異分子兵士、提督となる   作:遊々自適

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説明回は次回になりました。


二章  始動編
第十一話 憧れと我が儘


 彼女は特筆すべき能力を持ち合わせていなかった。火力も雷撃性能も艦載機も偵察機をなんとか積めるぐらい。軽巡洋艦の一人でしかなかった。

 彼女は”艦娘”として造まれ変わって目指すものを持った。しかしそれは出撃することがなかった彼女にとって具体性のない偶像でしかなかった。自分がどうすればよいか、何をすればそこに近づけるか分からなかった。我武者羅に行動に移すことも、前提督の支配下ではままならず、”自分”を見失っていた。

 姉妹や仲間たちに心配をかけまいと作り笑いだけが巧くなっていった。辛そうな駆逐艦の娘を励まそうと努めて明るく振る舞ったりもした。励ますことはできなかった。

 自分はこのまま出撃することもなく鎮守府の中でただ過ごして、いつかいきなり海に出されて轟沈するだけなのかなと、暗い思考の海に自ら沈みかけていた時だった。

 

 彼は唐突に彼女の前にやってきた。仲間たちが海で拾ってきたと言っていた。特に興味もなかった。どうせすぐに追い出されるか消されるかするだけだと彼女は思っていた。

 彼は翌日、仲間たちと演習をすることになった。姉妹と共に部屋の窓からそれを眺めることにした。

 彼女は心を奪われた。彼に与えられた、たった3m四方の僅かな足場でステップしターンしジャンプして、練度の高い仲間たちの攻撃をひらりひらりと躱していく様に魅了された。窓のそばにいた姉妹を押しのけて彼の一挙手一投足を見逃すまいと齧りついて観た。

 足場すら、砲撃の爆音すら、彼の動きを盛り立てるパーツのように感じた。”そこ”に彼女が望んだ姿がダブって見えた。

 

 彼女は気が付いた。彼女が求め目指していたものがすぐそこにあると。

 彼女は泣いた。悔しくて泣いた。何故自分は今部屋(客席)にいると。何故あの海(ステージ)に自分は立っていないと。悔しくて悔しくて悔しくて仕方がなかった。彼女の泣く姿を初めて見た姉達が心配してくれるのも構わず声を上げて泣いた。また(・・)出遅れてしまったことが。

 

 くやしくてたまらなかった。

 

 だから彼女は提督となった彼の元に朝一番に向かったのだ。自分を変えるために、変えてもらうために。

 

「提督、おはようございまーす! 那珂ちゃんにレッスンして下さーいっ!!」

「おはよう那珂。演習(レッスン)については自分も考えているので待って欲しいのだが……やはりどこかおかしいだろうか?」

 

 勢いよく提督の私室に突撃した那珂だったが、彼の格好(衣装)に目を奪われて固まってしまったのだった。卸したての白い海軍軍服が差し込む朝日を受けて輝いて見える。

 ムラサキは彼女たちの上に立つ、その責任をどうやらおかしな方向で気にしているようだ。

 

「昨日の今日ですぐに用意されるとは驚いた。出来れば秘書艦の娘に確認してもらってから皆の前に出ようと思っていたのだが那珂、着方は間違っていないだろうか?」

「あ、ああうん! バッチリだよー!! とっても似合ってるって那珂ちゃん思うなー!!」

「そうか。ありがとう」

 

 胸の高鳴りを那珂は、おNewの衣装への憧れから来るものだと結論付けた。

 

「おはようございます提督。五月雨っていいます! よろしくお願いします」

 

 元気よく敬礼と共に部屋に入ってきたのは、綺麗な空色の髪が床に届きそうなほど長い艦娘だった。

 皆が望む”秘書艦”業務、争奪戦になる所だったがムラサキの要望で最初は慣れた者に担当して欲しいとのことで、初期艦として大本営で業務指導を受けていた五月雨が―――他の者たちは秘書艦をする機会すら無かった為に―――初日の秘書艦となった。

 

「おはよう五月雨。今日は午前中に皆を集めていろいろと話し合っておきたい。執務は午後からになってしまうが自分は初めての事で至らぬことも多いだろう。力を貸してほしい」

「もちろんです! 五月雨にお任せください!! ところで那珂ちゃんさんはどうしてこちらに?」

「レッスンのお願いに来ただけだから気にしないで。あと”さん”はいらないよー」

「では那珂、朝食後に招集する。五月雨は起床してる艦種代表にその召集の旨を伝えてきて欲しい。自分は話し合う内容を纏めておくから、戻ってきたら共に朝食を用意してくれている鳳翔の元へ行こう」

「初仕事ですね! 五月雨頑張りまぁあっ!」

「っと大丈夫五月雨ちゃん?」

 

 気合を入れて伝令に向かおうとした五月雨だが、一歩目からつんのめって転びそうになった。同じく部屋を出ようとしていた那珂が支えたおかげで怪我は無かった。

 

「急がなくても大丈夫だ。気を付けて行ってきてくれ」

「はいっ!」

「じゃあ提督、またあとでねー」

「ああ」

 

 

 

 

 朝食のため食堂に向かったムラサキと五月雨。途中途中で出会う艦娘達とあいさつを交わしながら、その度に反応が遅れ固まる艦娘達に「やはり軍帽も被った方がよかっただろうか、自分としては好かんのだが」「何か不作法でもあっただろうか、こちらでは他に適した挨拶があるのだろうか」等と不安げに五月雨に尋ねる姿が見られた。

 

「おはようございます提督」

「おはよう鳳翔。昨日も伝えたが間宮着任までもうしばらく皆の事をよろしく頼む。それと……今まで皆の支えになってくれていたそうだな。改めてありがとう」

「そんな!? 顔を上げてください」

「自分の我が儘で礼が言いたかっただけだ。気にしないでくれると助かる」

「ではそういうことにしておきます。食材が揃ってませんのでまだちゃんとしたものはお出しできませんけど」

「それでも用意してくれるだけでありがたい。上も軍服(こんなもの)より食料を寄こしてくれればよかったものを」

「「そんなことありませんっ!!」」

 

 ムラサキが軍服の襟を掴みついた小さな悪態に鳳翔と隣に控えていた五月雨が強く異議を唱える。

 

「ご挨拶に行ったとき私凄く嬉しかったんです! 提督が、来てくださったんだって」

「そうですよ、提督が鎮守府(私たちの元)にやってきて下さった。それをよく実感できるんです。だからそんな風に言わないでください。艦娘(私たち)からの我が儘、聞いてくださいますね?」

 

 鳳翔の言葉にムラサキは食堂を見回すと、起床した艦娘達が勢ぞろいしており皆が皆、嬉しそうだったり懇願するような視線を向けていた。

 ムラサキは困惑するも素直にこれを受け入れた。

 

「皆の我が儘を聞くのが提督(自分)の仕事だ。それでも全てを叶えられるか分からない自分を助けてくれると嬉しい。では食事にしよう!」

「「「「はい!!」」」」

 

 鳳翔と手伝いをする妖精たちから朝食を配膳されたトレーをそれぞれ受け取って姉妹艦や仲の良い艦娘同士で席についてゆく。一部の艦娘の暴走を抑止するために昨晩緊急で開かれた会議―――提督には秘密―――によって決められたことで、必要外で提督と同じテーブルに座るのは基本としてこのグループで決められたもののみとなっている。

 鳳翔の言った通り朝食はまだまだ質素なもので艦娘の皆にとって物足りないもののままであったが、ただ一人はそれに当てはまらなかった。

 昨晩を引き継ぎやなんやらで忙しなくしており、艦娘たちとも違い食事をとっていなかったムラサキにとってこの世界に来て初めてとなる食事は軽い衝撃だった。

 

「食事とはこれ程に美味しいものだったのか!!」

 

 基準が今まで低すぎたムラサキと、苦心したものであっても鳳翔の料理を食べ続けていた艦娘達との差は大きかった。それに艦娘達も今日の朝食は普段以上に美味しく感じられた。

 

「提督はこれまでどんなご飯食べてたっぽい?」

「ん? 主に支給された栄養補給剤だな。こちらに来る直前はそれも絶たれてしまって野草や、小動物を捕らえて焼いていた」

「それは、ご飯と呼ばないような。大変だったんだね」

「白露ねぇももったいねぇよなあ!」

「白露ねぇ?」

「私たち白露型の一番艦(長女)です。私たち艦娘はそれぞれ鎮守府への着任しやすさがあるんですけど、大本営で確認されている姉妹ではそれほど難しくないんですけど」

「一番が大好きな姉なんですよ、うふふ♪」

「あと三人、着任しづらい姉妹がいるんだけどね」

「建造されない姉妹だから全然会えないっぽいぃ」

「そうか」

 

 ムラサキは食事の手を止め他の艦娘達の様子に目を向けてみた。それぞれが仲良さそうに食事をしているが不自然な空席が見受けられる。テーブルの向かいに座る夕立と涼風の間も一人分の空席があった。もしかしたら彼が座っている席も本来は姉妹の誰かのために空けていた席なのかも知れない。

 ムラサキは目標を一つ立てた。

 

「ごちそうさま鳳翔。とても美味しかった、ありがとう」

「お粗末様でした」

「皆は遅れない程度にゆっくり食べてくれて構わないよ」

 

 一口が大きいムラサキは艦娘達よりも先に食べ終え食堂を出た。

 彼は気づかなかったが目ざとい何人かは鳳翔の顔が少し赤らんでいることにしっかり気づき焦りを覚えていたのだった。

 

 

 

 

 朝食を済ませた提督と艦娘達は、鎮守府の兵装倉庫前に椅子を運んできて集まっており、さながら青空教室のようだ。

 

「今日は出撃や遠征よりも先に皆で認識のすり合わせをしておきたく、このような場を設けた。金剛と大井と話したときにそれぞれに認識に差があったためだ」

 

「大井姉が提督と話した!?」

「天変地異の前触れにゃ」

「牢にいた時だから提督になられる前です!」

「落ち着くクマ。天変地異(猫吊るし)ならもうアイツが喰らってるクマよ」

「ああ~大井っちのおかげだったんだね~。いいね~。痺れるね~。ありがとね?」

「北上さんのお役に立てたならよかったです! あと木曾は覚えときなさい」

「なんで俺だけ!?」

 

 ザワザワと私語が多いが、それをいちいち咎めるようなことをムラサキはしない。手を叩いて注目を集めて話し始める。

 

「ここにしたのは長門からの薦めと聞いたのだが」

「提督の考えなら艦娘(私たち)だけでなく、より詳しい者からも聞いた方がいいだろうと思ってな」

「嬢ちゃんらもちゃんと揃ってやがるな。結構だ」

 

 ムラサキは声の主が用意していた移動白板にいつの間にか腰かけているのに気づき驚いた。

 

「あんたが新しい提督さんだね? アタシにゃあ気配なんてもんは無いからそんな顔しなさんな」

「親方さんお久しぶりです」

「おう!」

 

 ねじり鉢巻きと藍色のはっぴを着た妖精だった。

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