デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱
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第10話 〜胸の内〜

 

 

さて、残った男3人は連れ立ってコンビニに出掛けた。

各々の好みで夕食を選んだ後、牛乳で作るココアが飲みたいという大輔の希望でパック牛乳を1本と、多数決でチョコレート菓子を2種類ほどカゴに放り込み、ジャンケンで負けた賢の奢りで会計を済ませ、温めを断って店を出た。

部屋までの帰り道、漫画の新刊の発売日だとか、新作ゲームがクソだとか、冬休み明けのテストが憂鬱だなんて高校男児らしい会話を繰り広げた。

3人でこんな下らない話をするのは久しぶりだった。

中二の夏、賢が京との肉体関係について相談を持ちかけてきて以来かもしれない。

思えば同級生で同じ選ばれし子供同士。

賢とのわだかまりが無くなったことで、距離が近づくのは必然だったのだろう。

しかし、ジョグレス進化のパートナーであった大輔と賢の間には強い結びつきがあり、更に僕は過去に囚われて本心をひた隠しにしていたために、2人の繋がりのやや外側にいた。

それなりに仲良くはやってきたが、今ほど砕けていられたかというと、そうではない。

2人と肩を並べられる今が、僕には堪らなく嬉しかった。

だが、やはりこのこそばゆい感覚にはまだ慣れない。

帰り着いた自室は暖房を点けっぱなしにしていただけに暖かく、男3人は上着を脱ぎ捨てて早速食事に取り掛かった。

主食にカルボナーラを選んだ賢と、五目あんかけ焼きそばを選んだ僕が順繰りで電子レンジを使い、その間大輔がカップラーメンを作るためのお湯とココアのための牛乳を沸かす。

賢と僕はミルクティーにすることで合意し、紅茶の用意をしてお湯を待った。

出来上がったインスタントな夕食をテーブルに並べ、BGMの代わりにテレビを点けると、相変わらず新年のバラエティ特番が流れた。

「小型のCDプレイヤーでも買ったらどうだ?持ち運びもできるし」

「それよりタブレットが欲しいんだよね」

「スマホにすりゃよくねーか?」

「携帯は今のが気に入ってるんだ。光子郎さんに相談してみようかな」

食事をしながら、暫く雑談が続いた。

テーブルの上の食べ物が綺麗に片付き、中央に広げたお菓子が半分ほどに減った頃、大輔があの話題をぶち込んできた。

「でよ、タケル。あのネックレス、ホントに誰の?」

チェストの上を顎で指して大輔が聞いてくる。

ベッドに寄りかかっていた僕は、「だから、友達」と面倒臭そうに答える。

「友達が何でお前の部屋来てネックレス外すんだよ、しかも女の」

「説明すると面倒なの」

「セフレか?」

「ばっ!?何言ってるんだ、大輔!」

大輔のとんでもない発言に顔を真っ赤にして反応したのは賢だ。

そのお陰で、僕が内心思いっきり動揺して一瞬硬直してしまったことがバレることはなかった。

「だってよぉ」

「タケルがそんなことするわけないだろ!」

何故か賢が弁解してくれているが、当の本人の僕は罪悪感でいっぱいだ。

マコトは決してセックスフレンドでは無い。

だがしかし、普通の女友達とも違った。僕とマコトの関係は複雑で、あまりに常識外れであることは承知している。

彼女では無いが、寂しい時に一緒にいて同じベッドで眠る相手。

そして、ついこの間強姦した相手。

なんて言えるわけがない。

しかし、大輔を納得させないことにはいつまでもこの話が引っ張られる気がしたので、仕方なく理由を話すことにした。

もちろん、肝心な部分は嘘を吐かせてもらったが。

 

 

「ふーん、学校の先輩ねぇ。その人頭いいのか?」

「うん、学年でトップ30以内。だから時々勉強教えてもらってるんだ」

「なーんだ、彼女だっつーなら色々聞こうと思ったのによー」

嘘の事情でとりあえずは納得した大輔だが、状況としては不満らしい。

そして聞きたいのはどうせ猥談だろう。

「ご期待に添えなくて申し訳ありませんねー」

「全く、大輔は悪ふざけが過ぎる。タケルはまだ八神さんが好きなんだろ?他に彼女なんか作るわけないじゃないか」

「ぶっ!!」

一つ面倒事を片付けて安心した所に、まさかの賢から爆弾を投下され、僕は二杯目に入れたココアを噴き出した。

「な、ななっ、何で!?」

「は?お前まだヒカリちゃんのこと諦めてねーの?」

予想外の側方射撃も相当なダメージである。

動揺から立ち直れないまま、みるみる顔が熱くなるのがわかった。

大輔にも賢にも、誰にも自分の気持ちは話していないはずなのに、何故賢も大輔も当然のように言ってのけた?

しかも「まだ」をつけたということは、随分前から知っていたことが伺える。

頭をフル回転させつつも飛び散ったココアを拭いていると、ティッシュを探し当てた賢が作業を手伝ってくれながらの追い討ち攻撃を仕掛けてきた。

「あれ、もしかして心変わりしたのか?」

「してない!してないけど、そうじゃなくて…」

「俺はてっきり中2でヒカリちゃんが彼氏作った時に諦めたんだと思ってた。俺と同じで」

絶妙なコンボにもはや反撃の糸口が見つからない。

じとっと双方の顔を睨みつけて僅かばかりの抵抗を見せた後、僕はついに観念することにした。

「いつから知ってた?」

ココア染みでマーブル模様のティッシュをゴミ箱に片付け、改めて2人に視線を向けて聞いた。

すると2人は、

「いつからって…」

「なぁ」

顔を見合わせてこの反応。何かムカつく。あの大輔までもがどこか哀れむような生暖かい目なのが更に。

「時期で言うなら小学生の頃からだろうね」

「ってか、今の今までバレてないと思ってたのかよ、お前」

またしてもこのコンビネーション。

さすがジョグレス進化のパートナーだけのことはある。

僕にとっては面白くないことこの上ないが。

「〜〜っ、何か大輔に言われると腹たつなぁ、もう」

正直に不満をぶつけると、大輔が「おいおい、俺だってそこまで鈍くねぇし」と反論するが、「どうだか」とほぼ同時にツッコミを入れた僕と賢のシンクロ率も中々のものだ。

賢の裏切りにやや勢いを削がれた大輔だったが、「大体なぁ」と胡座をかいた膝に頬杖を付いて言った。

「あの頃からあんだけ他の奴が入り込めない空気作っといて、何とも思ってませんとか、周りが納得するわけねーだろ」

「それは僕達よりずっと前から仲間だったからだろう?僕が合流した時の君達だって大概そうだったじゃないか」

「あ、そうだったか?」

「そうだったんだよ」

02年の選ばれし子供の中でも途中参加の賢は、その聡明な性格と明晰な頭脳で的確にその頃を分析していたらしい。「そうだったかなー?」なんて言っている大輔を余所に、僕は賢の言葉に妙に納得していた。

彼の言う通り、選ばれし子供という特殊な立場と経験は、僕達の間に通常のそれとは全く異なる仲間意識を生み、僕達だけに共有可能な空気を作り上げていた。

それはきっと、外部から観察したら異様なものだったんじゃないかと、最近は思うようになっていた。

賢もそう思ったのかもしれない。

誰にも立ち入らせない独特の、仲間以外をまるで拒絶するかのような、あまりにも居心地の良い空間。

僕の背中にいた小5の僕が守りたかった世界。

その中でも更に、僕と彼女は異様だったのだろうか。

それを賢に聞いてみたかったけれど、大輔がいると煩くなりそうなので口には出さなかった。

「僕が気づいたのはあの戦いが終わってからだよ」

そう言った賢の言葉の続きも気になったし。

 

 

 

 

携帯の液晶画面に表示されるデジタル時計が深夜の1時を刻む。

ベッドを大輔と賢に譲り、さすがに羽毛布団か毛布どちらかがないと凍えると言ってゲットした毛布にくるまり、ブランケットとラグを敷き布団代わりして横になっていた僕は、寝付けずに天井を見上げる。

昔から真っ暗が苦手な僕は、カーテンを少し開けて、常夜灯を点けて寝る。

今日も2人に了承を得てそうしていた。

円形のシーリングライトカバーの奥でほのかに灯る常夜灯のオレンジ色をぼんやりと眺める。

 

 

『戦いの中で仲間を守るのは当然だったけど、あの戦いが終わった後も、タケルは八神さんのことを守ろうとしてる感じがしたんだ』

 

 

あの後、賢が続けた言葉だ。

守る、か。

僕にとってヒカリは、初めて出会ったあの頃から守るべき存在だった。

兄や空に言われたからだけじゃない。

不思議な力を持つ彼女を、心優しく、誰かの痛みを自分の痛みのように感じてしまう感受性の強い女の子を、誰より理解し、心から守りたいと僕自身が思ったからだ。

同時に、ずっと守られる側にいた僕が誰かを守れるという立場に回れることが素直に嬉しかった。

けど、いつの間にかヒカリを守ることにアイデンティティを見出してしまっていた僕は彼女に依存し、戦いが終わってもズルズルと引き摺り続けた。

やがてそこに異性としての感情が絡み、もはやヒカリ以外を欲することなどできないくらいに重症化しているんだろう。

賢は他人をよく見てる。

 

 

『タケルは他の女の子に興味を示さなかったし、誰よりも八神さんを大切にしているんだろうって』

 

 

でも少し違うんだ。

ヒカリを守りたかったのは確かだし、大切だと思ったのも事実だ。

だけど実際に僕が誰よりも大切にしていたのは、『ヒカリを守る自分』、そして『誰よりもヒカリを大切にしている自分』だった。

頭の後ろで手を組んで、ゴロンと寝返りを打った。

視界が流れて、羽毛布団に覆われた男2人を追い越し、マットレスとパイプベッドの骨組みと暗いフローリングと、一番奥に部屋の壁が見えた。

今朝掃除したばかりなので埃は見当たらない。

暗闇の中で、ぼんやりと浮かぶ白い壁紙。

大輔か賢のどちらかが寝返りでも打ったのか、ベッドの軋む音がして、目線をそちらにやると同時に声が降ってきた。

「眠れない?」

小さく潜めた声。

上半身を少し起こした賢と目が合う。

「そっちこそ」

同じように潜めた声で返すと、賢は苦笑交じりに言った。

「そりゃあ、大輔と同じベッドじゃあね」

「替わる?」

「いや、いいよ。多分大丈夫。それより…少し話さないか?」

僕の提案を断り、今度は賢が提案を持ちかける。

それは僕が密かに思っていたことでもあった。

 

 

昼間の刺すような寒さと違い、深夜の冷え込みは服をすり抜けて染み込んでいくようで、思わず身を縮める。

上着を着込んだ賢と2人、ベランダに並んだ。

「さっき話してた時に聞いてみたいなって思ったんだ」

「僕から八神さんとタケルがどう見えていたか、って?」

室内での話の続きが始まる。

僕の質問を反復して、賢はちょっと考えてから答える。

「そうだな…最初の印象は、何となく似てるなって思った。性格とか外見じゃなくて、空気が」

「それはさっき話に出た仲間意識とは別?」

「うん。ちょっと言葉では説明しづらいけど、2人の持ってる本質が似てるのかも」

「本質ねぇ…」

それは僕達2人の紋章が『希望』と『光』であることからも伺えるのかもしれない。

他の選ばれし子供の紋章は個性の一部であるが、僕達は少し違った。

ヒカリの紋章は彼女の持つ不思議な力に由来するということは知っている。

では僕の『希望』は?希望ってなんだろう。

あの頃は、最後まで諦めない心が希望だと思っていた。

でも本当にそうなのか、そうだとしても今の自分にその心を持てる自信はないけど。

「似ていたから好きになったのかなぁ…」

「さあ、それは分からないけど。でもそういうこともあるのかもしれない。少なくとも僕には、あの頃の2人はお互いを支え合っているように見えたよ」

僕の独り言みたいな呟きに、彼女の嗜好に合わせてロン毛になった聡明な友人は言った。

そして、こう続けた。

「きっと君達の間には、2人にしか分からない何かがあるんだろうって思ってた」

2人してベランダの手すりにもたれ掛かり、白い息を吐き出す。

賢の言う「何か」は確かにあったのだと思う。

それが無くなったと思ったから、僕は気持ちを告げずにヒカリから離れた。

傷つくのが恐くて逃げ出したと言ってもいいかもしれない。

「気持ち、伝えてみようかな…」

「心境の変化かい?」

「散々逃げ回って、袋小路なだけかも」

「焦らなくてもいいんじゃないか?特に今は」

気遣わしげな賢の言葉に何故かと問うと、彼は「これが僕が話したかったことなんだけど」と前置きをしてから、真剣な目で僕を見た。

「今日のことは、タケルにとって心が動く大きな出来事だったと思うんだ。そういうことの後って、心は無防備で振れ幅も大きいから疲れやすい。だから、無理はしない方がいい」

言葉の一つ一つが説得力に満ちているのは、彼自身の経験則から出たものだからだろう。

大きな転機を迎えた僕の心は今、スポンジが水を吸収するようにたくさんの感情を吸い込む。

それは喜びであっても、悲しみであっても同じなのだと思う。

賢はそこまで考えてくれているのか。

聡明過ぎる友人に、僕のスポンジマインドが早くも過剰反応を見せる。

グッと唇を噛んで涙をやり過ごし、それでも歓びを訴える心を伝えようと、すぐ隣の賢の肩に軽く拳を当てた。

「ありがとう。ゆっくりやるよ」

「折角こうやって話せるようになったんだ。相談くらいは乗らせてくれ」

「頼りにしてる」

深夜のベランダで男2人、密かに笑いあった。

 

 

 

これからは、きっともっと沢山のことを話し合っていける。

僕は本当にいい仲間持った。

マコト、君がくれたきっかけが僕を大きく変えた。

君にもちゃんとお礼が言いたい。

 

 

 

 




賢とタケルはいい友達になれると思います。

読んで頂き、ありがとうございました。






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