――― 久里浜近海 東京湾海底谷 水深550m
海中深くを黒い影が、魚たちを追い散らしながら進んでいく。巨大な質量が水を押し分け、流線型の船体の周囲を流れる海水は側面と後部の水流取入れ口から、超電導推進機関に送られ、高速水流として後方に排出される。
この世界においてこの機関を実装している艦船は存在しない。しからば、その所属はいずれのものであろうか・・・。
船首の魚雷発射菅の後方に一つの紋章が書かれている。翼を持つ剣を想起させるそれは、紛れもないジオンの旗印であった。
《見送りご苦労、感謝する》
MS発着ベイから手短な通信が入る。映像パネルに、シルバーブロンドの髪を後ろで纏めた精悍な顔が映る、
「それでは、ガトー少佐。ご武運を」
艦長は丁寧に答えると艦艇にある第1・と第2ベイに注水するように指示した。
《いいか、ミーシャ。貴様の任務はバックアップだ。海底に待機して不足の事態に備えろ。チャンネルは空けて置けよ》
《・・・了解》
「シュタイナー大尉、我々は予定どおり子の地点で待機する。任務の成功を祈る」
部隊長の男は艦長と同じくらいの年に見えた。浅黒い顔に髭を蓄え、緊張の中にも余裕が見える。
「格納庫開放完了! いつでもいけます。・・・幸運を」
若いオペレーターが叫ぶ。浅黒い顔が僅かに微笑んだ。
《感謝する。サイクロプス隊! 出るぞ》
開け放たれた格納扉に固定された2機のMSが海中に投下される。この世界でも見られるようになったMSM-04 アッガイ。曲面を多用し、ステルス性に富んだその機体は潜入任務にはぴったりである。
「タンク注水。深深度潜航」
「了解。タンク注水。深深度潜航」
艦体がゆっくりと海の底へと沈んでいく。深く静かに潜行し、ただ、ひたすらに時を待つ。それが今の彼らの任務だった。
――― 2000年6月16日 トップ小隊対BETA演習
《小隊長より各機へ、状況確認》
「さ、索敵警戒中の我々は大隊規模のBETAを確認。遅滞戦闘を行いつつ撤退します」
落ち着いた女性の声に、あわてたような少女の声が答える。
「大丈夫、やれる……しっかりしろ、あたし」
レーダー上に写る大量の赤点を見ながら、純夏は背筋を振るわせた。ヴァーチャルの映像とはいえ自分たちの町を故郷を破壊した恐るべき敵だ。
一瞬、胃の腑を突き上げるような不快感が彼女を襲った。
『…知ってる。この感覚前にも』
《落ち着けカガミ上等兵。ロッテを組みつつ互いを支援》
小隊長であるトップの声がレシーバーから響く。純夏ははっと我に返って、メインカメラに写る敵影をにらんだ。荒涼とした大地に土煙が立っている。
《敵前方距離1500! アス、分かってるな》
《分かってますよ。餓鬼じゃあるまいし…。御守が必要なのは1人で十分でしょう》
不機嫌に答えたアスのザクⅠがスモーク弾を一発射出する。空中で炸裂したスモーク弾がくもの巣のように広がる。
《射出物に対する反応なし。敵にレーザー級はいない模様》
デル軍曹の緊迫した声が響く。
《よし、落ち着いて訓練どおりやるんだ。距離1000を切ったら射撃開始。前衛の足を止めろ》
脇に見えるトップのザクⅠが120mmザクマシンガンを構える。火力担当のデル軍曹のザクⅠもハイパーライフルを構えている。
「り、了解」
《撃てえぇぇぇぇぇっ!!!》
4機のザクⅠが射撃を開始する。120mmの射撃振動が僅かに機体を振るわせた、鮮やかな低伸弾道を描きながら火線がBETAの前衛集団に喰らいついた。
着弾した120mm砲弾が派手な土煙を立てる。望遠照準に写る突撃級が蹴転んでいる様を見るに、砲弾破片が足を切り裂いたのだろう。半死半生の突撃級をよけようとBETAの隊列が乱れる。
トップのザクⅠが単発射撃でMMP-78型マシンガンを連射する。120mmの数発で脚部を吹き飛ばされた要撃級が地面に転がるその上を赤い絨毯のような戦車級が乗り越えてくる。
《戦車級だ! 絶対に近づかれるな!!》
純夏は必死でトリガーを絞る120mm砲弾が連射され、赤い絨毯を吹き飛ばしていく。
《よし! 退くぞっ!! カガミ! しっかりついて来いよっ!!》
「はいっ!」
トップのザクⅠが後方へ噴射跳躍する。純夏もそれに続く。デルとアスのザクⅠが細やかにそれを援護している。新兵である純夏をフォローできるようにという態勢だ。僅かに申し訳なさを感じながら、純夏も後方へ跳んだ。
内臓の浮き上がる浮遊感を感じながら直後に襲ってくるであろう着地の衝撃に身を固めた。
《よし、次はデルとアスを援護するぞ》
向き直って射撃を開始する。高度を低くたもった鋭角的な噴射跳躍で撤退してくる2機のザクⅠを見つめながら純夏は迫りくる醜悪な軍勢へトリガーを絞った。感覚が発砲炎と射撃振動のみに彩られていく。
「弾切れ!?」
警告音がコクピット内に鳴り響く。
「り、リロード」
《カヴァーする》
先に跳躍し、体勢を整えたデル機が射撃を開始する。純夏は息を深く吸いなおすとリロードの操作を行った。
『……あせるな一つずつ確実に』
あせって失敗すれば二度手間になってしまう。焦燥感に抗いながら空になったマガジンを捨て予備のドラムマガジンを装着する。
「射撃再開しますっ!!」
トリガーを絞る。120mmの火線を受けて
《おせーぞ小娘、殺す気か》
砂交じりの不機嫌な声が響く。
「す、すいません」
とっさに謝るスミカだが、アスの彼女に対する態度はなぜかいつも不機嫌で、どこか目の敵にされている様な気がしてならなかった。
小隊長であるトップもそのことには頭を悩ませているようだった。だが、そんなことを気にしている余裕は純夏にはない。
《無駄口を叩いてる暇があったらさっさと機体を動かせっ!》
トップの怒声が響く。
一瞬、レーダーに目をやると大量の赤点が今にも覆いかぶさらんとしているのが見えた。純夏の背中に冷たいものが走る。
『…怖い。逃げたいよ。でも、ココで逃げたら……ココで逃げたら私は』
鳴りそうになる歯をかみ締めながら、純夏はトリガーを引く。ただ、標的に砲弾を撃ち込むことだけに集中する。
200m前方に地中から敵集団が表れたのはそのときだった。
《な、畜生!!》
噴射跳躍中のアス機が突撃級に足を引っ掛けて地面に突っ込む。
「アスさん!!」
《アス! 大丈夫か!?》
デル軍曹が通信機で呼びかける。
《畜生! ランドセルが……》
どうやら墜落の衝撃でアスのザクⅠの噴射跳躍装置が壊れているらしい。赤い絨毯のような戦車級がアスの機体に群がる。
《糞が舐めるんじゃねぇっ》
アスのザクⅠがS-マインを射出する。空中で分散した複数の子弾が炸裂し地上に散弾をばら撒く。鋼鉄のベアリングが雨のように降り注ぐ。
肉と内臓にまみれながらアス機がむくりと起き上がった。
「アスさん! 後ろ!!」
純夏がとっさに叫ぶが間に合わない。起き上がったアスのザクⅠを要撃級の前肢が襲う。
《ぐあぁぁぁっ!!》
アスの機体が地面に殴り倒され、そこに戦車級が群がる。赤い蜘蛛に覆われていくアス機の足元に純夏は何かを見た。
否、それが何かは十二分に分かっていた。彼女はそれが何であるか十分すぎるほど良く分かっていた。それゆえに、彼女の目はそれを見逃さなかった。
その白い影はMSの足元で何かを待っているようだった。
「なにを…」
何をする気なのだろうか、否、脱出した衛士を逃がさぬつもりなのだろうか、確たる根拠は無いが血なまぐさい想像が、頭にあふれた。
「あ、ああ……」
迷うなど愚問だ、奴らは殺すためにいるのだ。蹂躙し、引き裂き、奪うのだ。家も家族もそして大切な人も・・・・。
「あああ……」
どくん、と心臓が多きく脈打った。内臓を鷲掴みにされたような不快感が彼女を襲う。
白い醜悪な影、MSに乗っている限り脅威にはならないそのシルエット、座学で見た時の何倍もの不快感が胃を弄ぶ
「兵士…級」
口の中がカラカラに乾く、喉の奥から搾り出した言葉。その意味を認識した瞬間に、背骨が凍りつくような寒気を覚える。直後にひときわ大きな不快感が胃の腑を突き上げた
「うっ、うげぇぇぇぇぇっ」
溜まらず純夏はえずいた。朝食べたものの残りを吐き出す。胃液の苦い味が口の中に広がる。
こみ上げてくる涙で視界がゆがんだ。
「……いや」
うるさいほどになり続ける心臓の音が途切れたのは、自分が絶叫しているからだと言うことに、純夏は気づいた。
《カガミ上等兵っ! しっかりしろ!! どうしたんだ》
遠くでトップ少尉の声が響く。ふと純夏は自分が操縦桿を握り締めていることを思い出した。
カメラには、さらに赤い影にたかれ必死で振り払おうとするアスの機体が写っている。
不意に先ほどまでの不快感が収まり、別の何かが純夏の中から込みあげてきた。
「…………ぇせ」
汚物のすえたにおいが気持ち悪い。腹の底からわきあがる恐怖を感じながら、彼女はもっと奥底に別のものを感じていた。
「……返せ」
はらわたを焼き尽くすような、どす黒い怒り。胸を引き裂くような衝動が出口を求めて、体の中を暴れまわる。
「返せえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええっ!!」
瞬間、爆発的な憎悪に身を焼かれながら、彼女はその訳を理解していた。悲しみ、屈辱、憤怒、悔恨、それら全ての感情は何故だか覚えのあるものだった。
そして、そのすべてが、うるさいほどに叫んでいた。
「奴らを殺せ」と叫んでいた。
少女の咆哮に答えるように、ザクⅠのバックパックが起動した。瞬間的に生み出された膨大な推力が重厚な機体を加速させる。
横たわるアス機の隣に着地する。着地と同時に射出されたSマインが空中で子弾を展開し幾重もの傘を作る。そしてそれらの骨の先にある弾子が炸裂し、獅鉄の雨を降らせた。
降り注ぐ散弾がザクⅠの装甲に当たって甲高い音を立てた。体液と肉片が土と共に舞い上がり、刹那に赤い雨となって地上に降り注ぐ。
その中をスミカのザクⅠは歩いていた。装甲を真っ赤に染め上げて、まるで煉獄に焼かれたように地獄のような光景を歩いていた。
《……殺してやる》
赤い霧の中で、純夏のザクⅠの銃口が火を噴いた。
至近距離で放たれた120mm弾は直前まで迫っていた要撃級を貫き、その後ろにいた突撃級の甲殻にヒビを入れた。
《…殺してやるっ!》
執拗に撃ち込み続ける少女に、トップは声をかけることも出来なかった。
120mm砲弾が、もはや絶命した要撃級をボロクズに変え、後ろの突撃級の甲殻を打ち割った。
体液をこぼしながら突撃級の足が止まる。
マシンガンの弾が切れた。
レシーバーから警報と僅かな舌打ちが聞こえる。
純夏のザクⅠはすばやくマシンガンを投げ捨て、ヒートホークを抜き、そのまま突撃級へ疾走した。
《……もう何も渡さない》
一足飛びに突撃級に飛び掛る。甲殻の隙間にヒートホークを叩き込んだ。
返り血のように体液がザクⅠにはね飛ぶ、灼熱の刃が肉を焼き蒸発した体液が赤い霧となってその場に立ち込める。
《…おい、何熱くなってんだガキ。これは訓練だぞっ!!》
戸惑いを含んだアスの声は、もはや純夏の耳には届いていない。彼女は、ただ自身の憎悪の声を聞いているのだ。
そしてその声は、殺せ、と叫んでいるのだ。今まで培ってきた自分の全を使って、たとえ命が燃え尽きようとも、心臓の鼓動が止まるその一瞬まで・・・。
《もう、何も渡さない…!》
突撃級の死体からザクⅠがヒートホークを抜こうとする。だが炭化収斂した生体組織と甲殻がそれを阻む。
「カガミ、後ろだ!!」
あっけにとられていたトップがとっさに叫ぶ。斧を抜こうと悪戦苦闘する純夏の機体の背後から要撃級が近づいてた。
「……くそっ!!」
要撃級が前肢を振りかぶる。射線に純夏の機体が重なっていて援護することも出来ない。
《お前たちなんかにぃっ!!!》
カガミ上等兵の叫びが聞こえる。
前肢が無情にも彼女の機体を串刺しにする……はずだった。
振り返りざまに、まるで熟練した格闘家のように、カガミ機が要撃級の一撃を片手でさばいた。
要撃級の前肢とザクⅠの手甲が火花を散らす。
《何も、渡すもんかあああぁぁぁぁぁっ!!》
絶叫と共に繰り出されたのは懐に滑り込むような主脚機動と、低姿勢から腕・腰の捻り、重心移動の全てを使ったストレートだった。
鋼鉄のこぶしが要撃級の顔面を打ち砕き、頭部までめり込んだ拳をそのままさらにひねりこむ。
歯のような感覚器官が体液と共にぼろぼろとこぼれおち、要撃級が溜まらずあとずさる。
純夏のザクⅠがまるで誘導するように別の要撃級の一撃をかわす。目標を失った前肢がさっきの要撃級を直撃した。前肢の突き刺さった要撃級は明らかな戸惑いの動きと共に膝を屈した。
《あいつ…まさか、見えてたのか!?》
デルが呆然とした声で言う。
「まさか、そんなことは…」
ないだろう、とは言えなかったのは、トップにも見えているようにうつったからだ。
『だが、そんなことは些細なことだ』
心の中でトップは思った。純夏の機動は怒りに任せたものであり、すぐに死を招く致命的なものである。にもかかわらず、純夏のザクⅠは未だ立っていた。
それどころか、純夏のザクⅠは仲間に一撃を与えた要撃級の腕の付け根に蹴りを入れた。前肢を突き入れられていた要撃級の腹が破け体液が地面に零れ落ちる。そのまま千切れかけた要撃級の前肢に手をかけると力任せにもぎ取った。
《うわああぁぁぁぁぁっ!!!》
それを槍のように構え、今度は突撃級を横から串刺しにした。甲殻の内側を抉る様に前肢を刺し込む。
《みんな、みんな、お前らに取られて…》
もともと、センスは良かったのかもしれない。基礎体力はそれなりにあったと言う話だ。
前肢の刺さった突撃級、機重をかけてその前肢を抉りまわす。体液を撒き散らす突撃級に、さらに蹴りを入れて、もっと深くまでえぐりこむ。
《お前らに奪われてっ・・・・・・・・》
搾り出すような怨嗟の声がレシーバーから響いてくる。
慈悲も、恐れも、凄まじいまでの憎悪に飲み込まれ、彼女を縛るものは何も無いのだ。
機体を肉片と体液でどろどろにしながら、彼女の機体はまさに手負いの獣のように戦った。
彼女は教えられたことをしているだけだった。教えを生かすだけの才能があった。生かせるだけの努力もした。それは本来なら決して目覚めることはなかったのだろう。
(本来なら、平凡に生きて、結婚し好きな男と家庭を持つことを夢見るような……)
ごく平凡な少女だったのだろう。すべてを失い絶望し、そしてそのすべての元凶に対してどれほどの憎悪を抱いたことか・・・。
少女の血を吐くような咆哮を聞きながら、トップは思った。
(私たち皆でやったんだ……』
精鋭ぞろいの特殊部隊による特別訓練、僅か14歳の少女に耐えられる物だろうか。
「普通」なら無理だ。本当を言えば、トップは彼らが手加減をしたのだと思っていた。
そうではない、彼女は耐え切ったのだ。屈しようとする膝を、折れそうになる心を、屈辱が、憎悪が、悔恨が、そしてそこから生まれた願いが、支えてきたのだ。
《全部、奪ってやるっ……!!》
ブーストで浮き上がったスミカのザクⅠが組み合わせた両手を突撃級に叩きつける。超硬度の甲殻の下にある柔らかい肉が衝撃で叩き潰され、たたらを踏んで痙攣する突撃級の甲殻の下からは体液が乾いた地面に吸われていく。
そのまま倒れた突撃級の甲殻に手をかけると背後の肉に片腕を突き入れた。
《 奪い続けてやるっ!!!!! BETAあああぁぁっ!!!》
そのまま中にある何かを引きずり出しながら、少女は吼えた。
レシーバから響く少女の声は慟哭のようでもあった。聞きながら、トップは唇をかみ締めた。
つう、と一筋の血が野戦服の膝に落ちる。唇を噛み切ったのだ。
野戦服に落ちる血も口の中に広がる鉄の味も彼女は全て無視した。
「皆でよってたかって…」
搾り出すように呟く。黒く燃え盛る闘志を、彼女は見たような気がした。彼女の才能は開花したのだ。殺戮本能とも呼べる才能が……。
「…………彼女はどうしています?」
マ・クベは静かにたずねた。
「このあとすぐに訓練を中止したそうだ。医務室に運ばれておる」
「やり切れん話だな……」
ため息を付きながらパイパーが細巻きを灰皿に押し付ける。
「大佐、我々は戦争をしているのです」
マ・クベが静かに言った。冷たいほどの声音で、男は言い切った。
「彼女も例外ではありません」
細巻きの煙を吐き出しながら、男は灰皿に灰を落とした。しばし、無言で二人は男たちはにらみ合った。
ふとパイパー大佐は席を立つとマ・クベに向かって歩いてきた。マ・クベのそばまで来て足を止めるとじろりとその顔を見下ろした。
「確かに貴様の言う通りだ。俺たちは戦争をしている」
大佐が唐突にマ・クベの胸倉をつかむと、無理やり立たせる。燃えるような視線がマ・クベに突き刺さる。
「そして俺は貴様の上官だ。である以上は、貴様の咎は俺のものなのだ。決して、貴様個人の懐に収めて良いものではない」
押し殺した調子で言うと、大佐は手を離した。
マ・クベは自分の襟元を治すと、大佐のほうへ向き直った。
「……申し訳ありません。大佐」
執務机の椅子に沈み込むように座ると、僅かに疲れたように、パイパーがたずねた。
「どうして、どいつもこいつも苦労を背負い込もうとするんだ?」
マ・クベは僅かの間、考え込むとアイスブルーの瞳をパイパーのほうヘ向けた。
「我々が軍人だからでしょう」
「全く、俺も貴様もとんだ阿呆だな」
苦笑を浮かべながら先ほど消した細巻きをくわえてマッチに手を伸ばした。
「そうでなければ、こんな商売は出来ないでしょう」
僅かに笑みを返しながら、マ・クベは机からマッチの箱を取ると一本擦って差し出した。
差し出された小さな火に顔を近づけて、パイパーは細巻きに火をつけた。
「まったく、貴様の言うことは一々筋がとってて腹立たしい」
二人の吐き出した煙が執務室の天井で混ざり合い、溶けていった。
しばらくそうやっていると、唐突にパイパーの机にすえつけられた通信機がなり始めた。
「ん?」
怪訝な顔でコンソールを操作すると、パネルにウラガン大尉の顔が映る。
「どうした?」
ウラガンは珍しくあわてた顔をしており、その様子に、二人にも瞬時に緊張が走った。
「マ・クベ中佐はそこにいらっしゃいますか?」
「ああ、ここにおる」
「コウヅキ大佐から・・・その・・・中佐に来客があると」
それを聞いて思わず二人は顔を見合わせた。たかが来客程度でそこまであわてる必要があるのだろうか。だが、ウラガンの話はそこで終わりではなかった。
「今からその方にお繋ぎします」
画面に出てきたのは国連の黒い軍服に身を包んだ。1人の男だった後ろに数人の男の姿がある。
男はシルバーブロンドの髪を後ろで束ね、直立不動の姿勢をとった。
「私がマ・クベ中佐だが。君は?」
「中東方面支社のガトー少佐であります。マ・クベ閣下、ノイエンビッター少将閣下の使いで参りました」
「「!!!」」
一瞬、聞き覚えのある名を耳にしたような気がして、マ・クベは顔をしかめた。しかし、活目すべき点はそこではない。その男は完璧なジオンなまりでその言葉をしゃべったのだ。
「ご苦労だった少佐。君を歓迎する。ところで、私は今は中佐でね。閣下と呼ばれる立場ではない」
マ・クベは冷静に答えた。隣で聞いているパイパー大佐は顔を引きつらせている。
だが、その相手が返した答えはもっと信じられないことだろう。
「失礼ながら、それは間違いです。閣下はそう呼ばれるにふさわしい階級の方です」
そこまで言われて、マ・クベははっとしたような顔をした。
「それはつまり、私達が特進したと言うことかね」
そう、つまりこのガトー少佐という男はマ・クベ達より後の時代から来たことになる。パイパーも気づいたのかマ・クベに目配せをした。、マ・クベは黙って頷いた。
「ええ、特進いたしました。我々は連邦に勝利し、そこに大きく寄与した閣下と第600機動降下兵大隊の方々は特進いたしました」
パイパーが苦笑いを浮かべながら「俺も中将閣下ってことか?」と呟いた。
ガトー少佐はもう一度、居住まいを正して、教本どおりの敬礼をした。
「自分も現職の御方にお会いするのは初めてです。お会いできて光栄です。マ・クベ元帥閣下」
「なっ!! なんだとっ!?」
「………………」
パイパーは思わず大声を上げてしまった。だが、目の前の男はそういう冗談を言う類の男には見えない。ふと静かな当の本人を見ると、今度は笑い出しそうになった。
マ・クベは卵でも投げ込みたくなるような大口を空けて、言葉を失っていた。おそらく、この男のこんな顔を見れるのは、それこそ望外の幸運なのではないかとパイパーは思った。
リディア「3!」
リディア「…に、2?」
リディア「………1?」
パイパー「状況開始!」
リディア「UN-LUCKラジオって、スミカ、なんで膝を抱えて部屋の隅に…」
純夏「………………ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」
パイパー「それはだな、折角出番が来たと思ったら前回の期待(?)を裏切らずに、どす暗い出番になったからだ」
リディア「でも、作者はこれで純夏の魅力にめろめろになる読者が増えるはずだ! て、なんかやり遂げたような表情で言ってましたよ」
パイパー「それは奴の腐った頭が満足しているだけだ」
リディア「それにしても、教えた甲斐はあったというか、さすがはマ・クベ斬込隊の秘蔵っこというか」
パイパー「納得いかない顔だな。確かに貴様(スナイパー)の弟子としては、失格だろう」
リディア「自分の心を殺して、常に冷静にってのが鉄則ですから」
パイパー「そこがより野蛮な白兵戦闘での心の持ちようの差だ」
リディア「レンジの違いって事ですか?」
パイパー「そうだな。スナイパーはアウトレンジ…厳密に言えば違うが、この場合は、単純に射程ではなく相手に認識されていない距離という意味だ…で戦う。しかし、白兵戦闘の場合、どうしても相手に認識される距離で戦う」
リディア「確かに私達は最初の一発を撃つ前に相手に認識されたら終わりですからねぇ。カウンタースナイパーに発見されるリスクはありますけど」
パイパー「つまり、こちらが攻撃するためには相手の攻撃圏に入らなければならない。つまり、反撃されるリスクどころか、先にこちらが攻撃されるリスクが高いわけだ。それがより明確な脅威として認識されるのが白兵戦という距離だ」
リディア「・・・なるほど」
パイパー「旧世紀のジャパンの戦士たちが唱えた、武士道とは死ぬことと見つけたり、死中に活あり、という発想の根本にあるのはそこだな。相手に攻撃されるリスクはある。しかし、だからといって相手の攻撃するに任せていては技量に明確な差がない限りは勝ちを拾うのは難しい。
つまり、相手に攻撃されるリスクを背負ってでも相手に向かっていかねばならない」
リディア「肉を切らせて骨を絶つ、ですか?」
パイパー「そのとおりだ。死や怪我をするというリスクを恐れれば、踏み込みが足りなくなる。そうなれば、自分の剣は相手に届かない。しかし、相手の射程には入ってしまうという最悪な情況になる」
リディア「じゃあ、今回の純夏ちゃんは」
パイパー「ある意味、運が良かったのだ。もともと持っていた間合いを読む才能と、死を恐れずに相手の懐に飛び込ませた憎悪が、あれだけの戦果を残す結果になったわけだ。まあ、当然長続きはしない戦い方だがな」
リディア「じゃあ、これを克服できなかったら」
パイパー「その先を言えば、ラジオではすまなくなるから言わんぞ。そう言えば突撃砲の相性についての質問があったな」
リディア「はい、機体によっては相性の悪い突撃砲があるという話を聞いたとか」
パイパー「それはソフト面の問題だろうな。国によって突撃砲の弾倉形状は異なる。当然収納場所も違ってくるわけだが、それを日本の突撃砲を扱うプログラムでは扱い切れないということだろう。
動作に僅かな誤差が出てくる。弾倉交換なんて複雑な動きならそれはなおさら致命的になる。
そも、国際的な規格統一が出来ないところは、致し方ないだろう」
リディア「つまり、その国の突撃砲用にソフトを組んでしまえば問題ないと・・・。我々のMSが連邦MSの火器を使うと戸惑うところがあるのと一緒ですね」
パイパー「まあな、だが、我々のように敵地に潜入して鹵獲兵器を使うところが多い部隊は連邦製の火器も使えるようにプログラムを組んである。まあ、現地で組む場合もあるしな」
リディア「使えるものは猫でも使うのが戦場ですしね」
パイパー「我々のMSのマシンガン自体、連邦でも使っているヤシマ重工製の100mm機関砲が元だからな」
リディア「まあ、それでなくても手動操作でやる猛者もいますしね」
パイパー「必要にかられれば努力するのが人間だ」
リディア「それでは、忠勇なる読者の皆様に幸運がありますように。ジーク・ジオン」