デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱
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第11話 〜許すこと〜

 

 

冬休みが明け、学校が始まった。

いつも通りの通学路なのに、不思議と色鮮やかな印象を受ける。

足取りも軽い。

何事も気の持ちようとは良く言ったもので、正しくその言葉を体現しているのが今の僕だった。

今までの息苦しさが綺麗さっぱりなくなり、空は高く感じる。

体の細胞が入れ替わったかのように、五感の全てが鮮やかに世界を受け止めていた。

賢の言った通り、このスポンジマインドによるキラキラ現象はエネルギー消費が激しいが、それすらも僕には嬉しい消耗だった。

 

その日の放課後、僕はマコトに会うために図書室に来ていた。

図書委員であるマコトは週1回、図書室のカウンター業務をしている。

室内に足を踏み入れ、カウンターの中にマコトの姿を見つけると、足音を抑えて近づく。

マコトも僕気付いたのか、少しだけ表情が動くのが分かった。

「珍しい、借りたい本でもあるの?」

「借りに来たのは本じゃないんだけどね」

聞く人聞いたら意味深な言葉だったかもしれない。

マコトも少々面食らったようで、瞬きを繰り返した後「何か顔つき変わったね」と鋭い一言が返ってきた。

続けて「終わるまで待っててくれるなら貸すよ」との素直な返事に、僕は笑って頷いた。

図書室にいくつかある読書スペース、その一番奥の窓際の席に腰を下ろした。

窓の外を見やると、バラバラと校舎を横切る生徒達の影があり、グラウンドからは金属バットがボールを叩く音、ランニングの掛け声などが聞こえてくる。

室内に意識を向ければ、本を探す生徒の気配、誰かがページをめくる音、図書室独特の本の匂いを感じる。

穏やかな時間が確かに流れ、その中に身を置いていることを実感する。

この空間でうたた寝とかしたら、すごく気持ち良さそうだなと思った。

まあ、そんなことしていたら、マコトに頭叩かれて起こされるだろうけど。

寝ずに待つために持ってきた本を開いた。

日が傾く頃、委員の仕事を終えたマコトがやってきた。

「お待たせ」

「お疲れ様」

短いやり取りの後、僕とマコトは学校を後にする。

門を出たところでマコトが、コンビニに寄りたいと言い、僕も賛同して、いつものコンビニへ向かう。

そこでマコトはコーラを買い、僕は無糖のストレートティーを買った。

話をするのに僕の部屋に行くかどうかを念のために聞く。

それは、元旦以来マコトが僕の部屋を訪れるのが初めてであり、不快感や抵抗感があるなら別の場所にしようと思っていたからだ。

気にするな、とマコトは言っていたが、そんなわけにはいかなかった。

マコトはそんな僕の考えを敏感に感じ取ったのか、「大丈夫だから、行こ。あの部屋落ち着くの」と答える。

その言葉にホッとした自分を叱り付けて、僕達は歩き出す。

歩きながら、僕は鞄からある物を取り出してマコトに差し出した。

それを見てマコトが目を瞠る。

「部屋で見つけて…ホントは気付いた時に連絡してれば、もっと早く返せたんだろうけど…」

それができなかったのは単に僕の都合でしかない。

遅くなってごめん、と付け加える。

「そっか、高石君の部屋で落としてたのか。通りで探しても見つからないわけだ」

片手で僕の差し出した物を受け取ると、マコトは言った。

その声はどこか湿っていて、まさか泣いてる?と思い顔を覗き込んだが、予想とは裏腹に彼女は笑顔だった。

持ち主のもとに戻ったネックレス。

細身のゴールドチェーンにハート型のペンダントトップがついたもの。

彼女の手の中で光るネックレスは、一層輝いて見えた。

「これね、お父さんが買ってくれたものなの」

彼女の口から出た「お父さん」という言葉にドキリとする。

マコトのお父さんは癌で、余命は半年と宣言されている。

元旦に彼女自身からもたらされた情報が蘇る。

あれからどうなったのか、それを聞きたい気持ちもあったが、マコトの横顔を見て口を噤んだ。

懐かしむような柔らかい笑顔。

どんな気持ちで「お父さん」を語るのか、知りたかった。

赤信号の交差点、立ち止まる人の群れ。

雑踏に消え入りそうな声でマコトは話し始めた。

「中1の秋にお父さんと食事に言った時にね、誕生日のプレゼントだって。コレ18金なんだよ。普通中1の娘にそんなもの渡す?」

分不相応過ぎて中学時代は付けることができなかったと、マコトは笑う。

離れて暮らす会うことを禁じられた娘に、せめてもの愛情表現だったのだろう。

父親としてできることを必死で模索した末に選んだのかもしれないが、娘からすれば的外れであった。

でもそれは仕方がない、私だってお父さんに何をしてあげればいいのか、何をあげればいいのかなんて分からない、と言えるマコトを大人だと思った。

「高校生になって、さすがにいつまでもつけてあげないのも悪いなと思って、私服の時にはつけるようになったの。初めてコレをしてお父さんに会った時、心なしか嬉しそうだった。あんまり顔には出さなかったけどね」

マコトの話から連想するマコトの父親は、勤勉で寡黙で不器用な印象を受ける。

年頃の娘の心情や好みに疎く、娘への愛情に溢れ、でもその示し方が下手で、誤解されやすく、きっと父親になりきれない人だと思った。

信号が青に変わり、動き出す人の群れ。

「お父さん、具合どう?」

「ん…もう治療する段階じゃないから、痛み止めで症状を抑えてる感じ」

「そっか…お母さんはこのこと」

「知ってるよ。っていうか、お父さんが病気だって、お母さんから聞いたの、私」

ちょっと驚いた。

でも考えてみれば当然か。

いくら離婚して絶縁状態だといっても、実の父親が死の間際にいるのを娘に告げないなんて、それはあんまりだ。

「元旦に?」

「ううん、もうちょっと前。冬休みに入ってすぐ」

僕に電話をしてきたあの日に知ったわけではなかった。

じゃあ、それまでは一人で抱え込んでいたのだろうか。

きっと苦しかったんじゃないかと思う。

「癌だって聞いてすぐにお父さんに連絡したら、入院してて…私思わず怒鳴っちゃった」

「どうして?」

「何で言ってくれなかったの、って。だって」

11月の終わりに会っていたのだと、マコトは悔しそうに呟く。

その時既に病に侵されていたであろう父親。

マコト自身、異常に痩せこけていた父親を見てさすがに心配になり、病院への受診を強く勧めたが、仕事が忙しくて疲れているせいだから大丈夫だ、といなされてしまったのだという。

不安を抱えながら日々を送り、冬休み初日に母親から父親病を告げられ、ショックだったに違いない。

なぜ言ってくれなかったのか。

そう怒鳴りつけてしまったというマコトの気持ちは、理解できるものだった。

「心配かけたくなかったって言うけど、こんな大事なこと、知らないでいた方がよっぽど心配かけられるより嫌だよ。少なくとも私は、黙っていなくなって欲しくない」

少し拗ねたような口調。僕は「うん」とだけ返す。

いなくなる人は、いなくなった後のこと、残していく人のことを、どんな風に考えるんだろう。

迫る死を見つめて、一番辛いのはその人かもしれない。

けど、残される人も、ぱっくりと口を開けた死を、その真っ黒な終焉を見つめている。

大切な存在を失う瞬間に恐怖しながら。

マコトは今、暗い深淵とその入り口に立つ父親を、喪失の予感を抱えて見つめているんだ。

あの夏の僕と同じように。

蘇る喪失の瞬間にギュウッと胸が締め付けられる。知らず知らずの内に眉を寄せる。

 

 

いかないで

 

 

叫んでも叶わないと、あの頃の僕は思っていた。

確かに叶わない。生きている以上、誰も死からは逃れられない。

だから、そんな叶わない望みは口にしてはいけないと、心がブレーキをかけるんだ。

でも、悲しみを吐き出すのは決して悪いことじゃない。

「それからお父さんとは話したの?」

「怒って電話切っちゃってからは、暫く連絡も、お見舞いも行かなかったんだけどね…」

「あのさ、それ」

僕はマコトに伝えたくて口を開くが、それは突き出されたマコトの人差指によって止められる。

「大丈夫、最後まで聞いて」

そう言ったマコトは、いつになく優しい顔をしていた。

「元旦の日ね、夜中にお母さんがお父さんのことで隠れて泣いてるのを見たの。お父さんと別れてから、お父さんって単語を出すだけでもヒステリックな顔を見せて、再婚までしようとしてたのに、やっぱりまだ好きなのかなとか、情があるのかなとか、お母さんも悲しいのかなって思ったら堪らなくなった。家を抜け出して、気付いたらあの歩道橋にいて…」

それで電話をかけてきたのだ。

僕は漸く理解した。

マコトは泣きたかったんだ。

抱えきれなくなった悲しみを吐き出したくて、泣きたくて僕を頼ったんだと。

それなのに、僕は…。

マコトにした仕打ち思い返し、頭を抱えたくなった。

彼女がどれだけ辛かったのか、分かってやれなかった。

自分にことにかまけて、泣かせてあげることもできなかった。

逆に僕が救われて、慰められて。

情けなくてマコトの顔を見ることができない。

勝手に打ちひしがれる僕を見て、マコトが慌てて「違う違う、だから最後まで聞いてってば」と言った。

折れそうになる心をなんとか支えて、マコトの言葉に耳を傾けることにした。

「もう、あの日のあれはお互い様なんだから。私が高石君に頼ろうとしたように、高石君も私を頼っただけでしょ?」

そんな単純な図式でしょうか、と思う。

泣く場所を探していたマコトと鬱屈した気持ちのやり場を求めていた僕。

どちらも誰かを必要としていたけど、相手にかける負担が桁違いだろう。

「何度も言うけど、嫌じゃなかったんだからあれは合意なの」

なんて無理矢理な理屈だ。

「それにね」とマコトは続ける。

「高石君がこのことで自分を許せないんだろうなって思った時、私は許そうって思った。すごく素直に。そしたら、許せないことなんてないんじゃないかって思えるくらい、心が楽になった」

「水崎さん…」

「お父さんも、お母さんも、高石君も、私自身も、全部許せるって思えたの」

すっきりとした顔のマコトを見て、僕は先日の仲間との出来事を思い出す。

あの時、僕も思った。自分を許せる、と。

それと同じなんだろうか。

 

 

気付けばマンションは目の前だった。

部屋に入って上着を脱ぎ、それぞれの定位置に座る。

コンビニで買ったペットボトルの中身は半分くらいにい減っていた。

マコトは僕が返したネックレスを取り出し、首の後ろで器用に留め金を留める。

チェーンと首の隙間に閉じ込められた黒い髪を持ち上げて降ろし、ペットボトルに手を伸ばして一口飲むと、キャップを閉めたソレを手の中で転がし始めた。

見慣れた彼女の癖。

「高石君の足下に“寂しがり屋”がいるって言ったでしょ?」

「うん、ホントに居たよ」

「そっか。あれね、私のことでもあったの」

「どういうこと?」

「前に高石君の昔の話を聞いて、何となく私と似てるなって思ってたの」

それは僕も同じだった。

マコトから感じた、同じ色の寂しさ。

「私の足下には“寂しがり屋”がいて、いつも私の服の裾を引っ張ってた。私はそれが嫌で嫌で、いつも邪険に扱ってたの。私を捕まえるその“寂しがり屋”が大嫌いで、でもそうやって毛嫌いしてる自分が一番嫌いで許せなかった」

「すごく、分かる…」

何より自分が許せないから、動けなかった。

マコトも同じだったんだと思うと、少し前の自分が救われた気がした。

そして、マコトがさっき言った言葉。

自分自身をも許せると語ったのを思い出し、じわぁっと込み上げてくるものを必死にこらえた。

きっと、マコトも自分のことを…。

 

「ねえ、高石君。自分のこと、ちょっとでもいいから好きになれた?」

 

「うん」と僕が答えると、マコトは「私も」と笑った。

同じ色の寂しさを持っていた僕達は、きっとお互いの中に同じものを見て、気付いて、そして理解した。

そこに生まれたのは恋とか愛とかじゃなくて、友情ともつかない不思議な繋がり。

お互いの寂しさを許容して受け入れる心の受け皿みたいな存在。

 

「水崎さんに会えて良かった」

 

いつかマコトが僕に言ってくれた言葉を、僕もマコトに伝えた。

「ありがとう」って笑うマコトは、もう僕にとってかけがえのない存在になっていた。

僕は改めてマコトにお礼を言い、そしてやっぱりこの間のことの償いがしたいと申し出た。

マコトは「それはもういい」と突っぱねようとするが、これに区切りをつけなければ、僕は残った最終課題について考えることもできない、と何とか食い下がる。

最終課題とは、ヒカリへの気持ちの整理をつけ、彼女に気持ちを伝えること。そのために、マコトへのけじめをつけなければ、踏ん切りがつかなかった。

事情をマコトに説明すると、マコトは「なら仕方ないか」と身勝手なお願いを呑んでくれて、暫し考え込んだ後にこう言った。

「じゃあさ、これからも私が寂しい時、一緒にいて」

「え、そ…そんなんでいいの?」

「ダメ?私この部屋でゆっくりするの結構好きなんだもん」

「それに、高石君の作るちょっとクセのある卵料理も気に入ってるの」と続けて笑う。

それは今までの関係をそのまま続けていくこと。

卵がきれる度にマコトのことを思い出し、スーパーに買いに出たあの日々に戻ること。

それは、図々しくも僕が願っていたことでもあったが、そんな資格は無いと諦めてもいた。

「ダメなんかじゃないけど、それって何か今まで通りだし、僕にとっても有難いから償いにならないんじゃ…」

自分への懲罰的態度を緩められない僕に、マコトは更に言い募る。

「ねえ、私たちはこれからも長い人生を生きてかなきゃならなくて、この先もたくさんの寂しいとか悲しいとかを抱えていくんだと思う。その中で、失うものも得るものもあって、もしかしたら私と高石君は全然違う場所で生きていくのかもしれない。でも今はここにいる。すごくたくさんの偶然が重なって出会って、友達でも恋人でもない変な関係ができあがって…1年前は想像もしなかったけど、自分が誰かに必要とされて、自分も誰かを必要とすることが嬉しいって思うの。だから、一緒に居られる時間を、私に頂戴」

生きていけば失うものがある。

マコトにとって直近のそれは父親なのかもしれない。

そして遠い未来では、僕なのかもしれない。

そうだとしても、今の僕達はお互いを必要としていることは否定できない真実だった。

「…うん」

観念したように、でも零れる笑みを隠さずに僕は頷いた。

 

 

 

自分の失態で失うかもしれなかった大切な存在は、その当人によって無事繋ぎとめられた。

これで僕に残ったのは最終課題のみ。

でも、焦らずにゆっくり整理するって賢とも話したばかりだったから、僕の心は落ち着いていた。

そう、この時までは…。

 

 

 

 




許せるか、許せないか。
きっと一番許すのが難しいのは自分自身なのではと思います。

読んで頂き、ありがとうございました。



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