機動戦史マヴラヴHardLuck   作:赤狼一号

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第二十六章 再動

―――1997年 イスラエル北部エズレル平原

 

 

 広くなだらかな丘の上に広がるそこは、ガラリヤ湖に程近く、春には色とりどりの花々で飾られ、美しくも雄大な景観を見せてくれる場所だった。

 ……いま、青く抜けるような空には重金属の雲がかかり、その中を切り裂くように閃光が走っている。

 丘は半ば削られ、その先には何も無い平坦な荒野が広がっていた。

 

(すべてを喰らい尽くす、イナゴの群れ)

 

 ヨハネの黙示録にあるよう、地球に飛来したBETAは瞬く間に世界中に広がった。BETAの訪れた場所は文字通り「食い尽くされて」おり、草一本すら残ってはいない。

 たとえその脅威から逃れたとしても、生国を失った多くの難民たちは、流浪の生活を余儀なくされていた。

 

(憐れなるかな、亡国の民よ)

 

 この場にいる兵たちの中の多くはそういった感想を抱いていることだろう。そして、二の舞になるのは絶対にごめんだった。

 地を埋め尽くすBETAの群れの一部が、戦車部隊の統一射撃によって吹き飛ばされる。

 それを喜ぶまもなく、車長から次の射撃指示が飛んでくる。

 

「絶対に抜かせるな! 砲身が焼き付けるまで撃ち続けろ」

 

 イスラエル陸軍のメルカバ戦車のハッチから、双眼鏡で弾着を見ていた車長の中尉が、唾を飛ばして怒鳴った。

 怒鳴られた砲手の伍長は、わき目も振らずに撃ち続けている。

 砲弾の装填された振動で、僅かにそれた目標を微調整し、発射ボタンを押す。発砲の衝撃で車内が大きく揺れる。

 発射された榴弾が、高らかにBETAの残骸を空中にまきあげるのを確認すると、また、別の目標を狙う。

 

「………」

 

「次の目標はっ!?」

 

 車長から指示が来ないので、怪訝に思った伍長が後ろを振り返った瞬間、その光景は飛び込んできた。

 車長は座っていたのだ。胴から上を失った状態で、あわてて、操縦手に逃げるように伝えようとすると、光学照準機の端で何かが、光った。

 それが、何かを良く見る前に、彼は何が起きたかを理解した。

 右手前のパネルが真っ赤に赤熱したと思った瞬間に薄暗い車内に強烈な閃光が飛び込んできたのだ。

 

 彼の眼は、すさまじい熱によって一瞬で燃え上がり、顔を抑えようとする手がすでに、燃えあがっていることにも気づかなかった。

 そして、それらすべての苦痛を感じる前に、戦車の乗員はすべて蒸発した。

 

 

 

「やってくれたな…」

 

 光線級の反撃で蹂躙された戦車隊の頭上、それを掠めるようにフライパスしたラビの衛士が、押し殺した声でつぶやいた。操縦桿を握る手に力が入る。

 すでに、レーザー照射警報はうるさいほどに鳴り響いている。ご丁寧に、光線級のBETAはこちらも「歓迎」してくれるらしい。

 

「控えまでいるとは…全機乱数回避!!」

 

 凄まじい勢いで景色が回転する同時に、全身を締め付けるような重力の洗礼が襲い掛かる。

 軽量な機体独特の軽快な運動性能。それを遺憾なく発揮した回避機動がコクピットをシェイクする。

 激しい振動とGに体をこわばらせながら、彼女は、1、2、と胸の中で時を数えた。数えながら照射が終わるのを待つ。

 次の瞬間には自分もさっきの戦車のように蒸発させられるかも知れない、その恐怖を押し込めて、彼女は機体を立て直した。

 照射警報が解除されたと同時にセンサーに写る僚機の数を確かめる。

 なんと一機も落ちていない。今日はついてる。

 何かが張り付いた頬の感覚で、彼女はやっと髪が眼にかかっていることに気づいた。

 

「髪、切らなきゃな……」

 

 口の中で、つぶやく。

 網膜に直接映像が投影されている以上、髪がかかった程度で視界がふさがれることは無い。

 さりとてはとて、長すぎれば邪魔に感じるものである。

 前に、髪を切ったときはいつだったろう、そのときにいた者の中で、今は何人残っているのだろうか、唐突にそんな考えが頭をよぎって。すぐに頭の中から振り払った。

 

「コハブ1より全機、高度を落として光線級に肉薄する!! 落としすぎて地面にぶつかるなよ」

 

「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」

 

 僚機の返答が頼もしい。14機のラビが地表すれすれを這うように飛行する。

 焼け野原になった平原には、かつての美しさは無い。

 

『――― HQよりコハブ1へ、これより支援砲撃を開始する ―――』

 

「了解、HQ、砲兵どもに味方に当てるなと言っておけ」

 

『――― ダヤン大尉、味方を信じろ ―――』

 

 生真面目なHQの諭すような口調が、妙におかしかった。

 

「わかってる。じゃなきゃ言えないさ」

 

 そんな軽口で応じた瞬間、目の前のBETAの群れから、空に向けて幾筋もの閃光が放たれた。発生源の大まかな位置を確かめる。

 

『―――― 着弾まで5秒! 4、3、2、1 ―――」

 

 BETAに迎撃され蒸発した砲弾が黒い雲となって、BETAを包む。AL弾頭による重金属雲だ。

 

「AL弾頭の迎撃を確認! 全機! 散会して攻撃しつつ再結集、敵中を突破し、光線属種を排除する。 全兵装使用自由!!」

 

 曳光弾が尾を引いてBETAの群れに吸い込まれていく。景色が後ろへと流れていく。この程度では焼け石に水だ。だが、そんなことはどうでもいい。

 ただ目の前の敵を排除し、目的を遂行するのだ。

 

 飛び始めて数分もしないうちに、通信回線が混雑し始めた。

 

『―――く、た、ば、りやがれぇぇぇ―――』

 

『――― 俺たちの国をぉぉ、思いでをぉぉぉぉぉっ!!! ―――』

 

 さまざまな絶叫が耳に入ってきた。重金属雲の影響で通信波が乱反射し、混線しえているらしい。

 圧倒的な敵の群中にあって、襲い繰る運命に、竦む心を立て直せるものがあるとしたら、それは怒りであろう。

 大切なものゆえの怨嗟、理不尽に奪われたことに対する憎悪、取り返そうとする思い、それらすべてを燃料にして、燃え上がった怒りが、彼らをたたせているのだ。

 それは、生きる意志そのものだった。

 

 突如、壁のように沸いた戦車級の群れを追加装甲で受ける。盾の表面についている爆発反応装甲が山もりかじりついた戦車級をまとめて吹き飛ばした。

 

『いyぎゃあぁ、食べないで、神様ぁぁぁあぁ…』

 

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴が聞こえ、絶える。ついに一人落ちたのだ。

 振り返っている暇は無い。

 

(すまん)

 

 心のうちでつぶやくと、ナオミは、歯を食い縛った。口を開けば嗚咽が漏れそうで、弱音を吐きそうだ。だから彼女は、食い破ってしまった唇から流れた血が口に入り込もうと、そのまま飛び続けた。

 

(これはお前の血だ。私が流させた血、奴らによって流された血、そして、これは奴らが流す血の味だ!)

 

 肩で口をぬぐいながら、ナオミは撃ち続けた。2mの光線級など36mm弾が掠めただけでもばらばらになる。

 散会してきた味方機が徐々に集ってくる。併走する味方と共に、ナオミはラビの長刀に手をかけた。

 77式近接長刀は統一中華が開発した、ほぼ無反りの湾刀である。

 

 幅広い片刃の刀身は、先端部に加重が集るように設計されており、強力である。

近接戦闘用のプログラムさえちゃんと組めば、マニュピレーターへの負担もかなり軽減してくれる。

 大雑把な使い方をするには最適の代物である。もっとも、日本帝国製の「カタナ」を熱望するものも少なくないが…。

 

 弾丸の切れた突撃砲を捨て、肉薄した敵の目の前で稼動兵装担架のロックをはずした。勢いよく兵装担架から弾き出された長刀が、そのまま要撃級の肩口に食い込む。

その峰に左手の追加装甲を当て、刃を押し込む。

 肉を引き切りながら刃が食い込む感触が伝わる。そのまま振りぬいた長刀を、手首を返して斜めに振り上げ、今度は別の要撃級の腕を刈り取った。

 足元の戦車級をぐしゃぐしゃと踏み潰しながら、走って追加装甲の先端で衝角を抑え、腰を回してわき腹に長刀を打ち込んだ。刃を押し当てながら、バックステップで後ろに飛び、胴を切り裂く。

 腹を半ばまで切られた要撃級が、体液を、どぼどぼとこぼしながら、その場にうずくまった。後ろにいた突撃級が進路を変えずに押しのける。もう生きてはいまい。

 

(いけるか……)

 

 そう思った瞬間に、大規模な地中振動を感知したセンサーが警報を上げた。

 

『HQより各大隊へ、今戦線より10km南西に旅団規模のBETA群 出現。全機は直ちに後退し、これを迎撃せよ』

 

 声を聴いた瞬間、一瞬目の前が真っ暗になった。こうやって、他の国々も国土を掠め取られていったのだろうか。

 

(今は、そんなことどうだっていい)

 

「聞いたか、貴様ら。つれないBETAどもに袖にされたらしい。さっさとここの連中をシバキ倒して、追いかけていって、ケツを蹴り飛ばすぞ」

 

 通信機からは歓声のような同意の声。士気は回復したが、ほころびはすでに見えていた。

 結局、防衛線は後退し、イスラエルの最終拠点ともいえる要塞都市エルサレムへと撤退することとなった。

 

 

 

 

 

―――― スエズ防衛ライン北方最終拠点 要塞都市エルサレム

 

 

 イスラエルおよびヨルダン王国の最前線ともいえるこの要塞は、もとはエルサレムの新市街の中央にたたずむ旧市街を要塞化したものである。

 しかし、今は市に人影は無く、ヨーロッパ風の美しい町並みは度重なる戦闘とそのための改修によって、その面影はすでに無い。

 

 城壁を焦す灼熱の太陽は、まるでその内に集う者達の心にまで焦燥を感じさせているようだった。

 BETAによる度重なる侵攻。10年間耐え続けてきたアラビア半島の防衛線ではあるが、それはじりじりと後ずさりをしているに過ぎない。

 北方の最終拠点たるエルサレムが頑強に抵抗できた理由は、中東における精神的支柱であることもさることながら、最前線たるイスラエル・ヨルダン・サウジをはじめとしたスエズ周辺国と、すでに国土を蹂躙され、BETAへの復讐に燃えるレバノン・シリア・イラン・イラク・トルコなどの兵達が文字通り死力を尽くした結果である。

 現在にあっては、ここを突破されればシナイ半島を放棄せざるをえないために、エルサレムを守る将兵は、いっそうに鬼気迫るものであった。

 

 それまでに国を失った兵士と、これから国を失う兵士たち、同じくBETAに蝕まれる者でありながら、両者に壁があるのもまた事実であった。

 大規模な「定期便」の邀撃を終えて帰ってきた要塞を激震させる決定が中東に派遣されていた国連軍よりもたらされた。

 

「いま撤退するとは国連はイスラエルを見捨てるのかっ!!」

 

 食堂のTVに向かって、大声で食って掛かったのはイスラエル陸軍戦術機甲大隊のナオミ・ダヤン大尉である。

 

「もう限界なんです!!」

 

 何かを押し殺すような声でそれを制したのは、部下である大隊副官の男だった。

 

「1984年に…アラビア半島放棄は、すでに決定されています。他の中東諸国の兵達とて……祖国を失いながら、戦い続けてきたんです!!」

 

 言われて、ナオミは冷水を顔に浴びせられたような気分になった。

 

「……そう、だったな。私が、軽率だった………すまない」

 

 確かにわかっている理屈はわかっているのだ。それでも、納得できない、認めたくない、という思いは間違っているのだろうか。

 宗教と伝統の象徴としてあり続けてきた白亜の都市。いくつもの戦乱を超えて今に残った都市は、むざむざBETAに蹂躙されてしまうのか。

 ふいに、城壁の壁からみた夕日が脳裏によみがえってきた。趣き深い町並みに、春になれば緑にそまる丘陵地とそこに咲く白い花。それらすべてを失くそうと言うのだ。

 脳裏に浮かんだ光景に胸を締め付けられて、ナオミはうつむいた顔を上げることができなかった。あげようとすれば、今にもこぼれそうな涙が落ちてしまうから。

 そしてそれは、共に戦う異国の戦士達のほとんどが味わった思いでもあるのだ。今もって彼らを苦しめ続けている。

 それが、わかるがゆえに彼女は必死で激情を押し殺しながら、どうしたらいいかわからなくなっていた。

 本当なら泣き叫んでしまいたいが、彼女の立場はそれもゆるさない。それは、自分を戒めた部下も思いは一緒のはずだ。

 それを思えばいっそう情けない気分になって、涙が目じりから零れ落ちそうだった。

 

 

「大尉、先に失礼する」

 

 簡潔なことばと共に、誰かが脇を通り抜けた。見ると机の上には丁寧に折りたたまれたハンカチが置かれている。

 振り返って相手を見ると、相手の男もこちらが振り向くのを待っていたようだ。イラク人らしい豊かな髭、浅黒い肌と黒い眼、

若く精悍な顔つきの男はイラク軍共和国防衛唯一の隊戦術機甲部隊隊長アリー・フゼイン少佐だった。

 

「みなが通る道だ」

 

「………!」

 

 どう言葉を帰そうか考えていたナオミに、そう言うと、フゼイン少佐はそっけなくきびすを返した。

 すると、それに続いてアラブ系の兵士たちが次々に席を立ち、その場にはイスラエルの兵士たちだけが取り残された。

 

「感謝しなければな……。少佐に」

 

 それだけはかろうじて言って、ナオミはこらえきれずに泣き出した。

 そこから籍をきったように嗚咽があふれ、そしてその場にいた彼も彼女もみんなで「みなが歩いた道」をたどることにした。

 

 

 

 

 

――― 2000年 8月29日 国連軍横浜基地地下 ジオン・インダストリー本社 

 

 旧アプサラス開発基地の将官用の応接室は、会議室として使われる事が多い。会議といっても参加者はギニアス少将を始め、基地警備機動大隊指令のノリス大佐、特殊部隊の長であるパイパー大佐、渉外担当のマ・クベの4人が主なメンバーである。

 旧世紀の欧州風建築を思わせるクラシカルな内装と絵画(デギン・ザビ公王の肖像画である)や柱時計などの調度品といい、なんとも優雅なつくりである。旧世紀への決別をうたってはいるものの、ジオン将官にはこうした懐古主義を愛好するものが少なくない。ある種の流行のようなものだが、広々としたつくりであるが、決して広すぎず、4人などの少人数で会議するにはちょうどいい場所でもあった。

 

 

「今回の議題はライトニング計画の推移についてだ」

 

 発言をしたのは議長であるギニアスである。応接室のスクリーンにいくつかのMSが映し出される。

 

「これは?」

 

 パイパー大佐が怪訝な顔をする。そのMSはMS本来のパーツ以外のものが随所につけれているからだ。

 

「これは、中東に駐留する同胞たちの機体だ」

 

「共食いにしてもこいつは無茶だな」

 

 あきれ半分感嘆交じりに言ったのはパイパー大佐だ。さもあらん、本来は別系統の技術である戦術機とMSを共食いさせようというのだから、無謀の極みである。

 だが、そうせねばならないほど彼らが追い詰められているのも事実だった。

 

「そのとおり、機体によっては性能の半分も引き出せない場合もあるらしい。しかし、彼らがこの改修によるデータを提供してくれたおかげで、

より、改良点があぶりだされたが、同時にロールアウトにもう少し時間がかかるということだ」

 

「より互換性を高めれば、中東支社の力にもなりましょう。問題はないものと思われます」

 

 マ・クベが静かな声で言う。パイパー大佐も黙ってうなずいた。もっと言えば可及的速やかにこれらの実戦配備を熱望しているのは、むしろノイエンビッター率いるエルサレム駐屯部隊のほうであろう。

 横浜と違い定期的にBETAの侵攻を受ける彼らにとってはMSの装甲フレームだけでも、のどから手が出るほどほしいはずである。

 

「了解した。それではこの件はこのまま進めるとしよう。しかし、2年前にこの地に降り立ったという話が本当なら、なぜわれらの技術はほとんど浸透しておらんのだ?」

 

「こちらよりも戦力としての依存度が高いのでしょうな」

 

 パイパー大佐が言った。

 

「多分、MSの性能をして彼らはBETAの侵攻を跳ね除けている状態なのでしょう。そこから部隊を引き抜かれれば、エルサレムの陥落を招きます。宗教の影響度が高いあちらの国々では、それは致命的な失態です。それに旧北アフリカ駐屯軍であった彼らに技術解析を手助けできるほど、技術者がいたとも思えません。かといって他国に渡せるものでもない。下手に対立を招くよりは戦力として有効活用するという選択は、そう不思議なことではありません」

 

 技術流出をコントロールできるというアドバンテージも研究開発基地であるアプサラス開発基地ならではというわけである。

 

(もっとも「政治家」がいないのが一番の理由だろうがな)

 

 パイパーはちらりとマ・クベの方を見ながら、胸のうちでつぶやいた。ノイエンビッター少将はあまり政治家タイプの軍人ではない。それに、横浜と違ってあちらは交渉相手が一枚岩ではない可能性もある。

 

「次の案件だがパイパー大佐」

 

 促されて、パイパーは先を続けた。

 

「はっ、かねてから要請のあったDrコウヅキへの教導部隊派遣ですが、黒騎士と基地警備機動大隊の選抜小隊が交代であたることにいたしました」

 

「ふむ、防諜に関してはしっかり気を使ったほうがいいな。とくに地上に派遣された人員が拉致される可能性もある」

 

 ギニアス少将が穏やかな声音で言った。どうにも、この4人で集ることに慣れたのか、茶のみ話のような雰囲気である。

 

「それに関してはマ・クベの下に白薔薇を配置しております」

 

 ギニアスが、ちらりとマ・クベの方を視線を向けた。

 

「頼んだぞ」

 

「了解しました」

 

 その他にもこまごまとしたことを話し合って、会議は閉会の運びとなっていた。

 最後にマ・クベが発言の機会を求めた。

 

「なんだね……中佐?」

 

「現在は食糧需給も安定しており、物資も順調です。我々の政治的および実利的なカードを増やす時期が来たと思われます」

 

 立て板に水を流すように、マ・クベはすらすらと言ってのけた。内容に興味をひきつけたところで、男は爆弾を落とした。

 

「私はアプサラス計画凍結の解除を具申いたします」

 

「……なに?」

 

 ギニアスが唖然とした表情でマ・クベを見ている。

 

「大気圏外から急速降下し、大出力メガ粒子砲で拠点を攻撃するというアプサラス計画は、対BETA戦というコンセプトはもとより、これより先、この世界の人間たちと戦うことになっても非常に有効なカードになりうるものと思われます。この世界での基盤が安定し始めた今こそ、本計画を再動させる好機と思われます」

 

 マ・クベはあくまで淡々とした口調で自説を述べた。ギニアスは次第に心にわきあがるものを感じていた。アプサラス計画はサハリン家の復興を望むギニアスの夢であった。

 しかし、それとは別に一人の技術者として、連邦との戦争に終止符を打つ決戦兵器となりうるという確信があった。さりとて、迷わなかったわけではない。むしろ、計画自体が荒唐無稽なものであったのかと自問する事も少なからずあった。

 しかし、今この瞬間に第三者からはっきりと「必要だ」と言われた瞬間、胸に湧き上がった感情が「歓喜」であったことに気づくのは後日のことであった。

 

 

 

 

 

―――― 帝国国防省 第6会議室

 

 巌谷中佐は会議の推移に頭を悩ませていた。というのは、ここ最近の技術爆発とも言える。新鋭技術の発達であった。しかも、同時多発的に日本と欧州で起きたそれは無視するにはあまりにも画期的過ぎたのである。

 そこへきて、今度は傑作工作機「玄武」を生み出した鎮西工業が新型戦術機を発表するという。

 

「カタログスペックが話半分としても、本当にこのようなことが可能なのか」

 

 懐疑を隠す様子も無く、高官の一人が言った。

 

「そもそも素手での徒手格闘が可能という時点で、眉唾ものだ」

 

 別のものが後に続く、その視線の先には先ほど機体の説明を行った渡邊工業社長の渡邊氏の姿がある。

 

「ですが、昨今、開発された新合金であれば・・・。機体の構造強度や設計自体も、そう無謀なものではありません」

 

 そう言って、一度、資料を見るように促すと、言葉を続けた。

 

「むしろ、基本に忠実というか、偏りのない設計といえます。既存の生産ラインは使用できぬゆえに初期投資はかかりますが長い眼で見れば撃震と同コストに抑えられるでしょう」

 

 好々爺ぜんとした人物であるが、その目には一部の怯みも無い。万全の自信を持ってこの場にきているかのように見える。

 

「だが、兵站を考えるとココまで抜本的な機体を作るということは…」

 

「今より余裕がなくなったときに・・・改めて、とは行かないかもしれませんよ。部品の多くは先ごろ開発された玄武のものが共有可能でありますから」

 

 そのまま消極路線に進まれても困るので、巌谷中佐はここで助け舟を出した。もっとも、そんなものが無くても、この機体を一笑に付すというのは愚劣きわまる選択に思える。 

 

「……横浜は一体、何を考えておるんだね!」

 

 結局のところ、全員の意見が集約されるのはその一言であった。

 そもそもの問題は帝国製鉄や火太刀金属、東洋レーヨンなどが唐突に発表した新素材である。

 その発表から数ヶ月無いうちに、渡邉工業がそれらの新素材を多用した2足歩行作業機を完成させ、生産に乗り出したのだ。

 その異常事態の解明もままならぬうちに、今度は新素材を使った戦術機の発表と来たものだから、たまったものではない。

 そも戦術機の開発など一企業だけでやることではない。その発表された機体というのが、そも短期間で作れるハズのものではないほどの完成度を誇っているのもひとつの問題だった。

 そして、両者と提携していたというジオン・インダストリーなる企業は背後に横浜が関わっていると聞く。

 だというのに当の横浜からは何とも言ってこないのだから、気持ち悪いことこの上ない。

 

 大体にして、今回の新鋭素材によって現在開発中の機体計画とて、考え直さねばならないのだ。ド級戦艦のネームシップであるドレッドノート級が建造された当初と同じような状況ではないか。

 行幸ともいえるのは、この新鋭技術の爆発とも言える現象が現在行き詰っている不知火の改造計画に一縷の希望を与えてくれるかも知れないことだ。さりとて、そうあっさり通る話でもない。新素材が強度や重量からしてまったく違うことを考えれば、やはり根本的な設計の見直しは必須であろう。

 もっとも高出力バッテリーや、新型のアクチュエーターなど既存の機体に使える技術は少なくない。どの道、耐久性や相性などを研究することを考えれば、実機を導入するのがもっとも手っ取り早いのである。

 ともあれ開発計画を軒並み白紙に戻すか、大幅な修正を余儀なくされる状態なのは、他の国々とて変わらないはずだ。それに加えて既存機の強化改修計画まで見直さねばならないのだから、複雑な気分である。無視して、事を進めるなど暴論を通り越して論外である。

 紛糾する会議の様子を見ながら、巌谷中佐は胸のうちで呟いた。

 

(しかし、危なかったな)

 

 危なかったと言うのは先ごろ配備が決定された00式である。第3世代機としては最高水準の性能を誇る00式であるが、生産性の低さ、高い調達コストに加えてランニングコストも高く、運用状況はかなり制限される。

 というか、欧州のラファールを初め各国で第3世代機調達が進み始めたタイミングでの登場であることを考えると、今回の「紫電」の発表は故意か否かは定かではないが、恐ろしく意地の悪いタイミングであった。

 それはさておき、斯衛はその性質上、ハイヴに突入するという状況は考えづらい。

 将軍と摂家の縁者、その直援という任を負っている斯衛は決戦兵力や予備兵力としての運用が多く、積極的に前線に出ることは少ないのだ。

 極端なことを言えば、帝国国防省には遊兵化しやすい斯衛専用の機体を高コストで配備する必要がそこまであるのかという論もあるのだ。

 今回の00式配備とて京都防衛戦や本州での戦闘がなければどうなっていたかは怪しいものだ。

 

 そして「紫電」は徒手格闘すら行えるほどの各関節やアクチュエーターが強靭であり、機体強度の面では従来機など及びも付かないほどであるという。

 化け物じみた近接格闘能力や操縦特性を鑑みても、第1世代になれた古参衛士なら00式と互角に遣り合えるのではないかと思えるほどである。それほど第1世代機に通じる機体特性は、瑞鶴に慣れた衛士たちにもなじみやすのではないかと思われるのだ。無論、開発衛士の一人としては是非とも乗ってみたいきたいである。

 「武家の高価な雛人形」と揶揄されがちな00式よりも、前線に不知火などの第3世代機をまわすべきだという主張は斯衛の一部からも出ている意見だった(無論、積極的な形ではなく、新型機の受領請求を出さないという形でだ)。

 そういう意味でも質実剛健という言葉がぴったりな今回の機体の登場は00式の斯衛採用すら揺るがしたかも知れないのである。

 現に00式の調達は遅々として進まず、斯衛でも現在でも瑞鶴とのハイローミックスを選択せざる終えないのが実情である。しかし、そこを差し引いても00式は卓越した機体であり、近接格闘能力は言わずもがな、それに加えて高い継戦能力と緊急展開能力を誇る。

 件の新鋭機も高速巡航性能では、00式には及ばない。これは高い機動性が必要とされる対BETA戦略においては無視できない要素である。そして、なにより純粋な日本国国産技術の賜物だということも大きい。

 

 結局のところ問題は全てそこに帰結するのだ。新鋭技術の数々は表に出したのは日本のメーカーであっても、裏で動いているのが横浜というのが国粋主義者達たちが諸手をあげて喜べぬ一因なのである。

 正直に言って、ここまで功績を挙げたのにもかかわらず横浜が何の要求もしてこないことが、気味悪いことこの上ないのだ。

 

 その辺の事情が骨身にしみている巌谷としても、まだなりふりをかまっている余裕があるのか阿呆らしい、と切り捨てることができない。

 なりふりかまわず米国のしりを舐めて、にっちもさっちもいかなくなるのは言語道断である。なればこそ、若干の不安こそあるものの、今回の事態は天恵ともいえる事態と言えなくもない。

 

「そういえば中佐はご存知ですか?」

 

「何を、ですか?」

 

 唐突に話を振られて、巌谷は階級を忘れて反射的に答えそうになった。

 幸い話しかけてきたのは同格である帝国参謀本部の大伴中佐である。国粋主義者の筆頭ともいえる大伴中佐をして今回の件については扱いを決めかねているらしく、珍しく旗色を鮮明にはしていなかった。

 

「横浜の地下に拠点を置く組織、表向きは横浜の協力企業ということになっていますが、その実は国際的なシンジケートであるという話です」

 

「そんな、まさか」

 

 それではまるで、一昔前の陰謀小説のようではないですか、と巌谷は冗談めかして答えた。大伴はにこりともせず、巌谷の顔を見つめている。彼の反応を探っている目だ。

 

「聖都の奇跡と呼ばれた1997年のエルサレム防衛作戦、あれにかかわっていたという話です」

 

 淡々とした口調で大伴は言った。1997年、BETAの大規模侵攻によってスエズ防衛線を破られかけた中東連合だったが、殿としてエルサレムに立てこもったアラブ諸国とイスラエル軍の部隊が協力してBETAを駆逐しエルサレムを防衛した人類初の快挙と言われた作戦である。

 

「最前線のエルサレムでは、それまでに確認されていない奇妙な戦術機を見たという話もあります」

 

「しかし、それはうわさの類でしょう。自分も技術の人間ですから、そういう類の話は耳にしますが」

 

 肩をすくめて見せる巌谷を大伴はまっすぐに見詰めて、やがて目をはずした。

 

「一説ではBETAによって帰る祖国を失った者たちが団結し、BETAへの報復のみを目的とした狂信的秘密結社であるとか」

 

 帝国情報省の鎧衣左近からもそのようなことをにおわせる情報は届いている。

 なにぶん図りがたい男の言うことであるから、鵜呑みにするわけにもいかないが、さりとて、見え透いた建前を口にする間柄でもない。

 

「まあ、そうでしょうな。私もそう思いますが、ですが中佐なら何か面白い話をお聞きでないかと思いまして」

 

 めがねの位置を治しながら大伴中佐は、あっさりとかまをかけたことを認めた。

 

「まあ、もし真実であるなら。BETAと戦うことだけを目的にとは……少々、うらやましいことですな」

 

「亡国の徒に加わるのは、ごめんです」

 

 奇妙な感慨のこもった大伴の呟きに、巌谷は珍しく本音で返した。

 

 

 

 ――- 国連軍横浜基地地下 香月夕呼の執務室

 

 妙に広々とした執務室は、その真ん中に陣取るデスクの上を中心に、乱雑にものが置かれており、机から零れ落ちた書類は床に散らばっている。

 そのデスクのかろうじて作業スペースと呼ばれる場所に、置かれたカップからは湯気が立ち上っては消える。

 これらの状況を見るに、この場所はかなりプライベートな空間として使用されているらしい。

 それもそのはず、この階層まで入室を許可された人間など基地の中でも、数えるほどしかいない。

 

 夕呼はコンソールを見つめながら、カップの中のコーヒーを一口すすった。合成された代用コーヒーといってもバカにしたものではない。

 味も香りも天然ものに及ばないが、それでもそこに近づけようという並々ならぬ努力は認めざるを得ない。

 

『それで、なにからお話いたしましょうか?』

 

 そう言って、モニターの中の男は優雅にカップを置いた。落ち着いた声でしゃべる男こそ、香月夕呼が油断ならざる相手と思うマ・クベ中佐である。

 もっとも、階級に関しては、すぐに別の呼び方に変わるやも知れないが…。

 

「あら、元帥閣下にそう言っていただけるとは光栄ですわ」

 

 そう、愛想笑いでござい、と言わんばかりの笑みで答えた。言外にあるのはいったい何を隠している、という思いである。

 先日訪れたガトーという男の事を霞に読ませたら、驚きどころの事実ではない。

 目の前の男が元帥というとんでもない階級であったこともさることながら、まさか、彼らが訪れるより2年も前にこの世界に訪れていた異世界人がいたなどと言う話を聞くことになろうとは…。

 彼女にとっては寝耳に水どころか、危うい安定を保っていたジオンとの関係を根底から覆しかねない話である。

 しかも、エルサレムの連中は、この地下に居座っている毒蛇のような男に比べれば、ずっと扱いやすそうな連中である。

 それが、むざむざ、毒蛇の隷下に取り込まれてしまったのだから、この際、神というものがいるのなら5体を縛って車裂きにしたい位である。

 もっとも、中東のジオンが相手では今ほど柔軟な関係が気づけていたいたかは疑問である。見たところ、夕呼とは肌が合いそうにない人種の最先端である。

 

(いかに外の状況に目がむいてなかったかわかるわね)

 

 唐突にこみ上げてきた自嘲を彼女のみこんだ。今はそんなことをしている場合ではない。それにしても、思い返せば中東の幽霊戦術機やエルサレムの奇跡など、胡散臭い噂はたくさんあったのだ。

 さりとてはとて、無神論者に近い彼女からしてみれば宗教的狂信は常識を超えるというが、ある種の認識であり、ナチスの円盤のようなものだ。まさか自分たちが使おうとしていた手を三年も前から先取りされていようとは思わなかったのだ。

 おそらくは中東諸国でも扱いに困っていたことだろう。技術を解析しようにも自国では手が回らないどころか、下手な干渉によるエルサレム陥落という事態がどれほどの混乱と衝撃をもたらすかは想像すらできない。そして、米国によるなりふり構わぬ干渉の結果、もたらされるのはスエズ防衛線の崩壊どころでは済まないかもしれないのだ。

 事実、エルサレムが最前線の超重要拠点としてスエズの盾として立ちはだかってきたのだ。

 そして、もう一つ、現在のスエズ防衛線の前線拠点であるメッカがなんとか保たれたのも、エルサレムが敵をひきつけていたからであろう。

 下手に手を出して両拠点の陥落をまねけば、今度は世界規模での「聖戦」が勃発しかねない。

 うまくいったものね、と夕呼は心の中でつぶやいた。

 

「我々の関係を変えるべきだと?」

 

 淡々と事実だけを確かめるように、マ・クベ。

 

「もちろんそのとおりよ。何もなかったことにするのではなく、アタシは「進展」を願っているわ」

 

 自信たっぷりに見えるように笑って見せれば、相手も少しばかり歯を見せた。ここからが正念場だ。

 胃のねじれるような緊張感が、腹のそこから湧き上がってくる。

 

「香月大佐、我々もどうやらここに引きこもって居るわけにはいかなくなったようです」

 

「そのようね」

 

 一言ずつ言葉を紡ぎ出す。そこに少しでも歪みがあれば、つけこまれるだろう。

 マ・クベは鉄面皮を崩さぬまま、淡々と述べた。

 

「これまで以上に技術譲渡のための地上への干渉のパイプを務めていただくと共に、我々の隠れ蓑としても動いていただきましょう」

 

 これが相手の要求である、もとより言われることが予測済みなら、答えも決まっている。

 

「それで情報操作の報酬には、何をくれるのかしら?」

 

 悪党ぜんとした笑みを浮かべながら、夕呼は足を組み直した。

 マ・クベは少々考え込むそぶりを見せ

 

「…………はて、なにかほしいものでも?」

 

 しれっとした顔で、こんなことをのたまう。

 

 譲歩を引き出すときは相手の口からというのが、常套手段だが、うまくいくような相手ではない。

 

「あんたんところの特殊部隊の連中、あたしの部下を教導にしてもらうわ。この間、散々やってくれたモンだから、リベンジさせろってうるさいのよ」

 

 冗談めかしているが、戦闘技術とMS運用に関する情報の収集が目的である。接触をもてればそこから情報を引き出すことも出来るかもしれない。

 

「それでは、我々をの観察するのは、これで最後とさせていただきましょう」

 

 いみありげな物言いだが、要するにリーディングをさせるなということだろう。

 

「我々にも敏感な者は大勢いる」

 

 ぴしゃりと言い切ってマ・クベは重ねた手の上に顎を載せた。アイスブルーの瞳がまっすぐに見据えられる。冷たく透き通った目は夕呼の心の奥底まで見透かしていると云わんばかりである。

 夕呼はため息を着くと、忌々しいげに男の事を見た。

 

「…霞のカチューシャ。あれがリーディングを制御しているのよ」

 

「そっちも耳の敏感な奴に読ませんじゃないわよ」

 

 そんなことをすればこちらだって気づくわ、というのを言外ににじませながら、夕呼は言葉を紡いだ。

 

「ご心配なく。うさぎより耳の良い者はいませんよ」

 

 口元をかすかに歪ませながら、マ・クベが淡々と応じた。冗句はウィットが命というのは、いつになっても変わらないらしい。

 夕呼はなんだかんだ言って、この会話を結構楽しんでいるのだ。

 

「あ、そうだ」

 

 夕呼は思い出したように(実際忘れていた)、マ・クベの端末に、あるデータを送った。

 

「これは…?」

 

「ちょっと作って欲しいモノがあんのよ…」

 

「なるほど、これは確かに有用でしょうな」

 

 一目見て、男は挑戦的な笑を浮かべた。

 

「宇宙世紀では、既にカビの生えた技術と行っても差し支えありませんが……」

 

 香月大佐が焦りと警戒の入り交じった表情でマ・クベを見た。マ・クベは値踏みするでもなく、ただじっとこちらを見ている。

 しばらくして「呑みましょう」と一言つぶやいた。

 

「あら、意外と素直なのね」

 

「ええ、あなたに貸しを作っておくのも悪くないでしょう」

 

 それに、こちらにとっても有用でしょう、と心の中で付け食わる。マ・クベの手元の端末には「XFJ計画」の文字が躍っていた。

 

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