機動戦史マヴラヴHardLuck   作:赤狼一号

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第四章 遭遇

――― 1999年 横浜ハイブ地下大空洞

 

 

 化け物どもの屍がそこらじゅうに転がっている。黒い機体は、返り飛んだ体液で赤黒く染まっていた。

 空間強襲用の黒色迷彩に頭部装甲をフリッツヘルムに換装したそのアクトザクこそ、黒騎士中隊指揮官エルンスト・フォン・バウアーの愛機である。

 マグネットコーティング実証試作機であるその機体はなめらかな操作性と抜群の反応性をもち、その運動性能は中隊の半数を占めるザクⅡ改にも引けをとらない。

 

「さてと、あとはこの地下鉄シベリア超特急をどう潰してやるかだが…」

 

 アクトザクのコクピットの中、隻眼の男は巨大な円筒生物をしげしげと眺めながらつぶやいた。

 

《バウアー少佐、シベリア超特急とは何のことでありましょうか》

 

 第1小隊長のクルツ・ウェーバー曹長が怪訝そうな表情で尋ねると、隻眼の男はにやっと笑いながら答えた。

 

「なんだクルツ、貴様シベリア超特急を知らんのか? ロスケご自慢の地下鉄で、シベリアの永久凍土の下をだな…」

 

《隊長、戦闘中に歴史の講義を始めないでください。それから、シベリア超特急は大昔に地球圏で作られた映画のタイトルです。あとシベリア鉄道は地下鉄じゃありません》

 

 割り込みで冷静な突込みを入れたのは中隊副官のオットー・シュルツ中尉だ。シュルツはバウアーが第600機動降下猟兵大隊に編入される前からの付き合いであり、腹心の部下である。

 この中隊において、バウアーにこんな口が聞けるのも彼だけだ。そしてバウアーのペースについていける稀有な人間の一人である。

 

「詰まらんことを言うなシュルツ。戦争ばかりじゃ気が滅入るだろ」

 

 こんな状況でこのような軽口に付き合ってくれるのも、長い付き合いならではのことである。なにせこれから見たこともない化物と戦争をやろうというのだ。

 弱音を履くものはいないものの、中隊の連中が緊張しているのは明らかだ。

 

《アホな会話の途中で落っこちたら、死んでも死に切れません》

 

「そりゃ、腕と度胸で乗り切るんだ」

 

 無線の中にかすかに笑いがまじる。どうやら少しは緊張がほぐれてきたらしい。

 

《ああ、あの、腹の中に爆弾でも投げ込むってのは…》

 

 かと思えば像回線越しにクルツがおずおずと言う。

 

「…何だと?」

 

 腹の中で笑いを噛み殺しながら、先を促す。

 

《いや、えーと、あんなにデカイと外からの攻撃は聞きにくいかな…と》

 

《クルツ…お前なあ》

 

 シュルツの呆れたような声が入る。今度こそバウアーはにやりと笑った。

 

「良く言った!」

 

《へ?》

 

 まさか褒められるとは思っていなかったのか、クルツが素っ頓狂な声をあげる。

 

「男はそれぐらい度胸が無きゃな。実際、俺も他に方法が無いと思ってた所だ」

 

 リスクばかりだが成功の可能性がないわけではない。

 というか、第600機動降下猟兵大隊の任務はおおむねこんなものだ。

 

《はあ、やっぱりそうなりますか》

 

 もはやあきらめた、と言う感で自機のケンプファーをスタートさせるシュルツ。バウアーは通信機に向けて豪快に怒鳴った。

 中隊の全機に喝を入れのだ。勝利の栄光かヴァルハラか、どちらにしても悪い選択ではない。

 

「聞いたとおりだ! あのデカブツの腹の中に飛び込むぞ! 爆薬で土の中から引きずり出してやる!!」

 

《ええええええええええええええええ!》

 

 黒騎士中隊は化け物の残党の頭を超え、彼らの母艦へと飛び込んだ。叫びながらもしっかり飛び込んでいるあたりクルツも完全に毒されている。

黒騎士中隊…豪傑エルンスト・フォン・バウアー少佐が率いる彼らのことを、人は「ジオン最強の愚連隊」という。

 

 

「ふむ、バウアーの奴め、わき目もふらず突っ込んでいきおる」

 

 満足げに笑うのは第600機動降下猟兵大隊指揮官のヨアヒム・パイパー大佐であった。自機のケンプファーを操作しながら戦況を確認していたのだ。基地防衛隊に若干の損害が認められるも軽微であり、大隊に損害なし。極めて突拍子も無い状況に放り込まれた割には善戦していると言えた。

 それにしても、奇妙な状況だった。アプサラス基地の発見に始まり、謎の敵対勢力との遭遇、そしてこの不可思議な空間…。

 

「まったく、不出来なSF小説でもあるまいに…」

 

 パイパーは自分の心の中に芽生えた信じがたい結論に苦笑した。

旗艦のモンテ・クリストから通信が入る。

 

《パイパー大佐、ギニアス技術少将が無事に保護されたようです》

 

「了解、ダブデのソナー手に伝えてくれ。敵は地中から来る。貴様らの耳が頼りだとな」

 

回線を切ると、ほっと息をついた。基地司令が化け物に食われたとなれば士気に関わる。出来れば全員助けてジオンに戻りたいと言うのが本音だった。

 

「ともあれ、仕事をせねばなるまいな」

 

 戦況は現在、優勢に傾きつつあり、交代してきた斬込回線の周波数を母艦艦隊に合わせる。

 

「全艦、前進。これより黒騎士があの地下鉄もどきに攻撃を仕掛けるやつが射程に入り次第、砲撃せよ!!」

 

《ヴァルトシュタット了解》

 

《ボルドー了解したました》

 

《モンテ・クリスト了解》

 

《ザンジバル了解…砲撃戦用意ッ!!》

 

 艦艇群が砲撃位置まで前進を開始する。

 

《120mm近接防御機銃射撃用意》

 

《ジェネレーター出力最大! 発砲回路つなげっ!!》

 

《エネルギーパルス経路修正! 発泡準備よぉし・・・》

 

《軸線合わせぇぇっ 全砲門開放! 撃ち方よぉぉし》

 

 砲撃を知らせる警報があたりに響き渡る。

 

《発砲警報発令。地上要員及び射線上の味方機は退避せよ。総員対閃光防御!!》

 

《いいか!! 絶対に閃光を直視するんじゃないぞっ》

 

 突如、凄まじい轟音と共に土が盛り上がる。大量の土砂を押しのけ、地下鉄もどきが悲鳴を上げて地下空洞に躍り出た。凄まじい音量に機体が軋む。

 

《目標の一部より閃光をみとむ。識別信号確認! …黒騎士です!!》

 

 どうやら、バウアー達は見事に追い出しに成功したらしい。パイパー大佐の口元が引き上がる。

 やはり奴らは機体を裏切らない。あとはあのデカ物を片付けるだけだ。

 

「全艦! 砲撃開始!!」

 

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 艦首周辺に青白い電光が走る。一瞬、目もくらむような閃光が洞窟内を照らし出した。4隻のザンジバル級機動巡洋艦から次々と放たれた縮退荷電粒子の槍は巨大な肉の塊を貫き、その熱量の全てを開放した。

 穿たれた箇所を中心に膨れ上がった肉袋が、おびただしい量の肉片と体液と化して爆ぜた。

 射線が合流した箇所の空気が急激に加熱されプラズマ化した大気が一瞬のうちに内部を焼きつくし、凄まじい速度で膨張しながら内側から引き裂いたのだ。

 銅の真ん中を8割以上えぐり取られた地下鉄もどきが地上に倒れこむ。近くにいた化物どもひき潰しながら転がった巨大な肉塊は地下空間を再び揺るがした。

 

拍動と共に蠢く肉の中を、男たちは進んでいた。

 地下鉄もどきと呼んでいる化け物達の母艦、その体内は薄暗く巨大な肉のトンネルだった。

 まさに小さなコロニーを思わせるその内部はお驚くほど広い。

 

「クルツ、離れるんじゃないぞ。しっかり着いて来い」

 

《了解、地獄までもついて行きます》

 

 生真面目なクルツの声には緊張の色がありありと見られた、文字通り敵の只中へと飛び込んだのだ。

 

「何だ? じゃあ此処でさよならしようって魂胆か?」

 

《なんの、ヴァルハラまでお供しますよ》

 

 軽口でやり返してくるあたり、流石に黒騎士の小隊長をはっているだけある。化け物の腹の中だというのに、緊張感のかけらも無い。これが黒騎士中隊のやり方だ。

 

《少佐、二時方向敵の集団です》

 

 熱源センサーに平たいものががさごそ動いているのが分る。もはや見慣れたその姿はタコ足と赤いクモもどきどもであろう。

 とりつかれれば厄介だが近づかせる気はない。

 

「お前達の行くヴァルハラは無いぞ化け物共!」

 

 バウアーの怒号と共に中隊が射撃を開始する。90mm高速徹甲弾が敵の芋虫もどきや小型種を蹴散らす。第4小隊のケンプファー部隊が重装甲の六つ足の相手をする。

 360mmバズーカが方向する。一撃で6つ足を打ち砕く。どうやら敵は蠢く肉の中ではうまく動けないらしい。

 といっても足場が不安定なのはこちらも同じだ。

 

「シュルツ! 天井のゴミどもを掃射しろ!!」

 

《了解》

 

シュルツの指揮する第二小隊とのケンプファーがビーム重機関銃(びーむへびぃましんがん)で天井の敵をこそげ落とすように撃つ。旧世紀のMG42汎用機関銃そっくりのそれは、まさに物量を相手にするにはうってつけの兵器だった。

 光弾がかすっただけでもクモもどきたちは蒸発していく。その一弾は6つ足の装甲すら射抜くのだ。そして実弾兵器とは段違いの速度で加速された銃撃はその衝撃波だけでも十分な殺傷能力を持つ。

 

《少佐、敵が群がっていた地点に何かあります…あれはMSです》

 

「なんだと!?」

 

 モニターをナイトビジョンに切り替える。破損したMSらしきものが転がっている。

 

「なんだこの機体? 見たことない型だな」

 

《こっちも同じです》

 

別の機体を調べていたクルツが言った。片足を失ったり、胸部を食い破られた跡のあるそれらの機体はみな一様に見覚えの無い形をしていた。MSに近い形状では在るが、連邦・ジオン両陣営のものとは設計思想から異なるような。マシンガンも複雑怪奇な形をしている。いうなればまったく別の文明に作り出されたものに感じる。

 

「とにかく、生存者がいないか確認しろ」

 

 周囲を警戒しつつ、コクピット部分が無事な機体に接触回線で問いかける。

 だが、応答は聞こえてこなかった。最後の機体にバウアーが呼びかける。

 

「こちら第600機動降下猟兵大隊、黒騎士中隊。生きているなら応答しろ!」

 

《……》

 

諦めて接触回線を閉じようとした。その時だった。通信回線に荒いノイズが走る。

 

「!?」

 

《…ちら…連軍、鳴海 孝之少尉……助けてくれ》

 

「やったぞ、最後の最後で当たりくじだ! シュルツこの機体を回収しろ」

 

《了解》

 

「クルツ、お前の隊は落ちている武器をもっていけ! 中隊全員、この不愉快な肉の塊にありったけの爆薬を仕掛けろ」

 

 内壁の一箇所に爆薬を仕掛けると、おのおの落ちている武器の中で爆発性のありそうなものを集める。殺した六つ足の装甲を被せて爆圧の収束効果を高めるのも忘れない。

 

《しかし、これだけの爆薬で吹っ飛ばされるんじゃ、こいつも可哀想ですね》

 

 仕掛られた大量のチェーンマインや工作用高性能爆薬を見てクルツがポツリと呟いた。

 

「情け無用! ファイアー!!」

 

 大量の爆薬が肉の壁を吹き飛ばした。拍動が凄まじいうねりに変わる。

そりゃあ誰だって腹の中で盛大に花火を上げられたら、平然とはしていられない。それは化け物の母艦でも変わらないらしい。

 

《どえええええええええ!》

 

クルツの情けない悲鳴が無線から聞こえてくる。バーニアでホバリングしながら、脱出の機会をうかがう。体液でグシャグシャになった肉の隙間から、外の景色がかすかに見えた。

 

「総員脱出! 全速力で突っ走れ!!」

 

 バーニアの残量にも構わず全開で脱出する。ザク改とケンプファーがそれに続く。

 フルスピードですっとばしながらわきめもふらずに、駆け抜ける。

 一瞬、彼方が光った方と思うと、凄まじい閃光と共に放たれた閃光の槍が地下鉄もどきを真っ二つにした。

 ノイズが走る後方の映像を見ながら、バウアーは己の口元が引き上がっていくのを感じた。

 

「こいつは廃線だな…」

 

 崩れ落ちる地下鉄もどきを背に、バウアー少佐まずは会心の笑みであった。

 

暗い坑道をいくつもの影が走りぬける。メルダースのイフリートが接触回線で話しかけて来た。

 

《隊長、あまり深追いすると、スラスターの燃料が持ちません》

 

「…分っている」

 

 冷静に考えれば追撃は得策ではなかった。何処に伏兵が潜んでいるか分らないのだ。

 地上の連邦軍MS部隊を攻撃する前から聞こえていた『声』。

 助けを懇願する何者かの『声』。

 それはこの不可思議な場所に来てからさらに明確なものとして、マ・クベの心中に語りかけてきた。

 

「一体なんだと言うのだ…」

 

 あまりにも不明瞭な事態に、マ・クベはかすかな苛立ちを感じていた。戦うたびに強くなるオデッサの感覚、それに呼応するかのように強くなる『声』。

 フラナガンの科学者どもの不快な戯言を気にするわけではないが、気にはなる。

 青白い単坑が唐突に開けた景色に変わる。

 先ほどよりもさらに薄気味悪い場所に出た。床一面が不気味な燐光を放っている。高い天涯とのあいだはほとんど闇が支配していた。

 それは自分たちが化け物たちと遭遇した場所を思わせる大空洞。

 その薄闇の中に浮かぶようにそれはあった。

 

《隊長! あ、あれは》

 

「私からも見えている」

 

 柱状の物体に繋がった無数の蒼白い光点。どくん、心臓が一際大きく跳ね上がる。まるで素手で心臓を掴まれているような気分だ。う

 まくは言えないが嫌な感じがする。そこから『声』は放たれていた。

 

「あの光点を確認する。スラスター点火、着いて来い」

 

 

 加速しながら、目標へと近づいていく。青い光点は何やら筒状のもので何かの液体に満たされているようだった。

 その液体の中に何かが浮いている。

 

《畜生っ! こいつは、あの化け物ども…なんてことをッ!》

 

 メルダースの

 無数に並ぶカプセルに内包されたもの……それは脊柱及び中枢神経までがつながった状態で抜き取られた人間の脳随だった。

 

《…こいつをッ!……隊長。どうしますか?》

 

 いろいろと聞きたいこともあったのだろう。しかし全てを飲み込むように押し黙ったあと、メルダースの声は冷静なそれに戻った。

 

「……」

 

 マ・クベは黙ってカプセルに近づくと、コクピットを開いた。

 

《!? 何をする気ですか!!》

 

 メルダースが驚愕したように言う。当然だ。まだ敵が残っているかもしれないのに、自殺行為もいいところだ。

 だが、その時はそんなことなど考えてはいなかった。ただ、マ・クベの心がそうしろと強力に命じていた。

 青白く光る外壁に触れる。

 とたんにマ・クベの頭の中に凄まじい量の情報が流れ込んできた。もし走馬灯というものがあればこのような感じなのだろうか。

 大量の情報の本流に押し流されながら、スナップ写真のように次々と場面が浮かんでくる。

 

『武ちゃん!』

 

 泣きそうな顔をする幼馴染の少女。

 肩を震わせ自分の胸にすがりついてくる少女。この子を守れるのは自分しかいない。

 そんな決意が己の恐怖を押さえつける。

 

『純夏、心配するな。お前のことは俺が守る! 必ず戻ってくるから』

 

 必死で張った虚勢を悟られないようにがんばって笑う。歯がならないように歯を食いしばる。

 そして…絶望をもたらす白い影。

 

『俺が行くよ。た、頼む。そいつはあとにしてくれ!』

 

『武ちゃん、嫌だよ嫌だ』

 

『純夏…ちょっと行って帰ってくるから』

 

 前進を包み込む恐怖感に必死で抗う。震えようとする膝を必死で踏ん張り。鳴ろうとする歯を食いしばり、ひきつりそうになる口元をいっぱいに引き上げて、

 ただ目の前の少女を安心させたいという一心で笑う。

 

 

『止めろ! てめぇ何しやがる気色悪い!! クソ! 畜生!』

 

 それは、一人の少年が生物として陵辱の限りを尽くされ、脳髄へと解体される映像。

 あらゆる苦痛と快楽の全てを与えられ、人間性をかけらすら残さず破壊されようとしてなお、抗い続ける一人の少年の記憶。

  おぞましくも淫靡に人間が破壊し尽くされていく記録であった。

 

『やめてよぉ、いやぁ! 武ちゃん!! 助けて! いやぁぁぁぁぁ!!!』

 

『ヤメロ! 純夏! 純夏ァァァァァ!!!』

 

 何よりも守りたかった少女が嬲り者にされ、淫靡に歪む顔に嫉妬し、そんな自分を嫌悪する。苦痛と絶え間無い快楽の中で心すら壊れていく様を見ていることしか出来ない無力。

 そしてなお抗おうとする姿が、彼の心を蝕む

 

『モウ、イイ。ヤメテクレ! ・・・・・・タノムッ!!』

 

『ゴメンナサイ。タケルチャン。ゴメンナサイ。・・・ヨゴレチャッタ。ゴメンナサイ・・・・・・タスケテ』

 

 助けを求める声が詫び続ける声が、彼の心を蝕んでいく。

 

『純夏、純夏、コエタエテクレ、純夏…。 誰カ…純夏ヲ……タスケテクダサイ』

 

 それは、無力感に打ちひしがれながら叫んだ願い。狂おしい嫉妬と自己嫌悪で自分を八つ裂きにして、なお叫び続けた願い。

 この絶望の中に合って、この無力な命にひとかけらでも価値があるなら。

 願うものすらわからない闇の中で、ただひたすらに願い続けた。

 

『オレハ、純夏ヲマ守レナカッタ…』

 

 無力への嫌悪。

 

 理不尽への怒り。

 

 ソシテ、ナニヨリモマレナカッタアイツヘノ、ナニヨリモタイセツダッタアイツヘノオモイ・・・・・・。

 

 全てを無くしても、存在すら無にきそうとも、この果てない絶望の中で願い続けた。

 

『神様、オレハ、ドウナッテモ構イマセン。モットツライメニアッテモ! キエテモイイ・・・

 ダレカ、純夏ヲ守ッテクダサイ…。

 誰デモイイ、誰カッ! 俺ジャ、純夏ハ守レナイ…俺ジャ駄目ダッタ……純夏…純夏、純夏、純夏、純夏、純夏、純夏ァァァァァァァァッ!!!! 

 コロシテヤルゥ! BETAァ、ミナゴロシ、殺スゥ…』

 

 マ・クベは黙ってその願いに耳を傾け、後半の憎悪に対しても無言だった。

 だんだんと『声』は弱まり、やがて途絶える。静寂がその場を支配した。

 

「どちらかだ…」

 

しばらくして、男は答えた。カプセルに手を当てたまま、青白く光る溶液の中に浮く脳髄へ問いかける。

 

「復讐かそれとも想いか、どちらかを選べ」

 

 聞きながら、まるで陳腐な恋愛映画のセリフだな、と冷徹に自分の行動を評す。

この少年はどう答えるのか、単純に興味があった。

 

『…スミカヲ…タスケテ、クダサイ……』

 

「………」

 

 それきり、声は途切れた。目の前に相変わらず脳髄は浮いているが、抜け殻のように感じる。何もかもが酷く不快だった。マ・クベはコクピットを閉じると回線を開いた。

 

「…帰艦するぞ」

 

《は、は! 了解しました!》

 

 色々と分ったことがある。まずあの怪物達が『BETA』と言うこと。彼らは人間をたんなる「もの」として認識していること。だが人には興味を抱いていること。

 

『だが、何の為に?』

 

 興味があるようで同時に深く理解する意図もないような・・・。そんな印象だった。その証拠に目の前に置かれた「標本」は対話の可能性など根こそぎにするような所業である。同時に、目の前の脳髄が酷く美しいものに見えた。いや、真実美しいのだ。強大すぎる運命に翻弄されてなお、そこに真っ向から立ち向かう。それは一人の少年が残した生き様であり成果だった。

 苦痛に抗い、屈辱に抗い、快楽に抗い、恥辱に抗い、絶望の只中でひたすらにあがき続けた。

 

 だからこそ、マ・クベの胸には怒りが渦巻くのだ。人の悲哀を、心そのものを芸術にしてしまうなど、あまりにつまらない。これは造ろうとして造られた物ではない。人の肉を弄繰り回して、挙句すべてとっぱらったら偶然出来てしまった芸術だ。

人の肉を剥ぎ取って心そのものを芸術にするなど、なんと無粋なことか。

 まるで宝石のようではないか。しかし、その輝きはマ・クベの心を打たない。心とはその有り様のままに生きたとき、初めて人生という芸術を残すのだ。

 気の遠くなるような時を連綿と続いた技が土くれを芸術へと育て上げる。つまり、BETAの手慰みなど白磁の名品には遠く及ばないのだ。

 

「気に入らんな……」

 

 決して同情したわけではない。決して種族的危機感に流されるわけでもない。ただ無神経にこんな無粋なものを造り続ける者たちが不快だった。

 そこには無理解が見えた。己の偏狭な感性から外れるものを理解しようとしない無理解と無関心。白磁だろうがマイセンだろうが、土の皿と笑って銀器を持ち上げるような俗な感性。想像力の欠如した愚か者共。

 

 マ・クベはかつて己がジオニズムの理想を吐き捨てたことを思い出した。己の揺り篭を忘れることが人類の革新などとは笑わせる。

 地球の重力に魂を捕らわれた人々。そうアースノイドを哀れむ彼らスペースノイドとて元は地球の重力という揺り篭で育った。

 己がたってきた道すら忘れて、一体どこへ行こうというのか。人は足元に小石を積み上げて天へと登るように生きていくのだ。

 それを忘れれば奈落へと落ちる。結局は宇宙へと棄民された者たちの負け惜しみへとたどり着くのだ。 

 

「ジオニズムの理想など、白磁の名品一つにも値しないと言うのに…」

 

 突如、思考の渦をさえぎり、サーモセンサーの警告音が鳴り響く。

 

《隊長、複数の熱反応あり、11時の方向です》

 

「分った。隠れてやり過ごせ」

 

《了解》

 

 中隊が動く。そろりそろりと柱の裏や闇の濃い部分に隠れる。黒色迷彩が威力を発揮する瞬間である。だが、ギャンだけはその場から動かない。

 

《隊長?》

 

 マ・クベはシートの上で腕を組むと考えをまとめていた。身の回りのありとあらゆる無粋に腹が立っていた。そしてそれらをまとめる思索すら途切れさせられる。

 

《…間…人間の…脳だぁ!!》 

 

 オープン回線からノイズ交じりの絶叫がもたらされる。…酷い音だ。早く帰ってくれないだろうか。そう思っても上手くいかないのが人生らしい。

 

《ん? 何だ! 何かいるのか?》

 

 まったくもって運が無いな、とマ・クベはため息をついた。いや、これはある意味では幸運なのかもしれない。文字通信(メール)で「動くな」と中隊に下命する。

 

 機体を起動させ、臨戦態勢に映る。ギャンのモノアイが薄闇に輝く。異形の機体に単眼、鋭い眼光は、咄嗟に彼が敵だという印象を抱かせるには十分だった。

 

 一機があわてて銃弾をばらまく。ギャンがひねりを入れてかわす。銃弾の数発が装甲に弾かれた。だがそれで終わりだ。薄闇の中に降り立つと、鈍く光る単眼が撃った方向を見た。隣に居た機体が慌てて止めている。

 なにやらがなる無線を閉じ、目の前の機体を見る。見覚えの無い機体だ。つまり味方ではない。それで十分だ。我知らず、男は笑っていた。短絡的な考えなのは承知のうえ。つまるところ八つ当たりなのだが心の中で分っていてもやめる気は無い。どのみち言葉で何とかするのは無理だろう。呪うなら、生まれ持ったはかない命運でも呪うがいい…

 

 ギャンがサーベルを抜く。偏向縮退されたミノフスキー粒子の刃がブンと空気を震わせて、電光のごとき刃を形成する。

 嗜虐的な笑みを浮かべ、男は誰に言うでもなく呟いた。

 

「…良い音色だろ?」

 

 薄闇の中を閃光の刃が踊る。不幸にも彼の相手をした機体は、何が起きたかも気づく間もとなく両足を刈られた。

 

 

 

 

 

 

――― 国連太平洋方面第11軍 指揮所

 

 それはハイブ突入部隊からの最後の通信だった。

 

《畜生! HQ! 地の底には鬼がいる!! 繰り返す、地の底には鬼が……》

 

 それっきり彼らからの通信が帰ってくることは無かった。HQは彼らをMIA(作戦行動中行方不明)と認定した。

 

 

 苦い顔のパウル・ラダビノッド准将がさらに苦い顔をした女性に目配せをした。

女性こと香月 夕呼博士は忌々しげに顔を顰め、黙って頷いた。ラグダビノッド准将が重々しい声で告げた。

 

「…A01部隊を甲22号標的に投入する」

 

 

 

 




あとがき
軍人さん紹介
今回は黒騎士物語のキャラクターの紹介になります。

『エルンスト・フォン・バウアー』
黒騎士物語の準主役、クルツをよく引っ張りまわして、過激なことをやりまくる元気なおっさん。豪胆な性格で名言を数多く残している。

『クルツ・ウェーバー』
バウアーに振り回されるかわいそうな人。でもバウアーの忠実な部下の一人であり、彼の成長が画かれているのが黒騎士物語。つまり黒騎士物語の主人公である。食われ気味だけど…。

『オットー・シュルツ』
バウアーとは少尉任官時代からの付き合いだと言う腹心の部下。数々の激戦をバウアーとともに潜り抜けた戦友でもある。

 やっとこさ原作キャラを何人か出せました。出てきたシーンはほんのちょこっとですが…。さてヘタレ主人公こと鳴海君が生き延びてしまいました。最近「君が望む永遠」を資料代わりに読み始めています。まあ、何とか出せそうなので、出してみました。
 本作品ではタケルちゃんと純夏のつれて行かれる順番がもし逆だったら…というIF設定で進んでいます。最近聞いた話でアンリミテッド版のラストのタケルはBETAに捕獲され脳と脊髄だけで何千年も生きるハメになると言う恐ろしい話を聞いて、凹みながら書きました(人間的いやらしさの無い触手は嫌いです)。そしてマ・クベが黒いです。なんか葛藤するマ・クベって想像できないですが、がんばろうと思います。
ご意見・感想などいつでもお待ちしております。読者の方の声は作者を育てる糧です。
ぜひご協力ください

 だいぶ加筆しました。結構印象が変わったかもしれません。楽しみにしていてください。
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