デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編)   作:アキレス腱

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第12話 〜向き合う覚悟〜

 

来訪者を告げるインターホンが鳴った。

郵便かな、なんて軽く考えて、テレビを見ているマコトを置いて玄関に向かう。

何の気なしに開けた扉の向こうに立っていた人物を見て、僕は固まった。

紺色のダッフルコートに白いマフラー、制服らしい紺色のプリーツスカート、校章らしき模様が刺繍された白いソックス、茶色いローファー、手には黒い学生鞄。

少しばかりバツが悪そうに俯いているその人は、僕の良く知る人物で、でも最も新しい記憶の風貌とは異なっていた。

ついこの間までは編み込んで結い上げるほどに長かった髪は肩口まで短くなっており、耳に光っていた赤いピアスは見当たらず、かわりに前髪を留める赤いヘアピンが光る。

 

どうして。

 

真っ白の頭に浮かぶ疑問。

何で彼女がここにいる?

格好からして学校帰りだろうが、彼女の通う学校はここからかなり距離がある。

だって距離があるから僕はここに住んでいて、だから平日に彼女に会うなんてことは、わざわざ会いに行くか来るかしなければ間違っても無い筈なんだ。

じゃあ、どうして彼女は目の前に現れた?しかもいつの間に髪を切って、まるで昔の彼女の面影を詰め込んだような姿で。

大混乱する頭の中と、やたらと早鐘を打つ心臓を押して何とか捻り出した第一声は、

「ど、どうしたの?」

挨拶もすっ飛ばした本音だった。

「あ、あの、その…突然来て、ごめんね」

「え、いや、うん…」

物凄く申し訳なさそうに謝られて、どうしていいのか分からなくなる。

彼女は今にも泣き出しそうで、それがますます僕を焦らせる。

「何かあった?」

「えっと…」

言い淀む彼女は中々僕の方を見ようとせず、何故か足元や部屋の奥を気にしているようだった。

そこでハッとマコトの存在を思い出す。

玄関には揃えられたマコトのローファーがあり、多分彼女の立ち位置から部屋の奥のマコトが見える。

もしかしなくても、誤解されている?

サーっと顔から血の気が引くのが分かった。

ネックレスを見つけられた時以上の気まずさに襲われ、目眩がする思いだった。

「あ、今、友達が来てて…」

本当のことなのに、何でこんなに後ろめたい気分になるのか、頭が痛い。

彼女はすっかり下を向いて「ごめんなさい」と呟く。

そんなに謝ることなんて無い筈なのに、本当にどうしたんだろうか。

明らかに様子がおかしい彼女を見て、僕は意を決した。

「ヒカリちゃん、ちょっと待っててくれる?」

できるだけ優しく言って、僕は部屋の奥へと戻った。

マコトが「どうかした?」とペットボトルを咥えたまま視線で聞いてくる。

僕は何と説明したものかと悩んだが、一言「最終課題が…」と答えた。

マコトは一瞬動きを止めて、それからペットボトルから口を離して「急展開だね」となんとも率直な感想を述べた。

全く同感だ。ゆっくりやっていくつもりだったのに、まさか最終課題が自ら転がり込んでくるとは。

しかもこんなに早く。

たった一言で全てを理解してくれたマコトは、すぐに帰り支度を済ませて立ち上がった。

こういう潔さとか、物分かりの良さがすごく有り難かった。

「ごめん」と謝ると、マコトは首を振って「話したいことは話せたから、大丈夫」と言った。

そして、「じゃ、また明日学校でね」と軽く手を振って玄関に歩き出す。

その後に続くと、玄関の外で立ち尽くすヒカリとマコトの後ろ姿が同じ視界に移った。

何て光景だ。よもやこんな絵を見ることになるなんて思いもしなかった。

玄関でローファーを履いて出て行くマコトが、すれ違いざまにヒカリに何かを囁く。

僕には聞き取れなかったけど、マコトのことだから余計なことではない筈だ。

マコトの黒髪が視界から消え、僕とヒカリが残される。

ヒカリはマコトの去った後を暫く見つめていた。

「待たせちゃってごめんね、中入って」

僕がそう言って促すと、ヒカリはぎこちなく頷き、「お邪魔します」と小さな声量で呟いて玄関に足を踏み入れた。

元気な彼女はどこへいったのか、本当に何があったのか、とても心配になる。

僕の後についてトボトボと部屋に入ったヒカリは、遠慮しているのか座ろうとしない。

マフラーをのろのろと解いて、ダッフルコートの前を緩めた程度だ。

「鞄、適当に置いてくれていいよ。あと、好きなとこ座って」

「うん…ありがとう」

そう言って、ヒカリはマコトがいた場所を避けて座った。

やっぱり誤解しているのだろうか、と思う。

彼女といるところを邪魔して悪いことしたとかなんとか。

どこかで弁解したかったけれど、まずはヒカリの用件を聞くのが先だと、自分の我儘を抑え込む。

とは言ったものの、座っても黙り込むヒカリに、僕は困り果てていた。

とりあえず…

「何か飲む?」

差し当たりのない会話から入って、なんとか本題に辿り着けたらと思って話しかける。

ヒカリは僕の方を見て「うん、ありがとう」とだけ答えた。

何をと聞きたかったけれど、そういう空気でもなかったので、僕は紅茶を入れることにした。

席を立ってキッチンに入り、お湯を沸かして紅茶の用意をする。

作業の傍ら、僕はチラリとヒカリの様子を伺った。

彼女はさっきと変わらない姿勢で俯いている。

 

(うーん、本当に何があったんだろう。太一さんと喧嘩したとか?仲間のことで何かあったのかな?)

 

二つのマグカップに紅茶を作り、砂糖とミルクと一緒にローテーブルに置いた。

「お待たせ、ヒカリちゃん」

笑顔を作って声をかけると、ヒカリはハッと顔を上げて「う、うん」と慌てた様子を見せる。

そしてまた沈黙。

間が持たなくて何度も紅茶を口に運ぶ。

味がよくわからない。

暫くそうしていると、ヒカリが漸く口を開いた。

「タケル君…」

「ん、何?」

内心動揺しつつも平静を装って聞き返す。が、

「さっきの人、タケル君の彼女?」

続いたヒカリの言葉にビシッと笑顔が固まる。

「ち、違うよ、学校の先輩で友達。たまに勉強教えてもらってるんだ」

必死に頭をフル回転させ、先日賢や大輔にしたのと同じ言い訳を引っ張ってきた。が、

「あのネックレス、あの人のだったのね」

よく見ていらっしゃるというか、今日は何でこんなにも直球なのだろうか。

「うん、まあ…」

「綺麗な人ね」

「うん、まあ…」

「よく、来るの?」

「いや、そんなに頻繁には…来ないよ」

「そう」

「うん…」

受け答えをしながら、何で僕への尋問みたいになってるんだろうと思う。

ヒカリが何を言いたいのか、何をしにきたのか、全く分からない。

「ねえ、本当にどうしたの?何かあったから来たんだよね?」

この状況に耐えられなくなってきた僕は、思い切って聞いてみた。

すると、彼女は一度肩を震わせ、でも意を決したように顔を上げた。

心なしか顔が赤いのは気のせいか。

久々に真正面から見る彼女の顔。

髪を切ったせいか、嫌でも昔の面影が被る。

あの頃よりも大人びた顔付き、艶を帯びた唇。

やっぱ可愛いなぁ、なんて思っているところに、とんでもない不意打ちがやってくる。

 

 

「タケル君は好きな人、いる?」

 

 

「……………………………え?」

 

 

耳に届いた彼女の言葉を理解するのに10秒ほど時間を要した。

同時に間抜けな声が口から零れた。

質問の内容は理解したし、その答えも持っている。

けれど、何この状況。

目の前のヒカリは真剣な眼差しで僕の答えを待っている。

いや、それを聞いてどうするの?

だって僕が好きな人はキミなんだから、質問に答えるということは即ち告白するということだ。

待て待て待て、いつかは気持ちを伝えたいと思っていたけど、それは気持ちが整理できたらの話で、今の何一つ纏まっていない心のままで告白なんてとてもじゃないけどできはしない。

「な、何でそんなこと、聞くの?」

答えを先延ばしにしたくて苦し紛れに聞き返す。

それが彼女を追い詰めるなんて、僕の考えが及ぶはずもなかった。

「あ、も、もしかして彼氏のことで何か相談事?」

ビクッとヒカリが反応して、傷ついた表情を見せた。

何だか拙いと思ったけれど、自分の気持ちを隠すことに必死になるあまり、フォローができずに更に余計なことを口走ってしまう。

「あの先輩とまだ付き合ってるんだよね?長く付き合っても悩みはあるだろうし…でもそういことなら相手のいない僕より京さんとか賢に聞いた方が」

「違うの!」

「!?」

珍しく声を荒げたヒカリに驚いて、逃避のために動いていた僕の口は動きを止める。

ヒカリの目には涙が浮かんでいて、僕は苦いものが喉の奥に広がるのを感じた。

ヒカリの話を聞こうと決めたのに、結局は自分を守ろうとして彼女を傷つけてしまったようだ。

「…ごめん」

クシャッと頭を押さえ、彼女の顔を見れないまま謝った。

次の瞬間、すぐ近くに人の気配を感じて顔を上げると、目の前にヒカリの顔があった。

ふわりと香るラベンダーの香り。

「っ!!??」

心底驚いて、あまりの動揺に飛びのこうとしてローテーブルの脚に腕をぶつけてバランスを崩し、そのまま床に倒れこんだ。

ぶつかった衝撃でテーブルの上のマグカップが音を立てて床に転がる。

遅れて感じたのは、上に覆いかぶさるまではいかないものの、足や腰に触れる自分のものではない他人の感触。

目を開けた先にいたのは、僕を見下ろすヒカリ。

「ヒ、カリちゃ…」

自分たちがどんな体勢でいるのかを自覚して、僕は今の状況のとんでもなさに息が止まりそうだった。

触れたくて狂いそうだった彼女がすぐそこにいて、アクシデントの結果の接触。

心臓がはち切れんばかりに脈打つのが分かる。

しかし、動けない。

金縛りにでもあったかのように僕は動けなかった。

僕を見下ろすヒカリの目に、何か熱情のようなものが宿る。

それが何か、思考を停止した僕の頭は理解しなかった。

「タケル君…」

こんな距離でこの声を聞くなんて夢でしかありえなかった、と思考がまともならそう分析したかもしれない。

でも、次のヒカリの行動は、例え思考がまともであっても分析は不可能だった。

近過ぎた距離がゼロになる。

唇に柔らかく湿っぽい感覚。

 

何だ、これ。

 

それがキスだとわかった時、僕は大慌てでヒカリを押し返し、起き上がって彼女から距離を取った。

それを拒絶と勘違いしたのか、ヒカリが泣きそうに顔を歪める。

「ち、違うっ、そうじゃなくて!」

何が違う?何がそうじゃない?そうじゃないのは、だってさっきのは…。

「な、何で…?」

唇に残る感触を指で探って、僕は漸くヒカリに問いかける。

ヒカリはペタンと床に座り込み、泣きながら「好きだから」と言った。

この状況で誰を?とは聞けるはずもなく、僕は有り得ない筈の現実に直面しているのだということを理解した。

「好き…?え、だって、ヒカリちゃんは…先輩と…」

「別れたわ。タケル君が好きなの。好きだって、気付いてしまったの…あの時に」

「あの時…?」

嗚咽を堪えてヒカリは話し始める。

ヒカリが僕への想いを自覚したのは、あの初詣の埋め合わせでの集まりで、あの日、今まで抱えてきた心の内を吐露し、泣きながら仲間に迎え入れられた僕を見て、彼女は強い独占欲を抱いたという。

そして、ネックレスの件もあって、彼女がいるのではと不安になったヒカリは、それを確かめるためと、想いを伝えるために来たのだそうだ。

なんて唐突な展開なんだ。

僕の知らない所で彼女がそんな風に思っていたなんて知らなかった。

いや、知る由もないんだけれど。

でだ、この状況はどうすればいいのか。

生憎と僕の思考はそろそろ限界を迎えていて、まともに状況判断が下せそうにない。

こんな所にも、スポンジマインドが影響していた。

「あの、さ…ちょっとだけ待ってもらっても、いいかな?」

泣いているヒカリにこんなことを言うのは心苦しかったが、僕にも限界がある。

時間が欲しい。

僕はできるだけ言葉を選んで、彼女を傷つけないように、考える時間が必要である旨を説明した。

泣いていたヒカリも最後には納得してくれて、彼女が泣き止むのを待ってその日は帰ってもらった。

ヒカリを見送った玄関で、僕は深い溜息と共にその場に沈み込んだ。

 

何だ、何なんだ、何がどうなってこうなった?

 

「やばい、一人じゃ限界だ…」

オーバーヒート寸前の頭を抱え、這うように部屋に戻り、携帯を探し当ててある人物に電話をかけた。

『もしもし、タケル?』

「賢、助けて…」

数回のコールの後、聞こえてきた友人の声に、僕は思わず弱音を吐いた。

『何かあったのか?あ、もしかして早まって玉砕したんじゃ』

「その方がまだ分かりやすかった」

『?』

 

 

 

賢はその日の内に僕の所まで来てくれた。

何て優しい奴だ。

僕の奢りで買った夕食を済ませ、賢にヒカリとのことを詳しく話した。

「ここにきて大番狂わせだな」

話を聞いた賢がえらく深刻そうに呟く。

僕は本日何度目になるのか分からない溜息をついて、ローテーブルに顔を沈めた。

茶色に染められる視界。

このくらい近くにヒカリの顔があった。

今でも信じられない。

「もー、どうしたらいいんだ…」

「どうって、気持ちを伝えればいいじゃないか。両想いなんだし」

さっきとは打って変わって軽い口調で賢が言う。

確かに状況は僕にとって好転したんだろう。

何せ切ない片想いだったのが、実は両想いになっていたのだから。

なのに素直に喜べない。

「そうなんだけどさ…」

「まだ落ち着かないか?」

「んー、何だろう。確かに色々落ち着いてないけど、そうじゃないんだ…」

ごろっと首だけ捻って賢を見上げる。

こめかみに冷たいテーブルの感触。

賢は頬杖を付いてこちら見ていた。

彼の美青年っぷりは年々拍車が掛かっている気がする。

「何か引っ掛かってるんだ」

「…何もないし」

畜生、余裕だ。

なんて思うと悔しくて、拗ねた子供のように吐き捨てた。

たちまち賢が笑って、僕は更にふて腐れる。

その後、賢が僕の機嫌を取ろうとするやり取りが繰り広げられた。

それはまるで兄弟のようで、僕には少し擽ったかった。

実の兄には小2のあの夏以来、甘えていない。

そういえば、賢は兄を亡くしていた。

それに、一度パートナーも。

彼の中にある喪失の記憶を、彼はどうやって埋めているのだろう。

ふと過る寂しさに、去来する過去に、どう向き合っているのか。

彼女である京が担っているのだろうか、親友の大輔だろうか、両親だろうか。

僕にとってのマコトのような存在は、彼にも、誰にでもいるのだろうか。

 

 

 

予感がするんだ。

ヒカリに想いを伝えて、たとえ付き合うことになったとしても、彼女は僕を理解しない。

僕の寂しさを、喪失の記憶を、理解できない。

でもそれは構わない。

何故ならそれを彼女に求めないから。

でも、それを彼女が許してくれるだろうか?

かつてお互いを理解することで繋がっていた筈の僕達は、恋人になることで全く違う関係を築くことになる。

理解ではない、共生に必要な関係を。

彼女に理解を求めない代わりに、僕は他にそれを求める。

マコトや賢のように、僕を理解してくれる人間に。

もしそれを彼女が拒んだら?

そしたら完全に僕達の関係は終わる。

もう僕は望んでしまった。

彼女との、理解ではなく共生の関係。

後戻りはできないんだ。

そこに踏み出すのが、まだ少し恐い。

 

 

 

という旨をマコトの部分だけ伏せて賢に話した。

彼は、本当に複雑な、酷く切ない顔で笑った。

ああ、彼も凄く悩んできたんだと、一目でわかる表情だった。

「京と付き合うって決める時、僕も悩んだ。仲間から恋人になること。京はあの性格で、感情に素直だからあまり深読みせず、良くも悪くも考え過ぎない。それは長所だし救われることも多いけど、悩まされることはその倍くらいあった。3年付き合ってるけど、今でも理解できない人だよ」

「大輔と似て単純そうなのに」

一つ年上のミーハーハッカーは、仲間内の突撃隊長と言われていた大輔と並んで感情の波が分かりやすい。

賢はクスリと一つ笑いを零し「2人が聞いたら怒るよ」と軽く僕を小突いた。

僕はペロッと舌を出して誤魔化す。

分かってるけど言ってみただけ、そんな意を込めて。

誰かと生きていくのは簡単じゃない。

両親を見ていてそれは嫌というほど思い知った。

けど、これからはその簡単じゃない世界に入っていくんだ。

そうして大人になっていくんだろうな、僕達は。

そう思った時、賢が含みのある笑顔で「タケル、知ってるか?」と聞いてきた。

「現代の科学でも人の脳機能は未だ解明されていない。僕達はそれほど複雑な生き物なんだ。誰かを理解するって、そのくらい途方もないことなんじゃないかって思う。ましてや彼女たちは異性なんだ。男と女の間には深くて暗い河があるそうだから」

「何それ、天の川?」

「さあ」

優しく笑う賢の顔は、「だから大丈夫だよ」って言ってる気がした。

 

 

 

 

「ところで、もう一ついい?」

本題を話し終えたところで、僕はもう一つ引っ掛かっていることを相談することにした。

ある意味こちらも深刻な内容なんだ、と言うと、賢はちょっと身構えた。

「何だ?」

「ヒカリちゃんに押し倒されてキスまでされたのに、反応しなかったのってどうなのかな?シャレになんないんだけど!」

「知らないよ、そんなこと!」

と勢いで返したものの、その昔賢は京に襲われかけた時、自分も同じような状態だったことを思い出す。苦い過去を思い出しているとは知らない僕は、1人で頭を抱えた。

「あぁ、恐いよー」

 

 

 




本命が突然転がり込んで来て混乱中です。

読んで頂き、ありがとうございました。


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