デジモンアドベンチャー それぞれの物語(タケル編) 作:アキレス腱
決戦は金曜日。
ヒカリの予定も確認した上で、金曜日の放課後にお台場の海浜公園で会うことになった。
約束の日は朝から落ち着かないったらなかった。
というか、ヒカリの衝撃の告白からこっち、平静に過ごせた日などなかった。
毎日動悸はするし、勉強は手につかないし、人の話は頭に入らないし、少しもじっとしてられない。
食事は摂ってはいるものの、あまり味が分からず、夜も寝た気がしない。
この数日間、摂取する以上にエネルギーを消費していた僕は、決戦前に既にヘロヘロだった。
本日最後の授業はもはや、右から入って左に抜けるなんものではなく、そもそも耳にすら入る余裕はない状態だった。
刻一刻と迫る決戦の時に、またも心臓が暴走しそうだ。
ちゃんと覚悟を決めたから約束を取り付けたのだが、やはり小心者には荷が重いのだ。
バラバラと下校する生徒に混じって僕も学校を後にする。
気休めに栄養ドリンク買おうかな、と思って立ち寄ったコンビニで、偶然マコトに会った。
「魂抜けそうだけど、大丈夫?」
僕の顔を見て一番に出た言葉がそれだった。
そして、「あ、今日だっけ?最終課題の決戦日」と思い出したように言った。
「うん、これから行ってくる」
「そっか、まあ行ってらっしゃい。無事を祈ってるから」
マコトは暖かい声援と、餞別として栄養ドリンクを一本奢ってくれた。
コンビニでマコトと別れた直後、携帯に賢からメールが届いた。
内容は勿論、今日の決戦についてだ。
なんだかんだと今日まで相談に乗ってくれて、心配してくれていた彼は、やっぱり当日も応援のメッセージを送ってくれたようだ。
さて、マコトと賢から励まされたのだから、怖気づいてはいられない。
僕はドリンクを飲み干し、空き瓶をダストボックスに放り投げて歩き出す。
一度自宅に戻り、着替えてから決戦の地へと向かった。
決戦が何故お台場かというと、一番は思い出の地であることが大きいが、ヒカリの自宅があることや、彼女の通う高校から近いという理由からでもあった。
お台場海浜公園の駅に到着したのは夕暮れ時だった。
約束の時間にはまだ少しある。
携帯電話を開いて受信ボックスに新着メールが無いのを確認した後、自分が到着した旨を記したメールを彼女に送信した。
数分後、新着メールを知らせるバイブレーションがポケットを震わせる。
メールを開くと、あと5分程で到着すると書かれていた。
あと5分。途端に鼓動を耳の奥で聞くようになり、落ち着かなくなる。
会ったらまず何を言おうか、何度シュミレーションしても上手くいくイメージは湧かず、結局は決めかねていた。
そうこう考えている内に時間なんてすぐ経つもの。
コツコツという女性が履く靴に特有の足音がすぐ後ろで止まる。
小さく息を吸い込むような気配がした。
ゴクリと唾を飲み込んでから振り返ると、そこには待ち合わせの相手が立っていた。
「待たせて、ごめんなさい」
彼女は開口一番、ペコリと頭を下げて謝った。
短くなった髪の毛がサラリと揺れる。
「僕が早く着いただけで、そんな待ってないよ。寧ろ時間ピッタリだから」
思ったよりも言葉はスルリと舌の上を滑った。
顔を上げたヒカリがホッとしたように表情を緩める。
その顔を見て、良かったとこちらもホッとする。
落ち着いたところで漸く彼女の姿をしっかりと見た。
今日は赤いヘアピンはしておらず、サイドの髪を耳にかけていた。
その耳にはやはりピアスは無い。
ピンクベージュのポンチョコートは可愛らしい彼女のイメージにピッタリで、衿元のファーが暖かそうだ。
ダークグリーンと黒のチェック柄のミニスカートにキャメルのロングブーツ。
まあ、もっぱら目が行ったのはスカートとブーツの間の太腿だけど。
寒くないの?とか、誰に見せるの?とか思ったことは言わない。
さて、いきなり本題にも入りにくいので、僕は周囲を見回してから、展望デッキへと誘う。
ヒカリは素直に頷き、展望デッキまでの短い距離を、少し離れて並んで歩いた。
離れた距離の中に、緊張感が宿っているのが分かる。
コツコツと鳴るヒカリの足音にペースを合わせ、たどり着いた展望デッキからは、夕日に染まる東京の大パノラマが一望できた。
「キレイ…」
溜息とともに零れた感嘆の声には、僕も賛成だった。
そして、これからも綺麗な景色を見るなら、彼女と一緒がいいと思う。
「ヒカリちゃん」
真剣なトーンで呼んだ名前に、ヒカリは感じるところがあったのか、「はい」と敬語で答えた。
向き合う僕達の間を、冷たい冬の風が吹き抜ける。
見下ろす先の愛しい人。
初めて会った時、同じ目線にいた彼女は、大切な仲間で守るべき存在だった。
あの頃の純粋な気持ちが全く消えてしまったわけではない。
ただ僕達はそれぞれに、居心地の良かった箱庭から飛び出した先でもお互いが必要だと思った。
そこから新たに始まる関係は、昔のように綺麗で優しいものばかりではないと、もう知っている。
それでも、君と一緒がいいと思う。
グッと握りしめた拳はコートの陰で、顔に集中する熱は夕日のお蔭できっとバレない。
煩い心臓の音も、彼女には聞こえない。
だから大丈夫。
「僕はヒカリちゃんが大好きだよ。もうずっと前から。そして、これからもずっと」
一世一代の告白の声は微かに震えてしまった。
情けないなと思うけど、でもやっぱり無理だった。
改めて向き合った彼女が、自分にとってどれ程の存在なのか思い知って、それを手に入れられるかもしれないという期待と、失うかもしれないという恐怖が僕の中で大乱闘を巻き起こしていた。
だから、この先の言葉も、やっぱり震えてしまった。
「僕は君と一緒にいたい、一番近くで…誰にも譲りたくない」
君が好きだと言ってくれた日、僕は君を選ぶことで何を失うのか分かって、受け入れようと決めた。
少し前の僕では、喪失に耐えられなかったと思う。
そして恐らく、少し前の僕のままでは、君は僕を好きだなんて思わなかったんじゃないかって…。
失うことを受け入れる強さが、君を振り向かせるためには必要だったのかな、なんて思ったんだ。
「僕と付き合ってくれますか?」
必死に涙を堪えていた目の前の愛しい人が、「はい」と答えるのと同時に、その人は僕の胸に飛び込んできた。
僕は驚いたけれど、彼女が泣いているのが分かって、その顔を他の誰にも見られないように優しく抱き締める。
僕達は小2の頃からお互いを知っているけど、お互いがどれだけ相手を想って、悩んで、苦しんできたかはきっと知らない。
君と離れていた時間は、はたから見れば遠回りだったかもしれないけれど、僕達には必要だったんだって思うよ。
目を覚ますと、そこは懐かしい天井。
常夜灯の灯る薄暗い室内は綺麗に片付いていて、部屋の主が居ない間も掃除が行き届いていた。
少しだけ空いたカーテンから、日の光が筋となって差し込んでいる。
僅かに捲れた毛布の隙間から冷気が入り込み、僕は身を縮めて毛布を整えた。
同時に、隣の温もりが動く気配がして、毛布の中からにゅっと細い腕が伸びて僕の首に抱きついた。
「ヒカリ?」
その温もりの正体に呼びかけると、僕の肩口に顔を埋めた彼女は、まだ眠気の残る声で「タケル」と僕の名前を呼んだ。
寝ぼけているのだろうか。
首筋や肩をくすぐる彼女の髪や吐息、全身に感じる彼女の柔らかさと体温。
その背中に腕を回すと、彼女は擽ったそうに体を擦り寄せてきた。
あの告白の後、僕達は離れていた時間を埋めるようにお互いの話をした。
以前、こんな風に彼女と話せたら、と思った時のイメージそのままに。
あっという間に時間は過ぎ、夕食も摂らずに話し込んでいたことに気付いた僕達は、僕がかつて住んでいたお台場のマンションへ向かった。
道中、母親に連絡を取ったら、丁度泊まりがけの取材中だそうで、今日は帰らないのだと告げられた。
そんなことを聞いてしまえば、意識せざるおえない。
しかも、ヒカリに母親が留守である旨を伝えると、彼女は「じゃあ、泊まってもいい?」とかとんでもないことを言い出した。
家には友達と遊びに行って来ると言ってあるらしく、そのまま泊まると言えば別に怪しまれない、なんて付け加えられた。
いや、そういうことではなくて、と心の準備が全くできていないのに、こんな据え膳を目の前にチラつかせられたら、もう…。
先日、本命に怖気付いて男としての本能が機能しなかったら、なんて賢に言ったが、その心配は見事に消し飛んだ。
ヒカリの手を引いて、僕はいつ帰ってきてもいいようにと普段から持たされている鍵で、かつての自宅の玄関を開けた。
先にヒカリを中に入れて、玄関の鍵を閉める。
ガチャリと鍵の閉まる音が、外の世界とこの部屋を切り離す合図のように聞こえた。
振り返ると、ブーツを脱いで上がり框で待つヒカリの後ろ姿がある。
スラリと伸びた脚が見えて、僕は思わず手を伸ばしていた。
「タケル君っ?」
突然後ろから抱き締められたヒカリは驚いたような声を上げる。
「ごめん…食事、後でもいい?」
この状況で我慢できる男が一体どれだけいるのだろうか。
お互いの名前を呼び合い、求め合った。
そうして、今に至る。
ようやくこの腕の中に抱くことができた存在。
こうして抱き締めて体温を感じると、夢や幻ではないんだということが分かる。
ずっとこうしていたいとも思うけれど、一体今は何時なのだろうか。
首を動かして壁掛けの時計を見ると、朝の6時を回ったところであることが分かった。
良かった、寝過ごして昼前とかだったらどうしようかと思った。
今日は学校こそ休みだが、母が何時に帰ってくるか分からない以上、あまりのんびりはできないのだ。
「ヒカリ、そろそろ…」
「ん…ん〜」
腕の中の彼女に優しく囁くと、彼女はもぞもぞと布団の中に潜り込んでしまう。
何それ、可愛いんですケド。とか思ったけれど口にはしなかった。
「ヒカリぃ?」
毛布を捲って覗き込むと、彼女は更に奥に潜り込み、ギュウっと僕の腰に抱きついてきた。
「ちょ、ヒカリ、寝ぼけてる?」
「んぅ?」
僕の焦った声に、ヒカリはちょっとだけ顔を上げ、上目遣いにこちらを見た。
その目はまだ眠そうに揺れている。
やれやれ、もう暫くは起きないのかな、と思って僕もまたまどろみに意識を預けた。
漸くタケルとヒカリがくっつきました。
読んで頂き、ありがとうございました。