――― 1999年 横浜ハイブ地下
男たちは地獄の釜の中に居た。天蓋と地面が青白く光っている。その燐光をかき消すように燃え盛る炎と曳光弾の軌跡が薄闇を切り裂いた。
鋼の巨人が120mmという戦車砲なみの機関砲を撃ちまくり、陸上戦艦の主砲が咆哮する。
その火線の全ては大軍をなす異形の怪物たちへと向けられていた。砲弾が着弾するたびに青白い大地を吹き飛ばし、その上にいたものを肉片に帰る。曳光弾は容赦なく肉をえぐりその醜悪な造形を崩していく。
辺獄の如きその場所で、彼らは一心不乱に戦い続けていた。一秒先の命の為に、傍らにいる仲間の為に異形の怪物と渡りあう。彼らはその場所をアプサラス開発基地と呼んでいた。
黒色迷彩に塗装されたギャンとその周りを囲む同色のグフタイプの一群はまさにその辺獄の最前線にあった。軽やかなステップとともに真っ直ぐに突き出されたビームサーベルが6足の化け物を貫く。瞬時に縮退荷電粒子の刃が化け物の肉を焼き崩し、体液を沸騰させる。
体中の穴という穴から体液を炸裂させながら、がくがくと断末魔の痙攣を起す化け物をマ・クベは画面越しに冷徹に見つめていた。
湧きて湧きて尽きぬ敵である。一匹一匹の強度はそうでもないが問題はオデッサの連邦軍もかくやというその数にあった。
となりにいたイフリートが同じ甲殻を持つ6足の化物に蹴りを入れながら、ヒートソードを引き抜いた。正面から甲殻を貫かれた6足の化け物が支えを失って崩れ落ちる。周りに立ち込める薄い霧は、MSの熱伝導兵器によって蒸発した体液である。うす赤いそれはまさに血煙だ。
これで、何体目になるのだろうか。無尽蔵に立ちふさがる化け物共を斬り伏せながら、マ・クベは思った。
オデッサの時と同じ。斬っても、斬っても、尽きることの無い敵の軍勢……
もしかしたら、自分はまだあの戦場で戦っていて、これは戦いに狂熱した脳が見せる幻影なのではないか、そんな疑念さえ浮かんでくる。だが、今は悩んでいる暇などない。
正面から殴りかかってきた4足の前腕がギャンに迫る。滑らかな機体駆動で難なくかわすと、腕を付け根から切り飛ばした。
フィールドモーターによる滑らかな機体駆動は、慣れないパイロットでも高い機動性を引き出せる。オデッサでたっぷり場数を踏んだマ・クベにとって、ギャンは自分の体も同じだ。振り向きざまに醜い顔を胴体ごと断ち割る。蒸発した体液で血煙が舞い、化け物は地面に沈んだ。力が抜けてへたり込む様は、なんだかタコっぽくて気持ちが悪い。
「そう言えば、東洋ではアレを食べると書いてあったな」
ふと、マ・クベは少し前に読んだ地球文化の本を思い出した。
《マ・クベ隊長、ご無事ですか!》
ヒートサーベルの二刀を構えたイフリートがギャンの隣に並んだ。マ・クベのギャンと同じく黒色迷彩が施され肩にはヒートサーベルのぶっちがいにビームサーベルのエンブレムが画かれている。マ・クベが指揮する斬込中隊のエンブレムだ。
「メルダースか、中隊はどうだ?」
《みんな、よくやってます。オデッサからの生え抜きだけあって、まだ誰も落ちてません》
ヴェルナー・メルダース少尉、オデッサでマ・クベが編成した斬込隊に一番に志願した男だ。今は「斬込中隊」の副隊長を任せている。
「メルダース、我々は此処で死ぬと思うか?」
通信機越しに、陽気な笑い声が返ってきた。
《ご冗談を。オデッサに比べれば、撃ってこないだけよっぽどましです》
「…見た目は多少悪いがな」
オープン回線での会話の為、中隊全員の笑い声が通信機越しに聞こえてくる。それでいて気を抜いているものは、一人もいない。
斬込中隊のメンバーは、オデッサ撤退戦の折に彼と共に殿となり連邦軍相手に切り込みをかけた斬込隊の生き残り達である。筋金入りの白兵巧者ばかりだ。
陽気な部下たちの反応を見て、マ・クベは少しだけ頬を緩めた。何故こうなったのかを今考えても仕方ない。
此処はオデッサではない。だがオデッサの様に「敵」がいて、オデッサの時の「味方」がいる。ならばやる事は決まっていた。斬って、斬って、斬り抜けるのだ。
隊伍を組んだ六つ足の間を縫うように、イフリートがヒートサーベルの二刀で舞う。
ギャンのシールドミサイルがタコもどきを吹き飛ばす。足元に群がろうとする有象無象はグフのヒートロッドが打ち砕き、跳ね飛ばす。
まるで血の華を咲かせるように、醜悪な化けモノを醜悪な肉塊に変えながら、マ・クベのギャンを筆頭にグフとイフリートの混成部隊は、まるで一つの機械の用に化物どもを屠殺した。
シールドが攻撃をそらし、そいつを別のヒートサーベルが斬り伏せ、別のシールドが彼らを守る。絶妙に合わされた息の感覚は、彼ら自身を精巧に噛み合う歯車であるように錯覚させる。
味方の存在を、彼が何をしようとしているのか、感じ取りながらそれに合わせてた動きを瞬時に「全員が」理解していた。
それは決して悪い気分ではなかった。その奇妙な連帯感の共有こそ、オデッサの激戦の中で彼らを生き残らせたものであった。戦争は一人では出来ないし、一人でするものでもないのだ。
《マ・クベ! 30秒後に支援砲火がくる!! 援護するから下がれ!》
通信機から響いた声が、マ・クベの意識を現実に引き戻す。黒騎士中隊の隊長エルンスト・フォン・バウアー少佐から通信が入る。マ・クベの僅かに後方にいる頭部装甲をB型(フリッツヘルメット型)に換装した黒いアクトザクが彼の愛機だ。同じ黒色迷彩で塗装されたザクの一団が、一斉にグレネードランチャーを放つ。弾は放物線弾道で斬込中隊の頭を超え、敵の後衛に炸裂する。
後衛と前衛が分断された瞬間、すかさず横隊を組んでマシンガンのセミオート射撃で支援射撃を加えた。中隊射撃による断続した火線が敵前衛に降り注ぐ。対歩兵対空用の近接信管弾頭が着弾直後に炸裂し、破片をばら撒いた。90mmの高速弾ということもあいまって爆発の衝撃波とばらまかれた破片が化物をずたずたの肉片に変えた。
敵の勢いが僅かに衰えた瞬間を、マ・クベは見逃さなかった。即座に通信機に向かって怒鳴る。
「全機ロッテ(二機編隊)で散開しつつ後退! 射撃兵装の残弾は、全てくれてやれ!」
グフの部隊が、素早く2機編隊で後退を開始する。75mm機関砲で敵をけん制し、追いすがる敵はイフリートの小隊が二刀にかめたヒートソードを縦横に振るって斬り伏せる。
止めとばかりに後衛で構えていた黒騎士中隊のケンプファーが重マシンガンで掃射を掛ける。荷電粒子の火線が化け物どもを片っ端から薙ぎ倒す。
マ・クベはハイドボンプの残りをばら撒いた。殿を務めるイフリートの小隊に回線を繋ぐ。
「良くやったメルダース、下がるぞ」
《了解!》
全速力で下がるギャンとメルダースのロッテ(二機編隊)の援護に回ったのは遠方に展開した白薔薇中隊であった。
リディア・リトヴァク少佐率いる狙撃部隊のゲルググJが狙撃用のビームマシンガンをフルオートで撃ちまくる。超高速の荷電粒子は凄まじい効果を示し、一撃で敵生物を蒸発させた。交差した弾幕が網でからめとる様に敵群の前進を完全に阻んだ。
敵との距離が徐々に開いていく。敵軍をおそった災難は底にとどまらなかった。後方で待機していた母艦群が行動を開始したのだ。
後方に待機していたザンジバル級機動巡洋艦「ザンジバル」は2期編隊で後退してくる斬込中隊を確認した。黒騎士中隊と白薔薇中隊がその後退を援護している。
「艦長! あと10秒で斬込中隊が安全圏に入ります」
オペレーターが厳しい顔つきで叫ぶ。艦橋の望遠モニターに映し出される機影を見つめていたウラガン大尉は、緊張した面持ちでうなずいた。
「ミサイル発射用意! 弾頭対地制圧!」
「ミサイル装填。弾頭、対地制圧!」
火器管制担当のオペレーターがすかさず復唱する。
「斬込中隊及び黒騎士中隊後退中! 全機安全圏到達まであと7!」
「ミサイル装填よし! 発射管開きます」
火器管制のオペレーターが発射ボタンのロックを解除し、いつでも撃てるように指をそえる。
「6!」
「5!」
「4!」
「3!」
「2!」
「1! 全機安全圏到達!!」
索敵担当の声と共にウラガンは号令を発した。
「発射管開けぇっ! ミサイル水平発射!!」
ザンジバルの前部発射管から6基のミサイルが打ち出される。同じく後方に待機していたザンジバル級「モンテ・クリスト」「ヴァルト・シュタット」「ボルドー」の三隻も、続いてミサイルを発射した。水平弾道で発射されたミサイル群は、密集隊形をとっていた怪物たちの上空で無数のクラスター弾子を敵上空でばらまくと、一気に炸裂した。壮絶な轟音と共に巨大な傘のように広がった散弾が豪雨となて降り注ぐ。
安全距離に下がっていたマ・クベは、鋼鉄の暴雨が降り注ぐ様を冷徹に見すえていた。ギャンの隣には、メルダース中尉のイフリートが控えている。
「…良くやってくれたウラガン。まさに完璧だ」
恐ろしい規模であった怪物どもの密集隊形は崩壊し、ところどころで半死半生の怪物達がのた打ち回っている。全軍が歓声を上げ、興奮した声が通信機から聞こえた。マ・クベの顔にも我知らず、笑みが浮かぶ。
だが一方で、それほど楽観し出来ないのではないか、と言う声が彼の中でささやかれた。敵の過半数が動けはしないものの数百万発の鉄の豪雨を生き延びている。恐ろしい生命力とそして数である。
(もしあれがもっと大量に来ていたら? あるいは突入口が一つではなかったら……)
そこまで考えて、マ・クベは際限なく湧き上がる思考を振り払った。
「いかんな。戦闘中に考えすぎるのは悪い癖だ」
こんなことで、よく今まで死ななかったものだと、自分に呆れた。死ななかったのは、部下が背中を守ってくれたからなのだ。今はその彼らを一人も失わなかったことを喜ぶべきなのだろう。そして成すべきことをすべきなのだ。悩むのも苦しむのもその後でいい。
(今、私が今出来ることを……)
再び凄絶な笑みを浮かべると、マ・クベは貴下の中隊に下命した。
「諸君! 殲滅戦を戦うぞ!!」
通信機から、歓声が返ってくる。ヒートサーベルを赤熱させたグフとイフリートがギャンの周りに集結する。
《マ・クベ司令、自分もつれて行っていただけまいか!!》
オープン回線で割り込んできたのは、アプサラス基地防衛隊指揮官のノリス・パッカード大佐だった。基地の防衛隊を再編したのか、ザクとドムの混成部隊を連れている。
乗機のB3グフは、化け物の体液とこびり付いた肉片で赤黒く染まっていた。恐らく相当な激戦を戦ったのだろう。
「ノリス大佐、私はもうオデッサ方面軍司令ではない。ゆえに敬語は不要だ」
《それはどういう…》
映像通信画面の向こうで、ノリスが怪訝そうな顔をする。だが、説明している時間は無い。
「詳しい話は後にしよう。大佐、付き合っていただけますかな?」
《喜んで!》
マ・クベがギャンのスラスターに火を入れた。後にはメルダースのイフリートとノリス大佐のB3グフ、そして彼らの部下が続く。
地下空洞を揺さぶろうかとばかりに鬨の声をあげ、手に手にヒートホークやヒートソードを振り上げ、鋼の巨人たちは異形の化け物へ突撃した。
《奴らに遅れるな! 全速力で突っ走れ!!》
バウアーの黒騎士中隊も、負けじとそれに続く。吹き抜けた風の名は殺戮であった。灼熱の刃が生き残った怪物達に死と破壊をばら撒きながら進むそれが通ったあとには、
動くものなど一切残されてはいなかった。
もし、あの化物どもに感情があったのなら、この日を忘れることが出来なかったことだろう。その恐怖を子々孫々まで伝え続けたであろう。
しかし幸運なことに、彼らに感情があろうとなかろうと、生きて戻ることが出来たものなど皆無であった。
今回&前回出てきた軍人さん紹介
ちなみにORIGINと普通のガンダムではMSの兵装や編成が若干異なります。
たとえば旧ガンダムではmsは一個小隊3機編成ですがORIGINだと4機の編成になっていたりします。後GMやザクが歩兵掃討用の胸部機銃を装備したりしています。
ORIGNをまだ読んでいない方はぜひ読んでみてください。
本作品に出てくるオリジナルキャラは史実の軍人さんから名前をいただいています。ジオン軍人はなぜかそういうルーツの名前が多いので…。
デザート・ロンメルやエーリッヒ・ハルトマン等等。ランバ・ラルのラル姓もそういうエースパイロットが居ます。
ヨアヒム・パイパー
パイパー戦闘団を指揮したSS大佐。黒騎士物語にも出演していた為、本作にも出ていただきました。
本作では第600軌道降下猟兵大隊の指揮官であり、士官学校でではありますが特殊部隊で戦争初期から戦い抜いてきたエースパイロットです。
ヴェルナー・メルダース
航空隊の編成でシュバルム(4機編成)を発案したドイツのエースパイロット。
115機撃墜。本作では母艦の指揮官を務めるウラガンに変わって戦場で
マ・クベの僚機を勤めています。
リディア・リトヴァク
自分の愛称の「リーリャ(ロシア語で白百合)」を機体に書いてたら、ドイツ兵に薔薇と勘違いされて「スターリングラードの白薔薇」の異名を取ったソ連のエースパイロットです。写真を見ると結構美人さんで驚きました。12機撃墜
本作の紅一点。ほぼ男子校状態の本作においておそらく唯一活躍する女性な気がします。
シモ・ヘイへ
「白い死神」の異名を取った伝説の狙撃手。あまり知られていないけど、サブマシンガンの名手でもあったりする。と言うかサブマシンガンで殺った数のほうが狙撃で仕留めた数より多いらしい。フィンランド軍は個人的に好きなので、出演してもらいました。こちらもオデッサ編にも登場するたたき上げのエースパイロットの一人です。
MSのスペックや軍人さんの資料としては主にウィキペディアなどから取っています。資料本が出ているのですが、予算とガンダム関係は本によって数値に差異があったりするので、基本的にネット便りです。なので、何かご指摘や叱咤激励ございましたら、どしどし御願いします。