてきてくれらしい。150mmをツルべ撃ちにされてはいかなザクと言えど分が悪い。あっという間に砲弾の雨にさらされてザクが肩膝を着く。
《こちら第112戦車小隊! 大丈夫か!!》
先ほどの戦車部隊から無線が入る。
「ああ、助かった。感謝する……ザクはどうなった」
《きっちり撃破してやったぜ》
無線機からの弾んだ回答に、一瞬、ラムジは表情を硬くした。
「いい腕だ。今度いっぱいおごらせてくれ」
《この、ゴタゴタが片づいたらな。楽しみにしてるぜ》
無線を置くと、ラムジは黙ってハンドルをにぎり直した。
「なんだか複雑な気分ですね」
後部で機銃を握っていた部下が、ポツリと漏らす。
「単純にいかないのが戦争ってもんだ」
そっけなく部下に答えながら、ラムジは視界に映る巨大な建物をにらんだ。目指すはジャブロー中央司令部。それこそが彼らにとっての「吉良邸」である。
《コアブロック以外の守備隊は全てコアブロックにまわせ!! 物量で押し切れば勝てるぞ》
《外側から輪を作ってやつらを袋のねずみにするんだ!!》
《Bライン突破されました》
《小部隊に分けたMS部隊による浸透戦術だと…なんていう指揮能力だっ! 化け物め》
忙しそうに働く部下たちの姿をモニター越しに眺めながら、ゴップは退屈そうにスイッチを切った。
「情勢は、はなはだ不利……か」
一人つぶやきながら、ゴップは真実退屈であった。実際、高級将校用の執務室というやつには、トイレまで完備されているからして、
口実に外に出ることもできない。実に不便なものなのだ。
恨めしげに執務室の扉を見つめながら、ひとつため息をつくと、そこに立っているであろう兵士たちのいかめしい表情を思い返した。
どの道そんな方便など通用しようはずも無いことに気づいて、彼は再びため息をついた。
一応、上級将校ではあるもののゴップはMS開発などに携わる後方勤務であり、戦闘部隊への指揮権は持っていなかった。それどころか、現在の指揮官(名前は失念したが確か准将だった)はレビル派の若手将校の一人であり、ゴップのことを軟禁状態にした張本人であった。
今回の戦争は明らかに地球連邦に非があることはゴップも知っていた。連邦議会はこの地上で植民地に対する抑圧と無理解が幾多もの戦乱の種となったことを学びも
しなかったらしい。
約1世紀にわたって宇宙移民に、そして地上においては地球連邦議会非常任理事地区へと向けられた理不尽の数々。極めつけはコロニー管理局の手ちがいによるズムシティの隕石落下である。例え戦争継続がザビ家の思惑によるものであろうと、苗床を醸成し続けたのは地球連邦という名の腐敗である。
正直に言えばレビル思惑は彼にも察しきれぬものがある。だが、それが何であろうと数百年にわたる議会制民主主義は、もはや再建不可能なレベルまで連邦を堕落させていた。
そして、長い年月をかけた滞積した憎悪を洗い流すには血が必要なのだ。憎悪に見合う量の、ともすればそれ以上のものが・・・。
「それとも、全てて分かってやってるのかね、レビル君」
ゴップは執務室の天井を見据えると、そのはるか先の宇宙(そら)をにらんだ。ふと、過日、連邦へと亡命した科学者が唱えた「NT脅威論」を思い出した。
NTと呼ばれる次世代型人類が旧型人類に牙をむく前に抹殺すべきであるとする、理論である。
「くだらんな」
ゴップははき捨てるようにつぶやいた。刹那、建物が大きく揺れる。大方、至近弾でも着弾したのであろう。
「我々は老いた。もはや次の世代に道を譲るべきなのだ」
また、大きな振動が彼のいる建物を襲う。本棚に納められていた資料がばさばさと落ちる。忌々しげにねめつけて、ゴップは個人用の通信端末を手に取った。
「すまんが書類の整理に誰かよこしてくれんかね。表の彼らでもいいんだが…」
《…ゴップ大将。今それどころでは!! 閣下…おに…》
えらくあわただしく通信が切れた。なるほど、どうやらそろそろかたがつくらしい。まあ、さっさと決着がつくに越したことはないが、それにしてもあわただしいものだ。
「閣下、今すぐお逃げください」
間髪入れずに飛び込んできたのは先ほど、扉を警備していた警備兵達が執務室に踊りこんできた。
「私はここに最後まで残るよ。君たちこそ早く逃げたまえ」
ゴップがけだるげにいうと、警備兵は突然銃口を向けた。彼はチラリと片目を開けてそちらを見ると、穏やかな口調で言った。
「…何のつもりだね」
「司令部はここの爆破を決定しました」
警備兵が事務的な口調で答える。
「私はそんな事を許可した覚えはないんだが?」
「閣下には了承して我々と来ていただくか、でなければ力づくでもご同行いただきます」
「…で、私に全てをおっかぶっせるわけかね? レビルかぶれの若造どもが考えそうな話だ」
「うるさい! 貴様がジオンと内通してるのはわかってるんださっさと来い」
だんだんと事務的な口調から熱のこもったものに変わってくる。ゴップは小さなため息をつくと、両手をあげた。
「外交チャンネルを持っているだけでスパイ呼ばわりとは……まあ、いいだろう」
「では、同行して…「断る」 何!?」
きっぱりとした口調でゴップは言った。兵士があっけに取られて彼の顔を見ている。
「私は腐っても大将でね。君も兵士なら階級には敬意を払いたまえ。貴様やレビルかぶれの小僧に言なりになるほど、こいつは安くないのだよ」
そう言いながら指で襟の階級賞を弄ぶと、ゴップは軍帽をかぶりなおした。
「・・・貴様!!」
顔を真っ赤にした兵士が問答無用で銃の引き金を絞ろうとした瞬間。ゴップの目は、彼らの背後から走ってくる兵士の一団をとらえた。
「排除!」
簡潔にくだされた命令に、ゴップに銃を構えていた兵士たちが振り返る。
刹那に響いた銃声は、外部の爆発音にかき消されされた。フラッシュハイダーによって抑制された発砲炎と共に発射された銃弾が二人の兵士の頭部を吹き飛ばした。
遅れて胸部に着弾した次弾が胸板をぶち抜き、内臓を撒き散らす。糸の切れた人形のように崩れ落ちた二人の兵士のあとには、ただ血と硝煙の臭いだけが残っていた。
目の前ですさまじくグロテスクな光景が展開されたというのにゴップは不思議と落ち着いていた。幸運なことに、彼の脳みそは目の前の事態を処理し切れていないらしい。
そんな、彼には目もくれず連邦兵士の格好をした男たちは、彼の執務室に踊りこんだ。ゴップの机にある通信機をいじりながら、回線の周波数を調整している。
「こちらα分隊、目標を確保した。遅滞行動中のβは速やかに合流せよ」
簡潔に話し終えると隊長格らしい男がゴップへと振り返った。正確で力みのない動作で敬礼をすると、いささか丁寧すぎる連邦標準語で話し始めた。
「もう、お察しかと思われますが、自分たちはジオン公国特殊部隊であります。閣下を捕虜にさせていただきます。できるだけ南極条約にのっとった扱いをお約束いたします
ので、無駄な抵抗はされないほうが賢明かと」
長い台詞を一息で言いながら、男は精悍な眼差しでゴップを見た。
「了解した。まあ立ち話もなんだ。かけたまえ」
あまりにもあっさりとしたゴップの答えに男たちは怪訝そうな顔をする。ゴップは気にせず自分のコーヒーを用意しながら、隊長格の男に振り返った。
「時に君、結婚はしているかね? もしまだなら……」
お嫁さんを紹介してあげよう、一年戦争に止めを刺した一連の出来事がこのような言葉で始められたことは意外と知られていない。
――― ジャブロー 造船区画
「しかし、壮観だな」
目の前にかしずく水中用MSの一団を見ながら、男はタバコを咥えた。火は付けない。作戦成功までの我慢だが、それももう近い。彼の目前にはにわかに増強された隊のMSが彼の命令を待っている。風景を見れば破壊の限りを尽くした港湾施設に建造途中の艦艇が転がり。ドック自体も修復不可能な損傷を与えている。
守備隊はわずかな兵をまとめて降伏しており、彼らの任務は残すところあと僅かばかりである。
《隊長、ミーシャ中尉の隊が先行していた陸戦部隊を回収したそうです》
無線から、やや興奮気味の声が流れてくる。
「落ち着け、報告は正確でなければ意味がないぞ」
《ケラーネ将軍の本隊到着前に敵総司令部に潜入。目標を確保し任務遂行後、脱出したようです》
「当方の損害は?」
《若干名、ですが作戦遂行に支障なしだそうです》
「ご苦労、ラスト・リーコンのほうはどうだ?」
《…は、全機健在であります》
小隊の指揮をとっている「フナサカ」という軍曹が誇らしげに答えた。
「さすが斬込隊の生き残りと言うべきか、とにかく朗報だな。全機撤収開始! ミーシャ達とは海中で合流する。 最後まで気を抜くなっ!!」
気迫の篭った声が返ってくる。他方、いずらそうにしているのはラスト・リーコンの面々であった。
《我々は機体を破棄したほうがよろしいのでしょうか?》
先ほどとは討って変わってしおらしい声だ。無理もあるまい。ここまで激戦をともにしてきた愛機といったら自分の分身のようなものだ。
「そんな時間はないぞ軍曹。貴官らは我々が曳航していく」
水中用MSのパワーならMSの1個小隊程度、牽引していくのは訳ないことだ。
《感謝します。シュタイナー大尉》
4機のドム・グロウスバイルが一斉に敬礼を見せる。そこへ緊急回線で一通の映像ファイルが送信されてきた。
そこには爆発して崩れ落ちる連邦軍本部が映っていた。
「どうやら作戦は成功したらしい。…これから、アフリカまで逃避行だ」
オープン回線にして部下に聞かせると、爆発するような歓声が帰って来る前に通信を切った。シュタイナーはニヤリと笑いながらタバコに火をつけると狭いコクピットに紫煙を溶かした。
――― 宇宙 地球連邦軍連合艦隊合流地点
「…レビル将軍。ジャブローが陥落しました」
その報告を受けた瞬間、レビルはわずかに瞠目したが、すぐに平静を取り戻した。
「何をうろたえているんだね。まだ我々がいるじゃないか」
「それが、本部に侵入したジオン軍のコマンド部隊によって連邦軍の戦略ネットワークは8割が破壊され、非常任理事地区への工作記録などの外交機密が全て暴露され
連邦議会は大混乱になっているようです。常任理事地区の不信任決議が巻起こっているようです。アフリカ地区に至っては北部連合が連邦からの離脱を宣言しました」
「なんと…これは、やられてしまったな」
旗艦の艦橋に据えられた指揮官席に、がっくりと腰をおろすとレビルは帽子で顔を隠して苦笑を浮かべた。
「これで、戦いは続くだろう。今度は互いに流し切れるすべての血を流すまで……。それまでしばしの休息か」
ふと、ジャブローにいるであろう旧友の顔を思い出して、レビルは地球の方向を見つめた。
「……この戦、一体誰が勝ったのだろうな」
何処までも続く深い闇を見つめながら、レビルは誰に言うともなく、つぶやいた。
数日後、地球連邦とジオン公国は、ジオン公国側が地球の動向を監視するために駐屯を認められた北アフリカ地区の部隊を残して地上から撤退することで
休戦に合意した。両軍共に仕切りなおす形の休戦であり、戦乱の火は未だ消え去ったわけではなかった。
この経緯があってジオン軍水中艦隊がアフリカにいたりします。