――― 2000年 10月3日 第600軌道降下猟兵大隊旗艦『モンテ・クリスト』会議室
お決まりの円卓に4人の男が座っている。議長席にはギニアス少将。その右にノリス大佐が座り、そして対面に構えるのはパイパー大佐とマ・クベ中佐である。
議長役はあい変わらずギニアス中佐であり、マ・クベ中佐が各提供技術からの収益や、資料や物資買い付けによる支出を報告し、経済的には順調であることを報告した。
ノリス大佐からは部隊の指揮が低下しつつあることに加えて、やはり娯楽の欠如も深刻な問題になりつつあると報告した。
「それに関してはシミュレーターの増設と各種嗜好品目を買い付け物資に増やすことで対応しましょう」
とパイパー大佐。ちら、とマクべに目配せすると、マ・クべの方も深く頷く。
「次にこれからの我々の戦略についてだ・・・・・・」
ギニアスが前置きすると手元のコンソールを叩いた。
「これまでの我々はまずこの世界における拠点を確かにすべく行動していた。それは技術供与に将来的な補給線の確保であり、政治的な我らと地上の関係性である。
そして、アフリカの同胞達からの接触は望外の喜びであったといえよう」
そこで一度言葉を切ると、まっすぐにバウアー大佐の方を見た。
「これを踏まえてこれからの事を話そうと思うが、諸君、忌憚無く言って我らが元の世界に帰れる可能性はあるかね?」
「不確定ではありますが、かの5次元効果爆弾が何らかのキーになっていることは確かだと思われます」
バウアー大佐がいかめしい表情で答える。
「だが、あの超質量帯に踏みむリスクに対して、我々が同じ次元や場所に帰れる確立はごくわずか。それ以前にあの爆弾を手に入れる困難さを考えれば・・・」
すべての点を一点に集約することが5次元効果であるならその集約される点自体は膨大な数であり、そこから任意の点を選び出すのは砂漠の中で針を探すより困難であることは言うまでもない。
その上五次元効果によって空間が重なったことでこの世界に来たというのも推論に過ぎない。その上、現状で五次元効果を人為的に発生しうるG弾は米国の最重要兵器でありこれを手に入れるのは
並大抵のことではない。
「長期戦になることはやむ無しですな・・・・・・」
ギニアスの後ろに立っていたノリス大佐が苦々しい表情で言う。
「それに、大本であるBETAの未知の部分がかかわっている可能性もある。どちらにせよ。あの化け物どもと一進一退をしているときに、そのような余裕はあるまい」
そうギニアスが結ぶと他の面々も大きくうなずいた。
「つまり当面の目的は、BETA戦争の勝利ですかな?」
「ああ、我々にとってのな」
「つまり、我々は地上の戦争に介入するより他は無い」
「しかし、その勝敗は、BETAを地球からたたき出せばいいというものではない」
「なぜなら、我々がある程度の勢力を持たぬ時点で、認知されBETAという脅威が除かれたとすれば、まず間違い無く、技術をめぐった紛争に巻き込まれるからだ
それに、現状を見るに勝てるという保証も無い。多少の技術を流出させたとて、BETAの物量とこの期に及んで内輪もめに終始している現状を考えれば、敗北の可能性のほうが高い」
「つまり、我々はBETAからも、地上人類からも、ある程度の独立性を保てる組織でなければならないのだ。そうだな中佐」
「おっしゃるとおりです」
「ということは、ついに例の計画を発動するわけですな」
「そうだ、答えは我々自身にある」
「中佐。オルタネイティブvは外宇宙へと移民船団を送り出す計画であったな」
「かなり成功率の低いものではありますが・・・むしろハイヴの一掃によるBETAの殲滅を主眼としているかと」
しかし、この計画には重大な穴がある。世界中の優生的人材を送り出すことになると言うことは、言うまでも無く大幅な継戦能力の喪失を意味する。また、仮にG弾の集中投入により勝利したとしても、それでは復興が大幅に立ち遅れてしまう。つまり、この計画は文字通り一世一代の賭けであり、この世界の人類はそれほどまでに追い詰められているということだった。
なかんずく、問題なのはG弾の被害予想の見積もりが明らかに甘い点である。
超質量兵器の集中使用など行えば、その後の影響は計り知れない。コロニー落としを見れば分かるように、下手をすれば大陸が沈みかねないのだ。
それに伴う大規模な環境変化や食糧増産へのダメージが致命的なものになることはまず間違いない。
現在のユーラシアのほとんどをBETAに制圧されている現状を考えれば、難民による国家破綻または、大規模な内戦状態になることはまず間違いない。
ただ、これに関して言えば、多少の弁論もある。なにしろこの世界の人類にとっては、超質量兵器の集中投入による戦術攻撃など想像もつかないような所業なのだ。そこに被害予想の正確さを求めることはいくらなんでも酷というものだ。
ジオン本国ですらコロニー落としによる地球の被害予測など、ほとんど正確な数値はでていなかったであろう。ともあれ、希望的観測に寄る所があまりにも大きすぎるということだった。やはり被害算出を請け負ったものの脳裏にも「それでもBETAさえいなければ」という考えがどこかにあるのだろう。重ねて言うが、それほどまでに追い詰められている追い詰められているということなのだ。
先の見えない戦争。それも未知の存在との終わりのない戦いに、人類は疲れきっているということなのであろう。
もう、何であれ戦争を終わらせたいのだ。であればこそ、こんな破れかぶれともいえる方法に一縷の望みを託そうとおもったのであろう。そして、そこにこそ付け込む隙があるのだ。
「前線にせよ、後方にせよ厭戦感情が浸透しつつあるということだ。現在の状況を打開する根本的な手段は土地だを取り戻すことだ。兵器の研究、開発。そしてその生産拠点。食料の確保。そして、人が子を生み育てることの出来る。「後方」が必要なのだ」
ギニアスが静かに言った。どこか焦り続けるものに共感を抱いている口調である。
「何ものにも侵されることのない人類にとっての理想郷」
ノリス大佐が重々しい口調でつぶやく。
「我らが祖先が作ったように、我々もこの地にそれを築く」
とギニアス。
「そして閣下、あなたは宇宙世紀の先駆けとなる」
パイパー大佐が試すような口調で言う。
「私だけではない。『我々』がだ」
大佐の言にギニアス少将真っ向から答えた。
「不謹慎を申せば、面白くなったと言わせていただきましょう」
パイパー大佐の笑みはどこまでも不敵だった。
面白くなった。それはマ・クベにとっても、同意見だった。ギニアスはこの世界にとってのジオン・ダイクンになろうというのだ。宇宙移民の先駆けとして我らが立とうというのだ。
この世界に来て一皮も二皮も向けた若者をマ・クベは頼もしく思うのと同時に面白く思った。人間の可能性が魂の輝きが発揮されようと言うのだ。この逆境において変化を受けてギニアスは本来たどり着くべからぬ境地に達しようとしている。それがたまらなく面白い。逆境にありて花開く、それこそが人間そのものなのだと、マ・クベは思った。
「スペースコロニー建造による宇宙世紀への誘導。まさに時代を作るか・・・」
「マ・クベよ。俺はまさか自分がこんなことに関わることになろうとは、夢にも思わなかったぞ」
コロニーを落としたジオンがコロニーを宇宙へとあげる。たいした皮肉もあったものだ。だが湧き上がる高揚はそんな斜に構えた感想すらうわべの物にしてしまう魅力があった。議長役を務めるギニアスが静かに立ち上がった。
「では諸君。現時点を持ってアルカディア(理想郷)作戦を発動する!」
厳かな宣言と共に、列席していた男たちが立ち上がった。一同の敬礼に対してギニアスは一人一人に目を合わせ、しっかりと答礼した。後に「宇宙世紀最初の一日」とうたわれる日の出来事であった。
――― 2000年10月6日 機動巡洋艦「ザンジバル」会議室
床に敷かれた赤い絨毯とその床に直接固定された大円卓、どこか中世期のヨーロッパを思わせる内装はジオン公国の艦艇にはごくありふれたものである。
その広い円卓に座るのはこの艦の艦長を務めるウラガン大尉、白薔薇中隊隊長のリディア・リトヴァク少佐、そしてマ・クベの三人である。
「それで中佐。これから一体どうなさるんですか?」
まず口火を切ったのはリトヴァク少佐である。猫のような瞳を好奇心に輝かせながら、マ・クベの方へ柔らかい笑みを浮かべる。
「・・・紫電売りこみのために各国にパイロットを派遣する」
「ずいぶん親切になさるのですね」
とリトヴァク少佐。確かにこれだけを見ればただサービスが旺盛なように写るだろう。いうまでもなくただのサービスということはない。
「新しい酒は、新しい革袋に、だ。『戦術機』とやらの常識にとらわれているモノには、あの機体の真価は理解できまい」
いくら既存の世代の戦術機に似ているとはいえ、著しく強化されたハードは運用の常識を覆す。「紫電」の強みは既存の「戦術機」に比べて常識はずれな機体剛性とそれによる著しい生存性の向上である。機体安定性の向上による精度の上昇や運用可能な火力の増加はほとんど副次的要素であるあるといってもいい。
「確かに殴り合いができるなんて言われても、試してみようとは思わないでしょうしね」
リトヴァク少佐は明確に要点を捕らえているようだった。理解が早くて助かる、無論そうでなくては特殊部隊の中隊長など務まらない。
「それで、どなたをおくる予定なのかしら?」
「ヨーロッパ方面にはパイパー大佐とウラガンに行ってもらう。あちらにはヘイへ少尉の小隊を送って欲しい」
「了解しました。大尉、ヘイヘ達をよろしくお願いします」
リトヴァク少佐がにっこり笑いながら言う。唐突に笑いかけられたウラガンが顔を真っ赤にしてへどもどした。さて、何を考えているのやら、目の前の女性のどこかつかみ所ない。
それはマ・クベをしてもどこか、腹のうちを読みきれぬところがある。軍人としては信頼できるのだから、さしたる問題はないのだが。
「アラスカに行くのは私と君だ、少佐」
マ・クベは猫のような笑みを浮かべるリトヴァクに静かな声で言った。
「私ですか?」
一瞬、意外そうな顔をしてすぐに「了解しました」と答える。
「以外かね・・・・・・?」
そうたずねると。
「ええ・・・・・・てっきりバウアー中佐と行かれるのかと」
リトヴァクは素直に返した。
「アラスカでの任務は軍民合同事業だ。強面ばかりそろえてもそれはそれで、舐められる」
無論、理由はそれだけではない。パイパーに加えてマ・クベとリトヴァクまで横浜を離れるのだ。万が一の事態に備えるならスタンドアローンで高い作戦能力を持つ「黒騎士中隊」に留守を任せるのが一番安心だった。そこまで見越してか、リトヴァクはその答えに納得したようだった。
「分かりました。機体はどうなさいますの?」
「無論、紫電を使用する。機種転換訓練は?」
「火力が心もとないことを除けばいい機体ですわ。何より元がザクⅠですから操縦性も良好ですし」
しいて言うなら、少々「軽い」のが落ち着きませんわね、いたずらめいた笑みと共にリトヴァク少佐は言った。おそらくは機体重量と操縦性に関して言っているのであろうが、それでもかなりバランスよく仕上がっているのだからこの国の技術者たちはやはり優秀だった。とはいえ火力の心もとなさは事実だった。何せ核融合動力ではないのだからビーム兵器も使用できない。ヒートホークすら使えないのだ。
最初の基地防衛線では火力で圧倒した部分もある。特にビームが主兵装であるリトヴァクの部隊はかなり勝手が変わるはずだ。まあ、もちろん対策を考えていないわけではない。
「十分に浸透したタイミングですぐに次を出す。我々の目的は技術の浸透による補給の確保だ・・・。今回は君たちの機体もエルサレム方面軍の海中機動艦隊に運んでもらう」
「あら、ずいぶん気前のいい話ですのね・・・」
「むしろ・・・・・・本命はそちらだ」
「?」
リトヴァク少佐は怪訝な顔をする。
「リトヴァク少佐、君に同行してもらう理由は、何も私のお守りだけではないと言うことだよ」
「もとより、中佐にお守りが必要だなんて思ったことありませんわ」
リディアが苦笑交じりに返す。
「地上にもうひとつ貸しを作るのでな」
「あら、それは素敵」
マ・クベがにやりと笑いながら言うと、リトヴァク少佐は楽しげな笑みを浮かべた。
「君たちには負担をかけることになるやもしれぬ・・・」
「あら、私たちはそれが仕事ですわ」
底を見せぬ笑みが頼もしい。そういえば純夏は彼女になついていたな、ふとそんな事が頭をよぎる。なれば、その薫陶を受けた彼女もまた強くあることができるだろう。
目の前の女性がいることの幸運になぜだかいっそう感謝したくなるマ・クベだった。
「それにしても、部品の制限もありますし、頭の痛いことばかりですわね」
「どのみち、地上の連中にはこのまま第2の産業革命を体験してもらうことになる」
そう言って、マ・クベはウラガンの方を見た。ウラガン大尉は黙ってうなづくと、手元のパネルを操作して円卓の向かいに座るリディアに資料を送った。リディアの眼が大きく見開かれた。
彼女の開いたファイルには今後地上に対して開示していく技術の数々が書かれていた。
「・・・・!?」
さすがに特殊部隊の一隊を与るだけに、直ぐにこちらの意図を察したようだ。
「核パルスエンジン、宇宙造船、食料合成、良くもこれだけのものを・・・・・・。まさか、コロニーを?」
「つまりはそういうことだ」
彼女の驚きに対して、マ・クベの返答はさらりとしたものだった。地上人類の命運をかけた「オルタネイティブ計画」と呼ばれる戦略は彼女も聞き及んでいる。そこに付け込み干渉することでこの世界での行動を有利にする。化け物との戦いに必要以上に巻き込まれるのを避け。同時に、この世界の住民ともども共倒れするのを避ける。これが現在までの基本方針であったが、この計画は「地上」に対して大きく干渉することになる。
「BETAとの対話による交渉の可能性を模索する第4計画。大量破壊兵器の集中投入と人類の太陽系脱出による第5計画。どちらも有効的とは言いかねる」
「確か敵はこちらを生命体と認識していない可能性があるとか・・・・・・」
詳細は不明であるがマ・クベがあの異形の生物のコンピューターのようなものをハッキングして、いくばくかの情報を得たと言うことは彼女も聞き及んでいた。
「その通りだ。良くは覚えておらんが、そのような印象は確かにあった」
怜悧な相貌が僅かにゆがむ。どこか不快なものを思い出すかのような表情を表に出しているのはマ・クベにしては珍しいことだった。
「中佐は経験則から連中との対話は不可能とお考えですが」
「仮に奴らと対話できたとして、不利な戦況を覆さねば五分の交渉など出来まい。その上で交渉自体が可能かどうかすら危うい」
確かにもっともな話だ。仮に交渉可能な相手だったとしても、戦況は人類がわが追い詰められてと言っても過言ではない以上、あちらに停戦する利点などない。
「賭けるにしても部が悪すぎると・・・」
「大方・・・第5計画の召集もそこを突かれての話だろう」
それに、と続けながらマ・クベは亀裂のような笑みを浮かべた。
「奴らとは感性が会わんよ」
「それは・・・そうでしょうけれども」
獲物を前にした爬虫類を思わせる笑みに気おされながら、リディアは平静を装って答えた。
「だが、もっと悪いのは第5計画のほうだ」
再びマ・クベの冷徹な呟きが響いた。
「え?」
「確かに人類の一部を脱出させて乾坤一擲の大作戦。理想的に見えますが、士気の上でも戦力的にも目減りする以上有利とは言いがたい」
そう言うと脇にいたウラガンに目をやる。ウラガン大尉がうなずいて付け加えた。
「加えて、最も致命的なの超質量帯が発生することによる被害予測がかなり甘く見積もられています」
大尉が手元のコンソールを操作すると、被害予測に関するデータがリディアの元に表示された。
「もともと、超質量帯を発生させるG弾の運用データが少なすぎるのでしょうが・・・」
そう前置きしながらもその後に続く大尉の言葉は厳しいものだった。
「不確かな数字での計算と言うことを除いても、希望的観測がはいていることは否めません」
「つまりそれほどまでに・・・地上は追い詰められていると」
「そういうことだ」
リディアがマ・クベを見ると、男は静かにうなずいた。
「最初から無謀な話ではあるのです。この程度のデータで予測の精度を求めると言うこと事態が」
「でも大尉それは私達も同じはずよ? そんなものすごい質量のものがいきなり落っこちてくるデータなんて・・・・・・」
大尉の言葉をさえぎりかけて、リディアはふと思いあたった。そうだ、ないわけではない。むしろ我々こそもっているものがあった。
「そうです。我々にはあるんです。コロニー落としのデータが・・・。軌道上からの観測データに加えて、南極条約締結の際に連邦から提示された被害データ。
地球降下の際に各地の部隊が確認した気象変動のデータ」
リディアの表情で察したのか。ウラガン大尉が付け加えるように言った。
「それに加えて私のところには、社会的、経済的混乱の情報が来ていた」
当時、地球侵攻軍の総司令官だったマ・クベのところにその手の情報が来ていたことは間違いない。制圧した地域やこれから侵攻する地域を把握するのは戦略を立てるために必要不可欠である。
「つまりデータの精度的には・・・・・・我々のほうが遥かに高い」
リディアはそう言うと深いため息を吐いた。
「それにしても、よくもまあ、この状態で内輪揉めする体力がありますわね」
ここまで詰んでいる状況で自暴自棄と言うわけでもあるまいに。
「民主主義の弊害と言う奴だよ。往々にして戦争というものは『まだ大丈夫だ』と思い始めたときに・・・敗北が見え始めるものだ」
どこか実感がこもっているように聞こえるのは気のせいではあるまい。戦争の最中に内輪もめと言うのは何もここの人間に限った話ではないのだから。前線と後方で意識の差が生まれるのは
ある意味仕方のないことだ。まして、政治の中心や経済の中心にいる人間がそこから近い部分にいるほうが珍しい。
「それでここまで大胆な策に打って出ることになったと」
「私もギニアス司令からそれを見せられたときは、いささか心が躍った。それが我々の目的だ」
確かに乾坤一擲というにはあまりにも無謀すぎるかけに乗せられるのはごめんこうむる。それならば盤をひっくり返すよりほかない。
「この世界で生き残るため、我々はなんとしてもこれを成功させなければならん。もはや骰は投げられたのだ」
「それにしても、現在ロシアの租借地であるアラスカに私が行くのは分かりましたけど・・・バウアー大佐まで同時にここを離れるのは」
「黒騎士にはここの連中の教導をやってもらうことが一つ、それと覇権主義者と一党独裁国家の策謀のなかに放り込むにはノリス大佐は向かぬ」
マ・クベとリトヴァク少佐が議論を交わし合う中、ウラガンは派遣者のリストをじっと見つめていた。
(なぜだろう黒騎士とこいつらはロシア人とかかわらせてはいけない気がする)
ウラガンが見ていた個人ファイルには「ハンス・ウルリッヒ・ルーデル少尉」と「シモ・ヘイへ少尉」の名が記されていた。
――― 2001年 1月 日本帝國 帝都東京 赤坂
新年を迎えた帝都は活気に満ち溢れているとはいえないものの、穏やかな年明けを迎えていた。もっともそれは内地だけの話であり、佐渡島のハイヴや半島に建設されたハイヴはいつとて予断を許さぬ状況であった。ここ赤坂においても有数の料亭であるこの場にあってはなおいっそう閑静な趣が強かった。
カツン、と青竹が石に落ちた音が響く。丸い池の中に泳ぐ錦鯉の姿を見ながら、軍服姿の男は少々居心地が悪そうだった。それもそのはずで、他の来客たちは割とカジュアルなスーツや
着流しの姿であり、堅苦しい帝国陸軍の軍服はなんとも場違いである。京風の佇まいを感じさせる庭園は見事なもので、どこか懐かしさを感じさせるものだった。これだけでもこの場違いな
所にあえて来たかいを感じさせるものではあるが、今回は唯夕涼みに来たわけではない。
「いい眺めでしょう」
声をかけてきたのは、着流し姿の恰幅のいい男だった。歳は巌谷やや上であろう。どっしりとした体格が和服によく似合っている。永田鋼山、帝國製鉄の社長である。榊首相と懇意であり
横浜とのつながりのあるとされる産業界の大物である。最近、世に出た新型鋼材の立役者であるともされ、技術ラッシュの先駆者でもある。この人物が今回の集まりの主宰とされていた。
「永田さん、ぼちぼち皆さん揃うようですよ」
後ろから穏やかな声音が響く。同じく着流し姿の男性が立っていた。中肉中背でやさしげな眼をした初老の男は、今を時めく渡邊工業の社長でもある。新鋭工作機「玄武」をはじめとして
世に送り出した「重戦術機」は巌谷をして少年のごとく心躍らせる代物であった。あれがもし帝都陥落の時にあれば・・・。いまでもこうして京にあるあの家の庭園を眺めていることが出来たかもしれない。
「懐かしいですか?」
何を含むでもなくかけられた声に、巌谷はどきりとした。自分の心を見透かされたような気がしたのだ。
「京にあった親戚の家を思い出しまして」
BETAによって、灰燼とかした元の帝都、そこにあった風景を巌谷は一日たりとも忘れたことは無かった。そして、この第2の帝都を同じ風景にするわけにはいかないのだ。
その帝國の運命はこれからの会合に賭かっている。そう、思えば巌谷は己の両肩に負うものの重さを確かめたような心境であった。
「お待たせしましたかな……」
涼やかな声が響いた。永田に負けぬ長身でありながら、線が細く異国の掘り込まれた顔立ちがなおさらに、和装をやや特異にしている。しかし、不思議とその取り合わせに違和感を感じさせないのは、痩躯の男から漂う落ち着いた雰囲気ゆえであろうか。
「いえいえ、あまりせわしない集まりでもありませんからな」
邪気のない笑みを浮かべながら永田が答えた。
「しかし、よくお似合いですな」
「着付けを手配していただいて、助かりました。興味はあったのですが、何分初めてのものですから」
異国人の顔に穏やかな笑みが浮かぶ。
「着慣れなければ致し方ありますまい。なにより挑戦ですよ。巌谷さん、こちらが『国連軍』のマ・クベさんです。マ・クベさん、こちら帝國陸軍の…」
渡邊がにっこりと笑いながら、巌谷を紹介した。異人は穏やかな相貌のまま、丁寧に頭を下げた。
「国連軍のマ・クベ中佐です。お初にお目にかかります」
『横浜』『ジオン・インダストリー』『エルサレムの奇跡』信じられないほどに唐突に現れた都合のよすぎる奇跡。その立役者と目されている男がそこにいた。
異国情緒を漂わせるアイスブルーの目が、まるでこちらの全てを見透かすように見つめている。
「帝国陸軍の巌谷中佐です。このたびはお招きいただいて、ありがたく思います」
現在国内でも注目されている「横浜の落とし種」と言われる革新技術の数々をもたらされた国内企業。その主たちが集まる集いは陸軍の重鎮であっても容易に接触できない集まりだと言われていた。
この茶会の存在を知らせてきたのが、情報省きってのワイルドカードである鎧左近なのであるから、その話はほぼ間違いないだろう。
「今回の巌谷中佐に来ていただいたのはほかでもありません」
「XFJ計画、こちらに一枚かませていただこうと思いましてね」
「願ってもない話ですが……」
「これは横浜の意向と取っていただいても構いません」
「!?」
表立って横浜とのつながりを出してきたということは、そういうことなのだろう。ついに表に出る決意をしたということか。XFJ計画への介入はそのための布石なのであろう。先の新鋭戦術機の発表によりXFJ計画は暗礁に乗り上げかけていた。横浜の新鋭機を「撃震」に変わる次世代主力戦術機に押す動きが出てきたのだ。そうなれば、不知火を改修して次期主力機とするというXFJ計画は修正を強いられる。
つまりこの新鋭機をベースにして高機動長距離侵攻能力を主眼とした機体を開発すべきだと言う意見が出ているのだ。かつて英国が開発したドレッドノート級戦艦があまりにも卓越した設計ゆえに既存の艦艇の保有数を問題で無くしてしまったように、この新たに開発された「重戦術機」という枠は既存の機体とは大きく一線を画すものであることは疑いようがなかった。巌谷としては前線の衛士に少しでも高性能な機体を望む巌谷としては盲目的に自分のかかわる機体を押す気はない。
だが彼が見るところ先に発表された「紫電」は明らかに拠点防衛に重きの置かれた機体であり、長躯侵攻してハイヴを攻略する機体ではない。国内にハイヴを抱えている以上、それは看過できない点だ。まして列島の安全を確保するのであれば、そのすぐ近くの半島のハイヴをも攻略しなけれならない。つまり新鋭機を開発するにしても既存機体でしのがなければならないことに変わりはないのである。
「アラスカへの派遣枠に我々の機体を入れて欲しいと思いまして」
出し抜けにもたらされた要望は驚くべきものだった。
「それは願ってもないことですが、よろしいので?」
半信半疑の思いを隠せないまま、巌谷は目の前の男を見た。つまりはこのなぞのベールに包まれた組織が表舞台に立とうと言うことだ。それも日本帝国に近しい立場で・・・。その意図は一体何なのであろうか。
「我々の意図は『この戦争に勝つ』ということ。それ以外ありませんよ」
こちらの意図を察したかのように目の前の男は答えた。海のように深い双眸は底知れぬ何かを湛えているようで、巌谷は思わず己の背筋に戦慄が走るのを感じた。「只者ではない」彼の心に強烈に焼き付けられたのはその一言だった。
ここから欧州方面やアラスカに分岐するので、戦闘が出せるとともにMUVLUVキャラクターの出番も増えると思われます。シュベルツェルスは絡めたいんですが、なにぶん時代が違いすぎて・・・。まあ、これ以上は欲張らず粛々と終わりまでやっていきたいと思います。